2009年06月17日
山の恵み
先日、友人に誘われて山にドライブに行ってきた。メインの目的は、友人が見つけた猫グッズのお店に行くことだったのだが、休業日もちゃんと確認して出かけたにも拘わらず、お店は休みだった。猫の店員さんもいるとのことだったので、とても楽しみにしていたのに・・・(T_T)そこで、猫グッズのお店はまた後日行くことにして、ふたつ目の目的の山に向かった。

街中は気温が30度くらいの暑さだったが、1時間程走って到着した山の中は、涼しくて爽やかだった。友人が連れて行ってくれたその場所は、湖の周りを1周する道で、車1台分の幅しかないが、所々に待避スペースがあるので、対向車が来ても問題はなかった。もっとも、対向車など滅多に来なかったのだが(苦笑)鮮やかな緑の木々に覆われた湖の畔は、ひっそりと静かで、時折すぐ近くでウグイスの声が響く。すぐ目の前の高い木の上あたりにいるようなのだが、姿は見えない。眩しいくらいの緑の葉を見ているだけで気持ちがいい。日頃のストレスが溶けていくような気がする。道の脇の少し広いところに車を停め、ふたりでのんびり歩いた。あちこちに花が咲いている。

でも、名前のわからない花ばかり。華やかさはないけれど、上品でやさしくて、見ていると心が和む。

そのうちに、友人が誘ってくれた理由になったものを見つけた。たわわになった木苺である。道の右にも左にも、木苺の木がある。初めのうち、目が慣れていないせいか、薄い黄色の実をなかなか見つけることができず、友人に指を差されて初めてわかるという状況だったが、そのうちに自分でも見つけられるようになった。

ひとつ採って、口に入れてみる。酸っぱい。木苺独特の酸味が口に広がる。そのうちに、赤い木苺も見つけた。木の形や葉っぱなど、黄色の木苺と少し違う。熟す時期もずれているようで、黄色の木苺がピークを過ぎているのに対し、赤い木苺はまだまだ青い実がほとんどだった。こちらもひとつ食べてみる。今度は酸味がほとんど無く、少し甘い。それにしても、5km以上ある道の両脇に、びっくりするくらいたくさんの木苺が実っている。木苺の他にも、マタタビや、名前のわからないいろんな実が、あちこちにある。この山の恵みが、生き物たちの生を支えている訳だ。ありきたりではあるが、この自然を大事にしなくてはと改めて思う。
近頃我が家の近所でも、田畑が住宅地へとどんどん変わっていってる。このあたりはとても人気があるらしい。農業も高齢化や後継者不足で続けていくことが困難になっている現状もあるし、仕方がない面もあるのだろうけれど、自然や、食料を生み出す場がなくなっていってしまうのは悲しい。山にも食べるものが減って、野生の動物たちが里に下りてきて、色々と問題が起きている。人間の世界でも、食糧自給率がとても低いことが問題だ。自然の恵みに感謝することを忘れないようにしなければと思う。
街中は気温が30度くらいの暑さだったが、1時間程走って到着した山の中は、涼しくて爽やかだった。友人が連れて行ってくれたその場所は、湖の周りを1周する道で、車1台分の幅しかないが、所々に待避スペースがあるので、対向車が来ても問題はなかった。もっとも、対向車など滅多に来なかったのだが(苦笑)鮮やかな緑の木々に覆われた湖の畔は、ひっそりと静かで、時折すぐ近くでウグイスの声が響く。すぐ目の前の高い木の上あたりにいるようなのだが、姿は見えない。眩しいくらいの緑の葉を見ているだけで気持ちがいい。日頃のストレスが溶けていくような気がする。道の脇の少し広いところに車を停め、ふたりでのんびり歩いた。あちこちに花が咲いている。
でも、名前のわからない花ばかり。華やかさはないけれど、上品でやさしくて、見ていると心が和む。
そのうちに、友人が誘ってくれた理由になったものを見つけた。たわわになった木苺である。道の右にも左にも、木苺の木がある。初めのうち、目が慣れていないせいか、薄い黄色の実をなかなか見つけることができず、友人に指を差されて初めてわかるという状況だったが、そのうちに自分でも見つけられるようになった。
ひとつ採って、口に入れてみる。酸っぱい。木苺独特の酸味が口に広がる。そのうちに、赤い木苺も見つけた。木の形や葉っぱなど、黄色の木苺と少し違う。熟す時期もずれているようで、黄色の木苺がピークを過ぎているのに対し、赤い木苺はまだまだ青い実がほとんどだった。こちらもひとつ食べてみる。今度は酸味がほとんど無く、少し甘い。それにしても、5km以上ある道の両脇に、びっくりするくらいたくさんの木苺が実っている。木苺の他にも、マタタビや、名前のわからないいろんな実が、あちこちにある。この山の恵みが、生き物たちの生を支えている訳だ。ありきたりではあるが、この自然を大事にしなくてはと改めて思う。
近頃我が家の近所でも、田畑が住宅地へとどんどん変わっていってる。このあたりはとても人気があるらしい。農業も高齢化や後継者不足で続けていくことが困難になっている現状もあるし、仕方がない面もあるのだろうけれど、自然や、食料を生み出す場がなくなっていってしまうのは悲しい。山にも食べるものが減って、野生の動物たちが里に下りてきて、色々と問題が起きている。人間の世界でも、食糧自給率がとても低いことが問題だ。自然の恵みに感謝することを忘れないようにしなければと思う。
2009年06月04日
憧れをミニチュア版で
ツリーハウスをいうのをご存じだろうか?簡単に言えば、木の上の小屋である。地面から生えている木を利用して、高いところに小屋を造る。ある動物番組にでてくる、チンパンジーのパ○君のおうちも、ツリーハウスのひとつだ。私は子供の頃から、このツリーハウスにとっても憧れていた。高いところはあまり得意ではないが、眺めはいいし、木の上に木で作られた小屋というのが、とても素敵に思えた。だが、残念ながら山林を所有している訳でもなく、庭も猫の額程。とてもじゃないが、ツリーハウスを造れるような状況ではない。
話は少し変わるが、昨年の夏に、太鼓でお世話になっている人の紹介で、木工倶楽部という所に入会した。正式名称は、○○(これを書くと地区が限定されてしまうのでご勘弁)地区コミュニティー会議環境委員会木工部会。地元のボランティア団体とでも言ったらいいだろうか。契約している山の間伐(檜)を行い、その間伐材や建築廃材を利用して様々な木工製品を作るのが主な目的である。その木工倶楽部に入会するちょっと前に、あることを思いついた。人間用のツリーハウスは到底無理だが、猫用サイズくらいのものだったら、うちの庭木を利用して作れるんじゃないかと。ちょっとした飾りにもなるし、これはいける!と思った。そこで木工倶楽部に入会して、間伐材を使ってツリーハウスを造ったのである。
まず3本の庭木と、檜の丸太を柱にして、ツリーハウスを乗せるための土台を作った。土台の床材も、間伐材である。作り方は、木工関係の書籍に特集で載っていたので、それを参考にした。なかなか作業が進まず、結局完成したのは11月の終わりだったが、その間に主人まで別のツリーハウスを造ってしまった。
それぞれデザインは違うが、大きさはやっぱり、せいぜい猫が入れるくらい。私としては、いつも庭でくつろぐのが好きな天化が気に入ってくれるといいなと思っていたのだが・・・実際には入ってくれなかった(泣)仕方ないので、友人にもらった猫のぬいぐるみを住人にした。
念願のツリーハウス。近所では、「何の巣?鳥?」などと聞かれるし、木工初心者で出来はいまいちだが、自分としては大満足である(*^^)v 3個目も計画中だが、他にも作りたい物が山積みで、後回しになりそうだ(苦笑)
2009年05月16日
支えられて
でも、何とか持ちこたえてきた。それは自分が我慢強かったからではなく、周りのたくさんの人たちに支えてもらっていたから。愚痴を聞いてくれるお隣さんや友人、私のウッドバーニングの絵を何度も褒めてくれて、他人も自慢してくれたりもする木工倶楽部のおじさま達、無邪気に甘えてくるかごめ・むぎ・天化・涼・ひなた、そして、辛抱強く伴侶でいてくれる主人。
今年も大好きな茶摘みの季節がやってきて、ゴールデンウィークが明けてから、茶畑に出かけた。もう4年目になるだろうか。毎年顔を合わせるおばちゃん達。みんな笑顔で「今年もよく来たね〜」と歓迎してくれた。嬉しかった。ここには自分の居場所があると思えた。
2日前、ある人の言葉を聞いて、自分で自分を追い込んでいることに気づいた。その人に、サイトとブログをやめちゃダメだと言われた。見てみたいから、URLを教えて欲しいと。すごく嬉しかった。更新しなくなり、当然の事ながら訪れる人もほとんど無く、どうせ誰も見ないからとやる気がなくなるという悪循環にハマっていたけど、また頑張って更新しようかなと言う気持ちもちょっぴりあったから、背中を押してもらった気がした。
こんな私を支えてくれるたくさんの人たち。ひとりひとりに感謝の気持ちをうまく伝えることができるかどうかわからないけれど、せめてその人達の前では笑顔でいたい。
ブログにあまり暗い話題は書かないようにしたいと思ってきたが、気持ちを新たに再スタートを切るために、あえて今回は本音をぶちまけることにした。実際のところ、忙しい日々を送っているので、まめに更新をするのはなかなか難しいかもしれないけれど、できる限りやっていこうと思う。
どうもありがとう。支えてくれているたくさんの人たち。
2008年10月02日
ようこそ♪・・・そしてありがとう
1ヶ月あまり前の話になるが、8月の最後の土曜日に、我が家に新しい家族が増えた。私の両親がかわいがっていた三毛猫のひなたちゃんだ。

