2010年10月27日
2010年06月09日
2010年02月10日
1月19日
Palma Habanera の CD が欲しいというラジオ局の記者さんに会いに行く。
「9時くらいに家に電話して。」と言われていたので早起きしようと努力したのだけど、意識がしっかりしたのはもう9時半を回っていたので、のんびり支度をすることにした。
頭を洗いたい欲求に駆られたけれども、それには時間がかかるので諦める。にも拘らず、のんびりし過ぎて彼女の職場に電話したのは既に10:40。何故だ?11時くらいに会社に会いに行くと言う話だったのだけれども、12時に変更してもらう。
湯浴みをしてお化粧をして、さあ出ましょうってところでいつもバルバラが帰ってくる。
昨日の顛末をまだ話していなかったのでざっくり話そうとすると、「彼はまだ17歳で、、」「うそよ!」「本当なのよ。」「あの顔で17歳のわけないわ!」「私も20代かと思ってたんだけど、17歳なのよ。」「あり得ないわ!どう観たって25歳以上に見えるわよ。」「でも本当に17歳で、21日に18歳になるのよ。」
「まだ子どもで、彼の家族も彼を子どもとして扱っているし。」「25歳に見える子どもなんて!」「Habana del Este に住んでいるから、こちらのこと全く知らなくて、、」「Habana del Este に住んでる若者がこちらのことを知らないわけがない!」と、これはバルバラが同行してきたバルバラに恋している70歳の男性の言葉。「いやそれが Capitorio から歩いてうちまで来たんですって。」「騙されてるんだ!」「いや、本当に何も知らない子で。今は音楽のことしか考えていないし、以前は野球をしていたから野球のことしか知らないみたいで、、」「野球をしている子は各地を転戦するから、いろんな場所のことを知っているはずよ!」
「えと、えと、、本当に何も知らない子どもで、演奏を撮影し終わったところでお母さんに "ママ!僕巧く叩けていたでしょう?" って訊いたりしていて、本当に子ども。悪い子じゃないんだけどちょっと頭が悪いんだと思う。音楽やスポーツをしてる人って、他のこと何も知らない人が多いでしょう?」「はー!老けて見える17歳の頭に問題のある子ども!」
バルバラは黒人が嫌い。
犯罪者には黒人が多い。それは確かにそう。
でも、学のある人もいるし、教養のある人もいるし、人間として素晴しい人もいる。
バルバラは、そういう人たちもいるということを受け入れない。悲しいけど。
バルバラ自身、学も教養もなく、16・7で妊娠して主婦になっちゃった田舎者なのだ。と書いてしまう私は酷いのかな?でも、えてしてそういう人ほど人種に固執するような気がする。
学がないのは彼女のコンプレックスで、毎日を鬱々と過ごしているように見えた彼女に「仕事した方がいいと思うよ。日々にテンポが出来るし。」と言うと、「私は学校を出ていないから、掃除婦の仕事しか得られないのよ。」と言われた。「じゃあ、何か勉強すれば?無料でいろんなコースを受けられるでしょう?それで何か資格を取ればいいじゃない。」と言ったんだけど、あまり乗り気ではないようだった。
以前、友人の息子が Maraca のチケットをうちまで受け取りに来た際に挨拶もそこそこって感じだったので、あとで「黒人が嫌いなのはわかってる。ジュリもそうよね。」と言うと、「私が教えたのよ。」と。
確かに黒人には、怠け者だったり頭を使わないから全くの馬鹿にしか思えない人もいるし、犯罪に走る人もいる。白人にもいるけど、割合として黒人の方が断然多い。だから、気をつけなきゃならないことはわかっている。
でも、私の友人は学位も持っていて、更に上を目指して勉強を続けている人だし、その息子はどんな仕事なのかはわからないけれども、国からフランスとスペインに派遣されたりするような実力のある人なのだ。努力家だし、いい人たちでもある。
全く受け入れる体制にないことを、悲しく思う。
キューバは人種差別のない国と言われているけれども、あるのよ。
以前滞在していたマリアルイサの家に、外国人の金蔓と数時間を過ごすためにベッドを借りに来た女性がいた。知らなかったんだけど、マリアルイサ、そういう貸し方もしていたようで。。
金蔓をとっとと追い返した後で、今で暫くお話しすることに。
「いつも使っている家が使えなくて、突然ごめんなさいね。その家のオーナーは黒人のくせに部屋を貸しているからって大きな態度で、失礼ったらありゃしない。もう二度と彼女からは借りないわ!」
目を点にして聞いていると、マリアルイサも「そうね、彼女はちょっと問題あるわよね。」と言う。そして黒人の悪口大会が始まってしまった。
要するに「黒人は怠け者で馬鹿ばっかり。」って感じで、「あなたもそう思うでしょう?」とふられてしまった。
「確かにそういう人もいるけれども、白人にもそういう人はいるし、黒人にも素晴しい人はいるわよ。それより同じ有色人種である私にそういうことを言うのが信じられない。」と言うと、「だってあなたは日本人だし黒人じゃないでしょう?白人と同じようなものじゃない。誰も日本人を黒人と同じに考えたりはしないから、安心しなさいよ。」
いや、そういう問題じゃないんだけど。。。って感じでした。
言うことはわかるんだけどねー。。黒人だからって問題じゃないとは思うのよ。黒人に多いのは確かなんだけどね。
バルバラとその連れには、「庭やパティオのある素敵な一軒家だったわよ。」と言って出てきてしまった。
それでも12時にはちょっと遅れてしまった。
記者さんはたぶん50代くらいの黒人の女性。教養深く人間も出来ている優しい感じの素敵な女性。キューバでは超有名人らしいテレビ業界のドンっぽい男性と幼馴染で、第2次大戦中に日本人収容所があった為に日系人の多い Isla de Juventud 出身だそうだ。大学でジャーナリズムの勉強も、そのドンと一緒にしたとのこと。
話している最中にプロデューサーだという女性が通りかかり、紹介される。30前後の若い白人女性。
何がどう違って身分が出来上がるのかわからないけれども、いろいろと考えてしまう。
小1時間くらい話し込んだ後に別れを告げ、時間が余ったので Habana Libre 内のショッピングセンター巡り。すっごくかわいいワンピースがあったけど、Lサイズしかなかった。キューバって、ヨーロッパの売れ残りが回ってきたりするから、こういうことが多い。
さやかどんがお世話になっていたカーチャの家にお昼をご馳走になりに行く。
「さやかが小さいの(私のこと)を置いていった。」といろんな人に触れ回っていて、いろんな人が「まさこは遊びに来ているのか?」とチェックしている模様。
たっぷりのサラダとお魚料理をいただき、コーヒーを飲んで一緒にメロドラマを見る。昨日カーチャに勧められて購入することにしたチョリソーは、まだ届いていないそうだ。
2-3時間過ごして、そろそろいいかなってところでお暇する。
いつも「暗いから今日はやめろ。」と言われて持ち帰れずにいたさやかちゃんに貸していたいろんな物も、本日は無事に持ち出せた。
大荷物だけど、このあとバンバンのライブで散在する予定なので P1 で。
帰宅してバルバラと雑談していると、娘夫婦がやってきた。このところ訪問が多い感じ。
だんなさんは2階で VCD を観、バルバラとダイレイはアイスクリームを食べに行く模様。誘われて一瞬迷ったけど、あまりバルバラと過ごしていないような気がするので、一緒に行くことにする。まだ17時だし。
と、思ったらさー、、、凄い行列で、結局席を取るのに1時間くらい待ち、しかも1人につきエンサラダを2皿しか注文できないとのことで、私はエンサラダを1皿食べてもう1皿分を持ち帰るのかと思っていたら、バルバラ母娘はエンサラダを各自2皿食べてもう一度並んで持ち帰り分を注文する気満々な人たちなのであったよ。。
エンサラダって、アイスクリーム5スクープのことなのよね。。プラス、ケーキも一緒に食べるのがキューバ流。
私たちの後に並んだ二人は、黒人のおばあさんとその孫。おばあさんがとてもエレガントな素敵な人で、丈の短いタンクトップで出っ張ったおなかを露出しているバルバラと見比べてしまう。品格とかさー。。でもバルバラの彼女に対する態度は、黒人に対するものって感じで。。
キューバでは列を作るときに「マークする」システムがあって、「到着したら誰が最後の人なのかを訊いてその次が自分の番」となるのだけれども、お互いに自分の前後が誰であるかを了解した後は、どこで何をしていようと自分の番は自分の番として存在するのである。
ダイレイは、既に2つ目の自分の番をマークしてあった。
席について食べ始めて暫くすると、ダイレイが「もうすぐ私の番になっちゃう!」とのことで、まだぜんぜん食べ進んでいない私をひとり残し、バルバラとダイレイは2皿目を持参したタッパーに詰め込みそそくさと並びに行ってしまった。
私は空いたバルバラとダイレイが座っていた席に着いた親子と並んでゆっくりと1皿目を食べ終えてから、テーブルに残されていたケーキを載せたダンボールの切れ端を持って列に並んでいるバルバラ母娘の元へ。
バンバンのライブに行くならもう帰らなきゃならない時間だけど、ここで私がいなくなったらバルバラたちが手に入れられるアイスクリームが10スクープ減ってしまう。
悩む。。。
バンバンのライブは今のところ週1回は確実にあって、しかも数日前に観たばかり。
でもそれは彼らの好意で無料で楽しませてもらったもの。
2月からはたぶん南米やヨーロッパツアーが始まって、キューバではライブをしなくなってしまう可能性が高い。
Matanzas 行きの際に誰かが「7時に演奏を始めれば、9時には終わるんだ。7時には演奏を始めるように心がけよう。」と話しているのを小耳に挟んだ。つまりたぶん今日は19時ぴったりにライブが始まるから、遅れて行ったら最初の方を見逃すことになる。
すぐに車を拾えるであろうか?
行列が出来ていて入れないことがあるけど、今日はどんな状態なんだろうか?
すぐに車を拾えてすぐには入れれば、間に合うかもしれない。そうでなければ、行っても観られない可能性もある。
結局、席について無事6皿注文した後も、バルバラとダイレイはうきうき楽しそうで、帰るなんて言い出せなかった。
この時点では、ぎりぎり間に合いそうだったんだけど。
キューバでは、食べ物を一皿に全て盛り付けて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べることが多い。日本ではあり得ないんだけど。
詰め込めるだけのアイスクリームをタッパーに詰め込んだ後に、お皿のアイスクリームをぐちゃぐちゃ混ぜて、バティード(シェイク)だと言って喜んでいるバルバラを観て複雑な気分になる。
更にケーキも一緒にぐちゃぐちゃ混ぜてはしゃぐバルバラを見て、楽しいんだろうな、と思う。
アイスクリームを食べに来たという行為は、彼女たちにとって特別なことなのだと思う。はしゃぎ過ぎちゃうくらい。
それにほら、お行儀が悪い行為ってのは、国によって違うからねぇ。。。
帰宅すると、ひとり留守番していたダイレイのだんなさんが「ジョバンニから5分おきに7回も電話があった!絶対に電話させるからと言って電話を止めさせた!」と悲鳴を上げた。
もう既に19時半になっていたけれどもまだバンバンに行きたい気もしていた私は、「用があればまたかけてくるでしょう。」と言ったのだけど、電話しろとうるさく言われ、電話した。
2回したけど誰も出なかったのでやめちゃったんだけど、バルバラがどこかに電話して「ほら、まさこ出なさい。」と言う。
出ると、ジョバンニのお母さんだった。は?ご挨拶と昨日のお礼などを言ったところでジョバンニと交代。
「まさこ、金曜日は何時に迎えに行けばいい?」「え?金曜日は Jelengue del Arieto で会うことにしたんだよね?」「何それ?」「Rumberos de Cuba のライブ。」「Rumberos de Cuba のライブか。わかった。また明日電話するね!」「ああ、そうなの?」って具合で。。
何で明日も電話してくるのかわからないし、金曜日のことはちゃんと説明して紙に書いて渡すことまでしたのに。。
何でバルバラがジョバンニに電話をしたのかもわからない。
以前も名乗らない男性が私に2度電話をかけてきたから、電話をしろとしつこく言ったことがあった。ナンバーディスプレイする付属品があるので、何番からかかってきたのかがわかるのだ。
「誰だかわからないのに、電話なんて出来ない。」と言うと、勝手に電話して、出た人に「うちにいる日本人のまさこに、この電話番号から男性が2回電話してきた。今まさこがいるから、その人に代わってくれ。」ってやったことがあるんだよね。。
特にまずい付き合いをしている人はいないのでいいけど、ちょっと気まずい。
このときは Trabuco の Nicolas が Maraca のチケットが欲しくて私に電話してきたんだってことが判明したんだけど、バルバラからの電話を受けた Nicolas の奥さんに「突然変な電話でごめんなさい、、」と一応謝っておいたけど、変な電話じゃないのかしら?奥さんとは会ってご挨拶したことがあるし、彼女も Maraca のコンサートに行きたかったから事情を知っていて、全然問題なかったんだけど。
「やっぱり電話を待っていたみたいよ。電話に出たお母さんは私をまさこかと思って話し始めたし、お母さんもジョバンニがまさこからの電話を待ってることを知ってたわよ。」なら何故私がかけたときには誰も出なかったんだろう?
「ジョバンニって、昨日まさこを迎えに来た子よ。まだ17だって言うけど、どう見ても20台半ばよね。」「え!?10代には見えない!」「27くらいかと思った!」
いろいろうるさく言うので、「彼はさやかに恋してるのよ。」と言うと、「恋しいさやかに会うために、まさこと結婚して日本に行く気なのよ!」ときた。
「彼のお母さんはスペイン国籍を持っているから、18歳になったら彼もスペインのパスポートを持つことが出来て、世界中を演奏して回るつもりでいるのよ。」
「でも日本に行くのに、まさこの助けが必要なのよ。」
「私が助けなくても、チャンギートの息子を助けたい人は沢山いるわよ。」
何かちょっとうんざり。。。
「おバカかもしれないけど、いい子よ。」「いい子でも、うちには招待しないでね。」しませんから。
ダイレイ夫妻が帰ってしまうと、バルバラはどこかに電話をかけ、田舎で元夫にバッタリ遭遇してしまった話を長々と話していた。
することもないので、カレリア宅に行くことにした。
ちょうどお夕飯が済んだところらしく、ヴラジミルはいなかったんだけど、カレリア夫妻と長々とお話しをすることに。
カレリアは4年前にハイチに医療協力で行っていたので、今いなくて良かったよねーって話から、ハイチの話になった。
「ハイチは世界一貧しい国と言われているけれども、産業がなくて仕事がない人が多いけど、米国からいろんなものが届いてそれを安く購入することが出来るから、みんな真っ白な新しい服とピカピカの靴を身につけているわよ。仕事がないのも確かなんだけど、働くのが嫌いな人ばかり。怠け者ばかりよ。特に男性は、昼間からゲームばかりしているわ。でもお酒は飲まないし、タバコも吸わないけどね。」
いや、えっと、私たちからすると怠け者ってキューバ人のことなんだけど。。。と思ったりする。
「復旧しないのは、ハイチ人は何もせずに誰かが何とかしてくれるのを待っているだけだからなのよ。兎に角、働くことが嫌いな人たちなの。」
「キューバ人の医師は8時から4時まで働くけど、ハイチの医師は9時から2時までが仕事の時間で、9時くらいに出勤してきて、それからみんなで朝ごはんを食べるのよ。で、仕事を始めるのは11時。その頃にはキューバ人医師はみんなおなかが空くころになっちゃってる。で、2時にはハイチ人医師は帰っちゃうのよ。だから、他の国から派遣されてきた医師はみんなもの凄く怒ってるわ。」
うーん、、キューバ人医師が働き者かどうか、、、私にはわからない。海外で働く場合は国を背負ってるから、無駄話をせずに黙々と働くのであろうか?有り得ない気がするけど。。。お喋りせずに働くって、彼らに可能なのであろうか?
