2011年03月21日
短いつぶやき(3
(下から上に更新)
更新ひさびさです。
あいかわらず室内家具を描いています。台所、ガス台、水栓、瞬間湯沸かし器、、、。結構ややこしい。おおぶりな建物と違って細部をどこまで描いていいか迷いつつ。リアルに描きすぎるとキャラの画調とズレてしまうので描いたあとクオリティダウンさせることがほとんど。
今はいろいろエネルギーを貯める時期だと思って気長にやってます。
*
あ、大地震の時は自宅にいて、ギシギシ音をたてて倒れそうな柱を夢中で支えていました。(制作中のアニメのデータのあるノートブックを入れたバックを肩にかけたまま)
僕の力でなんとかなるわけではないんだけど。。。とっさに人間何をやるかわかりません。
なんとか以前と変わらぬ生活をさせて頂いてます。
3/21 10:37

【映画】ヒューマントラストシネマ有楽町 で『犬とあなたの物語 いぬのえいが』も見た。オムニバスものなのでばらつきはありますが「犬の名前」と「バニラのかけら」が泣ける。横隔膜ひくひくさせて声を殺して泣いた。「犬の名前」は主人がアルツハイマーみたいなものになっていき最後に残った犬との絆。
次第に壊れていく主人を静かに見つめるわんこ。
「バニラのかけら」は亡くなった愛犬によく似た犬を連れてる子に出会い一日を共に過ごすエンディング話となる。
これもまたさらに泣きに追い打ちをかける。
2/4 11:01

【制作】最低でも1週間に一回書き込むつもりだったのに気づけば2週間経ってしまってる。急がず自分のペースで制作してます。便りの無いのは良い便りってことで。。。
室内の家具を描いてます。で、気づいたのが自分の育った家の家具のイメージが無意識に強いのだと。内装は普通っぽさがいいなと思ってたけどそれは自分ち基準だった。正確には親んちの。
絵なのだから空想でもなんでも描けるのだからカタログに載ってそうなおしゃれな家具でもよさそうなんだけど。
1/31 9:09

前のつぶやきを読む
更新ひさびさです。
あいかわらず室内家具を描いています。台所、ガス台、水栓、瞬間湯沸かし器、、、。結構ややこしい。おおぶりな建物と違って細部をどこまで描いていいか迷いつつ。リアルに描きすぎるとキャラの画調とズレてしまうので描いたあとクオリティダウンさせることがほとんど。
今はいろいろエネルギーを貯める時期だと思って気長にやってます。
*
あ、大地震の時は自宅にいて、ギシギシ音をたてて倒れそうな柱を夢中で支えていました。(制作中のアニメのデータのあるノートブックを入れたバックを肩にかけたまま)
僕の力でなんとかなるわけではないんだけど。。。とっさに人間何をやるかわかりません。
なんとか以前と変わらぬ生活をさせて頂いてます。
3/21 10:37
【映画】ヒューマントラストシネマ有楽町 で『犬とあなたの物語 いぬのえいが』も見た。オムニバスものなのでばらつきはありますが「犬の名前」と「バニラのかけら」が泣ける。横隔膜ひくひくさせて声を殺して泣いた。「犬の名前」は主人がアルツハイマーみたいなものになっていき最後に残った犬との絆。
次第に壊れていく主人を静かに見つめるわんこ。
「バニラのかけら」は亡くなった愛犬によく似た犬を連れてる子に出会い一日を共に過ごすエンディング話となる。
これもまたさらに泣きに追い打ちをかける。
2/4 11:01
【制作】最低でも1週間に一回書き込むつもりだったのに気づけば2週間経ってしまってる。急がず自分のペースで制作してます。便りの無いのは良い便りってことで。。。
室内の家具を描いてます。で、気づいたのが自分の育った家の家具のイメージが無意識に強いのだと。内装は普通っぽさがいいなと思ってたけどそれは自分ち基準だった。正確には親んちの。
絵なのだから空想でもなんでも描けるのだからカタログに載ってそうなおしゃれな家具でもよさそうなんだけど。
1/31 9:09

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2011年02月04日
『ポンヌフの恋人』〜ニュープリント版〜 ヒューマントラストシネマ有楽町 【映画】
ポンヌフという橋が工事のために封鎖されている。
着工までの間、放置された橋をねぐらとして路上生活している老人と青年アレックス、そしてそこに失恋と失明の病を抱え人生の絶望の淵を彷徨う女性ミシェルが加わり共同生活をすることになる。
アレックスはミシェルに恋心を抱くがあるときラジオから偶然聞こえて来た人探しの番組でミシェルの失明の病が手術で治ることを知る。
しかしアレックスにとってそれはミシェルとの別れを意味するものだった。
「ポンヌフの〜」は初め見た時(VHS)は十数年も前。当時はなんと中身のない映画だと思った記憶が。2年前くらいにまた自宅でVHS見たときはこんなに刺激的な映画だったか!とびっくりした。なので今回の上映はぜひとも劇場で見なければと楽しみにしていた。
劇場ではまず音の迫力の違いにびっくりした。畳み掛けるように前のカットに乱入する動きとその光と音。そして時間のつなぎ方が大胆。異物感のある音声。
人のいない廃墟化した橋がまるでSFの舞台のように感じた。最初から最後まで息もつかせない。
2回目はその秘密を考えながら見たりしたのだけど、例えば橋で花火を背景とした唐突にはじまる二人のダンス(ボートを奪うシーンまで)は、BGM(テンポ)がなんと7回も小刻みに変化して飽きさせない。
退廃的な生き方をしていたアレックスは獣のようだし、人生のどん底にいるミシェルは老婆のようだ。
そして唐突に灰かぶり姫のラストのようにミシェルは若い娘になり、アレックスは人間(青年)になり。。。
あるエピソードでは奇麗なミシェルの写真を燃やすアレックス。
ケロイド状にぶくぶく泡を吹きながら黒こげになっていく写真のミシェル。美と醜の葛藤の暗示のようにも見える。
後半に様変わりしたアレックスにミシェルは「自分が好きか?」と聞く。結構これが心に残ったセリフ。
