帷子ノ辻・車折・蚕の社・西院・鹿王院...。いずれも京都市内を走る京福電車の駅の名である。まだある...御室仁和寺・常盤・有栖川、等々。随分以前に、関東の人の投稿で、「嵐電(注:京福電車の愛称)は、当用漢字を定めた文部省に盾突くのか。観光客本位の姿勢が薄い」と言う抗議の記事を読んだ記憶がある。しかし、歴史ある京都で、古い地名が今に残っているのだから止むを得ない。
首都圏の大学を出て京都の企業に就職した友人から聞いた話。着任して間もなく、蚕の社近辺に住む人を訪ねる必要があり、嵐電に乗ることになったが、「蚕の社」が読めない。しかたなく、「ゲジゲジのシャッ」と言って切符を求めたら、駅員は平然とした顔をして正しい切符をくれたと言う。その時に、「本当は、”かいこのやしろ”と読むのですよ」との説明はなかったので、暫くはこの地名が読めなかったらしい。
東京の人が、京都の地名は難しすぎるとこぼす話を良く耳にするが、そう言う東京も、日暮里なんか初めての人にはまず読めない。御徒町や馬喰町など、地元の人には何でもない地名でも、地方の人には銭形平次の小説でも読んでいない限り無理である。関西人は秋葉原を「アキバハラ」と読む人が多い。石神井川となると完全にお手上げである。
どんな難読地名でも、地元では習慣的に難読ではないために、どの地方でもルビを振って外来者への便を図るなどの配慮が行き届かない。出口のない問題である。