訴状などによると、長谷医師は05年2月、「2人の部下を配置する」という条件で滋賀医科大から同病院救命救急センターに着任し、2カ月後に発生した宝塚線事故では現場責任者として救護活動にあたりました。
事故後、長谷医師に取材や講演の依頼が殺到し、病院側が積極的に応じるように指示したため、通常業務に加えて1カ月の3分の1以上は救急医療や災害医療などの研修や講演に奔走しました。勤務後の深夜や休日も資料作りに追われ、部下の配置もなく、疲弊していました。
さらに、病院にいることが少なくなったため、ほかの医師らから公然と中傷、罵倒(ばとう)されるなどし、このため「うつ状態」に陥り、翌年5月に自殺しました。
原告側は「病院の指示で対外業務が増加したのに、支援態勢をとらなかったうえ、長谷医師への嫌がらせに適切な対応を取らなかったなど、安全配慮義務違反は明らかだ」と主張しています。
同病院の中野信次・管理部副部長は「取材や研修依頼については、本人の裁量でやるようにと指示していた。ほかの医師に比べ勤務が過酷だったことはない。法廷で明らかにしたい」と話しました。
脱線事故で救急活動医師の自殺 過重労働が原因、父提訴/朝日新聞
「本人の裁量でやるように」って、これが指示だと思っている管理職がいるから、過労自殺もなくならないのでしょう。部下の労働時間の管理もろくにできない管理職が多いのではないでしょうか。
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