ところで、ラストでミシェルが叫んだセリフですが、今回見た字幕では「まどろめパリよ!」だったけどVHSでは「目覚めよパリ!」だった気がする。この違いって大きい気がするんだけど。。。
『ポンヌフの恋人』公式HP
着工までの間、放置された橋をねぐらとして路上生活している老人と青年アレックス、そしてそこに失恋と失明の病を抱え人生の絶望の淵を彷徨う女性ミシェルが加わり共同生活をすることになる。
アレックスはミシェルに恋心を抱くがあるときラジオから偶然聞こえて来た人探しの番組でミシェルの失明の病が手術で治ることを知る。
しかしアレックスにとってそれはミシェルとの別れを意味するものだった。
「ポンヌフの〜」は初め見た時(VHS)は十数年も前。当時はなんと中身のない映画だと思った記憶が。2年前くらいにまた自宅でVHS見たときはこんなに刺激的な映画だったか!とびっくりした。なので今回の上映はぜひとも劇場で見なければと楽しみにしていた。
劇場ではまず音の迫力の違いにびっくりした。畳み掛けるように前のカットに乱入する動きとその光と音。そして時間のつなぎ方が大胆。異物感のある音声。
人のいない廃墟化した橋がまるでSFの舞台のように感じた。最初から最後まで息もつかせない。
2回目はその秘密を考えながら見たりしたのだけど、例えば橋で花火を背景とした唐突にはじまる二人のダンス(ボートを奪うシーンまで)は、BGM(テンポ)がなんと7回も小刻みに変化して飽きさせない。
退廃的な生き方をしていたアレックスは獣のようだし、人生のどん底にいるミシェルは老婆のようだ。
そして唐突に灰かぶり姫のラストのようにミシェルは若い娘になり、アレックスは人間(青年)になり。。。
あるエピソードでは奇麗なミシェルの写真を燃やすアレックス。
ケロイド状にぶくぶく泡を吹きながら黒こげになっていく写真のミシェル。美と醜の葛藤の暗示のようにも見える。
後半に様変わりしたアレックスにミシェルは「自分が好きか?」と聞く。結構これが心に残ったセリフ。
ところで、ラストでミシェルが叫んだセリフですが、今回見た字幕では「まどろめパリよ!」だったけどVHSでは「目覚めよパリ!」だった気がする。この違いって大きい気がするんだけど。。。
『ポンヌフの恋人』公式HP
2010年11月08日
2010年10月20日
『狩人の夜』下高井戸シネマ【映画】
狩人の夜(1955年)を見た。
父親が盗んだお金を子供に預け”誰にも言ってはいけない”と約束させて刑務所で処刑される。そのお金の話を嗅ぎ付けたムショ帰りの父親の知人が聖職者の振りをして子供に近づく。
サイコキラー的なるものに追いかけられる恐怖映画の源流を感じた。
おばあちゃんになったリリアン・ギッシュが出てくる。
「あかずきんちゃん」「3匹のこぶた」のようなオオカミが家に入ろうとする寓話的な怖さ。
夜中に歌いながら子供を探し追いかける感じとか、頼りになるはずの大人が次々に取り込まれて助けにならない孤立無援の感じとか、どんなに遠くに逃げても逃げても追いつかれる感じとか、いい意味で既視感があったりなつかしさがあるのは、そのジャンルのエキスが詰まっていてそれが無駄がないからだろう。白黒が余計悪夢的。
この映画は当時フランソワ・トリュフォー以外、批評家から無視され歴史から一時期葬られたそうだけど、それは解説にもあるように、子供に託したお金は父親が強盗殺人をして得たものだし、最後の展開もまた勧善懲悪的ではなく、善と悪が固定されていないところなんじゃないかと思う。
子供を捕まえに来た偽聖職者が家の外で賛美歌を歌って子供を誘惑し、対して子供を匿うリリアン・ギッシュが善の象徴として同じ賛美歌で対抗するシーンが鳥肌もの。
追記:
”リリアン・ギッシュが善の象徴”と書いたけど、劇中の彼女もそれなりに偏屈そうな感じではあったけど。
サイレント映画の”雀”を連想した。あれも子供が悪人に追いかけられる話だった。
父親が盗んだお金を子供に預け”誰にも言ってはいけない”と約束させて刑務所で処刑される。そのお金の話を嗅ぎ付けたムショ帰りの父親の知人が聖職者の振りをして子供に近づく。
サイコキラー的なるものに追いかけられる恐怖映画の源流を感じた。
おばあちゃんになったリリアン・ギッシュが出てくる。
「あかずきんちゃん」「3匹のこぶた」のようなオオカミが家に入ろうとする寓話的な怖さ。
夜中に歌いながら子供を探し追いかける感じとか、頼りになるはずの大人が次々に取り込まれて助けにならない孤立無援の感じとか、どんなに遠くに逃げても逃げても追いつかれる感じとか、いい意味で既視感があったりなつかしさがあるのは、そのジャンルのエキスが詰まっていてそれが無駄がないからだろう。白黒が余計悪夢的。
この映画は当時フランソワ・トリュフォー以外、批評家から無視され歴史から一時期葬られたそうだけど、それは解説にもあるように、子供に託したお金は父親が強盗殺人をして得たものだし、最後の展開もまた勧善懲悪的ではなく、善と悪が固定されていないところなんじゃないかと思う。
子供を捕まえに来た偽聖職者が家の外で賛美歌を歌って子供を誘惑し、対して子供を匿うリリアン・ギッシュが善の象徴として同じ賛美歌で対抗するシーンが鳥肌もの。
追記:
”リリアン・ギッシュが善の象徴”と書いたけど、劇中の彼女もそれなりに偏屈そうな感じではあったけど。
サイレント映画の”雀”を連想した。あれも子供が悪人に追いかけられる話だった。
2010年08月31日
車走る【制作】
車を走らせた。
実は荒々しい運転より安全運転させるほうが難しいのだとわかった。
まだ後輪が滑ってる気がするけど。
あとライト、バンパー、車体の形や、ラジエーター部分などのバリエーションを変えて別の車を2〜3通り作る予定。
バックミラーが耳に見えるのだけど。
(9/2 18:40更新)
実は荒々しい運転より安全運転させるほうが難しいのだとわかった。
まだ後輪が滑ってる気がするけど。
あとライト、バンパー、車体の形や、ラジエーター部分などのバリエーションを変えて別の車を2〜3通り作る予定。
バックミラーが耳に見えるのだけど。
(9/2 18:40更新)
2010年08月19日
『借りぐらしのアリエッティ×種田陽平 展』
東京都現代美術館でやっている『借りぐらしのアリエッティ×種田陽平』展へ行ってきた。
アリエッティの住まいを現実に巨大に再現して観客を小人の気分にさせてくれる。
展示の入り口が映画の冒頭で猫がアリエッティを捕まえようとしてぶつかる格子になっていて、それをくぐると、別世界。アトラクションなみに規模の大きい気合いの入った造形だったのでおどろいた。
壁のディテールが、人間の廃棄物で出来ていて、高島屋のバラの包み紙だったり、昭和世代にはなじみのあるブーブー紙(パラフィン紙)だったり。
あと角砂糖もあった。
ポット(父)が上にしゅるる〜っと上ってったクランクもあり、ほんとうに上がれそうだった。
さすがにネジの足場や、足下を巨大ネズミが通る、、、とかはなかった。
頭を下げて通る穴もある。植物もでかーいし土もコルクチップを敷き詰めて土のふわふわを再現。
ごきぶりもいたと子供がはしゃいでいたけど、気がつかなかった。
でもそれは見逃してよかったかも。
生の背景原画やストーリーボードはなかった。
このセットがメイン。
アリエッティの住まいを現実に巨大に再現して観客を小人の気分にさせてくれる。
展示の入り口が映画の冒頭で猫がアリエッティを捕まえようとしてぶつかる格子になっていて、それをくぐると、別世界。アトラクションなみに規模の大きい気合いの入った造形だったのでおどろいた。
壁のディテールが、人間の廃棄物で出来ていて、高島屋のバラの包み紙だったり、昭和世代にはなじみのあるブーブー紙(パラフィン紙)だったり。
あと角砂糖もあった。
ポット(父)が上にしゅるる〜っと上ってったクランクもあり、ほんとうに上がれそうだった。
さすがにネジの足場や、足下を巨大ネズミが通る、、、とかはなかった。
頭を下げて通る穴もある。植物もでかーいし土もコルクチップを敷き詰めて土のふわふわを再現。
ごきぶりもいたと子供がはしゃいでいたけど、気がつかなかった。
でもそれは見逃してよかったかも。
生の背景原画やストーリーボードはなかった。
このセットがメイン。
2010年08月09日
『シルビアのいる街で』【映画】イメージフォーラム
シルビアという名の女性の面影をもとめて、青年が街を歩くお話。
いつものように、青年がカフェにいる女性たちの姿をスケッチしている。あるとき、一人の女性の存在に気づき、彼女に惹かれるようにその後をついていく。
明確なストーリーはなく(いやほんとは違う周波数で沢山あるんだけど)、台詞もほとんどなく、ひたすら街の情景や人々をスナップするように撮っていく。
以下、断片的な感想。
*この視点は宇宙人の視点だと思った。
なにやら2種類(男と女)の生物がひとところに集まり、音声を発している。初めて人間の顔を見たらこう見えるのかなと感じた。
オブジェ(意味のはぎ取られた物体)として撮られている感じに思える。
*街や人の動きが連鎖的に動いて、それぞれにシンクロする。神秘的な法則によるかのような規則性をそこに感じてしまう。または機械じかけのような。
そして環境音も、ただの雑音ではなく全ての音が美しく調律された楽器のように意図的に合わせているかのよう。
*白昼夢を見ているような感覚。窓ガラスの反射によるイメージの錯綜。
驚いたのは、白昼、街の真ん中でいきなりトンネルのような空間が出現したこと。
といっても実際のトンネルではなく、クローズアップされた女性のもっと手前を路面電車がただ横切るだけなんだけど、その間、女性は異空間に投げ込まれる。
空間と時間の切り取り方がすばらしい。
*同じ場所、同じ通行人に途中遭遇するのだけど、それがデジャヴュのような不思議な感覚にさせてくれるのはなぜだろう。
映画館を出た後も映画が続いているような錯覚を味わった。
視覚や聴覚が鋭敏になるような。
『シルビアのいる街で』公式HP
イメージフォーラム
いつものように、青年がカフェにいる女性たちの姿をスケッチしている。あるとき、一人の女性の存在に気づき、彼女に惹かれるようにその後をついていく。
明確なストーリーはなく(いやほんとは違う周波数で沢山あるんだけど)、台詞もほとんどなく、ひたすら街の情景や人々をスナップするように撮っていく。
以下、断片的な感想。
*この視点は宇宙人の視点だと思った。
なにやら2種類(男と女)の生物がひとところに集まり、音声を発している。初めて人間の顔を見たらこう見えるのかなと感じた。
オブジェ(意味のはぎ取られた物体)として撮られている感じに思える。
*街や人の動きが連鎖的に動いて、それぞれにシンクロする。神秘的な法則によるかのような規則性をそこに感じてしまう。または機械じかけのような。
そして環境音も、ただの雑音ではなく全ての音が美しく調律された楽器のように意図的に合わせているかのよう。
*白昼夢を見ているような感覚。窓ガラスの反射によるイメージの錯綜。
驚いたのは、白昼、街の真ん中でいきなりトンネルのような空間が出現したこと。
といっても実際のトンネルではなく、クローズアップされた女性のもっと手前を路面電車がただ横切るだけなんだけど、その間、女性は異空間に投げ込まれる。
空間と時間の切り取り方がすばらしい。
*同じ場所、同じ通行人に途中遭遇するのだけど、それがデジャヴュのような不思議な感覚にさせてくれるのはなぜだろう。
映画館を出た後も映画が続いているような錯覚を味わった。
視覚や聴覚が鋭敏になるような。
『シルビアのいる街で』公式HP
イメージフォーラム
2010年07月27日
「借りぐらしのアリエッティ」その2,【映画】
アリエッティ3回目見た。
断片的な感想をば。
*ラストの翔は朝日を浴びたし、アリエッティが心臓の一部だからなんでもやれるぞ!っていう意味なのだと思い直した。
*お母さんが閉じ込められた台所にはいつもブーンと何かの低周波(?)のような機械音がして不気味だった。不健康な感じ。
*手仕事を淡々と見せていく演出はどうも個人的にブレッソン監督作品を連想してしまう。
*エンディングは「カリオストロの城」オープニングとエンディングの旅のシーンを連想する。伴奏の旋律も心なしか似てる気がしたのは錯覚か。しみじみ。
