2012年04月03日

江戸東京博物館で、好田タクトさんの指揮者ものまねを見る

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 2月26日(日)、久しぶりに江戸東京博物館へ行ってきました。目的は、特別展「ザ・タワー 〜都市と塔のものがたり〜」を見ることと、土日祝日行われているイベント「えどはく寄席」に、この日指揮者ものまねの好田タクトさんが出演するのを見ること。好田タクトさんは、クラシック音楽に合わせた古今東西の指揮者ものまねを世界で唯一行っている芸人さん。何年か前に私がクラシック音楽に興味を持ち始めた頃に知って、時々舞台を見に行っている。
 今回は30分のステージ。おそらく、比較的長いステージだったのではないかと思う。フルコースといった感じのレパートリーを披露(以下、敬称略)。小澤征爾に始まり、カラヤン、ストコフスキー、ジェームズ・レヴァイン、朝比奈隆などなど。途中には指揮者メドレーとして、ベートーヴェンの「運命」にあわせて小林研一郎、サイモン・ラトル、佐渡裕などに、次々と扮装して指揮をする。
 最初の指揮者体操とか、途中のこれまで紹介されたメディアの紹介など、ものまね以外のネタも面白かったです。最近あまり好田さんのステージを見るチャンスがなかったので、行くことができて良かった。

好田タクトの世界:http://www.geocities.jp/butsuzou28/index.html

2012年02月25日

2/26(日)、江戸東京博物館で好田タクトさんの指揮者ものまねのパフォーマンス



 東京・両国の江戸東京博物館では、土日祝日にイベント「えどはく寄席」を行っている。落語、マジックなどのステージ。
 2月26日(日)は、指揮者ものまねの好田タクトさんが出演。クラシック音楽に合わせて、古今東西の指揮者をものまねをするのだが、元の指揮者を知っていても知らなくても面白い。11:30からと13:30から。それぞれ30分のステージとのこと(ご本人の掲示板に寄る)。
 特別展の「ザ・タワー 〜都市と塔のものがたり〜」も見たいと思っていたので、行こうと思っています。

太陽の塔の横で芸をする | タクトの世界:http://8130.teacup.com/tact/bbs/1184

http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/event/yose/index.html#0226

えどはく寄席 演目一覧

開催日時
毎週土曜、日曜、祝日
1部=午前11:30〜  2部=午後1:30〜
(終わりの時間は演目によって異なります。)

開催場所
江戸東京博物館 常設展示室5階 中村座前

2月26日(日) 指揮者形態模写
好田タクト(こうだ たくと)

2012年02月23日

緻密さには欠けるが、それを補って余りある爽快感:映画『ペントハウス』を見る

ペントハウス(ベン・スティラー、エディ・マーフィー出演) [DVD] 映画『ペントハウス』(2011年アメリカ、ブレット・ラトナー監督)を見る。舞台はニューヨークの超高級高層マンション。主人公はマネージャーとして働くコヴァックス。ある日、最上階(ペントハウス)に住む大富豪ショウが、詐欺罪で逮捕される。コヴァックスはショウを信頼し、従業員の年金を預けていたが、その金は私的に流用されていた。他にも金を巻き上げられた従業員がおり、コヴァックスはその金を取り戻そうと、ペントハウスに隠されているという隠し財産を奪う計画を立てる。

 想像していたよりも大味な内容。使用人たちが一致団結して、マンションのセキュリティをかいくぐって財産を奪い取る話かと思いきや、そうした緻密さには欠ける。しかし、ペントハウスへの進入方法に財産の隠し場所、それをいかにして持ち出すか、などなど、色々な部分が豪快で、爽快感を感じる。なにより、悪い金持ちにだまされた庶民が、金持ちを出し抜いて金を取り戻すというストーリーは、単純だけれど面白い。
 後は、コヴァックスに協力するコソ泥のスライドを演じたエディ・マーフィの、まくし立てるようなしゃべりの健在ぶりとか、巨漢のメイド、オデッサの存在感とか、それぞれの登場人物が個性的で、これもまた楽しい。

 あまり難しいことを考えずに、リラックスして楽しめる映画だと思います。

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2012年02月17日

合唱団じゃがいもの合唱劇『銀河鉄道の夜』を見る

合唱団じゃがいも第38回定期演奏会 合唱劇「銀河鉄道の夜」
■原作 : 宮沢賢治  ■作曲 : 吉川和夫   ■演出 : 山元清多
■芸術監督 : 林 光 ■舞台監督 : 田川 律 ■照明 : 安達俊章 ■美術 : 神保 亮
■指揮 : 鈴木義孝

東京公演
2012年1月29日(日)・14:30開演
東京都葛飾区・かめありリリオホール

=TOP= of ☆合唱劇・合唱オペラ☆合唱団じゃがいも☆:
http://homepage2.nifty.com/jagaimo/



 合唱団じゃがいもの合唱劇『銀河鉄道の夜』を見る。山形を中心に活動する、アマチュアの合唱団。宮沢賢治の作品を原作とした合唱劇の創作初演の公演が主な活動とのこと。今回の「銀河鉄道の夜」は、演出家であった山元清多氏の追悼公演として再演されたもの。12月に山形で上演された後に東京での公演だったのだが、その間に芸術監督であった作曲家の林光氏が亡くなられて、東京公演はおふたりにささげる追悼公演になったとのこと。
 詳しいことはあまり知らなかったのだけれど、いつも聴いているラジオ番組で公演が紹介されたこと、地元のホールでの公演だったことから、興味を抱いて見に(聴きに)行ってきました。

 合唱劇を見るのは初めての経験。演劇とも、オペラやミュージカルともちょっと雰囲気が違っていて、独得の魅力、面白さがあった。ステージ前方で、ジョバンニやカンパネルラたちの役による演技があり、後方では合唱隊も一人ずつナレーションを語る。楽器の演奏は、ステージの下、客席の最前列とステージの間を、いわゆるピットにし、そこで行われる。歌は独唱もあるけれど、ほとんどが合唱。混声合唱で、メンバーの年齢層も幅広い。その、多様な声によるハーモニーには、聴く者の様々な感情を呼び起こしてくれる力を感じた。アマチュアとはいっても、1974年結成で、40年近い歴史がある。その歴史を感じさせるだけの質の高さがある内容。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、高校生か大学生の頃に読んだ記憶がある。当時、角川書店が賢治の魅力を改めて伝えるべく、文庫を復刊したり、ラジオドラマを放送していて、読んだり聴いたりした記憶がある。当時どう感じたかは、記録も記憶も残っていないのでなんとも言えないけれど、今回見て思ったのは、悲しいけれど美しい話だということ。そして、人の生き方など、色々なことに思いが巡る深みのある物語だということ。ファンタジーやSFに通ずる幻想的な雰囲気がある一方で、思想や哲学、宗教などのテーマも読みとれる。そうした、物語の持つ多様性を、原作と同じように感じさせてくれる。今この時期に上演される意味がある舞台だったと思う。
 もうひとつ、これは個人的な好き嫌いの話なのかもしれないけれど。ジョバンニとカンパネルラを演じたのはどちらも若い女性で、その姿に少年らしさと少女らしさの両方を感じさせるのは、魅力的だった。そうした物語の設定が好きなもので。

2012年01月28日

さすが、スパイ映画とコメディ映画の国イギリス:映画『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』を見る

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映画『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』公式サイト
http://je-kiyasume.jp/


 1月21日、映画『ジョニー・イングリッシュ 気休めの報酬』(2011年イギリス、オリヴァー・パーカー監督)を見る。『Mr.ビーン』の製作チームが手がけ、ローワン・アトキンソンが主演した映画。
 かつて伝説のエージェント(スパイ)と呼ばれたジョニー・イングリッシュだが、とある失態が原因で解雇されていた。しかし、英中首脳会談における暗殺計画を阻止するため、再びMI7の一員として活動するのであった。

 イギリスには、『OO7』シリーズを初めとする有名なスパイ映画があり、一方で『モンティ・パイソン』や『Mr.ビーン』などのコメディ映画も知られている。そのふたつの魅力が上手く混ぜ合わさったのがこの映画なのだと思う。元ネタなどを色々考えながら見ても面白いし、難しいことを考えなくても楽しめます。

 最初のシーンで、MI7をクビになっていたジョニーは、ある場所で修行をしているのだが、その登場からしていきなり面白い。アップで映るアトキンソンの顔! ローワン・アトキンソンは面白い顔ということではなく、自分の顔や動きでいかに笑わせるかを考えている人なんだろうと思う。そして、ここでの修行の成果は、途中途中でちゃんと活きてくる。単につかみとしての笑いではないのです。
 そこから先も、虚虚実実の駆け引きや謎の殺し屋軍団など、スパイ映画らしい設定が登場する。また、それこそOO7のような、これぞスパイ映画という小道具が登場し、それを上手く使ったり使えなかったりしながらジョニーは敵と戦っていく。その対決シーンも、比較的正統派のアクションシーンあり、定石を外した、パロディのようなシーンあり。香港で殺し屋を追いかけるシーンでの、相手の裏をかくというかおちょくるようなジョニーの動き(それでいてちゃんと追い詰めていく!)や、車に追われて「カーチェイス」を繰り広げるシーンでの、思いもよらない機能を使っていく部分などは、面白いなあ。
 そして、イギリス・コメディの伝統ともいえる、タブーをものともしない笑いも。目的遂行のために弱者を脅したり、敵と間違えてとんでもない人をぶったたいたり(そういう意味で、香港からジョニーを付けねらう殺し屋は絶妙な配役)。しかしそうしたブラック・ジョークも、いかにもフィクションという描き方をしているので、不快な気分にはならない。

 それから、この映画はエンドロールが始まっても席を立たないほうが良いです。終わるまでにもう少しお楽しみがあるので。

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2012年01月17日

王道のストーリーを、ストレートに描く:映画『リアル・スティール』を見る

 映画『リアル・スティール』(2011年アメリカ、ショーン・レヴィ監督)を見る。予告編を見て気になっていながら、なかなか足を運んでいなかった映画。その理由は、予告編で描かれていることがすべて、という内容の映画ではないかと思っていたから。しかし、評判が良いのでやはり見ておきたいと思って、見に行った。
 見て良かったと思う。ストーリーは王道で、複雑なところはない。展開も予告編から想像した通り。しかし、そのストレートな描き方が、この映画にとっては良いと思う。

 あらすじは次のような感じ。舞台は2020年。主人公チャーリーは、かつてボクサーとして活躍していたが、人間による格闘技は行われなくなり、ロボットが戦うようになっていた。チャーリーはロボットボクシングのプレイヤーとして生計を立てていたが、試合は賭け試合や地方回り。資金繰りに悩んでいたところに、かつて別れた妻が亡くなったと知らされる。息子マックスの親権をめぐって裁判所に呼ばれ、親権は義理の妹(姉だったかもしれない)に認められることになる。そこでチャーリーは、彼女の夫に夏のバケーションの間にマックスを預かることと引き換えに、金を得る取引をし、新たなロボットを購入する。だがそうして手にしたロボットも、試合であえなく敗れ、マックスとチャーリーとの関係も上手く行かない。
 しかし、ロボットの修理部品を手にするために進入したスクラップ置き場で、ふたりは一台のロボット「アトム」を見つける。旧世代のスパーリング用ロボットだが、人の動きをコピーするシャドー機能を持っていた。アトムに愛着を感じたマックスは、賭け試合に参戦し勝利。アトムを改良し、チャーリーの協力も得て、やがてロボット格闘技の公式戦に挑んでいく。

 くすぶっていたかつてのヒーローの復活とか、離れていた親子の絆を取り戻すとか、テーマもオーソドックスだが、嫌味ではないし飽きることもない。それは、ケレン味がない、真っ直ぐな描き方だからだと思う。
 それから、日本的というか、日本人が好きそうな要素も上手く練りこまれている。そもそも、主人公のロボットが「アトム」というところからそうだし、旧世代で小さなロボットが大きなロボットと戦い、勝利していくのは、判官贔屓やスポ根とも共通すると思う。更に言えば、アトムが倒していくロボットの中には「マイダス(ミダス)」や「ゼウス」といったギリシャ神話の神の名が付けられているものもある。他にもチャーリーが購入したロボット「ノイジー・ボーイ」のボディには漢字が書かれているし、このロボットは最初、日本語の音声認識に反応するように設定変更されていた(そしてテレビゲームで日本語を覚えたマックスが日本語で指示をするシーンがある)。

 観る人を選ばず、幅広く楽しめる映画だと思う。個人的には、もう少し掘り下げて欲しい部分もあったけれども。例えば、アトムの強さの秘密に、最強のロボット「ゼウス」を作ったデザイナーと関係があるのではないかと思っていたが、そこまでの深さはなかった。

 ちなみに、後で調べて驚いたのだが、この映画、原作はリチャード・マシスンの短編「四角い墓場」。元はどういう話なのか、読んでみたい。


リアル・スティール:
http://disney-studio.jp/movies/realsteel/



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2012年01月10日

過去を生きた人から、今自分たちがをどう生きるかを考える:アトリエ・センターフォワード第6回公演「ドーナツの穴」(作・演出:矢内文章)を見る

 1月8日(日)、アトリエ・センターフォワード第6回公演「ドーナツの穴」(作・演出:矢内文章)を見る。
 2011年と1952年、それぞれの時代に生きる/生きた女性を同時進行で描く。2011年ではアジアの(ブータンをモデルにした架空の国)農村で医師として働く今日子。1952年には終戦後の日本で生まれたばかりの赤ん坊を抱えてパンパン(進駐軍を相手とする売春婦)として生きるミナ。ミナは今日子の祖母である。
 劇の冒頭で、ミナが若い頃の姿で今日子に会いに来る。それが夢なのかどうかははっきりは描かれない。以降も、2011年の風景の合間に、今日子だけに見えているような風景として、1952年の光景が挿入される。
 劇中でも2011年の日本では地震が起こり、福島原発の事故が起こっていて、ミナは福島から避難した先で亡くなった。しかし今日子は帰らず、今日子の母からミナの書いた手紙が送られてくる。だがそれは今日子宛ではなく、ミナの夫宛だった。ミナの夫は広島で被爆し、原爆症で亡くなっている。なぜその手紙が今日子に送られてきたのか。

 テーマは重い。それから、登場人物の心情が揺れ動いている。決まりきったキャラクターに収まっていない。私は俳優が演じている役を見ているというより、実在する人物を見るかのような気持ちになった。だからなんとなく心がざわつくというか、落ち着かない。でもそれゆえにリアリティを感じる。

 しかし、最後には希望がある。見終えた後の後味は、見ている間のハラハラしたりモヤモヤしたりという思いはなく、むしろ清々しい。それはきっと、今日子もミナも、最後は自ら決めて行動したから。大変な時代である現在(それは劇中の現在であり、俳優がこの演劇を演じて、観客が見る現実の現在でもある)をどう生きるかのヒントが、戦後の大変な時期を生きた人々を描いたことで示されたのではないかと思う。

 1月15日(日)まで、シアター風姿花伝で上演中。

アトリエ・センターフォワード:http://centerfw.net/

2011年11月29日

成功した者ではなく、成功を目指す者の物語:映画『マネーボール』を見る

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マネーボール - オフィシャルサイト:http://www.moneyball.jp/

感想はネタバレを含む


 映画『マネーボール』(ベネット・ミラー監督・2011年アメリカ)を見る。メジャー・リーグでの実際の出来事に基づくフィクション。
 2002年。オークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーンは、それまでとは全く異なる基準によって選手を集める。ちなみにGMとはゼネラル・マネージャー。チームの戦力(選手だけでなく監督も)に関する最高責任者。アスレチックスは、メジャー・リーグの中でも資金力の面で弱い球団。ヤンキースやレッドソックスのように、他球団で頭角を現した選手を高額な移籍金や年俸で獲得するというチーム強化は出来ない。そこで若い選手を育てるのだが、彼らが活躍を始めると金持ち球団に買われてしまう。
 そこでビリーはどうしたか。他球団での評価が低く、年俸は安いが、実はチームの勝利のための能力を持つ選手を見つけ、獲得を始めたのである。そこで彼の右腕となったのが、イェール大学で経済学を学び、インディアンズのスタッフだったピーター・ブランド。ピーターの基準によると、例えば打者にとって重要な成績は出塁率。たとえ打率や安打数が低くても、四球ででも出塁できれば出塁率は高くなる。出塁が多ければ点数につながり、勝利につながる(実際にはもっと色々な数字が関係してきますが)。ピーターは、球団はお金で選手を買うのではなく、勝利を買うべきなのだと主張する。
 そうして集めたのは、一般的な評価から言えば他球団でくすぶっていた選手や、既に終わったと思われている選手たち。スカウトなど、チーム内の他スタッフも、監督さえも勝てるとは思わず、実際になかなか成果が上がらない。しかし徐々にビリーの考えが浸透し、チームは勝利を重ね、ついにはリーグ新記録となる20連勝を達成するのであった。

 と書くと、痛快なサクセス・ストーリーのように感じるかもしれないが、実はそうではない。ビリーは、自分たちの信じる方法で、ワールドチャンピオンになりたかった。しかし、2002年は地区シリーズへ進出するものの、そこでミネソタ・ツインズに敗れている。そして、その後メジャー・リーグの他の球団もマネー・ボールの考え方を取り入れ始めたこともあってか、アスレチックスはワールドチャンピオンという目標を叶えていない。つまり、成功した者を描いているのではなく、成功を目指して(今でも)走り続けている者を描いているのである。
 また、ビリーは2002年のシーズン後、レッドソックスからGMのオファーを受ける。GMとしては破格の報酬で。しかし、ビリーはそのオファーを断ってチームに残り、アスレチックスで勝つことにこだわる。そこで彼は言う。「人生を金で決めたことがある。だが、もうしないと誓った」。この「人生を金で決めた」というのは、ビリーが高校生の頃の出来事。超高校生級の打者という評価を受ける一方、大学に進学することも出来た彼だが、最終的にはメジャー・リーグからの誘いを選び、ドラフト1位でニューヨーク・メッツに入団する。しかし、現役時代は大きな成績を残すことが出来なかった。映画の中では、若い頃のビリーの光景が何度か挿入され、それが現在の彼の思いや考えに影響を与えていることが分かる。ビリーの、エリートとは違う、悩みや苦労を重ねた人物像が、見る側としては好感が持てる。
 ビリーの考えは、スカウト陣や監督のこれまでの経験と勘に頼った選手選び、戦い方と真っ向からぶつかり合う。ここでビリーが選手として成功していたり、逆に野球の経験がまったくなかったりすると、「現場を知らない人間が理論だけを振りかざしている」という印象を持ってしまいがち。しかし、他ならぬビリー自身が、経験と勘による野球の犠牲者であったことが分かるので、ビリーの理論に共感できるし、ビリーに肩入れしたくなる。このあたりの構成は、よく出来ていると思う。

 それなりに野球に興味がある自分にとっては非常に面白かったが、あまり野球を知らない人でも楽しめるのではないかと思う。


その他、細かいですが印象的だった場面を箇条書きで。

・ビリーには、分かれた奥さんとの間に娘がいる。彼女が要所要所で登場して、実はビリーを導く役割を担っている。彼女の歌声が、いい(本人が歌っているのか分からないけれど)。

・ラストでピーターがビリーに見せるビデオ。100kgを超え、鈍足で2塁に行けない若いバッターの映像。ある試合でも、1塁から2塁へ向かう途中で転び、這うように1塁に戻る。みんながそれを見て笑うが、バカにしたからではなかった。彼はホームランを打っていたからだ。ピーターがこの映像を見せた意味は、色々に解釈できると思う。しかしなにより、映像から、おそらく味方も敵も審判も観客も、ホームランを打った彼を祝福している雰囲気を感じて、ラストの後味の良さを感じさせる。


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→ http://movie.goo.ne.jp/usr/10025204/index.html

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2011年11月25日

ヨコハマ・フットボール映画祭 in TOKYO(12/10-16@池袋シネマ・ロサ)

 池袋シネマ・ロサで、「ヨコハマ・フットボール映画祭 in TOKYO」が開催される。今年2月に横浜で行われた企画が、東京で再度行われる。国内外のサッカー映画を毎日レイトショーで(21時から)上映。12月10日(土)〜12月16日(金)。初日10日は「くたばれユナイテッド-サッカー万歳!」が入場無料。
 上映作品は下記のとおり。

12/10(土)「くたばれユナイテッド-サッカー万歳!」(監督:トム・フーパー、出演:マイケル・シーン、デモシースポール他。2009年製作/イギリス/98分)

12/11(日)・12/16(金)「エリックを探して」(監督:ケン・ローチ、出演:スティーヴ・イヴェッツ、エリック・カントナ他。2009年製作/イギリス=フランス=イタリア他/117分)

12/12(月)「マラドーナ」(監督:エミール・クストリッツァ、出演:ディエゴ・マラドーナ、エミール・クストリッツァ。2008年製作/スペイン=フランス/95分)

12/13(火)「ロミオ&ジュリエット -フーリガンの恋」(監督:アンディバティアル・ユスフ、出演:エド・ボルネ / シシー・プレシリア。2009年製作/インドネシア/107分)

12/14(水)「アイ・コンタクト」(監督:中村 和彦、出演:ろう者サッカー女子日本代表。2010年製作/日本/107分)
http://www.pan-dora.co.jp/eyecontact/

12/15(木)「クラシコ」(監督:樋本 淳、出演:AC 長野パルセイロ/松本山雅FC選手・サポーター。2010年製作/日本/97分)
http://www.clasico-movie.com/


(上映作品 | ヨコハマ・フットボール映画祭:http://yfff.jp/%e4%b8%8a%e6%98%a0%e4%bd%9c%e5%93%81/

 しかし俺、6作品中4作品見ているわ。サッカー好きで映画好きなんだなあ俺。「くたばれユナイテッド」には興味があるので、見に行きたいと思っています。


2011年11月18日

人間としてのグールドを知り、更に彼への愛着が増す:映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』を見る

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』(2009年カナダ、ミシェル・オゼ、ピーター・レイモント監督)
http://www.uplink.co.jp/gould/


 映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』を見る。ピアニスト、作曲家のグレン・グールドのドキュメンタリー。私はグールドの演奏したCDを聴いてはいるものの、どういう人物か、どんな生涯だったのかといったことは断片的な情報しか知らなかった。そうしたグールド初心者からすると、改めて彼について知ることができたのは興味深かった。また、全編に彼の演奏シーンや演奏するピアノが流れ、その音楽を堪能できる。

 今は、グールドというと伝説の人というか、神格化されている印象がある。というか、私は神格化している。しかし彼をリアルタイムで知る人にとっては、才能は認められているが、変わった人物という評判も多かったことが分かる。人付き合いが苦手だったり(嫌いというよりも、本当に苦手だったようだ)、ツアー(演奏旅行)を嫌い、キャンセルすることもしばしばだったり。31歳の時には、コンサート活動を辞めることを宣言し、以降はレコードの録音、ラジオ番組・テレビ番組の制作に力を入れた。これについては、観客の前で演奏を行わないことは、失敗のリスクを避ける一方で、ライブならではの名演の機会を失ったとも言われている。しかし逆に、録音にこだわりを見せたことが、録音技術の発展にも寄与したし、そもそもグールドは観客の(いい意味での)プレッシャーを必要としない演奏家だったという意見もある。
 そうした毀誉褒貶は演奏や楽曲の解釈にもあったという。例えば、私にとってはグールドが弾くJ.S.バッハの曲は素晴らしいと思う。当時も評価されていたが、一方で演奏を評価しない人もいた。映画の中で、彼の演奏について、「作品を乗っ取った」という表現をしている人もいた。良くも悪くも「グールドが弾く○○」という点が目立ったのだと思う。また、バーンスタインが指揮したブラームスのピアノ協奏曲のコンサートで、バーンスタインが開演前観客に対し、自分はグールドの解釈には納得できないが、今日はソリストを尊重して演奏すると述べたというエピソードも取り上げられていた。そういうことは、他の演奏家、指揮者の間であるのだろうか? 珍しいと思う。
 しかし、こうした好かれも嫌われもする部分、それから奇行とも呼ばれた言動の数々は、レコードを売るための戦略という側面もあったという。いわゆるクラシック音楽の範疇からは逸脱した言動で注目を集めることは、従来クラシック音楽に興味のなかった人を振り向かせる効果もあったのかもしれない。それは、グールドの時代から現代でも変わらない。それが良いことなのかどうかは別として。また、今も残っているグールドの伝説というのは、目立つ(極端な)部分が誇張されているというのも事実だろう。

 そうした極端な部分、パブリック・イメージを取り除いたグールドの姿として、この映画ではまさにタイトルにあるような「愛と孤独」に焦点を当てている。グールドには禁欲的なイメージがあったし、人付き合いの苦手さから、結婚することに不安も抱いていた。自らの結婚について聞かれるのを避けるため、友人の結婚式に自分の両親を出席させることを拒んだこともあったらしい。
 それでも、女性関係については普通の男性だったという。特に、作曲家ルーカス・フォスの妻で、画家のコーネリア・フォスとの恋については、コーネリア本人、そして彼女のこどもたちの証言も交えて語られている。いわゆる略奪愛だが、それでもこどもたちもグールドと打ち解け、幸せな時期があった。しかし、コーネリアによるとグールドはパラノイアに罹り、彼女を拘束するようになったという。結局コーネリアはグールドの元を離れ、再びルーカスと生活するようになる。
 そうしたことが影響しているのかは分からないが、晩年のグールドは自己防衛の思いと、病気への不安に支配されていたようだ。若い頃はインタビューに当意即妙の受け答えをしたけれど、途中から原稿をつくり、書面に残すことにこだわった。結果、インタビューの内容はつまらなくなっていったという。また、自分の健康状態については細かな記録をつけ、複数の医者から薬を処方してもらったという。病院の病原菌を恐れて、入院していた母を見舞うことができず、母の死後深く後悔したり、その後の父の再婚に納得できず、結婚式に出席しなかったりということもあった。
 これはあくまで私の考えなのだが、人は「周囲の人間との関係に助けられて生きていく人」と「自らの力や才能で道を切り開いて生きていく人」というタイプ分けができると思う。もちろんどちらか一方だけではなく、両者の間のどこかに位置するのだが。グールドは後者に偏っていた人なのかなあと思う。才能があり、人付き合いが苦手なグルードにとっては、人と関わることは辛かったのかもしれない。ただ、周囲の人々は決してグールドを嫌っていたわけではない。グールドが亡くなった時、カナダの教会には二、三千人の人が集まった。そして、教会に流れた、グールドの演奏するJ.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」を聴き、多くの人が涙したという。映画の最後では、その映像と「ゴルトベルク変奏曲」から「アリア」が流れるのだが、その映像、音楽を聴くと、当時グールドとの別れを惜しんだ人々の気持ちが、わずかではあるが感じられるような気がした。
 そして死後25年が経った今でも、グールドの演奏は聴き継がれている。最後に様々な人が証言した中には、この演奏は400年残るとも、世界を良い方に向けてくれるのではないかとも言われている。また、彼のファンには孤独、苦難、不安の中にいる人も多いという話も語られていた。彼自身が孤独であり、晩年には(あるいは実は若い頃から)悩みや不安を抱えた人だったからこそ、同じような境遇にある人を慰めるのではないか。自分のことを書いてしまうと、私も人付き合いが得意な方ではない。しかし、自分で道を切り開くだけの力も才能もない。だから得意ではない人付き合いもして、周囲の人との関係に助けられて生きていくしかないと思っている。そういう自分にとって、この映画を通じてグールドに対する愛着が更に増したように思う。


映画の感想は「goo映画」にも投稿しています
→ http://movie.goo.ne.jp/usr/10025204/index.html


2011年11月15日

「世紀の大怪優 FANTASTIC 伊藤雄之助」(@ラピュタ阿佐ケ谷)上映中

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世紀の大怪優 FANTASTIC 伊藤雄之助/ラピュタ阿佐ケ谷:
http://www.laputa-jp.com/laputa/program/itoyunosuke/


 先日映画館でチラシを見つけて、気になった企画。
 ラピュタ阿佐ヶ谷で、特集上映「世紀の大怪優 FANTASTIC 伊藤雄之助」が上映中。岡本喜八監督の『ああ爆弾』(1964年)での親分役が、印象に残っている。
 最近忙しくてなかなか足を運べないかもしれないが、興味あります。

2011年11月06日

絶望を突き抜けて希望へ:映画『ミッション:8ミニッツ』を見る

『ミッション:8ミニッツ』(2011年アメリカ・ダンカン・ジョーンズ監督)
公式サイト:http://disney-studio.jp/movies/mission8/


 映画『ミッション:8ミニッツ』を見る。ダンカン・ジョーンズ監督の長編第二作。ジョーンズ監督の作品は、昨年見た長編デビュー作『月に囚われた男』が面白かったので、新作も気になって見に行った。『月に囚われた男』は、限られた舞台(セット)、登場人物、予算の中で、アイデアを駆使してつくられたSF映画だったが、『ミッション:8ミニッツ』も凝った作りのSFサスペンス。

