2012年04月26日
シューカツ花盛り
電車に乗ると、いかにも「就職活動をしています!」、という身なりの若い方をよく見かけます。
なぜ、それっぽいとわかるか。それはみんな同じような外見をしているから。
特に女性はみんなほとんど同じ黒い鞄をもっているような。
男性は時より「おおっ」と思えるような髪型の方を発見します。
わたしが面接官なら「う〜ん」とうなってしまうような。
彼は就職決まるのかなぁ。
わたしは面接官の経験も、いわゆるリクルーターの経験もありません。
サラリーマンを早くに諦めてしまったので、上司の経験もありませんが、わたしならどのように彼らシューカツ生をとらえるのか、考えてみました。
まあ、わたしが「会ってみたい!」と思うのは、面白そうな人。ちょっと変わっていそうな人。でしょうか。
普通の人を採用するのは中途の縁故くんでもいいので、じっくり採用活動に取り組むことができる定期採用ならば、人を見てみたい、と感じるのではないでしょうか。
では、たくさんやってきた書類から誰に来てもらおうか、つまりどんな学生さんに会いたいと思うか。
そうするとあらかじめ提出してもらった書類を見るわけですが、シューカツ必勝本のとおりに志望動機や何かが優等生的に羅列されていた、というのでは…。
何か面白そうな人を、と考えるとですが、添付されている写真に特徴があるとか、履歴書の目立つ人とか。変わった資格を持っているとか。
「履歴書」も全文読むわけではないので、最初の方に「おっ」ってなることが書かれていないと最後までは読まないでしょうね。
そうやって、やっと選んだ方に来ていただくと、みんな同じ格好…。それではあまりに残念。
一回の面接でよほど印象に残らないと、次にもう一回来てもらおうか、とは思わないでしょう。
セクハラっぽいかもしれませんが、女性ならば、よっぽど好みだったとか、有名な人に似ていたとか、この人にお茶入れてほしいなぁ、とか。
それよりも、彼らに何を質問してみようかと考えてしまうでしょう。
もし、外見がちょっと変わっていれば、「今日はどうしてその服装で来たの?」とまず聞きたくなるでしょう。
履歴書の写真がロン毛なのに、やってきた本人がツルツル頭だったら、「髪全部剃ったの?」聞きたくなりますね。
今、自分がシューカツ生なら、黒っぽいスーツに気に入っている真っ白な帽子でもかぶっていくかな。
面接であまりに滑らかに回答するのはどうでしょう。
あまりにすんなりと答えられてしまうと、若い方がもつ「初々しさ」が消えてしまい、かえって何度も面接していて、プロっぽくなってしまう。
取り繕ったようなうそは面接官には通用しないでしょうから。大人はそんなに甘くありません。
ちょっと学生さんがひるんでしまうような、突っ込みいじわる質問をやってみたいですね。
「それならウチじゃなくてもいいんじゃないの?」とか。
「ウチの商品知ってる?」とか
たぶん、学生さんがどんな回答をしても、その内容で合否を判定する、ということはないような気がします。よっぽど問題があれば別ですが。
それよりも誠実に自分たちの質問に答えようとしているか、とか少々のいじわるをしても食いついてくるかどうか、とか。
最高なのは、気の利いたユーモアを交えて返すことができれば、「よし、採用!」。
自分が就職活動をしたときはさぞ「つまらない」学生だったと思います。
個性を隠して、優等生な部分だけで勝負していたような。
面接官の心を揺さぶるような、生きのいい若い人を採用したい、という企業側の気持ちがよくわからなかったのかなあ。
シューカツの楽しかったのは、一人で日本中を旅できる、ということ。
東京、大阪、名古屋、そして学校のあった金沢。
もっと福岡とか仙台とかの会社を受験すればよかった。
採用を断るときに「この度は縁がなく」っていう言葉よく使います。
言い得て妙な表現で、これに尽きます。
学生さんからすると「落とされた」と感じるでしょうが、企業側からすると「今回は他の人が良かった」ということに過ぎず、まさに「縁がなかった」としか。採用試験と入学試験とは違います。
けれどその企業が好き、というならば、案外縁は生まれてくるものです。
そこで働くことだけがいいわけではありませんからね。
なぜ、それっぽいとわかるか。それはみんな同じような外見をしているから。
特に女性はみんなほとんど同じ黒い鞄をもっているような。
男性は時より「おおっ」と思えるような髪型の方を発見します。
わたしが面接官なら「う〜ん」とうなってしまうような。
彼は就職決まるのかなぁ。
わたしは面接官の経験も、いわゆるリクルーターの経験もありません。
サラリーマンを早くに諦めてしまったので、上司の経験もありませんが、わたしならどのように彼らシューカツ生をとらえるのか、考えてみました。
まあ、わたしが「会ってみたい!」と思うのは、面白そうな人。ちょっと変わっていそうな人。でしょうか。
普通の人を採用するのは中途の縁故くんでもいいので、じっくり採用活動に取り組むことができる定期採用ならば、人を見てみたい、と感じるのではないでしょうか。
では、たくさんやってきた書類から誰に来てもらおうか、つまりどんな学生さんに会いたいと思うか。
そうするとあらかじめ提出してもらった書類を見るわけですが、シューカツ必勝本のとおりに志望動機や何かが優等生的に羅列されていた、というのでは…。
何か面白そうな人を、と考えるとですが、添付されている写真に特徴があるとか、履歴書の目立つ人とか。変わった資格を持っているとか。
「履歴書」も全文読むわけではないので、最初の方に「おっ」ってなることが書かれていないと最後までは読まないでしょうね。
そうやって、やっと選んだ方に来ていただくと、みんな同じ格好…。それではあまりに残念。
一回の面接でよほど印象に残らないと、次にもう一回来てもらおうか、とは思わないでしょう。
セクハラっぽいかもしれませんが、女性ならば、よっぽど好みだったとか、有名な人に似ていたとか、この人にお茶入れてほしいなぁ、とか。
それよりも、彼らに何を質問してみようかと考えてしまうでしょう。
もし、外見がちょっと変わっていれば、「今日はどうしてその服装で来たの?」とまず聞きたくなるでしょう。
履歴書の写真がロン毛なのに、やってきた本人がツルツル頭だったら、「髪全部剃ったの?」聞きたくなりますね。
今、自分がシューカツ生なら、黒っぽいスーツに気に入っている真っ白な帽子でもかぶっていくかな。
面接であまりに滑らかに回答するのはどうでしょう。
あまりにすんなりと答えられてしまうと、若い方がもつ「初々しさ」が消えてしまい、かえって何度も面接していて、プロっぽくなってしまう。
取り繕ったようなうそは面接官には通用しないでしょうから。大人はそんなに甘くありません。
ちょっと学生さんがひるんでしまうような、突っ込みいじわる質問をやってみたいですね。
「それならウチじゃなくてもいいんじゃないの?」とか。
「ウチの商品知ってる?」とか
たぶん、学生さんがどんな回答をしても、その内容で合否を判定する、ということはないような気がします。よっぽど問題があれば別ですが。
それよりも誠実に自分たちの質問に答えようとしているか、とか少々のいじわるをしても食いついてくるかどうか、とか。
最高なのは、気の利いたユーモアを交えて返すことができれば、「よし、採用!」。
自分が就職活動をしたときはさぞ「つまらない」学生だったと思います。
個性を隠して、優等生な部分だけで勝負していたような。
面接官の心を揺さぶるような、生きのいい若い人を採用したい、という企業側の気持ちがよくわからなかったのかなあ。
シューカツの楽しかったのは、一人で日本中を旅できる、ということ。
東京、大阪、名古屋、そして学校のあった金沢。
もっと福岡とか仙台とかの会社を受験すればよかった。
採用を断るときに「この度は縁がなく」っていう言葉よく使います。
言い得て妙な表現で、これに尽きます。
学生さんからすると「落とされた」と感じるでしょうが、企業側からすると「今回は他の人が良かった」ということに過ぎず、まさに「縁がなかった」としか。採用試験と入学試験とは違います。
けれどその企業が好き、というならば、案外縁は生まれてくるものです。
そこで働くことだけがいいわけではありませんからね。
2012年01月05日
みっともない
「みっともない」
最近使わなくなったと思いませんか?
もともとは「見とうもない」から変じたとも言われますが、見たくもないほど見苦しい様を表す言葉です。
言葉として使われることは少なくなってしまいましたが、特に公の場面でしばしば感じられます。
・場所を構わずに食事や化粧をする
・家庭のごみを指定されていない場所に捨てる
・大騒ぎする子供をしつけない
などなど。
ところが、今はそれらのルールを守らないことは「みっともない」とは思わなくなっているのかもしれません。
そもそも「見とうもない」と感じないと「みっともない」ことはないのですから。
周りの人に関心がなくなって、自分をよく知る人だけに関心を払う。だから見ず知らずの人に何を見られようが何とも感じない、ということでしょうか。
日本では「壁に耳あり障子に目あり」というようにプライバシーという考え方があまり十分ではなかったように思います。
そこに西洋文化の個人重視の考えが流れ込んできて、そこにある種のギャップがあるのかもしれません。
先の震災では、プライバシーが緩く、コミュニティーが残っていた地域は比較的被害が少なかったといいます。
「絆」に都合の良い時だけ頼るのは、いかがなものでしょうか。
最近使わなくなったと思いませんか?
もともとは「見とうもない」から変じたとも言われますが、見たくもないほど見苦しい様を表す言葉です。
言葉として使われることは少なくなってしまいましたが、特に公の場面でしばしば感じられます。
・場所を構わずに食事や化粧をする
・家庭のごみを指定されていない場所に捨てる
・大騒ぎする子供をしつけない
などなど。
ところが、今はそれらのルールを守らないことは「みっともない」とは思わなくなっているのかもしれません。
そもそも「見とうもない」と感じないと「みっともない」ことはないのですから。
周りの人に関心がなくなって、自分をよく知る人だけに関心を払う。だから見ず知らずの人に何を見られようが何とも感じない、ということでしょうか。
日本では「壁に耳あり障子に目あり」というようにプライバシーという考え方があまり十分ではなかったように思います。
そこに西洋文化の個人重視の考えが流れ込んできて、そこにある種のギャップがあるのかもしれません。
先の震災では、プライバシーが緩く、コミュニティーが残っていた地域は比較的被害が少なかったといいます。
「絆」に都合の良い時だけ頼るのは、いかがなものでしょうか。
2011年12月31日
「ありがとう」の国へ
今年を振り返って…、という話がそこかしこで聞かれるようになり、大揺れに揺れた平成23年が終わろうとしています。
年末の恒例となっている今年の漢字は「絆」
偶然にもよくお世話になる八百津のとんちゃん屋さんの屋号と同じでした。
それはさておき、何と言っても今年1番の出来事は3月の震災に始まった日本国中の大混乱でしょう。
被災地から遠く離れている名古屋でも、多くの企業が休日の変更をし、節電に努めたことは記憶に新しいところです。
さらに離れた九州では、九州新幹線のCMが放送を見合わせ、それがネット上で評判を呼んで、などということもあったそうです。
沖縄では複雑な思いをした方が多かったのではないでしょうか?
自分たちには普段は迷惑を押し付けているアメリカ軍が被災地支援を行っている姿が報道されていました。
この震災を機にとてもよく聞かれた言葉で、いい日本語と言えたのは「絆」のほかに「ありがとう」や「がんばろう」ではなかったでしょうか。
被災されたされた皆さんは、なんでもない日常、たとえば水道が使える、お風呂に入れる、温かい食事ができる、といった被災前にあったごく当たり前がとても感謝すべきことだった、と感じているそうです。
生きている、ただそれだけに感謝する、というコメントをした被災者もいらっしゃいました。
被災しなかった人でも、家族がいること、生きていてくれたこと、生まれてきてくれたことに、「ありがとう」と思いませんでしたか。
震災という衝撃の出来事は、日本人がともすれば忘れてしまっていた「ありがとう」の気持ちを恥じることなく言葉として使えるようになった年ではなかったでしょうか。
ただ、そこにたどり着くにはあまりも大きな代償を払うことになってしまいました。
洪水で被災し、今もなお苦しんでいるタイはずっと離れている日本、とりわけ企業活動に大きな影響を及ぼしました。かの国は「ほほえみの国」と称されます。
ただし、決して全ての国民がハッピーな国ではありません。
たとえ苦しい時でも、微笑んでいらえれるしたたかな強さを持った国、と考えるべきでしょう。日本と同様にアジアで植民地にならず、独立を保った王国です。
日本もタイのように、たとえ苦しくとも感謝の気持ちを忘れない「ありがとうの国」と呼ばれればどれほど誇らしいことか、そんなことを忙しい年末にふっと感じた次第です。
年末の恒例となっている今年の漢字は「絆」
偶然にもよくお世話になる八百津のとんちゃん屋さんの屋号と同じでした。
それはさておき、何と言っても今年1番の出来事は3月の震災に始まった日本国中の大混乱でしょう。
被災地から遠く離れている名古屋でも、多くの企業が休日の変更をし、節電に努めたことは記憶に新しいところです。
さらに離れた九州では、九州新幹線のCMが放送を見合わせ、それがネット上で評判を呼んで、などということもあったそうです。
沖縄では複雑な思いをした方が多かったのではないでしょうか?
自分たちには普段は迷惑を押し付けているアメリカ軍が被災地支援を行っている姿が報道されていました。
この震災を機にとてもよく聞かれた言葉で、いい日本語と言えたのは「絆」のほかに「ありがとう」や「がんばろう」ではなかったでしょうか。
被災されたされた皆さんは、なんでもない日常、たとえば水道が使える、お風呂に入れる、温かい食事ができる、といった被災前にあったごく当たり前がとても感謝すべきことだった、と感じているそうです。
生きている、ただそれだけに感謝する、というコメントをした被災者もいらっしゃいました。
被災しなかった人でも、家族がいること、生きていてくれたこと、生まれてきてくれたことに、「ありがとう」と思いませんでしたか。
震災という衝撃の出来事は、日本人がともすれば忘れてしまっていた「ありがとう」の気持ちを恥じることなく言葉として使えるようになった年ではなかったでしょうか。
ただ、そこにたどり着くにはあまりも大きな代償を払うことになってしまいました。
洪水で被災し、今もなお苦しんでいるタイはずっと離れている日本、とりわけ企業活動に大きな影響を及ぼしました。かの国は「ほほえみの国」と称されます。
ただし、決して全ての国民がハッピーな国ではありません。
たとえ苦しい時でも、微笑んでいらえれるしたたかな強さを持った国、と考えるべきでしょう。日本と同様にアジアで植民地にならず、独立を保った王国です。
日本もタイのように、たとえ苦しくとも感謝の気持ちを忘れない「ありがとうの国」と呼ばれればどれほど誇らしいことか、そんなことを忙しい年末にふっと感じた次第です。
2011年09月06日
「関係者」ってナニ?
タレントの島田紳助さんが突然引退を発表しました。
深夜の記者会見をご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
テレビを中心に仕事をしていたようなので関心はとても高く、トップに伝える局もあったとか。
今回は旅行社時代の同期のサクラからのリクエストに応えて記事を書いております。
まあ、正直そのニュース自体は「ふ〜ん」という程度だったのですが、反響のあまりの大きさにちょっと気になります。
まだ、具体的な犯罪行為の存在も確認できていないとかで。
そこまで騒ぐ必要が…、とか、別に大々的に宣伝して引退せんでも…、と思わないわけでもありません。
ところで、このニュースでは「暴力団関係者」というよくわからない表現が出てきます。
法律の世界における「暴力団」とは「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」の第2条第2号で規定されています。
とこれもわかりにくい。「助長するおそれのある団体」というところに立法者の考えが詰まっているように思います。
さらにある一定の要件を満たすと団体が「指定」がされて、取締りの対象となってきます。
許認可の必要な仕事をする場合、その多くが代表者もしくは役員にこの「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」にかかる団体の構成員でないことが許可の要件となっていいます。
とはいえ、役員さんに対してそんなことを聞くわけにもいかないので、「誓約書」なりにサインをいただいた場合には信用するよりありません。
「関係者」という表現は芸能関係のゴシップ記事によく出てきます。
このたびの事件(?)での「関係者」とはいったいどんな関係者なのでしょうか?
「団体の構成員」と言うことになると、公に姿をさらす芸能人や政治家、財界人は正面からお付き合いすることが困難になることは理解できます。
団体の構成員とその「関係者」とが親族だ、これはわかりやすい。
団体の構成員とその「関係者」とが使用従属関係にある、これも理解しやすい
団体の構成員とその「関係者」とが日常的に取引がある、これはどうだ?団体の構成員の経営する店に商品を卸している場合、これは?
団体の構成員とその「関係者」とが友人である、これはどうだ?知り合った相手の友人関係を根堀り葉掘り聞けるのか。
どこまでが「関係者」でどこからがそうでないのでしょうか。
ゴシップ紙や週刊誌の記事ならば、ある程度眉にツバをつけて読んでいる人も多いと思いますが、テレビや新聞までもこの表現を使うのはどうでしょう?
情報のソースとして使っている庶民は間違いを起こす可能性があります。
大手メディアが言葉を正確に使わないで、世論が形成されたり、「風評」などという噂が一人歩きする例は、挙げれば枚挙に暇がありませんからね。
ま、とりあえず、今後に続くであろう報道に注意を払いたいと思います。
このまますんなりと姿を消すとは思えないので、多種多様なゴシップ誌や週刊誌などが続々と新しい情報を伝えることになるのでしょう。
記者の方はしばらくネタには困らなさそうです。
この記事が面白ければご褒美にこちらをクリックっと。
深夜の記者会見をご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
テレビを中心に仕事をしていたようなので関心はとても高く、トップに伝える局もあったとか。
今回は旅行社時代の同期のサクラからのリクエストに応えて記事を書いております。
まあ、正直そのニュース自体は「ふ〜ん」という程度だったのですが、反響のあまりの大きさにちょっと気になります。
まだ、具体的な犯罪行為の存在も確認できていないとかで。
そこまで騒ぐ必要が…、とか、別に大々的に宣伝して引退せんでも…、と思わないわけでもありません。
ところで、このニュースでは「暴力団関係者」というよくわからない表現が出てきます。
法律の世界における「暴力団」とは「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」の第2条第2号で規定されています。
その構成員(暴力団員)が常習的に暴力的不法行為などを行うことを助長するおそれのある団体
とこれもわかりにくい。「助長するおそれのある団体」というところに立法者の考えが詰まっているように思います。
さらにある一定の要件を満たすと団体が「指定」がされて、取締りの対象となってきます。
許認可の必要な仕事をする場合、その多くが代表者もしくは役員にこの「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」にかかる団体の構成員でないことが許可の要件となっていいます。
とはいえ、役員さんに対してそんなことを聞くわけにもいかないので、「誓約書」なりにサインをいただいた場合には信用するよりありません。
「関係者」という表現は芸能関係のゴシップ記事によく出てきます。
このたびの事件(?)での「関係者」とはいったいどんな関係者なのでしょうか?
「団体の構成員」と言うことになると、公に姿をさらす芸能人や政治家、財界人は正面からお付き合いすることが困難になることは理解できます。
団体の構成員とその「関係者」とが親族だ、これはわかりやすい。
団体の構成員とその「関係者」とが使用従属関係にある、これも理解しやすい
団体の構成員とその「関係者」とが日常的に取引がある、これはどうだ?団体の構成員の経営する店に商品を卸している場合、これは?
団体の構成員とその「関係者」とが友人である、これはどうだ?知り合った相手の友人関係を根堀り葉掘り聞けるのか。
どこまでが「関係者」でどこからがそうでないのでしょうか。
ゴシップ紙や週刊誌の記事ならば、ある程度眉にツバをつけて読んでいる人も多いと思いますが、テレビや新聞までもこの表現を使うのはどうでしょう?
情報のソースとして使っている庶民は間違いを起こす可能性があります。
大手メディアが言葉を正確に使わないで、世論が形成されたり、「風評」などという噂が一人歩きする例は、挙げれば枚挙に暇がありませんからね。
ま、とりあえず、今後に続くであろう報道に注意を払いたいと思います。
このまますんなりと姿を消すとは思えないので、多種多様なゴシップ誌や週刊誌などが続々と新しい情報を伝えることになるのでしょう。
記者の方はしばらくネタには困らなさそうです。
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2011年08月20日
タダでもらったものは
「無料で●●差し上げます!」
というテレビやラジオのショッピングコーナーがよくあります。
インターネットの世界なら、メールアドレスを登録させておいて、メールマガジンの購読を条件に●●がもらえる、とか、△△に応募できます、とかいうサイトは枚挙に暇がありません。
しかし、昔から
「タダより高いものはない」
とも言われます。
タダで配るにはそれなりの訳があることを買うほうも売るほうも知っています。
これが常識です。
どうやったら配ったおかねを回収できるか。
を常に考えて仕掛けなければ、一度配ったものがお蔵に戻ってくることはないでしょう。
以前もらった定額給付金は確かにろうきん口座に入ったまま、特に何の動きもしていません。
どうやら話題の「子ども手当」も同じような動きをしているようです。
と考えた賢い消費者は将来の回収、つまり増税に備えているのでしょう。
もちろん「将来の子どもの学資に備えたい」という親御さんの気持ちもわからなくはありません。
そう考えているのかもしれません。
そういえば、はじめて子ども手当が支給された翌年の年賀状で、子連れのツレに、
「子ども手当をパーッと使って、景気回復に一役買ってね。」
などと無責任なメッセージを書いた覚えがあります。
反対にウチの母は
「わたしらの時は子ども手当みたいなものはもらえなんだ。伊勢湾台風の時だって国はな〜んにもしてくれなんだ…(ぶつぶつ)」
と名古屋弁で憤っております。
『時代が違うので』では納得できんようでした…。
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インターネットの世界なら、メールアドレスを登録させておいて、メールマガジンの購読を条件に●●がもらえる、とか、△△に応募できます、とかいうサイトは枚挙に暇がありません。
しかし、昔から
「タダより高いものはない」
とも言われます。
タダで配るにはそれなりの訳があることを買うほうも売るほうも知っています。
「配った以上は必ず回収できる仕組みを考えておく。」
これが常識です。
どうやったら配ったおかねを回収できるか。
を常に考えて仕掛けなければ、一度配ったものがお蔵に戻ってくることはないでしょう。
以前もらった定額給付金は確かにろうきん口座に入ったまま、特に何の動きもしていません。
どうやら話題の「子ども手当」も同じような動きをしているようです。
タダで配られたものにはウラがある。
と考えた賢い消費者は将来の回収、つまり増税に備えているのでしょう。
もちろん「将来の子どもの学資に備えたい」という親御さんの気持ちもわからなくはありません。
いつまでもタダで配られるはずがない。
そう考えているのかもしれません。
そういえば、はじめて子ども手当が支給された翌年の年賀状で、子連れのツレに、
「子ども手当をパーッと使って、景気回復に一役買ってね。」
などと無責任なメッセージを書いた覚えがあります。
反対にウチの母は
「わたしらの時は子ども手当みたいなものはもらえなんだ。伊勢湾台風の時だって国はな〜んにもしてくれなんだ…(ぶつぶつ)」
と名古屋弁で憤っております。
『時代が違うので』では納得できんようでした…。
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2011年08月10日
積みあがる借金問題、そんなときは。
「借金で首が回らなくなったとしたら、みなさんどうしますか。」
別にCMではありません。
仮定の話です。
・貯金を切り崩す
まずはこれでしょうか。
・支出を切り詰める
これもすぐに取り組むでしょう
腹が減っては戦ができぬ。当座の資金を確保しなければなりません。
・持っているブランド品を質屋に持って行く
・自家用車を売る
・保険を解約する
それだけでは足りません。すると
・アルバイトや副業をする
・内職をする
それでも足りないときは
・ほかにお金を貸してくれる人を当たる
それでも本当にダメなときは名古屋専門家相談室へ。専門家に任せましょう。
あれ?やっぱりCMっぽいな。
海の向こうも借金問題で大変なことになっています。
そのおかけで絶不調な日本の通貨が買われています??
経済は難しい…。
さて、最近はカネのかかる話ばかりです。
東日本を復興させるのにはいったいいくらかかるのでしょう?
将来の医療を守るにはいったいいくらかかるのでしょう?
安心できる年金制度とするにはいったいいくらかかるのでしょう?
もう少しのお付き合いを
別にCMではありません。
仮定の話です。
・貯金を切り崩す
まずはこれでしょうか。
・支出を切り詰める
これもすぐに取り組むでしょう
腹が減っては戦ができぬ。当座の資金を確保しなければなりません。
・持っているブランド品を質屋に持って行く
・自家用車を売る
・保険を解約する
それだけでは足りません。すると
・アルバイトや副業をする
・内職をする
それでも足りないときは
・ほかにお金を貸してくれる人を当たる
それでも本当にダメなときは名古屋専門家相談室へ。専門家に任せましょう。
あれ?やっぱりCMっぽいな。
海の向こうも借金問題で大変なことになっています。
そのおかけで絶不調な日本の通貨が買われています??
経済は難しい…。
さて、最近はカネのかかる話ばかりです。
東日本を復興させるのにはいったいいくらかかるのでしょう?
将来の医療を守るにはいったいいくらかかるのでしょう?
安心できる年金制度とするにはいったいいくらかかるのでしょう?
もう少しのお付き合いを
2011年08月04日
勤労は日本国憲法で定められた国民の義務
先の震災から立ち直っていく姿を世界が賞賛する論調を目にすることがあります。
日本人の勤勉さを示す好例なのだとか。
一昔前ならばこれは男の子だけの常識でした。
いまや、夫婦共稼ぎの世帯や定年後に続けて働くことは常識になりました。
ところがこんな例があります。
所得税の世界では所得のない配偶者には配偶者控除の適用があります。
ですが、現実には子育て世代を除くと、配偶者控除が適用されるのは高所得の中高年齢者の配偶者であることがとても多いのです。
仕事に就いている配偶者の給料が高いので、あえて仕事に出る必要がないからです。
ちなみにサラリーマンの配偶者ならばもちろん年金は第3号被保険者で健康保険は被扶養者。保険料を支払う必要もありません。
子育てをしながら働く人からしっかり税と保険料をとって、仕事をしなくていい人は負担ナシ…。
一方で年収「103万の壁」やあるいは「130万の壁」に阻まれて、それ以上働かない、働けないという現象があることはよく知られています。雇うほうもそれをいいことに低賃金で仕事をしてもらっています。
高年齢者に目を向けてみます。
高年齢者が受け取る年金は所得控除額が大きく設定されています。
そのため仕事に就いて同じ金額の給料もらっている現役世代よりも支払う税額は少なくなります。
現役世代はさらに年金保険料を支払っています。
給料がなかなか上がっていかない状況において、これはいかがなものでしょうか。
これでもし年金受給開始年齢まで生きられなかったら…。
そんなことを考えると仕事するのがイヤになります。
一人でも多くの人が働ける仕組みを作ることがこれからの社会にとっては必要となってくるはずです。
働かないこと、勉強しないことがトクをする社会であっては困ります。
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日本人の勤勉さを示す好例なのだとか。
「大人になったら働く」
一昔前ならばこれは男の子だけの常識でした。
いまや、夫婦共稼ぎの世帯や定年後に続けて働くことは常識になりました。
ところがこんな例があります。
所得税の世界では所得のない配偶者には配偶者控除の適用があります。
ですが、現実には子育て世代を除くと、配偶者控除が適用されるのは高所得の中高年齢者の配偶者であることがとても多いのです。
仕事に就いている配偶者の給料が高いので、あえて仕事に出る必要がないからです。
ちなみにサラリーマンの配偶者ならばもちろん年金は第3号被保険者で健康保険は被扶養者。保険料を支払う必要もありません。
子育てをしながら働く人からしっかり税と保険料をとって、仕事をしなくていい人は負担ナシ…。
一方で年収「103万の壁」やあるいは「130万の壁」に阻まれて、それ以上働かない、働けないという現象があることはよく知られています。雇うほうもそれをいいことに低賃金で仕事をしてもらっています。
高年齢者に目を向けてみます。
高年齢者が受け取る年金は所得控除額が大きく設定されています。
そのため仕事に就いて同じ金額の給料もらっている現役世代よりも支払う税額は少なくなります。
現役世代はさらに年金保険料を支払っています。
給料がなかなか上がっていかない状況において、これはいかがなものでしょうか。
これでもし年金受給開始年齢まで生きられなかったら…。
そんなことを考えると仕事するのがイヤになります。
一人でも多くの人が働ける仕組みを作ることがこれからの社会にとっては必要となってくるはずです。
働かないこと、勉強しないことがトクをする社会であっては困ります。
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2011年08月02日
道路はタダで使えるべき?
「道路はタダで使える。」
このことに異論を唱える人はまずいないと思います。
では、「道路」を「高速道路」と置き換えるといかがでしょう?
こうなると議論は噴出するのではないでしょうか。
普段から「渋滞」や「低速道路」に悩まされている運輸業のみなさんや都市部で暮らしているみなさんからは
「カネを払ってでも早く目的地に到着したい!」
という声が聞こえてきそうです。
それでは法律はどうなっているのでしょう?
「高速道路もタダで使える」
ただし、建設に使った費用(とこれまでに維持費に使った費用)を返し終わったら。
これが現在の答えです。
これは道路公団が民営化して高速道路会社になった今でも変わっていません。
以前にもここで紹介しましたが、高速道路料金は鉄道の「特急料金」とは異なります。
特急料金は、普通列車よりも早く到着する運輸サービスに関する料金
なのに対して
高速道路料金は、建設するのにした借金を返済するための資金
です。どこの法律事務所に頼んでも戻ってきたりしません。
つまり、本来税金で作るべき道路を早く作ったので、その分まだできていない他の場所よりは有利になっただろうから有料ね、というわけです。
ところが、「タダで使える高速道路」は日本中に作られています。
東北の「無料化」ではありません。もちろん6月に終了した無料化社会実験でもありません。
いわゆる「新直轄」で作られている高速道路です。
新直轄で建設される道路は、借金ではなく国や地方自治体の税金を使っているので「有料道路」とすることはできません。
つまり、税で作れば「道路はすべてタダで使える」ということになってしまうのです。
これが今の日本のルールです。
さて、いかがでしょう?
日本人は外国人とくらべてサービスに対価を支払うことに慣れていません。
しかし、高いサービスが得られるときにはそれなりの対価を支払う、という考えに切り替えてもいいのではないかと、わたし個人的には思っています。
それが税で作られたのか、借金で作られたのかで区別していることに疑問を感じます。
「すべての高速道路は永久にカネを取ります!」
ということを堂々と宣言して、法律をしっかりと作る、これこそが公平な民主主義だと思うですが。
だけど、どんな主義主張があっても、ズルをして高速道路料金をごまかすようなことはしてはいけません!!
こんな読み物もどうぞ。
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このことに異論を唱える人はまずいないと思います。
では、「道路」を「高速道路」と置き換えるといかがでしょう?
こうなると議論は噴出するのではないでしょうか。
普段から「渋滞」や「低速道路」に悩まされている運輸業のみなさんや都市部で暮らしているみなさんからは
「カネを払ってでも早く目的地に到着したい!」
という声が聞こえてきそうです。
それでは法律はどうなっているのでしょう?
「高速道路もタダで使える」
ただし、建設に使った費用(とこれまでに維持費に使った費用)を返し終わったら。
これが現在の答えです。
これは道路公団が民営化して高速道路会社になった今でも変わっていません。
以前にもここで紹介しましたが、高速道路料金は鉄道の「特急料金」とは異なります。
特急料金は、普通列車よりも早く到着する運輸サービスに関する料金
なのに対して
高速道路料金は、建設するのにした借金を返済するための資金
です。どこの法律事務所に頼んでも戻ってきたりしません。
つまり、本来税金で作るべき道路を早く作ったので、その分まだできていない他の場所よりは有利になっただろうから有料ね、というわけです。
ところが、「タダで使える高速道路」は日本中に作られています。
東北の「無料化」ではありません。もちろん6月に終了した無料化社会実験でもありません。
いわゆる「新直轄」で作られている高速道路です。
新直轄で建設される道路は、借金ではなく国や地方自治体の税金を使っているので「有料道路」とすることはできません。
つまり、税で作れば「道路はすべてタダで使える」ということになってしまうのです。
これが今の日本のルールです。
さて、いかがでしょう?
日本人は外国人とくらべてサービスに対価を支払うことに慣れていません。
しかし、高いサービスが得られるときにはそれなりの対価を支払う、という考えに切り替えてもいいのではないかと、わたし個人的には思っています。
それが税で作られたのか、借金で作られたのかで区別していることに疑問を感じます。
「すべての高速道路は永久にカネを取ります!」
ということを堂々と宣言して、法律をしっかりと作る、これこそが公平な民主主義だと思うですが。
だけど、どんな主義主張があっても、ズルをして高速道路料金をごまかすようなことはしてはいけません!!
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2011年07月14日
インターネットラジオ
名古屋は暦どおり暑中に入ってからは猛暑が続いています。
あまりに暑くて、食事するのも面倒です。
さて、今ラジオがマイブームです。
事務所で仕事しているときはほとんどかかっています。
とはいえ、ラジオ受信機で聴取するよりは専らインターネット経由です。
3月から中京地区でも「radiko」が始まりAM放送もステレオで聴くことができます。
4月の一定期間まではエリア制限がなかったので、大阪や東京の局も聴取できました。
いまは、東北の局を聴くことができます。
昨晩もTBCでナイターを聴いておりました。
和田の好投が報われなかったのが残念でした。
ホークスファンとしては九州の局が聴けるようになるとうれしいのですけども。
個人的にはエリア制限する必要はないと思うのです。
まあ権利関係とか、お金のかけられる大阪や東京の局と比べられると聴取者を取られてしまうのでは、とかいう心配があるからなのでしょうか。
もう一つのサイトは、「サイマルラジオ」で、こちらは全国のコミュニティ放送が受信できます。ただし、自主制作の番組のみが配信されています。
MusicBirdやJ-WAVEの番組は配信されません。
地元名古屋の「MID-FM」か茨城県いわき市の「SEA WAVE」FMいわきがお気に入りです。
「SEA WAVE」FMいわきは災害対応局としての役割もあり、災害ごみの搬入とか生活支援とかの地元に根ざした情報を随時流しています。
震災当日の3月11日にも継続的に放送を続けていて、全国テレビ放送では報じられない細かい情報、たとえば行方不明者に関する情報や避難所の情報、放射線量測定値などを地元に提供していました。
コミュニティ放送は情報が地元密着すぎて、何のことかさっぱりわからない内容もたくさんあります。ただ、以前に高山や諏訪へ旅行に出かけた際、地元のコミュニティ放送で流れていた「空き駐車場情報」や「交通情報」はかなり役に立ちました。
災害が起こるたびにラジオの力が見直されています。
テレビに比べて情報量が少ない分、設備も小規模ですむので、大きな被害に遭ってもわりに早く復旧するメディアです。また受信機も安価で、電源も電池など比較的手に入りやすいことから、阪神の震災のときも重宝されました。
さらにスマートフォン対応のアプリもあるようなので、今後も災害時には威力を発揮することなるのでしょうか。
twitterやfacebookなどのインターネットメディアも今回の災害には注目されました。
ですが、情報の信頼性という点では、既存メディアと比べて劣ります。
古くて新しいメディアとしてのラジオに注目していきましょう。
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あまりに暑くて、食事するのも面倒です。
さて、今ラジオがマイブームです。
事務所で仕事しているときはほとんどかかっています。
とはいえ、ラジオ受信機で聴取するよりは専らインターネット経由です。
3月から中京地区でも「radiko」が始まりAM放送もステレオで聴くことができます。
4月の一定期間まではエリア制限がなかったので、大阪や東京の局も聴取できました。
いまは、東北の局を聴くことができます。
昨晩もTBCでナイターを聴いておりました。
和田の好投が報われなかったのが残念でした。
ホークスファンとしては九州の局が聴けるようになるとうれしいのですけども。
個人的にはエリア制限する必要はないと思うのです。
まあ権利関係とか、お金のかけられる大阪や東京の局と比べられると聴取者を取られてしまうのでは、とかいう心配があるからなのでしょうか。
もう一つのサイトは、「サイマルラジオ」で、こちらは全国のコミュニティ放送が受信できます。ただし、自主制作の番組のみが配信されています。
MusicBirdやJ-WAVEの番組は配信されません。
地元名古屋の「MID-FM」か茨城県いわき市の「SEA WAVE」FMいわきがお気に入りです。
「SEA WAVE」FMいわきは災害対応局としての役割もあり、災害ごみの搬入とか生活支援とかの地元に根ざした情報を随時流しています。
震災当日の3月11日にも継続的に放送を続けていて、全国テレビ放送では報じられない細かい情報、たとえば行方不明者に関する情報や避難所の情報、放射線量測定値などを地元に提供していました。
コミュニティ放送は情報が地元密着すぎて、何のことかさっぱりわからない内容もたくさんあります。ただ、以前に高山や諏訪へ旅行に出かけた際、地元のコミュニティ放送で流れていた「空き駐車場情報」や「交通情報」はかなり役に立ちました。
災害が起こるたびにラジオの力が見直されています。
テレビに比べて情報量が少ない分、設備も小規模ですむので、大きな被害に遭ってもわりに早く復旧するメディアです。また受信機も安価で、電源も電池など比較的手に入りやすいことから、阪神の震災のときも重宝されました。
さらにスマートフォン対応のアプリもあるようなので、今後も災害時には威力を発揮することなるのでしょうか。
twitterやfacebookなどのインターネットメディアも今回の災害には注目されました。
ですが、情報の信頼性という点では、既存メディアと比べて劣ります。
古くて新しいメディアとしてのラジオに注目していきましょう。
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2011年06月30日
役所に出向くと。
猛暑お見舞い申し上げます。
名古屋は連日猛暑が続いております。まだ6月だというのに…。
しかも「梅雨」真っ只中なのに太陽が燦々と輝いています。
冷房の効いた室内から外を見ると、何とも気持ちよさそうです。
さて、わたしたち士業者はいろいろな「役所」へ書類を提出に行ったり、打ち合わせをしたりします。最近まず感じることは、
「涼しくない」
以前は寒いくらいに冷房を効かせていて、ひざ掛けをする職員の姿もありました。しかし地球温暖化への取り組みに加えて、原子力発電所の運転停止の影響もあって、冷房の設定温度を上げていたり、冷房そのものをとめていたりしている所もしばしばあります。
一昔前は最近ほど暑くなかったとは言うものの、冷房のないところもあったように思いますが、すっかりヒトは弱くなってしまうものです。
景気がいいと「忙しくなる役所」と反対に「ヒマになる役所」があり、さまざまです。
ハローワークや助成金にかかる役所は忙しいところが多く、駐車場に入るのに待って、さらに中で1時間待って、ということもあります。
最近は厚生労働省関係では電子申請や郵送申請できる手続きが多くなったので出向く機会は減ったものの、それでも何か問題のある場合は出向かなければなりません。
反対に申請者が少なくなったのは運輸支局です。先の震災の被災地では、使えなくなった車両や持ち主が亡くなってしまった車両の手続きなど、大変な混雑のようですが、愛知の運輸支局は比較的空いているように思います。以前は書類提出から1時間待つこともありましたが、今は午前中ならば比較的早く済みます。
役所にはわたしたちと同じ士業の立場で、役所での仕事に就いている方がいます。
それゆえに、士業者の提出する書類に厳しく突っ込みを入れてくる方がいるとか、いないとか。
なれない仕事で役所へ出向くときは、いまだに気が重いものです。
役所は全国一律同じではありません。
たとえば警察は全国組織のように見えますが、各県で申請方法から書式までバラバラです。
それ以外の同じ●●省でも県を跨ぐと全く異なる書類の提出を求められることがあります。
遠い役所へ出向かなくてはならないときは、ホントにドキドキします。
「もう一回おいで」
って気安く行くことはできませんからね。
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名古屋は連日猛暑が続いております。まだ6月だというのに…。
しかも「梅雨」真っ只中なのに太陽が燦々と輝いています。
冷房の効いた室内から外を見ると、何とも気持ちよさそうです。
さて、わたしたち士業者はいろいろな「役所」へ書類を提出に行ったり、打ち合わせをしたりします。最近まず感じることは、
「涼しくない」
以前は寒いくらいに冷房を効かせていて、ひざ掛けをする職員の姿もありました。しかし地球温暖化への取り組みに加えて、原子力発電所の運転停止の影響もあって、冷房の設定温度を上げていたり、冷房そのものをとめていたりしている所もしばしばあります。
一昔前は最近ほど暑くなかったとは言うものの、冷房のないところもあったように思いますが、すっかりヒトは弱くなってしまうものです。
景気がいいと「忙しくなる役所」と反対に「ヒマになる役所」があり、さまざまです。
ハローワークや助成金にかかる役所は忙しいところが多く、駐車場に入るのに待って、さらに中で1時間待って、ということもあります。
最近は厚生労働省関係では電子申請や郵送申請できる手続きが多くなったので出向く機会は減ったものの、それでも何か問題のある場合は出向かなければなりません。
反対に申請者が少なくなったのは運輸支局です。先の震災の被災地では、使えなくなった車両や持ち主が亡くなってしまった車両の手続きなど、大変な混雑のようですが、愛知の運輸支局は比較的空いているように思います。以前は書類提出から1時間待つこともありましたが、今は午前中ならば比較的早く済みます。
役所にはわたしたちと同じ士業の立場で、役所での仕事に就いている方がいます。
それゆえに、士業者の提出する書類に厳しく突っ込みを入れてくる方がいるとか、いないとか。
なれない仕事で役所へ出向くときは、いまだに気が重いものです。
役所は全国一律同じではありません。
たとえば警察は全国組織のように見えますが、各県で申請方法から書式までバラバラです。
それ以外の同じ●●省でも県を跨ぐと全く異なる書類の提出を求められることがあります。
遠い役所へ出向かなくてはならないときは、ホントにドキドキします。
「もう一回おいで」
って気安く行くことはできませんからね。
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2011年05月23日
世代交代すすんでいます
先日67歳の父が勤務生活を終え、リタイヤ生活に入りました。
毎日が「悠々自適」というよりは時間を持て余している感じすらします。
そういえば、わたしがまだ小学生のころ、夏休みでヒマを持て余していたのに見かねて、ときどき仕事に連れて行ってくれたものでした。
今度はわたしが父を自分の仕事に連れて行くようになるのかもしれません。
元気なうちはわたしの仕事を手伝ってもらうようにしたほうがいいかな、とも思っています。
親と子の役割はいつのころからか少しずつ変化していました。
子どものころのようにわたしが両親に質問することはほとんどなく、両親からいろいろな質問を受けたり、年金などの情報を提供したりするようになりました。
パソコンや携帯電話を持つようにもすすめました。
車で出かけるときは、ドライバーは子が務め、両親は後部座席や助手席が定位置になっています。プラン作りや手配も当然のように子の役割になっています。
最近は「老いては子に従え」などと調子のいいこと言って、面倒なことはこちらにお鉢が回ってくるようになりました。
自分が子どものころにしてもらっていたことを、親に対してするようになる。
小さな世代交代が少しずつ進んでいます。
この記事が面白ければご褒美にこちらぱちっと。
毎日が「悠々自適」というよりは時間を持て余している感じすらします。
そういえば、わたしがまだ小学生のころ、夏休みでヒマを持て余していたのに見かねて、ときどき仕事に連れて行ってくれたものでした。
今度はわたしが父を自分の仕事に連れて行くようになるのかもしれません。
元気なうちはわたしの仕事を手伝ってもらうようにしたほうがいいかな、とも思っています。
親と子の役割はいつのころからか少しずつ変化していました。
子どものころのようにわたしが両親に質問することはほとんどなく、両親からいろいろな質問を受けたり、年金などの情報を提供したりするようになりました。
パソコンや携帯電話を持つようにもすすめました。
車で出かけるときは、ドライバーは子が務め、両親は後部座席や助手席が定位置になっています。プラン作りや手配も当然のように子の役割になっています。
最近は「老いては子に従え」などと調子のいいこと言って、面倒なことはこちらにお鉢が回ってくるようになりました。
自分が子どものころにしてもらっていたことを、親に対してするようになる。
小さな世代交代が少しずつ進んでいます。
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2011年03月20日
被災地に少しずつ日常を。
大地震が発生して10日目です。
被災地のインフラが少しずつ復旧し始め、救援物資が各避難所などに届くようになっているようです。
ヒトは食べることができるようになると、別のいろいろな欲求が出てくるものです。そのひとつに社会のなかでの「役割」を求める、ということがあります。
まだまだ安全が確保できないために、公務員のみなさんが中心となって、被災者支援の仕事をされています。
わたしは、そろそろ民間に、とりわけ被災した地元に仕事を回すべきだ、と考えています。
批判を恐れずに述べると、いま支援に当たっている公務員のみなさんは「仕事」をしていますので、お給料がもらえます。一方で被災してしまった企業やそこに勤めていた従業員は、助成金や失業手当を受け取ることとなります。もちろん仕事をしているときよりは収入も減ってしまいます。
その一方で支援している公務員の皆さんも災害発生から10日もすれば、疲労の色が濃くなってきました。
そこで、ボランティアを受け入れることも結構ですが、ここは被災者のみなさんを「戦力」と考え、労働者としてとらえるのはどうでしょうか。
たとえば、燃料や支援物資輸送に携わる運転手の仕事。全国からタンクローリーやトラックを援助してもらい、輸送業務は元々運転してきたドライバーに加えて、被災して避難しているドライバーにも「仕事」をしてもらう。もちろん給料も支払う。船舶関係でもできるかも。
できれば被災した運送会社に発注するのがベスト。
指揮命令の関係から法的には「労働者派遣」となってしまう場合には、期限付きできわめてカンタンに許可を出せる特例法を作れば可能でしょう。帳簿などの書類はわれわれのような専門家の会(○○士会)にやらせればいい。こっちは無償でもいいかな。
ほかにも、被災した中高生が物資の仕分け作業などの手伝いをしているが、これも「労働者」として扱って給料を払えばいい。
力仕事ができない方には、臨時の行政職員として「仕事」してもらってはどうでしょうか。
書類の作成や段取り、情報の整理など、企業マンとして活躍していた人ならお手のものでしょう。終戦直後のような代用教員の仕組みを導入することもいいでしょう。
被災地やその周辺の観光レジャー産業は今後相当仕事がなくなるでしょう。
そこで、ガラガラになってしまっている宿泊施設などを行政が避難場所に設定して受け入れをお願いするのはどうでしょう。もちろん有償で。
施設にしても、空気を留めておいてもお金にはならない。仮に安くても使っていたほうがいい。そうすれば従業員の雇用だって守ることができる。
高齢者やこどもも大切ですが、仕事や役割を失ってしまった「現役」のみなさんには早く「日常」を作ることが大切なのではないでしょうか。
やっぱり、大人は仕事をするべきだし、こどもは勉強と遊びが仕事です。
まだまだ、ライフラインすら復旧していない今頃だからこそ、その先を見通しておかなくてはいけないのではないでしょうか。
えっ?