*続編出来そうな感じですが、この監督さんはやる人でない気がするけど同じような渋い作品なら続編も見てみたい。
*レビューとかで、大竹しのぶさんの声が若すぎて合わないと見かけたけど、大竹しのぶさんは老婆の声だって出せるはず。
子供のような親(悪い意味で)の象徴にさせたのだと思う。
*アリエッティを戦わせなかったのは、父の「世の中には挑まなくてもいい危険もある」という台詞が象徴してる気がした。
実際、彼女たちの世界は私たちの日常なのでルールに従って生きている限り、自分たちを脅かす存在ではないわけで(たぬきも)
むしろ、人間が自然を脅かす無邪気な破壊者なわけだけど、彼らと戦うわけにもいかないだろうし、誰かを救う(危機を回避する)、という筋書きになるんだろうなあと思う訳で。ここらへんがとても絵本的で好き。
*翔は「滅び行く種族」の話をしてるときいじわるそうな顔してたな。そこがまた惹かれたのだろうか。
*台所の”ブーン”という音から、機械文明を連想し、
翔の「滅び行く種族」の話から「実は僕のことなんだ」という切り返しへは、なぜか”自然から隔離した生物は絶滅していく”、というイメージを想起させた。
全体に渡ってそういう空気を感じた。
小人の家族は外へ出た。
翔は最後に太陽の光を浴びた。
*しかしなんで、野原で翔がアリエッティを探すロングショットや、翔が振り向いたあとのアリエッティのバストショットが胸をうつんだろうか。
*アリエッティの動きは忍者だと思った。葉に隠れ、声や気配に振り返るといつも立っている感じ。お城の姫に会いにいく感じ。
断片的な感想をば。
*ラストの翔は朝日を浴びたし、アリエッティが心臓の一部だからなんでもやれるぞ!っていう意味なのだと思い直した。
*お母さんが閉じ込められた台所にはいつもブーンと何かの低周波(?)のような機械音がして不気味だった。不健康な感じ。
*手仕事を淡々と見せていく演出はどうも個人的にブレッソン監督作品を連想してしまう。
*エンディングは「カリオストロの城」オープニングとエンディングの旅のシーンを連想する。伴奏の旋律も心なしか似てる気がしたのは錯覚か。しみじみ。
*続編出来そうな感じですが、この監督さんはやる人でない気がするけど同じような渋い作品なら続編も見てみたい。
*レビューとかで、大竹しのぶさんの声が若すぎて合わないと見かけたけど、大竹しのぶさんは老婆の声だって出せるはず。
子供のような親(悪い意味で)の象徴にさせたのだと思う。
*アリエッティを戦わせなかったのは、父の「世の中には挑まなくてもいい危険もある」という台詞が象徴してる気がした。
実際、彼女たちの世界は私たちの日常なのでルールに従って生きている限り、自分たちを脅かす存在ではないわけで(たぬきも)
むしろ、人間が自然を脅かす無邪気な破壊者なわけだけど、彼らと戦うわけにもいかないだろうし、誰かを救う(危機を回避する)、という筋書きになるんだろうなあと思う訳で。ここらへんがとても絵本的で好き。
*翔は「滅び行く種族」の話をしてるときいじわるそうな顔してたな。そこがまた惹かれたのだろうか。
*台所の”ブーン”という音から、機械文明を連想し、
翔の「滅び行く種族」の話から「実は僕のことなんだ」という切り返しへは、なぜか”自然から隔離した生物は絶滅していく”、というイメージを想起させた。
全体に渡ってそういう空気を感じた。
小人の家族は外へ出た。
翔は最後に太陽の光を浴びた。
*しかしなんで、野原で翔がアリエッティを探すロングショットや、翔が振り向いたあとのアリエッティのバストショットが胸をうつんだろうか。
*アリエッティの動きは忍者だと思った。葉に隠れ、声や気配に振り返るといつも立っている感じ。お城の姫に会いにいく感じ。
2010年07月22日
『借りぐらしのアリエッティ』【映画】
借りぐらしのアリエッティを見た。
宮崎駿さんはあまり関わっていないそうですが、ジブリらしいいい映画だと思った。
シンプルな日常動作をひとつひとつ見せていくことで、音の広がりや、空間の広がりなどの魅力を感じた。
あと台詞が少ない。ほとんどの主張や心情を、小道具で伝えるすごい繊細な表現。
一部、いいところで台詞が冗長に感じたのはお子さん用にわかりやすく心情を吐露させた為なのだと思う。
知識読みや、記号読みを拒絶してる感じにも見える。(スピラーのデザインや、父親のゴーグルは、かつてのナウシカやコナンのような展開を予想させるが。)
たぶん評価は思いっきり分かれると思う。
翔(しょう)とのティシュペーパー越しの視線のやりとり、その後の父との無言の帰路にすでにもう涙がでそうになった。

続きを読む
宮崎駿さんはあまり関わっていないそうですが、ジブリらしいいい映画だと思った。
シンプルな日常動作をひとつひとつ見せていくことで、音の広がりや、空間の広がりなどの魅力を感じた。
あと台詞が少ない。ほとんどの主張や心情を、小道具で伝えるすごい繊細な表現。
一部、いいところで台詞が冗長に感じたのはお子さん用にわかりやすく心情を吐露させた為なのだと思う。
知識読みや、記号読みを拒絶してる感じにも見える。(スピラーのデザインや、父親のゴーグルは、かつてのナウシカやコナンのような展開を予想させるが。)
たぶん評価は思いっきり分かれると思う。
翔(しょう)とのティシュペーパー越しの視線のやりとり、その後の父との無言の帰路にすでにもう涙がでそうになった。

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2010年06月30日
2010年06月16日
『はなればなれに』ゴダール 下高井戸シネマ【映画】
ゴダールで特に好きなのは、「勝手にしやがれ」「ゴダールのマリア」「はなればなれに」「女と男のいる舗道」「女は女である」。
ゴダールの魅力は話が脱線するところ。
そしてその脱線自体を目的としているところ。
一見ある話の筋があってそれにのろうとするのだけどそこにもうひとつ別の視点が加わることで最初の話の筋を忘れる(脱線する)。話が終わる時はその脱線が終わるとき。
