老眼は確実に進行している。
年末に指先にトゲが刺さった時に、近付けるとぼやけて見えず、距離をとるとピントは合うが、患部の詳細が全く確認できないもどかしさを嫌と言う程あじわった。
つい半年前までは普通にできていた事が、どうしてもできないのが腹立たしくて、家族の目を盗んで男泣きでもしたい心境に陥ったものである。
会社でも、配送伝票を顧客に記入して頂く時に、使って頂くセルフレームの老眼鏡を試しにかけてみると、度数により赤・緑・黄に色分けされている内で黄色のタイプが予想以上に効果を発揮してくれて、至近距離の視力回復に役立つと言う悲しい事実に気付いた。
これまた半年前までは、どの色をかけても、逆に視界がぼやけるだけで、全く効果をなさなかったのに…。
そう考えると、なぜだか非常に物悲しくなり、人知れずトイレで忍び泣きでもしたい気分に陥った。
話は変わるが、鋏にしろ包丁にしろ、刃物の類は切れ味が命である。自分の思い描くイメージどおり、もしくはそれ以上にスパッと切れてくれると、感動ものである。
逆に、切れ味の悪い鋏や包丁は、使うたびにストレスが溜り、精神衛生上よろしくない。神経質な御方なら胃潰瘍になる可能性すら秘めているとさえ思っている。
刃物のジャンルに属するかどうかは不明だが、私は“爪切り”にそれを求めている。
以前は爪切りなどどれも同じだと思っていたし、実際に爪を切る時にも道具には拘らず、適当にその辺にころがっているものを利用していた。たいていが何かの粗品で頂いたようなもので、企業名が入ったものもあったように思う。
その考えが変わったのは、結婚した時に妻が持ってきた爪切りに出会ってからである。
一見なんの変哲もない、少々小振りの折りタタミ式のその爪切り、地味な外観からは想像できないくらいの抜群の切れ味を見せてくれる。
初めて使った時には、あまりによく切れる事に感動し、当初は予定していなかった指の爪までカットして、その切れ味を堪能し、それでも足りなくて足の爪まですべてカットしたくらいである。
それ以来、爪を切る時には必ずそれを使い、その切れ味を堪能する事にしている。
たまに本来あるべき所定の場所に、愛用の爪切りが見当たらない事もあったりするのだが、決して他の爪切りを使う事はせず、出てくるまで執拗に捜し続けてしまうことになる。
そういう時は、もちろん家族への聞き込み捜査も怠らない。ただ、たかが爪切り一つに必要以上に執着する事は、あまり格好の良いものでないことは心得ているので、あくまでも普通を心掛け、
「ねぇ ここにあった爪切り知らない?」程度に留めているが、内心は必死であったりする。
話がどんどんマニアックな方に向かっていくので、これくらいにしておくが、今、愛用の爪切りとは別のものの購入を画策している。
たまたま会社の売場で見つけたものだが、パッケージには「匠の技」などと毛筆体で書かれてあり、刀鍛冶が一つ一つ鍛えているかのような印象を憶え、いかにも切れ味鋭そうである。
値段も一つ千円くらいと手頃で、思わず足を止め、じっくり品定めしていたのだが、ふいに後ろから5歳くらい年上の上司に話し掛けられた。
「爪を切る時、辛くない?」
「はぁ?」意味がわからなかったが、続けて
「いや最近、眼が辛くてねぇ 特に暗いと全く見えないよ」と聞いて、老眼のことを言っているのだとわかった。
確かにトゲ抜きに四苦八苦した事を思えば、爪を切る行為もそれに通ずるものがある。
今はまださほど不自由を感じていないが、やがて辛くなる可能性は十分にある。
その時に備えて、爪切り・トゲ抜き時専用の○眼鏡を、ダイソーあたりで調達しておく必要性を、少しづつ感じ始めている。