2007年09月17日
フェスティバルホール
生「BONNIE」を聴くのは今回で7回目ぐらいになるのだろうか。今晩は、フェスティバルホールに出かけてきた。BONNIE PINKのライブツアー。思い起こせば京都に行くべきか、大阪に行くべきか迷っていたのが6月。休日の大阪を選んでおいて良かった。来年、リニューアルのために一時閉館するフェスティバルホールにもう一度行きたかったからなのだけど。
普段は無条件に受け容れてしまう「BONNIE」なんだけど。うーん、今日は酷評してしまうかな。非常に淡泊な、そして実に身勝手なライブでした。いや、あくまで自分の主観的な感想ね。やっぱり、会場が中ホール以下じゃなきゃだめかな。12年目でも「素人感」がただよってるもの。それもまた個性なんだけど。パフォーマンスは間違いなく良いのに、その良さを生かし切れないのは非常に残念。
Water MeやChances Areは良かった。Water Meはもう少し、ゆったり聴きたかった気はするけれど、やっぱり良い曲。思いがけずJust a Girl、Bedtime Storyを聴けたのも収穫だった。 一度、アコースティックで英語詩の曲だけというライブがあったらいいな。僕は英語が大嫌いなのに、BONNIEの英語曲は心地よくて、詩の内容も良く伝わるのは不思議だけど。今日は、全体的に何か平坦でさらさらと流れていってしまった構成。予想どおりROCKな「Do You Crash?」でエネルギーを放出して終了とは。その曲は、ちょっと食傷気味。ラスト2曲前にはBONNIEが「後、何時間かやれる体力がある」なんて言っていただけに、ペース配分は問題なんじゃないかな。もっと、聴きたい曲を聴かせてよ。
フェスティバルホールは2回目の訪問。前回は、何年か前に松たか子を聴きに行った。学生の頃から、何度も行きたいと思っていたのに、なかなか縁がなくて。やっぱり、朝比奈隆が存命中に大フィル(大阪フィルハーモニー交響楽団)でタクトを振るところを観たかった。音響が自慢なホールだけに、クラシックの残響感なんかたまらないんだろうな。ポップスじゃ、それは望めないし。でも、山下達郎なんかは、そのあたりをうまく生かしそう。ぜひ「歌う子泣きじじい」を、あのステージに観てみたかった。もし、機会があればぜひ。
普段は無条件に受け容れてしまう「BONNIE」なんだけど。うーん、今日は酷評してしまうかな。非常に淡泊な、そして実に身勝手なライブでした。いや、あくまで自分の主観的な感想ね。やっぱり、会場が中ホール以下じゃなきゃだめかな。12年目でも「素人感」がただよってるもの。それもまた個性なんだけど。パフォーマンスは間違いなく良いのに、その良さを生かし切れないのは非常に残念。
Water MeやChances Areは良かった。Water Meはもう少し、ゆったり聴きたかった気はするけれど、やっぱり良い曲。思いがけずJust a Girl、Bedtime Storyを聴けたのも収穫だった。 一度、アコースティックで英語詩の曲だけというライブがあったらいいな。僕は英語が大嫌いなのに、BONNIEの英語曲は心地よくて、詩の内容も良く伝わるのは不思議だけど。今日は、全体的に何か平坦でさらさらと流れていってしまった構成。予想どおりROCKな「Do You Crash?」でエネルギーを放出して終了とは。その曲は、ちょっと食傷気味。ラスト2曲前にはBONNIEが「後、何時間かやれる体力がある」なんて言っていただけに、ペース配分は問題なんじゃないかな。もっと、聴きたい曲を聴かせてよ。
フェスティバルホールは2回目の訪問。前回は、何年か前に松たか子を聴きに行った。学生の頃から、何度も行きたいと思っていたのに、なかなか縁がなくて。やっぱり、朝比奈隆が存命中に大フィル(大阪フィルハーモニー交響楽団)でタクトを振るところを観たかった。音響が自慢なホールだけに、クラシックの残響感なんかたまらないんだろうな。ポップスじゃ、それは望めないし。でも、山下達郎なんかは、そのあたりをうまく生かしそう。ぜひ「歌う子泣きじじい」を、あのステージに観てみたかった。もし、機会があればぜひ。
