2010年07月22日

『借りぐらしのアリエッティ』【映画】

りぐらしのアリエッティを見た。

宮崎駿さんはあまり関わっていないそうですが、ジブリらしいいい映画だと思った。

シンプルな日常動作をひとつひとつ見せていくことで、音の広がりや、空間の広がりなどの魅力を感じた。

あと台詞が少ない。ほとんどの主張や心情を、小道具で伝えるすごい繊細な表現。
一部、いいところで台詞が冗長に感じたのはお子さん用にわかりやすく心情を吐露させた為なのだと思う。
知識読みや、記号読みを拒絶してる感じにも見える。(スピラーのデザインや、父親のゴーグルは、かつてのナウシカやコナンのような展開を予想させるが。)
たぶん評価は思いっきり分かれると思う。
翔(しょう)とのティシュペーパー越しの視線のやりとり、その後の父との無言の帰路にすでにもう涙がでそうになった。


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アリエッティと翔(しょう)との出会い方が5段階あるのだけど、それが凝っていていいな。

最初にアリエッティの髪を下ろした姿を不覚にも翔に目撃される。そのあとの対面は(3度目は翔は見ていない)、4度目からなんだけど翔の前では彼女は髪をたばねている。そして5度目の別れにはじめて自ら髪を下ろしている姿を翔に見せる。

また、4〜5度目の間に二人の関係が変わるのだけど、それは
翔は閉じ込められたアリエッティの母親を助けただけじゃなく、アリエッティの母親が”固執していた台所一式”までも家の外へ出し、そして元にあった人形の家にその台所を返したという行為で、
小人に干渉、束縛し囲い込もうとする家政婦と同じ種類の人間だったそれまでの翔ではなくなったんだと思う。
こういうところからこの映画、初恋の人と別れ同じ世界の人(スピラー)との新たな出会い、だけじゃなくて、もうひとつは、古い家に捕われた家族の精神的な解放のお話の気がする。



あとカラスがプテラノドンのように怖く感じたのははじめて。音響のせいかな。

追記:


ラストで、翔は、「君は僕の心臓の一部だ」、と言ったのは、
いろいろ考えてしまうのだけど、おそらくアリエッティがいたなら遠くまでどこまでも歩いていけそうな気がしたからじゃないか。
翔の一部はこの後、旅を続けるのだけど、彼はあの部屋で最後をすごすんだろうか。