「キューバ人医師に受診すると薬をタダで貰えるけど、ハイチや他の国の医師に受診すると薬が有料だから、みんなキューバ人医師に受診したがるのよ。」
ハイチでは2年間に6ヶ所の診療所で働いたけど、各地が全く違っていて、楽しく過ごしたところと、危険な地域で閉じ篭った生活をしたところとあったそうだ。
今回の地震で大きな被害があった首都は、全くの別世界のような素晴しい生活が出来たそう。
実際に行ってみないと、わからないことっていろいろあるわね。兎に角、国は貧しいけど、人々の生活は豊かだそうです。
帰宅すると、バルバラはテレビを観ていた。
一緒にテレビを観ることにする。バルバラが観る番組って、私には面白くないんだけど。バルバラとの過ごし方がわからない。。
番組が終わってチャンネルを変えている最中、たまたま映った番組にオスダルヒアが映った。「あ!オスダルヒアじゃない?」と言うと、バルバラがそのチャンネルを観ることにしてくれたんだけど、しなを作って男性と対談するオスダルヒアが気に障ったらしく、確かに気に障るのが分かるようなしなの作り方だったんだけど、「誰この女、感じ悪い。」と言うので、「有名な歌手よ。」と応えると、「有名じゃないわよ、知らないわ。」と。
「有名なはずよ、世界中のキューバ音楽ファンは知ってるわ。こんどカール・マルクス劇場で公演するのよ。」「え?ソロコンサートなの?」「そうよ。」
歌い始めたオスダルヒアに、「怒鳴っているだけじゃない。何も感じさせるものがないわ。」と言う。「キューバじゃ誰も知らないわよ。」
「でもカールマルクスでソロコンサートをする程の人なのよ。」「CD もないし、何の賞も獲っていないわよ。ぜんぜん有名じゃないわ。」
バラード好きなバルバラが好みそうな歌を歌うんだけどなぁ。黒人だから好きじゃないだけなのかもしれないと思ってしまったり。。
「9時くらいに家に電話して。」と言われていたので早起きしようと努力したのだけど、意識がしっかりしたのはもう9時半を回っていたので、のんびり支度をすることにした。
頭を洗いたい欲求に駆られたけれども、それには時間がかかるので諦める。にも拘らず、のんびりし過ぎて彼女の職場に電話したのは既に10:40。何故だ?11時くらいに会社に会いに行くと言う話だったのだけれども、12時に変更してもらう。
湯浴みをしてお化粧をして、さあ出ましょうってところでいつもバルバラが帰ってくる。
昨日の顛末をまだ話していなかったのでざっくり話そうとすると、「彼はまだ17歳で、、」「うそよ!」「本当なのよ。」「あの顔で17歳のわけないわ!」「私も20代かと思ってたんだけど、17歳なのよ。」「あり得ないわ!どう観たって25歳以上に見えるわよ。」「でも本当に17歳で、21日に18歳になるのよ。」
「まだ子どもで、彼の家族も彼を子どもとして扱っているし。」「25歳に見える子どもなんて!」「Habana del Este に住んでいるから、こちらのこと全く知らなくて、、」「Habana del Este に住んでる若者がこちらのことを知らないわけがない!」と、これはバルバラが同行してきたバルバラに恋している70歳の男性の言葉。「いやそれが Capitorio から歩いてうちまで来たんですって。」「騙されてるんだ!」「いや、本当に何も知らない子で。今は音楽のことしか考えていないし、以前は野球をしていたから野球のことしか知らないみたいで、、」「野球をしている子は各地を転戦するから、いろんな場所のことを知っているはずよ!」
「えと、えと、、本当に何も知らない子どもで、演奏を撮影し終わったところでお母さんに "ママ!僕巧く叩けていたでしょう?" って訊いたりしていて、本当に子ども。悪い子じゃないんだけどちょっと頭が悪いんだと思う。音楽やスポーツをしてる人って、他のこと何も知らない人が多いでしょう?」「はー!老けて見える17歳の頭に問題のある子ども!」
バルバラは黒人が嫌い。
犯罪者には黒人が多い。それは確かにそう。
でも、学のある人もいるし、教養のある人もいるし、人間として素晴しい人もいる。
バルバラは、そういう人たちもいるということを受け入れない。悲しいけど。
バルバラ自身、学も教養もなく、16・7で妊娠して主婦になっちゃった田舎者なのだ。と書いてしまう私は酷いのかな?でも、えてしてそういう人ほど人種に固執するような気がする。
学がないのは彼女のコンプレックスで、毎日を鬱々と過ごしているように見えた彼女に「仕事した方がいいと思うよ。日々にテンポが出来るし。」と言うと、「私は学校を出ていないから、掃除婦の仕事しか得られないのよ。」と言われた。「じゃあ、何か勉強すれば?無料でいろんなコースを受けられるでしょう?それで何か資格を取ればいいじゃない。」と言ったんだけど、あまり乗り気ではないようだった。
以前、友人の息子が Maraca のチケットをうちまで受け取りに来た際に挨拶もそこそこって感じだったので、あとで「黒人が嫌いなのはわかってる。ジュリもそうよね。」と言うと、「私が教えたのよ。」と。
確かに黒人には、怠け者だったり頭を使わないから全くの馬鹿にしか思えない人もいるし、犯罪に走る人もいる。白人にもいるけど、割合として黒人の方が断然多い。だから、気をつけなきゃならないことはわかっている。
でも、私の友人は学位も持っていて、更に上を目指して勉強を続けている人だし、その息子はどんな仕事なのかはわからないけれども、国からフランスとスペインに派遣されたりするような実力のある人なのだ。努力家だし、いい人たちでもある。
全く受け入れる体制にないことを、悲しく思う。
キューバは人種差別のない国と言われているけれども、あるのよ。
以前滞在していたマリアルイサの家に、外国人の金蔓と数時間を過ごすためにベッドを借りに来た女性がいた。知らなかったんだけど、マリアルイサ、そういう貸し方もしていたようで。。
金蔓をとっとと追い返した後で、今で暫くお話しすることに。
「いつも使っている家が使えなくて、突然ごめんなさいね。その家のオーナーは黒人のくせに部屋を貸しているからって大きな態度で、失礼ったらありゃしない。もう二度と彼女からは借りないわ!」
目を点にして聞いていると、マリアルイサも「そうね、彼女はちょっと問題あるわよね。」と言う。そして黒人の悪口大会が始まってしまった。
要するに「黒人は怠け者で馬鹿ばっかり。」って感じで、「あなたもそう思うでしょう?」とふられてしまった。
「確かにそういう人もいるけれども、白人にもそういう人はいるし、黒人にも素晴しい人はいるわよ。それより同じ有色人種である私にそういうことを言うのが信じられない。」と言うと、「だってあなたは日本人だし黒人じゃないでしょう?白人と同じようなものじゃない。誰も日本人を黒人と同じに考えたりはしないから、安心しなさいよ。」
いや、そういう問題じゃないんだけど。。。って感じでした。
言うことはわかるんだけどねー。。黒人だからって問題じゃないとは思うのよ。黒人に多いのは確かなんだけどね。
バルバラとその連れには、「庭やパティオのある素敵な一軒家だったわよ。」と言って出てきてしまった。
それでも12時にはちょっと遅れてしまった。
記者さんはたぶん50代くらいの黒人の女性。教養深く人間も出来ている優しい感じの素敵な女性。キューバでは超有名人らしいテレビ業界のドンっぽい男性と幼馴染で、第2次大戦中に日本人収容所があった為に日系人の多い Isla de Juventud 出身だそうだ。大学でジャーナリズムの勉強も、そのドンと一緒にしたとのこと。
話している最中にプロデューサーだという女性が通りかかり、紹介される。30前後の若い白人女性。
何がどう違って身分が出来上がるのかわからないけれども、いろいろと考えてしまう。
小1時間くらい話し込んだ後に別れを告げ、時間が余ったので Habana Libre 内のショッピングセンター巡り。すっごくかわいいワンピースがあったけど、Lサイズしかなかった。キューバって、ヨーロッパの売れ残りが回ってきたりするから、こういうことが多い。
さやかどんがお世話になっていたカーチャの家にお昼をご馳走になりに行く。
「さやかが小さいの(私のこと)を置いていった。」といろんな人に触れ回っていて、いろんな人が「まさこは遊びに来ているのか?」とチェックしている模様。
たっぷりのサラダとお魚料理をいただき、コーヒーを飲んで一緒にメロドラマを見る。昨日カーチャに勧められて購入することにしたチョリソーは、まだ届いていないそうだ。
2-3時間過ごして、そろそろいいかなってところでお暇する。
いつも「暗いから今日はやめろ。」と言われて持ち帰れずにいたさやかちゃんに貸していたいろんな物も、本日は無事に持ち出せた。
大荷物だけど、このあとバンバンのライブで散在する予定なので P1 で。
帰宅してバルバラと雑談していると、娘夫婦がやってきた。このところ訪問が多い感じ。
だんなさんは2階で VCD を観、バルバラとダイレイはアイスクリームを食べに行く模様。誘われて一瞬迷ったけど、あまりバルバラと過ごしていないような気がするので、一緒に行くことにする。まだ17時だし。
と、思ったらさー、、、凄い行列で、結局席を取るのに1時間くらい待ち、しかも1人につきエンサラダを2皿しか注文できないとのことで、私はエンサラダを1皿食べてもう1皿分を持ち帰るのかと思っていたら、バルバラ母娘はエンサラダを各自2皿食べてもう一度並んで持ち帰り分を注文する気満々な人たちなのであったよ。。
エンサラダって、アイスクリーム5スクープのことなのよね。。プラス、ケーキも一緒に食べるのがキューバ流。
私たちの後に並んだ二人は、黒人のおばあさんとその孫。おばあさんがとてもエレガントな素敵な人で、丈の短いタンクトップで出っ張ったおなかを露出しているバルバラと見比べてしまう。品格とかさー。。でもバルバラの彼女に対する態度は、黒人に対するものって感じで。。
キューバでは列を作るときに「マークする」システムがあって、「到着したら誰が最後の人なのかを訊いてその次が自分の番」となるのだけれども、お互いに自分の前後が誰であるかを了解した後は、どこで何をしていようと自分の番は自分の番として存在するのである。
ダイレイは、既に2つ目の自分の番をマークしてあった。
席について食べ始めて暫くすると、ダイレイが「もうすぐ私の番になっちゃう!」とのことで、まだぜんぜん食べ進んでいない私をひとり残し、バルバラとダイレイは2皿目を持参したタッパーに詰め込みそそくさと並びに行ってしまった。
私は空いたバルバラとダイレイが座っていた席に着いた親子と並んでゆっくりと1皿目を食べ終えてから、テーブルに残されていたケーキを載せたダンボールの切れ端を持って列に並んでいるバルバラ母娘の元へ。
バンバンのライブに行くならもう帰らなきゃならない時間だけど、ここで私がいなくなったらバルバラたちが手に入れられるアイスクリームが10スクープ減ってしまう。
悩む。。。
バンバンのライブは今のところ週1回は確実にあって、しかも数日前に観たばかり。
でもそれは彼らの好意で無料で楽しませてもらったもの。
2月からはたぶん南米やヨーロッパツアーが始まって、キューバではライブをしなくなってしまう可能性が高い。
Matanzas 行きの際に誰かが「7時に演奏を始めれば、9時には終わるんだ。7時には演奏を始めるように心がけよう。」と話しているのを小耳に挟んだ。つまりたぶん今日は19時ぴったりにライブが始まるから、遅れて行ったら最初の方を見逃すことになる。
すぐに車を拾えるであろうか?
行列が出来ていて入れないことがあるけど、今日はどんな状態なんだろうか?
すぐに車を拾えてすぐには入れれば、間に合うかもしれない。そうでなければ、行っても観られない可能性もある。
結局、席について無事6皿注文した後も、バルバラとダイレイはうきうき楽しそうで、帰るなんて言い出せなかった。
この時点では、ぎりぎり間に合いそうだったんだけど。
キューバでは、食べ物を一皿に全て盛り付けて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べることが多い。日本ではあり得ないんだけど。
詰め込めるだけのアイスクリームをタッパーに詰め込んだ後に、お皿のアイスクリームをぐちゃぐちゃ混ぜて、バティード(シェイク)だと言って喜んでいるバルバラを観て複雑な気分になる。
更にケーキも一緒にぐちゃぐちゃ混ぜてはしゃぐバルバラを見て、楽しいんだろうな、と思う。
アイスクリームを食べに来たという行為は、彼女たちにとって特別なことなのだと思う。はしゃぎ過ぎちゃうくらい。
それにほら、お行儀が悪い行為ってのは、国によって違うからねぇ。。。
帰宅すると、ひとり留守番していたダイレイのだんなさんが「ジョバンニから5分おきに7回も電話があった!絶対に電話させるからと言って電話を止めさせた!」と悲鳴を上げた。
もう既に19時半になっていたけれどもまだバンバンに行きたい気もしていた私は、「用があればまたかけてくるでしょう。」と言ったのだけど、電話しろとうるさく言われ、電話した。
2回したけど誰も出なかったのでやめちゃったんだけど、バルバラがどこかに電話して「ほら、まさこ出なさい。」と言う。
出ると、ジョバンニのお母さんだった。は?ご挨拶と昨日のお礼などを言ったところでジョバンニと交代。
「まさこ、金曜日は何時に迎えに行けばいい?」「え?金曜日は Jelengue del Arieto で会うことにしたんだよね?」「何それ?」「Rumberos de Cuba のライブ。」「Rumberos de Cuba のライブか。わかった。また明日電話するね!」「ああ、そうなの?」って具合で。。
何で明日も電話してくるのかわからないし、金曜日のことはちゃんと説明して紙に書いて渡すことまでしたのに。。
何でバルバラがジョバンニに電話をしたのかもわからない。
以前も名乗らない男性が私に2度電話をかけてきたから、電話をしろとしつこく言ったことがあった。ナンバーディスプレイする付属品があるので、何番からかかってきたのかがわかるのだ。
「誰だかわからないのに、電話なんて出来ない。」と言うと、勝手に電話して、出た人に「うちにいる日本人のまさこに、この電話番号から男性が2回電話してきた。今まさこがいるから、その人に代わってくれ。」ってやったことがあるんだよね。。
特にまずい付き合いをしている人はいないのでいいけど、ちょっと気まずい。
このときは Trabuco の Nicolas が Maraca のチケットが欲しくて私に電話してきたんだってことが判明したんだけど、バルバラからの電話を受けた Nicolas の奥さんに「突然変な電話でごめんなさい、、」と一応謝っておいたけど、変な電話じゃないのかしら?奥さんとは会ってご挨拶したことがあるし、彼女も Maraca のコンサートに行きたかったから事情を知っていて、全然問題なかったんだけど。
「やっぱり電話を待っていたみたいよ。電話に出たお母さんは私をまさこかと思って話し始めたし、お母さんもジョバンニがまさこからの電話を待ってることを知ってたわよ。」なら何故私がかけたときには誰も出なかったんだろう?
「ジョバンニって、昨日まさこを迎えに来た子よ。まだ17だって言うけど、どう見ても20台半ばよね。」「え!?10代には見えない!」「27くらいかと思った!」
いろいろうるさく言うので、「彼はさやかに恋してるのよ。」と言うと、「恋しいさやかに会うために、まさこと結婚して日本に行く気なのよ!」ときた。
「彼のお母さんはスペイン国籍を持っているから、18歳になったら彼もスペインのパスポートを持つことが出来て、世界中を演奏して回るつもりでいるのよ。」
「でも日本に行くのに、まさこの助けが必要なのよ。」
「私が助けなくても、チャンギートの息子を助けたい人は沢山いるわよ。」
何かちょっとうんざり。。。
「おバカかもしれないけど、いい子よ。」「いい子でも、うちには招待しないでね。」しませんから。
ダイレイ夫妻が帰ってしまうと、バルバラはどこかに電話をかけ、田舎で元夫にバッタリ遭遇してしまった話を長々と話していた。
することもないので、カレリア宅に行くことにした。
ちょうどお夕飯が済んだところらしく、ヴラジミルはいなかったんだけど、カレリア夫妻と長々とお話しをすることに。
カレリアは4年前にハイチに医療協力で行っていたので、今いなくて良かったよねーって話から、ハイチの話になった。
「ハイチは世界一貧しい国と言われているけれども、産業がなくて仕事がない人が多いけど、米国からいろんなものが届いてそれを安く購入することが出来るから、みんな真っ白な新しい服とピカピカの靴を身につけているわよ。仕事がないのも確かなんだけど、働くのが嫌いな人ばかり。怠け者ばかりよ。特に男性は、昼間からゲームばかりしているわ。でもお酒は飲まないし、タバコも吸わないけどね。」
いや、えっと、私たちからすると怠け者ってキューバ人のことなんだけど。。。と思ったりする。
「復旧しないのは、ハイチ人は何もせずに誰かが何とかしてくれるのを待っているだけだからなのよ。兎に角、働くことが嫌いな人たちなの。」
「キューバ人の医師は8時から4時まで働くけど、ハイチの医師は9時から2時までが仕事の時間で、9時くらいに出勤してきて、それからみんなで朝ごはんを食べるのよ。で、仕事を始めるのは11時。その頃にはキューバ人医師はみんなおなかが空くころになっちゃってる。で、2時にはハイチ人医師は帰っちゃうのよ。だから、他の国から派遣されてきた医師はみんなもの凄く怒ってるわ。」
うーん、、キューバ人医師が働き者かどうか、、、私にはわからない。海外で働く場合は国を背負ってるから、無駄話をせずに黙々と働くのであろうか?有り得ない気がするけど。。。お喋りせずに働くって、彼らに可能なのであろうか?