右手を骨折し、世話をしていた若い女性によって獣医さんに連れてこられたひなたちゃん。その女性は事情があって飼うことができないと言い、獣医さんから話を聞いた私が両親に里親にならないかと持ちかけて、引き取ることになった。引き取った当時で、大体生後7〜8ヶ月くらいの感じだった。ちょっと臆病ではあるものの、慣れればとても甘えん坊な子で、両親に慣れてからは常にべったりの状態だった。そんな両親と同居していた祖母が昨年急に亡くなり、病気で家事をこなすのが多少困難な母にとって、坂のある土地で、斜面に建てられた老朽化した戸建てでの生活は苦労の連続で、時々手伝いに通う私の都合もあり、やむなくうちから車で15分程の所にあるマンションに引っ越すこととなった。初めはひなたちゃんも一緒に暮らせるようにとペット可のマンションを探したのだが、これがなかなか見つからず、ひなたちゃんを引き取るときに、何かあったときにはうちが引き取るという約束もあったので、ペット禁止だがかなり好条件のマンションを見つけたときに、ひなたちゃんを手放す決心をした。引っ越しは9月に入ってからだったが、準備でバタバタするので、ひなたちゃんだけ早めにうちに来ることになった。
ひなたちゃんにとってまず最初の難関は、犬との同居。かごめは猫が大好きな優しい犬だが、そんなことがひなたちゃんに理解出来るかどうかわからない。次の心配は、気難しいむぎ。天化も愛想のいいタイプではない。凉は誰にでも甘えていく性格なので、おそらく一番初めに仲良くなれるだろうと思えた。ところがそんな私たちの予想を大きく裏切り、ひなたちゃんがまず始めに仲良くなったのは、かごめだった。3日目にはもう慣れてしまったのだ。これには驚いた。慣れるまではと2階の部屋にケージを用意し、しばらくケージの中で暮らすことになっていたが、予想以上に早く慣れそうだったので、5日目くらいにはケージにリードでつないだ状態になった。リードは長めにし、部屋の中を比較的自由に歩き回れるくらいにしておいた。にゃんずとはやはりなかなか馴染めず、顔を見ればお互い威嚇し合う日の連続だった。そのうちにひなたちゃんの方が慣れてくると、近づいてくる凉をめがけて突進するようになった。凉が弱そうだと思い、攻撃するようになったのだ。天化に対しても同じように攻撃するようになった。かわいらしい声で鳴くひなたちゃんだが、予想以上に気が強いことがわかった。そのうちにひなたちゃんのいる部屋には、むぎとかごめは出入りするが、天化と凉は入れなくなってしまった。
うちに来てから2週間が経ち、そろそろ自由にしてあげようとリードをはずしてあげると、初めはなかなか下に降りてこなかったが、少しずつ様子を見に降りてくるようになった。そこで天化や凉と出くわすと、しっぽをブラシのようにふくらませ、「ぎゃおぉぉ〜っ!!」と言いながらダッシュで追いかける始末。慣れるまで時間がかかるだろうとは思っていたが、予想とは違った展開だった。むぎに対してはどうやら一目置いているらしく、天化たちのように攻撃を仕掛けたりはしない。しばらく2匹には受難の日々が続きそうだ。
そんなひなたちゃん騒動が始まる2〜3日前のこと、玄関前の亀吉の様子を見ると、水槽から姿が消えていた。深さはかなりあるのでまさか脱走はできないだろうと思っていたのだが、最近買った流木もどきに登ったらふたに届いたらしく、しかも重たいふたをしておいたのを前々日に軽いふたに変えてあり、補強をしなければと思っていた矢先のことで、自分でふたをずらして脱走してしまったのだ。気づいてから慌てて庭や近所を探し回ったが、とうとう見つからなかった。その翌日に大雨が降り、外にあった水槽はあっと言う間に水位が上がって、流木もどきが無くても脱走出来るような状態になってしまった。個体数が激減しているニホンイシガメの亀吉。近所でもニホンイシガメは生息していないと思っていたのだが、しばらく前にきんじょの川の2kmほど上流で大人のニホンイシガメを見かけたので、どうやら川からやってきた可能性が高いと思っていたところだった。大雨の中、無事に川までたどり着いていれば、元気に暮らしていけるかもしれない。何だかひなたちゃんのために私の手間を減らしてくれたようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。思えば、庭にいたところを捕まえて飼い始めた亀吉だったから、自然に帰った方が幸せなのかもしれない。ちょうど1年間、うちの子でいてくれて、カメの可愛らしさを感じさせてくれたり、ニホンイシガメの現状を知るきっかけを作ってくれたり、私には嬉しい出会いだった。短い間だったけど、本当にありがとう。絶対に元気でいてね!