「勝手にしやがれ」では警官を殺して逃げて女の家に転がりこむ。そういう筋で始まれば終わりは必ずそれについてカタをつけるときがくる。主役のベルモンドは殺されて終わるのだけど、じゃあその間の話の筋は、警官に追われたりのハリウッド映画的なハラハラドキドキの追跡劇かというと話は脱線して、転がり込んだ女の部屋のベットでいちゃいちゃしてるのが延々続くのだ。
話を効率的に処理してはいないので、見る人にとっては脱線してる時間が長過ぎて何がしたいのかわからないと言い出す。(僕がそうだった)だけどこのいつまでも終わらない脱線自体がゴダールの撮りたいものなんではと感じ始めた時からゴダールが魅力的になったのだった。
終わってしまう夏休みを引き延ばしたいみたいなものというか。
前置きがすごい長かった。
「はなればなれに」は自堕落な生活をしている男二人が世間知らずの娘をお金目当てにたぶらかす話(だと思う)なんだけど、話の筋が入れ子状の脱線のオンパレード。
だから途中で何の話だったっけ?となる。
たぶらかすことが目的なのになんで仲よいの?とか
仲よかったはずなのに何で娘を本気モードで人質にしちゃってんの?とか。(昨日映画見てやっと繋がった。)
カフェでのダンスもダンス自体のノリや躍動感を見せるように思わせて、BGMをぶつっと切らせて、男二人と女一人の今の心情のナレーションをいれたりして、ただのダンスシーンの意図を巧妙に脱線させる。ノッているのかノッていないのか、中途半端な上手さとが混ざってダンスの行方をひたすら見守る。
あるシーンでは3人がやることないので、カフェで一分間沈黙ゲームをやるのだけど、そのとき、音が消えてサイレント映画の無音状態になる。カフェの雑踏の音も消える。この落差で急に、劇場を意識しだして、「えーこの静けさ一分間続くのかヨー」って思って生唾のんだりする。(そのあとフランツがイチ抜けたことで一分は続かないけど)
サイレント映画を映画館ではじめて見た時の戸惑いがよみがえる。
こういう”映画を見る”という没入行為をも脱線させることをするのが可笑しい。
ゴダールの魅力は話が脱線するところ。
そしてその脱線自体を目的としているところ。
一見ある話の筋があってそれにのろうとするのだけどそこにもうひとつ別の視点が加わることで最初の話の筋を忘れる(脱線する)。話が終わる時はその脱線が終わるとき。
「勝手にしやがれ」では警官を殺して逃げて女の家に転がりこむ。そういう筋で始まれば終わりは必ずそれについてカタをつけるときがくる。主役のベルモンドは殺されて終わるのだけど、じゃあその間の話の筋は、警官に追われたりのハリウッド映画的なハラハラドキドキの追跡劇かというと話は脱線して、転がり込んだ女の部屋のベットでいちゃいちゃしてるのが延々続くのだ。
話を効率的に処理してはいないので、見る人にとっては脱線してる時間が長過ぎて何がしたいのかわからないと言い出す。(僕がそうだった)だけどこのいつまでも終わらない脱線自体がゴダールの撮りたいものなんではと感じ始めた時からゴダールが魅力的になったのだった。
終わってしまう夏休みを引き延ばしたいみたいなものというか。
前置きがすごい長かった。
「はなればなれに」は自堕落な生活をしている男二人が世間知らずの娘をお金目当てにたぶらかす話(だと思う)なんだけど、話の筋が入れ子状の脱線のオンパレード。
だから途中で何の話だったっけ?となる。
たぶらかすことが目的なのになんで仲よいの?とか
仲よかったはずなのに何で娘を本気モードで人質にしちゃってんの?とか。(昨日映画見てやっと繋がった。)
カフェでのダンスもダンス自体のノリや躍動感を見せるように思わせて、BGMをぶつっと切らせて、男二人と女一人の今の心情のナレーションをいれたりして、ただのダンスシーンの意図を巧妙に脱線させる。ノッているのかノッていないのか、中途半端な上手さとが混ざってダンスの行方をひたすら見守る。
あるシーンでは3人がやることないので、カフェで一分間沈黙ゲームをやるのだけど、そのとき、音が消えてサイレント映画の無音状態になる。カフェの雑踏の音も消える。この落差で急に、劇場を意識しだして、「えーこの静けさ一分間続くのかヨー」って思って生唾のんだりする。(そのあとフランツがイチ抜けたことで一分は続かないけど)
サイレント映画を映画館ではじめて見た時の戸惑いがよみがえる。
こういう”映画を見る”という没入行為をも脱線させることをするのが可笑しい。
2010年06月15日
サイレント映画小特集その3:「猫とカナリヤ 」 シネマヴェーラ渋谷【映画】
猫とカナリヤを見てきた。
タイトルは比喩なので、猫が出てこないし猫妖怪も出てこない。
お話は、屋敷の中で遺産を誰が相続するか、という状況の中、屋敷内で奇怪な失踪事件が起こる。
人物たちがコメディっぽいリアクションするのでコメディーホラーなのかな、と徐々にノリがわかってくる。
画としては怪奇小説的だけど、俳優のノリは違う。
でも、様々な性格の人が閉じ込められた屋敷内で一夜を明かす、、みたいな設定がアガサクリスティーっぽいし、夜の屋敷でいろいろ怪現象が起こる感じもシチュエーションとしてホラー映画の原型を感じた。(ある意味懐かしいホラー)
サイレントという映像のみでどうやって怖い雰囲気を作り出すかという工夫が面白かった。
薄暗いがらんと開け放たれた広間とか見通しのいい広い廊下の片隅の長いカーテンがびろーんと風にたなびくだけで怖い。
これは柳の下の幽霊効果なのか。
あと、キャメロン・ディアスに生き写しのヒロインだったのでびっくりした。まさか本人がこの時代に生きているわけでもないし、みたいな。
あとジャック・ニコルソン似の人も後半姿を現すし。
ドライヤーの「吸血鬼」にしても薄暗い洋館のいくつも壁で空間を隔てた先の見えない空間って、それだけで怖いなと思った。
登場しなくても、カーテンや影が揺れるだけで想像かきたててもう出来上がっちゃう。
シネマヴェーラ渋谷:サイレント映画小特集
タイトルは比喩なので、猫が出てこないし猫妖怪も出てこない。