 シカゴに向かう列車の中、教師のショーン・フェントレスは目を覚ます。恋人らしきクリスティーナに声をかけられた彼は、自分はスティーヴンス大尉だと言う。なにが起きているのか分からないまま、列車の中で爆発が起こる。再び意識を取り戻したスティーヴンスは、今度は狭いカプセルの中におり、モニターを通じてコントロールルームのような場所から声が聞こえてくる。先ほどの列車の光景は軍の作戦であり、スティーヴンスはショーンの体に意識を送り込まれたことが分かる。列車はシカゴ駅に到着する前に爆破事件に遭っている。スティーヴンスの使命は、事件の犯人を突き止めること。期限はフェントレスが目覚めてから爆発が起こるまでの8分間。
 そこから、舞台は列車と、「包囲された城」と呼ばれる、スティーヴンスが閉じ込められたカプセルと彼に指令を出すコントロールルームを交互に行き来する。スティーヴンスの記憶は蓄積されるので、列車の最後の8分間になにが起こるかは少しずつ分かってくる。しかし、乗客の中の誰が犯人なのか、容易には分からない。そして、スティーヴンスはなぜこの任務についているのか? 自分はアフガニスタンでヘリコプターを操縦していたはずだが、記憶がない。二つの謎を抱えたまま、物語が進む。
 詳しくは下記でネタバレを書きつつ紹介するが、これらの謎はしっかりと解決される。そして、物語はそこで終わってもいいのだが、もう少し物語は続く。そこが、この映画の魅力。更に、組織の中の個人とか、閉鎖的な状況に置かれた主人公とか、『月に囚われた男』と共通する部分もあり、前作よりも予算が増え、多くの人に向けてつくられた映画であっても、監督の考えの芯はぶれていないことを感じる。

以下、ネタバレを含む。

続きを読む

2011年11月05日

知っているつもりの出来事を、感じることができる:「がんばっぺ フラガール!〜フクシマに生きる。彼女たちのいま〜 」を見る

furagirl

「がんばっぺ フラガール!〜フクシマに生きる。彼女たちのいま〜」(2011年日本・小林正樹監督)
公式サイト:http://ganbappe.j-cqn.co.jp/


 映画『がんばっぺ フラガール!』を見る。2011年3月の東日本大震災で被害を受けた、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズについて、施設の専属ダンスチームであるフラガールを中心に記録したドキュメンタリー。フラガールについては、2006年に公開された映画『フラガール』でご存じの方も多いのかもしれない。
 私は『フラガール』は未見なのだが、今回の地震でスパリゾートハワイアンズも被災したこと、本拠地での活動休止を余儀なくされたフラガールが、施設オープン時(1966年)以来の全国キャラバンを行ったことなどはニュースで見聞きしていた。

 しかし、自分が知っていたのは、ごく表面的な部分についての知識だったと、映画を見た後では思う。少なくとも、そのことに気づいただけでも、映画を見た意味はあった。
 例えば、スパリゾートハワイアンズには、フラガールとともに、炎を使ったパフォーマンスを見せるファイヤーナイフダンサーという男性ダンサーがいる。彼らも本拠地での活動はできないのだが、キャラバンでもステージには立てない。各地の会場では、お客さんと近すぎたり、室内だったりという理由で、火を使うことができないから。彼らは、裏方としてキャラバンを支える一方で、再開に向けてトレーニングを続ける。その、モチベーションを保つ難しさは、画面を通じて想像できる。
 それから、スパリゾートハワイアンズの中でも被害が少なかったホテル部分は、避難所として広野町の被災者を受け入れていた。その中の一人が、部屋の中に洗濯物を干している理由を、そうしておくことでホテルにいても日常にいるように思えると話していたことは印象的だった。そしてそうした思いや感覚を分かっていない自分について、改めて考えてしまう。映画の冒頭で、東京の風景が映り、東京では地震の影響がなくなったように見える、という趣旨のナレーションが入るのだが、本当にそうなのだと思う。日常が取り戻せない人たちがいる一方で、東京に住む自分たちは良くも悪くも日常を取り戻しつつある、そのことは自覚しないといけない。
 また、ダンサーのサブリーダー、大森さんは、実家が双葉町の福島第一原子力発電所が見える場所(2kmの距離)にある。家族は千葉への一時避難を経ていわき市に移り、大森さんはその間合宿所で生活しながらキャラバンに参加し、その合間に飼っていたペットが保護されているセンターを頻繁に訪れている。大森さんのおばあさんが、原発ができたときは地域が潤うのではないかと思って、反対した人は少なかった、でも今思うと、みんなで反対すれば良かったと、しみじみと語る様子には説得力がある。声高に反原発を唱えるのもひとつの立場。しかし私には、おばあさんの言葉の方が、より強い説得力を感じた。
 カメラは、家族の実家への一時帰宅にも同行する。町には生活する人はおらず、動物たちだけがぽつりぽつりと歩いている。町並みも地震当時のまま。その中から、お父さんは設計士の仕事の再開に必要な道具を運び、大森さんも大切なものを持ち出し、実家の様子を記録する。原発から一定距離の地域からは避難しなければならない、とか、一時帰宅が認められた、ということは、これもニュースなどから知識としては知っていた。しかし、実際にそういう状況にある人の様子を見ると、現実を突きつけられるような気持ちになる。それでも、時には笑顔を見せながら、これからについて語る人々の様子は力強い。地震以降、被災地や被災者を訪ねた人々が、「逆に元気をもらった」と思いを述べるのを見聞きしたことがある。私が映画を見ながら感じたのも、おそらくそれに近い思い。自分も頑張らなければならないと、改めて思う。

 こうした状況の中、スパリゾートハワイアンズ営業再開までの人々の努力は懸命。映画の前半、開業当時の様子が語られる。炭鉱の閉鎖後の生活のために、それまで炭鉱で働いていた人たちが、一家で生活のためにスパリゾートハワイアンズ(開業当時は常磐ハワイアンセンター)で働き、それが発展の原動力になったという。当時と今回では状況は違うが、それでも地震の後に施設を点検した社員が復旧はダメかもしれないと言ったという状況から、約半年後の10月1日には一部営業再開を果たしている。
 ラストシーンは営業を再開したスパリゾートハワイアンズの仮設ステージでのショー。その姿には、月並みな言い方になってしまうが力がある。彼女たち、彼らを応援したくなる力が。私は特に地震の後、文化とか芸術というものには、人の心を動かす力があるという思いを強くしているのだけれど、この映画を見ても、やはりその思いを強く抱いた。
 そしてそこに表れる字幕が、「さあ、はじまった」。そう、映画はここで終わるけれど、現実にはここはゴールではなく、スタート。制作者側の、その思いを感じた。
 なお、ナレーションを担当しているのは女優の蒼井優さん。今回の映画のスタッフの多くが、蒼井さんが主演した『フラガール』のスタッフであるという縁もあっての出演だという(ニュースによると、出演料はすべていわき市に寄付をした、とのこと)。声や語り口に、自分が抱いていた蒼井さんのイメージよりもより落ち着いた、抑えた力のある雰囲気を感じた。映画の魅力にプラスの影響があったと思う。

映画の感想は「goo映画」にも投稿しています
→ http://movie.goo.ne.jp/usr/10025204/index.html

2011年10月09日

久々に、気になる映画:『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』予告編


 最近とんと映画を見なくなってしまった。しかしそんな私にとっても、久々に気になる映画。

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』公式サイト:
http://www.uplink.co.jp/gould/
 (音出ます)