右手を骨折し、世話をしていた若い女性によって獣医さんに連れてこられたひなたちゃん。その女性は事情があって飼うことができないと言い、獣医さんから話を聞いた私が両親に里親にならないかと持ちかけて、引き取ることになった。引き取った当時で、大体生後7〜8ヶ月くらいの感じだった。ちょっと臆病ではあるものの、慣れればとても甘えん坊な子で、両親に慣れてからは常にべったりの状態だった。そんな両親と同居していた祖母が昨年急に亡くなり、病気で家事をこなすのが多少困難な母にとって、坂のある土地で、斜面に建てられた老朽化した戸建てでの生活は苦労の連続で、時々手伝いに通う私の都合もあり、やむなくうちから車で15分程の所にあるマンションに引っ越すこととなった。初めはひなたちゃんも一緒に暮らせるようにとペット可のマンションを探したのだが、これがなかなか見つからず、ひなたちゃんを引き取るときに、何かあったときにはうちが引き取るという約束もあったので、ペット禁止だがかなり好条件のマンションを見つけたときに、ひなたちゃんを手放す決心をした。引っ越しは9月に入ってからだったが、準備でバタバタするので、ひなたちゃんだけ早めにうちに来ることになった。
ひなたちゃんにとってまず最初の難関は、犬との同居。かごめは猫が大好きな優しい犬だが、そんなことがひなたちゃんに理解出来るかどうかわからない。次の心配は、気難しいむぎ。天化も愛想のいいタイプではない。凉は誰にでも甘えていく性格なので、おそらく一番初めに仲良くなれるだろうと思えた。ところがそんな私たちの予想を大きく裏切り、ひなたちゃんがまず始めに仲良くなったのは、かごめだった。3日目にはもう慣れてしまったのだ。これには驚いた。慣れるまではと2階の部屋にケージを用意し、しばらくケージの中で暮らすことになっていたが、予想以上に早く慣れそうだったので、5日目くらいにはケージにリードでつないだ状態になった。リードは長めにし、部屋の中を比較的自由に歩き回れるくらいにしておいた。にゃんずとはやはりなかなか馴染めず、顔を見ればお互い威嚇し合う日の連続だった。そのうちにひなたちゃんの方が慣れてくると、近づいてくる凉をめがけて突進するようになった。凉が弱そうだと思い、攻撃するようになったのだ。天化に対しても同じように攻撃するようになった。かわいらしい声で鳴くひなたちゃんだが、予想以上に気が強いことがわかった。そのうちにひなたちゃんのいる部屋には、むぎとかごめは出入りするが、天化と凉は入れなくなってしまった。
うちに来てから2週間が経ち、そろそろ自由にしてあげようとリードをはずしてあげると、初めはなかなか下に降りてこなかったが、少しずつ様子を見に降りてくるようになった。そこで天化や凉と出くわすと、しっぽをブラシのようにふくらませ、「ぎゃおぉぉ〜っ!!」と言いながらダッシュで追いかける始末。慣れるまで時間がかかるだろうとは思っていたが、予想とは違った展開だった。むぎに対してはどうやら一目置いているらしく、天化たちのように攻撃を仕掛けたりはしない。しばらく2匹には受難の日々が続きそうだ。
そんなひなたちゃん騒動が始まる2〜3日前のこと、玄関前の亀吉の様子を見ると、水槽から姿が消えていた。深さはかなりあるのでまさか脱走はできないだろうと思っていたのだが、最近買った流木もどきに登ったらふたに届いたらしく、しかも重たいふたをしておいたのを前々日に軽いふたに変えてあり、補強をしなければと思っていた矢先のことで、自分でふたをずらして脱走してしまったのだ。気づいてから慌てて庭や近所を探し回ったが、とうとう見つからなかった。その翌日に大雨が降り、外にあった水槽はあっと言う間に水位が上がって、流木もどきが無くても脱走出来るような状態になってしまった。個体数が激減しているニホンイシガメの亀吉。近所でもニホンイシガメは生息していないと思っていたのだが、しばらく前にきんじょの川の2kmほど上流で大人のニホンイシガメを見かけたので、どうやら川からやってきた可能性が高いと思っていたところだった。大雨の中、無事に川までたどり着いていれば、元気に暮らしていけるかもしれない。何だかひなたちゃんのために私の手間を減らしてくれたようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。思えば、庭にいたところを捕まえて飼い始めた亀吉だったから、自然に帰った方が幸せなのかもしれない。ちょうど1年間、うちの子でいてくれて、カメの可愛らしさを感じさせてくれたり、ニホンイシガメの現状を知るきっかけを作ってくれたり、私には嬉しい出会いだった。短い間だったけど、本当にありがとう。絶対に元気でいてね!
2008年06月17日
夫の趣味
私の夫は、基本的にアウトドア派である。だから趣味というと、スキー、キャンプ、ハイキングなど、自然の中で楽しむことが多い。でも、それだけではなくて、鉄道模型という趣味もある。元々鉄道が大好きで、もちろん乗るのも見るのも好きなのだが、模型も好きだ。お金がかかるので大がかりなものは作れないが、少しずつ部品や車両を買い足して、小さなジオラマを作成中である。そんな夫に、新たな趣味ができた。革工芸だ。きっかけは、遊びに行った体験工房でのウッドバーニング。

写真の左側のものが、私が体験したウッドバーニングの作品である。木の板に、専用の電気ペンで焦がしながら絵を描いていくものだ。初めての体験だったのだが、とても面白くて夢中になってしまった。そんな私の傍らで、じっと作業を見つめる夫。その夫にウッドバーニングを指導してくれる先生が「ご主人も一緒にどうですか?」と声をかけてくれた。退屈しているのではないかと気遣ってのことだった。しかし、絵の苦手な夫は一度は断った。でも、「これなら簡単にできると思いますよ。」と先生の差し出してくれた物を見て、やる気になった。革でできたペット用タグである。写真の右側に写っているのがそうだ。ハートの型押しは元々あって、そこに足跡マークと名前を電気ペンで描くといいと先生に勧められた。しかも、無料でやらせてもらったのである。夫がそれを見てやる気になったのには、理由がある。簡単そうだというのもあるが、革に惹かれたのだ。実はしばらく前、買い物に行った先のショッピングセンターの中に、革製品と革工芸の材料を扱うお店があるのを見つけた。その店先に牛半頭分の皮がかけてあり、それがなんとたったの1050円だったのだ。その安さに驚き、夫は買いたい衝動に駆られたようだったが、そのときには具体的に何を作ったらいいのかわからないからと、私が反対した。確かに安いが、買うのは作る物が決まってからでもいいだろうと。そのときから革工芸のことがずっと夫の頭から離れず、差し出された革のペットタグに糸口を見つけた気がしたのではないだろうか。それを作ってからは、本屋さんで関連書籍を探し、例のお店ではとりあえず小さな革の切れ端といくつかの道具を買ってきた。そしてまず夫が挑戦したのが、小銭入れ。ちょうど父の日が目前と言うときで、2人の父親にプレゼントとして作ろうと決めたのだ。自分の父親だけでなく、私の父にも作ってくれようとしたのが嬉しかった(*^_^*)小銭入れ自体は夫が作り、私がそこに電気ペンで絵を描くことになった。そう、電気ペンもネットで安いのを探して購入したのだ。

写真のピントが甘くてわかりづらいかもしれないが、夫の父にはかごめの絵の小銭入れを、私の父には両親の愛猫ひなたちゃんの絵のを作ることにした。初めての挑戦なので、まずは試作品をひとつ作成。それで感じを掴んで、いざ本番へ。苦労したものの、失敗することなくふたつを完成させた。

