2007年05月22日

大阪の食文化:現代へのルーツ「喰い切り料理」

本来「割烹料理」とは大阪の料理を指しましたと
「大阪のうどん」と「まったり」の記事にも書きましたが、
現在の料亭では当たり前になっている食事形式である
「喰い切り料理」というものも、大阪から全国に広まりました。

客の注文に応じて適量の料理を一品ずつ順序よく出す形式です、
料理人は客の注文があって初めて客の目の前で料理を作り始めます、
その方が材料がムダにならず、客に出来立ての暖かい料理を出せるのです
料理人は客を退屈させないように客と会話をしながら腕をふるいます
後に触れるかもしれませんが、大阪は懐石料理とも深い関わりがありますので
この喰い切り割烹形式の店でも懐石料理の流れをくんだ形式で料理を出し、
器にも趣向を凝らしており、古くは旦那衆から文化人・財界人・芸能人・
芸者衆などに人気を博し、
喰い切り割烹は自ずと洗練された食文化となっていきました。

食物をムダにしない始末の精神はいかにも大阪らしいと言われるでしょうが、
もうひとつ、料理人と客が対等の関係にあったという事がいかにも大阪からの文化
と言えるでしょう、
大阪では、板場と客間の仕切りを取り払い、調理の様子を魅せながら
会話によって客を楽しませる文化が育ちました。
文化人や財界人や芸能人を引きつけたのは、料理もさることながら、
料理人との会話であったのではないでしょうか。
料理人には料理の腕と知識や教養、人当たりの良さなどが要求されました、
料理人は、美味いものを喰わせてやるから黙っていろ、
という態度ではいけない
客の話に合わせ相応の会話が出来なければならない、
客も暖簾をくぐれば、肩書きなどは外に置いて料理人のパフォーマンスと
会話を楽しむ一個人となる。
この大阪的気さくさが喰い切り形式の割烹料理店が日本全国に広まった
要因ではないでしょうか。

江戸東京では仕出し料理店が主流で、料理人が客の顔を見ることは無く、
座り板(上位の料理人は座って料理をつくる)で技巧を凝らした料理を作り、
武家の料理人の末裔を誇りにして、普段は羽織袴に雪駄という粋な姿でいたそうで、
それが料理人を目指す若者のあこがれだったそうです。
大阪の料理人は合理的な商人文化らしく、タタキと言われる水を流せる床に
下駄履きで立って仕事をしていたそうです。
現代における料亭・割烹料理店のスタイルはこの大阪形式です。

こうして見ると
東京は職人気質で格式を重んじ権威主義
大阪は商人気質で合理性を重んじ平等主義 
・・・の特徴が読み取れます、この違いから、
季節ごと、毎回、料理人が手を替え品を替え作る料理が味わえ、
器や盛りつけにも趣向が凝らされ目を楽しませてくれ、
カウンター越しに客に料理の腕を魅せるパフォーマンスと、気さくな会話が出来る
大阪の喰い切り割烹料理店が東京に進出すると、東京の料理界の常識は根底から覆され
ついには道を譲らざるを得なくなったのです。

解りやすく言うと、
「美味しんぼ」によく出てくる「岡星」が喰い切り割烹料理店です。
美味しんぼが「喰い切り割烹料理店」について触れたかどうかは、
漫画全部に目を通した訳じゃないので解りません。

ほとんど知られていない(大阪人としては知って欲しい)真実でした。


本大阪ブランド情報局→大阪ブランド資料映像→食
http://www.osaka-brand.jp/brandeizou/index.html

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