2030年03月11日

原発事故はなぜ起きたか

地震と津波のせいだろうか?違う。地震や津波は、人間がいなくても起きる。危険を承知でそこに原発を作った人間のせい。原発を作ってまでエネルギーを浪費してきた人間のせい。そんな生活を、豊かで文明的だとして追い求めてきた我々人間のせいだ。
人間は、何万年も、自分で調達できるだけの水と食料と薪で生きてきた。その土地で、自分で動いて調達する。「自給自足」は、生命一般のありかたであって、生きるとは本来そういうものだ。人間は、そこを踏み外した。
草木を切り倒してコンクリートとアスファルトを塗りたくり、土を殺した。川はダムで寸断して農薬や排水を流しこみ、三方コンクリの柩に納めた。大気には、農薬、排ガスなど、あらゆる有害化学物質を撒き散らしてきた。そうしておいて、「外部」から、水と食料とエネルギーを奪ってきた。究極は、電気と化石燃料の大量消費だが、これが生活に必需だと思っているのは、飼育環境から来る錯覚にすぎない。挙句が今回の放射能汚染である。
ライフラインと呼ばれる管に繋がれ輸液をむさぼる、ブクブクに肥大したグロテスクな化け物。僕が敵としてきた「文明」の正体は、これだった。この異形は、自らの排泄物にまみれて死んでいく。まさにこれは天罰だ。人間は、生き物の分を越えてしまった。自給自足とは、生命の定義だったのだ。この定義から外れたとき、つまり、「自給自足」が「目指すべきもの」となった時点で、この展開はすでに約束されていたのだろう。
自給できる程度では足りなくなるような生活。外部から補給されなければ維持できないような暮らし方。我々はそれを文明生活と呼び、豊かな生活と呼んできた。我々が追い求めてきたものは、幸せな生活だったのだろうか?ほんとうの生き方だったのだろうか?何がパンドラの箱だったのか?
人類は滅亡する。いかなる生命も、時間無限大ではそうである。問題は、どういう軌道をたどるかだ。人間は、つまらない軌道に入ってしまったのか?あるいは、束の間でも退廃のあだ花を咲かせたことに満足すべきなのか?いずれにせよ、固定点に吸い込まれる日は近い。ばあちゃんの言うとおり、「人間は、たぶんもうすぐおらんなるで。」
Posted by masazou at 22:03  |Comments(2)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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この記事へのコメント
うーん、電気を全く使わないような生活をしていな
いとあまり偉そうなことは言えんわな。

服や食べ物も電気を使って作られているので、どこ
かの島で葉っぱや綿花から自分で作った服を着て、
狩猟・採集・農耕生活でもしないことには・・・。

こことて島根原発の電気も来てそうだし。

化学物質と言えば、農薬というより中国の大気汚染
物質がアジュバントとなり黄砂を強化させ、さらに
スギ花粉を相乗効果で強化させているそう。

春はこれだからアレルギーの人には地獄だろうと思
う。
Posted by 栄美天之助 at 2011年03月26日 02:11
だから「いんちき」なのよ〜。
パソコンも使ってるしね。

去年もらった「陸稲」と「茎レタス」、どちらも失敗でした…。

今年は品種縮小で、ほそぼそやってみます。
Posted by いんちきナチュラリスト at 2011年03月26日 09:46
 
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