「キューバ人医師に受診すると薬をタダで貰えるけど、ハイチや他の国の医師に受診すると薬が有料だから、みんなキューバ人医師に受診したがるのよ。」
ハイチでは2年間に6ヶ所の診療所で働いたけど、各地が全く違っていて、楽しく過ごしたところと、危険な地域で閉じ篭った生活をしたところとあったそうだ。
今回の地震で大きな被害があった首都は、全くの別世界のような素晴しい生活が出来たそう。
実際に行ってみないと、わからないことっていろいろあるわね。兎に角、国は貧しいけど、人々の生活は豊かだそうです。
帰宅すると、バルバラはテレビを観ていた。
一緒にテレビを観ることにする。バルバラが観る番組って、私には面白くないんだけど。バルバラとの過ごし方がわからない。。
番組が終わってチャンネルを変えている最中、たまたま映った番組にオスダルヒアが映った。「あ!オスダルヒアじゃない?」と言うと、バルバラがそのチャンネルを観ることにしてくれたんだけど、しなを作って男性と対談するオスダルヒアが気に障ったらしく、確かに気に障るのが分かるようなしなの作り方だったんだけど、「誰この女、感じ悪い。」と言うので、「有名な歌手よ。」と応えると、「有名じゃないわよ、知らないわ。」と。
「有名なはずよ、世界中のキューバ音楽ファンは知ってるわ。こんどカール・マルクス劇場で公演するのよ。」「え?ソロコンサートなの?」「そうよ。」
歌い始めたオスダルヒアに、「怒鳴っているだけじゃない。何も感じさせるものがないわ。」と言う。「キューバじゃ誰も知らないわよ。」
「でもカールマルクスでソロコンサートをする程の人なのよ。」「CD もないし、何の賞も獲っていないわよ。ぜんぜん有名じゃないわ。」
バラード好きなバルバラが好みそうな歌を歌うんだけどなぁ。黒人だから好きじゃないだけなのかもしれないと思ってしまったり。。
1月18日
件の Yovanni ですが、朝っぱらから何度か電話してきていたのですが、昨日0時半には床に入ってはいたのだけれども寝付けなかったせいか眠くて、電話を取ることもなく寝続けてしまいました。たぶん Yovanni であろうと思って。実際あとで確かめたところ、Yovanni からでしたし。
でもまぁ、10時半にはとうとう電話をとって、起きることにしました。
12時か12時半に迎えに来ると言うので、しょうがないから仕度をすることに。
が、バルバラの娘ダイレイが息子と共に遊びに来ていて、お料理を始めた。お化粧をしたり身支度をしている間にダイレイのだんなさんも来て、結局お昼を食べてから行くことに。と思ったらジョバンニはなかなか来ず。ごはんを食べてコーヒーを飲んでみんなでスタンドアップコメディのビデオを観始めたところでようやくジョバンニ到着。既に2時過ぎていたような。。
歩き始めて、どうするつもりだろう?と思ったら、ハバナ・ビエハから歩いてきたと言う。「どうして P5 に乗らなかったの?」と訊いたら、知らなかったらしい。
いろいろ話してみてなんとなくわかってきた。ハバナ郊外に住んでいて、こちらのことを何も知らないっぽい。P5 でハバナ・ビエハに向かう途中に通った La Zorra y el Cuervo を見て、いきなり「ここで乗り換える!」と言う。家の近くを通るバスがここら辺を通ることを La Zorra y el Cuervo に行った際に知った模様。
あの日まだ暗い朝の4時にコッペリアまで付いて来てくれなかったのは、お父さんとはぐれたら帰れないからだったのでしょう。コッペリアと言われても、位置関係もわからなかったのかも?
バスの中でいろいろ話してわかったんだけど、20代かと思っていたらまだ17歳で、子ども。これまでの無礼の数々も、子どもだからなんだなぁって、よくわかった。
最近まで野球ばかりしていて、いくつかの記録を持っているらしいのだけど、音楽の方がもっとだいじだから、と、野球を捨てて音楽の道に入ったみたいで、学校で音楽を学んでいるのではなく、お父さんから直接教えてもらっているそうだ。
世界中のパーカッショニストが教えを請いに来るラテン音楽界では超有名人のお父さんだからね、とはいえ、本人の才能はいかがなものでしょうか?
情熱は凄くあるのよね。
昨日電話してきていきなり「デモンストレーションを聴かせたい。」と言って電話口でコンガを叩き始めたときにはびっくりしたし、ごく普通のコンガを聴かされて、わざとなのかどうかわからないけどリズムも走っちゃっていて、こいついかれてる、パーカッションもダメかも、、、と思ったけど、兎に角子どもなんだと言うことがよくわかった。
語る夢がでかいでかい。だから、ああ、本当に子どもだし、まだ何も知らないんだなぁと。
毎日何時間も練習しているそうだ。お父さんが「もう9時だぞ、そろそろ止めれば?」と言ってもまだ続け、「おいー、もう11時だぞ!」と言われても、もっともっと練習を続けたいそうだ。叩くための筋肉や体力をつけるために筋力トレーニングもしているそうだし、情熱は人一倍。凄く無邪気。
名付け親であるジョバンニ・イダルゴももの凄く彼に愛情を注いでいるそうで、彼とチャングィートだけが知っている秘密に電話番号もあるそうだ。あとでお姉さんが言ってたのだけど、ジャバンニ・イダルゴは、もう何年もキューバに来ていなかったけれども、暇を見つけては彼に電話してきて小1時間話したりしているそうだ。道理で、キューバにいる間はチャングィート一家とべったり一緒に過ごしていたわけだ。
ジョバンニはチャングィート一家の末の子どもで、お父さんお母さんお姉さんから愛情をたっぷり注がれて、いつまで経っても子どものままでいるわけだ。まだ17歳だしね。
家はハバナ郊外のいい感じの住宅街で、とても過ごしやすい雰囲気。前庭に続く家のエントランスがちょっとしたパティオっぽくなっていて、チャングィート御大と奥様とその妹、甥がドミノをしていた。
ジョバンニは、シャワーを浴びて身奇麗にしてお姉さんが帰ってきたら撮影しようと、それまでの時間をわくわくそわそわしながら待っている。
私はすることもなくドミノ見学をしたり、コーヒーをいただいたり、前庭に運んでくれた椅子に座って風を感じたり辺りを眺めたり。
「うーんと、お姉さんがまだ帰ってこないから、3時から撮影したかったんだけど出来ないね。4時には毎日近所の友人が野球の真似事をしに遊びに来るから、撮影は5時からにしよう。」とジョバンニ。「いいよー。」と言いつつ、いやはや、、と思ったり。
そのうちお姉さんの帰りを待ちきれなくなったジョバンニは、前庭に練習道具を持ち出してきて叩き始めた。撮影して!と言うので撮影。
すると通りかかったチャングィートから「お前はいつも××がダメだ、もっとこうしろ!」みたいに言われてちょっとしょげちゃったかと思ったらちょうど帰ってきたお姉さんに事情を説明していきなり実際の楽器での撮影が始まる。
いくつかのパターンを撮影して、うーん、これでさやかちゃんと共演したいと言ってもどうなんだろう?とか思いつつ。。
撮影した部屋を出ると通りかかったお母さんに、「ママ、僕巧く叩けてたでしょう?」「ええ、素晴しかったわよ。」って環境なので。。。
撮影が終わって私帰るのかしらー?と思ったんだけど、また前庭に椅子を出してくれたので取り敢えず座る。
そうこうしている間に、本日がお誕生日であるチャングィートを祝うためか、お客様が。知ってる顔。Rumberos de Cuba 関係者らしく、おじいさんが「おー、お前、知ってるぞ。」と言うので、「私もあなたを知ってますー。」と言ってご挨拶。
その連れは見たことあるようなないようなって感じだったのだけど、彼の方が私をよく知っていて、あそこにいただろう、ここにいただろう、と、もう何年も前の話を始めた。
「えー?違うんじゃない?他のチナじゃないの?」とか言ってたんだけど、そのとき私が被っていた帽子まで言い出して、「はい、私です。」って感じのことに。
それを聞いたお姉さんが私のことを凄く気に入っちゃったみたいで、暫く話し込む。
お姉さんは元 Anacaona のメンバーで、7年間を無駄にしたと言う。Anacaona のメンバーでいいことはあまりなかったみたい。
それ以前に在籍していたグループの仕事で、1997年だったかな?3ヶ月新宿のココロコで演奏していたそうだ。凄く楽しくてたまらなかったらしい。
到着翌日に新宿の地下街でお買い物して違う出口から出たら別の街にいて迷子になった話や、仕事が終わって道に出たら和服の女性が一人で歩いていて昔の人の幽霊が出たのかと思ってメンバーと叫びながら逃げた話や、地震の話、仕事帰りにゴミ捨て場でテレビやビデオ、お洋服やシャネルの香水を拾った話など、まるで昨日のことのように話してくれた。テレビは一時期3台持っていたそうだよ。
次の滞在地が中国で、テレビなどは泣く泣く置いていかざるを得なくて残念だったし、年末を含めて2ヶ月滞在した中国は大嫌いで、病気になっちゃった程だそうだ。まだ小さかった弟と大晦日に電話で話して、泣いちゃったり。。
ディズニーランドには、他のメンバーは高いといっていかなかったけれども、通訳の女性とふたりで行って、朝から晩までパスポートで乗り放題を楽しんだそうだ。「いっぱい並んだんじゃない?」と、並ぶことの多いキューバを揶揄して訊いてみたんだけど、「並んだけど、何分並ばなきゃならないのかをちゃんと表示してあるから、ぜんぜん気にならなかったわー。」と言うと、一緒に話を聞いていたおばさんがビックリしていた。
鎌倉で大仏の写真を撮ったら、大仏だけ写らなかったそうなんだけど、本当なのかなぁ?って、絶対本当に大仏だけ写らなかったそうなんだけど。
そうこうしてる間に、どんどん暗くなるし、私いつ帰るのかしらー?と思ってたら、お夕飯が出た。
「私、あつかましくないかしら?」って訊いたら、「もう私たちは家族なんだから、ぜんぜん気にしないで!」と。
毎週金曜土曜にはホテル・メリア・ハバナで演奏しているそうで、「客席に座ってお金を使うことはないわよ。ミュージシャンの席に座って、帰りは私たちのバスで帰ればいいわ。」と言ってくれるので、P1 に乗って今週行くことにする。
明日ハバナ・ビエハで仕事があるそうで、ジョバンニにはそれに一緒に行こうと誘われていたのだけど、その仕事ではボンゴを演奏するそうで、「ちゃんとした演奏を聴かせたいからメリア・ハバナに来て貰いたいわ。」ってことだし。
ジョバンニは、「遠いしホテルに入るなんて、、」って感じだったんだけど、「まさこの家まで行けばまさこが P1 で連れて行ってくれるし、外国人と一緒なんだから、臆することなく入ればいいのよ。」と。なわけで、ジョバンニを連れて行くことに。
ちょうどルンベーロス・デ・クーバのライブがある日なので、ライブ会場の住所と行き方を紙に書いてお姉さんに説明しておいたので、お姉さんがジョバンニにちゃんと説明してくれるでしょう。
お夕飯を食べ終わって、えーと、私、いつ帰るのかしらー?と思ったら、エントランスのパティオでティンバの CD に合わせてジョバンニが練習キッドで演奏を始め、撮影して!と。
それよりもテーブルを叩くお姉さんの方が、やっぱりプロだなーって感じ。「流石プロって感じ。」って言うと、「ジョバンニ・イダルゴが "君はいい手を持っているから米国においでよ。" と言ってくれたのだけど、キューバでのんびりしてる方がいいから断ったわ。」とのこと。弟にもその話を言い聞かせて欲しいなと。ジョバンニは、外国に行く気満々なのよね。
20時過ぎて流石に「えーと、そろそろ、、」と言うと、バス停まで送ってくれた。
というか、バス停につく前にバスが通りかかったのを止めてくれた。「終点まで乗るのよ!」と言われて乗ったけど、凄くボロッちいバスで、なんか、思ったのと違うような道を通っていくので途中で不安になったのだけど、取り敢えず終点まで行けば例え間違ったバスだったとしても別方向へのバスもあるかもしれないし、わかんない場所で降りるよりはいいかな、と思ってずっと乗っていたら、ちゃんと市街地へ向かうトンネルを通ったので一安心。
終点まで行かずに途中で降りてカーチャ宅に寄って、チーズその他をピックアップして帰ってきた。突然の訪問だったけど、カーチャが喜んでくれたし、まぁ良かったかな、と。
キューバって楽しい。
1月15日
というわけで、今日は電話で予定より早起き。っていうか、昨日咳が酷くてぜんぜん眠れなくて、最後に時計を見たときにはもう5時くらいになってたんだけど、朝っぱら「これ飲みなさい。」とバルバラに叩き起こされた。咳で眠れなかったらしい私を見かねて、田舎に行く前に蜂蜜レモンを飲ませたかったらしい。朝の7時だったそうな。起こさないで欲しかったけど、気持ちが嬉しい。そして、コーヒーを入れて飲む間も惜しんで早出したバルバラが作ってくれたものだと後で知って、有り難さが100倍になる。
その後また寝たんだけど、10時半くらいにこちらでベースを習っている男の子からの電話で起きた。続けてメルセデスから電話。凄く親しげに話しかけてきたので、親しげにお応えしたんだけど、会ったことのないバルバラの元お姑さんでした。
鬼の居ぬ間に、というと失礼だけど、バケツ3杯使って洗髪!!リンスインシャンプーならバケツ2杯でいけるんだけど、コンディショナーするとどうしてもやっぱり3杯欲しいところ。
でやっぱり、タンクに一度入れたお水よりも道から直接入ってきたお水が使いたいので、表の水道からお水を汲む。バケツに1杯お水を溜めるのに、日によって違うんだけど、今日の水の出具合からするとたぶん10分くらいかかるので、ときどき表に様子を見に出たりしてたら、お隣の工事をしているのかなんなのかわからないけれども数日前からうちの前で何やら仕事らしきことをしているおじさんが、バケツに溜まったお水をうちに入れておいてくれた。2杯目のお水はちょうど見に行ったときにいっぱいになったって感じだったんだけど、重いからってやはりうちまで入れてくれた。
その間にお鍋3つでお湯を沸かすのよ。沸騰したお湯をバケツのお水に注ぎ入れて温度を確かめて、もうちょっとだけお湯を作って足すことにした。
こういうのに本当に時間をとられるのよね。。バルバラが居ると、「お水を沢山使って熱々のお湯で湯浴みをする。」とか、「洗髪は週1回で充分。2日に1回なんて洗い過ぎよ。」とかからかわれるし、こういったプロセスを考えると、髪の毛洗わなくてもいいやって気になっちゃうのよね。。
今回も、実は前回が11日だったので、4日ぶりです。
で、とてもいい気分でいるところにバルバラが帰ってきた。早く帰るとは言ってたけれども、早過ぎ。まだお昼過ぎ。
なんと、前夫が来ていたそうで。メルセデスからの電話は、息子が来ていることを知らせるためのものだったそうです。本当に酷いことをされたと思うので、鉢合わせしちゃってかわいそうでした。。
「風邪ひいているのに洗髪したの?!」と、心配して損したって感じだったけど、数年前にしてくれたようにサルビアの葉っぱを十字に重ねた上にコーヒーを入れて、「これで咳が治まるから。」と。
コーヒー入れる前にマリッサに電話して「コーヒー入れるからいらっしゃいよ。」ってお招きしてたけど。
うちのコーヒーの消費量が異常に多いのは、ご近所さんみんなで飲んでいるからよね、きっと。バルバラは冷めたのを捨てちゃうし。。
マリッサはよく、タバコを1本持ってふらっとやって来る。で、コーヒーを飲んで1本吸い終わると帰っていくって感じ。日に何度も来るんだけどね。
バルバラが作りおいてくれた食べ物がなくなったので、スパゲティを作ろうと思っていたのよね。
で、なんだかとても不機嫌モードのバルバラに、「スパゲティ一緒に食べる?」と訊くと、「食べる。」と言う。生のトマトも使ってけっこういい感じのスパゲティを作ったんだけど、「ケチャップ入れないの?」と言われてあたふたしていたら、アルデンテではなくてエスパゲティ・クバーノになってしまった。悲しい。
「味見もしないでケチャップをかけるの?」と言って無理やり一口食べさせたけど、「おいしいわ。」と言いながらケチャップをかけていました。私はケチャップなしで黒胡椒をかけて食べました。こんど白いスパゲティ作ってやる!カルボナーラとか白いクリームソースのってことね。前の家の子達は食べてくれなかったけど、バルバラはどうでしょう?