父の日当日に届くように送って、2人にとても喜んでもらった。夫も自分の作ったもので喜んでもらえて、嬉しかっただろうと思う。自信もついたのではないだろうか。そこで次は、娘のためにデジタルオーディオプレイヤーを入れるケースを作成。これは近々独り暮らしの娘の元に、私が持っていく予定だ。娘の反応はどうなるやら?(笑)
私も物作りが大好きなので、これから先、夫と一緒にいろんな物を作っていけたら楽しいだろうなと思う。老後も楽しみになってきた(*^^)v
写真の左側のものが、私が体験したウッドバーニングの作品である。木の板に、専用の電気ペンで焦がしながら絵を描いていくものだ。初めての体験だったのだが、とても面白くて夢中になってしまった。そんな私の傍らで、じっと作業を見つめる夫。その夫にウッドバーニングを指導してくれる先生が「ご主人も一緒にどうですか?」と声をかけてくれた。退屈しているのではないかと気遣ってのことだった。しかし、絵の苦手な夫は一度は断った。でも、「これなら簡単にできると思いますよ。」と先生の差し出してくれた物を見て、やる気になった。革でできたペット用タグである。写真の右側に写っているのがそうだ。ハートの型押しは元々あって、そこに足跡マークと名前を電気ペンで描くといいと先生に勧められた。しかも、無料でやらせてもらったのである。夫がそれを見てやる気になったのには、理由がある。簡単そうだというのもあるが、革に惹かれたのだ。実はしばらく前、買い物に行った先のショッピングセンターの中に、革製品と革工芸の材料を扱うお店があるのを見つけた。その店先に牛半頭分の皮がかけてあり、それがなんとたったの1050円だったのだ。その安さに驚き、夫は買いたい衝動に駆られたようだったが、そのときには具体的に何を作ったらいいのかわからないからと、私が反対した。確かに安いが、買うのは作る物が決まってからでもいいだろうと。そのときから革工芸のことがずっと夫の頭から離れず、差し出された革のペットタグに糸口を見つけた気がしたのではないだろうか。それを作ってからは、本屋さんで関連書籍を探し、例のお店ではとりあえず小さな革の切れ端といくつかの道具を買ってきた。そしてまず夫が挑戦したのが、小銭入れ。ちょうど父の日が目前と言うときで、2人の父親にプレゼントとして作ろうと決めたのだ。自分の父親だけでなく、私の父にも作ってくれようとしたのが嬉しかった(*^_^*)小銭入れ自体は夫が作り、私がそこに電気ペンで絵を描くことになった。そう、電気ペンもネットで安いのを探して購入したのだ。
写真のピントが甘くてわかりづらいかもしれないが、夫の父にはかごめの絵の小銭入れを、私の父には両親の愛猫ひなたちゃんの絵のを作ることにした。初めての挑戦なので、まずは試作品をひとつ作成。それで感じを掴んで、いざ本番へ。苦労したものの、失敗することなくふたつを完成させた。
父の日当日に届くように送って、2人にとても喜んでもらった。夫も自分の作ったもので喜んでもらえて、嬉しかっただろうと思う。自信もついたのではないだろうか。そこで次は、娘のためにデジタルオーディオプレイヤーを入れるケースを作成。これは近々独り暮らしの娘の元に、私が持っていく予定だ。娘の反応はどうなるやら?(笑)
私も物作りが大好きなので、これから先、夫と一緒にいろんな物を作っていけたら楽しいだろうなと思う。老後も楽しみになってきた(*^^)v
2008年01月24日
寒中お見舞い申し上げます
長いこと更新せずにいたので、先日友人からメールを頂いた。心配してくれる人がいることに、改めて感謝m(__)m ありがとうございます。
秋頃からパート先のことで悩み、何だかよくわからないけど忙しい毎日で、あれよあれよと言う間に時は過ぎ、年末年始は超多忙で寝不足状態、娘の成人式が終わってやっと一息ついたと言った感じだ。成人式用の振袖は娘がこだわっていたので、ほとんど娘に任せて放っておいたら、年末ぎりぎりになっても小物が揃わなかったので、大慌てで準備したりした。振袖は一般的なものではなく、後々使えるようにと、最近よく出回っているポリエステル製の洗える着物用の反物を2本使って仕立ててもらった。なので、反物は1万円もしなかったが、仕立て代の方がそれを上回った(苦笑)2本の反物は同じ物ではなく、よって半身ずつ色違いだ。左が朱赤、右が黒。かなり個性的な振袖になった。

帯は妹が古着屋さんで買ってきた3500円の物を使い、その代わり娘の希望で蝶々の刺繍の入った赤いきれいな兵児帯を買って帯飾りに使い、半襟とバッグも蝶々の刺繍の入った物を娘が選んで買ってきた。記念すべき成人のお祝いに、想いを込めて手作りの物をと、甥が帯締めを作ってくれ、私は蝶々の刺繍入りのショールと、蝶々の絵を描いたネイルチップと、つまみ細工の髪飾りを作った。

他の子達に比べてずっと地味だったし、華やかさはなかったかもしれないけど、どれもあとで使える物ばかり揃えたことと、みんなの想いが集まった物だったので、いい記念にはなったと思う。娘も満足していたようだった。この地域では、出身中学校ごとに式典を行い、それぞれに2次会や3次会を企画したようだ。娘は式典のあとでバイト先に晴れ姿を見せに行き、ワンピースに着替えてから、夕方2次会へと出かけていった。久しぶりに同窓生と会い、楽しい時間を過ごしてきたようだった。
さて、話は変わるが、今日はかなり風が強かった。爆弾低気圧の影響だとか。最近よく耳にするこの言葉、昔はなかったように思う。やはり異常気象ということなのだろうか?そんな強い風の中、買い物に出かけたのだが、スーパーに向かって車を走らせていると、突然右の方から大きな段ボール箱が飛んできた。咄嗟のことで避けることもできず、あっと思った次の瞬間には車の右側面にバーンという大きな音を立ててぶつかった。怖かった。すぐに車を端に寄せて止め、車の状態を見てみると、へこみはなかったものの、段ボール箱の形に傷が付いていた。

