2010年02月09日

ラブリーボーン,

2回目観た。スージー・サーモンに再び会いたかったわけですが(汗。

死を物語の中の象徴として考えて見ると、違う物語が見えてきそう。
ラストが納得いかないというレビューがあったので
僕なりの見方をちょっと書いてみた。
気に入ってしまったので熱く語ってしまいます。(^_^;)


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Posted by まぼろ at 20:32  | つぶやき~映画

2010年02月08日

映画『ラブリーボーン』

ラブリーボーン』を観てきた。

ピーター・ジャクソン監督といえば、「ロード・オブ・ザ・リング」で有名だけど、個人的には『乙女の祈り』のイメージがあります。
『乙女の〜』は少女の聖の部分と残酷な部分が描かれていますが,今回の映画はそっち系を連想する。

ストーリーは、少女が殺されて天国と現実世界の間に彷徨っている霊のような存在になって、遺族となった家族を見守るんですが、これは犯人が裁かれて目出たし目出たしっていう復讐劇のレベルの話じゃないようです。もっと視点が上にいっている。

二つのシーンが交互にクロスカットするラストのシーンが見る人を宙づり状態にさせそうな感じ。

とても不幸な話の筋なんだけど、視覚的(映像が素敵)には、ちょっと違う印象を受けた。(残酷なシーンは直接は描かれていない)

なんというか、「こんなことになってしまってごめんね」とお父さんに罪悪感を抱き、家族がそれぞれ幸せを掴んで行く姿を霊の姿で見届け、光の世界に消えて行くのだけど、それが過去の自分と決別して新たな人生に旅立つ清々しさを映像から感じてしまう自分に(ストーリーラインとのズレに)戸惑う。
(受け取り方は自由なので、もちろん違う人もいるかも知れないけど)
自分の死はきっと別の象徴もあるのかもしれない。

もう一回見に行く。
 
Posted by まぼろ at 18:51  | つぶやき~映画

2010年02月07日

花02,ポニョ,

先週、月曜日に「崖の上のポニョ」のDVD他、数枚を借りてきて、順に見ていって、金曜日の夜にポニョのDVDを観ようかとテレビをつけたら、偶然にも地上波でポニョがやっていた。くやしいので2回見た。

ボートの上でサンドイッチを赤ん坊にあげるシーンがなんかシュールで好きです。(赤ん坊にあげたのに全部親が飲んだり食べてしまう)

あとラストの、人間の母親(リサ)とグランマンマーレが話す後ろ姿(を見る「ひまわりの家」の面々)。




ひきつづき、植物、花を描いてます。画面の片隅のちょい役。

パンジーと似ているビオラというのを描いた。
猫の口ひげのよう。
チューリップとかと同じで花の単体としてのデザインの主張が強くて逆に絵になりにくい気がしてボツにしようかと迷うけど、斜めから見た感じにしたやつとかを組み合わせてみたら使えそうな気がした。


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Posted by まぼろ at 12:12  | つぶやき~映画 , つぶやき~制作

2010年02月04日

「浮雲」神保町シアター

成瀬巳喜男の「浮雲」は闇のイメージがある。
劇場だとロウソクで照らされる光と闇が一層奇麗に感じた。

視線のドラマの面白さは「浮雲」が一番だと個人的に思う。(次に「まごころ」←ぜひDVD化を!!)
しかしなぜ富岡(森雅之)はなにもせずモテるのか。(どうも森雅之は太宰治に見えてしょうがないから納得いってしまう。)

個人的には、死んでやるとか、好きにしな、とか皮肉とかクダ巻いて言い合っていながら、いつもこたつで酒を飲んでいる二人が好きである。





帰りにチラシを見つけた。岩波ホールで2/20からブレッソンの「抵抗」とメルヴィルの「海の沈黙」やるそうで楽しみ
 
Posted by まぼろ at 17:03  | つぶやき~映画

2010年02月02日

今、ひたすら小さな花を描いてます。

絵を描く時に空気遠近法による細部の省略を今回はしないで、ひたすら一個づつ描いた小道具をステージにセットして全体を箱庭のように組み立てて行く。

花と女の子の組み合せは萌え死にします。

がんばるぞえ。


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Posted by まぼろ at 18:00  | つぶやき~制作

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ,

ピエール(兄)とリュック(弟)の二人で映画監督。
全作品好きで何度も見直している。

視点を限定することで、フレームの外の出来事を想像させる面白さを見せてくれる。

ただ「ロルナの祈り」はそれまでのカメラと人物との距離が広がったので、ダルデンヌ兄弟らしさが薄れたように感じる向きもあったけど、今は逆に、「ロルナの祈り」はカメラアングルの特徴以外の繊細な視覚部分での語りの一貫性に気づかされ、オードソックスな強さを感じたりしてる。

例えば「息子のまなざし」で、職業訓練校で木工の教師オリヴィエと彼の息子を殺害した犯人の少年が夜、お互いの距離をメジャーで測るシーンは身震いするほど美しい。(食べ物をオリヴィエに持ってもらう→返す、という部分も)




「ロルナの祈り」では、国境を越えるため薬物中毒の男性と偽装結婚をする話。
移動するたびにカギを使って出入りし、人間関係もお金で、確かなものは物でのコミュニケーションであるかのようにしているけど、ラストではカギもお金も奪われ、自らカギを壊しガラスを割り、家の中に入っていく行為。


好きだ、と言いながら、こういう部分を僕は沢山見逃している。


 
Posted by まぼろ at 15:32  | つぶやき~映画

2010年01月29日

浅生ハルミン著「私は猫ストーカー」

映画「私は猫ストーカー」でこの本のことを知って買いました。

外で出会った猫の観察日記のような感じ。

猫好きの本にたびたび癒されるのでありますが、この本がそれとちょいと趣きが違うのは、猫を自分の一部としてじゃなくて、むしろ積極的に他者として、礼節を重んじて接しているところだと思う。

人間と対等な存在、別の知的生命体として接触(コンタクト)している様子。

だから猫の本を読んでいるつもりがいつしか人との関わりについて読んでいるような気もしてくるのだ。

猫マークがついているやわらかいタッチで描かれた街の地図の挿絵もかわいい。猫がここで生息している、っていうのがわかって楽しい。

これを読んで街の猫への見る目が変わった。

そういえば近所に猫見かけなくなったな。空き地とか隙間が減ったからだろうか。猫は確かに人間と異なる次元に存在していると思った。

本の背表紙”猫は追うもの”に笑う。


 
Posted by まぼろ at 14:16  | つぶやき~本

外壁塗装

外壁の塗装をやっているようです。
気をつけて戸を閉めているのにどこから入るのかシンナーの匂い。
うちはガスストーブなので空気中に揮発したシンナーもろとも燃やされた暖かい空気がファンから出てきてとても気分がハイである。

この場合換気は意味あるかどうか。
 
Posted by まぼろ at 14:00  | つぶやき

ゴダール「女と男のいる舗道」DVD

サイトのカラーに合うかどうか構わず好きなように書く事にする。



ゴダールの「女と男のいる舗道」DVD再見。
ナナ(アンナ・カリーナ)は、女優になるため子供と夫を捨てるも
次第に娼婦となっていく様を12の短いエピソードで見せていく。


映画「裁かるるジャンヌ」を見るシーンは有名で、ジャンヌのカットとアンナ・カリーナのカットの切り返しはやっぱり素敵。

「裁かるるジャンヌ」のように主演のアンナ・カリーナの顔をひたすら撮っている、なのに飽きないのは、すべてが違うショットのバリエーションで見せているから?か。
彼女を未知の生物として撮っているから魅力的なのかもと思ったりもする。スルメの味みいたいな映画である。

いろいろ魅力あれど、まず何が思い浮かぶか、といわれたら、
身長を手で計るところ。と
笑わないナナが笑う、と同時にカメラがナナの方に引っ張られるようにびよーんとパンするところ。(ゴムで戻る感じ。)

でも最後がなければいいのに。(最後のシークエンスだけはいつも観ないでいる)

ナナのラストの声が耳について、悲しくなる。

人生 なんてららーらーららららーらー


 
Posted by まぼろ at 00:04  | つぶやき~映画

2010年01月28日

神保町シアター、小津、成瀬、

神保町シアターで来週は成瀬巳喜男の「浮雲」

再来週は小津安二郎の「小早川家の秋」やるそうで見に行く予定。

(ドラえもんと小津の組み合せは凄い。こういうのを沢山やってほしい)
 
Posted by まぼろ at 22:58  | つぶやき~映画

2010年01月27日

ルネ・クレール「巴里の屋根の下」,

サイレントとトーキーの組み合わせ。音を現場の再現に使うんじゃなくて表現していることに気づく。(無音も)
個人的には、会話(お話)の代用としての身振り手振りより、身振り手振りが目的で魅せている部分が好き。

万引きしている人を見つめ、万引きしている人が見つめられる、という関係だけで画面に集中出来る不思議。
あと「アメリ」の源泉を見た感じ。パリ世界をかわいく撮っている。





追記:煙突の風景がどうしても小津を連想してしまうのは僕の趣味かも。
 
Posted by まぼろ at 14:29  | つぶやき~映画

2010年01月26日

街路樹

気づけば、最近映画のつぶやきばっかりですが、合間に制作やってます。街路樹をバラバラにパーツ化して描き、それらを自由に組み合わせるやり方を試行しています。フラッシュで描いています。



樹木.jpg
 
Posted by まぼろ at 20:36  | つぶやき~制作

2010年01月25日

紀伊国屋地下のうどん屋

新宿ツタヤの向いに紀伊国屋があってその地下がちょっとした食堂街になっていて、もし行ったら、" 水山”というおいしい釜揚うどん屋があるのでオススメです。麺にこしがあるので何頼んでもおいしです。お昼は行列つくってます。
 
Posted by まぼろ at 14:51  | つぶやき

2010年01月24日

カール・テオドア・ドライヤー「ヴァンパイア」,

イメージ映像を見ているような感じで因果関係は一切省かれている。
話の筋より、映像を楽しむ。

昼なのに村の住人がランプを持っていることから、夜なのだとわかる。暗視スコープで見ているような気分になる。

吸血鬼といっても血をちゅーちゅー吸うシーンはないし、医者が吸血鬼とグルであるという関係も、具体的に見せていない。

吸血鬼らしき(?)老人が遠景へ立ち去るシーンはあっても「これが吸血鬼です」みたいなカットはない。(杭で打たれた時の墓に眠る死体だってただの死体でしかない)

主題は吸血鬼という実体にあるんじゃなくて、泊まった宿の人々との交流なんじゃないかと。
例えば、ヴァンパイアを座敷童に置き換えてみると雰囲気がよくわかるような。これは民話なんだと思った。

吸血鬼におそわれた(とされる)娘が人格が変わったように(まるで吸血鬼になったように)妹を上目づかいで睨みつけるシーンや、青年が吸血鬼のように棺に入って(目を開けて死んでいる)運ばれて行く妄想のシーンはいずれも衝撃を受ける。
『裁かるるジャンヌ』も顔だったけど、これも顔だ。

特にベッドで臥せっている娘の顔(薄い蝋のような半透明な皮膚から静脈の存在を感じてしまう)が甘美で退廃的美しさを感じた。

奇病に冒され、死の匂いを嗅ぐ。どこからか声が聞こえ、現実とも夢ともわからない雰囲気を味わう。って感じ。

ちなみに冒頭で映画解説する淀川 長治さんの「医者が吸血鬼」説は調べると、どうやら違うようです。何度も見直すことになってしまった。


追記:僕の好きな黒沢清監督「LOFT」や、ブラザーズクエイの「ストリートオブクロコダイル」は、ここから来ている気がしてならない。それくらいイメージの原型、源泉って感じがする。
 
Posted by まぼろ at 18:47  | つぶやき~映画

2010年01月22日

鈴木清順監督「ツィゴイネルワイゼン」フィルムセンター鑑賞

今日はフィルムセンターで鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』を見た。
物語は難解なので、画面のことだけ今回は考えて見た。

カット割りと人はいうけど、この人ほど、時空を飛び越えるカット割りをする人はいないんじゃないかと。

よく”近くて遠い国”みたいな例えをする場合あるけど、この監督は精神的な距離感でカットをつなげちゃうんじゃないかと思った。
目の前で話しているように見えてカメラが切り返すと、実はもんのすんごい遠景にポツンといたりする。さっきまで目の前で話していたんじゃなかったのかい!とつっこみたくなる。
逆もそうで、遠ざかって行ったはずが次のカットで横にいたり。
だから幻想ものなのかーなどと思ったりもするけど。
こういう虚をつくようなジャンプ(する)カット(?)を映画館で見れて気持ちよかった。