その後バルバラは猛烈な勢いでカーテンを洗濯して家中のお掃除をしました。
私はホテルにインターネットしに行きたかったんだけど、でも一番大切な問題を解決するために11y4のスーパーマーケットに行く。昨日ガレリア・デ・パセオとその近辺のお店を3軒回ったんだけど、どこにもトイレット・ペーパーがなかったのよ。。あと2ロール半しかなくて、このまま見つからないと困るので、昨日バルバラが見かけたと言うオンセ・イ・クワトロに行くことが、最優先事項だったのでした。
またもや4CUC の得体の知れないお醤油を眺めて悩んで購入するのを控える。トイレット・ペーパーは、無事に3パック購入することが出来ました。一安心。こういうことに不安を掻き立てられる毎日ってのも、けっこうしんどいのです。
マイラの来宅中にチャンギートの息子からまた電話があった。自分が演奏している姿を動画撮影してさやかちゃんに見せて欲しいと頼まれていたのだけど、「ちょっと問題がある。撮影するのに僕にギャラを支払ってくれるか?」と言うので、「私は音楽を仕事にしてないの。支払うなんて出来ない。」と応えたところ、「そうか、わかった。」って言われたんだけど、「それに、撮影は私の為じゃなくてあなたの為でしょう?」と言うと、「尤もだ。忘れてくれ。」と言う。バカじゃないのー?!
「今日もさやかにメールするんだ。ところでさやかの日本の電話番号を知っているか?」と訊くので、「日本に電話するの?知ってるけど、日本の習慣で電話番号を本人に無断で教えることは出来ないの。メールで本人に直接教えてもらって。」と、お応えしておきました。
バルバラとマイラに報告すると、「それは日本だけの習慣じゃなくて、キューバでも本人に無断で電話番号を教えるなんてしないわよ。」と言われた。
何だか、会ったらタクシー代払えとかビールご馳走しろとか言われそうな気もするけど、1銭も出さないわよ。
で、何だかんだしているうちに、WiFi が繋がるか繋がらないかわからないインターネットしに行くにはちょっと時間が足りないかもって感じになってしまったので、本日も断念することにする。
その後のんびり仕度をして、メリア・コイーバのインターネット・ルームで10CUC の携帯電話プリペイドカードを購入し、Hugo 宅へのお土産にチョコレートを購入し、なんだか熱がありそうな気持ちになりながら、通りかかった P1 に手を降ったけどバス停じゃないから乗せてもらえなかったので諦めたところに止まった車が乗せてくれたので、ボテージャじゃなくて10MN だったけどその車に乗っていくことにした。
ウーゴ宅に行くと、ウーゴの妻エロイサが「何持ってるの?」と訊く。「チョコレート。」と言って渡すと、凄く嬉しそうだった。あんまりお土産持って行ったりしてなかったんだけど、やっぱり持って行った方がいいのかなぁ?
ウーゴ宅にはインターネットしに行ったりする人が多くて、みんな勝手にインターネットしたり敷地内でぶらぶらしたりしてる感じで、家の人たちはあまり相手したりしてないって風なんだけど、私も行くと「インターネットするでしょう?今空いてるわよ。」って感じのことくらいしか話したりしなくて、家の人たちは自分たちのことをそれぞれ続けてるって感じで、私もネットし終わると居所がなくて「じゃあね。」と帰っちゃうって感じなんだけど、これでいいのかなぁ?以前はお水とかコーヒーとか出してくれたりしてお話したりしてたんだけど。。
エロイサが、「どこに行くの?」と普段よりはちょっとめかしている私に訊くので、「今日バンバンのライブがマタンサスであるんでしょう?サムエルがバスに乗せてくれるって言ったの。」と言うと、「明日よ。」と言う。やられたって感じです。。やっぱり直接行かなくて良かった。ウーゴには事前に電話して事情を説明したつもりだったんだけど、通じていなかったのか?
ムシコはあまり自分たちのスケジュールを事前に知らされていないので、私が電話したときにはまだ知らなかったのかなぁ?金曜日にって言ったんだけど。。。
というわけで、またもやインターネットをさせてもらって退散することにした。
が、Facebook と Twitter にログインしたまま回線が落ちちゃった。ログアウトできなかったんだけど、次の人が使うときに私のページが開いちゃったりしないのかなぁ?
帰る前にエロイサに相談した。
「フアンに会ったときに、どうやってご挨拶したらいいの?」「ベッソ」「ベシートした方がいいの?マエストロに馴れ馴れしくベシートするのは気が引けて。」「ベソしなきゃダメよー。」「していいの?」「しなきゃダメよ。」って感じでした。
先日劇場で会ったときは遠かったので手を振ったらにこやかに手を振り返してくれて、ちょっと遠いながら会話したのだけど、その1時間後にホテルのロビーで会ったときに2-3メートル離れたところからニコニコしながら手を振ったらちょっと不審気だったので、近くまで行ってご挨拶した方が良かったのかなぁ?と悩んでいたのでした。
サムエルとかだったら近くまで行って「オラー」って言えばあちらからベシートしてくれるんだけど、フアンにそれをする勇気が足りなくて。。
でも次回からはちゃんとしなきゃだわねー。キューバ人にはご挨拶ってとても重要だから。
P1 も P5 も止まるバス停まで歩いていたら、P1 に追い越されてしまった。
今日は突然暖かくなって、タンクトップにカーディガンを着ていたのだけど、歩いていたら暑くなったのでバス停で脱いだんだけど、それでは寒くていつも持ち歩いているパレオを羽織ってちょうどいい感じ。明け方は冷えるからコートを持って行った方がいいと言われたので冬のコートも持っていた怪しい外国人でした。
バスを降りて、WiFi に挑戦しに行こうか、カレリア・ヴラジミール兄妹宅へ預けてきてしまった HDD その他をとりに寄ろうか、とも思ったんだけど、トイレに行きたかったので帰宅し、そのまま家に居ついてしまいました。
明日、またウーゴ宅に寄ってから集合場所まで行こうかどうしようか、考え中。
その後また寝たんだけど、10時半くらいにこちらでベースを習っている男の子からの電話で起きた。続けてメルセデスから電話。凄く親しげに話しかけてきたので、親しげにお応えしたんだけど、会ったことのないバルバラの元お姑さんでした。
鬼の居ぬ間に、というと失礼だけど、バケツ3杯使って洗髪!!リンスインシャンプーならバケツ2杯でいけるんだけど、コンディショナーするとどうしてもやっぱり3杯欲しいところ。
でやっぱり、タンクに一度入れたお水よりも道から直接入ってきたお水が使いたいので、表の水道からお水を汲む。バケツに1杯お水を溜めるのに、日によって違うんだけど、今日の水の出具合からするとたぶん10分くらいかかるので、ときどき表に様子を見に出たりしてたら、お隣の工事をしているのかなんなのかわからないけれども数日前からうちの前で何やら仕事らしきことをしているおじさんが、バケツに溜まったお水をうちに入れておいてくれた。2杯目のお水はちょうど見に行ったときにいっぱいになったって感じだったんだけど、重いからってやはりうちまで入れてくれた。
その間にお鍋3つでお湯を沸かすのよ。沸騰したお湯をバケツのお水に注ぎ入れて温度を確かめて、もうちょっとだけお湯を作って足すことにした。
こういうのに本当に時間をとられるのよね。。バルバラが居ると、「お水を沢山使って熱々のお湯で湯浴みをする。」とか、「洗髪は週1回で充分。2日に1回なんて洗い過ぎよ。」とかからかわれるし、こういったプロセスを考えると、髪の毛洗わなくてもいいやって気になっちゃうのよね。。
今回も、実は前回が11日だったので、4日ぶりです。
で、とてもいい気分でいるところにバルバラが帰ってきた。早く帰るとは言ってたけれども、早過ぎ。まだお昼過ぎ。
なんと、前夫が来ていたそうで。メルセデスからの電話は、息子が来ていることを知らせるためのものだったそうです。本当に酷いことをされたと思うので、鉢合わせしちゃってかわいそうでした。。
「風邪ひいているのに洗髪したの?!」と、心配して損したって感じだったけど、数年前にしてくれたようにサルビアの葉っぱを十字に重ねた上にコーヒーを入れて、「これで咳が治まるから。」と。
コーヒー入れる前にマリッサに電話して「コーヒー入れるからいらっしゃいよ。」ってお招きしてたけど。
うちのコーヒーの消費量が異常に多いのは、ご近所さんみんなで飲んでいるからよね、きっと。バルバラは冷めたのを捨てちゃうし。。
マリッサはよく、タバコを1本持ってふらっとやって来る。で、コーヒーを飲んで1本吸い終わると帰っていくって感じ。日に何度も来るんだけどね。
バルバラが作りおいてくれた食べ物がなくなったので、スパゲティを作ろうと思っていたのよね。
で、なんだかとても不機嫌モードのバルバラに、「スパゲティ一緒に食べる?」と訊くと、「食べる。」と言う。生のトマトも使ってけっこういい感じのスパゲティを作ったんだけど、「ケチャップ入れないの?」と言われてあたふたしていたら、アルデンテではなくてエスパゲティ・クバーノになってしまった。悲しい。
「味見もしないでケチャップをかけるの?」と言って無理やり一口食べさせたけど、「おいしいわ。」と言いながらケチャップをかけていました。私はケチャップなしで黒胡椒をかけて食べました。こんど白いスパゲティ作ってやる!カルボナーラとか白いクリームソースのってことね。前の家の子達は食べてくれなかったけど、バルバラはどうでしょう?
その後バルバラは猛烈な勢いでカーテンを洗濯して家中のお掃除をしました。
私はホテルにインターネットしに行きたかったんだけど、でも一番大切な問題を解決するために11y4のスーパーマーケットに行く。昨日ガレリア・デ・パセオとその近辺のお店を3軒回ったんだけど、どこにもトイレット・ペーパーがなかったのよ。。あと2ロール半しかなくて、このまま見つからないと困るので、昨日バルバラが見かけたと言うオンセ・イ・クワトロに行くことが、最優先事項だったのでした。
またもや4CUC の得体の知れないお醤油を眺めて悩んで購入するのを控える。トイレット・ペーパーは、無事に3パック購入することが出来ました。一安心。こういうことに不安を掻き立てられる毎日ってのも、けっこうしんどいのです。
マイラの来宅中にチャンギートの息子からまた電話があった。自分が演奏している姿を動画撮影してさやかちゃんに見せて欲しいと頼まれていたのだけど、「ちょっと問題がある。撮影するのに僕にギャラを支払ってくれるか?」と言うので、「私は音楽を仕事にしてないの。支払うなんて出来ない。」と応えたところ、「そうか、わかった。」って言われたんだけど、「それに、撮影は私の為じゃなくてあなたの為でしょう?」と言うと、「尤もだ。忘れてくれ。」と言う。バカじゃないのー?!
「今日もさやかにメールするんだ。ところでさやかの日本の電話番号を知っているか?」と訊くので、「日本に電話するの?知ってるけど、日本の習慣で電話番号を本人に無断で教えることは出来ないの。メールで本人に直接教えてもらって。」と、お応えしておきました。
バルバラとマイラに報告すると、「それは日本だけの習慣じゃなくて、キューバでも本人に無断で電話番号を教えるなんてしないわよ。」と言われた。
何だか、会ったらタクシー代払えとかビールご馳走しろとか言われそうな気もするけど、1銭も出さないわよ。
で、何だかんだしているうちに、WiFi が繋がるか繋がらないかわからないインターネットしに行くにはちょっと時間が足りないかもって感じになってしまったので、本日も断念することにする。
その後のんびり仕度をして、メリア・コイーバのインターネット・ルームで10CUC の携帯電話プリペイドカードを購入し、Hugo 宅へのお土産にチョコレートを購入し、なんだか熱がありそうな気持ちになりながら、通りかかった P1 に手を降ったけどバス停じゃないから乗せてもらえなかったので諦めたところに止まった車が乗せてくれたので、ボテージャじゃなくて10MN だったけどその車に乗っていくことにした。
ウーゴ宅に行くと、ウーゴの妻エロイサが「何持ってるの?」と訊く。「チョコレート。」と言って渡すと、凄く嬉しそうだった。あんまりお土産持って行ったりしてなかったんだけど、やっぱり持って行った方がいいのかなぁ?
ウーゴ宅にはインターネットしに行ったりする人が多くて、みんな勝手にインターネットしたり敷地内でぶらぶらしたりしてる感じで、家の人たちはあまり相手したりしてないって風なんだけど、私も行くと「インターネットするでしょう?今空いてるわよ。」って感じのことくらいしか話したりしなくて、家の人たちは自分たちのことをそれぞれ続けてるって感じで、私もネットし終わると居所がなくて「じゃあね。」と帰っちゃうって感じなんだけど、これでいいのかなぁ?以前はお水とかコーヒーとか出してくれたりしてお話したりしてたんだけど。。
エロイサが、「どこに行くの?」と普段よりはちょっとめかしている私に訊くので、「今日バンバンのライブがマタンサスであるんでしょう?サムエルがバスに乗せてくれるって言ったの。」と言うと、「明日よ。」と言う。やられたって感じです。。やっぱり直接行かなくて良かった。ウーゴには事前に電話して事情を説明したつもりだったんだけど、通じていなかったのか?
ムシコはあまり自分たちのスケジュールを事前に知らされていないので、私が電話したときにはまだ知らなかったのかなぁ?金曜日にって言ったんだけど。。。
というわけで、またもやインターネットをさせてもらって退散することにした。
が、Facebook と Twitter にログインしたまま回線が落ちちゃった。ログアウトできなかったんだけど、次の人が使うときに私のページが開いちゃったりしないのかなぁ?
