2007年03月31日
能「定家」 能面の選択
■能「定家」:後シテ(式子内親王の霊)で使用する能面 は能役者の作品に対する把握や解釈の仕方で選択が変わってくる。 死してもなお、葛となって内親王の墓に纏わりつく定家の妄執から逃れられない苦しみ。それから救済されたいとの表情を内親王という高貴な品格を持ちつつ表す、能役者にとっても難曲の一つだ。■痩女(やせおんな) Yase-onna 霊系
使用曲:「定家」、「砧」、「求塚」、「水無瀬」など
「定家」では悲壮な表情を持つ痩女の面をかけるのが常套。
この面は死霊を表すが、目には金具を入れず、普通の女面と変りはない。ただひたすらに弱さ、哀れさを表すのが特徴。頬の筋肉は痩せ衰え、眼球の落ち込み方、哀れに小さく開かれたまなざし、痩せて力の無い口元など工作の一つ一つに特徴を持っている。
使用曲:「葵上」、「海人」、「当麻」など
苦しみの中に品位を漂わす
■増女(ぞうおんな) Zo-onna 女系
昔日の雅な日々を再現する
(C) Archives Japan, Inc.
能「定家」を素謡できく 近藤乾之助
■能「定家」を素謡で聞ける貴重な機会が4月3日に水道橋・宝生能楽堂である。会を主催する近藤乾之助師は宝生流の重鎮で「近藤乾之助試演会」と称するこの会は今年で29回目を重ねる。常々同師が重要性を説かれている「素謡」を中心とした内容で他流のシテ方も出演するユニークな構成だ。今回は京都の観世流から河村晴久・晴道両師が出演。それぞれ仕舞「屋島」「東北」を舞う。
日本語の美しさにあらためて気づく良い機会ともなろう。
■第29回近藤乾之助試演会
・日時:4月3日(火) 18時開演
・場所:宝生能楽堂 東京都文京区本郷 1-5-19
・演目
舞囃子 「昭君」 近藤乾之助 (宝生流)
素謡 「唐船」 當山孝道 (宝生流)
狂言小舞 「通円」 野村万作 (和泉流)
素謡 「定家」 シテ 近藤乾之助 (宝生流)
ワキ 佐野 萌 地謡 今井泰男ほか
・料金:正面 ¥7,000 脇正面 ¥6,000 中正面 ¥5,000
・申込:近藤乾之助師 TEL:03-3915-1376 FAX:03-3915-6611
宝生能楽堂 TEL:03-3811-4843
【番組】

2007年03月30日
能「定家」をめぐって〜忍ぶ恋
■能「定家」:世阿弥の娘婿・金春禅竹作の名作。
「葵上」と同じく番組名の定家は役としては出てこない。シテ式子内親王の亡霊とワキ旅の僧である。
モチーフは小倉百人一首に収められている「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらえば 忍ぶることの 弱りもぞする」式子内親王の歌である。
【写真上】伝・式子内親王墓 地図をみる



【写真左】常寂光寺内・時雨亭跡碑
【写真中】二尊院「小倉山」勅額・後柏原天皇
【写真右】二尊院内・時雨亭跡から嵯峨野の遠望



【写真左】厭離庵・小倉山荘色紙の依頼者・宇都宮頼綱の中院山荘のあったところ
【写真中】船舟院陵・宮内庁管轄 敷地に「式子内親王墓」とされる五輪塔がある【最上部の写真】
【写真右】下鴨神社・舞殿 式子内親王が14歳から10年間斎院を務めた下鴨神社本殿前
2007年03月29日
2007年03月17日
外国人のみた能(5)アーネスト・フェノロサ
■能の本質能の美しさと力とは集中に存する。あらゆる要因−装束・動作・詩文・音楽−は、あの単一明澄な印象を生み出すように結合する。おのおのの戯曲は何かしら根源的な人間関係や情緒を表現する。
【アーネスト・フェノロサ】(Ernest Francisco Fenollosa 1853-1908):アメリカ人、哲学者、日本美術研究家。 1878年初来日、東京帝国大学で哲学を教える。岡倉天心と交流後、東京美術学校設立に関わる。後にボストン美術館東洋部長に就任。海外に日本美術の真価を伝える。三井寺山内の法明院の桜井敬徳阿闍梨に師事して仏教に改宗し、諦信の法号を受けた。
外国人のみた能(4)フリードリッヒ・ペルチンスキー
その様式の純粋さと形式の緊密さを保ち得たのは、能面を捨てなかったことと、能面の有益な拘束力とに少なからず負っている。
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2007年03月15日
「籔内佐斗司展」〜笑門来福〜 茂山宗彦
外国人のみた能(3)ジャン・ルイ・バロー
外国人のみた能(2)ポール・クローデル
外国人のみた能(1)ブルーノ・タウト
■能の本質「この舞は芸術的手段の極度の圧縮だ。 これ以上の圧縮は全く不可能であり、従ってまたその芸術的効果もこれ以上に出ることはできない、実に讃嘆すべき芸術だ。これが日本なのだ、最も単純なもののなかに、 一切がある」
(能「道成寺」を観て乱拍子の舞について)
【ブルーノ・タウト】(1880-1938)建築家、ドイツ・ケーニヒスベルグ生まれ。昭和8年日本初来日。桂離宮を近代建築の範として評価し世界的に知らしめたことは有名。 主な著書に「日本美の再発見」、「ニッポン」など。
2007年03月12日
仁和寺 能「経正」
■御室 仁和寺京都出張の折、仁和寺まで散歩に出掛けた。実家から徒歩20分程の距離で、龍安寺に出掛けた際に合わせて訪れる機会も多い。小さい頃から遊びのフィールドエリア内だったこともあり自分にとっては親しみ深く好きなお寺の一つでもある。先ず境内、伽藍がゆったりと配され二王門に立った時から気持ちが良い。大内山を背景に中門、金堂へと一直線に700mはあるだろうか、あくまで雅なところは上皇になった天皇が住まいしていた御室(おむろ)という名が示す通りである。国宝の金堂は江戸期に御所の紫宸殿建替えの際に移築されたもので、現存する御所「紫宸殿」の最古の遺構。1994年【世界遺産】登録。