後半の青地にレコードの件で訪ねる小稲のシーンとか、美しくて魅入った。

劇場でフランス人っぽい人を多く見かけた。なんかわかる気がする。
 
Posted by まぼろ at 22:56  | つぶやき~映画

2010年01月20日

ジャン・ルノワール『河』DVD,





インドのガンジス川の周辺の人々の営みと対比される形で、そこで工場経営している英国人一家の出来事が進行する。
女の子(人)ばかりのその家庭に、姪にあたる第二次大戦経験者のジョンが静養のために訪れる。
女の子達は物珍しげに彼を見つめ、我先にとアプローチを開始する。

神話的なお話と、現地の慣習と、女の子達の小さな物語が入れ子のように絡み合う。
一人の男性を好きになることで、3人の娘は時には妬んだりもするわけだけど、皆それぞれ大人になる痛みを経験していく。

「女の子達が素敵である」これにつきます。

どう素敵であるか、というのは、各出来事での動作にあるわけですが、、、、多くて、うまく感想が書けない。


とりあえず
時々、小津 安二郎の「麦秋」を思わせるショットがあるのでそれを書きます。(似てるからいいということではないけど)

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Posted by まぼろ at 22:52  | つぶやき~映画

『抵抗』VHS

ロベール・ブレッソン監督『抵抗』。
刑務所に入れられて、そこから脱走するまでの経緯を描いている。

でも、他の囚人や、刑務官との心理的なドラマは省略され、見回りを警戒しながら、ただひたすら脱走するための具体的手順を画面で見せて行く。

スプーンを磨いでノミ代わりにして扉を削る。削りカスは見回りに気づかれないように毎回掃除をこまめにする。ベッドの中にある針金と、シーツを使って丈夫なロープを編む。

これは、料理番組を見ている様な、教育テレビの「できるかな」の工作を見ているような気になる。「手」が印象的。

脱獄ものという形式を借りた「モノ作り」の映画だと思った。
(だから拷問とか、殺人とか暴力的なシーンは、本題ではないみたいで、行間で感じさせるだけで省略されている)

追記:ラストあたりで新たな囚人と同室することになり、彼は密告しないか、信用出来るかどうかという葛藤はあるものの、彼との心理的交流はあっさりしていて、具体的な「モノ作り」を一緒にし、主人公が塀を上るときに、彼が「役にたった」という視覚的出来事として表現されている。


 
Posted by まぼろ at 12:20  | つぶやき~映画

2010年01月19日

3D映画の未来,日本映画専門チャンネル,

友人宅で、偶然、日本映画専門チャンネルで成瀬監督の「石中先生行状記」のラスト30分を見る機会があった。白黒映画だけど、夜のシーンや、日陰の人物が黒くつぶれて見えなかった。(うちはまだ契約してないので様子がわからず、その時だけかもしれないけど)



「アバター」を3Dメガネつけて見た。ディズニーランドの「キャプテンEO」の羽の生えた小動物がぱたぱた目の前に飛んでくるようなのではなかった。
3D映画が欲望とするものは、例えば映画『マトリックス』みたいな、脳に直接信号を送って、まるで現実みたいに体験出来るような世界なのかな。
3D映画は、ファインダーから覗く様な映画とは違うものへと進化しそうな気がする。
 
Posted by まぼろ at 22:27  | つぶやき , つぶやき~映画

2010年01月18日

文字化け,

01月14日記事の「私は猫ストーカー,ホウシャオシェン」の文字化け(?)が著しいことに気づいて直しました。ちょいとくやしいよ。

存書猫額洞→古書猫額洞
それを左右の部屋造ゃなくて→それを左右の部屋じゃなくて
 
Posted by まぼろ at 07:41  | つぶやき , つぶやき~映画

2010年01月17日

ジャン・ルノワール,

ジャン・ルノワールの「河」をVHSで見た。(行きつけの新宿ツタヤにはそのDVDない)
なんかこの時代にこんなクオリティの作品があったなんてと驚くけど、ただ自分が無知なだけなんだけど。ジャン・ルノワールすごいよ。あなた。
もういちどVHS見て、感触よかったら、DVD買って、それからもう一回見て、それから書ける言葉が見つかれば感想書く。
 
Posted by まぼろ at 10:14  | つぶやき~映画