2007年09月10日
おけいはん
京阪電鉄「京阪乗る人、おけいはん」のCF。意外と長く続いてるよな。今の「おけいはん」は3代目ということになるのかしら。森小路けい子?まさか僕が「おけいはん」になってしまうとは。便利なのか不便なのか今いち分からないK特急を毎日利用している。最初はラッキーと思って乗っていたのだけど。実は夕方以降の特急がすべてK特急だったと知って落胆。
これまでの通勤は、徒歩か自転車で数分。今は、ざっとその10倍弱費やす。しかし案外慣れるもんだわ。取材のための資料を読み込んだり、音楽聴いたり、時にはうたた寝。最近はワンセグなんて利器もある。携帯はすごいものだ。つい先日までメールと電話ができれば、それで十分と思っていたのに。
大阪城にグランシャトー、ひらパーの観覧車、淀の競馬場。外の風景は、まだ見飽きてはいない。「おけいはん」の嗜好品、生ジュースにもお世話になっている。今日、ようやくスタンプカードをもらえた。あと19杯飲むと無料で1杯もらえる。小腹が空いたらホットドッグ。110円はサラリーマンの味方だ。
立派な「おけいはん」なのに、実は定期券を持っていない。毎回、ICカード「PITAPA」を使っている。事前に区間登録さえすれば、請求上限は同区間の1ヵ月定期と同額だから。半年定期だとかなり安くすむんだけど無くすのが怖い。損している訳じゃないし、良いかなと。…ちょうど下車駅に到着です。
これまでの通勤は、徒歩か自転車で数分。今は、ざっとその10倍弱費やす。しかし案外慣れるもんだわ。取材のための資料を読み込んだり、音楽聴いたり、時にはうたた寝。最近はワンセグなんて利器もある。携帯はすごいものだ。つい先日までメールと電話ができれば、それで十分と思っていたのに。
大阪城にグランシャトー、ひらパーの観覧車、淀の競馬場。外の風景は、まだ見飽きてはいない。「おけいはん」の嗜好品、生ジュースにもお世話になっている。今日、ようやくスタンプカードをもらえた。あと19杯飲むと無料で1杯もらえる。小腹が空いたらホットドッグ。110円はサラリーマンの味方だ。
立派な「おけいはん」なのに、実は定期券を持っていない。毎回、ICカード「PITAPA」を使っている。事前に区間登録さえすれば、請求上限は同区間の1ヵ月定期と同額だから。半年定期だとかなり安くすむんだけど無くすのが怖い。損している訳じゃないし、良いかなと。…ちょうど下車駅に到着です。
2007年09月09日
黄金の月
今日は、はじめて、スガシカオをライブで聴くことができた。場所は、京都駅の室町小路広場。大階段のところと言った方が分かりやすいか。フリーライブなのだが、通りがかりでフラッと聴けるようなものではない。おそらく早朝から、入場の権利を求めて多くの人が並んだはずだ。僕は運の良いことに特別招待席を手に入れており、開演1時間前の到着で、ステージ前7、8メートルの特等席を占めることができた。
2曲目の新曲「フォノスコープ」までの立ち上がりは本調子じゃなかったかも。でもストリングスが入って3曲目「夜空ノムコウ」から、最後の「ヒットチャートをかけぬけろ」まで全開。「ギター漫談」などと例えられる?軽快なトークも含めて楽しませてもらった。ギター1本、聴衆をあの「独特な声」で魅了していて、やっぱり「カッコイイ」んだな。
周りのおねぇさん達のように見た目にじゃなくて、その(余りにネガティブな?)世界観にシンパシーを感じるわたくし。最も心に響いたのは、やっぱり「黄金の月」だった。予想どおりヤラレタ。もちろん、スガシカオ版「夜空ノムコウ」を聴けたのもうれしかったんだけどね。
「どんな人よりもうまく自分の事を偽れる力を持ってしまった」スガくんはやはり、夜中、一人で聴きたいな。今日は白日の下で何だか不思議な感覚。「君の願いと僕の嘘をあわせて6月の夜、永遠を誓うキスをしよう」その計算式、非常によく分かる。分かってしまう。でも、それはいい加減なモノじゃなくて、「夜空に光る黄金の月などなくても」とても誠実で、強くて。やっぱり格好いいんだわ。「格好良く生きていきたい」わたくしも改めてそんな風に思いました。