■【写真】左:二王門、中:金堂、右:五重塔■能『経正』
仁和寺はまた能「経正」の舞台でもある。琵琶の名手、平経正は一之谷の合戦で討ち死にするが、琵琶の調べに誘われて亡霊となって仁和寺に現れる。修羅道に落ちず、貴族の様な生活を続けたかったであろう平家の公達の面影をみる。
能の番組と能面
昨日(3/10)国立能楽堂で金剛流・宇高通成師の「松山天狗」を拝見した。現在では金剛流にしかない曲で東京で上演される機会も殆どなかった。宝生流の近藤乾之助師にもお目に掛かった。宝生流にはない曲を是非観られたいということで、ご夫妻でお越しになっておられた。その際一昨年舞われた宝生流にしかない曲「松尾」の時にかけられた面をたずねたところ「邯鄲男」とのことだった。各流儀にしかない曲。上演機会も少ないが、それを演じる能役者にとって、使う能面の選択も重要な役づくりの一つである。
この日「松山天狗」の後シテに使われた面は「神体」(しんたい)。崇徳上皇に相応しく位が高く生きた良い面であった。宇高師自身の打ったその面は上演僅か三日前に完成したと聞く。能の奥は深い。■三光尉(さんこうじょう)
金剛流「松山天狗」前シテに使用と同型
宝生流「松尾」(まつのお)に使用と同型
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2007年03月01日
能「道成寺」公演情報(3)
■横浜能楽堂企画公演「二つの『道成寺』梅若六郎演出による」
・日時: 4月1日(日) 14:00開演(13:00開場)
・演出: 梅若六郎
組踊「執心鐘入」
中城若松:東江裕吉 宿の女:親泊邦彦 座主:親泊久玄
小僧1:比嘉律弘 小僧2:具志幸大 小僧3:大湾三瑠
地謡/歌三線:大湾清之 仲嶺伸吾 上間宏敏
筝:名嘉ヨシ子 笛:宮城英夫 胡弓:川平賀道 太鼓:比嘉聰
能「道成寺」赤頭 中之段数拍子 崩之伝(観世流)
シテ:梅若晋矢
ワキ:工藤和哉 ワキツレ:坂苗融 大日方寛
アイ:山本東次郎 山本泰太郎
笛:一噌隆之 小鼓:曾和正博 大鼓:亀井広忠 太鼓:助川治 鐘後見:梅若六郎
・料金:S席 ¥9000 A席 ¥8000 B席 ¥7000
・申込:横浜能楽堂 TEL:045-263-3055■梅若晋矢(うめわかしんや)Profile:シテ方観世流能楽師。 1956年故55世梅若六郎の孫として生まれる。祖父ならびに現56世梅若六郎に師事。1960年の初舞台、古典はもとより新作能にも積極的に取り組み、また海外公演にも数多く参加するなど、幅広く活躍している。 その端正な面立ちから能楽界の貴公子とも言われ、2001年・2003年『伝統芸能の若き獅子たち』ではリーダー格を務めた。 600年の歴史を誇る梅若家において、現当主梅若六郎と共に中心をなす。重要無形文化財総合指定保持者、梅若会理事。
【写真】(C)Archives Japan, Inc. 2003 St.Petersburg, Russia












