2007年10月26日

映画感想「会社物語 MEMORIES OF YOU」(2007.10.20@Bunkamuraル・シネマ)

 第20回東京国際映画祭の特別企画「映画が見た東京」の一本。

・東京国際映画祭
 http://www.tiff-jp.net/ja/

「会社物語 MEMORIES OF YOU」(1988年。監督:市川 準。出演:ハナ 肇/西山由美/谷 啓/植木 等/イッセー尾形)
東京国際映画祭 主要部門 - 会社物語 MEMORIES OF YOU
「最後に一発、会社でJAZZを演奏してみたいな…」高度経済成長を支えてきたサラリーマンたちが定年で会社を去って行く。クレイジーキャッツのメンバーを主演に得て、秋と冬の哀愁漂う東京の街が映し出される。
(上記ページより引用)

 この映画の主人公は、「会社」だと感じた。といっても、会社の建物そのものではなく、人々が集まってつくられる、「会社」というなんだかよく分からない場。それがこの映画の(隠れた)主人公だと思う。

 物語は、定年退職直前の会社員花岡課長(ハナ肇)が会社で過ごす日々を描いていく。ハナ肇ほか、クレージーキャッツの面々が同じ会社の会社員を演じ、彼らが花岡への餞として、社内でジャズコンサートを開こうとする。

 以下、ネタバレも含めてもう少し詳しい感想を書きます。

 会社員の、いかにもという生活が、随所で描かれる。東京駅の朝の雑踏。丸の内の出社風景。ランチの間の話題が、ほとんど会社の噂話のOL。仕事ぶりよりも上司に気に入られた者が出世する実情。そのために滅私奉公する会社員。楽しいのかどうかもよく分からない、休日の川原での家族揃ってのバーベキュー。などなど。
 本当にいかにもという感じ。私が一番嫌で、私自身も今一応会社員でありながら最も避けている会社員の姿が、そこにはあった。

 そうした日常に対し、社内でジャズが演奏できる社員を集め、演奏会をしようというのは、一見殻を破るように見える。
 しかし悲しいかな、社内の人間で結成されたバンドが、社内で演奏をするのである。それも、同年代の男性のみで。結局、会社が拠り所なのだと思う。そして、拠り所にできるくらい大きな存在としての会社が、少なくとも当時はあったのだろう(今でも、大きな会社はそうなのかもしれない)。

 ラストのクレージーキャッツのメンバーによる演奏、特にハナ肇さんのドラムソロは、かっこいい。しかし、その演奏で会社生活に別れを告げられたのかどうか。演奏の後、通勤の人の流れに逆らうように帰っていく花岡の姿には、会社生活から脱却しようとして、しきれるのか分からない、という感想を持った。
 帰る途中の横断歩道で、花岡は好意を持っていた若い女性社員を(専務の娘と結婚するために)振った男性社員と偶然出会い、その男性社員の頭をもって投げ飛ばすのだが、それもなんとなくよたよたした感じになってしまっている。私はこれを、男性社員をあまり痛めつけても会社に迷惑がかかるという花岡の配慮の表われと見ました。

 それらすべての会社員の行動に、会社員としての生活にどっぷり浸かることの悲しさと、一方である種の幸福さを感じさせる。
 花岡を密かに慕っていた中堅OL役の木野花が、ぽつりと「あの人を見ていたら、会社が楽しいと思うこともあった」と言うシーンや、花岡が、退職にあたっての挨拶と思われる文章を書いている中に、「会社というのは一種の村ではないか」という表現があったりして、会社の持つ「奇妙な居心地のよさ」が表現されているように感じた。

 ただ、繰り返しになるが、今の会社にそんな居心地のよさはあるだろうか。これは考えてしまう。私は、バルブが崩壊する前の、景気のいい時代だからこそ成立した映画なのではないかと思う。

 なお、「映画が見た東京」というテーマとしては、20年位前の、渋谷・丸の内・有楽町・六本木などの、東京の「変わっているようで意外と変わっていない」風景も印象的だった。

 最後に不満に思った点を。不必要なシーン、唐突に感じるシーンが、いくつか見受けられる。
 ささいなシーンとして挿入されるものはまだ許せる。会社に、ジャイアント馬場が本人役で(広告のキャラクターとしてなのか)やってきたのを映したシーンとか、ベンチに座った花岡に、隣のベンチにいたイッセー尾形がながながと話し掛ける(というかイッセー尾形の一人芝居になっている)シーンとか。
 しかし、映画のクライマックスに挿入されたシーンは、余計なものだった(以下ネタバレ)。

 花岡を初めとするバンドのメンバーが演奏を始めてすぐ、花岡の自宅から緊急の連絡が入る。花岡の浪人生の息子が、金属バットを持って暴れているという。その後、暴れて家具を壊す息子を花岡が止めようとするシーンがしばらく続く。そして、翌朝早く、花岡は会社に戻る。そこには、会議室で眠ってしまったバンドメンバーがいた。
 このシーンは、どう考えても必要と思えない。花岡の息子は、その前に友人とともに警察に補導されて、花岡が妻と引き取りに行くシーンは出てくるが、それ以外は存在が希薄。だから、見ている側としては「なにいきなりキレてんの!? しかもこの大事な時に」という思いしか持てない。しかも、花岡が会社に戻るのはいいのだが、家庭の問題がどう決着がついたのかがさっぱり分からない。そもそも、普通に考えたら会社には戻らないのではないだろうか。
 なぜあそこで、変にショッキングなシーンを挿入したのか、私には理解できないし、あれが映画全体を台無しにした、という思いも持っている。

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