帰る前にエロイサに相談した。
「フアンに会ったときに、どうやってご挨拶したらいいの?」「ベッソ」「ベシートした方がいいの?マエストロに馴れ馴れしくベシートするのは気が引けて。」「ベソしなきゃダメよー。」「していいの?」「しなきゃダメよ。」って感じでした。
先日劇場で会ったときは遠かったので手を振ったらにこやかに手を振り返してくれて、ちょっと遠いながら会話したのだけど、その1時間後にホテルのロビーで会ったときに2-3メートル離れたところからニコニコしながら手を振ったらちょっと不審気だったので、近くまで行ってご挨拶した方が良かったのかなぁ?と悩んでいたのでした。
サムエルとかだったら近くまで行って「オラー」って言えばあちらからベシートしてくれるんだけど、フアンにそれをする勇気が足りなくて。。
でも次回からはちゃんとしなきゃだわねー。キューバ人にはご挨拶ってとても重要だから。
P1 も P5 も止まるバス停まで歩いていたら、P1 に追い越されてしまった。
今日は突然暖かくなって、タンクトップにカーディガンを着ていたのだけど、歩いていたら暑くなったのでバス停で脱いだんだけど、それでは寒くていつも持ち歩いているパレオを羽織ってちょうどいい感じ。明け方は冷えるからコートを持って行った方がいいと言われたので冬のコートも持っていた怪しい外国人でした。
バスを降りて、WiFi に挑戦しに行こうか、カレリア・ヴラジミール兄妹宅へ預けてきてしまった HDD その他をとりに寄ろうか、とも思ったんだけど、トイレに行きたかったので帰宅し、そのまま家に居ついてしまいました。
明日、またウーゴ宅に寄ってから集合場所まで行こうかどうしようか、考え中。
1月12日
Orlando Valle "Maraca" & The Monterey Latin Jazz All Stars ライブの日。今回の滞在のハイライトのひとつ。
なんだかバルバラがやる気満々という感じで、19時過ぎに家を出るって言ってるのに16時には着替え終わり、私が招待した人たちのためにお菓子と飲み物を購入しに行って帰ってくると、急ぎなさいと言う。慌てて着替えて仕度したのだけど、まだ18時前だったのよね。「あと1時間もあるし、」と言うと、「じゃあ、バスで行きましょうよ。」と。なので、お召かしししているのに P5 で行きました。
それでもけっこうバスを待ったので到着は19時半くらい。楽屋口は人だかりで、みんな出演者や関係者に招待券をもらいに来たのかな?なんとか楽屋に入ろうと頑張っている。見るからにハポネサで既に2日続けて楽屋口から出入りしていた私は難なく楽屋に入ることが出来た。
さすが本番の日だけあって、前日までとは雰囲気が違う。華やかだし、空気までキラキラした感じ。
顔を合わせた何人かと挨拶をし、Giovanni に呼ばれて彼の楽屋に行くと、「素晴しいパーカッショニストなんだ。」とある人を紹介された。「誰と演奏してるんですか?」と訊いたら機嫌を損ねてしまった。Conjunto Folkloríco Nacional de Cuba の創立メンバーか何かだったらしい。
ちょっと悲しかったけど、まぁそれはそれで。
さやかちゃんが結局当日まで手に入れられなかった招待券を誰に何枚誰に何枚、、と説明を受けて配るのが私の役目でしたのですが、Manolito も Lázaro も当日になって来られなくなったので、Nicolas と私の分が出来た上に余ったって感じで。
Regla も風邪をひいて来られなくなったとのことで、私もチケットが余ってしまった。前日知り合った衣装係さんが「チケットない?」と言うので、取り敢えず既に桟敷席を渡してあった友人により良い席をあげたいなぁと思ってその息子の携帯に電話すると、既に20時なのにまだ仕事が終わってなくて開演には遅れそうだと言うので、その良い席を衣装係さんにあげることにした。
開演も遅れそうだとのことだったけどぎりぎりの時間になってしまったので Bárbara には先に入ってもらうことにした。
待っていた Nicolas から電話があって到着したとのことなので、楽屋を出て表で会うことにしたのだけど、もの凄い人だかりでぜんぜん見つからない。
人だかりの表を行って戻ったところでひとりの男性から「誰かと会いたかったら移動せずにひとところにいた方がいい。」と言われ、「はい、わかりました。」と言ったところで、「チケット余ってないか?」と訊かれたので、ちょうど1枚だけ余っていたさやかちゃんが購入した席を譲ってあげた。
電話してみても Nicolas に通じず途方にくれていると、Bárbara がホットドッグのような物を食べているのを発見。どうやら入り口が閉まっていてチケットを持っている人も入れないので、表が凄いことになってしまっているらしい。
取り敢えず高いところに立って Nicolas が見つけてくれることを祈りつつ人ごみの中を探すと、Charanga Habanera のパーカッショニスト Olrandito を発見。あちらが覚えているかどうかはわからないけれども、取り敢えずご挨拶。米国ツアーは成功を収めたとのこと。
Nicolas からは再び電話があったのだけど、お互いに同じところにいるらしいけど見つけられずにいるみたい。私は動かずに、むこうに見つけてもらうことにした。
結局 Nicolas はご近所さんと二人連れで、奥さんと娘は来るのを諦めたそうで、チケットがもう2枚余ることになった。
と、Bárbara がお客さんを連れてきた。外国人。
20CUC だと言うと、「高い!いつも5ペソで入っている。」と言うので、「私は1時間以上並んで20CUC 支払ったのだから、高いわけじゃないわよ。」と言ってチケットに書いてある料金を見せたのだけど、「20CUC ならいらない。」と言うので、「20CUC 支払わないのなら売らない。」と言って別れた。音楽好きでどうしても観たいキューバ人にならあげてもいいけど、並んでもいない外国人に正規料金を高いと言われる覚えはない。
でもその人は未練たらたらで、B&aacte;rbara が持っていた5MN のチケットを買うことにしたらしく5CUC を私に渡そうとするから、「そのチケットは5ペソクバーノよ。5CUC は受け取れない。」と言ったら困っていて、「5MN ちょうだいよ。」と言っても通じないんだけど、チケットは手放さない。「僕の友達の分も欲しいんだけど。」と言い出す。なので、「もう1枚のチケットは20CUC よ。」と言うと、友人と言う人が現れた。
知ってる顔なの。「私、あなたを知ってるわ。」と言いつつ誰なのか思い出そうとしていると、「これを渡せば君は満足なんでしょう?」と、20CUC を押し付けられ、凄く嫌な気分になる。
でも Bárbara が満足そうなので、チケットを渡してお金を受け取ることにした。何か腑に落ちない。Bárbara が「5MN のチケットはプレゼントするわ。」と言うと、「あともう1CUC 欲しいって言うのか?!」と言って渡そうとする。むかつく。Bárbara が「あげるって言ってるでしょう?」と言ってるのを後ろに、とっとと入場することにした。
「まさこは勉強しなきゃ。私が5ペソって言ったから、彼は5MN のチケットに5CUC 支払おうとしてたのよ。もうちょっとで25CUC 手に入るところだったのに。」と言われ、並んだ苦労を考えたら儲けても良かったかもって思ったりしたけど、兎に角凄く嫌な気分。コンサートの最中も、ちょっと引きずってしまった嫌な気分。1曲半分くらい、気分が不愉快と後悔に支配されてしまった。
この人たちにはコンサート後にカフェテリアでバッタリ会って同席することになった。
知ってると思った「友人」というのは、なんとタンヒンでしたよ。。なので、「私は1時間以上並んで20CUC 支払ったのだから、儲けていないって彼に説明して。」と言ったら「もうちゃんとわかってるよ。」と言われた。ローマのイタリア人らしく、「君は勉強しなきゃならない。外国人料金を支払わなくても劇場に入場することは出来るし、君の買った席は PA の後ろで、何も見えない席だった。」と言われ、「あら、ごめんなさい。」と言ったけど、PA の後ろで何も見えない席を売る劇場にはビックリだけど、持ってるお金がぜんぜん違う外国人がキューバ人料金で入場するのが当たり前だという考えには賛同できない。が、しょっちゅうタダで潜り込んでいる私の言うことじゃないね。
彼らは文句を言って前から10列目くらいの凄くいい席を Get した模様なので、不満をもたれる覚えはない。コンサートの内容を考えたら20CUC だって外国人にとっては凄く安いと思うし、入場できただけでも有難がっていただきたいわ。
カフェテリアには、楽屋まで近道しようとして行ったのでした。が、カフェテリア側の楽屋口からは入れず、Bárbara に「コーヒー飲む?」と訊くと「飲みたい。」と言うのでそのままコーヒーを飲むことにしたのでした。終わってから楽屋口で会いましょうと言っていた Nicolas とそのご近所さんが気になっていたのだけれども、ね。
エスプレッソ1杯1CUC 。イタリアより高いね。まぁいっか。
コーヒーを飲んで一息入れたところで、表から回って楽屋口へ。
が、ここも凄いことになっている。楽屋に入りたい人がたかっていて、入れなさそう。なところを、果敢にいちばん前まで進むと、警備員さんが「兎に角誰も入れることは出来ない!ここにいる全ての人が自分は関係者だとか家族だとか言っていて、仮にそれが本当だとしても、もう誰も入れることは出来ない!」と叫んでいる。
大きなカメラを持ったカメラマンが「自分はここに仕事で来ているし、さっきまで中にいたんだ。ほら、ここにはさやかのママがいる。僕たちは一緒だ!」と言うと、警備員さんがちょっと困って、他の人と相談した。
「さやかのママだけ入れる。他は一切ダメだ!」と言うのに「私の友人も一緒よ!」と言って Bárbara も引き入れた。カメラマンには申し訳ないけど、さやかのママだと言った罰です。表に残っていただきました。
楽屋口から中には入れたけれども、結局楽屋には入れず、さやかちゃんとは「Mamá de Sayaka だけ中に入れてもらえたの〜。」と爆笑し「Nicolas が探してたけどもう帰っちゃったみたい。」くらいの会話が出来ただけで、あとは Omara と楽屋に入ってしまったさやかちゃんや前日に帰国した Elier が出てくるのを葉巻屋さんや Eriel の家族と待っただけ。
途中で飽きてしまった Bárbara には先に帰ってもらったのだけど、程なくして出てきたさやかちゃんは私が預けていた物と貸していた物を手渡して「Omara がホテルに送ってくれるって言うから。」と、そそくさと行ってしまった。
楽屋口を出るときには警備員さんに「セニョーラ、先ほどは不手際があって申し訳ございませんでした。」と、謝られてしまった。。。
取り残された私たちは、Elier が「La Zorra y el Cuervo に行きたいけど、どうする?」と提案したのだけど、Elier の家族がもう帰ることにすると言うので、解散することになった。
「今日って Dayramir だよね。」と言うと、Elier が「友達なんだ、だから行きたいんだけど。。」と言うので、「彼って Piloto とやってた?」と訊いたのだけど、「うーん、どうだったかな?」とのことで。気になってたので、行くなら行きたかったんだけど。。
Elier のお父さんとは電話では何度も話したことがあって、もう何年も前から家に招待されていたのだけど、遠いから一度も行ったことがなかったのでした。お母さんや弟とも初対面のご挨拶をし、奥さんとは「以前 La Zorra y el Cuervo で会ったことがあるよね。」とご挨拶をし、再会を約束して別れた。
ちょっと嫌だったんだけどひとりで暗い道を3ブロックほど歩いて Neptuno の乗り合いタクシー拾いポイントに出ると、外国人らしき2組のカップルが「さやかが、、」「さやかが、、」「さやかが、、、」と言っている。何言ってるのか凄く気になったんだけど、わかりませんでした。
10分くらいで乗り合いタクシーに乗り込むことが出来たところに、さやかどんからメッセージが届く。いつもは人のいるところでは携帯を出さないようにしているのだけど、助手席だったし、こそこそとメッセージのやり取りをする。
Omara は送ってくれただけで帰ってしまったらしいので、家に帰って荷物を置いてから私もホテルに行って他の出演者たちにご挨拶をすることにした。もう会う機会がないからね。そのまま行くことも考えたのだけど、ホテル・ナショナルの前の道は暗いしけっこう危ないらしいから、あまり歩きたくなかったのである。
運良くほぼ家の前でタクシーを拾うことが出来た。メーターを使わないようなので、「2CUC でいいよね?」と訊くと、「こんなに夜遅いのに?3にしてよ。」と言うから、「でも私、ホテル・ナショナルのお客じゃないし。。」などと言いつつ、到着してから2CUC 渡して、それだけでも良かったみたいなのだけど、結局誰にも渡すことが出来なかった私が招待した人たちへあげるつもりだったお菓子をさやかちゃんがおなか空いているかもと思って持っていたので、それを少し分けてあげた。
ホテルのロビーには出演者とそれを祝福するために来た人たちがいっぱいいて、Juan & Samuel Formell や Changuito とその家族、Kevin Ochoa 、German Verasco などなど、大賑わい。Samuel のお姉さんとは久々の再会。
一部は地下のカフェテリアに移動することになった。
地下のカフェテリアにでは、なんと!私の向かいに座っていた紳士が Lui López-Nussa で!!Haroldo に「あ、お父さんだよ。」と言われるまで気付かなかった。。
「え?!凄く変わった!以前は髪が長くて結んでましたよねー。」などと言いつつ、「Roberto Fonseca のライブには、あなたのドラムスを聴きに行ってました。ドラマチックな演奏が大好きです。3年前にいなくなってたので Javier にどこに行けば聴けるのかと訪ねたら César López とやっていると言うので行ったら若い子が叩いていて。。」と言うと、隣に座っている若者を指して「息子だよ。」と。「演奏が似てますよね。」と言うと、満足そうでした。
現在は何かプロジェクトをしているそうで、演奏はしていない模様で残念。
「インターネットで知ったのですが、何年か前に、あなたの記念コンサートがありましたよね?」と言うと、「ああ、そのコンサートの DVD を作るプロジェクトをしているんだ。」と。
「4月までいるので、演奏することがあったらぜひ聴きに行きたいです。」と言うと、かなりのファンだと思ったらしく「必ず知らせるから。」と言ってくれた。3月くらいに何かするみたい。わくわくだけど、サンティアゴに行く日と重なったら悲しい苦しい。。
行ったり来たりバタバタしていたさやかどんがちょこっと戻ってきたときに、「なんかキャピキャピしてるー。」と言われてしまった。
いやでも私って、本当にマニアだと思うわ。。いろんなバテリスタに「あなたのファンです!」と言って回ってて、実際そうなんだけど、自分のファンかと思ってたら奴のファンでもあるのか?!と、その内知れ渡ってしまうかもしれない。。。
キューバって、天才バテリスタだらけだから。。。Manolito のバテリスタも素晴しいけど、彼にはまだ言ってないし、たぶん言わないと思うわ。あともう一人言うとしたら、Sintesis のバテリスタかなぁ。。誰だか知らないけど。
その後さやかどんが「La Zorra y el Cuervo に行こうって Maraca が待っててくれてるから。」と言うので、待ってましたとばかりに Lui の存在も忘れて飛んでいくことに。後に La Zorra y el Cuervo に来た Haroldo に「あなたのお父さんにも弟にも挨拶せずに来てしまったの。」と言ったら「気にしなくていいよー。」と言われたんだけど。ファンですーってキャピキャピしてたのに挨拶もせずに帰っちゃうなんて、最低よね。
明日帰ってしまうアトランタ在住プエルトリケーニョのサクソフォニスタ David には一緒に行くか尋ねて、カナダ人のトロンボニスタ Hugh 夫妻にはご挨拶したんだけど。Hugh 妻は「カナダに来ることがあったら、是非うちに泊まってね!」と。Hugh も「シーサイドの素敵な家だよ!」と言われる。嬉しいよねー。このご夫妻には何故か私凄く気に入られたみたいで。もしかすると、全ての人を気に入っちゃう人たちなのかもしれないって気もする、楽しいご夫妻です。
La Zorra y el Cuervo は、1部と2部の間の休憩だった模様。それとも賑わっているので2部もすることにしたのかも?
Horacio や Samuel はいちばん前の席に Kevin などと団体で陣取っていた。
Dayramir は、人の顔を憶えられないので定かではないけれども、やっぱり KLIMAX にいた子の様な気がする。
2部では2曲くらい彼のグループが演奏した後豪華ゲストが参加することになり、まず Giovanni が参加し、Kevin が歌い、Samuel もコーラスをし、後に Giovanni のコンガと Samuel のドラムスのセッション!残念なことに、カメラのメモリがなくなって、携帯は何故かメモリーカードを読み込んでくれなくて、動画が撮れなかった。。。
うきうきのライブでした。
途中で Hugh 夫妻も参加し、Maraca の奥さんもやってきて、Hugh がシャンパンを振舞ってくれて祝杯を挙げる。
ライブが終わっても興奮冷めやらず。お店が閉まるまであちこちでいろんな挨拶が交わされ、遠くから手を振ったんだけど気付いていなかったらしい Samuel が、「まさこいたのかー。」と、上機嫌でやって来た。
翌日のニュースで流れたんだけど、Los Van Van のライブも凄いことになってたらしく、「今日は行けなかったけど、来週ね。他はないんでしょう?」と訊くと、「金曜日にマタンサスで演奏するよ。バスで行くから、一緒に行く?」と言ってくれたので、勿論行きますとも!
キューバに残る私は、Palma Habanera の CD をいろんな人に配るという役目が残り、うちの電話番号をばら撒いてしまったけれども、Bárbara が煩わしく思わないかちょっと心配。携帯の番号を覚えなきゃ。。
Dayramir も私に挨拶しに来て、「Piloto と一緒にやってた?」と訊くと、「そうだよ。だから今、君に挨拶しに来たんだよ。」と。
数年前たぶん、La Zorra y el Cuervo で何度も私を見かけていたのだろうと想像するのだけれども、KLIMAX のライブが終わって帰ろうとしていたら「×日に Bellas Artes のテアトロで Roberto Fonseca のライブがあるよー。」と教えてくれたことがあったりしたのであった。
「ここのプログラムを見て、Dayramir って書いてあったから、あなたなんじゃないかなー?って思ってたのよ。」と言ったら嬉しそうだったんだけど、「自分のグループでここで演奏できるようになっておめでとう。」と言ったら、なんか怪訝そうにしていたので、変なこと言ったのかしら、私?
