2012年03月24日

順調

デーモン閣下が新聞のインタビューで、悪魔の目的は人類滅亡だが、今のところ思い通りに進んでいる、とコメントしているのを読みました。滅亡するのは少し寂しい気もするな、と思っていたのですが、他の生命や地球にとっては人類こそデーモンであり、自滅してくれるに越したことはないのだから、確かにこれは順調だ、との見方もできそうです。お彼岸は、おはぎづくりとジャガイモ植付。今朝はナン焼き、麹用米選別。岡山に出て、パン屋巡りと古本市で囲碁の本購入。
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2011年12月13日

絆について

今年の漢字はこれだそうです。人と人との絆はしかし、貨幣が媒介することで、変に強まっているのでは。先進国と呼ばれる国の贅沢のために、開発途上国と呼ばれる国の、見知らぬ人々の生活が、ひどく歪められている。国内でも、都会の贅沢のために、地方の人々の生活が乱されてしまっている。原発の押し付けはその典型でしょう。いま切れかけていて、取り戻すべきなのは、人と土との絆、人と自然との絆ではないでしょうか。土のおかげで、自然のおかげで人は生かされている。その絆が土台にあって初めて、人間の社会が、人と人との絆が、成立するのではないでしょうか。
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2011年05月28日

雨の合間に

エンドウ収穫、ゴボウ間引き、ニガウリ定植、キュウリ補植。蒔いた残りのヒマワリの種ぜんぶ、ナン焼いたあとのダッチオーブンで煎りました。放射性物質を吸わせる話ですが、人間が出したんだから人間が自分で吸え!とヒマワリに言われそう。
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2011年05月18日

ヒマワリに

放射性物質を吸わせるらしいです。ヒマワリにとってはいい迷惑だなあと、煎った種かじりながら思いました。植物虐待にはならないの?うちのはやや発芽不良ですが、それでも早蒔きした方がよさそう。
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2011年05月11日

落花生が

気がかり。播種後の雨はまずいと聞いたので。雨と一緒に落ちてくる放射性物質も気がかりですが、もうすでに、農薬、排気ガス、ダイオキシン等々、毒はいっぱいまかれているので、観念して暮らしていくしかないか。
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2010年05月22日

政治と消費者が日本の農業をだめにした

という話を聞きました。「売れる農業」に伴う歪みは、しかし誰かが誘導したものではなく、制御しそこなったものでもないと僕は思います。消費者のわがままは、一因ではありますが、問題は、「消費者」の発生そのものにあるのではないでしょうか。生産者も消費するので、消費者とは、生産せず購入する存在、といえます。金さえ出せば冬でもトマトが食べられる、というのは便利なようですが、金がなければ生きていけない、というのも変ですね。一方、生産者といっても、作物を生産することは不可能で、作物自身の育ちを待つほかありません。我々は、消費者や生産者である以前に、生活者であり、地球の生命の一員です。人間は進化の頂点にあるかのように言われることがありますが、微生物含め、他の生命たちに生かしてもらっている存在にすぎません。生活とは何なのか、生きるとはどういうことなのか。生命についての理解が問われます。
ぐちぐち書きましたが、冒頭の話の中、「自給と物々交換を基本とすべき」には全く同感でした。

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2010年01月17日

ひまつぶし

ヒマワリの種をむきました。しいらが多く、半日がかりで一握り分。これじゃあ合わん、とつぶやいていたら、中国人がヒマワリの種を食べるのは、ひまつぶしのためだ、と妻より。なるほど。合う合わないという発想自体が貧困であって、よいひまつぶしになったとか、食べられてよかったとか考える方がよさそう。そんなことを思いながら風呂に入っていると、消防団の呼び出し、山火事の消火で夜遅くに帰宅。二次発酵中だったパン、予定より三時間オーバーで焼きましたが、これまでにない出来で、うまかったです。
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2009年12月14日

財産とは

ソバ打ち教室での話です。お金で食べ物を買う世の中はおかしい。買えなくなったときどうするのか。財産とは、お金ではなく、身につけたわざである。という趣旨でした。食べるとは、他の生き物をいただいているということだ。作物は年に一度しかできない。粗末にしてはいけないし、感謝を忘れてはならない。ともありました。ソバ打ちの技術だけでなく、その心も同時に深めていきたいものです。
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2009年12月12日

芋の子を洗う

岡山大学創立六十周年記念特別講演会「数理科学と諸科学の融合に向けて」に参加。「渋滞の科学」の話もあり、思ったのですが、里芋を洗うとき、水が少ないと混ざらないし、多すぎると芋同士が当たらないので土が落ちないし、洗いやすい水量があるようです。つまり、適度な渋滞をつくることが求められます。西大寺会陽では、なだれや渦など、渋滞のつくるパターンを楽しむふしがあります。渋滞に積極的意味を見出すこともできそうです。渋滞をつくるのは人間だけなのでしょうか。「行列のできる店」の背後には、今を我慢して、渋滞の先に何かを期待する心理がありそうです。あるいは人間にはマネをしてしまう習性があって(ミラーシステム)、それが一方では渋滞をつくり、一方では知能の源となっているのでしょうか。まあともかく、洗う以前にいたんでしまわないように、里芋埋けなおさないと。今日は、ゴボウ掘り、チシャ移植、コンニャク掘り、のらキクイモ掘り、麦蒔きラスト、パン種の種継。
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2009年12月10日

いちおう達成

「究極の天然酵母パンを焼く」ために小麦を蒔いたのが百姓の始まりでした。自然発酵種も軌道に乗り、種継ついでに焼くパンも、それなりの味になっています。自家製全粒粉は種継だけで、あとは購入した小麦粉使っているのがいんちきですが、いちおう目標達成と言ってよいでしょう。
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2009年12月04日

ブリュケムントショック

今月いっぱいで閉店だそうです。今年一番のショック。いいものが売れない時代。世の流れはどこへ向かっているのでしょうか。
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2009年11月21日

19日に

あこうぱん経由、垂水ユースホステル着。高速バスで明石海峡大橋を渡り、淡路夢舞台に。mobiligenceの聞きかじりです。英語ばかりの三日間で大変でしたが、思いがけず、池上高志先生の講演もあり、感激でした。帰りは「たこフェリー」で橋くぐりながらビール飲み、電車乗る前にもついついビール購入。
動きが生命をつくる。百姓でも、それを実感します。畑には生命が満ちあふれています。どう活かし、活かされるか。さあ百姓に戻って麦蒔かなければ。
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2009年07月09日

クローズアップ現代

さっき観ました。藤沢秀行先生の特集です。「強烈な努力」。囲碁もピアノも体操も、好きというだけで、努力とは縁遠い状態ですが、努力の先に見える世界というのがきっとあるのでしょう。

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2009年03月27日

一期一会

とは言うものの、「最期の機会」だったどうかは、あとになってみないとわからないものですね。だからこそ、喜びもあり、悲しみもあるのでしょう。
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2009年02月16日

リーチ課題

学習が進んだ結果、軌道は滑らかになり、スティフネスは減少するのだそうです。ほんとかなあ。逆に、軌道を滑らかにした結果、誤差が減るのでは。スティフネスを減らした結果、運動指令に乗るノイズが減り、感覚も入りやすくなり、誤差が減るのではないでしょうか。コスト減らすためだけなら、スティフネスはもっと減ってもよいはずですが、そうならない。ほどほどに保つことで、感覚を入れつつ筋収縮のタイミングを確保し、誤差を減らしているのでは。
すいません。おぼえがきです。「動きが正確になった結果、フォームが美しく、筋肉がリラックスしてくる」のか、「フォームを美しくして、筋肉をリラックスさせた結果、動きが正確になる」のか。でも、「見事なフォームで空振り」とか、「めちゃなフォームでホームラン」って、どうなるの?
Posted by masazou at 22:43  |Comments(0)TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

冬は

動かないせいか、お腹がすきません。冬眠状態なのでしょうか。朝も起きられないし…。でも、逆にこれで「冬」を定義できそう。腹時計ならぬ、腹カレンダー?
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2009年01月16日

忘れる

忘れたいことがあって、大したことではなくて、明日パン屋さんに行けるはずだったのに行けなくなった、というだけのことなのですが、思い出すとなんだかくやしいので忘れたいのです。でも忘れようとするとかえって意識してしまい、うまく忘れることができません。力を入れるより、力を抜く方が難しいのと似ています。覚えるコツがあるように、忘れるコツがあるのでしょうか。体操の池谷幸雄は、試合中のミスは忘れるようにしていたそうです。囲碁の武宮正樹も、昨日のことなど忘れてしまえ、と。しばし友人と議論しての結論。いくら池谷といえども、本当に忘れ去ってはいないはず。発想を変えることで、記憶をうまく編集している、ということではなかろうか。だから今回も、忘れ去るのではなく、別の発想をするのがよいのでは。くやしい、と思うのではなく、よかった、と思えるような解釈を。…試してみます。
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2008年12月25日

続アラハン

「人間には、寿命ってものがあるんですよ。知ってますか?」答えられませんでした。寿命という言葉があることは知っています。「知っていてなぜここまでさせる?」という言外の問いかけに、答えようがなかったのです。なすびもきゅうりも時期が来れば枯れる。生命とは何なのか、考えさせらせます。
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2008年12月03日

アラハン

九十八歳、漁師の家に生まれたおじいさん。「魚や肥料のかわりに、お百姓さんから米や野菜がどっさり届きましたねえ。お互い信頼しきってましたねえ。」
むかしながらの暮らし、助け合うということが根っこにあるのでしょう。
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2008年11月18日

知能とは

どこかで聞いた話です。

知能とは、問題解決能力のことである。自分で解決できる問題は、問題にならない。自分で解決できない問題は、解決できる人に助けてもらわなければならない。助けてもらうためには、普段から人を助けていなければならない。助けるためには、相手が困っていることに気づく必要がある。つまり、知能とは、相手の気持ちがわかる能力のことである。

やや強引な気もする一方、妙に腑に落ちる感じもあります。むかしながらの生活とはそういうものでしょう。みんなで助け合って生きていくのが当たり前。いまは、金で解決つけてしまうことが当たり前になり、いろんな「能力」が弱まっている気がします。
Posted by masazou at 21:10  |Comments(0)TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする