2008年07月27日

所沢ビエンナーレ・プレ美術展 引込線

 
おおお!
文化果つる地、マトモなギャラリーも無い我が田舎でも、こんな美術展が!

引込線
8/27〜9/12
所沢駅のすぐそば、西武鉄道旧所沢車両工場でやるって!!

所沢に住んでて、今の今まで知らなかったヨー!!

作家の自主企画、ムサビの先生やらが音頭を取ってるらしい。
日芸もチョット絡んでるね。

入場無料は嬉しいけど、これだけ大掛かりだと大変そう〜

何か手伝いたくて、 出品作家の1人にボランティアを申し込んだけど、今のところナントカ大丈夫らしい!
よかった〜

ムサビの学生さんとか、駆り出されてるのかなー?


メンバーも、なかなかだす! (敬称略)
伊藤誠、遠藤利克、大友洋司、岡安真成、木村幸恵、窪田美樹、高見澤文雄、建畠朔弥、多和圭三、手塚愛子、戸谷成雄、中山正樹、増山士郎、水谷一、山下香里、山本糾


○参加執筆者
青木正弘、天野一夫、坂上しのぶ、沢山遼、高橋綾子、谷新、千葉成夫、拝戸雅彦、原田光、真武真紀子、峯村敏明、本江邦夫、森田均、山本さつき、渡部葉子

○音楽パフォーマンス
小林聡、妹尾寛子他

○公開制作
藤盛彰美



地元で発表の場を作ることは、私もここ何年か考えていて、今、航空公園野外展にミューズ展示室展示を絡めたものを設計していたので、ちょっとびっくりした。

彼らは動きがスゴイ早いなー。


サイトとか見ると、インフォメーションの表記にはマチガイがあるし、企画概要なんかは作家っぽい意味不明で独善的な妄想爆発も含まれていて笑ったが、それもご愛嬌。

期待しております!



  ○追記
  会場監視ボランティア募集してるようです
  詳しくはサイトのニュースで!
 
 
Posted by ミウラケンジュ at 23:59  |Comments(6)TrackBack(1) | アート周辺

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以前、所沢在住の作家さんに話を聞いていたが、どうやら開催間近となったようですね。ロケーションがいいですね。作家による自主企画展ということで、所沢がアートで燃えているようです。シンポジウムやパフォーマン...
所沢ビエンナーレ@西武鉄道旧所沢車両工場【art blog void chicken DAYS】 at 2008年08月14日 08:37
この記事へのコメント
 

サイトの文章よりこっちのほうが良かったよ。
アナウンスメントで配布した資料?


企画の発端は、近年とみに弱体化傾向を見せる美術館企画、それを反映するかのような美術状況のコマーシャル化現象への疑問にありました。美術をめぐる環境の劣化に歯止めを掛けたいとする立場に共鳴する批評家、キュレーターの方々にも「書き手」として参加していただきます。しかしながら、そうした美術をとりまく閉塞状況を打破するには、なによりも作家自身が表現者として自立していなければなりません。表現の真価が問われるゆえんと心得る次第です。

「引込線」という展覧会のタイトルは、美術に係わるものの覚醒した意志を引き込む、吸引力のある磁場をつくり出したい、という作家の意図が込められています。幸いにも西武鉄道旧所沢車両工場(所沢駅から徒歩2分)という好立地にめぐまれ、参加作家一同は車両工場の巨大な空間に興味を抱き開催することになりました。
Posted by ミウラケンジュ at 2008年07月28日 00:01
 

ここは面白い。

〜〜〜〜〜〜〜

参加者は美術家だけに限定されるべきではなく、美術批評家をはじめ、美術館員、美術教師、学者、思想家といった、美術を構成するすべての成員に、私たち美術家と同じ立場で参加して頂くべきだということになりました。

〜〜〜〜〜〜〜〜


文章書いた人たちは、執筆料をもらうのではなくて、書いた文字数分のお金を支払ったそうです。

アーチストも1人数万だか払ってるとか。
 
Posted by ミウラケンジュ at 2008年07月28日 00:02
 
サイトの企画概要 一部引用

その要因のひとつは、バブル期以降の美術をめぐる経済の肥大と衰弱。そしてその波の中で、多くの美術家や美術館員が指針を見失っていったこと。もうひとつは、その自己崩壊のなかで、美術思想は衰弱し、逆に、それに反比例するかのように、美術作品の極端な商品化、状況のコマーシャル化が進行していったことにあります。

たとえば、秋葉原風俗を背景にした一連のフィギュア・ポップもその一つといえますが、その凍りついたような人工性と一面性と表層性が、無差別殺傷事件に象徴される、深層からの逆襲を招いたといえます。美術思想とは本来、表面から闇に向かって垂直に下りてゆくパースペクティブを獲得する知であったはずですが、闇を欠いた表層の美術とその周辺は、皮肉にも闇の側に飲み込まれることになったのです。美術が今取り戻さなければいけないのは、表層の快楽ではなく、闇を含めた存在の全体性の回復なのだと思います。そして、今それをなしうるのは、ギャラリーでもなく、美術館でもなく、作家自体の行動なのだと考えます。
Posted by ミウラケンジュ at 2008年07月28日 00:03
 

『フィギュア・ポップ』 なんてコトバ、初めて聞いたwwwww

前文からすると、『美術作品の極端な商品化、状況のコマーシャル化』 とか書いてあったので、その中の一つの分野(?)だろうwww


『秋葉原風俗を背景に』 という括り方をしちゃってるが、アキバにたまたま、そのテの『風俗』とやらのいくらかの店や人がが集まってるだけで、他の場所にもてんこ盛りある。

こんな低レベルなレッテル貼りで、なにが定義できるのだろうか。

『秋葉原風俗』 とやらを背景にした表現が、「無差別殺傷事件に象徴される、深層からの逆襲を招いた」にあったという根拠など、いったいどこにあるのか。

あの秋葉原通り魔事件を分析して、教育問題(家庭内コミュニケーション問題含む)、労働環境問題に絡めるなら判るが、秋葉原風俗を背景にした表現とやら叩きに利用する神経は、犯人の供述を分析しても根拠があるとはとても思えないねwwwww


『闇を欠いた表層の美術とその周辺は、皮肉にも闇の側に飲み込まれることになったのです。』
まったく以って、意味不明wwww


『美術作品の極端な商品化、状況のコマーシャル化』
で括られる表現が、闇に飲み込まれたって?
通り魔事件で?wwwwww


だいたい、『闇を欠いた表層の美術』 なんてもんが、どこに商品化・コマーシャル化して流通してるのか?

作品の 『表層』 しか見てないのではないかね? (爆


出品者の中に、棺桶に片足突っ込んでるようなオツムの固くなった老害がいるようでつね。
Posted by ミウラケンジュ at 2008年07月28日 00:28
 

まぁ、作品の深さなんて、作者の言うコンセプトだけでは計りきれないというのはある。

自分以外の物質を使って作品を作る限り、コントロールしきれない部分があって当然。

表層をあげつらわれて、作品が作者の意図と違う解釈をされることも、別に珍しくないwwwww
Posted by ミウラケンジュ at 2008年07月28日 00:29
 

『美術作品の極端な商品化、状況のコマーシャル化が進行』することによって生まれたらしい 『フィギュアポップ』 とかその他のものを 『闇を欠いた表層の美術』 と言っているが、自分たちの表現はどうなのだろう。


出品者全員を知っているわけではないが、彼らの表現は結局 『自意識』 に対する強烈なこだわりによって成り立っているものばかりだ。

いのちの問題を真剣に考え、主題とするなら、『自意識』 ってのも、上っ面のものであることに気付くだろう。


まさか、自意識で心の 『闇』 とやらが測りきれると思うほどバカではないだろうが。
 
Posted by ミウラケンジュ at 2008年07月28日 00:45
 
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