Changuito の息子 Yovanni は、自分の演奏を録画してさやかちゃんに見せたいらしく、来週家に行くことになってしまった。
けど、冷たいの。La Zorra y el Cuervo の前にいるタクシスタはうちまで5CUC とか平気で言うので、ホテル・ナショナルにいるタクシーに乗って帰ろうと思ってホテルまで行ったらタクシーがいなくて、結局コッペリアまで乗せてくれる車を探しに行かなきゃならなかったんだけど、方向が違うから、Changuito ご一行は誰も一緒に行ってくれなかった。
でもホテルまで行ったので Horacio とも Giovanni ともきちんとお別れのご挨拶が出来たし、エントランスでちょっとルンバになっちゃって、ホテルの人に怒られたけど楽しかったです。
コッペリアまでも人っ子一人いなかったし、コッペリア前にはおまわりさんもいたし、すぐに車を拾えたし、1CUC だったし。たぶん10MN で行けた気がするんだけど、乗せてくれた車の人が「(ボテージャじゃなくて)タクシーだよ。」と言うので、自分から1CUC と言ってしまったのでした。
盛り沢山のうはうはな日でした。
ライブの模様は、Música Cubana を読んで下さい。
1月9日
Jazz の日。
朝から雨で、ずっと雨で、とても寒い1日。外に出る気になど全くならず、ホテルに移動したさやかちゃんからシャワーを浴びにおいでよとお誘いを受けていたのだけれども、寒過ぎてとてつもなく大きな願望を持っていたたっぷりお湯の出るシャワーで髪の毛を洗う気になどならず、行きませんでした。
で、うちから2ブロックにあるホテルで WiFi 接続に再び挑戦しようと思っていたのだけれども、それにも行きませんでした。
何をしていたかと言うと、PC の中身の整理。写真や音楽のデータなど、あっちにもこっちにも保存してあって、日本の PC や HDD 、DVD-R にも保存してあるんだけど、持ってきた PC や携帯 HDD にも重複してあったりするので、思い切って削除したり、、こちらで時間のあるときに整理しようかなーと思ったりもしているので、データが溢れない限りもっていてもいいかなと思ったりするのだけど。
それをしながら、ずっと Jazz を聴いていた。
Jerry González y el Comando de la Clave に始まり、大口純一郎さんの Percussive 3 、大口さんのソロ、Insight など。ずっと聴いていた。
どれもこれも、ラテンではあったりしてもやはりキューバのものとは違っていて、こんな日があってもいいよね、と。
最近朝起きると、私、何してるんだろー、、と思ったりする。
ライブにも、そこそこ行ってるけれども、ライブ三昧してるって程ではない。
こちらに来てから、まだ一度も会ってなかったり連絡すらしていない友人も沢山いる。
日々が、あれこれの雑用でつぶされて、というか私がのろまなのか。。したいこと行きたい場所はたくさんあるのだけれども、全く果たせずに終わってしまってる。
お洗濯をするでしょう?2層式なので、洗って脱水して濯いで脱水して濯いで脱水して、干して。
お風呂したいでしょう?バケツにお水を汲んでお鍋でお湯を沸かして、髪の毛を洗いたかったらお鍋に3杯お湯を沸かしてバケツはふたつ。本当は3つ使いたいけど、いつもバケツが3つ空いているわけじゃないし、2つでも「多い」とからかわれたりするし。プロセスを考えると面倒になって、髪の毛洗うのは明日でもいいかって気になっちゃったり。。
お買い物は、スーパーひとつで済むわけじゃなくて、あれはここそれはどこ、って感じであちこち回らなきゃならないし、かなり面倒。で、今日はどこどこにジャガイモがあったって聞けば、他の予定を取りやめてジャガイモを買いに行ったり。
学校の件は全く話が進んでいない。
学生ビザを持ってマチネーや美術館・劇場にキューバ人料金で行く願望はある。
が、、、ハバナ大学の語学コースは、料金も高いし、勉強が大変なのだ。朝っぱらから学校に行って、午後は宿題して、ライブに行く余裕がなくなってしまう。ハバナ大学では既に中級コースを3回受けて、母国で中級レベルまで勉強してきたラテン語源の言語のネイティブたちと一緒に勉強するのについていくのも大変で、これじゃダメだなってんで ISA に転校したのになぁ。
ISA は、週4回コースと2回コースとあって、どちらもけっこういい感じだった。週2回コースだとゆるゆるで、でもちゃんと勉強になって、私にはちょうどいい感じのペースだった。残念無念。。
バルバラには、「高い授業料を支払って学校に行く価値があるの?ぜんぜん普通に話せてるじゃない。」と言われる。いや、ぜんぜん足りてないって思うんだけど。勉強は、凄くしたい。必要もあると思っている。する気がものすごくある人なら日本でも独学でバリバリ出来るだろうけど、私には無理なので、やっぱり学校には行きたい。
「安いコースのある ISA が再び開講する9月にまた来ればいいじゃない。」って、えーっと、また旅費が必要ってことよね?まぁ、えっと、お家賃がかからないのだから、生活費がそれほど必要なわけでもないし。ってことが言いたいのでしょうね、きっと。
うーん、、、って考えている間に、一度カンクンに行ってキューバに入り直さなきゃならなくなりそうな気がしてる。。。
いくら使っているんだろう?私。。。今回はぜんぜんお小遣い帳をつけていないので、わからない。
お金がなくなったときに、いくら使ったかわかるって感じ?怖い。。
1ヶ月以上いるけど、、うーん、5万円分くらい CUC を作って、あら、いくら残っているのか後で見てみよう。
大きいのは、洗濯機はカードで購入したし、バラデロ旅行も恐れていたほどはかからなかったし、
ところでキューバ人、古い物を大切に使ってるってイメージあるでしょう?ないからね、そうでもある。
5・60年代の古いアメ車がまだ走ってたりするから、そういうイメージがあるんだと思う。
確かに機械系の物は、もの凄く大切にするけど、そうでないものは、かなり勿体無い感じのことしてる。
私は日本の便利さをキューバに持ち込んじゃったりするのでいつも大荷物で、ずっとキューバに住んでいるキューバ人よりも持ち物が多くて、反省したり申し訳ない気持ちになったり。
でもキューバ人て、もの凄く捨てちゃうの。
「そんな物までとっておくの?」と言われるくらい、いつか必要になるかもしれないものは捨てずにとっておく。なのでキューバ人に笑われる。でも、キューバって必要な物が必要なときに手に入らなかったりするから、捨てられない。
キューバ人は、必要な物が手に入らなかったら、手に入るときまで待つ。
私は、いつもコーヒーが飲みたいので、コーヒーを切らさないように、あるときに買い溜めする。
キューバ人は、あるときにひとつふたつ買って、なくなったときにお店になければ、他を探したり手に入るまで諦めたりする。まぁ、買い溜めするお金がないってのもあるかもしれないのだけど。それが当たり前なので、買い溜めする金銭的余裕があっても買いだめしたりしない。
キューバ人は、節約するってことを知らない。
トイレットペーパーは、なければ使わないけど、あると容赦なく使う。キューバ人宅に有料で住んでいた頃、トイレットペーパーはゆるゆるの4ロールで1CUC 、平均月収10CUC(当時)のキューバ人にとっては高いことを知っているので、気を使って少なめに使っていた。
でも、キューバ人はそんなこと気にしない。
私は、トイレットペーパーがなくなる前にあちこち探してストックをするようにするし、全くないと困るので、自分で購入するようになっても、節約して使っている。お金の節約じゃなくて、ないと困るから。でも、キューバ人はあれば容赦なく使う。
マヨネーズ。パンに塗って食べるのが好きなのよね、キューバ人。バターは、面倒臭いらしい。
で、マヨネーズ。けっこう高いんだけど、あれば容赦なく塗りたくる。
で、日本人ならたぶん、スプーンについたマヨネーズもきれいに使うと思うのよね。その方が洗うときに面倒じゃないし、たっぷりスプーンについてたりすると勿体無いじゃない?
でもキューバ人、そんなことしない。
スプーンにたっぷりマヨネーズを残す。
うーん。。。まぁ人によるってこともあるかもしれないけど、見た限り、多くの人がそんな感じ。
勿体無いって思わないみたい。
食べ物も、ざくざく捨てるし。食糧難って、どこの話?
節約とケチの境がないみたい。
どちらも、キューバ人にとっては笑いの対象。節約=ケチ。節約は、美徳ではない。
キューバって、いろいろ改善する余地があると思っている。
でも、意識が変わらないと無理ね。
このあいだ言われたの。ちょっと違うことだけど。
「日本人は、我々が捨てた歯磨きチューブのゴミのアルミを使って CD コンポを作っている。凄いよね。」って。
「日本には資源がないから、いろいろ工夫して物を作り出す。見習わなければ。」って言われたけど、ほんと、「ないない」って言うよりも、節約ってことを知って欲しいと思う。
12月30日
バルバラは今日から田舎に帰るし、年末ということで、うちにはお客さんが多かったような。というか、来ては去り来ては去りという感じで、いつでも誰かしら訪ねてくるって感じの家なんだけど。タバコ1本持ってきて、コーヒーを飲んでひとしきりおしゃべりして帰ったり、たまねぎ1つわけてもらいに来たりって感じで。
なんかみんな、ちょっと浮き足立った感もあったかな。特にバルバラが髪を染めたりしてうきうきしていた。田舎の親戚が美容師さんで、いつも田舎に行くと髪を染めたりしてたのだけど、お金を受け取ってくれないから申し訳ないと、どこかから髪染めを手に入れてきていた。「まさこ、髪を染めたことある?」「ないけど、手伝うよ。」と言うと、「やっぱりゴム手袋がないから、手が汚れちゃうから止めましょう。」と、裏の家の人に髪を染めてもらって帰ってきた。
そして、タバコの灰で顔や首についた染め粉を落とすのだといって、水で濡らしたコットンにタバコの灰をつけて顔を拭いていた。落ちるのかなぁ?見てたけど、そのおかげで落ちたのかどうかわからなかった。
入れ替わり立ち代りやってくるお客さんの中にはクリスマスの日に引っ越して行った元お隣さんのイリアナ夫妻もいて、渡せずにいたクリスマスプレゼントを渡すことが出来た。
オダーリーは、何かあったときの為にと自宅の電話番号をくれ、メモするのを見ていた。前回バルバラがいないときもうちに来て、ちゃんと食べているか、困ったことはないかと様子を見に来てくれたし。
午前中お水が来なかったので、年明けまでお水が来なかったらまた裏の貯水タンクからお水を汲まなきゃならないのかとちょっとびびったけど、汲むことはできるし、貯水タンクからお水が無くなることはないだろうから、飲み水は買わなきゃならなくなっちゃうかもしれないけど、別にお水が来なくてもそう戦々恐々するほどのことでもないかって感じで。午後になってお水は無事にやってきたけどね。
次々と来る来客に夫々時間を取られながら、ちんたらと支度をし、2時過ぎに家を出る。Hotel Nacional で待ち合わせ。涼しいし、歩いて行くことにする。
寒いと思って7分袖のブラウスにカーディガンやストールを持って出たのだけど、予想外に暑かったわ。キューバの日差し、恐るべし。
出た途端に青空が素晴しくて、まずは写真を数枚。
ナンパしてきた男に付きまとわれながら、Calzada を突き進む。しつこかったらアマデオ・ロルダンに逃げ込もうと思いつつ。直前で去って行ったので、プログラムをじっくり見ようと思ったけど、じっくり見るほどのことは書いておらず、でもどうやら2日に Haroldo López-Nussa のライブがあるらしい。ちょっとうれしい。
で、歩みを進めると、アマデオ・ロルダンの中にある小劇場のエントランスに知人の顔が。Palma Habanera のライブの日に「手伝ってあげてるんだから、生活を助けてくれ。」と言った女性。申し訳ないけど、あまり見たい顔ではなくなってしまった。
手招きをされて階段を上ると、今日小劇場でピアノリサイタルをする女性のプログラムを渡される。「4時からだから、いらっしゃい。」と。うーん。。。
そしてそこから3歩歩いたくらいのところで、友人宅に寄って家を教えてもらおうと思っていた DJ とバッタリ会う。
「おー、久し振り。いつから来ていたんだ?」「2週間くらい前。」「なんでカサ・デ・ラ・ムシカに来なかったんだ?」「ちょっと忙しくて。」彼はカサ・デ・ラ・ムシカ・ミラマールでプレセンテンターをしたり、ラジオでその日やその週のライブを紹介する音楽番組の DJ をしている。100回以上会った内、同行の友人をステージ上から「日本から××が来ています!ようこそ!」と紹介してくれた何回かの内3回くらい「ビールをご馳走してくれ」と言われたことがあるくらい。言われるとやっぱりいやな気分はするけれども、彼なりのサービスをしてくれたその代償ってことなんだろうなって思う。
「渡したい CD があるのよー。」と言って、電話番号を教えてもらった。
そして斜向かいにあるお店に疲れ果ててる人にベトナム産キムチ味カップラーメンを買いに行くと、人々がこぞって青りんごを購入しているので、私も私の分と友人の住む家のオーナーへのお土産としてりんごも2つ購入。
その向かいにある友人宅を覗いていると、友人の友人が声をかけてきた。日本に住む友人の話を聞きたくて。「新しい奥さんと楽しく暮らしているみたいよー。」と言うと、安心したみたい。
別れて歩いていると、馬車がやってきた。観光客用の馬車なのだけど、無料で乗せてくれると言う。「年末だし、今日は気分がいいから。」と。
大喜びで乗せてもらって、途中のレストランで馬の食事にと大量のパンをもらうのを待って、写真を撮ったり「馬と一緒に住んでるの?それとも馬には馬の家があるの?」など興味があることを訊いたりして、Hotel Nacional 近くの角で降ろしてもらう。
が、「年末おめでとう、そして新しい年が良い年であります様に。」などと言いながら降りてたら、ステップがあると思っていたところになかったので落ちた。
Hotel Nacional では、お庭のバーで友人にモヒートとオレンジジュースをご馳走になる。モヒートは、1/5くらいしか飲めなかった。お酒が飲めないって、悲しい。。
日陰は肌寒いくらい涼しくて、でも青空に白い雲が美しくて、とても気持ち良く過ごした。
その後友人宅に移動し、遅いお昼をご馳走になり、家主の下ネタに爆笑したり TV を観たりしながらだらだらと過ごす。帰ろうとしても「どこに行くの?!」と言われたりで、もう1軒行こうと思っていた家にはたどり着けなかった。キューバってそんなもの。
帰りは、もうすっかり暗くなっていたのだけど、曲がる車も真っ直ぐ行く車も拾えるインファンタとネプトゥーノの角に立ち、乗り合いタクシーを拾おうとする。ちょっと危ない地域なので、気を張りながら。でもうちの近くを通る車がいなくて困っていたところ、1台の車が乗せてくれた。
お小遣い稼ぎなのかな?と思いきや、中国車に乗っているから中国人に挨拶しようと思って拾ってくれたそうだ。「日本人でごめんなさい。」などと話していると、彼は韓国のヒュンダイとの合弁会社で働いているそうで、結構偉い人みたい。キューバでは韓国のヒュンダイと中国の会社とキューバによる合弁会社があるそうだ。不思議。兵役で外国に行ったことがあると言うので「アンゴラ?」と訊くと、エチオピアだって言ったような気がするけどあまりよく覚えていない。
お話も楽しかったし、無事近所までただで乗せてもらえて、いいことばかりってわけじゃなかったけど、ラッキーな日だったかも?
なんかみんな、ちょっと浮き足立った感もあったかな。特にバルバラが髪を染めたりしてうきうきしていた。田舎の親戚が美容師さんで、いつも田舎に行くと髪を染めたりしてたのだけど、お金を受け取ってくれないから申し訳ないと、どこかから髪染めを手に入れてきていた。「まさこ、髪を染めたことある?」「ないけど、手伝うよ。」と言うと、「やっぱりゴム手袋がないから、手が汚れちゃうから止めましょう。」と、裏の家の人に髪を染めてもらって帰ってきた。
そして、タバコの灰で顔や首についた染め粉を落とすのだといって、水で濡らしたコットンにタバコの灰をつけて顔を拭いていた。落ちるのかなぁ?見てたけど、そのおかげで落ちたのかどうかわからなかった。
入れ替わり立ち代りやってくるお客さんの中にはクリスマスの日に引っ越して行った元お隣さんのイリアナ夫妻もいて、渡せずにいたクリスマスプレゼントを渡すことが出来た。
オダーリーは、何かあったときの為にと自宅の電話番号をくれ、メモするのを見ていた。前回バルバラがいないときもうちに来て、ちゃんと食べているか、困ったことはないかと様子を見に来てくれたし。
午前中お水が来なかったので、年明けまでお水が来なかったらまた裏の貯水タンクからお水を汲まなきゃならないのかとちょっとびびったけど、汲むことはできるし、貯水タンクからお水が無くなることはないだろうから、飲み水は買わなきゃならなくなっちゃうかもしれないけど、別にお水が来なくてもそう戦々恐々するほどのことでもないかって感じで。午後になってお水は無事にやってきたけどね。
次々と来る来客に夫々時間を取られながら、ちんたらと支度をし、2時過ぎに家を出る。Hotel Nacional で待ち合わせ。涼しいし、歩いて行くことにする。
寒いと思って7分袖のブラウスにカーディガンやストールを持って出たのだけど、予想外に暑かったわ。キューバの日差し、恐るべし。
出た途端に青空が素晴しくて、まずは写真を数枚。
ナンパしてきた男に付きまとわれながら、Calzada を突き進む。しつこかったらアマデオ・ロルダンに逃げ込もうと思いつつ。直前で去って行ったので、プログラムをじっくり見ようと思ったけど、じっくり見るほどのことは書いておらず、でもどうやら2日に Haroldo López-Nussa のライブがあるらしい。ちょっとうれしい。
で、歩みを進めると、アマデオ・ロルダンの中にある小劇場のエントランスに知人の顔が。Palma Habanera のライブの日に「手伝ってあげてるんだから、生活を助けてくれ。」と言った女性。申し訳ないけど、あまり見たい顔ではなくなってしまった。
手招きをされて階段を上ると、今日小劇場でピアノリサイタルをする女性のプログラムを渡される。「4時からだから、いらっしゃい。」と。うーん。。。
そしてそこから3歩歩いたくらいのところで、友人宅に寄って家を教えてもらおうと思っていた DJ とバッタリ会う。
「おー、久し振り。いつから来ていたんだ?」「2週間くらい前。」「なんでカサ・デ・ラ・ムシカに来なかったんだ?」「ちょっと忙しくて。」彼はカサ・デ・ラ・ムシカ・ミラマールでプレセンテンターをしたり、ラジオでその日やその週のライブを紹介する音楽番組の DJ をしている。100回以上会った内、同行の友人をステージ上から「日本から××が来ています!ようこそ!」と紹介してくれた何回かの内3回くらい「ビールをご馳走してくれ」と言われたことがあるくらい。言われるとやっぱりいやな気分はするけれども、彼なりのサービスをしてくれたその代償ってことなんだろうなって思う。
「渡したい CD があるのよー。」と言って、電話番号を教えてもらった。
そして斜向かいにあるお店に疲れ果ててる人にベトナム産キムチ味カップラーメンを買いに行くと、人々がこぞって青りんごを購入しているので、私も私の分と友人の住む家のオーナーへのお土産としてりんごも2つ購入。
その向かいにある友人宅を覗いていると、友人の友人が声をかけてきた。日本に住む友人の話を聞きたくて。「新しい奥さんと楽しく暮らしているみたいよー。」と言うと、安心したみたい。
別れて歩いていると、馬車がやってきた。観光客用の馬車なのだけど、無料で乗せてくれると言う。「年末だし、今日は気分がいいから。」と。
大喜びで乗せてもらって、途中のレストランで馬の食事にと大量のパンをもらうのを待って、写真を撮ったり「馬と一緒に住んでるの?それとも馬には馬の家があるの?」など興味があることを訊いたりして、Hotel Nacional 近くの角で降ろしてもらう。
が、「年末おめでとう、そして新しい年が良い年であります様に。」などと言いながら降りてたら、ステップがあると思っていたところになかったので落ちた。
Hotel Nacional では、お庭のバーで友人にモヒートとオレンジジュースをご馳走になる。モヒートは、1/5くらいしか飲めなかった。お酒が飲めないって、悲しい。。
日陰は肌寒いくらい涼しくて、でも青空に白い雲が美しくて、とても気持ち良く過ごした。
その後友人宅に移動し、遅いお昼をご馳走になり、家主の下ネタに爆笑したり TV を観たりしながらだらだらと過ごす。帰ろうとしても「どこに行くの?!」と言われたりで、もう1軒行こうと思っていた家にはたどり着けなかった。キューバってそんなもの。
帰りは、もうすっかり暗くなっていたのだけど、曲がる車も真っ直ぐ行く車も拾えるインファンタとネプトゥーノの角に立ち、乗り合いタクシーを拾おうとする。ちょっと危ない地域なので、気を張りながら。でもうちの近くを通る車がいなくて困っていたところ、1台の車が乗せてくれた。
お小遣い稼ぎなのかな?と思いきや、中国車に乗っているから中国人に挨拶しようと思って拾ってくれたそうだ。「日本人でごめんなさい。」などと話していると、彼は韓国のヒュンダイとの合弁会社で働いているそうで、結構偉い人みたい。キューバでは韓国のヒュンダイと中国の会社とキューバによる合弁会社があるそうだ。不思議。兵役で外国に行ったことがあると言うので「アンゴラ?」と訊くと、エチオピアだって言ったような気がするけどあまりよく覚えていない。
お話も楽しかったし、無事近所までただで乗せてもらえて、いいことばかりってわけじゃなかったけど、ラッキーな日だったかも?