お話は、屋敷の中で遺産を誰が相続するか、という状況の中、屋敷内で奇怪な失踪事件が起こる。
人物たちがコメディっぽいリアクションするのでコメディーホラーなのかな、と徐々にノリがわかってくる。
画としては怪奇小説的だけど、俳優のノリは違う。
でも、様々な性格の人が閉じ込められた屋敷内で一夜を明かす、、みたいな設定がアガサクリスティーっぽいし、夜の屋敷でいろいろ怪現象が起こる感じもシチュエーションとしてホラー映画の原型を感じた。(ある意味懐かしいホラー)
サイレントという映像のみでどうやって怖い雰囲気を作り出すかという工夫が面白かった。
薄暗いがらんと開け放たれた広間とか見通しのいい広い廊下の片隅の長いカーテンがびろーんと風にたなびくだけで怖い。
これは柳の下の幽霊効果なのか。
あと、キャメロン・ディアスに生き写しのヒロインだったのでびっくりした。まさか本人がこの時代に生きているわけでもないし、みたいな。
あとジャック・ニコルソン似の人も後半姿を現すし。
ドライヤーの「吸血鬼」にしても薄暗い洋館のいくつも壁で空間を隔てた先の見えない空間って、それだけで怖いなと思った。
登場しなくても、カーテンや影が揺れるだけで想像かきたててもう出来上がっちゃう。
シネマヴェーラ渋谷:サイレント映画小特集
2010年06月14日
「サイレント映画小特集その2:「吸血鬼 」 シネマヴェーラ渋谷【映画】
吸血鬼を見てきた。
カール・ドライヤー監督作品。
正確にはトーキー(声入り)だけど、台詞がほとんどない。
好きな映画の一つで、以前ブログに書いた。
筋を見せていく作りではないので何度見ても飽きない。
劇場だと画面が大きいせいか、細部の判別がしやすくて、やっぱり夜徘徊して倒れていた姉の横にいた老人は本に出てきたマルグリット・ショパンという人物(吸血鬼)だということがわかりやすかった。
はじめに”私が死んだら開封してくれ"と包みに書き置きした執事(?)を撃ち殺した犯人と思われる影のカットが、医師と手下を連想させるシルエットなので、医者がグルだとわかるのだけど、ただ、吸血鬼やっつけてよかったね。っていう感じではないのでいろいろ引っかかる。
村長が吸血鬼や医者の怪しさを知ったのは執事が残した本からだけだし、青年アランが幽体離脱みたいなことして自分の棺桶姿を目撃するのも、伏線として冒頭で謎の作りかけの棺桶とか見たせいで、夢を見ただけだったんじゃないかとか(先ほどの執事の銃殺シーンの影も)とか、シーンの作り方がそんな風にも見える。
病に冒された姉もインパクトあったけど
上を見て硬直している妹もなんか凄かった。
ちなみにはじめに訪れた宿の娘が好き。
シネマヴェーラ渋谷:サイレント映画小特集
カール・ドライヤー監督作品。
正確にはトーキー(声入り)だけど、台詞がほとんどない。
好きな映画の一つで、以前ブログに書いた。
筋を見せていく作りではないので何度見ても飽きない。
劇場だと画面が大きいせいか、細部の判別がしやすくて、やっぱり夜徘徊して倒れていた姉の横にいた老人は本に出てきたマルグリット・ショパンという人物(吸血鬼)だということがわかりやすかった。
はじめに”私が死んだら開封してくれ"と包みに書き置きした執事(?)を撃ち殺した犯人と思われる影のカットが、医師と手下を連想させるシルエットなので、医者がグルだとわかるのだけど、ただ、吸血鬼やっつけてよかったね。っていう感じではないのでいろいろ引っかかる。
村長が吸血鬼や医者の怪しさを知ったのは執事が残した本からだけだし、青年アランが幽体離脱みたいなことして自分の棺桶姿を目撃するのも、伏線として冒頭で謎の作りかけの棺桶とか見たせいで、夢を見ただけだったんじゃないかとか(先ほどの執事の銃殺シーンの影も)とか、シーンの作り方がそんな風にも見える。
病に冒された姉もインパクトあったけど
上を見て硬直している妹もなんか凄かった。
ちなみにはじめに訪れた宿の娘が好き。
シネマヴェーラ渋谷:サイレント映画小特集
2010年06月13日
のぼり旗のアニメーション【制作】
のぼり旗を作った。
背景のちょい役なので手っ取り早くはためくアニメーションモーションのモデルをネットで探したけど、イメージにあうのがなくて作った。(6/17 19:05修正)
”本”っていうのは、本屋の看板です。こういうのをちまちま描いてます。
背景のちょい役なので手っ取り早くはためくアニメーションモーションのモデルをネットで探したけど、イメージにあうのがなくて作った。(6/17 19:05修正)
”本”っていうのは、本屋の看板です。こういうのをちまちま描いてます。
2010年06月10日
サイレント映画小特集 その1「グリフィス短編集」シネマヴェーラ渋谷【映画】
シネマヴェーラ渋谷でサイレント映画小特集をやっている。
サイレント映画を劇場で見たのははじめてで、あまり考えずに、入ったのだけど、サイレントなのですよこれが。
字幕ないし、BGMもない。
シーンと静まり返った劇場。これが50分ぐらい続きます。
音がないので、鼻をすすり鳴らす音ももちろん、ジュースを飲む音、胃がきゅるると鳴るのも聞こえてしまう。食後は要注意。(でもだんだんお互い様になってくるけど)
そしてグリフィス映画はシリアスものだったけど、キートンは笑いなので、声をこらすクスクス笑いが、静かな劇場の中で散発的に聞こえる。
普通の映画を見ているより変な連帯感。
画面を読みとっていくので、あの集中した感覚は図書館にいる感じに似てる。全員で一冊の本を読んでいく感じ。
マニアックな空間で癖になりそう。
ストーリーはカタログの解説ほど内容を細かく理解してなかったけど、自分なりに解釈を楽しんだ。
入れ替え制じゃないので二回づつ見た。

「グリフィス短編集」
グリフィスは「國民の創生」をDVDで見たのが最初。
ドキュメンタリー的な部分と演劇的な部分が一緒になっているような感覚。誰かと誰かが何かをやっていて、それがどこでやっているか、周りで誰が何をやっているか、誰がそれを見ているか、という画面のすみずみの人々の蠢きの関係を見て状況を読んでいく。