ふとみると、飛んできた段ボール箱を回収しに来た男性の姿が・・・。その人が戻っていった先を確認して、そこに車を回した。電器関係らしい小さな事務所だった。ドアを開けて中に入り、「今段ボール箱が・・・」というと、目の前にいた女性が「あっ」と言って、奥から段ボール箱を回収した男性が出てきた。「飛んできた段ボール箱が車に当たったんですけど」と言うと、「いやぁ〜、追いかけたんですけど、間に合わなかったんですよ〜。こっちも危険でしたしね〜」と、言い訳しきり。「とにかくちょっと見てもらえませんか?」と言うと、社長さんらしき人と一緒に外に出てきた。私の車を見ると、「あ〜、傷が付いちゃいましたね〜」と一言。そこで社長さんらしき人が「人身ってわけじゃないし、警察に届けてどうこうって言うのは・・・まぁ、したいならしてもいいんですけど・・・」と歯切れが悪い。別に私も事を荒立てたいわけではないので、傷さえ直してもらえればいいと言った。このままにしておいたら主人にも叱られるし、と。社長さんはとても困った様子だった。どこかに電話をかけたあと、とりあえず連絡先を教えて欲しいと言ってきた。あとで連絡をするからと。そこで私の自宅の住所と電話番号を教え、とりあえずはそのまま買い物に出かけた。あとで向こうの電話番号を聞き損ねたことを思い出したが、自宅からそう遠くないところだったので、連絡を待つことにした。向こうの人も言っていたが、飛んできた段ボール箱にびっくりしてハンドルを切ったりしなくて良かった。その通りは大型車が多く行き交うところで、実際段ボール箱がぶつかったとき、すぐ後ろにはかなり大きなトラックがいた。対向車もトラックだった。下手にハンドルを切ったりしたら、事故になっていたかもしれない。そうしたら、きっと無事では済まないだろう。歩行者にぶつかっていた可能性もある。段ボールということもあって、下手に避けたりするよりは、ぶつかって正解だったかもしれない。とはいえ、かなりの勢いでぶつかったわけだから、これが車ではなく歩行者だったら、しかも高齢者や小さい子供だったとしたら、間違いなくケガをしていたはず。ニュースでも突風によるケガのことが報道されていた。突風が吹くときには、普段は動かないような重たいものが動くこともある。充分気を付けなければ。そういえば、私の勤め先でこのところ車の事故が多発している。幸いけが人は出ていないが、買ったばかりの車を廃車にしてしまった人もいる。何だか呪われているみたいだ(苦笑)
秋頃からパート先のことで悩み、何だかよくわからないけど忙しい毎日で、あれよあれよと言う間に時は過ぎ、年末年始は超多忙で寝不足状態、娘の成人式が終わってやっと一息ついたと言った感じだ。成人式用の振袖は娘がこだわっていたので、ほとんど娘に任せて放っておいたら、年末ぎりぎりになっても小物が揃わなかったので、大慌てで準備したりした。振袖は一般的なものではなく、後々使えるようにと、最近よく出回っているポリエステル製の洗える着物用の反物を2本使って仕立ててもらった。なので、反物は1万円もしなかったが、仕立て代の方がそれを上回った(苦笑)2本の反物は同じ物ではなく、よって半身ずつ色違いだ。左が朱赤、右が黒。かなり個性的な振袖になった。
帯は妹が古着屋さんで買ってきた3500円の物を使い、その代わり娘の希望で蝶々の刺繍の入った赤いきれいな兵児帯を買って帯飾りに使い、半襟とバッグも蝶々の刺繍の入った物を娘が選んで買ってきた。記念すべき成人のお祝いに、想いを込めて手作りの物をと、甥が帯締めを作ってくれ、私は蝶々の刺繍入りのショールと、蝶々の絵を描いたネイルチップと、つまみ細工の髪飾りを作った。
他の子達に比べてずっと地味だったし、華やかさはなかったかもしれないけど、どれもあとで使える物ばかり揃えたことと、みんなの想いが集まった物だったので、いい記念にはなったと思う。娘も満足していたようだった。この地域では、出身中学校ごとに式典を行い、それぞれに2次会や3次会を企画したようだ。娘は式典のあとでバイト先に晴れ姿を見せに行き、ワンピースに着替えてから、夕方2次会へと出かけていった。久しぶりに同窓生と会い、楽しい時間を過ごしてきたようだった。
さて、話は変わるが、今日はかなり風が強かった。爆弾低気圧の影響だとか。最近よく耳にするこの言葉、昔はなかったように思う。やはり異常気象ということなのだろうか?そんな強い風の中、買い物に出かけたのだが、スーパーに向かって車を走らせていると、突然右の方から大きな段ボール箱が飛んできた。咄嗟のことで避けることもできず、あっと思った次の瞬間には車の右側面にバーンという大きな音を立ててぶつかった。怖かった。すぐに車を端に寄せて止め、車の状態を見てみると、へこみはなかったものの、段ボール箱の形に傷が付いていた。
ふとみると、飛んできた段ボール箱を回収しに来た男性の姿が・・・。その人が戻っていった先を確認して、そこに車を回した。電器関係らしい小さな事務所だった。ドアを開けて中に入り、「今段ボール箱が・・・」というと、目の前にいた女性が「あっ」と言って、奥から段ボール箱を回収した男性が出てきた。「飛んできた段ボール箱が車に当たったんですけど」と言うと、「いやぁ〜、追いかけたんですけど、間に合わなかったんですよ〜。こっちも危険でしたしね〜」と、言い訳しきり。「とにかくちょっと見てもらえませんか?」と言うと、社長さんらしき人と一緒に外に出てきた。私の車を見ると、「あ〜、傷が付いちゃいましたね〜」と一言。そこで社長さんらしき人が「人身ってわけじゃないし、警察に届けてどうこうって言うのは・・・まぁ、したいならしてもいいんですけど・・・」と歯切れが悪い。別に私も事を荒立てたいわけではないので、傷さえ直してもらえればいいと言った。このままにしておいたら主人にも叱られるし、と。社長さんはとても困った様子だった。どこかに電話をかけたあと、とりあえず連絡先を教えて欲しいと言ってきた。あとで連絡をするからと。そこで私の自宅の住所と電話番号を教え、とりあえずはそのまま買い物に出かけた。あとで向こうの電話番号を聞き損ねたことを思い出したが、自宅からそう遠くないところだったので、連絡を待つことにした。向こうの人も言っていたが、飛んできた段ボール箱にびっくりしてハンドルを切ったりしなくて良かった。その通りは大型車が多く行き交うところで、実際段ボール箱がぶつかったとき、すぐ後ろにはかなり大きなトラックがいた。対向車もトラックだった。下手にハンドルを切ったりしたら、事故になっていたかもしれない。そうしたら、きっと無事では済まないだろう。歩行者にぶつかっていた可能性もある。段ボールということもあって、下手に避けたりするよりは、ぶつかって正解だったかもしれない。とはいえ、かなりの勢いでぶつかったわけだから、これが車ではなく歩行者だったら、しかも高齢者や小さい子供だったとしたら、間違いなくケガをしていたはず。ニュースでも突風によるケガのことが報道されていた。突風が吹くときには、普段は動かないような重たいものが動くこともある。充分気を付けなければ。そういえば、私の勤め先でこのところ車の事故が多発している。幸いけが人は出ていないが、買ったばかりの車を廃車にしてしまった人もいる。何だか呪われているみたいだ(苦笑)
2007年09月12日
珍客
8月も終わりに近づいたある日、ジャズダンスのレッスンに出かけようとカーポートに行くと、なにやら視界に入った物が気になった。白っぽいコンクリートに、黒っぽくて丸い物体。カーポートの隅に立てかけてあった脚立の足元にあったそれは、近づくととたんに逃げ出した。びっくりしてよく見てみると、甲羅の長さ12cmほどのカメだった。近所の川にはカメがたくさん生息していて、雨の日や雨上がりなどに良く住宅街を歩いていたりするのだが、そんなカメはもっと大きい。それに、どうやら川に住んでいるカメとは種類が違うようだ。とりあえず出かけるところだったので、捕まえてバケツに入れて置いた。

その日は仕事もあり、バタバタしていてそのまま忘れてしまったのだが、翌朝思い出して、あわてて様子を見に行った。幸いバケツの中のカメはとても元気だった。カメなど飼ったこともないし、飼おうと思ったこともなかったので、カメに関しての知識が全くなく、ただやたらと川に放したりしてはいけないと思ったので、とりあえずネットで色々と調べてみることにした。まずは、カメの種類。これがすぐにはわからなかったのだが、あちこちのサイトをのぞいてみて、どうやらニホンイシガメらしいことがわかった。唯一の日本固有種のカメだそうだ。森の中の川や池などに生息しているらしい。しかも、水のきれいなところ。このあたりも比較的田舎で、川もあるし田んぼもあるのだが、あの小さな身体で我が家のカーポートまでやってくるには、ちょっと距離がありすぎる気もする。田んぼに至っては、線路を超えてこなければならない。それに、近所の川で見かけるカメは大きく、おそらくはアカミミガメ(ミドリガメ)とクサガメだろうと思われる。ニホンイシガメは、最大でも22cmくらいまでしか育たないらしい。もしかしたら、どこかの家から脱走してきたのかもしれない。家族で相談した結果、とりあえずはうちで面倒を見てみようと言うことになった。近々町内の草取りもあるし、もし脱走したのだったとしたら話題に上るかもしれない。そうしたら返してあげればいい。そうと決まったら、環境を整えてあげなくてはいけない。まずは応急的に100円ショップで洗い桶や隠れ場所のための植木鉢(横にして使う)や餌などを買って、その後改めてもっと大きな飼育箱を用意した。色々と探してみたのだが、ペット用のちゃんとした水槽はかなり高価で、もし飼い主が見つかったりしたら後々利用する予定もないので、散々悩んだ末、ふと目に付いた半透明の衣装ケースを買ってきた。あとでカメの飼育の本を買ってわかったのだが、衣装ケースを使うというのは良くある手らしい。安いだけでなく、ふたがしっかり固定出来るというのも魅力だ。でも、そのままでは使えないので、カッターで四角く大きく切って、そこに網を取り付けた。水場と陸の両方が必要と言うことで、100円ショップで買ったプラスチックケースを中に入れて水を張り、レンガをひとつ置いた。プラスチックケースの外側には砂利を敷いて植木鉢を横倒しに置き、日陰も作った。あとはちゃんと餌を食べてくれるかどうかが心配だったが、とにかく様子を見るしかなかった。

名前は、カメがうちに来た翌日に娘が付けた。「亀吉」である。何とオーソドックスなことか・・・(苦笑)変わった名前の多い我が家で、珍しく平凡な名前である。初めのうちは人が近づくだけでバタバタと大暴れしていた亀吉だが、2〜3日で餌を食べるようになり、今では餌を待っているかのように首を伸ばして見上げるようになった。こうなってくると情が移って、可愛く思える。ニホンイシガメは頭が良く、人に慣れやすいのだそうだ。