12月7日
なにがなにやら。
今飛行機の中です。LANケーブルがあれば、インターネットが出来たのかな?そんなサービスがある?だとしたら、持ってなくてちょっと残念かも。
それはどこの国でも同じなのかもしれないけれども、キューバ音楽が大好きで、キューバが大好きで、キューバの人たちが大好きで、でもやっぱり私は外国人でしかなく、システムも経済も全く違う国からやってきた私は、どうしたってキューバ人を理解することも、彼らと同じ気持ちになることも出来ず、自分たちがどちらの意味であろうとも特別な国の人間であると考えている彼らにとって、私は別の国から来た人間でしかないんだってことをものすごく感じるようになって、結局私は永遠の片思いをしているのだなーと思って以来、キューバに行くことに対してあまりうきうきしなくなったような気がしている。
行きたいような、行きたくないような、嬉しいような、憂鬱なような。
ところで通路側の席のばばあ、なんだよ日本人じゃないか。トイレに出してもらうときとか、めちゃくちゃ迷惑そうな顔をして、「恐れ入りますが、」とか「ありがとうございます。」とか言っても睨むだけだから、他の国の人かと思って、「サンキュー」って言っちまったじゃないか。何故日本人とわかったかというと、靴脱いだ足を通路に出していて、飲み物カートに轢かれたから。ちょーっぴりいい気味。
閑話休題。
で、「キューバ行きたいなぁ、いつからいつまでいると丁度これとあれとそれが観られて、もしかしたらこんなことやあんなこともあるかもしれない!」と想像すると、おお!行こう!と思うのだけれども、そこから先がなかなか決まらない。っていうか、心の中では大体決まっているのだけれども、行動に移さない。「行こう行こう行こう行くんだ行くんだ、そうしたらこんなことやあんなことやそんなことが、、、」と思うのだけれども、脳内の一部でわくわくしている割に、それに向けての行動に移らない。
そっか、もしかすると脳内の回路が切れていて、ものすごく遠回りをしないと行動開始の命令が発せられないのかもしれない。どうなんだろう?キューバは心の中で時期も何もかも決めているのにチケット購入がぎりぎりになることが多いけど、NY 、Madrid とハワイなど、いく!って決めた翌日に行ったりしてるもんなぁ。何なんだろう?私。。。
まぁそんなわけで、この時期にキューバに行くというのは去年夏に Torino で Los Van Van のライブを観た際リーダーの Juan Formell に「40周年記念の大きいコンサートなさるのですか?」と訊ねたところ、「来年キューバでやるよ。キューバでやるってことがとても重要なんだ。」と言われたときのこと。「カール・マルクス劇場でのコンサートの際、バンバンて、キューバ国民の物なんだな、って強く思いました。海外でコンサートなさるときも、現地にいるキューバ人や中南米からの人々に対しての励ましなどとても強く感じてます!その特別なコンサートには、私もぜひ参加させていただきます!」とか口から出ちゃって、言っちゃったよ、、、って思ったのでした。言っちゃったから行かなきゃとか。。
私バンバンのこととても好きだし彼らって特別なのですが。音楽的に、もちろん素晴しいですけど、好みとか夢中とかってわけではないのです。バンバンて最強のライブ・バンドだ!って思うけど、とても好きなのは昔の Bamboleo だし。でも、バンバンメンバーからは「まさこは日本一!いえ、アジア一のファンだわ!」「お前、ファナティカだな」と言われ、海外の Timba フリークからは「レジェンダリー・バンバネーラ」と言われる身として、やはり行かざるを得ないでしょうってのが、ホントのところなのか実はもの凄く観たくて観たくてたまらないのか、って、観たくて観たくて堪らないです。でも、義務感もちょびっとだけあるかも。
行く気満々だったところ、同じ12月にさやかどんの Palma Habanera キューバ公演が決定。ってことは、ふむふむ。だったら1月1日毎年恒例のバンバン・マレコンライブも久々に観たいぞ。そしたら、、ここ数年2月に開催されている Jazz Plaza が来年の2月にあるかもしれない!ってところに「ねえ、3月に Santiago de Cuba に行かない?」と誘われてしまった!あれー?ってことは、居続けるしかないじゃない?
おー、カップヌードルが来たー!汁吸い込みきった奴ね。
緑茶もらった♪色がほうじ茶っぽいけど、味はどちらかと言うと緑茶ね。
今日本の23時。11時間かかるそうなので、まだ半分も行ってないってことよね?乗るの止めた人の荷物出すとかで、離陸が大幅に遅れたので。
またトイレ行きたくなっちゃったけど、隣の韓国人のお兄さんはテーブルに PC のっけて映画観てるし、おばちゃん感じ悪いし。私が寝てる間に行ったかもしれないけど、トイレ行ってないかも?おばちゃんがトイレに行ったときがチャンスだな。
あ、それでね、11月末か12月頭から3月末か4月頭辺りまでキューバってのは、たぶん夏前から決まってたんです。たぶん、もの凄く早い時期、たぶん9月か10月辺りにトラベル・ボデギータにもチケットの問い合わせとかしちゃって。凄いって思ってたんだけど、最終的にチケット購入したのは1週間前でした。
なんか、その後もぜんぜん支度とか始める気配がなくてね、どぉーなっちゃうんでしょう?って思ってたら、最期に2−3日でバタバタとお土産買いに行って Salsa Swingoza のライブに行ってついったーにどっぷりはまり込む病気に罹って、出発前日から当日は、大変だったみたい。
とはいえ、前日も早い時間のうちはけっこう座り込んでいる時間がいっぱいあった。
出発前日はお昼に兄弟家族と会食し、カードで支払いをして現金を集め、自由が丘のお洒落100円ショップで7000円お買い物をし、近所の神社に一休みしようと思って寄ると、記憶の中にあるよりもかなり小さいことを再発見。明るくてけっこう気持ちの良い神社。多少の遊具はあるのだけれども、ベンチがなかったのでパンダに座った。
昼間はなかなか歩かない道を通っての帰宅途中、子どもの頃にお絵かきを習っていた先生の家だと思われる家がまだあることを発見。空き家のようだったけど。バレエの先生の家は細かくして分譲されているし、その近くの桜屋敷はいくつかのお洒落店舗に変身している。そんなことを確認しながら帰宅した後は、かなり一生懸命動いたと思う。最終的に家は片付かなかったけど、荷物も揃ってちゃんと飛行機に乗れたし。
最後に手荷物詰めててチケットがないことを発見。でもあまりにも出来過ぎなためついーとすることを控える。チケットは、あり得ないことにスーツケースの中に入れたトラベル・ボデギータからもらった書類と一緒に入っていた。。そんなことするわけない!と思ってたので、それを見つけたのはけっこう探し回ったあと。入れたとき、かなり頭が働いていなかった模様。
荷物が案外少なくて、というか小さくて軽くて、スーツケース2つ持っていくことを躊躇うも、置いてこうかと思っていた人に配れそうな物とかも入れて、それでもまだまだ余裕があることにビビリ、トラベルボデギータに荷物の重量制限の確認のため電話する。話してる最中、食べ残してた坦坦スープをぶちまけました。こんなにうまく進んでいいのか?って不安だったけど、大丈夫、これで。って感じで。。
幸い服にはかからなかったんだけど、絨毯かなりやられてるね。
そして今、トロントのホテル。午前5時。
ここでのことは、また後日。
そう、荷物が軽くて不安になった。というか、あまりにも楽々と重量制限をクリアしてしまったので、これはもしかして間違ってるんじゃないか?と不安になったのでした。
何かの罠?!ともの凄く不安になって、トラベル・ボデギータに電話した。時間があまりなかったので大急ぎで重量は何キロまで?と訊いたのに、サイズのことなどいろいろ言われて、知りたいのは重さだけなんだってば!とか思いながら話を聞いている内に、足に液体がかかった!!!朝方食べた坦坦春雨ヌードルの残り!!うおーーー!絨毯の上にもぶちまけられている。話を聞きながらティッシュで足を拭き絨毯を拭く。でも吸い取りきれなかった。。
どうして坦坦春雨ヌードルが残っていたかと言うと、おぼろ豆腐があったのよ。それ入れて食べたらおいしいかも!と思ってとっておいたのであった。ついでにおぼろ豆腐も捨てたわ、のつもり。捨ててなかったら、帰国後捨てるからいいの。。
取り敢えず重量制限に問題がないことを確認し、慌てて電話を切ってまず足を洗いに行く。絨毯もきれいにしたいけど、もうそんな時間はないのでほっておくことにしたんだけど、その後3回もその上を歩いちゃって、その都度足を洗いに行ったり。。
ってなことをしていたら、あらら、13時10分のリムジンバスに乗るつもりが、既に12時45分。間に合わないじゃん。なので、30分後のバスに乗ることにして、もう少しお土産に出来そうな物を詰めることにした。あー、、でも今考えれば、バッグとか服とか、まだ新しくてきれいだけどなんだか気に入らなかったり重かったりで使ってないお土産候補にしていた物たちを入れてくるの忘れた。ほんっとうにこれまでずっと支払い続けた荷物重量制限超過料金は何だったんだ?って思うほど、あと5キロは詰められたのに、勿体無いことをしてしまった。。。
んで、支度が終わってでももういつ来るかわからないタクシーを呼んでリムジンバス乗り場まで行くには、ちょっと時間が足りない。ので、大通りまでひろいに行くことにする。
トロントでは既に雪が積もっているかはわからないけれども履いていくつもりだったバックストラップの10センチヒールのサンダルを履いていったところ、どーーーにも足が痛くて、これでは無理!ってことで、しょうがない、12月末に行ったときには雪が積もっていたしと言うことで、超楽ちんなペッタンこのブーツに履き替え、一旦出した後にまた出たごみをごみ置き場に捨てに行き、タクシーに乗り込む。
ちなみにキューバでブーツを履く人はあまりいないけれども、履いている人のことはけっこう羨ましがるので、ブーツ履いてきたのも、まぁよしとしよう。。
トロントの空港では、ホテルを決める前にまず一服ってしてたら、イタリアからの移民にナンパされた。10歳のときにカナダに移住したそうで、空港職員。シェラトンに100ドルで泊まれるからそうしろってしつこくて、思うとおりにさせてくれよって空港にあるリザベーション電話で何件か問い合わせた後に、彼の勧めるホテルをとってくれるインフォメーションのようなところで、クラウン・プラザなる良さ気なホテルを押さえてもらう。が、シャトルバスに素通りされ、寒い中更に30分バスを待ったけど、素敵なお部屋に大満足。お食事したかったけど疲れ切っていたし、WiFi でインターネット接続しようと苦労したりお風呂にゆったり浸かったりって最後の贅沢をして、気を失うようにして寝てしまった。
夜の内に WiFi には一瞬繋がったのだけれども、すぐに切れちゃって、その後繋がらなくて寝る前も起きてからもいろいろやっていたら、PC が異音を発してかなりやばそうな状態になったので諦める。
朝は5時に目が覚めちゃって、何故か荷物の中に入っていた入浴剤を使って優雅なバスタイムを堪能してからチェックアウト。早めに空港に行って朝食をと考えていたのだけれども、8時発の筈のシャトルバスが8:40にやってきたので、お食事は諦めた。
出国審査を通った先に、なんと昨日ナンバしてきたイタリア系カナダ人が!一緒に歩いてくるので、「仕事しなくていいの?」と訊くと、「旅行者を助けるのが僕の仕事だから、これも仕事の内。」と言って、彼がサイドビジネスで携わっていると言う Ice Wine を紹介してくれる。アイス・ワインって知らなかったんだけど、けっこう有名なの?カナダの名産品で、甘くておいしいワインなのだそうな。彼から購入すると、半額なんですって。
飛行機に乗り込む前に、そーだ、英語の辞書を忘れてしまったので西−英辞典を探したんだけどなかった。ドリトスとハーシーズのホワイトチョコに黒いビスケットが入っているの、一時期凄く好きだったのになんていうのか忘れたけどそれと、ビタミン入りお水を購入。メキシコ経由だったらハラペーニョ君とかも購入できたんだけどなーとか考えながら。
チェックインが人っ子一人いないくらい空いていたので飛行機も空いているのかと思いきや、満席。でもどうやら中国系らしいグランド・ホステス(って言う?)がエコノミー・クラスのいちばん前の席を取ってくれたので、のびのび足を伸ばしての数時間。トロント−ハバナ便はお食事が有料なので、持っていったドーナツを食す。
ハバナのホセ・マルティ空港では、イミグレーションも荷物チェックも問題なくスルー、日本人の女の子をひとり拾ってうちに連れて行っちゃった。彼女は空港からバラデロに直行しようとしていたのだけど、料金が高かったし、市内からのバスの出発までは何時間もあったので。
で、結局彼女はバラデロには行かずにうちに2泊、バラデロで1泊してから更にうちで2泊していきました。「本当はハバナ泊にしたかったんだけどツアーがなかった。このままハバナにいたいなー。」と言うので宿を紹介しようと思ったら、私の居候先のバルバラが「宿代が勿体無いから、うちに泊まればいいじゃない。」と。
ってな感じの行程でした。
これまでのキューバ滞在でバルバラ宅にはしょっちゅう遊びには来ていたけれども、泊めて貰うのは初めて。彼女は、長女が彼女の実家のある辺りに住んでいて、次女ジュリがイタリアにお嫁に行ってしまい、だんなさんとも別れてひとり暮らしになって1年半。私たちの到着時、バルバラは外出中で、お隣さんが「まさこ!!バルバラはちょっと出てるの。でもまさこが今日来るって言ってたから、きっとすぐ戻ってくるわよ。」と言いつつ、近所に探しに行ってくれた。
バルバラがめちゃくちゃ痩せてしまっていて、ちょっとショックだったけど、一時期よりは太ったそうで、寂しい一人暮らしから私と一緒に暮らせるようになることをとても喜んでくれていた。それは去年居候しに行ったイタリアのジュリもそうだし、バルバラを心配していた彼女の友人やご近所さんもそうで、なんかとっても大歓迎ムード。
でも、すっごい働き者だったバルバラは尽くす相手であった娘や元夫がいなくなってけっこう怠け者になってしまったみたいで、お掃除もしてなかったし、クローゼットの準備もしていなかったから、ちょっと心配。私のことじゃなくて、バルバラのことが。無気力になっちゃってる感じで。
ジュリが「ママはずっと私たちのために働き尽くめだったから、もう働かないで。これからは私が面倒をみるから。」と言ったそうで、1日中 TV を観たりご近所さんやお友達とおしゃべりして過ごしているそう。
ま、そのことは今日ちょっと話したんだけどね、働いた方が生活にリズムが出来るし、張り合いもあるから、働いた方がいいと。でも早くに最初の結婚をしてしまって学問を途中で止めてしまった彼女はお掃除の仕事くらいしか出来ないそうで、それはもうしたくないと。ならばせっかくキューバでは無料でいろんな勉強が出来るのだから、何かすれば?ってことになったのだけど、2月にジュリが里帰りしてから始めるってことになりました。が、本当に始めるかどうかは疑問。。
今飛行機の中です。LANケーブルがあれば、インターネットが出来たのかな?そんなサービスがある?だとしたら、持ってなくてちょっと残念かも。
それはどこの国でも同じなのかもしれないけれども、キューバ音楽が大好きで、キューバが大好きで、キューバの人たちが大好きで、でもやっぱり私は外国人でしかなく、システムも経済も全く違う国からやってきた私は、どうしたってキューバ人を理解することも、彼らと同じ気持ちになることも出来ず、自分たちがどちらの意味であろうとも特別な国の人間であると考えている彼らにとって、私は別の国から来た人間でしかないんだってことをものすごく感じるようになって、結局私は永遠の片思いをしているのだなーと思って以来、キューバに行くことに対してあまりうきうきしなくなったような気がしている。
行きたいような、行きたくないような、嬉しいような、憂鬱なような。
ところで通路側の席のばばあ、なんだよ日本人じゃないか。トイレに出してもらうときとか、めちゃくちゃ迷惑そうな顔をして、「恐れ入りますが、」とか「ありがとうございます。」とか言っても睨むだけだから、他の国の人かと思って、「サンキュー」って言っちまったじゃないか。何故日本人とわかったかというと、靴脱いだ足を通路に出していて、飲み物カートに轢かれたから。ちょーっぴりいい気味。
閑話休題。
で、「キューバ行きたいなぁ、いつからいつまでいると丁度これとあれとそれが観られて、もしかしたらこんなことやあんなこともあるかもしれない!」と想像すると、おお!行こう!と思うのだけれども、そこから先がなかなか決まらない。っていうか、心の中では大体決まっているのだけれども、行動に移さない。「行こう行こう行こう行くんだ行くんだ、そうしたらこんなことやあんなことやそんなことが、、、」と思うのだけれども、脳内の一部でわくわくしている割に、それに向けての行動に移らない。
そっか、もしかすると脳内の回路が切れていて、ものすごく遠回りをしないと行動開始の命令が発せられないのかもしれない。どうなんだろう?キューバは心の中で時期も何もかも決めているのにチケット購入がぎりぎりになることが多いけど、NY 、Madrid とハワイなど、いく!って決めた翌日に行ったりしてるもんなぁ。何なんだろう?私。。。
まぁそんなわけで、この時期にキューバに行くというのは去年夏に Torino で Los Van Van のライブを観た際リーダーの Juan Formell に「40周年記念の大きいコンサートなさるのですか?」と訊ねたところ、「来年キューバでやるよ。キューバでやるってことがとても重要なんだ。」と言われたときのこと。「カール・マルクス劇場でのコンサートの際、バンバンて、キューバ国民の物なんだな、って強く思いました。海外でコンサートなさるときも、現地にいるキューバ人や中南米からの人々に対しての励ましなどとても強く感じてます!その特別なコンサートには、私もぜひ参加させていただきます!」とか口から出ちゃって、言っちゃったよ、、、って思ったのでした。言っちゃったから行かなきゃとか。。
私バンバンのこととても好きだし彼らって特別なのですが。音楽的に、もちろん素晴しいですけど、好みとか夢中とかってわけではないのです。バンバンて最強のライブ・バンドだ!って思うけど、とても好きなのは昔の Bamboleo だし。でも、バンバンメンバーからは「まさこは日本一!いえ、アジア一のファンだわ!」「お前、ファナティカだな」と言われ、海外の Timba フリークからは「レジェンダリー・バンバネーラ」と言われる身として、やはり行かざるを得ないでしょうってのが、ホントのところなのか実はもの凄く観たくて観たくてたまらないのか、って、観たくて観たくて堪らないです。でも、義務感もちょびっとだけあるかも。
行く気満々だったところ、同じ12月にさやかどんの Palma Habanera キューバ公演が決定。ってことは、ふむふむ。だったら1月1日毎年恒例のバンバン・マレコンライブも久々に観たいぞ。そしたら、、ここ数年2月に開催されている Jazz Plaza が来年の2月にあるかもしれない!ってところに「ねえ、3月に Santiago de Cuba に行かない?」と誘われてしまった!あれー?ってことは、居続けるしかないじゃない?
おー、カップヌードルが来たー!汁吸い込みきった奴ね。
緑茶もらった♪色がほうじ茶っぽいけど、味はどちらかと言うと緑茶ね。
今日本の23時。11時間かかるそうなので、まだ半分も行ってないってことよね?乗るの止めた人の荷物出すとかで、離陸が大幅に遅れたので。
またトイレ行きたくなっちゃったけど、隣の韓国人のお兄さんはテーブルに PC のっけて映画観てるし、おばちゃん感じ悪いし。私が寝てる間に行ったかもしれないけど、トイレ行ってないかも?おばちゃんがトイレに行ったときがチャンスだな。
あ、それでね、11月末か12月頭から3月末か4月頭辺りまでキューバってのは、たぶん夏前から決まってたんです。たぶん、もの凄く早い時期、たぶん9月か10月辺りにトラベル・ボデギータにもチケットの問い合わせとかしちゃって。凄いって思ってたんだけど、最終的にチケット購入したのは1週間前でした。
なんか、その後もぜんぜん支度とか始める気配がなくてね、どぉーなっちゃうんでしょう?って思ってたら、最期に2−3日でバタバタとお土産買いに行って Salsa Swingoza のライブに行ってついったーにどっぷりはまり込む病気に罹って、出発前日から当日は、大変だったみたい。
とはいえ、前日も早い時間のうちはけっこう座り込んでいる時間がいっぱいあった。
出発前日はお昼に兄弟家族と会食し、カードで支払いをして現金を集め、自由が丘のお洒落100円ショップで7000円お買い物をし、近所の神社に一休みしようと思って寄ると、記憶の中にあるよりもかなり小さいことを再発見。明るくてけっこう気持ちの良い神社。多少の遊具はあるのだけれども、ベンチがなかったのでパンダに座った。
昼間はなかなか歩かない道を通っての帰宅途中、子どもの頃にお絵かきを習っていた先生の家だと思われる家がまだあることを発見。空き家のようだったけど。バレエの先生の家は細かくして分譲されているし、その近くの桜屋敷はいくつかのお洒落店舗に変身している。そんなことを確認しながら帰宅した後は、かなり一生懸命動いたと思う。最終的に家は片付かなかったけど、荷物も揃ってちゃんと飛行機に乗れたし。
最後に手荷物詰めててチケットがないことを発見。でもあまりにも出来過ぎなためついーとすることを控える。チケットは、あり得ないことにスーツケースの中に入れたトラベル・ボデギータからもらった書類と一緒に入っていた。。そんなことするわけない!と思ってたので、それを見つけたのはけっこう探し回ったあと。入れたとき、かなり頭が働いていなかった模様。
荷物が案外少なくて、というか小さくて軽くて、スーツケース2つ持っていくことを躊躇うも、置いてこうかと思っていた人に配れそうな物とかも入れて、それでもまだまだ余裕があることにビビリ、トラベルボデギータに荷物の重量制限の確認のため電話する。話してる最中、食べ残してた坦坦スープをぶちまけました。こんなにうまく進んでいいのか?って不安だったけど、大丈夫、これで。って感じで。。
幸い服にはかからなかったんだけど、絨毯かなりやられてるね。
そして今、トロントのホテル。午前5時。
ここでのことは、また後日。
そう、荷物が軽くて不安になった。というか、あまりにも楽々と重量制限をクリアしてしまったので、これはもしかして間違ってるんじゃないか?と不安になったのでした。
何かの罠?!ともの凄く不安になって、トラベル・ボデギータに電話した。時間があまりなかったので大急ぎで重量は何キロまで?と訊いたのに、サイズのことなどいろいろ言われて、知りたいのは重さだけなんだってば!とか思いながら話を聞いている内に、足に液体がかかった!!!朝方食べた坦坦春雨ヌードルの残り!!うおーーー!絨毯の上にもぶちまけられている。話を聞きながらティッシュで足を拭き絨毯を拭く。でも吸い取りきれなかった。。
どうして坦坦春雨ヌードルが残っていたかと言うと、おぼろ豆腐があったのよ。それ入れて食べたらおいしいかも!と思ってとっておいたのであった。ついでにおぼろ豆腐も捨てたわ、のつもり。捨ててなかったら、帰国後捨てるからいいの。。
取り敢えず重量制限に問題がないことを確認し、慌てて電話を切ってまず足を洗いに行く。絨毯もきれいにしたいけど、もうそんな時間はないのでほっておくことにしたんだけど、その後3回もその上を歩いちゃって、その都度足を洗いに行ったり。。
ってなことをしていたら、あらら、13時10分のリムジンバスに乗るつもりが、既に12時45分。間に合わないじゃん。なので、30分後のバスに乗ることにして、もう少しお土産に出来そうな物を詰めることにした。あー、、でも今考えれば、バッグとか服とか、まだ新しくてきれいだけどなんだか気に入らなかったり重かったりで使ってないお土産候補にしていた物たちを入れてくるの忘れた。ほんっとうにこれまでずっと支払い続けた荷物重量制限超過料金は何だったんだ?って思うほど、あと5キロは詰められたのに、勿体無いことをしてしまった。。。
んで、支度が終わってでももういつ来るかわからないタクシーを呼んでリムジンバス乗り場まで行くには、ちょっと時間が足りない。ので、大通りまでひろいに行くことにする。
トロントでは既に雪が積もっているかはわからないけれども履いていくつもりだったバックストラップの10センチヒールのサンダルを履いていったところ、どーーーにも足が痛くて、これでは無理!ってことで、しょうがない、12月末に行ったときには雪が積もっていたしと言うことで、超楽ちんなペッタンこのブーツに履き替え、一旦出した後にまた出たごみをごみ置き場に捨てに行き、タクシーに乗り込む。
ちなみにキューバでブーツを履く人はあまりいないけれども、履いている人のことはけっこう羨ましがるので、ブーツ履いてきたのも、まぁよしとしよう。。
トロントの空港では、ホテルを決める前にまず一服ってしてたら、イタリアからの移民にナンパされた。10歳のときにカナダに移住したそうで、空港職員。シェラトンに100ドルで泊まれるからそうしろってしつこくて、思うとおりにさせてくれよって空港にあるリザベーション電話で何件か問い合わせた後に、彼の勧めるホテルをとってくれるインフォメーションのようなところで、クラウン・プラザなる良さ気なホテルを押さえてもらう。が、シャトルバスに素通りされ、寒い中更に30分バスを待ったけど、素敵なお部屋に大満足。お食事したかったけど疲れ切っていたし、WiFi でインターネット接続しようと苦労したりお風呂にゆったり浸かったりって最後の贅沢をして、気を失うようにして寝てしまった。
夜の内に WiFi には一瞬繋がったのだけれども、すぐに切れちゃって、その後繋がらなくて寝る前も起きてからもいろいろやっていたら、PC が異音を発してかなりやばそうな状態になったので諦める。
朝は5時に目が覚めちゃって、何故か荷物の中に入っていた入浴剤を使って優雅なバスタイムを堪能してからチェックアウト。早めに空港に行って朝食をと考えていたのだけれども、8時発の筈のシャトルバスが8:40にやってきたので、お食事は諦めた。
出国審査を通った先に、なんと昨日ナンバしてきたイタリア系カナダ人が!一緒に歩いてくるので、「仕事しなくていいの?」と訊くと、「旅行者を助けるのが僕の仕事だから、これも仕事の内。」と言って、彼がサイドビジネスで携わっていると言う Ice Wine を紹介してくれる。アイス・ワインって知らなかったんだけど、けっこう有名なの?カナダの名産品で、甘くておいしいワインなのだそうな。彼から購入すると、半額なんですって。
飛行機に乗り込む前に、そーだ、英語の辞書を忘れてしまったので西−英辞典を探したんだけどなかった。ドリトスとハーシーズのホワイトチョコに黒いビスケットが入っているの、一時期凄く好きだったのになんていうのか忘れたけどそれと、ビタミン入りお水を購入。メキシコ経由だったらハラペーニョ君とかも購入できたんだけどなーとか考えながら。
チェックインが人っ子一人いないくらい空いていたので飛行機も空いているのかと思いきや、満席。でもどうやら中国系らしいグランド・ホステス(って言う?)がエコノミー・クラスのいちばん前の席を取ってくれたので、のびのび足を伸ばしての数時間。トロント−ハバナ便はお食事が有料なので、持っていったドーナツを食す。
ハバナのホセ・マルティ空港では、イミグレーションも荷物チェックも問題なくスルー、日本人の女の子をひとり拾ってうちに連れて行っちゃった。彼女は空港からバラデロに直行しようとしていたのだけど、料金が高かったし、市内からのバスの出発までは何時間もあったので。
で、結局彼女はバラデロには行かずにうちに2泊、バラデロで1泊してから更にうちで2泊していきました。「本当はハバナ泊にしたかったんだけどツアーがなかった。このままハバナにいたいなー。」と言うので宿を紹介しようと思ったら、私の居候先のバルバラが「宿代が勿体無いから、うちに泊まればいいじゃない。」と。
ってな感じの行程でした。
これまでのキューバ滞在でバルバラ宅にはしょっちゅう遊びには来ていたけれども、泊めて貰うのは初めて。彼女は、長女が彼女の実家のある辺りに住んでいて、次女ジュリがイタリアにお嫁に行ってしまい、だんなさんとも別れてひとり暮らしになって1年半。私たちの到着時、バルバラは外出中で、お隣さんが「まさこ!!バルバラはちょっと出てるの。でもまさこが今日来るって言ってたから、きっとすぐ戻ってくるわよ。」と言いつつ、近所に探しに行ってくれた。
バルバラがめちゃくちゃ痩せてしまっていて、ちょっとショックだったけど、一時期よりは太ったそうで、寂しい一人暮らしから私と一緒に暮らせるようになることをとても喜んでくれていた。それは去年居候しに行ったイタリアのジュリもそうだし、バルバラを心配していた彼女の友人やご近所さんもそうで、なんかとっても大歓迎ムード。
でも、すっごい働き者だったバルバラは尽くす相手であった娘や元夫がいなくなってけっこう怠け者になってしまったみたいで、お掃除もしてなかったし、クローゼットの準備もしていなかったから、ちょっと心配。私のことじゃなくて、バルバラのことが。無気力になっちゃってる感じで。
ジュリが「ママはずっと私たちのために働き尽くめだったから、もう働かないで。これからは私が面倒をみるから。」と言ったそうで、1日中 TV を観たりご近所さんやお友達とおしゃべりして過ごしているそう。
ま、そのことは今日ちょっと話したんだけどね、働いた方が生活にリズムが出来るし、張り合いもあるから、働いた方がいいと。でも早くに最初の結婚をしてしまって学問を途中で止めてしまった彼女はお掃除の仕事くらいしか出来ないそうで、それはもうしたくないと。ならばせっかくキューバでは無料でいろんな勉強が出来るのだから、何かすれば?ってことになったのだけど、2月にジュリが里帰りしてから始めるってことになりました。が、本当に始めるかどうかは疑問。。
2009年12月07日
突然ですが、リムジンバス。今日からキューバ行ってきます。
いちょうが黄金色に光って綺麗。こういう日和の出発で嬉しい♪モペルの説明書読んだけど、おかしい。が、猛烈に眠い!から寝る。間もなく高速。いつもの通り、ぎりぎり。
2009年09月29日
2009年09月23日
2009年09月19日
スシ
ちょっとおもしろい集まりがございまして。。

マグロの解体ショーを初めて観ました。
そして、お寿司のケーキ。

笹の葉っぱが、鶴亀。
ロウソクが、蓮の花?

ロウソクには、お線香で点火!!
ロウソクかと思いきや、花火!
そして蓮の花が開いた!
面白かった ♪

マグロの解体ショーを初めて観ました。
そして、お寿司のケーキ。

笹の葉っぱが、鶴亀。
ロウソクが、蓮の花?

ロウソクには、お線香で点火!!
ロウソクかと思いきや、花火!
そして蓮の花が開いた!
面白かった ♪
2009年09月07日
まぁいっか。。。
百貫デブの年増なおばちゃんが、「ああ、もしやあの方は私を愛しているのかしら?」って妄想しているから、ええぇ〜!!こここれが姫?!と思ったら、確かに姫だったんだけど、王子がアドバルーンかと見まごうほどの巨漢だったから、まぁ別にイイやって許すことにしたんだけど、アドバルーンは継母と不倫中だった。
ああ、オペラって、、、怖いっす。。
ああ、オペラって、、、怖いっす。。