今回は短編ということで物語がシンプル。
ほぼすべてが、女性が何かを待ちづづける、という構図(海へ出た男を浜辺で待つ女性/暴漢が部屋に入るの阻止しつつ救助を待つ女性)
と待たせている男性(海へ出た男とか、女性を救助するため急ぐ男性)
との二つの構図(時間)の切り返しによる(物語)
いろんな映画の原型を見た気がする。
作品「人里離れた屋敷」と「暗い海原に浮かぶ白い線」が個人的に好きだけど、情景としてどの映画も"待つ女性"の画は美しいな。
作品『小麦の買占め』のラスト、精製工場から大量にふりそそぐ小麦によって人間が生き埋めになったシーンから「吸血鬼」のラストへ受け継がれたのかな、とハッとした。

「キートンの探偵学入門」
小ネタで笑わせ続ける。
コント集みたいな感じ。いろんなアイデア。
ドリフっぽいところもあり。
山場はやっぱり、海越え山越えのアクションシーン。
これアクション映画の原型じゃないかと思ってしまう。
車の追跡劇の途中、キートンを乗せた車が湖につっこむ。
機転を効かせて車の屋根を開いて帆にしてヨットのように水上を進む。ジェームスボンドの007の水陸両用車の♪テレッテレー、レレーレー♪を連想した。
劇中劇の上映中のスクリーンにキートンが入り込むシーンとか面白かった。
その2は未定
サイレント映画を劇場で見たのははじめてで、あまり考えずに、入ったのだけど、サイレントなのですよこれが。
字幕ないし、BGMもない。
シーンと静まり返った劇場。これが50分ぐらい続きます。
音がないので、鼻をすすり鳴らす音ももちろん、ジュースを飲む音、胃がきゅるると鳴るのも聞こえてしまう。食後は要注意。(でもだんだんお互い様になってくるけど)
そしてグリフィス映画はシリアスものだったけど、キートンは笑いなので、声をこらすクスクス笑いが、静かな劇場の中で散発的に聞こえる。
普通の映画を見ているより変な連帯感。
画面を読みとっていくので、あの集中した感覚は図書館にいる感じに似てる。全員で一冊の本を読んでいく感じ。
マニアックな空間で癖になりそう。
ストーリーはカタログの解説ほど内容を細かく理解してなかったけど、自分なりに解釈を楽しんだ。
入れ替え制じゃないので二回づつ見た。

「グリフィス短編集」
グリフィスは「國民の創生」をDVDで見たのが最初。
ドキュメンタリー的な部分と演劇的な部分が一緒になっているような感覚。誰かと誰かが何かをやっていて、それがどこでやっているか、周りで誰が何をやっているか、誰がそれを見ているか、という画面のすみずみの人々の蠢きの関係を見て状況を読んでいく。
今回は短編ということで物語がシンプル。
ほぼすべてが、女性が何かを待ちづづける、という構図(海へ出た男を浜辺で待つ女性/暴漢が部屋に入るの阻止しつつ救助を待つ女性)
と待たせている男性(海へ出た男とか、女性を救助するため急ぐ男性)
との二つの構図(時間)の切り返しによる(物語)
いろんな映画の原型を見た気がする。
作品「人里離れた屋敷」と「暗い海原に浮かぶ白い線」が個人的に好きだけど、情景としてどの映画も"待つ女性"の画は美しいな。
作品『小麦の買占め』のラスト、精製工場から大量にふりそそぐ小麦によって人間が生き埋めになったシーンから「吸血鬼」のラストへ受け継がれたのかな、とハッとした。

「キートンの探偵学入門」
小ネタで笑わせ続ける。
コント集みたいな感じ。いろんなアイデア。
ドリフっぽいところもあり。
山場はやっぱり、海越え山越えのアクションシーン。
これアクション映画の原型じゃないかと思ってしまう。
車の追跡劇の途中、キートンを乗せた車が湖につっこむ。
機転を効かせて車の屋根を開いて帆にしてヨットのように水上を進む。ジェームスボンドの007の水陸両用車の♪テレッテレー、レレーレー♪を連想した。
劇中劇の上映中のスクリーンにキートンが入り込むシーンとか面白かった。
その2は未定
2010年06月07日
「ミツバチのささやき」と「不思議の国のアリス」の関係【映画】
ミツバチのささやきを見てて気づいたこと。(一部書き直した)
*イザベルが死んだフリをしたシーン。
その部屋からアナは一回出て、イザベルを確認するためにもう一度戻ってドアを開ける。
そのあと使用人のミラグロスを探しに外に出て、いないので戻ってきてドアを開けるとイザベルがいない。
続きを読む
*イザベルが死んだフリをしたシーン。
その部屋からアナは一回出て、イザベルを確認するためにもう一度戻ってドアを開ける。
そのあと使用人のミラグロスを探しに外に出て、いないので戻ってきてドアを開けるとイザベルがいない。
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2010年06月02日
『不思議の国のアリス 1903-1915』DVD【映画】
サイレント映画の「不思議の国のアリス」DVDを買った。
白ウサギを初めとしたキャラクターがジョン・テニエルによる挿絵の雰囲気に近い気がする。
白黒の世界の着ぐるみが不思議な不気味さを漂わせてます。
ある種の学芸会みたいな感じなのだけど、普通にかぶりものかぶって見えることが逆に、”世界中の住人(中の人)はみんなかぶり物をして何かを演じていてみんな正常だと思っている人々”という設定として見えてきて、アリスは正常なんだけど、かぶりものをつけてないからこの世界では異常で、余計孤独感が際立ってくるように思えた。別の不気味さが味わえる。
もう一本別のもっと古いアリスの映像も収録されている。
白ウサギを初めとしたキャラクターがジョン・テニエルによる挿絵の雰囲気に近い気がする。
白黒の世界の着ぐるみが不思議な不気味さを漂わせてます。
ある種の学芸会みたいな感じなのだけど、普通にかぶりものかぶって見えることが逆に、”世界中の住人(中の人)はみんなかぶり物をして何かを演じていてみんな正常だと思っている人々”という設定として見えてきて、アリスは正常なんだけど、かぶりものをつけてないからこの世界では異常で、余計孤独感が際立ってくるように思えた。別の不気味さが味わえる。
