April 23, 2011

『ミツバチの羽音と地球の回転』鑑賞メモ

渋谷のユーロスペースで『ミツバチの羽音と地球の回転』を観ました。南の島を舞台にしているせいもあり、前作『六ヶ所村ラプソディ―』よりも明るい絵が多い。さらに島の人たちの陽気さ、取材先のスウェーデンの人たちのエスプリが、この映画に楽しい彩りを添えている。たとえ原発廃止に慎重な人であっても、思わず島の人たちを応援したくなるような巧さもある(このあたりは監督の人柄によるところも大でしょう)。題材の性質上、もちろん笑いだけの映画ではないものの、原発ドキュメンタリーという、ともすれば陰鬱になりがちな題材を、このように色彩豊かに織り上げる技量は高く評価したいと思います。



加えて、福島の事故前に撮られた映像が事故後のわれわれの目に強烈なメタ・メッセージとなって折れ返ってくるこの感覚は、皮肉なことではあるけれど、今となって初めて味わうことができるものでしょう。船上の中電社員が拡声器で「みなさんが心配しておられるような、海が壊れるようなことは絶対にありません。絶対と言っていいほど壊れません」と慇懃に呼びかける姿に、場内からは大きな苦笑が。

反対運動の主役は、30年以上にわたり反対運動を続けてきた島の「おばちゃん」たち、船を操る漁師たち、そして島に帰ってきたひとりの若者(32歳なのに、監督は「孝くん」と呼んでいた)。生活者たちの長い闘争があり、そこに最近の環境活動がようやく合流してきた経緯を知ることができる。そこには反原発=サヨク活動家のような構図は全然出てこない。(そもそもこの図式はどこから出てきたのだろうか?)現在の状況だけを見て、この運動の本質をイデオロギー的なものだと誤認してはならない。

原発なき社会のエネルギー持続可能性については、過去に国民投票で脱原発を決めたスウェーデンの取り組みが紹介される。その要点は、電力の自由化、地域のエネルギー自給政策、再生可能なエネルギー生産技術の推進である。

公共政策の教科書において、電力供給は公共財の具体例として扱われることが多い。送電網の整備には膨大なコストがかかるため、競争する各社が独自の送電線をもつことは採算性を損ね、社会環境や景観を悪化させる。こうしたインフラ整備の効率性の観点から独占が望ましいとされる。しかしスウェーデンでは送電網が道路と同じ公共財とされ、電力会社が顧客を求めて互いに競争している。消費者はどの会社のどんな種類の電気を購入するかを選択できる。結果として再生可能エネルギーのシェアは高まり、そのコストを低下させている。

三公社民営化により通信業の自由化がすでに行われている日本で、こうした議論があまりなされなかったのは不思議である。また、この方法が実現すれば「われわれは東電の電気を使ってきたのだから同罪だ」という主張を退けることができるだろう。

再生可能エネルギーの代表として紹介されているのは風力発電である。もちろん風力発電も万能ではない。十分な風を受けるための立地の問題、騒音の問題、安定した電力供給の問題がある。

風力発電所の立地による環境への影響に関して、スウェーデンの環境裁判所の紹介があった。この裁判所は自然環境保護の観点から、さまざまな社会活動に対する法的な勧告と措置を行っている。日本にも知的財産高等裁判所はあるが、今後、環境裁判所の設置も提唱されるかもしれない。映画ではこの裁判所の勧告により、古い自然森林の伐採が制限されたという話が紹介された。

他方、風力発電所の低周波騒音については触れられなかった。これは日本でもすでにいくつかの場所で問題になっている。長期的にはおそらく、風力発電は陸地から沿岸の海上(オフショア)へと立地を移すことになるだろう。

風力発電の他に紹介されたのはバイオマスによる地域温熱暖房、太陽熱給湯、波力発電など。太陽熱給湯装置については、アメリカで過去に広く普及したものの後に衰退した歴史とその理由がこちらで紹介されている。

日本はスウェーデンよりはるかに大きな人口を抱える国である。他にも自然環境の違いや政治文化の違いなども無視できない。スウェーデン・モデルがそのまま即座に適用可能だとは言えないだろう。しかし映画の中でも語られるように、日本は豊かな自然と優れた自然エネルギー技術を持っている。いずれ大きな台風にも耐える風力発電機も普通に生産されるようになるかもしれない。この分野の技術革新の速度は、装置の巨大さと放射性物質の危険に阻まれる原子力発電のそれよりも格段に速い。原発もまた補助金行政で動いている。研究開発補助の重点が少しでも移動すれば、代替エネルギー政策は急加速するだろう。政治が取り組まねばならないのは、電力自由化を実現するための制度改革である。実はこれこそ最大の困難と言えるものだが、この皮肉な好機に際して、われわれはいつまでも足踏みしているわけにはいかないだろう。

最後に監督からのメッセージ映像が流され、終わりには拍手が起こりました。この美しい映像、この美しい物語に比肩しうるものを、原発推進の立場から示すことは果たして可能だろうか。

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