2012年05月26日
「西武ライオンズの渡辺監督は『実業家』らしい」
仕事には実業と虚業がある。人間が生きて生活していく上で必要な消費財とかに関する仕事が実業で、『無くても構わないが』というものに携わるのが虚業だと解釈している。
実業は、やれば、多かれ少なかれ、何かをもたらす。金銭もあれば、品物もあるだろう。だが、虚業は何ももたらさない場合が往々にしてある。
仮に饅頭を拵えて売れば、その饅頭が美味くて評判になれば多くの金をもたらすし、仮に不味くても、その評判が聞えるまでは多少は売れて金をもたらすだろう。だが、仮に歌を唄って稼ごうとすれば、その歌が上手ければ金を稼げるかもしれないが、下手なら全く金にはならない。その点少ない金でも入ってくる饅頭とは大きな違いだ。
ところでプロ野球というのは当然「虚業」である。プロ野球が無くても生活している国も人も大勢あるし沢山居る。
虚業は『道楽』の場合が多々ある。ほとんど金(利益)をもたらさない事もあるから、それに『注ぎ込む(資金か人をだ〕』場合は、実業より遥かに利益を度外視して掛からなければならないだろう。
誰かに絵を描かせる。『ゴッホ、セザンヌのように数億で売れるだろう』と描かせてそのように売れるなんて、人気画家の絵でも確かではない。にも拘らず、絵が好きだ。歌が好きだというひとがいるから所詮『虚業』でも歌や絵が商売で成り立つ事もある。
それと同じなのが、プロスポーツの世界で、その客は自分が『やって』楽しむのでなく、見て楽しむものだが、『踊る阿呆に見る阿呆同じアホなら踊らにゃ損!損』という事で、見るほうは分が悪い。だから必ずしも儲かるとは限らない。
今期の決算で、長年「虚業らしく」赤字続きだった、プロ野球球団の西武ライオンズが何と一億円の黒字を出したそうだ。旦那の御道楽の義太夫に客が来たようなもんだと驚いた。
日本のプロ野球球団は親会社の広告塔。何しろCM厳禁?のNHKでも、「オリックス、楽天は4対5で」とか「ヤクルトDNAは何対何で」と堂々と名前を報じているんだから、その広告料と考えれば赤字も仕方ないのだろうと思っていたので。
だが、昨年、今期と、西武ライオンズの渡辺監督の選手起用で納得がいった。最近,報じられた、写真週刊誌のライオンズの涌井投手のスキャンダルともいえないスキャンダルをご存知だろうか?。
涌井が福岡のホステスと同衾していたという写真を週刊誌が掲載したらしいが、それを球団フロントは問題にして、涌井を二軍降格処分とした。
涌井がホステスと「オネンネ」した事の何処に問題があるんだ!。筆者は涌井のファンだが、「涌井がアタシ以外の女と寝たなんて許せない!もう野球ファンやめる!」なんて逆上しないし、他の女性ファンも同じだろう。
社会的に、それなりに注目されるスポーツスターだからだというが、注目される僧侶だとか学校教師だとかでもない。今は小学生でも「エンコー(車が故障するのじゃないよ〕する時代に、ナニが問題なんだ!と言いたい。第一涌井は「死が二人を分かつまで」と教会や神社で誓いを立てた相手に縛られる「不倫」を言い立てられる身でもない。何処の女と寝ようが何処の男と寝ようが勝手だろう。
第一、そのホステスには「男の影」がチラついている。写真週刊誌に写真が出てのも、涌井を脅かし「幾らかせしめよう」と言う男の魂胆が失敗した腹いせの疑い濃厚だ。だとしたら、球団の涌井処分は「美人局(「つつもたせ」というのよ。美人アナウンサーが居るテレビ局の事じゃないの。男が自分の女なり女房に金のありそうな男を誘惑させ、イイところに出て行って「俺のスケに手をダシヤガッタナ!このオトシマエをどうつける!」と凄む事で、姦通罪が存在した昔ならいざ知らず、今は犯罪〕そう、西武球団の涌井処分は「美人局」の片棒担ぎにも等しい。いや「美人局の分け前狙い」だ。
西武ライオンズで涌井は有数の高額年俸取りで球団は困って居る。この「美人局」を材料にして、来年の年報減額に繋がれば、即ちそれは「美人局」の「分け前」だろう。
何とか年俸を押さえ、虚業を実業のように球団を「利」を生む存在にしようという、「財政再建」のプロファッショナル現オーナーの意向を受けて、現渡辺監督は「年俸節約」コースを突き進んでいる。
選手相互の信頼厚かった、元の選手会長赤田省吾を昨年はオリックスにトレードし、ヒット打ちの名人石井義人を放出したり、年俸五千万前後の選手を大幅にリストラしたり、ニ軍に置いて活躍させないように務めて居る。そして一軍に置いているのは素質は素晴らしいが年俸一千万前後の「金の卵」。しかし「金」でも所詮は「卵」大試合と言う重圧には潰される。
前回の巨人戦の秋山がそうだった。そして、巨人の原監督は、九回の絶対的シチェーションに、去年までの仲間の石井義人を守備に出す「意地悪」をして見せ付けた。西武ナインの気力が殺がれ、九回のノーアウト満塁のチャンスは費えた。
筆者は現役当時のナベQ事渡辺投手の大ファンだった。彼は、西武を出された後、ヤクルトから台湾球界を渡り歩き、辛酸も舐めただろうし、その結果ビジネス感覚も養われた筈だ。
前監督、ライオンズの黄金時代を支えた伊東勉氏のように、「箱入り息子」ではないだけに、養われた感覚を遺憾なく発揮市、西武ライオンズの黒字に貢献しているのは確かだ。
だが、そんな計算で選手を見る監督の下で、本当に選手が働くだろうか?それを考えると、ライオンズの今年も優勝の「目は無い」とファンとして感じてしまう。
それにしても、過去の西武には「夜の帝王」と言われた清原が居て、多くのスキャンダルの種を抱えていたが、それを球団が暴き立てるなどはしなかった。
渡辺監督の「実業家精神」は仕方ないとしても「つつもたせの分け前」狙いの球団は見っとも無い。
実業は、やれば、多かれ少なかれ、何かをもたらす。金銭もあれば、品物もあるだろう。だが、虚業は何ももたらさない場合が往々にしてある。
仮に饅頭を拵えて売れば、その饅頭が美味くて評判になれば多くの金をもたらすし、仮に不味くても、その評判が聞えるまでは多少は売れて金をもたらすだろう。だが、仮に歌を唄って稼ごうとすれば、その歌が上手ければ金を稼げるかもしれないが、下手なら全く金にはならない。その点少ない金でも入ってくる饅頭とは大きな違いだ。
ところでプロ野球というのは当然「虚業」である。プロ野球が無くても生活している国も人も大勢あるし沢山居る。
虚業は『道楽』の場合が多々ある。ほとんど金(利益)をもたらさない事もあるから、それに『注ぎ込む(資金か人をだ〕』場合は、実業より遥かに利益を度外視して掛からなければならないだろう。
誰かに絵を描かせる。『ゴッホ、セザンヌのように数億で売れるだろう』と描かせてそのように売れるなんて、人気画家の絵でも確かではない。にも拘らず、絵が好きだ。歌が好きだというひとがいるから所詮『虚業』でも歌や絵が商売で成り立つ事もある。
それと同じなのが、プロスポーツの世界で、その客は自分が『やって』楽しむのでなく、見て楽しむものだが、『踊る阿呆に見る阿呆同じアホなら踊らにゃ損!損』という事で、見るほうは分が悪い。だから必ずしも儲かるとは限らない。
今期の決算で、長年「虚業らしく」赤字続きだった、プロ野球球団の西武ライオンズが何と一億円の黒字を出したそうだ。旦那の御道楽の義太夫に客が来たようなもんだと驚いた。
日本のプロ野球球団は親会社の広告塔。何しろCM厳禁?のNHKでも、「オリックス、楽天は4対5で」とか「ヤクルトDNAは何対何で」と堂々と名前を報じているんだから、その広告料と考えれば赤字も仕方ないのだろうと思っていたので。
だが、昨年、今期と、西武ライオンズの渡辺監督の選手起用で納得がいった。最近,報じられた、写真週刊誌のライオンズの涌井投手のスキャンダルともいえないスキャンダルをご存知だろうか?。
涌井が福岡のホステスと同衾していたという写真を週刊誌が掲載したらしいが、それを球団フロントは問題にして、涌井を二軍降格処分とした。