もう一本別のもっと古いアリスの映像も収録されている。
2010年05月31日
『大人は判ってくれない』下高井戸シネマ【映画】
フランソワ・トリュフォー監督作品。
少年アントワーヌが先生や親に叱られたりの毎日。
遊園地の回転する遊具(遠心力で壁にへばりついて足が浮く)にアントワーヌが乗るシーンが印象的。
それを上から大人たちが覗き混んでいて、それをアントワーヌ側から捉えたショット。
続きを読む
少年アントワーヌが先生や親に叱られたりの毎日。
遊園地の回転する遊具(遠心力で壁にへばりついて足が浮く)にアントワーヌが乗るシーンが印象的。
それを上から大人たちが覗き混んでいて、それをアントワーヌ側から捉えたショット。
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2010年05月28日
最適化【制作】
png画像のシンボルを単純化させて、ライブラリ内の下絵用の数十枚のjpg画像を削除して、”保存して最適化”をしたらファイル容量が4分の1にまで減った。これで元のペースに戻って、サクサクと動くようになった。もっとはやくやればよかった。
でもまたぎりぎりまでやっちゃうんだろうなあ。。。
追記:
FlashCS5では、”保存して最適化”を自動でやってくれるそうです。(^_;)
でもまたぎりぎりまでやっちゃうんだろうなあ。。。
追記:
FlashCS5では、”保存して最適化”を自動でやってくれるそうです。(^_;)
2010年05月26日
【映画】ビクトル・エリセ(下高井戸シネマ),【制作】整理整頓
下高井戸シネマにて「ミツバチのささやき」と「エルスール」
なま鑑賞。
アナの目が真珠のような質感で驚いた。
アナとイサベルのカットの切り返しにしびれた。
アナばかり注目されやすいが、
イサベル(のカット)があってアナ(のカット)が光るのだと密かに思ってる。
後半、黄泉のような世界(精霊のエピソード含め)を見たアナの表情(目)が大人の目になっている。
ワンシーン、ワンシーン、拝むように見た。
闇の中の光る目と黄金色の映画
(DVDBOXの特典では”はちみつ色”と呼ばれていた!)
「エル・スール」は明け方の青にオレンジ色が加わる時間の変化が、父と娘の関係の温度の変化を連想した。
ダウンジングと呼ばれる振り子を扱った占いをする父の後ろに立っておもりをのせていく娘とのツーショットは様々な比喩を重ね合わせられるすばらしいシーン。その振り子を、最後に陶器のようなケースにしまうシーンもいいなあ。
娘エストレーニャの幼少時も、成長後もいい。
父とダンスするの泣けてくる。
彼氏からの電話に耳をそばだてる家政婦を、エストレーニャが照れながら手で追い払うシーンや、後半のレストランで父と対等に会話するエストレーニャの表情が好き。
両作品とも、暖色と寒色の演出の仕方が記憶に残る。

新しいOSとFlashとの関係なのか、以前のPCで使ってた時よりも不安定だ。(但し僕の大きいファイルの場合のみ。)
CS3、CS4共にアップデートで解決されないので、CS5なら、という気持ちになってくる。体験版が出たら試そう。
しばらくすれば情報なり整ってくるだろうから今は、それまで使っていたPCに戻って、制作続行。こういう対処にはまったく不得手だ。
今は、汚れまくって動作がのろくても、思うように動かせる以前のPCのほうがかわいく見えてきた。
制作の方は、フィルター操作やモーションづけは一旦休止して、背景に使う大、小道具まわりの準備を終わらせる。そのあとは一気にモーションづけするつもり。
軽いpngシンボルがそろえば、いろいろ出来るようになるので、以前一週間でつくれた"夜想曲"みたいに材料揃えば好奇心にまかせてどんどん進むはず。
よくメモリは”作業机のスペース”に例えられるけど、僕の机はちらかっているので、Flashの制作も整理していこうと思った。
なま鑑賞。
アナの目が真珠のような質感で驚いた。
アナとイサベルのカットの切り返しにしびれた。
アナばかり注目されやすいが、
イサベル(のカット)があってアナ(のカット)が光るのだと密かに思ってる。
後半、黄泉のような世界(精霊のエピソード含め)を見たアナの表情(目)が大人の目になっている。
ワンシーン、ワンシーン、拝むように見た。
闇の中の光る目と黄金色の映画
(DVDBOXの特典では”はちみつ色”と呼ばれていた!)
「エル・スール」は明け方の青にオレンジ色が加わる時間の変化が、父と娘の関係の温度の変化を連想した。
ダウンジングと呼ばれる振り子を扱った占いをする父の後ろに立っておもりをのせていく娘とのツーショットは様々な比喩を重ね合わせられるすばらしいシーン。その振り子を、最後に陶器のようなケースにしまうシーンもいいなあ。
娘エストレーニャの幼少時も、成長後もいい。
父とダンスするの泣けてくる。
彼氏からの電話に耳をそばだてる家政婦を、エストレーニャが照れながら手で追い払うシーンや、後半のレストランで父と対等に会話するエストレーニャの表情が好き。
両作品とも、暖色と寒色の演出の仕方が記憶に残る。
新しいOSとFlashとの関係なのか、以前のPCで使ってた時よりも不安定だ。(但し僕の大きいファイルの場合のみ。)
CS3、CS4共にアップデートで解決されないので、CS5なら、という気持ちになってくる。体験版が出たら試そう。
しばらくすれば情報なり整ってくるだろうから今は、それまで使っていたPCに戻って、制作続行。こういう対処にはまったく不得手だ。
今は、汚れまくって動作がのろくても、思うように動かせる以前のPCのほうがかわいく見えてきた。
制作の方は、フィルター操作やモーションづけは一旦休止して、背景に使う大、小道具まわりの準備を終わらせる。そのあとは一気にモーションづけするつもり。
軽いpngシンボルがそろえば、いろいろ出来るようになるので、以前一週間でつくれた"夜想曲"みたいに材料揃えば好奇心にまかせてどんどん進むはず。
よくメモリは”作業机のスペース”に例えられるけど、僕の机はちらかっているので、Flashの制作も整理していこうと思った。