2007年06月20日

折り紙と幾何学

千羽鶴(連鶴)を折るノルマが課せられて、人から教えて
貰ったが、いざ自分でやってみようとすると、分からない。
こんな習慣を持っていなかった。
以下のサイトが一番、分かりやすかった。
http://www.kvision.ne.jp/~bird/orituru/orikata/orizuno_mikata.htm
とくに上の、5-7にいたる過程が最初分からず、ためにそこに
感動した。なるほどと。
案外、面白そうだな。日本的知(機・からくりをめぐる)
なのだろうか、しかし普遍的なのだろう。
日本なんて言葉を安易に使うべきではないが。
他の民族にも似たようなそれはあるのだろう。
岩波新書『日本の数学』に折り紙について書いてあったかな。
覚えていない。
Posted by mkimbara at 08:27  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月24日

水平と垂直

「大日経疏」1-2を入手した。頭に入らん・・・。
水平的なことはhttp://ameblo.jp/lovingshogi/
書くことにした。
Posted by mkimbara at 13:39  |Comments(0)TrackBack(0) | os , 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月17日

現行ルールと相対

現行ルールがいかに練りこまれているかを逆に照射するために
将棋まつりや衛星NHKの将棋特別番組では、特別ルールの
将棋をプロ棋士に指して貰いたいと願うことも逸脱ではあるまい。
例としては、金と銀との初期配置を逆にする(中川大輔さんが
「将棋世界」の大山康晴論討議で、金銀初期配置が逆であっても
大山さんなら難なくこなしそうだと喋った)、だとか、桂馬を
八方桂にする(そのかわり轡ありの八方桂)だとか、香車の機能に
後ろに一個だけ下げられるを加えるだとか(谷川さんが自叙伝=
角川文庫のなかで、先手必勝がもし証明されたならばどうするかと
いう問題があったなら、芹沢さんがそういうときは駒の機能を
ちょっと変更すればよい、たとえば香車をひとつだけ後退できる
ようにするとか、と話したという逸話から)。
それらのうちどれかをぶっつけで指して貰う。当然、戸惑われる
だろうし、うまくゆかなかったりする。うまくゆかないとは
棋士個人の問題ではなくゲームとして成立しがたいという
ところが出てくるかもしれない。そのときに現行ルールの
「理性」の優越性が照射されるとともに、更にいえばそれを
相対化する視点もありえる。
Posted by mkimbara at 18:43  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月15日

将棋メモ

○久保さんが最近、相振・相振くずれで連敗していることが
気になる。

http://tkj.jp/bessatsu/4796648038/、面白かった。
Posted by mkimbara at 18:11  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月13日

羽生著「決断力」

週刊新潮に変な絡み方をされていたこの新書(角川one新書)だが、
おもしろかった。今まで読んだ羽生著のなかでは一番面白かった。
今まで書かれていなかったことも満載されている。
Posted by mkimbara at 15:53  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月06日

てつじが

http://www.sponichi.co.jp/osaka/ente/200508/05/ente183970.html
知らなかった。
初段に昇進することを目標に1年半ほど前から2週間に
1度の割合で大阪・関西将棋会館に出向き、フリーで対局。
関西将棋会館の規定では「7連勝または10勝2敗の成績で
昇段」となっているが、これまで5連勝&8勝2敗という
記録を持っている。

ガチやん。
Posted by mkimbara at 00:03  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月27日

将棋メモ

同日に全面的改稿。

瀬川試験、棋聖戦についてのメモ:

角交換と、潜在性(潜在的角)と顕在性(顕在的角)との
争い。評価数。

右玉と玉頭戦についての再考。振飛車党の専売特許ではない
ということ。(振飛車と居飛車との垣根の部分的撤去)。

攻守一如。部分ではない全体としての堅陣。

羽生という北極星の動揺。我々の虚脱感。

玉近くをなるべく争点にしない。
Posted by mkimbara at 07:17  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月20日

感想戦および観戦記

感想戦・観戦記解説はあくまでも仮説である。
別に棋士がそこで嘘をつくわけでもないし、解説を
求められた棋士が不正確なことをいうわけでもない。
しかしそこは実際の対戦とは条件があまりに違う。
そこでは、そもそも責任・決断が求められていない。
「棋士は実戦(棋譜)でのみ本音を語る」(羽生・佐藤の
いっていることを翻案)とは「棋士は実戦でしか本音を
語れない」と捉えるべきである。その意味で、牽強付会
すれば、かれらはシンボリックではないアレゴリカルな言語の
使い手である。
真の感想戦は次局の実戦ということになる(仮説の検証)。
そして実際の実戦はまたミスもでるかもしれないし、
同一局面(たとえば同一終盤)になることはほぼありえない
から、真の意味での検証にはならないが、それはやむをえない。
勿論、だからといって観戦記解説が不要であるわけではない。
参考として必要である。しかしそれは真理を反映するものでは
ない。だから過重にそれに道義を請求することもおかしい。
感想戦の結論とは暫定的結論であり、真の「結論」は
次局であり、これまた真の結論になりえず、その運動の
連鎖(シニフィアンの運動に似ている)が棋史となる。
ファンもそのことを知る必要がある。
集団的討議で(のみ)将棋の真理を追究できるならば、
実際の対戦は不要ということになる。署名・捺印された
文章は実戦である。感想戦には実際は文責はない。
Posted by mkimbara at 17:13  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

将棋メモ

○指し手に自信を持つとはどういうことか。どうやって持てるのか。
しかし持たないと方針がはっきりしない。相手の指し手に
よって対応が異なることと一喜一憂することとは、違う。

○羽生さんがどうやって55年組を薙ぎ倒していったかを
調べるために、あらためて羽生勝局集1(日本文芸社)を、
そのうちの、対南芳一戦、対福崎文吾戦などを並べてみる。
先崎さんが、南さんについて受け将棋ではないのに地蔵流だとか
(あるいは、そこでは述べられていないが、リトル大山)と名づけ
られたことは誤解を与えると書かれていたが、対羽生戦
においては斬り込んでくる将棋。また独特の読み筋があって、
私はことごとく南さんの読み筋を当てられなかった。福崎さんは
間合いを測るのが巧い。有効な手待ちなどもある。案外、
羽生さんはこういうところから自身の新風を吸収し開拓して
いったのかもしれない(?)。私は羽生さんの初期の将棋は
谷川×羽生百番勝負でしか知らなかったので、それとは
かなり違っていた。対谷川戦だけで羽生初期を思い量ることは
できない。若い羽生さんの手は対南、対福崎においては、
垢抜けているとは思わないが、若者らしく奔放で遠慮知らず。
どんどん押して行く。ただ終盤の入り口あたりまでは、両者
互角か、あるいは羽生さんの方が棋勢が悪いことがある。
ように見える。しかしそこからの寄せ合いで、なぜか羽生さんが
追い抜いてしまうのだ。相手の寄せがはっきり拙いことが
あるが、そうでないこともある。相応の本筋なのだろうが、
それなのに終わってみると羽生さんが抜いている(ゴネ粘って
勝つというよりも、幽霊のごとく追い抜いている)。
やっぱり羽生マジックというのは初期からある。終盤がとにかく
強く読みが精確。必至型の終盤なのだろうか。形に明るい。
その明るさが後には、中盤から序盤にまで及んでくるのかなと
推測している。
いづれにせよ、私はちょっと偏見を抱いていた。羽生将棋に
おいて、その将棋性格の悪さ?ばかりに目が行っていたところもある。
羽生さんの断トツ優れているのはその局面局面ごとの評価、
流れから離れて局面ごとに形勢判断を正確に為すことに
あると思われるのだが、そこに何か得体の知れないものが
あることは感じる。
(55年組は実際は紙一重で羽生さんにことごとく敗れて行った
のだが、その紙一重が運命を分けていってしまった、勝負事の
残酷さ。谷川さん[55年組ではないが、年齢的には近い]以外は
90年代半ばから、タイトル戦に登場しなくなってしまった。しかし
55年組の将棋の鋭さ、才気、本格性などについては公正に評価し、
吸収せねばならない。勝てば官軍・寄れば大樹の自称「将棋ファン」が
多すぎる)。

