2010年06月30日

短いつぶやき(1

(下から上に更新)

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短いつぶやき(2)へ

この間ハイビジョンのつぶやきを書いたけど、実際はまだ写真の方が凄いかもしれないけどいつか抜かれるんだろうなと思う。もうぬかれてるのかほんとうのところ知らない。
今まで見た生写真で凄かったのは、アンセルアダムスという写真家。8×10(エイトバイテン)の大型カメラで山脈などの大自然を撮影して、特別な撮影方法(ゾーンシステム)でプリントした写真展を10数年前に見たことがあった。
大全紙(50cm)以上だったと思う。
ルーペで見ると、人が笑ってるのが見えるんだもん。
06/30 00:54


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今、依頼のデコメで波打ち際のFlashアニメを作ってる。(見せられないけど。)個人制作アニメの練習のつもり。youtubeで波打ち際の映像をずっと見てる。6/29 14:56


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学術的に定義は分けた方がいいんだろうなあというのもそうだと思う。それとは別に大学院というところは出来るだけ垣根を取り払ったことをしてほしいと思っているのだけど、同時に技術を守らないといけないところでもあるんだろうなあ、と思ったりもする。


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絵や彫刻は実物を見た時の視覚的細部への審美眼がものをいうけど、映像作品の場合、写した写真の方が見栄えがよかったとか普通に起こる。人間そっくりの3Dが人間そっくりにしゃべっている映像を最近見て驚いたのだけど、映像が、現実を偽り始めるのは必然なのかもと思った。
映像上ではそれが真実かどうかは意味がないんじゃないか。作品鑑賞では。とりわけフィクションよりドキュメンタリーの方が映像として価値があるという話でもないだろうし。


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映画でいうと、3D人形の演技も、生身の人間の演技もそれが映像である限り、嘘を見させられているわけだから実際より役者が見栄えがよかったり裏舞台はちがっていたりする。役者のメイクと特殊メイクとロボットと3Dは同じ延長線上に存在するのでは。


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この間の、アニメーション雑誌の作家の言説”アニメーションとアニメは定義として分けたほうがいい”っていうのっはずっと前だったのでソースは思い出せないけど、昔から続くアナログデジタルの話だったと思う。


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メールの受信が不安定でパスワード入れても時々気まぐれに拒否されたり、受信ミスが最近起こった。
原因は受信が途中で切れたことかな。。よくわからない。
最近はもうそういう不具合を天災みたいにとらえてる。
100%解決させようというエネルギーがない。(制作にいっているからか。)
いずれにしても、十数年前のPCと今と比べて、何か特別便利になったわけじゃなく、相変わらずどこかで不便を感じてる。進歩してるのだろうか。


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なんか意味のわかりにくい文章ですみません。下2つ。書き直しました。
6/29 11:05


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【制作】そのあと、「家庭料理 よし子」にした。苦渋の決断。


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【制作】朝、↓昨日のこのつぶやき見直したら恥ずかしくなった。webやってる人は当たり前な話なんだろうけど。ある雰囲気にしたくて、それに合うネーミングを見つければ解決すると思ってそればかりやっていて、なかなか無いもんだなと思ったところで、フォント変えたらなーんだフォントかー、とつい嬉しくなって書き込んだ次第。頭固いです。
6/28 12:12


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【制作】店の名前を考えるに何時間もかかった。フォント変えるだけでイメージが変わる。例えば看板の名前”家庭料理 よし子の店”を筆で書いたようなフォントに変えるだけで艶やかな感じになった。
(そのあと形をアレンジするけど)
自分の店を持つようで楽しいのは楽しいけどこのノリで進めていいのか。6/27 22:46


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いろいろ書き散らしたあとで言いたいことがわかったのでつぶやきを整理した。
結局、あるアニメーション雑誌の作家の言説”アニメーションとアニメは定義として分けたほうがいい”ということが無意識的にひっかかっていたのだと思う。わかってスッキリした。
看板描こう。


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昨日の続きだけど、結論出さないで断片的に書き散らしてみる。
写像を作る延長に、現在のハイビジョンがあるという前提にたてば、機械のように写すためのデッサン(絵)も銀板、銀塩写真も、不正確な写像だし、塗りムラや線のぶれ、写真の場合は薬品現像で生じる癖や物質的限界によってハイビジョンの再現性には劣る。これらを「ノイズ」とひとくくりにしてみる。そして映像の虚構性を露呈させるこのノイズをむしろ楽しんでいる現実もある。3D映像に対する2Dの平面性もこの虚構性(ノイズ)のことなんじゃないかと。(3Dが当たり前になると、3Dテレビが壊れて奥行きがなくなると、「お父さ〜ん!このテレビ壊れてるよ〜」って言ったりなんかして。)


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【制作】商店街のゴチャゴチャした感じを醸し出すのは、看板、広告の色や光もそうだろうけど、そこに書かれているの文字の多さと、そのフォントの不統一さがポイントかもと思った。
6/27 07:22


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何を言いたかったのかわからなくなったのでおとなしく看板描こう。


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対象を撮影(写)した時点で、映像はオリジナル(被写体)を擬製(エミュレート)してるわけで、現実とズレて、似て非なるものに置き換わってると思う。
映像におこすことですでにオリジナル(現実)をいじっている。
その過程にフォトショップや、アフターエフェクトがあっても不思議じゃないし、コマ撮りアニメーションの場合でも、動かないと思っている物を映像の虚構性を利用して動いてるように見せかけるということは同じことなのだと思う。
6/26 20:00


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「GEIDAI ANIMATION 01+」の流れでふと思ったんだけど、印刷、現像、出力したものを紙面上、スクリーン、モニター上で見せる形式を作品と呼んでいる限り、実写でも、CGでも、手描きでも全て映像だと思うんだけども。
路上で落書きした絵はドローイングだけど、それを撮影すれば映像。
写像=イメージ。いろんなイメージが動く楽しさ。
6/26 11:20


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【制作】街の写真集を見ていろいろエネルギーが出てきた。
看板1個1個の調和を気にしすぎてた。1個1個はちぐはぐでもそれを沢山集めるとそれもひとつのグシャグシャ感、という統一感になるかも、だ。もっと無節操に看板を描かねば。


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ここの映画のつぶやきと他の映画カテゴリの違いは何だろう。
特に優劣を作る気はなくて、とりあえず行動記録として、今はあまり言葉が浮かばないとき。メモ程度。消化する時間がいるとき。
ところで、ここ、何行までいけるんだろう?。
6/25 10:09


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この間、リメイク出来ない云々というつぶやきで、アートアニメーションとつぶやいたけど、絵の場合、描画が主体の映像なので、実写とちょっと違うな、と思い直した。定義のことも定かでないし。


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【映画】ユーロスペースの「GEIDAI ANIMATION 01+」に行ってきた。
東京藝大大学院映像研究科アニメーション専攻第1期生修了作品展。
アニメ作家山村浩二氏のようなドローイングテイストの形体が有機的に変化する作品が主のようです。
今やデザイン科も油絵科も、PCにしろ手描きにしろ、アニメーションを卒業制作に提出する生徒がいる現実をどう捉えるか。
個人的には『収集家の散歩』『Googuri Googri』『わからないブタ』が好き。
6/25 01:30


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【制作】これから商店街のシンボル的な小道具資料のための撮影。
日が暮れる前の直射光のあたらない時間がチャンス。
描いて、はじめて不足分がわかる。不器用で効率悪いけどしょうがない。
6/24 16:33 


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【映画】見ないといいつつ「アウトレイジ」をまた見た。
ポスターにもあるように、みんな悪いことをしている。
ビートたけしがその中でまともに見えるのは、ある意味仁義を重んじる実直な(昔ながらの?)やくざだからか。(そのせいで最後は身動き出来なくなるわけだけど)動機の説明が一切なく、いきなり殴る、撃つ、刺すことではじめてその理由を自分なりに考えるようになっている。皆、悪がかっこ良く描かれていない。(たけしでさえも)上の者に凄まれ、萎縮する姿が見事に、階層の上から下まで描かれている。そして下の者に上の者が仕返しを受ける構図。
悪徳の寓意のよう。
6/24 15:30


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ずっと前記憶がおぼろだけど、「ブラックレイン」という映画を見たとき、日本で撮影されたのに街の感じが違って思えたことがあった。
物より見せ方なのだなあ。
そういえば、”おしゃれ”って従来の使われ方をズラすという意味があるらしい。
っていうか自分にそれが出来るかどうかが問題。


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言葉で説明して落ち着きたいわけじゃなく造形上の指針が見つかればいいんですけどねー。


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パリの街とか*欧とか、異国の地はおしゃれだな、とつい写真集なんか見て思っちゃいます。日本も古いものは負けずにおしゃれだなと思う。明治、大正はもちろん今は昭和さえも。でもその異国の地は古いわけでもなく、現在も生きている訳で。ということは、平成の街も仮に100年くらい生きていればおしゃれに感じるのかな。
この疑問をいつも漠然と抱いてる。
6/23 13:28


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【制作】今作っているアニメは背景のイメージが足をひっぱる。それがわかればスイスイ進むのに。何でもいいといいつつ何かのニュアンスにこだわっている。考え過ぎか。資料のため撮影した写真の看板が「デイリーショップ」なんだけどぜんぜん気分わかなくて、「にこマート」にしたらすっきりした。よくわからん。(かつてのコンビニは”ニコ”マート)
今日は時間をみて、街を被写体にしている写真集を散策。”森山大道”とかオードドックスな写真家のイメージづくりの凄さが身にしみる。見たところで何か発見できるわけでもなく気分転換。
6/23 11:25


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【本】「乙女のパリ絵本」が好きでページをぺらぺらとめくってはむらむらして制作の糧としているのですが、こういうのはそうそう語れるものじゃないね。嗜好だから。とは言ってもそういうものをおいしそうに語れる人はすてきだ。お酒や、珈琲について語れる人みたいに。
6/22 18:30


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【映画】視覚的な映画って何か考えたら、リメイク出来ない映画のことじゃないかと単純に思った。ゴダールの映画なんてリメイクしようがない。小津安二郎は他の監督にリメイクされたけど、別物になってる。ダビンチのモナリザをリメイクすることにどれほどの意味があるか、みたいな。
アートアニメーションもテクノロジーが発達したので最新技術でリメイクする、、、なんてありえない。


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最近、記事別の訪問者数をチェックしていない。たくさん見てくれると嬉しくなって張り切るけど、自然体でなくなる。あとつぶやいた記事内容をくよくよ考えてしまうので好きに書くには見ない方がいい。おおざっぱな数だけわかればいい。ある程度コンテンツがまとまったら、HPに切り替えるつもり。サイトデザインもドリームウェーバーとかのアプリだと色調整もちょくちょくやれる。CSSもしょっちゅうやってないと忘れてしまう。6/22 18:00


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【映画】北野武監督の「アウトレイジ」を見た。其道ものがみたいというより"北野武の映画"が見たかったので。
怒鳴る、殴る、撃つ、刺す、指つめる、のオンパレードだけど、とても機械的で無意味、様式的なほどに。
カットのつながりがいい意味で気になって、それが何か指摘出来ないけど、何かやってる。何だ。
個人的にはマイケルマン監督のような抜けるような青い空、青い夜景、車の艶と鉄のかたまり感がかっこいい。
椎名桔平が首引っ張られた白いロープと白線の敷かれた道路のシーンが最高に美しい。
、、だけど怒鳴る、殴る、撃つ、刺す、指つめがあるので何度も見たくない。

暴力シーンで笑っている斜め後ろの観客の老婦人二人が怖かったよ。
ここで笑うか!と。
6/21 23:30


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【映画】「デジャヴュ」のテクノロジーの見せ場の一つに、衛星から送られる視覚データを合成していく過程を見せるシーンがある。合成されていき徐々にリアルな画像になっていくのだけど、そこに不完全な現実、としての魅力がある。むしろ現実の一側面、不完全さ(欠け)を楽しむというか。”存影””存燈機”という言葉の響きに魅力を感じるとすればそこなんじゃないか。


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【映画】3Dの映画はバーチャルリアリティへの欲望だから、じきに俳優たちが観客の周りを走り回るようになると思う。見えない側面(情報)をどんどん足し算して立体的に物事を掌握していきたい方向。
昨日、地上デジタルでトニー・スコット監督「デジャヴュ」を見たのだけどまさにそれを地で行ってる。


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【本】写真家の島尾伸三さんの写真集「まほちゃん」を2年ほど前に買って今も本棚からたまに出しては見てる。台詞がなくても遜分そこに物語がある。”まほちゃん”とは島尾伸三さんの娘で漫画家のしまおまほさんのこと。彼女の小さい頃の写真。
6/18 16:18


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【映画】宮崎アニメ「借り暮らしのアリエッティ」の彼女の髪をまとめているのは洗濯バサミだとすると、大きさはリカちゃん人形より大きいのかな。でも腰にさしているのはまち針だと思うけど。それとも加工してるのかな。
6/18 13:10


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【制作】のぼり旗のアニメを修正した。
シェイプトゥイーンを使った。
5フレームだったのを倍にしてゆっくりさせた。
短辺より長辺の線が悩ましかった。結局見た目を似せるには限界があって、最終的には、ベットのシーツカバーをバサッと払うとどうウェーブを描くか、みたいに考えた。

速い動きを足してみた。6/17 19:05


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【制作】のぼり旗のアニメをこの間作ったけど、今日何気に心地いい風がふいて揺れているアイフルののぼり旗を見てたら、作ったのと違うことに気がついた。ダイナミックに蛇行しながら繊細に揺れていた。
映像の印象だけを似せて作ると、動きの細部が雑になることはさんざんわかっているはずなんだけど。画面の端のちょい役だから、となめていたかも。気づいてしまったものはしょうがない。くやしいので作り直すことに。っていうか旗の揺れが美しかったので。


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自分の制作物は結果でしかないと以前書いたのはどういう趣旨からかというと、自主制作は作る行為自体が楽しみというか目的になっていて、完成するまでは、個人の問題なので、ブログで書きようがなく、ブログやリンクの内容は制作の息ぬきや趣味的共有の場にしようという意味。だから制作のための肥やし的なソース部分の内容を多くしようかなと。


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【制作】思いのほか床屋のぐるぐる灯が思い入れ深く出来た。こういうものを今はもっと発見したいから完成をのばしたかったのでした。


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【制作】結局描いた半分以上の小道具素材を本番で使わない気もするけどそれぐらい無駄なことを今はしたい気分。

描いた小道具を並べ替えてピンとくる構図にする。
即興に近くしてる。
絵コンテ苦手だから。
ストーリーに沿って作っていくのじゃなくて、断片的シーンの羅列。


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今日は「吸血鬼」を見に行く。これは映画館で見た方がずっと面白いのではないか。

そのあと床屋さんのぐるぐるの構造が写真から思い出せないので撮影した場所(近場)まで行って確認。撮影したときって意外とものを見てない。
6/14  8:30


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床屋さんのぐるぐるを描いてます。
6/13 17:30


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横断歩道を手を上げて渡らなくなったのはいつの頃からだろう。


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【映画】グリフィス短編集の中に、例えば、船出をずっと見送る女性が出てくるのだけど、それを見て「アンゲロプロスだ」と思ったのだった。ビクトルエリセもそこに見いだすことが出来た。小津安二郎も。(映画に限ったことじゃなくアニメの歴史にもあるだろう)
彼らはこれを見て感動して、意識的にも無意識的にも真似たのだろうか。それとも其めようとした者たちがたどり着く必然の場所なんだろうか。視覚的原風景。


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80近い母親が自らの夫婦生活を振り返った自伝的小説を書きたい、という夢を語りだした。
僕が使っていたノートブックをあげて、パソコンやネットのつなぎ方を教えるつもり。


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つぶやき内にもカテゴリ分けしてみたけど、渾然一体となってるのもあって意味あるかどうか。映画とFlash制作の二つは最低つけようと。


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【映画】シネマヴェーラ渋谷に行ってきた。ユーロースペースと同じ建物内だったので笑った。席の入れ替えがないので、2回見た。感想は後で書くつもり。
で、古いバージョンのOSを上書きインストールしたらネットにつながった。意外にあっけなかった。
アップデートしてくれと言われたけど、このままにして新たな端末は折をみて。


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【映画】シネマヴェーラ銀座渋谷というところでサイレント映画小特集やってるので、明日見に行く。狙いはカール・ドライアーの「吸血鬼」と「グリフィス短編集」(未見)と「猫とカナリア」(未見)。
グリフィスはチャップリンやキートンのようなスラップスティック(ドタバタ)とは違うサイレント映画の魅力を知った人です。


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急にネットにつながりづらくなり、いろいろやっているうちモデムを認識しなくなった。現在旧PCから接続。
何かとぶつかってるのだろうけど原因よくわからない。
いい状態だった時まで戻すため、これからOSを再インストール。
3年前の端末でサポートが止まってる。
6/9 18:40


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今回の制作ほど自分にとっての街のイメージを考えたことないです。
”現代らしさ”って何気に言っても、50年たってしまえば、街の雰囲気は変わってしまうだろうし、レトロな街も、当時はハイカラだったわけで。


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【映画】「ヤンシュヴァンクマイエルのアリス」DVDをひさびさ見た。
材質感を出すのに音をたくさん加えてるなあと。
小さいものを撮影しているから重量感なんかは音で出してるんだなあと。
特に好きなシーンは、アリスの頭でたき火をされるところ(杭がささって顔がゆれるところが可笑しい)と、白ウサギの家のシーンから、アリスが型枠に閉じ込められ、そこから出てくるところあたり。
白ウサギが凶暴、こわいー。目がこわいよ。



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【制作】街の看板といえば、漫画家の魚喃キリコさんの背景もイメージの参考として思い出した。文字の形をぬかないで描いて模様みたいにしてた。(”SONY”の文字の一部を描かないとか)
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(南瓜とマヨネーズP116)



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【映画】ティム・バートンのアリスを機会にもう一度無意識にただよっていたアリス像を見直してみた。
あれ!?「不思議の国のアリス」ってゴダール的だよねと。
大枠だけあって、あらすじ的なのはなくて、エピソードだけで構成されてて、自己言及的な文章(ゴダールの場合は映像)
(原作の魅力の半分も感じ取れてないかもですが)


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【制作】商店街とか、子供部屋とかの大道具小道具をこれからしばらく描く。だんだん装飾的な部分に突入。
はじめ2〜3分の予定だったけど、いろいろ欲張りたいので作り足す。



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【映画】下高井戸シネマで、明日の月曜から一週間、アンゲロプロスの「霧の中の風景」やるのでまた見る。再来週はゴダールの「はなればなれに」はじめて見れるのでこれまた楽しみ。


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【制作】日本の商店街の雑然とした広告、看板出したくて、でもあまり広告、看板の意味を目立たせたくなかった。というのがあってどうするか、と考えていたけどまとまった。つげ義春の「ねじ式」とホウシャオシェンの「珈琲時光」からヒントをもらった。人から見るとちっぽけな部分かもですが。
6/6 19:10


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【制作】ソースと書いたけどネタ元いう意味じゃなくて。
制作物の成分というか匂いというか。。。余計わからなくなった。


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つぶやきをトップにひとつだけ晒しとくのが恥ずかしかったので、追記に格納させた。みんなで群れれば怖くない。
ブログ内ブログみたいな、Flashのムービークリップみたいに独立した時間を刻んでいくみたいで居心地いい。


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【映画】ディズニーアニメの「不思議の国のアリス」で好きなのは
アリスが大きくなったり小さくなったりする時(特に白ウサギの家にはまった時)と、めがねのところとその前後のこまごました小動物の集団が出てくるところと、ほうきで掃いて道が消されていくところと、いも虫が水たばこを造か造かふかした煙をかいくぐるアリスのシーンと、お茶会のでたらめなシーン。


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【映画】ちょっと確かめることがあって「不思議の国のアリス」の本とか、ディズニーアニメ版とか、見てるのだけど、もともと文字遊びの集合体(例えば字の前後を入れ替えて意味を変えて危機をやり過ごしたり)という感じが主だけど、ディズニーアニメ版は、形が変化していく視覚的な遊びや錯覚にシーンの時間を割いてて映像的だなあと。実写も機会あれば見比べたい。
6/5 0:40


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【本】村山由佳訳『不思議の国のアリス』読み中。
挿絵が味があっていいなあ、とイラストに惹かれて買ったもの。後で原作ムーミンのトーベ・ヤンソン氏のイラストだと気づいた。
新訳ということで、台詞の言い回しが漫画ちっく。
帽子屋が関西弁、三月うさぎが江戸弁なのが可笑しい。
6/4 21:50



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【漫画】高野さんの話を出したのは、お約束事を外してるからイイというのじゃなくて、吸収したいけど構造が読めないという意味でした。


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【制作】商店街の部(を描いてます。店の前におかれる看板など。↓この看板の文字(ネーミング)を昨日からずっと考えてる。何でもいいのにと思いつつ。

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【映画】UPLINKというミニシアターで以前見た「海の沈黙」をもう一回見た。字幕部分で追いきれないところがあって。レンタルされてないし。このスペースはギャラリーみたいな感じで、襖3枚くらいのスクリーン。一人がけのカウチソファがぼんぼんとおいてある。当日は平日の初回だったせいか、僕含め二人だけで、もう一人の方は後ろで見ていたのでさながらマイシアター気分。好きな映画なら毎回いきたいところ。ところでレンタルできるらしく、自主制作のアニメの集いで上映会やれたらいいな、とか夢想した。



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【制作】こうして好きな漫画とか映画に対して思い入れを書けば書くほど、自分の制作物もこういう流れで読んでくれ、というお約束事を暗黙のうちに誘導する準備をしてしまっている気がして気がひける。出来るだけ迂回をしているのだけど。


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【漫画】高野文子さんの漫画はソースが不明と書いたけど、不明というより読みづらい方が近い。実際、漫画のお約束的なコード、記号をあえて避けていたそう。だから漫画も読みづらい。じわじわあとからわかってくる。



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【制作】”ガーリー”は、いくつかのソースの組み合せがあるようでその組み替えとかでバリエーションがわかれてるみたい。”ゆるふわ”と”森ガール”は、アート系ファッション写真というくくりではシアンやマゼンダの色合いの淡い写真(川内倫子さんみたいな)のようなイメージだけど、純粋にファッションとして見ると全然別物だそうで。実体がありそうで箱を開けると全然違うソースの組み合せだったり。「不思議の国のアリス」をソースにしても、黒アリスとか白アリスとかあるみたい。



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【漫画】高野文子さんの漫画が好きなのだけど、彼女の作(が魅力的なのはソースが不明なこと。
タイトル的には『黄色い本』『棒がいっぽん』
彼女の作(沢山見たいけど見れないから見た目が似た作(を見つけるのだけども、ソースが違うので欲望が満たされない。



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リンクは自分のソース共有の場として使えればと。以前のリンクは一時的に外してますが、再構成中なので一部はまた復活します。
何をリンクするかは自分の鏡なのだということを最近知った。


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リンクをいただいた方のサイトを訪問すると作(のソースが共感出来る作(を制作されている率が高い。
自分ではなかなか検索では出会えないのでうれしい。
そしてありがとう。



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アニメ制作物は結果(出力)でしかないので、きっと共有、共感しあうところは、入力部分(起源:ソース)なのじゃないかと思う。
でもタグづけするように言葉で定義するとするりと抜け落ちる。それがわからないのでそれを持っていると思われる他人に惹かれる。
(ネタ元という意味ではないです)


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【制作】最近、アニメを完成させること、ブログデザインや、コンテンツ内容を充実させることをあれこれ準備したり、徐々に作り替えたり作り足したりしていくことが人生の生き甲斐になってます。
盆栽とか箱庭気分。いつかDVD出しますので。
&り上げ目標10人。


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【制作】やっぱり個人的にFlashCS3が使い易い。64BitPCでCS3を使ってる私。ファイル容量がデカイと旧PCより不安定になりやすいので今後の課題。


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【映画】恵比寿ガーデンシネマで『9〜ナイン〜』を見た。
ティムバートンが監督したわけではないのですね。
主人公たちの生い立ちを探るときのセリフに
「ソース」という言葉を使っていてそれを”起源”と字幕で訳してたのにワケもなく感激。


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【制作】以前、日記で5月〜6月完成と書いたけどまだやり足りないこと、吸収したいこと沢山あることに気づいて(愕然として)完成未定です。すみません。
まぼろんちのリセット期間中なのです。
追記:年内は完成させたい。


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映画の感想書いていて気がついたんだけど、書きづらく思う映画は言葉にする必要がないくらい自分にしっくりきてるんだなと。
書いて伝えるより、作って(模倣して)伝えたくなる。


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意味ないつぶやきにタイトルつけるのが抵抗あって、いいこと思いついた。この記事をつぶやき専用にして、更新されるたびに、記事の日時を現在の日付にすれば、トップにもってこれる。
手動ついったー。

更新というほどでもなく、地面に穴掘ってささやくだけなんですが。

ということで断片的なつぶやきはここに書いていきます。
まとまった文章は別カテゴリーに書く事にします。

下から上に上がっていきます。