2曲目の新曲「フォノスコープ」までの立ち上がりは本調子じゃなかったかも。でもストリングスが入って3曲目「夜空ノムコウ」から、最後の「ヒットチャートをかけぬけろ」まで全開。「ギター漫談」などと例えられる?軽快なトークも含めて楽しませてもらった。ギター1本、聴衆をあの「独特な声」で魅了していて、やっぱり「カッコイイ」んだな。
周りのおねぇさん達のように見た目にじゃなくて、その(余りにネガティブな?)世界観にシンパシーを感じるわたくし。最も心に響いたのは、やっぱり「黄金の月」だった。予想どおりヤラレタ。もちろん、スガシカオ版「夜空ノムコウ」を聴けたのもうれしかったんだけどね。
「どんな人よりもうまく自分の事を偽れる力を持ってしまった」スガくんはやはり、夜中、一人で聴きたいな。今日は白日の下で何だか不思議な感覚。「君の願いと僕の嘘をあわせて6月の夜、永遠を誓うキスをしよう」その計算式、非常によく分かる。分かってしまう。でも、それはいい加減なモノじゃなくて、「夜空に光る黄金の月などなくても」とても誠実で、強くて。やっぱり格好いいんだわ。「格好良く生きていきたい」わたくしも改めてそんな風に思いました。
2007年09月08日
半年の沈黙を経て
自分の事を説明するのは、とても難しい。この半年間、どこで何を考え、どう行動してきたのか。「人生とは旅である」と哲学的に表現するのが、適当なのだろうか。別の表現で説明するとしたら、「自らをデフラグしていた」としか言いようがない。人間をコンピューターに例えるのは少々滑稽なのだが。このデフラグの結果、確かに僕自身のパフォーマンスは上がっていると思う。延命化につながるかどうかは別にしても。
とにかくまずは、現在のことを。結論からいって、自分の目指すところに対し、もう少し遠回りすることを決めた。住まいは結局、千年の古都に戻っている。仕事の舞台は、水の都だ。通勤時間は50分。これまでの10倍かかる。地方都市暮らしが長かったから、大都会に慣れるのは大変かと思っていたのだが、そうでもない。「住めば都」(もちろん「住むなら都会」の意味ではないが、これも誤用なのだろうな)だな。
仕事について。やはり新聞記者は新聞記者にしかなれないのだということを痛感した。今回も、求職活動らしいことは、ほとんどしなかったので、たまたまの巡り合わせ。先月の中旬に入社。前回に比べて格段に大きな職場になった。当然、新入社員だが、あまり新人として扱ってくれない。それは、うれしくあるのだが、大きなプレッシャーも感じている。ともあれ、日々新鮮な気持ちで仕事に取り組んでいる。こんな感覚、実に8年ぶり。悪くない。徐々に自分のペースをつかみつつあるところ。まあ、やるしかないさ。
というわけで、これからは徐々に「充電期間」の話なども記録していければと思う。こうやって私用の文書を書くなど、時間や気持ちに余裕が出てきたのは、つい最近になってからだ。今、振り返れば、何ともったいない時間を過ごしたのだと見えてしまう。旅行に行けば良かった、短期の仕事をいろいろしてみても良かった、もっと勉強をすれば良かった。あぁ、8年前の大学卒業直後と同じ事を思ってしまうとは。
とにかくまずは、現在のことを。結論からいって、自分の目指すところに対し、もう少し遠回りすることを決めた。住まいは結局、千年の古都に戻っている。仕事の舞台は、水の都だ。通勤時間は50分。これまでの10倍かかる。地方都市暮らしが長かったから、大都会に慣れるのは大変かと思っていたのだが、そうでもない。「住めば都」(もちろん「住むなら都会」の意味ではないが、これも誤用なのだろうな)だな。