涌井がホステスと「オネンネ」した事の何処に問題があるんだ!。筆者は涌井のファンだが、「涌井がアタシ以外の女と寝たなんて許せない!もう野球ファンやめる!」なんて逆上しないし、他の女性ファンも同じだろう。
社会的に、それなりに注目されるスポーツスターだからだというが、注目される僧侶だとか学校教師だとかでもない。今は小学生でも「エンコー(車が故障するのじゃないよ〕する時代に、ナニが問題なんだ!と言いたい。第一涌井は「死が二人を分かつまで」と教会や神社で誓いを立てた相手に縛られる「不倫」を言い立てられる身でもない。何処の女と寝ようが何処の男と寝ようが勝手だろう。
第一、そのホステスには「男の影」がチラついている。写真週刊誌に写真が出てのも、涌井を脅かし「幾らかせしめよう」と言う男の魂胆が失敗した腹いせの疑い濃厚だ。だとしたら、球団の涌井処分は「美人局(「つつもたせ」というのよ。美人アナウンサーが居るテレビ局の事じゃないの。男が自分の女なり女房に金のありそうな男を誘惑させ、イイところに出て行って「俺のスケに手をダシヤガッタナ!このオトシマエをどうつける!」と凄む事で、姦通罪が存在した昔ならいざ知らず、今は犯罪〕そう、西武球団の涌井処分は「美人局」の片棒担ぎにも等しい。いや「美人局の分け前狙い」だ。
西武ライオンズで涌井は有数の高額年俸取りで球団は困って居る。この「美人局」を材料にして、来年の年報減額に繋がれば、即ちそれは「美人局」の「分け前」だろう。
何とか年俸を押さえ、虚業を実業のように球団を「利」を生む存在にしようという、「財政再建」のプロファッショナル現オーナーの意向を受けて、現渡辺監督は「年俸節約」コースを突き進んでいる。
選手相互の信頼厚かった、元の選手会長赤田省吾を昨年はオリックスにトレードし、ヒット打ちの名人石井義人を放出したり、年俸五千万前後の選手を大幅にリストラしたり、ニ軍に置いて活躍させないように務めて居る。そして一軍に置いているのは素質は素晴らしいが年俸一千万前後の「金の卵」。しかし「金」でも所詮は「卵」大試合と言う重圧には潰される。
前回の巨人戦の秋山がそうだった。そして、巨人の原監督は、九回の絶対的シチェーションに、去年までの仲間の石井義人を守備に出す「意地悪」をして見せ付けた。西武ナインの気力が殺がれ、九回のノーアウト満塁のチャンスは費えた。
筆者は現役当時のナベQ事渡辺投手の大ファンだった。彼は、西武を出された後、ヤクルトから台湾球界を渡り歩き、辛酸も舐めただろうし、その結果ビジネス感覚も養われた筈だ。
前監督、ライオンズの黄金時代を支えた伊東勉氏のように、「箱入り息子」ではないだけに、養われた感覚を遺憾なく発揮市、西武ライオンズの黒字に貢献しているのは確かだ。
だが、そんな計算で選手を見る監督の下で、本当に選手が働くだろうか?それを考えると、ライオンズの今年も優勝の「目は無い」とファンとして感じてしまう。
それにしても、過去の西武には「夜の帝王」と言われた清原が居て、多くのスキャンダルの種を抱えていたが、それを球団が暴き立てるなどはしなかった。
渡辺監督の「実業家精神」は仕方ないとしても「つつもたせの分け前」狙いの球団は見っとも無い。
2012年05月23日
『小沢一郎はアメリカを裏切ったのか?』
もう二十年ぐらい前になるんだろうか?筆者は物覚えが悪いので年号も年数も覚えてないんだが、湾岸戦争当時、時の総理大臣海部俊樹氏が湾岸海域に自衛隊の哨戒艇派遣かなんかを『憲法に抵触する』との理由で躊躇い、米軍への協力に消極的とかで、当時の自民党幹事長(ではなかったか?)の小沢一郎氏が国会の廊下で海部俊樹氏を怒鳴りつけていたという記事を読んだ時『何て厭なヤローだろう!』と小沢氏の事を考えた。