一日おきに飼育ケースの掃除をし、周りには「また仕事が増えたね(笑)」とからかわれたりもしているが、カメが可愛いという思いがけない発見に、ちょっと喜んだりもしている。かごめやむぎ達の反応はどうかというと、実はまだ家に入れていなくて、飼育ケースを玄関の外に置いているので、散歩で出入りするかごめと、初めの頃に見せて上げた天化以外は、まだ亀吉の存在を知らない。天化もきっと忘れてしまっただろう。寒くなってきたら家の中に入れることになると思うが、むぎや凉は攻撃する可能性が高いので、隔離しておかなければならないだろう。寿命が20年とも30年とも言われるが、亀吉はこれから我が家の一員として長く一緒に暮らすことになるのだろうか?(上手に育てられればの話だが・・・苦笑)
その日は仕事もあり、バタバタしていてそのまま忘れてしまったのだが、翌朝思い出して、あわてて様子を見に行った。幸いバケツの中のカメはとても元気だった。カメなど飼ったこともないし、飼おうと思ったこともなかったので、カメに関しての知識が全くなく、ただやたらと川に放したりしてはいけないと思ったので、とりあえずネットで色々と調べてみることにした。まずは、カメの種類。これがすぐにはわからなかったのだが、あちこちのサイトをのぞいてみて、どうやらニホンイシガメらしいことがわかった。唯一の日本固有種のカメだそうだ。森の中の川や池などに生息しているらしい。しかも、水のきれいなところ。このあたりも比較的田舎で、川もあるし田んぼもあるのだが、あの小さな身体で我が家のカーポートまでやってくるには、ちょっと距離がありすぎる気もする。田んぼに至っては、線路を超えてこなければならない。それに、近所の川で見かけるカメは大きく、おそらくはアカミミガメ(ミドリガメ)とクサガメだろうと思われる。ニホンイシガメは、最大でも22cmくらいまでしか育たないらしい。もしかしたら、どこかの家から脱走してきたのかもしれない。家族で相談した結果、とりあえずはうちで面倒を見てみようと言うことになった。近々町内の草取りもあるし、もし脱走したのだったとしたら話題に上るかもしれない。そうしたら返してあげればいい。そうと決まったら、環境を整えてあげなくてはいけない。まずは応急的に100円ショップで洗い桶や隠れ場所のための植木鉢(横にして使う)や餌などを買って、その後改めてもっと大きな飼育箱を用意した。色々と探してみたのだが、ペット用のちゃんとした水槽はかなり高価で、もし飼い主が見つかったりしたら後々利用する予定もないので、散々悩んだ末、ふと目に付いた半透明の衣装ケースを買ってきた。あとでカメの飼育の本を買ってわかったのだが、衣装ケースを使うというのは良くある手らしい。安いだけでなく、ふたがしっかり固定出来るというのも魅力だ。でも、そのままでは使えないので、カッターで四角く大きく切って、そこに網を取り付けた。水場と陸の両方が必要と言うことで、100円ショップで買ったプラスチックケースを中に入れて水を張り、レンガをひとつ置いた。プラスチックケースの外側には砂利を敷いて植木鉢を横倒しに置き、日陰も作った。あとはちゃんと餌を食べてくれるかどうかが心配だったが、とにかく様子を見るしかなかった。
名前は、カメがうちに来た翌日に娘が付けた。「亀吉」である。何とオーソドックスなことか・・・(苦笑)変わった名前の多い我が家で、珍しく平凡な名前である。初めのうちは人が近づくだけでバタバタと大暴れしていた亀吉だが、2〜3日で餌を食べるようになり、今では餌を待っているかのように首を伸ばして見上げるようになった。こうなってくると情が移って、可愛く思える。ニホンイシガメは頭が良く、人に慣れやすいのだそうだ。
一日おきに飼育ケースの掃除をし、周りには「また仕事が増えたね(笑)」とからかわれたりもしているが、カメが可愛いという思いがけない発見に、ちょっと喜んだりもしている。かごめやむぎ達の反応はどうかというと、実はまだ家に入れていなくて、飼育ケースを玄関の外に置いているので、散歩で出入りするかごめと、初めの頃に見せて上げた天化以外は、まだ亀吉の存在を知らない。天化もきっと忘れてしまっただろう。寒くなってきたら家の中に入れることになると思うが、むぎや凉は攻撃する可能性が高いので、隔離しておかなければならないだろう。寿命が20年とも30年とも言われるが、亀吉はこれから我が家の一員として長く一緒に暮らすことになるのだろうか?(上手に育てられればの話だが・・・苦笑)
2007年07月27日
好きな場所
人間でもそうだが、犬や猫にも当然好きな場所がある。夏だったら、風通しが良くて涼しいところ、冷たいところだろうか。そんな季節限定の好きな場所もあるが、一年中通して好きな場所もあるだろう。ちょっと笑えるのが、うちの凉の好きな場所。涼しかったり寒かったりする季節には、炊飯器の上。やはり暖かいからだろう。それから何故か、ちり取りの上。玄関の掃除をしようと箒とちり取りを持ってくると、必ずちり取りの上に乗ってしまう。どっかと座り込んだまま、なかなかどいてくれない。ちり取りから追い出しても、またすぐに乗ってくる。おかげでこっちは掃除ができずに、凉が飽きてどこかに行ってしまうまで待たなくてはならない(苦笑)

天化はよく、ミニコンポの上で寝そべっている。大きさがちょうどいい。それから、キッチンにあるふた付きのゴミ箱。かごめが小さい頃によくいたずらをしたので買ったものだが、今はいたずらもしないので、普段ふたは閉めていない。ゴミ出しの日、ゴミ箱が空になると、時々天化が入っている。それから、これは凉もやるのだが、洗濯物を干し終わって空になった直後の洗濯かごにすかさず入り込む。最後の洗濯物を干し、さてかごを洗濯機の横に戻そうとふと見ると、かごの中から天化か凉がこっちを見上げている。そんなとき、娘が家にいる場合は、天化や凉をかごに入れたまま娘の所に持っていき、「これは手洗いじゃなきゃダメだから、かごに入れないでよ〜(笑)」とクレームを付ける。すると娘が「ごめ〜ん、今度から気を付けるよ(笑)」と返してくれる。お決まりのやり取りだ。

むぎは、ソファの背もたれの上が好き。季節に関係なく、よくそこでくつろいでいる。あと、パパの膝の上。気持ちよさそうに膝の上で眠っている姿を見ると、ほのぼのとした気分になる。

かごめは、ソファや座椅子や座布団が好きなようだ。暑いとき以外は、大抵そういう所で寝ている。あと、たたんだ洗濯物の上も好きで、よく毛だらけにされてしまう(苦笑)