○先の朝日オープン第三局の大盤解説会で後手一手損角換わりを
掘り起こした淡路九段は当初は奇襲戦法のつもりだったと喋って
おられたのだが、今はその角換わりにおいていろんなヴァージョンが
あるのだが、角交換後、後手の飛車が4二に回るそれは、発想は
違うが、形は、先後入れ替えて米長さんの角頭歩戦法に似て
いるところはある。後手一手損角換わりの4二飛と振る形は、
佐藤棋聖が実戦で最初に指したということを聞いたのだが。
といってもそこに影響を見るのは、根拠が薄いわな。将棋は
似た形が現れることだし。
Posted by mkimbara at 21:33  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月15日

将棋メモ

王位戦第一局。これまた凄い、激烈なるものだった。
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20050714&j=0031&k=200507140243
対羽生戦では、森内さんのそれが、安心できる。のは、
良いときは良い、悪いときは悪いと素人目にもわりと
判断できやすいのだが、佐藤さんの対羽生戦では、
最後まで、わかりにくい。今回の棋聖戦の第一局もそうだったし。
ここに森内さんと佐藤さんとの棋質の違いがある。
それは棋風の違いのみならず、羽生なる強者への間合いの
取りかた(戦略?)にも関係する。
ここらをこれから詰めて調べたいと考えているのだが。
佐藤さんの選ぶ寄せ筋も自然なのか特異なのか、ちょっと
分からないところが私はあった(勿論、棋士は相手の読み筋を
上回る寄せ筋を作る傾向があるから、特異にみえるそれでも
意識的に選択されたものだと考えられるのだが)。

今回の将棋は最後は羽生さんが逆転しただろうと私は
思っていた。後手の中盤の粘りある指し回し(一手一手の
濃度の高さ)はさすがだと思った。
最後の136手目の△9六香には違和感を持った。あれに
なんらかの代わる手がありそうに思うのだが、どうなの
だろうか(某掲示板では△6八銀が提唱されていた)。
Posted by mkimbara at 05:51  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月09日

将棋メモ

○神戸新聞7/7に王位戦展望の記事。青野照市九段と鈴木大介
八段との対談。私の印象に残ったところだけ文脈抜きに
引用(転載)する。

鈴木:・・棋聖戦の佐藤―羽生戦では、佐藤棋聖が攻めさせ
られている感じがなくなり、いい意味でバランスが取れて
きた。羽生王位は今まで通りの取り組み方を変えていかないと
いけない。
青野:羽生王位は一冠になった時に不調と言われたが、強さ
そのものに波のあるタイプではない。・・・
鈴木:・・・調子は佐藤棋聖が百なら羽生王位は八十くらい。
今は佐藤棋聖が充実している。
青野:羽生王位が他の棋士に比べて決定的に優れているのは、
離されない技術。悪くなったときでも大差にされない。

鈴木:佐藤棋聖は相居飛車が得意。しかし今、ゴキゲン中飛車の
研究に余念がないようです。先が読める戦型なので、中、終盤力も
養える勉強法としてやっているようです。

鈴木:羽生王位は佐藤棋聖の攻めを受けきり、勝ちを狙い
たいでしょう。なぜ羽生王位が最近矢倉を指すかと言えば、
全部の駒で受けられるから。一方、佐藤棋聖は攻めにつながる
手を好む。羽生王位は以前はその手を見極められたが、
今は佐藤棋聖が間合いを計れるようになった。・・・
青野:・・・佐藤棋聖には、受けて勝たれた実績がトラウマと
してあったと思う。

