2010年10月20日
『狩人の夜』下高井戸シネマ【映画】
狩人の夜(1955年)を見た。
父親が盗んだお金を子供に預け”誰にも言ってはいけない”と約束させて刑務所で処刑される。そのお金の話を嗅ぎ付けたムショ帰りの父親の知人が聖職者の振りをして子供に近づく。
サイコキラー的なるものに追いかけられる恐怖映画の源流を感じた。
おばあちゃんになったリリアン・ギッシュが出てくる。
「あかずきんちゃん」「3匹のこぶた」のようなオオカミが家に入ろうとする寓話的な怖さ。
夜中に歌いながら子供を探し追いかける感じとか、頼りになるはずの大人が次々に取り込まれて助けにならない孤立無援の感じとか、どんなに遠くに逃げても逃げても追いつかれる感じとか、いい意味で既視感があったりなつかしさがあるのは、そのジャンルのエキスが詰まっていてそれが無駄がないからだろう。白黒が余計悪夢的。
この映画は当時フランソワ・トリュフォー以外、批評家から無視され歴史から一時期葬られたそうだけど、それは解説にもあるように、子供に託したお金は父親が強盗殺人をして得たものだし、最後の展開もまた勧善懲悪的ではなく、善と悪が固定されていないところなんじゃないかと思う。
子供を捕まえに来た偽聖職者が家の外で賛美歌を歌って子供を誘惑し、対して子供を匿うリリアン・ギッシュが善の象徴として同じ賛美歌で対抗するシーンが鳥肌もの。
追記:
”リリアン・ギッシュが善の象徴”と書いたけど、劇中の彼女もそれなりに偏屈そうな感じではあったけど。
サイレント映画の”雀”を連想した。あれも子供が悪人に追いかけられる話だった。
父親が盗んだお金を子供に預け”誰にも言ってはいけない”と約束させて刑務所で処刑される。そのお金の話を嗅ぎ付けたムショ帰りの父親の知人が聖職者の振りをして子供に近づく。
サイコキラー的なるものに追いかけられる恐怖映画の源流を感じた。
おばあちゃんになったリリアン・ギッシュが出てくる。
「あかずきんちゃん」「3匹のこぶた」のようなオオカミが家に入ろうとする寓話的な怖さ。
夜中に歌いながら子供を探し追いかける感じとか、頼りになるはずの大人が次々に取り込まれて助けにならない孤立無援の感じとか、どんなに遠くに逃げても逃げても追いつかれる感じとか、いい意味で既視感があったりなつかしさがあるのは、そのジャンルのエキスが詰まっていてそれが無駄がないからだろう。白黒が余計悪夢的。
この映画は当時フランソワ・トリュフォー以外、批評家から無視され歴史から一時期葬られたそうだけど、それは解説にもあるように、子供に託したお金は父親が強盗殺人をして得たものだし、最後の展開もまた勧善懲悪的ではなく、善と悪が固定されていないところなんじゃないかと思う。
子供を捕まえに来た偽聖職者が家の外で賛美歌を歌って子供を誘惑し、対して子供を匿うリリアン・ギッシュが善の象徴として同じ賛美歌で対抗するシーンが鳥肌もの。
追記:
”リリアン・ギッシュが善の象徴”と書いたけど、劇中の彼女もそれなりに偏屈そうな感じではあったけど。
サイレント映画の”雀”を連想した。あれも子供が悪人に追いかけられる話だった。
Posted by まぼろ at 01:56
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