それと、かごめ専用のペットベッド。これは好きというより、風が強い日や雷の鳴っている時のような怯えているときに、一番落ち着く場所のようだ。
それぞれ好きな場所にいるときは、いたずらっぽい可愛い表情をしているか、安心した安らかな表情をしていることが多い。そんな顔を見ていると、こっちも幸せな気持ちになれる♪
天化はよく、ミニコンポの上で寝そべっている。大きさがちょうどいい。それから、キッチンにあるふた付きのゴミ箱。かごめが小さい頃によくいたずらをしたので買ったものだが、今はいたずらもしないので、普段ふたは閉めていない。ゴミ出しの日、ゴミ箱が空になると、時々天化が入っている。それから、これは凉もやるのだが、洗濯物を干し終わって空になった直後の洗濯かごにすかさず入り込む。最後の洗濯物を干し、さてかごを洗濯機の横に戻そうとふと見ると、かごの中から天化か凉がこっちを見上げている。そんなとき、娘が家にいる場合は、天化や凉をかごに入れたまま娘の所に持っていき、「これは手洗いじゃなきゃダメだから、かごに入れないでよ〜(笑)」とクレームを付ける。すると娘が「ごめ〜ん、今度から気を付けるよ(笑)」と返してくれる。お決まりのやり取りだ。
むぎは、ソファの背もたれの上が好き。季節に関係なく、よくそこでくつろいでいる。あと、パパの膝の上。気持ちよさそうに膝の上で眠っている姿を見ると、ほのぼのとした気分になる。
かごめは、ソファや座椅子や座布団が好きなようだ。暑いとき以外は、大抵そういう所で寝ている。あと、たたんだ洗濯物の上も好きで、よく毛だらけにされてしまう(苦笑)
それと、かごめ専用のペットベッド。これは好きというより、風が強い日や雷の鳴っている時のような怯えているときに、一番落ち着く場所のようだ。
それぞれ好きな場所にいるときは、いたずらっぽい可愛い表情をしているか、安心した安らかな表情をしていることが多い。そんな顔を見ていると、こっちも幸せな気持ちになれる♪
2007年07月23日
お客様は神様?!
先日、久しぶりに美容院に行った。私の髪はくせ毛なので、その癖を生かしてまるでパーマをかけたような感じになるようにカットしてもらってあるのだが、さすがに半年以上経ってだいぶ伸びてきたので、少しカットして整えてもらおうと思って、前回と同じ美容院に行った。店内を見ると、前回カットしてくれた美容師さんの姿が見あたらない。そこの美容院はチェーン店なので、もしかしたら他のお店に移動になってしまったのかもしれないし、たまたまお休みだったのかもしれないが、名前もわからないので、とりあえず美容師さんを指名することなくカットをお願いした。前回は女性の美容師さんだったが、今回は男性だった。「前回、この癖を生かしたカットをしてもらったんで、今回も同じようにお願いします。手入れも楽だし、パーマをかけるとどうしても痛んじゃいますしね(笑)」と言うと、「そりゃあね、ちゃんと手入れしなけりゃ痛みますよ」とその美容師さんはむっとしたように答えた。何だか嫌な感じだった。前回の美容師さんは、「素敵な感じに癖が出ているから、ホントにパーマかけたみたいでいいですよね〜♪パーマは痛みやすいですしね」と言っていたのに。今回の美容師さんとはどんな話題もかみ合わず、何だか嫌味っぽい返事が返ってくるばかり。それでも何だか黙り込んでいるのも気まずくて、ぽつりぽつりと話をした。そのうちに別のお客さんが帰ろうとして、美容師さん達が「お疲れさまでした〜」と声をかけた。それでふと思い出して、「最近は歯医者さんでも、治療が終わると『お大事に〜』じゃなくて『お疲れさまでした〜』って言うんですよね。『お痛みの方はいかがですか?』なんて聞き方して。帰りには熱いおしぼりなんか渡しちゃったりする。何だかサービス業って感じ(笑)」と言うと、「当然じゃないですか?患者さんじゃなくて、お客さんですよ。歯医者だけじゃなくて、全部の医者がそうするべきじゃないですかね?大体上から見下ろす態度が許せない。何様のつもりだよ、全く」と言われてしまった。確かに、尊大な態度で治療して欲しいなんて思わないし、丁寧に扱われること自体は別に嫌な気はしないが、すべてにそう言うことが当たり前になってくると、弊害も出てくるのではないだろうか?近頃報道で良く耳にするのが、学校に対する親の過剰な要求。義務教育なんだから給食費はただで当然だろうとか、部活のユニフォームは学校で洗ってくれとか、しつけは学校でやるべきだとか。親がそうなってきたから教師がぺこぺこするようになったのか、教師が頼りなくなって親が図々しくなってきたのか(鶏が先か卵が先か、みたいな話だが・・・)その辺の所はよくわからないが。そう言えば先日、歯科医院である光景を見た。虫歯のできた子供を母親が連れてきていたのだが、先生が治療の説明をしようとその母親を呼ぶと、面倒くさそうにやってきたその母親は、「何でもいいけど、ちゃんと治療してよね!うちの子供達みんなここで治療してもらってるけど、とにかくちゃんとやってよ!」と噛みついたのだ。いきなりの攻撃に先生はあっけにとられていたが、「そんなにここの治療が不満なら、よその歯医者に行けばいいのに」と私は思ってしまった。実際近所には他にもいくつか歯科医院があるのだから。私は歯の丈夫な家系のおかげか、歯医者さんにはあまり縁がないのだが、婦人家系の病気のせいで、病院にはよくお世話になってきた。手術も2度している。レントゲンを撮ったあとに「お疲れさまでした」と言われるのはまだいいが、手術室から出てきて「お疲れさまでした〜」なんて言われたら何だか変な気分になりそうだ(苦笑)それは執刀した先生に言って欲しい。私だったら、安心感を与えるような接し方をして欲しいとは思うが、へりくだった態度には何だか違和感を感じてしまいそうだ。そんな風に思うのは、やっぱり時代に取り残されていると言うことなのだろうか?
それにしても、あの美容師の態度は「上から見下ろす態度」とは違うのだろうか?(苦笑)
それにしても、あの美容師の態度は「上から見下ろす態度」とは違うのだろうか?(苦笑)
2007年07月11日
文明の利器
先週の木曜日に、洗濯機が故障した。朝、いつものように洗濯をして、2回目の洗濯をしようとタオルを放り込み、スイッチを押してしばらくすると、ピーピーと警告音が鳴って洗濯機が止まった。水道の蛇口を開け忘れていたり、脱水の時に洗濯物が偏ってうまく脱水出来ないときなどにこういう現象が起きるのだが、スイッチを入れてから数分後のことだったので、1度目の洗濯が終わったときに癖で蛇口を閉めてしまったのかと思った。だが、調べてみると蛇口は開けたまま。おかしいなと思いながらも、電源を切ってもう一度初めからやり直してみた。洗濯機の前に立って様子を見ていると、洗濯機の中に水が入ってこない。原因はこれだった。急いで取扱説明書を開いてみる。給水トラブルの時にはフィルターの詰まりが原因のことがあるので、ホースをはずして掃除をするようにと書いてある。給水ホースが洗濯機の後ろ側についているのでちょっと大変だったが、娘に手伝ってもらいながらはずしてみた。我が家の洗濯機置き場は横と後ろが壁になっているので、後ろ側を見るのは困難だ。だから、フィルターの様子はわからなかったが、古い歯ブラシを使ってちょっとこすってみた。埃のようなものがでてくる様子はなかった。よくわからないがとりあえずそれでホースを元通りつなぎ直し、もう一度スイッチを入れてみたが、やはり給水しない。これはもう修理を頼むしかなかった。販売店に修理を依頼すると、日曜日に来てくれるという。それまで少し不便だが、幸い脱水はできるので、洗濯物は手で洗って、何とか日曜日までしのぐことにした。ちなみに我が家の洗濯機は、ドラム式の洗濯乾燥機。購入して4年が経つ。乾燥の時にも水を使うタイプなので、給水ができないとなると乾燥もできない。この梅雨時にはちょっと辛いが、その前の洗濯機は乾燥機能など付いていなかったのだから、そのときのことを思えば何とか我慢出来る。普段当たり前のように使っている洗濯機だが、いざ使えないとなると、本当に不便だった。手で洗うのは体力もいるし、何枚もの洗濯物を手で絞ったために、手のひらにマメが出来て破れてしまったし、何よりその間他のことが何もできない。洗濯機の登場で、いかに主婦の仕事が楽になったかがよくわかる。この湿気の多い季節に脱水もできなくなっていたら、洗濯物を乾かすのはかなり大変だっただろう。コインランドリーという手もあるが、歩いていけるところにはないし、お金もかかる。洗濯機がかなり古くなっていれば買い換えも考えるのだが、4年ではまだまだだ。以前別の洗濯機で脱水ができなくなって修理をしてもらったことがあるが、そのときには近所の友人が「うちで洗濯してあげるよ」と申し出てくれて、不便な思いをせずに済んだ。今になってみるとそのことがどれだけありがたいことだったかがよくわかる。さて、日曜日に来てくれるはずの修理だったが、何故か土曜日の朝に電話があり、午後に来てくれるという。一日早く来てくれることになって大喜びしたのもつかの間、やってきた人は、洗濯機の故障の原因を特定しただけで帰ってしまい、修理は部品が届く翌週水曜日以降と言うことになった。がっかりである。また手洗いの日々が続いた。初めはお風呂の浴槽に水を入れて一度に洗ったのだが、腰が痛くなってしまったので、仕方なく洗面所で少量ずつ洗うことにした。何をしているのかと、猫たちが見に来る。そんなこんなでやっと迎えた本日水曜日。もう来てもいい時間なのだが、今のところ何の連絡もない。夕方からパートに出るので、早めに来て欲しいと言ってあるのだけれど・・・。今や生活になくてはならない文明の利器、今日こそはちゃんと直ってもらいたい(苦笑)。