仕事について。やはり新聞記者は新聞記者にしかなれないのだということを痛感した。今回も、求職活動らしいことは、ほとんどしなかったので、たまたまの巡り合わせ。先月の中旬に入社。前回に比べて格段に大きな職場になった。当然、新入社員だが、あまり新人として扱ってくれない。それは、うれしくあるのだが、大きなプレッシャーも感じている。ともあれ、日々新鮮な気持ちで仕事に取り組んでいる。こんな感覚、実に8年ぶり。悪くない。徐々に自分のペースをつかみつつあるところ。まあ、やるしかないさ。
というわけで、これからは徐々に「充電期間」の話なども記録していければと思う。こうやって私用の文書を書くなど、時間や気持ちに余裕が出てきたのは、つい最近になってからだ。今、振り返れば、何ともったいない時間を過ごしたのだと見えてしまう。旅行に行けば良かった、短期の仕事をいろいろしてみても良かった、もっと勉強をすれば良かった。あぁ、8年前の大学卒業直後と同じ事を思ってしまうとは。
2007年04月06日
サラリーマン最後の日
家に帰ってきてテレビを付けると「飯島愛引退特番」が始まり、2時間付き合う。どんな職場でも辞める理由なんて一つでは説明が付かないもの。それが、いわゆる「寿退社」だとしても。人に言えないような人間関係の悩み、複雑な周辺事情、くすぶっていた野望、したたかな計算などが背景にあったとしても何ら不思議ではない。
急遽、今日で仕事から解放されることになった。自ら積極的に望んだものではないが、退職の日付まで戦力として考えていた周囲にとっては、まさに寝耳に水。僕のわがままと捉えられてしまっているだろう。引き継ぎに忙しく、上司らにろくに挨拶が出来なかったのが心残り。あまりにも「円満退社」とはかけ離れている。まるでケンカ別れのようだけど。
それでも、主に電話などでお世話になった人たちには退社の挨拶と感謝を伝えることができた。思ってもみなかったあたたかい言葉を頂き、少しウルッときてしまうことも。でも「君なら大丈夫、今よりいいところに行けるよ」とか「こんなところにいるのはもったいないからね」なんて言われると、その気遣いはうれしいのだけど、何となく悲しくもなる。自分たちの会社をそんなふうに思わないで欲しいなと。額面どおり誰もが太鼓判を押してくれるのだけど、当の本人が一番自信がない。
「ほんの一瞬、辞めたくないって思った」。特番の終盤での飯島愛の一言に今日の僕は共感。そう思えたことは実に幸せだ。少々、後ろ髪引かれる思いはあるぐらいが良いのかも。さて、これで多くのものがリセットされた。良い意味でも、悪い意味でも。しかし、これまでに築き上げてきた「土台」を失うことはない。たとえ、直接的には役に立たなくても、自分自身をかさ上げするものになるはず。失敗も成功も「経験」として携えて、次の一歩を踏み出すことにしよう。
急遽、今日で仕事から解放されることになった。自ら積極的に望んだものではないが、退職の日付まで戦力として考えていた周囲にとっては、まさに寝耳に水。僕のわがままと捉えられてしまっているだろう。引き継ぎに忙しく、上司らにろくに挨拶が出来なかったのが心残り。あまりにも「円満退社」とはかけ離れている。まるでケンカ別れのようだけど。
それでも、主に電話などでお世話になった人たちには退社の挨拶と感謝を伝えることができた。思ってもみなかったあたたかい言葉を頂き、少しウルッときてしまうことも。でも「君なら大丈夫、今よりいいところに行けるよ」とか「こんなところにいるのはもったいないからね」なんて言われると、その気遣いはうれしいのだけど、何となく悲しくもなる。自分たちの会社をそんなふうに思わないで欲しいなと。額面どおり誰もが太鼓判を押してくれるのだけど、当の本人が一番自信がない。
「ほんの一瞬、辞めたくないって思った」。特番の終盤での飯島愛の一言に今日の僕は共感。そう思えたことは実に幸せだ。少々、後ろ髪引かれる思いはあるぐらいが良いのかも。さて、これで多くのものがリセットされた。良い意味でも、悪い意味でも。しかし、これまでに築き上げてきた「土台」を失うことはない。たとえ、直接的には役に立たなくても、自分自身をかさ上げするものになるはず。失敗も成功も「経験」として携えて、次の一歩を踏み出すことにしよう。