 グレン・グールドのドキュメンタリー。私はCDを何枚か聴いている程度なので、グールドがどういう人物で、どういう評価がされていたかということは、詳しくは知らない。色々な雑誌やwebサイトで言及されているのを少しずつ読んでいる程度。
 前半は、そういう私のような人間にも分かるように、グールドの生涯を振り返るないようだという。そして後半は、グールドの恋人だった三人の女性について語られ、三人ともスクリーンに登場するという。グールドをよく知る方には、これが興味深いらしい(下記の記事参照)。
 これは見に行きたいと思っています。

映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」 - CLASSICA - What's New!:
http://www.classicajapan.com/wn/2011/09/141122.html




2011年07月24日

気になる映画:『人生、ここにあり!』(実は2年前に見ている)

 最近、とんと興味を惹かれる映画がなくなってしまったのだが、久々に紹介したい映画が。
 ジュリオ・マンフレドニア監督の『人生、ここにあり!』。イタリア・ミラノでの実話を基にした映画。イタリアの、精神病院を退院した人が加入して働く「協同組合」を舞台にしている。

__映画『人生、ここにあり!』公式サイト__
http://jinsei-koko.com/


 実は私、この映画を2年前に見ている。なぜかというと、2009年の5月の「イタリア映画祭2009」で『やればできるさ』の題名で上映されたから。あれから2年、ようやく日本で公開になりました。
 当時の感想を下記に再録しておきます。ネタバレにはなっていないので、未見の方もどうぞ。私ももう一回見に行こうかしら。

2009年05月10日: すべての人に生きる価値がある:映画『やればできるさ』を見る:
http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/8345710.html


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2011年04月03日

日々の生活の上で力になるもの:サッカードキュメンタリー映画「クラシコ」を見る

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 4月1日、池袋のシネマロサで、映画「クラシコ」を見た。映画自体は、昨年阿佐ヶ谷ロフトAで行われた上映会で見ている。でもその時のスクリーンは映画館よりは随分と小さいサイズだったので、もう一度大きなスクリーンで見たいと思ったのが見に行った理由のひとつ。もうひとつは、この日は上映後に宇都宮徹壱さんと湯浅健二さんというふたりのサッカージャーナリストによるトークが行われるから。

映画「クラシコ」公式サイト:
http://www.clasico-movie.com/

 映画の感想は、上映会のときに見た時のものと変わらない。一番最後に引用しますので、興味がある方はご覧ください。
 ただ、地震を経験した後に見ると、先日も書いたけれど、文化や芸術の持つ、人の心を動かす力を感じた。今、この状況では、「サッカーなんか」、「映画なんか」と思う人はいるはずで、それは当たり前だと思うし、私はそれを否定できない。でも、「サッカーがあるから希望がある」、「映画を見たから頑張れる」という人も、ゼロではないはずなのです。少なくとも私はそうです。
 特に、「地域リーグ」という、身近にあるサッカーチームを応援する行為が日常にあるというのは、日々を生活する上で力になるのではないかと思う。その「生活する上での力」はサッカーでなくてもなんでもよいのだが、その「なにか」があることが大切ではないかということを感じた。そして、自分もその「なにか」を大切にしたいと思った。

 上映後のトークショーの様子、記録できた限りで書いておきます。



●トークショー:宇都宮徹壱(http://supporter2.jp/utsunomiya/)・湯浅健二(http://www.yuasakenji-soccer.com/

●映画「クラシコ」について

湯:事前にDVDで何度か見ていたが、スクリーンで見ると、臨場感がある。

宇:この映画は、「みんなで見る」という点が、サッカー観戦に通ずる。映画館で見るべき映画と感じた。

●地域リーグ、下部リーグ

湯:1970年代のドイツへのサッカー留学時。4部のチームのサポーターをしていた。当時はドイツのリーグもプロになりかけで、プロともアマともいえない状況。今の地域リーグやJFLのサッカーが好きな思い、使命感に当時を思い出す。

宇:日本の地域リーグに興味を持ったのは、まずドイツの下部リーグに属する旧東ドイツのクラブを取材したこと。ドイツは3部、4部のチームにも多くのサポーターがいて、1万人規模のスタジアムがある。
 その国のサッカーのレベルは、下部リーグのレベルで測れるのではないか。イタリアの3部リーグを取材したときは、ドイツに比べレベルの低さも感じた。これは1部リーグ同士を見ていても分からない部分。
 もうひとつ、日本の天皇杯に出場する下部リーグのクラブ、そこでプレーする元Jリーガーたちも興味を持ったきっかけ。

湯:サッカーの位置づけは、アマチュア、プロ、個人でバラバラ。ヨーロッパではサッカーを楽しむ理由のひとつは、コミュニティ、チームへの帰属意識にある。
 ドイツのブンデスリーガはサッカーのレベルは1番ではないが、集客集はヨーロッパで1番。

宇:下部リーグの試合でもお客さんは集まる。日本人はヨーロッパのサッカーには詳しくても、自分の近くのアマチュアチームのことは知らない人が多い。そこに目を向けると、地域の夢や希望になるのではないか。その例が松本山雅。

●震災後のサッカー

宇:地域愛、サッカーへの愛が、これから求められてくるのではないか。

湯:自分になにができるかを考える。自分には想像もできない日々を生きている人がいる。その中では、日常をしっかり生きるしかない。サッカーが自分にとっての仕事。今ある生活を一生懸命生きる。それが自分が生きていることの自信につながる。

●質疑応答

Q1.今のJFLは、Jリーグ3部ができたらどうなるか?

宇:以前、当時の鬼武チェアマンに取材したときは、J3よりもJリーグのプレミア化の方が現実的な路線という考え方だった。JFLはプロ・アマが混在したバッファー(緩衝帯)として存在していくのではないか。
 また、今後J2とJFLの間で入れ替えが行われるようになると、JFLの位置付け、注目度が変わってくる。
 JFLからJリーグへの昇格には、スタジアムの問題もある。Jリーグのスタジアム水準をJFLのチームに求めるのは難しいのではないか。

湯:リーグのありかたは自然発生的なもの。チームが人々に影響を与える。そうした下からの動きが協会を変えることができる。文化は上から変えられない。

Q2.メディアは下部リーグをもっと取り上げないのか? 注目されるための方法は?

宇:マスメディアは、Jリーグを目指していないクラブチームを取り上げることはない。
 「クラシコ」は、英語の字幕をつけて海外の映画祭に出品したい。例えばベルリン映画祭であれば、ドイツの人々は感じるものがあると思う。

湯:ドイツは権威を否定するので(ネッツァーやベッケンバウアーのコメントをサポーターが批判する)、この映画を受け入れるのではないか。

Q3.ドイツのサッカー文化を手本とするとして、日本的なサッカー文化のためのポイントは?