2007年05月16日
茶摘み
今年も茶摘みのシーズンがやってきた。今年で3年目になる私も、周りのおばちゃん達から「もうベテランだね☆」とからかわれながらの参加である。茶摘みは今月3日から始まったのだが、毎年の事ながら私はゴールデンウィーク明けから摘み始めた。1日目と2日目は覆いのない畑だったので、陽射しがきつく、日焼け止めを塗っていったにも拘わらず少し日に焼けてしまった。高い気温が続いていたときでもあったので、余計にハードだった。ほとんどの畑は黒い覆いがあって日陰での作業になるのだが、覆いのない畑も一部ある。聞いたところによると、覆いのない畑のお茶は煎茶になり、覆いのある畑のはお抹茶になるのだそうだ。どこの畑でもそうだというわけではないと思うが。
この春から夕方から夜にかけてパートに行き始めたこともあり、体力的にはキツイ面もあるのだが、いざ茶摘みに行ってみると、それまで慣れないパートの仕事で緊張感が続いていたのが、ほぐれていくのを感じた。風に吹かれ、お茶の香りを嗅ぎながら、一心不乱に新芽を摘んでいく。余計なことを考える余裕はない。たくさん摘まないと、それだけ収入に繋がらないからだ。ノルマはないのだが、慣れてくればやはり欲も出てくる。お茶の葉がかごいっぱいになって、持ち上げたときに重量感を感じるとうれしくなる。先日パート先でお茶摘みの話をしたら、「鼻歌なんか歌いながらやるの?楽しそうだね♪」と言われたのだが、実際にはそんなに優雅な作業ではない。お茶の木の横に座り、左手で枝を持って、右手で枝の下の方から新芽を摘んでいく。手袋をしてやるのだが、初めのうちはマメが出来る程手が痛くなる。摘み終わった枝は、左腕で横に押しやる。お茶の芽も色々だ。小さい芽もあれば、新しい茎が伸びて大きくなった葉もある。ひと枝摘み終わると「次は私よ」とばかりに枝垂れ掛かってくる枝もあれば、掴もうとする手からするりと逃げてしまう枝もある。長い枝に囲まれて隠れてしまっている短い枝も。それらすべての枝からすべての新芽を摘み取るのだ。慣れない頃に指導してくれたおばちゃんに、「ようけ(たくさん)摘めたじゃん」と言われたときにはとてもうれしかった。孫の話に花を咲かせているおばちゃん(おばあちゃん?!)達に混じってお茶を摘みながら、この先もずっと続けていっておばちゃん達の跡を継いでいこうと勝手に思っている私である(笑)。
2007年05月10日
夫婦の愛
桜が満開を迎えた頃、コーラスで仲良くしてもらっていた友人の家を訪ねた。訪ねるのは、今回で2回目。1回目は数年前で、読み終わった小説を譲ってくれるというのでそれを引き取りに、そして今回は、その友人の一周忌を終えたご主人からのお誘いで。
彼女が亡くなったのは、昨年の桜の咲いていた頃。喉の調子が悪いからとコーラスグループを脱退した彼女と、一度だけ電話で話をしたのだが、まさか難病と闘っていようとは夢にも思わず、亡くなったと知らされたときには信じられない思いだった。まだ65歳だった。知らせはまだコーラスを続けている友達からだったのだが、もう告別式が済んだあとのことで、自宅に焼香に伺おうかと悩んだ末、ご主人と面識がないのに訪ねるのはかえって迷惑になるとの意見もあり、心の中で冥福を祈るだけになってしまった。暮れになり、彼女のご主人の名前で手紙が届いた。ご主人の名前など知らなかったので、初めは誰からの手紙かわからず、封を開けるのをためらっていたのだが、住所と苗字で「もしかしたら・・・」と思い、開けてみると、中には喪中葉書と友人の描いた絵の絵はがきが2枚同封されていた。彼女は亡くなる前に、自分の描いた絵を応募しようと、全国公募日美絵画展の応募用書類を取り寄せていたそうで、その事務局に事情を説明すると、亡くなってからでの応募も受け付けてくれるとのことで、ご主人が2点の作品を選んで応募したところ、2点とも入選したので、それを絵はがきにしたとのことだった。彼女とはコーラスで知り合ったのだが、ある時彼女の描いた水彩画を見たときにとても感動し、彼女の所属する絵画サークルに入れてもらって、しばらく通ったこともあった。彼女の描く絵はとても優しくて、私は大好きだった。わざわざ喪中葉書と一緒に絵はがきを送ってくれたことにお礼が言いたくてご主人宛に手紙を送ると、すぐに返事が来た。そこに書かれていたことを読んで、驚いた。面識こそないものの、ご主人は私の名前も、彼女とメール交換をしていたことも、私が猫好きであることまで知っていたのである。他のコーラスのメンバーは、同じ町内に住んでいるひとりしか知らず、でも私のことだけは彼女から色々と聞いていて良く知っていたとのことだった。そんなことなら、知らせを聞いたときすぐにでも駆けつければ良かったと後悔した。その返事にはまた、桜の咲く頃に良かったら来て欲しいとの言葉も添えてあった。私も祖母が倒れたことでバタバタしていたので、桜が咲く頃には祖母の病気も良くなっていると思い、その頃に伺いますと伝えた。
桜が咲くにはまだしばらくある頃に祖母が亡くなり、バタバタしている中でその約束も忘れていたのだが、桜が咲き始め、満開に近づいた頃に思い出し、そろそろ連絡を取らなければと思っていたところに、ご主人から電話が来た。渡したいものもあるので、桜がきれいなうちに来てくださいと。その2日後に彼女の家を訪ねた。
約束の時間ちょうどに家の前につくと、ご主人が出迎えてくれた。見覚えのある玄関を入り、まずは御仏前に案内してもらい、焼香をさせてもらった。御仏壇に飾られた友人の写真を見ても、何だかピンと来なかった。その後で庭の見えるところでテーブルを挟んで座り、ご主人といろんな話をした。その部屋に彼女のベッドがあり、毎日庭を眺めて過ごしていたそうである。そう言えば前回訪ねたとき、窓の外に立派な桜並木が見えるので、ここに家を買ってくれたご主人にとても感謝していると彼女が言っていたのを良く覚えている。庭にもたくさんの花が咲いていた。ご主人の言っていた渡したいものとは、一冊の本だった。タイトルは、「もう一度会いたい・・・」。妻である彼女の、結婚してからのいろんな事をいっぱい詰め込んだ本だった。結婚当初からのたくさんの写真、趣味の絵画や俳句の作品、コーラスの写真、大学ノート26冊にも及ぶ日記の最後の2冊からの抜粋、随所にご主人のコメントも入り、ご夫婦の愛に溢れた本である。ご主人はこの本を、自分のために作ったとおっしゃっていた。この一冊で、たくさんの写真や絵画などの作品、日記などを手軽に見ることができるんだと。ご主人のコメントには亡き妻への愛情が、彼女の日記にはご主人へのたくさんの感謝の言葉と愛情がこもっており、読んでいるうちに涙が溢れてきた。家族が病気になるというのは、本当に辛くて悲しいことだと思う。ましてや治療法のない難病となれば、なおさらである。それでもご主人は精一杯看病し、彼女はそれに深く感謝しながら日々を過ごした。寝たきりになる前には、出先での小さな出来事にも感動し、楽しんでいたようである。日記のあちこちに「幸せ」という言葉が綴られている。ご主人と会話をしながら本をぺらぺらとめくり、時には涙ぐみながら彼女の思い出話をし、最後にはわがままを言って彼女の描いた絵を2枚頂いて帰った。
私はこの本をずっと大切にしていきたい。彼女の思い出としてだけではなく、生きていく上でのお手本としても。
2007年05月05日
ブログ復活♪
そんなこんなでバタバタしている間に、いつのまにか掲示板とブログが消失していた。不正アクセスによるデータ消失が原因とのことで、今までのデータはすべて消えてしまったらしい。残念ではあるが、仕方ない。これを機会にほとんどアクセスのなくなっていた掲示板はとりあえずやめて、ブログだけを復活させることにした。とは言っても、葬儀のあとで体調を崩して寝込んでしまったり、短時間ではあるが5年ぶりにパートに行き始めたりでしばらく落ち着かず、なかなか手を着けることができずに今まで来てしまった。サイトの方の更新がなかなかできないので、せめてこれからはブログだけでも少しずつアップしていきたいと思う。