2005年12月22日

流れ潅頂(ながれかんじょう)

 海府方面では難産で死ぬと、川端に約三○センチ四方に杭を打ちこみ、赤い布を巻きつける。そしてその側に竹のひしゃくと椿の小枝を添え置くと、道行く人びとが椿の葉をちぎってたむけ、そりしゃくで赤い布に水をかけていく。五○日ほどしてその布の色があせれば、死者も成仏するのだという(相川町小田)。同町二見元村では、色あせたその布を墓に納めた。そのことをアライザラシという。そのことについてこんな古謡がある。「アライザラシに水かけおいて、ナナツ小袖の袖をしぼる」。また産死者のほかに水死人や変死者の場合も“流れ潅頂”が行われた。海府では水死人があると、出棺後、川端に特殊な板塔婆をたて、その根もとから華鬘結びにした縄を川へ流し、僧侶が読経の間、イロキが川の中に入り、念仏を唱えながら縄の結び目をときほぐし、しごいて流した。縄がまっすぐに流れると死者が成仏し、浮かばれるといった。相川町二見元村では、波打ちぎわに屋台をつくり、坊さんがお経を読みながら、特殊な塔婆を沖へ流した。また同町大浦では、釜崎沖で水死人があったとき、筏に花やダンゴなどを積み、その現場を通り、供え物をしながら死人の悪口をさかんにいった。同情的なことをいうと、他の者がまた海にひっぱりこまれるからだという。そして、流れ潅頂の葬儀には、わら人形を入棺させたという。

【参考文献】浜口一夫『佐渡びとの一生』(未来社)、山本修之助『佐渡民俗ことば事典』
【執筆者】浜口一夫

(相川町史編纂委員会編『佐渡相川郷土史事典』より)
 

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この記事へのコメント
大学の博士課程で、布を用いた儀礼について研究しております。「流れ灌頂」についての写真や、使われていたものなどを見せていただける資料をお持ちの博物館など、ご存知でしたらお教えください。よろしくお願いします。
Posted by 吉本直子 at 2007年08月28日 05:29
初めまして、通りすがりの駄犬ポチと申します^^
検索ワード「アライザラシ」でこちらへお邪魔いたしました。

先日、旅先で立ち寄った奥三河郷土博物館にて
このような地元の葬送風習を知りましたが、何かお役に立てれば幸いです。

▲アライザラシ
難産で親子ともに死ぬと、その人は血の池地獄に落ちるといわれ、アライザラシという特別な供養を行いました。
水都合がよく、なるべく人通りの多い道端へこうした棚をつくっておき、通りすがりの人に位牌の戒名やサラシに書いた「南無阿弥陀仏」の文字へ水とかけてもらいます。
文字が消えると、その人が極楽往生できたと喜びました。
なおソンデビシャクといって、普通とは反対方向にヒシャクを傾けて水をかけました。
この風習は奥三河地方では明治年代で終わりましたが、東加茂郡や尾張の一部農村では昭和になってからも行ったことがあります。
これらは地域によって呼び方が異なります。

Posted by ポチ at 2011年02月15日 20:48