『厭な野郎』だと断じたには二つの理由がある。先ず、筆者は当時湾岸戦争を『如何わしい胡乱なインチキ戦争』と当時から断じていて、多くのテレビのコメンテーターだの評論家だのに『湾岸戦争に加担するな!』とせっせと手紙を送っていたから、米軍加担に積極的な『小沢のやろう』には心底腹を立てたという事と、卑しくも一国の総理を(有能無能に関わらず)人前で怒鳴りつけるなど「言語道断』と考えたからでもある。(怒鳴るなら二人だけの密室でやるべきだと)
当時の、十数年前後前の政治に関する本を読んだ記憶では、何人かの政治学者だとかが、「小沢一郎はアメリカの手先である」と断じたものがあって、筆者などは「さもありなん」と考えたもんだ。
だが、時が流れて幾星霜。小沢一郎氏に関する政治スキャンダルがマスコミを賑わすようになった。
「小沢チルドレンに知恵貸すよ!」でも言ったが、日本の政治家で、「政治資金」か「収賄」かで、線引きの難しい資金問題と絡んでない人間は恐らく無いだろうと思う。
「拙者は何処其処の御家の『御用頼み』を引き受けておる』というのは、佐藤雅美氏の『居眠り紋蔵』だの捕り物帖シリーズに出てくる上司である与力や時には御奉行が手下の同心や御用聞きなどに言う台詞で、江戸時代なら、何処其処の藩中の若侍が岡場所の「女の扱いが悪い」と、刀を振り回したというようなスキャンダルを揉み消すために常日頃『付け届け』をしていたようだし、筆者が『元蔵相』の『元女秘書』の事務所で御茶汲み時代も、『脱税が税務署に知れた。何とかならないか?』と相談に訪れた人が居たりで、馬鹿息子が女の子といちゃついて車の事故を起こした!とか言う時の為に、日ごろから『御用頼み』に付け届けをするというのはいわば「悪しき伝統」ながら、つい最近まで続いていた伝統でもあったわけだが、それをアメリカは多分CIAだろうが膨大な資料を持っていて、自分たちに少しでも不利を働こうとする奴には「お灸を据える」意味で外部に漏らした。それで「潰された」典型が故田中角栄で、金が駄目なら「女が有るさ」というので、掴んだ「女スキャンダル」では「時に米国国債を売りたい誘惑に駆られる」と「思い上がりの」発言した故橋本総理だろう。
小沢氏は十五年前後前の何人かの政治学者とかが指摘したように、当時は多分「アメリカの手先」だった。そして、同じような「アメリカの『お先棒担ぎ』の多くの官僚たち」とも「イイ関係にあった」だが、長い間政界を泳いでいると、「アメリカの先棒担ぎ」か「日本か?」の選択を迫られる時期が何時か何処かで来る。
そのとき、なまじ「アメリカの手先」として「アメリカの内幕」を知りすぎたが故その「暗黒部分」も知り、自分を騙して「アメリカの先棒を担ぐ」自分を止めたくなり、裏切った。
民主党の以前の党首選で、小沢氏はビスコンテイの「山猫」の登場人物の台詞を借りて、「人は変わらなけらばならないときは変わる。自分も変わるべき時には変わる」というような事を言った。
以前、中国の次期主席習近平氏を天皇陛下の日程を犯して無理に会見を計らったとか、チルドレンを引きつれ訪中し、中国要人たちに「媚を売った」というような「国賊」発言もマスコミを飛び交ったが、アメリカを裏切るなら、中国と結ぶというより、「互いを噛み合わす」必要は避けられない。
今回の政治資金疑惑は適当に決着するかもしれないが、もし小沢氏が「アメリカの裏切り者」ならば、アメリカは小沢氏を許さないだろう。(伊勢神宮で日本の神に縋る気持ちも良くわかるよ)従って、二の矢三の矢は今後も放たれる可能性がある。
筆者は小沢氏に政治の表舞台からの隠遁を勧める。そうして、若いカリスマ性のある新人を育て、その人間を通して、「官僚主導」でなく「今の外務省主導」でない政治をやって貰いたい。
今のままだと、日本の将来は「彷徨えるユダヤ人」ならぬ「宿無し日本人」だ。
『厭な野郎』だと断じたには二つの理由がある。先ず、筆者は当時湾岸戦争を『如何わしい胡乱なインチキ戦争』と当時から断じていて、多くのテレビのコメンテーターだの評論家だのに『湾岸戦争に加担するな!』とせっせと手紙を送っていたから、米軍加担に積極的な『小沢のやろう』には心底腹を立てたという事と、卑しくも一国の総理を(有能無能に関わらず)人前で怒鳴りつけるなど「言語道断』と考えたからでもある。(怒鳴るなら二人だけの密室でやるべきだと)
