ところで三浦が編集した『現代言語学批判』(勁草書房)には、この著作にまつわるいきさつが記されている。やや長いが、一部抜粋して紹介したい。
戦後、スターリンの言語学論文を批判した後に、私は自分の言語理論を体系的にまとめる仕事をはじめました。これはいわば時枝さん(注・時枝誠記)の研究と私の研究とを合体したものですから、『言語過程説の展開』と題して、はじめの部分を自分でプリントの分冊にこしらえて何回か配りましたが、世界のどんな言語学者もまだ論じたことのないものだという自信があったので、やはりちゃんとした本で出版したいと思い、一冊分の原稿を書きあげました。
(編集者あとがき)。
つまり、もとはれっきとした学術書として書かれていたというのである。ところが知人が経営していた出版社に原稿を持ち込んだところ、「『私のところでは出せない』」(同上)と原稿を返されてしまう。書店を経営する知人によると、大学の教科書などと異なり「『一定部数の売れ行きが保証されない』」(同上)ことがその理由らしい。勁草書房でも『大衆組織の理論』出版の際、同様の理由で反対があったらしい。まして今度は言語学の本である。三浦はやむなく妥協策をとることになる。
……『言語過程説の展開』はスターリン批判で哲学者や言語学者にいろいろ悪評を立てられて悪名が高いだけに、売れ行きのほうは自信がなく、仕方がないからかたちを変えて大衆的な読物にすることにした。一般の人々に興味のない諸学説のこまかい批判などを切りつめてしまって、『日本語はどういう言語か』という題名に変え、言語学の基礎理論はその「第一部」におさめて、これを理解してはじめて日本語も理解できるという構成にしました。そして『弁証法はどういう科学か』を出してくれた講談社に、同じミリオン・ブックスの一冊として出してくれるよう依頼しました(同上)。
ちなみに『言語過程説の展開』の原稿は「火葬にしてしまった」(同上)そうである。もし現存しているとすれば、それは当時彼が私的に配ったプリントだけだろう。おそらくガリ版刷りと思われるだけに、保存状態はかなり厳しいだろうが・・・。なんだかもったいない話ではある。
第一部 言語とはどういうものか
第一章 絵画・映画・言語のありかたをくらべてみる
1 絵画と言語との共通点
2 モンタアジュ論は何を主張したか
第二章 言語の特徴――その一、非言語的表現が伴って
いること
1 言語の「意味」とは何か
2 言語表現の二重性
3 辞書というものの性格
4 言語道具説はどこがまちがっているか
5 音韻およびリズムについて
第三章 言語の特徴――その二、客体的表現と主体的表現
が分離していること
1 客体的表現をする語と主体的表現をする語がある
2 時枝誠記氏の「風呂敷型統一形式」と「零記号」
第二部 日本語はどういう言語か
第一章 日本語はどう研究されてきたか
1 明治までの日本語の研究
2 明治以後の日本語の研究
3 時枝誠記氏の「言語過程説」
第二章 日本語の文法構造――その一、
客体的表現にはどんな語が使われているか
1 名詞のいろいろ
a 対象のありかたとそのとられかた
b 形式名詞あるいは抽象名詞
2 代名詞の認識構造
a 話し手の観念的な分裂
b ほかの語の一人称への転用
3 動詞と形容詞、その交互関係
a 活用ということについて
b 形式動詞あるいは抽象動詞
c 属性表現の二つの形式――動詞と形容詞との関係
d 複合動詞の問題――正しい意味での助動詞の使用
4 形容動詞とよばれるものの正体
a 歴史的な検討の必要
b 新しい分類の中に止揚すること
5 副詞そのほかのいわゆる修飾語
a 副詞の性格について
b いわゆる連体詞について
第三章 日本語の文法構造――その二、
主体的表現にはどのような語が使われているか
1 助詞のいろいろ
a 助詞の性格
b 格助詞とその相互の関係
c 副助詞について
d 係助詞といわれるものの特徴
e 接続助詞について
f 終助詞について
2 助動詞の役割
a 助動詞の認識構造
b 時の表現と現実の時間とのくいちがいの問題
c 助動詞のいろいろ
3 感動詞・応答詞・接続詞
第四章 日本語の文法構造――その三、
語と文と文章との関係
1 語と句と文との関係
2 文章における作者の立場の移行
3 文章といわれるものの本質
4 文章に見られる特殊な表現構造
第五章 言語と社会
1 言語の社会性
2 日本語改革の問題
3 文法教育と言語理論
あとがき