2006年01月10日
ベルーフ
ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を訳した大塚久雄は、ドイツ語のベルーフに日本語で天職という言葉を当てた−ルビだったかもしれない−。この本は難解だったが、何となくというか感覚的になのだろうが、自分なりに咀嚼できた。社会に出る準備として、学生時代に出会えたことは、自分にとってとても重要なことだったに違いない。
本題は天職について。仕事について考える度に思い浮かぶのがベルーフという単語。本の内容とは関係ないところの話だ。倫理感とか抜きにして、天職と感じられる仕事に就くことができるのは幸せなことだ。
世の中のフリーター、ニートとカテゴライズされる人たちの中には、天職との出会いを待っている人も多いのだろう。好きこそ物の上手なれ、とも言えば下手の横好きなんて言葉もある。村上龍は「13歳のハローワーク」で世の中には2種類の人間しかいないと述べ、それは自分の好きな仕事、自分に向いている仕事で生活の糧を得ている人と、そうでない人だと説明している。
重要なのは、仕事で生活の糧を得るという部分だ。好きなことだけするのではない。利益を上げることが最終目的でなく手段に過ぎないとしても、避けて通れないのが金儲け。背反するものでも両立させる知恵を得なければ「仕事」にはできない。
本題は天職について。仕事について考える度に思い浮かぶのがベルーフという単語。本の内容とは関係ないところの話だ。倫理感とか抜きにして、天職と感じられる仕事に就くことができるのは幸せなことだ。
世の中のフリーター、ニートとカテゴライズされる人たちの中には、天職との出会いを待っている人も多いのだろう。好きこそ物の上手なれ、とも言えば下手の横好きなんて言葉もある。村上龍は「13歳のハローワーク」で世の中には2種類の人間しかいないと述べ、それは自分の好きな仕事、自分に向いている仕事で生活の糧を得ている人と、そうでない人だと説明している。
重要なのは、仕事で生活の糧を得るという部分だ。好きなことだけするのではない。利益を上げることが最終目的でなく手段に過ぎないとしても、避けて通れないのが金儲け。背反するものでも両立させる知恵を得なければ「仕事」にはできない。
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