青野:読みの深さで佐藤棋聖が勝ることがあっても劣ることは
ないが、羽生王位は相手の思考を狂わせる。

青野さんは4-3で羽生防衛、鈴木さんは4-2で佐藤奪取の
予想。
実際、おかしいんだな、佐藤さんの天才性でもってして、
羽生さんに対してダブルスコアで負けているということが
私には正直理解できない。攻め将棋の人はメンタル面に
左右されることが多いから、若干、ムラがあるということ
なのだろうか。また羽生さんの独特の大局観と指し回し
(盤面の複雑化)を掴み切れていなかったのか。谷川さんの
対羽生戦でも似た傾向(攻めを切らされたり、終盤で
逆転されたり)があったのだが、それでもダブルスコア
までは行っていない。

○渡辺明竜王(龍王では駄目なのかな)の「四間飛車破り」
(浅川書房)の急戦編と居飛穴編双方が刊行された。
序盤のほとんど全ての変化を網羅している。それだけ細かく、
懇切丁寧である。しかし、その分だけ、低級者としては
結構、意気消沈するところはあった。これだけ研究が進んでいる
ならば、序盤についてはほとんど自由度がないんだな、と。
こう指せば居飛車側の有利・不利がはっきり既に分かって
いるから。
勿論、逆にいえば、実戦で指して、何故こんなに巧く行かな
かったのかという経験を既に説明してくれていることになる。
とにかく対四間飛車の最新定跡の決定版であって、これを
どのように使うかは我々に委ねられている。私自身は
これで定跡を丸暗記する(それが大変なんだが)という
よりも、形勢判断・対四間飛車の考え方・手筋を学びたいと
考えているのだが。

○「週刊将棋」で連載されていた、「開け駒!・魔法の手筋」が
その前半が書籍化された。「すぐに使える将棋の手筋(上)」
(毎コミ)。これは私も待望していた。これは同じ駒別の
手筋集たる、羽生四冠の手筋集よりも数段優れている。
というのも、あの羽生四冠の手筋集は名義貸しというのか、
羽生四冠の自分から出したかった書物ではないだろうと
思う。看板を頼まれたものだと思う。

(翌日追記。適当ではなかったところは斜線)。
Posted by mkimbara at 12:30  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月25日

名人防衛!

率直にいって嬉しい。

棋才=エキセントリックなところもある、狂気を秘めた
(語弊はあるが)佐藤将棋、
安定力=負けにくい将棋の設計の精確無比な羽生将棋、
勝負強さ・実力、地力=手厚い上に踏み込みが良い
パワフルな森内将棋、密な将棋。
のトップ3と言いたかったので。
三人とも緻密流であり、変化を虱潰しに読むタイプと
言われているのだが、棋風には違いがある。
そして棋風とは文化の違いとも大袈裟にいえるかもしれない。

第五局は捨て局、第六局は森内さんらしい踏み込みの
良さが無かった。ちょっと心配した。本局も羽生さんが
先手ならば結果は分からなかったかもしれない。
しかしそれも勝負運というものか(振り駒はかならずしも
公正ではないらしいのだが。風流ではないかもしれないが、
賽や囲碁の握りのようなものもいいのかもしれない)。
本局は△6四銀打(58)がすでに辛い。しかし羽生さんは
いうまでもなくそれ以上には傷を拡げない。
森内さんの▲3四桂打(81)から▲4六銀(85)が森内さんらしくて
印象に残った。
Posted by mkimbara at 01:10  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月18日

将棋メモ

「待った」処分。
webで流布しているやつを見て、何度も何度も見直したが、
私は「待った」、二度指しには見えなかった。だから
この今回の厳重処分には納得しがたいものも感じる。
以後同様のものへの見せしめなのだろうが、処分への
異議申し立ての制度はどうなっているのだろう。