湯:ドイツと日本のサッカーは、歴史の長さから捉え方が少し違う。
 ドイツは100年以上の歴史、サッカーのプレー経験者の多さから、サッカーがアイデンティティ(ここでは「誇り」という意味)になっている。誇りを持つための媒体としてのサッカー。

宇:ドイツと日本の国の成り立ちの違いがある。ドイツの都市国家としての成り立ちとサッカーチームの関係は、日本との違い。
 無縁社会へのアンチテーゼとしてのサッカークラブ。バブル期からの首都圏集中の流れから、地元への誇り、地縁の復活のためのサッカークラブの存在。
 仕事以外の仲間、祭としてのサッカーの応援の意味。

湯:その点で、「カワブチ」が「ナベツネ」に勝った意味は大きかった。

●まとめ

湯:画一化した社会から地域それぞれの社会へ。「3.11」後のピンチをチャンスに変えようと思うしかない。異文化接点としてのサッカーの役割。

宇:地震から3週間、本日から4月。これがひとつのリセットのきっかけになれば。



2010年09月26日
オシムさんにも見て欲しい:映画『クラシコ』上映会&トークイベントへ行く
http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/9722627.html


  9月23日、映画『クラシコ』の上映会&トークイベント(@阿佐ヶ谷ロフトA)へ行く。『クラシコ』は、日本サッカーの地域リーグを記録したドキュメンタリー映画。「地域リーグ」とは、JリーグのJ1・J2、全国規模のアマチュアリーグJFLの更に下に存在する4部リーグ。全国を9地域に分けて行われるアマチュアリーグだが、ここには将来のJリーグ入りを目指すチームも多く、そうしたチームにはプロ契約を結んでいる選手もいる。
 その地域リーグの中でも、特に実力が高く、Jリーグを目指すチームも多く、過酷と言われているのが北信越フットボールリーグ。長野、新潟、富山、石川、福井を本拠地とするチームが参加している。映画では、この北信越リーグの2009年シーズン、中でも長野県内をホームタウンとする松本山雅F.C.とAC長野パルセイロの二チームの対戦を取り上げている。

 まず対照的なのは両チームの特長。松本は、Jリーグクラスと言われるサポーターを持ち、一方長野は、ブラジル人のバドゥ監督(当時)をはじめとするスタッフ・フロントが整い、さらに設立に携わった学校教諭など、サッカー関係者が何人も登場する。
 また、互いの対抗意識も強い。元々、廃藩置県の時には、二つは長野県(長野市を県庁所在地とする)と筑摩県(松本市を県庁所在地とする)という別々の県だった。それが長野県に統合されたのも、筑摩県庁舎の火事というアクシデントが関係していたらしい。松本としては、心ならずも吸収されたという思いもあるのだろう。それ以前からも、山で隔てられ、かつては行き来が困難だったという地理上の理由、城下町としての松本、門前町としての長野という文化の違いもあり、対抗意識は強いという。この意識は、サッカーの対戦にも受け継がれていて、お互い相手には負けたくないと思っている。
 こういう、マスメディアに煽られたものではないダービーの意識が、4部リーグにも存在するということは、日本サッカーの文化が深まってきた証拠ではないだろうか。上映後のトークショーで、映画を海外でも上映してみたいという話が出ていたが、たしかにヨーロッパの人々にとって、サッカーがあるのかないのかもよく分からない日本に、こういうサッカー文化があるということは興味を惹くのではないか。しかも日本の場合、ヨーロッパのような宗教的・人種的対立の代理戦争としてのサッカーという側面がない、というところも独特な点だろう。

 サッカー文化という点ではもうひとつ、サッカーを観戦する人々の幅広さも、この映画では描かれている。松本の選手が立ち寄る定食屋を経営するご夫婦が、いつしかホームスタジアムでメインスタンド最前列で観戦していたり、金沢でのアウェーゲームへのバスツアーに中高年の方々が多く参加していたり。中でも私が好きなシーンが、松本がJFLへの昇格を掛けた全国地域リーグ決勝大会に、ホームスタジアムのアルウィンで臨んだ試合(会場がアルウィンになったのは偶然)。スタジアムの入口付近で「どこから入ればいいのか」と戸惑うおばあさんとお孫さんらしき女の子に、松本の名物サポーターの焼鳥屋のオヤジさんが声をかける。話から、ふたりは新聞で松本の活躍を知り、一度来たいと思っていたアルウィンに初めてやって来たことが分かる。これは、サッカーが本当に日本の色々な地域の色々な人に根ざしていることを象徴しているシーンだと思った。大企業や多人数のサポーターのバックアップを受けた大クラブが存在することももちろん素晴らしい。でも、老若男女様々な人が応援できる贔屓チームが身近あることが、なにより素晴らしいと私は思う。
 長野や松本の対決が中心ではあるが、決して二チームだけを取り上げているわけではない。そこがこの映画の奥深さで、多くのサッカーファン、そしてサッカーをあまり知らない人にも興味を持ってもらえる点。例えば、同じ北信越リーグで戦う、サウルコス福井、上田ジェンシャンなど、相当なサッカーファンでもなければ名前を知らないようなクラブも取り上げられている。そして、そうしたクラブにも4人、5人ではあるが、サポーターがしっかりと存在する。観客席というか、グラウンドの周りの斜面で声援を送る福井サポーター、豪雨の中ゴール裏の横断幕の前に立ち続ける上田サポーターなど、名シーンも多い。

 長野県内では今年上映されたこの映画。東京では、めでたく来春、池袋ロサでの公開が決まったとのこと。先ほども書いたけれど、サッカー好きな人はもちろん、サッカーに熱くなる人が分からないという人にも見て欲しい。日本のサッカーの面白さを感じることができると思う。それから、個人的にはイビチャ・オシムさんにも見て欲しい。どんな感想を言ってくれるか。

2011年02月18日

YouTubeにくものすカルテットのチャンネルができました

 私の好きなバンド、くものすカルテットのYouTubeのチャンネルができました。早速色々と映像がアップされています。

 まずは、最新アルバム『ワルツ横丁』収録曲で、CDにも映像データが収録されている「ワルツ横丁へのテーマ」のPV。



 さらに、レアなライブ映像。多田葉子さんが参加されていた頃のライブ映像から「ワルツィング・マチルダ」。いつ頃の映像なのだろうか。現在のメンバーはそろっていますが、みなさん若いです。私がくものすカルテットを知るよりも前の映像。
 「ワルツィング・マチルダ(ワルチング・マチルダ)」は、オーストラリア人なら誰でも知っているといわれる歌。いい歌です。



 さらにさらに、くものすカルテットのメンバーである坪川拓史監督の映画『アリア』のダイジェスト版もアップされている。国内、海外の映画祭で上映され、海外では公開もされているのだが、日本ではまだ映画祭や上映会のみで未公開、未DVD化の作品。
 でも、非常に印象的で、そして私と坪川監督を引き合わせてくれた縁のある映画。ぜひ、まずはダイジェストでその魅力を感じて欲しい。



(参考)木の葉燃朗の「本と音楽の日々」: 映画感想『アリア』(第20回東京国際映画祭)@TOHOシネマズ 六本木ヒルズ(2007年10月30日):
http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/6384228.html



くものすカルテット オフィシャルWEBサイト:http://www.kumokaru.net/
くものすカルテット・ブログ:http://kumokaru.jugem.jp/
くものすカルテット (kumokaru) on Twitter:http://twitter.com/#!/kumokaru

2011年02月01日

振り返れ2010:2010年印象に残った映画

 ぼんやりしていたら、2011年の1月も終わりです。2010年のあれこれを振り返る企画も、CDと本で止まっていました。
 とりあえず、「映画」、「コンサート」、「その他」という三つを書いておきます。まずは映画編。ほぼ見た順で。

月に囚われた男 コレクターズ・エディション [DVD] 月に囚われた男
 月を舞台にしたSF映画。予算が少ない中で、アイデアを上手く形にして、面白い物語をつくっている。
 (感想)制約をアイデアで乗り越える
 http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/9384617.html

ハッピーエンド [DVD] ハッピーエンド
 映画マニアのヒロインの周辺で、ある日を境にラブコメのような出来事が次々と起こり始める。映画に対する愛情と、ヒロインを演じた菜葉菜さんの魅力を感じる。
 (感想)変化球のようでいて、清々しいほどのストレートさ:映画「ハッピーエンド」を見る
 http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/9542847.html

おのぼり物語 プレミアムBOX [DVD] おのぼり物語
 カラスヤサトシさんのマンガの映画化。原作は、上京当時の出来事を描いたエッセイ風の四コママンガなのだが、その中からエッセンスを上手く抜き出している。ややシリアスな内容だが、ギャグも取り込んで、原作らしさを表現しようという作り手の思いを感じる。
 (感想)原作のエッセンスをちゃんと取り入れた映画化:映画『おのぼり物語』を見る:
 http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/9571968.html

・アイ・コンタクト
 聾(ろう)者女子サッカー日本代表のドキュメンタリー。サッカーをきっかけに聾の世界を知るきっかけになり、サッカー選手の考えや思いは共通ということを感じた。
 (感想)サッカーをきっかけに知る聾者の世界:映画『アイ・コンタクト』を見る:
 http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/9734098.html

・クラシコ
 この映画もサッカードキュメンタリー。公開は2011年ですが、上映会で見たので紹介。
 松本山雅F.C.とAC長野パルセイロという2チームのライバル関係を軸に、「地域リーグ」のサッカーを描く。地域リーグとは、J1、J2、JFLの更に下にある、地域ごとのサッカーリーグ。日本のサッカーの幅の広さと奥の深さを感じる。
 (感想)オシムさんにも見て欲しい:映画『クラシコ』上映会&トークイベントへ行く:
 http://blogs.dion.ne.jp/konohamoero/archives/9722627.html



 2010年に出かけた映画・コンサート・イベントなどの一覧は下記でどうぞ。

「出かけた俺2010」木の葉燃朗のがらくた書斎:
http://konohamoero.web.fc2.com/report/2010.html

2011年01月20日

古本好きおじさまの理想:映画「森崎書店の日々」を見る

morisaki

 映画、「森崎書店の日々」を見る。原作は、ちよだ文学賞を受賞した小説。ちよだ文学賞は、千代田区に関連する内容を推奨する(必須ではない)文学賞で、「森崎書店の日々」は神田神保町を舞台にした小説。
http://www.morisaki-syoten.com/

 率直に感想を書けば、どうということのない話。恋愛関係で傷ついた女の子が、神保町で生活して、少しずつ癒されていく、という物語。それでも、登場人物に魅力があり、神保町が記録したいと思う(つまり、必ずしもありのままではない)街の姿を残したことに価値がある。その点で、神保町の魅力をPRする映画として良くできている。古本関連で名を知られたライターさんもちょこっと出演しています。

 ただ、現実の神保町の姿とはだいぶ違うけれど。例えば今、神保町では古本屋があった場所が別の業種の店や駐車場になっている(誰も敢えて言わないし書かないけれど)。それに、主人公のように、それまでほとんど本を読んだことがない若くてかわいい女性が(演じた菊池亜希子さんは本当にかわいい)文学の魅力に引き込まれていくなんて、奇跡のような出来事。彼女の神保町での先輩にあたる、喫茶店でアルバイトする大学院生の方が、まだ若干リアリティがある(演じるは田中麗奈さん。彼女も魅力的)。

 だがそれゆえに、古本が好きなおじさまにとって理想のような出来事を描いた映画。ファンタジーだと思って見れば、楽しめる。しかし、これを女性の監督が撮影したというのは、ややあざとい気もする。



森崎書店の日々 (小学館文庫)八木沢 里志『森崎書店の日々』(小学館文庫)



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2011年01月17日

多くのコレクターに勇気を与える偉大な先輩:映画「ハーブ&ドロシー」を見る

herbanddorothy

 映画「ハーブ&ドロシー」を見る。アメリカの現代美術のコレクターである老夫婦、ハーブとドロシーの姿を撮影したドキュメンタリー。

Herb & Dorothy ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人:
http://www.herbanddorothy.com/jp/


 ふたりは、郵便局員と図書館司書という、極めて普通の仕事をしていた。ふたりとも若い頃から芸術に興味があり、働きながら学校で芸術を学ぶアーティストでもあった。しかし途中で、コレクターとして芸術に関わるようになる。
 そこで彼らがテーマとしたのが、ミニマル・アートとコンセプチュアル・アート。それらのジャンルに絞った理由としては、価格が手頃だったこと、コレクターのライバルがいなかったことをあげている。また、決して大きくない彼らのアパートに置くためには、大きな作品では難しい、ということも理由だったようだ。「自分たちの給料で買えること」、「アパートに収まること」という制限のもと、精力的にコレクションを増やしていく。

 感じるのは、作品を集める側も芸術界に貢献できる、ということ。ふたりと交流のある芸術家からは、若く、作品が売れなかった時代に唯一買っていたのがハーブとドロシーだったとか、彼らはすべての作品を見たいと言う、といったエピソードが紹介される。アーティストに直接会って購入することも、彼らの特徴だという。その様子は「本物のコレクター」とも、「コレクターというよりキュレーター」とも評されている。
 それに関連して興味深かったのはこんな話。ある芸術家が、作品をつくる過程で発生したスケッチを床に置いていたところ、彼らはそれを買いたいという。いわば作品の材料を欲しいと。これは芸術家もまったく意図していなかった視点だったらしい。

 こうした考えでコレクションを広げているので、投機としての作品の売買はまったく考えていない。気に入るから買う。それもできるだけ安く買いたい。その芸術家が成功することはうれしいが、だからといって作品でお金儲けをするつもりはない。こうした姿勢は、一部の画廊やディーラーからすればおもしろくない。それでも、アーティストに刺激や情報を与える存在として彼らは貴重である。「フレンド・コレクター」とも呼ばれている。
 その考え方は、なかなかに頑固。彼らが名を知られるようになると、コレクションに加えてもらおうと作品を送ってくる芸術家もいるという。しかし、そうしたものはすべて送り返す。あくまで自分が気に入ったかどうかを考え、購入することに意味がある。

 そんな彼らのコレクションも、ある時限界を迎える。家に飾ることはおろか、保管することすら困難な状態になってきた。彼らも、自分たちの死後コレクションは美術館に行くことは覚悟しているが、コレクションの譲渡には慎重だった。その中で、ナショナル・ギャラリー(アメリカ国立美術館)が購入を申し出て、承認される。決め手になったのはふたつの条件。作品を売らないということ、展示しているギャラリーを入場無料で誰でも見られるようにすること。そのうち、作品を売らない、という点については、コレクションも作品という言葉が印象深い。コレクションを売ることは、作品(例えば絵画)の一部を切り取って売るようなものだと。
 こうして4782点の作品はナショナル・ギャラリーで保管され、彼らには幾ばくかのお金が渡された。ナショナル・ギャラリーとしては、それで家具などを買って、今までよりもゆったりした生活をして欲しいと思っていた。しかしふたりはやはりというかなんというか、再び作品を集め始めている。こうしたあたりは、なんともらしい。一方で、映画の最後は、ふたりがあるものを買う場面で終わる。それはパソコン。この尽きない好奇心は、見習いたい。

 コレクターって、煙たがられたり、奇異の目で見られたりすることもあるけれど(大したことのない私だって、マニアックな点を変わった人として注目されることもある)、信念を持って集めることは素晴らしいと思わせてくれて、色々なジャンルのコレクターを勇気づけてくれる。あと、芸術が商売であるという意見を臆面もなく表明し、作品の値段が作品の価値であると断言する芸術家や芸術産業の方々を、自信を持って胡散臭いと思う勇気も与えてくれる。



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