「そんなにいろいろ払ったらお金が…」
心配ご無用!そのために義援金を集めればいいじゃないの。足りなくなったらまた考えましょう。
まだ今年の予算ですら、お金の工面ついていないんですから…。
被災地のインフラが少しずつ復旧し始め、救援物資が各避難所などに届くようになっているようです。
ヒトは食べることができるようになると、別のいろいろな欲求が出てくるものです。そのひとつに社会のなかでの「役割」を求める、ということがあります。
まだまだ安全が確保できないために、公務員のみなさんが中心となって、被災者支援の仕事をされています。
わたしは、そろそろ民間に、とりわけ被災した地元に仕事を回すべきだ、と考えています。
批判を恐れずに述べると、いま支援に当たっている公務員のみなさんは「仕事」をしていますので、お給料がもらえます。一方で被災してしまった企業やそこに勤めていた従業員は、助成金や失業手当を受け取ることとなります。もちろん仕事をしているときよりは収入も減ってしまいます。
その一方で支援している公務員の皆さんも災害発生から10日もすれば、疲労の色が濃くなってきました。
そこで、ボランティアを受け入れることも結構ですが、ここは被災者のみなさんを「戦力」と考え、労働者としてとらえるのはどうでしょうか。
たとえば、燃料や支援物資輸送に携わる運転手の仕事。全国からタンクローリーやトラックを援助してもらい、輸送業務は元々運転してきたドライバーに加えて、被災して避難しているドライバーにも「仕事」をしてもらう。もちろん給料も支払う。船舶関係でもできるかも。
できれば被災した運送会社に発注するのがベスト。
指揮命令の関係から法的には「労働者派遣」となってしまう場合には、期限付きできわめてカンタンに許可を出せる特例法を作れば可能でしょう。帳簿などの書類はわれわれのような専門家の会(○○士会)にやらせればいい。こっちは無償でもいいかな。
ほかにも、被災した中高生が物資の仕分け作業などの手伝いをしているが、これも「労働者」として扱って給料を払えばいい。
力仕事ができない方には、臨時の行政職員として「仕事」してもらってはどうでしょうか。
書類の作成や段取り、情報の整理など、企業マンとして活躍していた人ならお手のものでしょう。終戦直後のような代用教員の仕組みを導入することもいいでしょう。
被災地やその周辺の観光レジャー産業は今後相当仕事がなくなるでしょう。
そこで、ガラガラになってしまっている宿泊施設などを行政が避難場所に設定して受け入れをお願いするのはどうでしょう。もちろん有償で。
施設にしても、空気を留めておいてもお金にはならない。仮に安くても使っていたほうがいい。そうすれば従業員の雇用だって守ることができる。
高齢者やこどもも大切ですが、仕事や役割を失ってしまった「現役」のみなさんには早く「日常」を作ることが大切なのではないでしょうか。
やっぱり、大人は仕事をするべきだし、こどもは勉強と遊びが仕事です。
まだまだ、ライフラインすら復旧していない今頃だからこそ、その先を見通しておかなくてはいけないのではないでしょうか。
えっ?
「そんなにいろいろ払ったらお金が…」
心配ご無用!そのために義援金を集めればいいじゃないの。足りなくなったらまた考えましょう。
まだ今年の予算ですら、お金の工面ついていないんですから…。
2011年03月16日
きもちの支援を。
日本中が驚きと悲しみを迎えてから6日。
送られてくる映像は自然の恐ろしさをまざまざと見せつけています。
民間放送のメディアは通常の番組を放送し始めましたが、その収入の柱であるCMは極端に少なくなっています。
「AC」の広告が何度も何度も流され、多くの広告主が自粛しているようです。
さまざまなイベントが中止され、当地名古屋国際女子マラソンも行われませんでした。
さらに春の選抜高校野球も開催が危ぶまれているとか。
家族が被災している生徒もいるとのことで、やる方ない思いもあります。
ですが、これは教育であり、スポーツです。プロ野球と違いショーではありません。
懸命に練習してきた結果掴み取ったチャンスを大人が摘んでしまうのには違和感を感じます。
選手本人の気持ちの中で整理がつかず、どうしても出たくない、というのならば話は通ります。
また、被災した家族はどう思うでしょう。
さらに、自分を責めたりしないでしょうか。
20年前の震災で被災しながらもひたむきにプレーした選手たちには、感動したものでした。
わたしたちは、選手たちが地元の代表として十分にプレイできる環境を作ってあげなければいけないのではないでしょうか。
特に被災していない大人ができることはたくさんあるように感じます。
「そんなことよりも、今困っている人を助けるのが第一じゃないのか!」
というお叱りの声があるかもしれません。
けれど、滅入る気持ちをグッと盛り上げるのが子どもであり、スポーツだと思います。
彼らががんばっているなら、自分もがんばれる
そんな思いを届けることも被災者の心の支援なのではないでしょうか。
新しく就任した大村愛知県知事は予定されたイベントを中止せず、義援金の呼びかけやチャリティイベントとするようです。
沈んだ気持ちのときだからこそ、と考えるのは吉宗に対抗した宗春イズムなのでしょうか。
あまり行き過ぎた「自粛」はいかがなものでしょう。
送られてくる映像は自然の恐ろしさをまざまざと見せつけています。
民間放送のメディアは通常の番組を放送し始めましたが、その収入の柱であるCMは極端に少なくなっています。
「AC」の広告が何度も何度も流され、多くの広告主が自粛しているようです。
さまざまなイベントが中止され、当地名古屋国際女子マラソンも行われませんでした。
さらに春の選抜高校野球も開催が危ぶまれているとか。
家族が被災している生徒もいるとのことで、やる方ない思いもあります。
ですが、これは教育であり、スポーツです。プロ野球と違いショーではありません。
懸命に練習してきた結果掴み取ったチャンスを大人が摘んでしまうのには違和感を感じます。
選手本人の気持ちの中で整理がつかず、どうしても出たくない、というのならば話は通ります。
また、被災した家族はどう思うでしょう。
さらに、自分を責めたりしないでしょうか。
20年前の震災で被災しながらもひたむきにプレーした選手たちには、感動したものでした。
わたしたちは、選手たちが地元の代表として十分にプレイできる環境を作ってあげなければいけないのではないでしょうか。
当日まで練習できるようにする援助
選手・応援団が現地へ向かう行程の援助
被災地で中継が見られるようにする援助
選手と家族の間で連絡できるようにする援助
特に被災していない大人ができることはたくさんあるように感じます。
「そんなことよりも、今困っている人を助けるのが第一じゃないのか!」
というお叱りの声があるかもしれません。
けれど、滅入る気持ちをグッと盛り上げるのが子どもであり、スポーツだと思います。
彼らががんばっているなら、自分もがんばれる
そんな思いを届けることも被災者の心の支援なのではないでしょうか。
新しく就任した大村愛知県知事は予定されたイベントを中止せず、義援金の呼びかけやチャリティイベントとするようです。
沈んだ気持ちのときだからこそ、と考えるのは吉宗に対抗した宗春イズムなのでしょうか。
あまり行き過ぎた「自粛」はいかがなものでしょう。
2011年03月04日
昔からの慣例で
地域や組織、はたまた家庭においてもいろいろな「慣例」や「常識」が存在します。
わたしが所属した旅行業界や製造業の世界でもいろいろな常識があったものです。
こうした慣例や常識は時にはそれがルールとして認められると法令の規定よりも、そちらを優先して適用することがあります。
もちろん、法令に反する慣例や常識は認められません。
ところで、「慣例」や「常識」は長い時間が経過すると、世間からずれてしまうことがしばしばあります。
中には新たに法律が出来て、それらが法に触れてしまうことになる場合も出てきます。
とりわけ、創業者であるリーダーが「俺が法律だ!!」と力んでしまう例がしばしばあります。
労働者のみなさんから相談を受けると、驚かされてしまうことがあります。
わたしたち士業者は、法の目的を達成するために、その法が円滑に運用されるようにしなければならない、それぞれの○○士法には規定されています。
場合によってはお金をいただくお客さんの行動を正していかなくてはいけないことがあります。
ビジネスとして考えると、「お客さんを怒らせてまで…」とか「こんなことで契約を切られてしまったらどうしよう」とかという気持ちがなくはありません。
弁護士さんの講演で、
士業者のみなさんが悩まれることではないでしょうか。
わたしが所属した旅行業界や製造業の世界でもいろいろな常識があったものです。
こうした慣例や常識は時にはそれがルールとして認められると法令の規定よりも、そちらを優先して適用することがあります。
もちろん、法令に反する慣例や常識は認められません。
ところで、「慣例」や「常識」は長い時間が経過すると、世間からずれてしまうことがしばしばあります。
業界の常識は世間の非常識などという言葉が存在するくらいです。
中には新たに法律が出来て、それらが法に触れてしまうことになる場合も出てきます。
とりわけ、創業者であるリーダーが「俺が法律だ!!」と力んでしまう例がしばしばあります。
労働者のみなさんから相談を受けると、驚かされてしまうことがあります。
わたしたち士業者は、法の目的を達成するために、その法が円滑に運用されるようにしなければならない、それぞれの○○士法には規定されています。
場合によってはお金をいただくお客さんの行動を正していかなくてはいけないことがあります。
ビジネスとして考えると、「お客さんを怒らせてまで…」とか「こんなことで契約を切られてしまったらどうしよう」とかという気持ちがなくはありません。
弁護士さんの講演で、
敵は相手方ではなく、依頼者そのものと言うことを聞いたことがあります。
士業者のみなさんが悩まれることではないでしょうか。
2010年12月17日
最初の目的は…。
休日の高速道路普通車1000円の料金が来年4月以降も維持されるようです。
大騒ぎして2年前に導入されたこの料金は、代わりの案が決まることなく、解決を先延ばしすることになったようです。
そもそも、高速道路の通行料金とは、どのような性質を持つのでしょうか?
戦後間もない昭和27年に作られた「道路整備特別措置法(旧法)」によって、一般の予算とは別に建設費を調達して、道路の建設を早くすすめる仕組みとして導入された「有料道路」の考えから徴収されているものです。
いまの道路整備特別措置法(新法)の第1条は「道路の整備を促進し、交通の利便を増進すること」を目的としています。
つまり、通行料金はいわゆる「高速」走行に対するサービス料金ではありません。だから、高速道路を通行して、渋滞などで一般道を通行するよりも到着が遅れたとしても、通行料金は返金されないのです。一方、JRの「特急料金」は速達するサービス料金なので、到着が大きく遅れた場合には料金が払い戻されるわけです。
ここで、通行料金の「受益者負担」という言葉について考えてみます。
高速道路を含む有料道路における「受益」とは
あくまで通行料金は「高速サービス料金でない」ので。
法律には必ず「目的」があります。何の目的もなしに、権利を制限することは日本国憲法で許されていないからです。
高速道路の議論を聞いていると、どうもそのあたりの整理ができていないように感じてしまいます。
まずは、いまだに「建設」や「整備」を目的としている法律を改めて、
・安価で良質な「サービス」を提供すること
・地球環境を保持すべきこと
・産業競争力を向上させること
などを目的とすべきではないでしょうか。
この記事が面白ければご褒美にこちらぱちっと。
大騒ぎして2年前に導入されたこの料金は、代わりの案が決まることなく、解決を先延ばしすることになったようです。
そもそも、高速道路の通行料金とは、どのような性質を持つのでしょうか?
戦後間もない昭和27年に作られた「道路整備特別措置法(旧法)」によって、一般の予算とは別に建設費を調達して、道路の建設を早くすすめる仕組みとして導入された「有料道路」の考えから徴収されているものです。
いまの道路整備特別措置法(新法)の第1条は「道路の整備を促進し、交通の利便を増進すること」を目的としています。
つまり、通行料金はいわゆる「高速」走行に対するサービス料金ではありません。だから、高速道路を通行して、渋滞などで一般道を通行するよりも到着が遅れたとしても、通行料金は返金されないのです。一方、JRの「特急料金」は速達するサービス料金なので、到着が大きく遅れた場合には料金が払い戻されるわけです。
ここで、通行料金の「受益者負担」という言葉について考えてみます。
高速道路を含む有料道路における「受益」とは
一般予算では整備されるはずのない道路を早く(早期に)使うことということになります。
あくまで通行料金は「高速サービス料金でない」ので。
法律には必ず「目的」があります。何の目的もなしに、権利を制限することは日本国憲法で許されていないからです。
高速道路の議論を聞いていると、どうもそのあたりの整理ができていないように感じてしまいます。
まずは、いまだに「建設」や「整備」を目的としている法律を改めて、
・安価で良質な「サービス」を提供すること
・地球環境を保持すべきこと
・産業競争力を向上させること
などを目的とすべきではないでしょうか。
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2010年11月18日
世の中の何が守られるのか。
日本国憲法では、職業選択の自由があり、私有財産の自由を保障しています。
とはいえ、何でもかんでも自由でOK!という訳ではありません。
現実には様々な制約が存在しています。それがいわゆる「許認可」や「免許」です。
これらには、必ず守られるべき公益が存在します。
わかりやすいものは自動車免許や医師免許といった免許です。
無免許で自動車を運転したり、無免許で医療行為を行うことは、国民の生命を危険にさらすことになってしまいます。
営業にかかる許認可についても同じことが言えます。
たとえば建設業ならば、大きな工事を行うような場合、確実な技術を持ったものでないと困りますし、確かな経営ができない業者では先に代金だけもらって完成させることができない、ということになっては困ります。
食品や薬品を製造したり、提供したりするものなら、衛生状態が間違いないと、消費者は安心して購入することができなくなってしまいます。
許認可の申請には多くの書類の提供を求められることがありますが、それは何の公益を守るためなのか、ということを考えながら作成していかないと、お客さんに間違ったメッセージを伝えてしまう恐れがあります。
昨今、専門家である士業者が許認可や助成金にかかる書類の作成について、問題となる事案が発生しています。士業者が主体的に行った事案ならば弁解の余地はありませんが、お客さんとの間のコミュニケーション不足から、誤った書類を作ってしまう例もあるようです。
ただ、中には「えっ、こんな書類ホントに必要?」というものや許認可ができたときには必要だったかも知れないけれど今は…、というような書類を作ることもあります。
緩和されるべき規制がないとはとても言い切れません。
とはいえ、何でもかんでも自由でOK!という訳ではありません。
現実には様々な制約が存在しています。それがいわゆる「許認可」や「免許」です。
これらには、必ず守られるべき公益が存在します。
わかりやすいものは自動車免許や医師免許といった免許です。
無免許で自動車を運転したり、無免許で医療行為を行うことは、国民の生命を危険にさらすことになってしまいます。
営業にかかる許認可についても同じことが言えます。
たとえば建設業ならば、大きな工事を行うような場合、確実な技術を持ったものでないと困りますし、確かな経営ができない業者では先に代金だけもらって完成させることができない、ということになっては困ります。
食品や薬品を製造したり、提供したりするものなら、衛生状態が間違いないと、消費者は安心して購入することができなくなってしまいます。
許認可の申請には多くの書類の提供を求められることがありますが、それは何の公益を守るためなのか、ということを考えながら作成していかないと、お客さんに間違ったメッセージを伝えてしまう恐れがあります。
昨今、専門家である士業者が許認可や助成金にかかる書類の作成について、問題となる事案が発生しています。士業者が主体的に行った事案ならば弁解の余地はありませんが、お客さんとの間のコミュニケーション不足から、誤った書類を作ってしまう例もあるようです。
ただ、中には「えっ、こんな書類ホントに必要?」というものや許認可ができたときには必要だったかも知れないけれど今は…、というような書類を作ることもあります。
緩和されるべき規制がないとはとても言い切れません。
2010年11月15日
このたびは守ってもらえるの?
わたしの事務所から直線で100メートルくらい離れたところを新幹線のガードが通っています。
とはいえ、名古屋駅まであと2〜3分のところなので、夜の静かな時間帯でなければ、音はほとんど届いてきません。
最寄のJR駅へはこのガード沿いを歩いていきます。子どものころから鉄道が好きなので、列車が通過すると、つい見上げてします。この列車は新大阪行きのこだま号だ、とか、いまごろ車内では「Ambitious Japan」が流れて名古屋で下りる支度をしているなあ、とか。
けど、筋金入りの鉄ッチャンではありません。針金入りくらいです。
さて、わたしも籍を置いたことのある旅行業界ですが、昨今は業者を利用する団体さんも減って、どこもたいへんな苦労をしていると聞き及びます。
宿泊施設や貸切バスのではもっぱら「インバウンド」と呼ばれている外国からの観光客だのみの営業をしているところもあるそうです。
ところで、旅行業は観光庁長官や都道府県知事の認可を得て営業をしています。
その目的は消費者を保護するためで、旅行に申し込んだのに、その業者が逃げたり、つぶれてしまったりしても泣き寝入りすることのないように、供託の制度があったり、旅行管理者を各営業所・店舗に置くことで専門性を担保したり、というようなことを定めています。
また、旅行中に死亡または後遺症の残るような重篤な傷病に罹ってしまった場合の見舞金制度特別補償)も用意されています。
一方で最近増えている外国からのお客さんに対しては、旅行業法の網にかからないことが多いです。
これらのお客さんの多くは出発地で契約を済ませていますので、日本の法律の対象となりません。ただし、オプショナルツアーを国内で契約する場合は、その手配業者は旅行業の登録が必要となります。
同じことは日本人が海外へ出かけたときにも当てはまります。
お客さんは日本の旅行業者と契約をしますので、旅行業法の適用があり、保護を受けることができます。
ですが海外旅行は現地の足や宿泊は多くはランドオペレーターと呼ばれる業者が、日本の旅行業者からの依頼で手配をします。
日本でパッケージツアーとして行程に含まれている場合を除いて、海外で現地の業者と直接契約をした場合は旅行業法による保護の対象にはなりません。
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とはいえ、名古屋駅まであと2〜3分のところなので、夜の静かな時間帯でなければ、音はほとんど届いてきません。
最寄のJR駅へはこのガード沿いを歩いていきます。子どものころから鉄道が好きなので、列車が通過すると、つい見上げてします。この列車は新大阪行きのこだま号だ、とか、いまごろ車内では「Ambitious Japan」が流れて名古屋で下りる支度をしているなあ、とか。
けど、筋金入りの鉄ッチャンではありません。針金入りくらいです。
さて、わたしも籍を置いたことのある旅行業界ですが、昨今は業者を利用する団体さんも減って、どこもたいへんな苦労をしていると聞き及びます。
宿泊施設や貸切バスのではもっぱら「インバウンド」と呼ばれている外国からの観光客だのみの営業をしているところもあるそうです。
ところで、旅行業は観光庁長官や都道府県知事の認可を得て営業をしています。
その目的は消費者を保護するためで、旅行に申し込んだのに、その業者が逃げたり、つぶれてしまったりしても泣き寝入りすることのないように、供託の制度があったり、旅行管理者を各営業所・店舗に置くことで専門性を担保したり、というようなことを定めています。
また、旅行中に死亡または後遺症の残るような重篤な傷病に罹ってしまった場合の見舞金制度特別補償)も用意されています。
一方で最近増えている外国からのお客さんに対しては、旅行業法の網にかからないことが多いです。
これらのお客さんの多くは出発地で契約を済ませていますので、日本の法律の対象となりません。ただし、オプショナルツアーを国内で契約する場合は、その手配業者は旅行業の登録が必要となります。
同じことは日本人が海外へ出かけたときにも当てはまります。
お客さんは日本の旅行業者と契約をしますので、旅行業法の適用があり、保護を受けることができます。
ですが海外旅行は現地の足や宿泊は多くはランドオペレーターと呼ばれる業者が、日本の旅行業者からの依頼で手配をします。
日本でパッケージツアーとして行程に含まれている場合を除いて、海外で現地の業者と直接契約をした場合は旅行業法による保護の対象にはなりません。
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2010年10月27日
もう1年経ちましたね。
行政書士の主要業務である許認可は一定期間の定めがあることがほとんどです。
開業してから間もない時期にご依頼いただいたある案件は、許可期間が1年間でちょうどこの時期が更新となります。
先日、例年通り申請に必要な委任状などの書類をいただきに訪問しました。何回目かの更新なので、お客さんも慣れたものです。
「もう1年か。早いね。」
まるで、桜や紅葉のシーズンのようにお客さんの記憶のカレンダーに描かれるようになったのかなあ、などと思ってしまいます。
このお客さんは1年に1度のお付き合いですが、もっと信頼されて、それ以外のいろいろなご相談やご依頼をいただけるようにならなくては、いけないのかもしれません。
ところで、1年やそれ以上の期間に1回こっきりの作業はその手順を思い出すも大変です。
まして、一般の市民の方にとって、役所に書類を提出する機会はそれほど多くはないでしょう。
役所だけでなく、わたしが社会に出て最初の業界である旅行もそういった側面があります。
個人で出かける旅行ならともかく、団体で、あるいは家族をエスコートして、ということになると責任も大きくなってきます。
士業も旅行の業界も、誰かがやらなくては、いついつまでにやらなくては、という立場にあるみなさんに、解決に向けてのノウハウを提供する、という点では同じサービス業といえるのかもしれません。
よろしければこちらのページもどうぞ
開業してから間もない時期にご依頼いただいたある案件は、許可期間が1年間でちょうどこの時期が更新となります。
先日、例年通り申請に必要な委任状などの書類をいただきに訪問しました。何回目かの更新なので、お客さんも慣れたものです。
「もう1年か。早いね。」
まるで、桜や紅葉のシーズンのようにお客さんの記憶のカレンダーに描かれるようになったのかなあ、などと思ってしまいます。
このお客さんは1年に1度のお付き合いですが、もっと信頼されて、それ以外のいろいろなご相談やご依頼をいただけるようにならなくては、いけないのかもしれません。
ところで、1年やそれ以上の期間に1回こっきりの作業はその手順を思い出すも大変です。
まして、一般の市民の方にとって、役所に書類を提出する機会はそれほど多くはないでしょう。
役所だけでなく、わたしが社会に出て最初の業界である旅行もそういった側面があります。
個人で出かける旅行ならともかく、団体で、あるいは家族をエスコートして、ということになると責任も大きくなってきます。
士業も旅行の業界も、誰かがやらなくては、いついつまでにやらなくては、という立場にあるみなさんに、解決に向けてのノウハウを提供する、という点では同じサービス業といえるのかもしれません。
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2010年09月22日
経済に詳しい人、いったいどっちがいいの?
最近の経済ニュースを見聞きしていると、おいおい、って突っ込みたくなることがよくあります。
それは、経済学者さんや評論家の考えがあまりにバラバラだから。
ならば、経済の将来を誰に聞けばわかるのでしょう?
そんな思いがします。
学問の世界では、いくつかの学説が存在するのは理解できます。ですが経済は実体がより大切です。
たとえば、日本の財政について。
ある学者さんは
「日本の国と地方の借金は、国民一人当たりの生産額を大きく超えていて危機的状況にある。これ以上借金をすると将来破綻してしまう。」
なるほど。国と言えども借金をすると、返さなくてはいけない。だから借りすぎはエライことになる。
するとある学者さんは
「日本の国債はほとんどが国内で消化されている。日本人同士で借金をし合っているので、破綻することはない。」
と言います。
たしかに。日本全体のバランスシートから言うと誰かがお金を借りれば、誰かの貸し金が増える。全体としては破綻しない。市場の国債はむしろ価格が上昇している。
また、
「国が借金をし続けて、財政破綻するとインフレになる。」
と言うと、
「日本は今デフレなので、デフレ解消こそ日本の進む道だ。」
と言う人がいます。
単純なわたしは、
と考えてしまいます。
何でもいいから、お客さんの景気がよくなって、わたしの顧問料や報酬が上がってくれればいい、と思っている小市民がいるわけですが。
こんな読み物もどうぞ。
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それは、経済学者さんや評論家の考えがあまりにバラバラだから。
ならば、経済の将来を誰に聞けばわかるのでしょう?
そんな思いがします。
学問の世界では、いくつかの学説が存在するのは理解できます。ですが経済は実体がより大切です。
たとえば、日本の財政について。
ある学者さんは
「日本の国と地方の借金は、国民一人当たりの生産額を大きく超えていて危機的状況にある。これ以上借金をすると将来破綻してしまう。」
なるほど。国と言えども借金をすると、返さなくてはいけない。だから借りすぎはエライことになる。
するとある学者さんは
「日本の国債はほとんどが国内で消化されている。日本人同士で借金をし合っているので、破綻することはない。」
と言います。
たしかに。日本全体のバランスシートから言うと誰かがお金を借りれば、誰かの貸し金が増える。全体としては破綻しない。市場の国債はむしろ価格が上昇している。
待てよ。それよりも誰も金を貸さなくなったときにはどうなるんだ?国が公務員に給料を払えなくなると、それこそエライことだ。
また、
「国が借金をし続けて、財政破綻するとインフレになる。」
と言うと、
「日本は今デフレなので、デフレ解消こそ日本の進む道だ。」
と言う人がいます。
単純なわたしは、
借金するとインフレになるなら、少し借金してデフレでなくなるほうがいいのでは
と考えてしまいます。
何でもいいから、お客さんの景気がよくなって、わたしの顧問料や報酬が上がってくれればいい、と思っている小市民がいるわけですが。
こんな読み物もどうぞ。
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2010年09月20日
まきの事務所の旅行相談。
猛暑に苦しめられた名古屋市内も朝晩はようやく涼しくなってきました。
今年はミンミンゼミやヒグラシの鳴き声がないままスズムシの季節に移ってしまうようです。
まあ、昼間は今日も30度を越す「真夏日」のようですが。
秋は行楽のシーズンで、旅をするには気持ちのいい季節です。
元は旅行社勤めでしたので、家族や知り合いから旅のアドバイスなどを求められることがときどきあります(アドバイスだけでなくて、時には運転手やガイド、添乗員を求められることも。)。
わたしがプランを作る時は、行程を割とゆるく作ります。
「せっかくの旅行」だからと欲張ってしまいがちですが、1日に5箇所も6箇所も廻ると、案外体も頭も疲れてしまいます。買い物と写真撮影に明け暮れて、結局どこに行ったのかよく覚えていない、という経験はないでしょうか?
それでは「せっかくの旅行」も何をしにいったのかわからなくなってします。
「登山」「海水浴」「ゴルフ」「研修」のように目的がはっきりしている場合は簡単ですが、いわゆる観光旅行は盛りだくさん型にしないと時間がもたない、ということがありがちです。
そこにちょっと体を動かす、とかゆっくり解説を聞くとかいったことで、うまく時間を調整する工夫が必要です。
できれば、やり残したことを作っておくことをお勧めします。
もし、その旅にいいイメージが残っていれば、もう一度訪ねたくなります。実際に再訪できるかどうかは別として、あとで思い出せる旅とするためにいかがでしょうか?
よろしければこちらのページもどうぞ
まきの事務所が作成したスキーツアーのホームページです。
リゾートハウス名古屋
今年はミンミンゼミやヒグラシの鳴き声がないままスズムシの季節に移ってしまうようです。
まあ、昼間は今日も30度を越す「真夏日」のようですが。
秋は行楽のシーズンで、旅をするには気持ちのいい季節です。
元は旅行社勤めでしたので、家族や知り合いから旅のアドバイスなどを求められることがときどきあります(アドバイスだけでなくて、時には運転手やガイド、添乗員を求められることも。)。
わたしがプランを作る時は、行程を割とゆるく作ります。
「せっかくの旅行」だからと欲張ってしまいがちですが、1日に5箇所も6箇所も廻ると、案外体も頭も疲れてしまいます。買い物と写真撮影に明け暮れて、結局どこに行ったのかよく覚えていない、という経験はないでしょうか?
それでは「せっかくの旅行」も何をしにいったのかわからなくなってします。
「登山」「海水浴」「ゴルフ」「研修」のように目的がはっきりしている場合は簡単ですが、いわゆる観光旅行は盛りだくさん型にしないと時間がもたない、ということがありがちです。
そこにちょっと体を動かす、とかゆっくり解説を聞くとかいったことで、うまく時間を調整する工夫が必要です。
できれば、やり残したことを作っておくことをお勧めします。
もし、その旅にいいイメージが残っていれば、もう一度訪ねたくなります。実際に再訪できるかどうかは別として、あとで思い出せる旅とするためにいかがでしょうか?
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まきの事務所が作成したスキーツアーのホームページです。
リゾートハウス名古屋