瀬川問題。
将棋サイトで知ったが、
http://blog.livedoor.jp/ikedenn422/
奨励会員のブログ。奨励会員への今回の件の説明が
記されていたのだが、やはり、休止というのか絶版に
なった。
たしか、今回の問題を利用できぬようでは新聞社との
契約料が減るから、なんとか、奨励会員に納得して貰い
たいという当局からの苦しい請願があったというもの
だったと記憶する。
瀬川さんを支持することをかつて私も書いたから、ちょっと
疚しいものも感じる。
真田圭一氏の説明を私なりにパラフレーズすると、将棋の
強さとは、1:棋才。2:安定力(持続性)。3:勝負強さ。
ということになり、後者になればなるほど必要とされる、
価値が大きいものとされる。あと、4:研究熱心、という
ことも加わるのかもしれない。
瀬川さんは、この3の要素において、かつて機会を得て
合格できなかったのだから、今更に、それを再度、頼む
ことは、ルール違反なのではないか、奨励会の意義が
なくなるのではないか、という反論があって、たしかに
これは正論である。論駁しがたい真理にちかい。
あえて屁理屈を述べるならば、年齢制限による退会規定は
他の進路を促すそれと同時に、一定年齢を超えて急に
強くなったりはしないという論理がある。しかし瀬川さんは
それにあてはまらなかったのだから、もう一度、機会が
あってもいいのではないかと私は思ったりもするのだが。
(野月浩貴さんの過去の「将棋世界」での連載で、瀬川
さんについて述べたところがあって、奨励会時代は、
勝利に拘る受けの将棋だったが、却ってそれが勝利に
結びつかなかったようで、アマチュアになってから、
自由闊達な攻め将棋に転換して、棋才を開花するに至った
ということらしい)。
それで試験官6人が発表された。ユーモラスともいって
いいような派手なラインナップだけれども、これが
本当に適当なのかどうかは私には未詳。

Posted by mkimbara at 22:30  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

将棋メモ

羽生つよし。名人戦第六局。
矢倉を後手で羽生さんが堂々と受けたのはそれ自体が
勝負手かなとも思った。名人復位にはそれしかないと。
後手の押さえ込みに対して森内さんは慎重に応じていた
のだが、それがどうだったか。しかし盤面を広く使う
羽生さん(△1六香、△3三銀、△7三銀など)の強さが
目立った。完封勝ち。たしかにこれは俄かに分からなく
なってきた。

銀河戦で渡辺さんの(後手)三間飛車。私は初めて
見た。

王位戦挑戦者決定戦に、先崎さん。渡辺さん残念。
先崎×佐藤康という親友同士の好カード(先崎さんに
期するものがあるだろう。最近熱い文章を書いていた)。
先崎さんとか屋敷さんとかって、非常によく矢倉を採用
されるかたなのに、なぜか、居飛車の正統派とはいわれ
ない。野戦型というイメージがある。なぜなのかな。

ところで王位戦はプレーオフの勝ち負けが残留・降級に
関係ないとは、納得しがたいが。谷川心酔者としても、
プレーオフで敗れた谷川さんが残留というのは、落ち着かない。
降級でもおかしくない。
 
6/26に加筆。
でも順位戦でもプレーオフの結果は順位に関係しない。
Posted by mkimbara at 00:56  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月12日

"動態"視力、暗路と意志など

詰将棋は静止画だが、実戦はその静止画の作図のなかで
ちょっとづつ、駒や配置が変化してゆく(追記。持ち駒の
行き来との関連のなかで、自玉の安全を量りながら)。
昨日の棋聖戦の激戦を見て改めてそう思った。でも後手
一手損角換わりは割りの合わない戦型だと素人目には
思える。なんであんなに連採されるんだろう(勿論、
横歩取りが下火になっていることと関係するのだろうが)。

詰将棋についてもいろんな考え方があるのだろうけど、
不詰の変化を読むことに意義があるのだとも思っている。
だから正解はどうでもいいのかも。筋が悪くても、
心細い暗路(夜道)を意志でもって、進んでゆく(読んで
ゆく)ことに意義があるのではないか、と。
Posted by mkimbara at 07:55  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月10日

将棋メモ

「せんすぶろぐ」から。
http://2.suk2.tok2.com/user/sensu/?y=2005&m=06&d=09&a=0&all=0
違和感や異論はあるが、笑えた。

ボナンザ。
http://www.geocities.jp/bonanza_shogi/
アマ五段だから強い。攻撃的将棋。ただ、切らす将棋の
好きな人にとっては案外、くみやすいのかもしれない。
私も深浦康市さんのような受けを会得したいものだ。
これからのコンピューター将棋の課題は、緩急をつける
ということなのかな。

昭和20〜30年代の将棋を並べていると、持久戦・力戦型
の将棋を皆、得意としていたと思える。ただ逆にいうと、
スピード感と実利重視が乏しいのかな、と。矢倉も相懸かり
から独立していないような(角筋を通すことは副次的)。
スピード将棋は戦後派(戦後生まれというわけではない)
から始まったのだろうか、これを次に確証してみたいが。
大山さんが昭和30年代半ば頃からか、振り飛車を始めるのも、
若手のスピード感に対抗するために、乱戦・力戦に持ち込む
ための手段だったのかなとも思わないでない(のち対
振り飛車の急戦形は山田定跡などで開発されるのだが)。
これの参考資料は、升田全局集からなのだが、升田氏は
時代を超えた、現代に通じる序盤の構想力があって、
作戦勝ちをおさめることが圧倒的。そこが凄い。にも
かかわらず、そこから楽観しすぎるのか、相手をなめて
いるのか、不利を悟った相手の反撃にお付き合いをしすぎたり
して、逆転負けを蒙ることが、ある。
中盤から終盤にかけて、もたもたしていたり、あるいは
方針が定まっていなかったりすることが時にある。

将棋の本質は大局観(形勢判断・審局)。しかしこれは
経験則として学んでゆくしかないんだろうか。公式など
によって、経験を縮小することはできないのかな。
形勢判断に関する棋書もあるのだが、《駒得・玉の堅さ・
手番》などの函数は便利のようで便利でないような気も
する。
Posted by mkimbara at 17:17  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月04日

試行錯誤(1)

駒の利きとは、occupationであること。
その意味で排他的。
そこに三種類ある。
R=reciprocal(双方向的)(玉飛角)
SR=semi-reciprocal  (金銀)
NR=non-reciprocal(one way) (歩香桂)
補注:そのなかの、駒の親縁性(resemblance)。

玉は交換できない(un-exchangeable)。

打つとは、dropだとかparachuteとか英訳されている
そうだが、むしろ、emergeのほうが良くないか。
それは、space/vacancyと関係する(堀口一史座
さんの成仏理論。象戯を改良したのは、仏僧ではないか
という説。輪廻転生)。
81-40で41の空白があらかじめある。局面が進展すれば
するほど、その空白は増えてゆく(41≦)。
(勿論、NRには打てない場所がある。二歩禁止も含めて)。

Posted by mkimbara at 07:16  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

名人戦途中経過

今回の名人戦は全体的に、曲線的変化の特に得意な羽生
さんに対して森内さんが意識的に直線的な将棋を強いて
いるという印象を持っている。
とくに後手番のときの対策において(偏見かもしれないが)。
次が第六局。次が決戦(森内さんが先手番)だが、しかし
これに森内さんが敗れても、なお、まだ森内さんが優位に
ある印象は公正にいって否めない(先手を取っていること
と、内容が良いこと)。
Posted by mkimbara at 02:33  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月01日

うづき

将棋に勝てば全て良しと言うわけではないけど、敗北の
痛手をいやす術を僕は知らない。どうにか割り切って
床に就いても朝目覚めるとまた虚しいし、傷口が深まって
いるときもある。
行方尚史「今日も雨降りで」。「将棋世界」1998年12月号?

ひどく悔しい、悔いの残る負け方をしたとき、この
文章を絶えず私は読み返す。痛みは消えないものの、
慰められるところはある。
Posted by mkimbara at 07:12  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月30日

ポスター

山を越えたともいわれているが、しかし下駄を履くまで
分からない。

i37
Posted by mkimbara at 19:37  |Comments(0)TrackBack(0) | 象戯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする