
雲州堂にて『daydremer vol.3』にお越しいただきまし
たみなさま、CDをお買い上げいただきました方々、共演者のみなさま、スタッフの方々、そして主催者の健吉さん、副主催者のイクラちゃん、本当にありがとうございました。
ピアノソロでのライブは一年半以上ぶりでした。しかもインストのアーティストばかりが出演するライブはもちろん初めてだったので、いつになく新鮮でした。
インストを愛するみなさんに感謝して。
それでは今回のセットリスト。
1. じゃがいもを食べる人たち
MC
2. 僕らが海へ渡る日
3. プランクトンの日記
MC
4. Inisheer (guest:Shizuku Kawahara on tin whistle of GFM)
MC
5. eco
MC
2. 僕らが海へ渡る日
3. プランクトンの日記
MC
4. Inisheer (guest:Shizuku Kawahara on tin whistle of GFM)
MC
5. eco
1曲目「じゃがいもを食べる人たち」は敬愛するオランダの画家V・ヴァン・ゴッホの同名の作品から、それに触発されて書いた曲です。労働者を讃える音楽。
2曲目「僕らが海へ渡る日」はこの日のために書いた新曲です。葛藤や矛盾の先にもいつか希望が開ける時が必ずやってくるんだという願いと信念を込めた音楽です。ちなみにモチーフは大亀とクジラです。
3曲目「プランクトンの日記」は古代からプランクトンが今もこの先も日記を書いていたら面白いんではないかなというコンセプトです。プランクトンの擬人化。中間部のアドリブの部分が特徴的です。
4曲目の「Inisheer」はアイリッシュの伝統音楽。17世紀頃に作られたと聞きました。この曲だけcappuccinoの雫にウィッスルを吹いてもらいました。Bメロのコード進行をマイナー調にしたので知っている人にとっては違和感があったかも知れません。僕はマイナー調の方がクールなのでぐっと来るのですが…。
5曲目「eco」思いやりとゆとりと…人が人らしくということがコンセプトです。主題のメロディーが冒頭と最後に出てきますが、人が心にゆとりを持つと、世界が広がっていくんだということを表現しました。
リハーサルの時にシールドに起因するノイズの問題、音質の問題がありましたが、なんとかクリアでき本番に臨むことが出来ました。やはりカナレのケーブルは今ひとつ信用に欠けると痛感させられました。健吉さんが使われていた有名なモンスターケーブルを早急に買うべきだと心底思ったわけであります。
それにしてもインスト限定イベントの雰囲気はいつものライブと全く違うものでした。いつものライブとはいわゆる歌モノで、言葉があるというのが前提なわけですが、インストは音だけで表現しないといけないわけで、自ずとメロディーや構成、アレンジ、展開、奏法などに趣向を凝らす必要が出てきます。
今回ギターの方が3組出演されましたが、ギターの奏法がこれほど多くあるのかということに改めて驚かされました。そして楽曲の良さ、質の高さはさることながら、何よりもその奏法が超越技巧の域に達しているのがうかがえます。
風景がパノラマに広がっていくMelrynさんの音楽。
MCからすでにリスナーの右脳を刺激し、映画のような物語性にとんだ音楽を奏でる居倉 健さん。
雲州堂の暖色系の照明のようにいつのまにか心を落ち着かせてくれる音色、リズム、抑揚を漂わせたわたなべ ゆうさんの音楽。
歌を弾き語るギタースタイルとは完全に一線を画す3者のギタープレイはまさに右脳にとってこれほど効果的なサプリメントはないとも言えると感じました。
ところで、
ギターとピアノはある意味相反関係にあって、それはどういうことかというと、ギターは音域を捨てる代わりに奏法を発達させてきて、一方ピアノは奏法を捨てる代わりにハーモニー(和声)を発達させてきたということと言えると思います。
3組のギタリストの方々の演奏の中にはそのアーティストをアーティストたらしめる独特の奏法が随所で登場します。つまり奏法がアレンジの一部と化している点がとても興味深いわけです。一方、今回、ピアノは僕だけだったのですが、ピアノの欠点は一度鍵盤を打鍵するとその音色を変化させることが出来ないわけで、自ずと和声の展開いわゆるハーモニー主義にならざるを得ない部分があります。ピアノの歴史はハーモニーの歴史であるとも言えるのではないかなと思いました。
僕が勝手に提唱している建築ピアノというのはまさに和声を建築化して考えることにあります。
しかし、シンセサイザーが登場し発達してきた現在、キーボーディスは音色変化も加えての独自の奏法を手に入れることができたわけです。
イベント最後に登場した健吉さんはあらゆる奏法を駆使しながらの圧巻な演奏をされてました。ピアノを超える音域、ハーモニーをDNAに持ちながら、時間の流れの中で音色を意図的に変化させられるシンセサイザーは、出し尽くされたピアノのあらゆる要素をまだ進化させることができる楽器だと言えると思います。
僕自身シンセサイザーの魅力にはまり、並々ならぬこだわりもあります。しかしながら、それでもピアノで作曲、演奏する時は、ハーモニーにこだわりたいと思っています。ある意味に置いて時代錯誤的な面は否めませんが…。
強引に絵画的に例えると、色彩を追求するか、水墨画か。違うかな。(笑)
I do appreciate what I was able to play my piano in the daydermer vol.3 and all people that love instrument music.