当時の、十数年前後前の政治に関する本を読んだ記憶では、何人かの政治学者だとかが、「小沢一郎はアメリカの手先である」と断じたものがあって、筆者などは「さもありなん」と考えたもんだ。
だが、時が流れて幾星霜。小沢一郎氏に関する政治スキャンダルがマスコミを賑わすようになった。
「小沢チルドレンに知恵貸すよ!」でも言ったが、日本の政治家で、「政治資金」か「収賄」かで、線引きの難しい資金問題と絡んでない人間は恐らく無いだろうと思う。
「拙者は何処其処の御家の『御用頼み』を引き受けておる』というのは、佐藤雅美氏の『居眠り紋蔵』だの捕り物帖シリーズに出てくる上司である与力や時には御奉行が手下の同心や御用聞きなどに言う台詞で、江戸時代なら、何処其処の藩中の若侍が岡場所の「女の扱いが悪い」と、刀を振り回したというようなスキャンダルを揉み消すために常日頃『付け届け』をしていたようだし、筆者が『元蔵相』の『元女秘書』の事務所で御茶汲み時代も、『脱税が税務署に知れた。何とかならないか?』と相談に訪れた人が居たりで、馬鹿息子が女の子といちゃついて車の事故を起こした!とか言う時の為に、日ごろから『御用頼み』に付け届けをするというのはいわば「悪しき伝統」ながら、つい最近まで続いていた伝統でもあったわけだが、それをアメリカは多分CIAだろうが膨大な資料を持っていて、自分たちに少しでも不利を働こうとする奴には「お灸を据える」意味で外部に漏らした。それで「潰された」典型が故田中角栄で、金が駄目なら「女が有るさ」というので、掴んだ「女スキャンダル」では「時に米国国債を売りたい誘惑に駆られる」と「思い上がりの」発言した故橋本総理だろう。
小沢氏は十五年前後前の何人かの政治学者とかが指摘したように、当時は多分「アメリカの手先」だった。そして、同じような「アメリカの『お先棒担ぎ』の多くの官僚たち」とも「イイ関係にあった」だが、長い間政界を泳いでいると、「アメリカの先棒担ぎ」か「日本か?」の選択を迫られる時期が何時か何処かで来る。
そのとき、なまじ「アメリカの手先」として「アメリカの内幕」を知りすぎたが故その「暗黒部分」も知り、自分を騙して「アメリカの先棒を担ぐ」自分を止めたくなり、裏切った。
民主党の以前の党首選で、小沢氏はビスコンテイの「山猫」の登場人物の台詞を借りて、「人は変わらなけらばならないときは変わる。自分も変わるべき時には変わる」というような事を言った。
以前、中国の次期主席習近平氏を天皇陛下の日程を犯して無理に会見を計らったとか、チルドレンを引きつれ訪中し、中国要人たちに「媚を売った」というような「国賊」発言もマスコミを飛び交ったが、アメリカを裏切るなら、中国と結ぶというより、「互いを噛み合わす」必要は避けられない。
今回の政治資金疑惑は適当に決着するかもしれないが、もし小沢氏が「アメリカの裏切り者」ならば、アメリカは小沢氏を許さないだろう。(伊勢神宮で日本の神に縋る気持ちも良くわかるよ)従って、二の矢三の矢は今後も放たれる可能性がある。
筆者は小沢氏に政治の表舞台からの隠遁を勧める。そうして、若いカリスマ性のある新人を育て、その人間を通して、「官僚主導」でなく「今の外務省主導」でない政治をやって貰いたい。
今のままだと、日本の将来は「彷徨えるユダヤ人」ならぬ「宿無し日本人」だ。
2012年05月21日
『寝たきり老人にはなりたくないんで』
このブログの先頭部分に近いところに『政治家はボケ無い』(ただとぼけるだけ)と書いた。
大昔の大蔵大臣の妾(否、愛人と呼ぶか)が『政治家でボケた人は知らないわね!。学会や実業界だと、トップに立つと皆ボケるのに政治家はボケないね』と言った話を聴いて、それは本当だろう。と思ったと書いた。かの女性は、祇園の御茶屋の出で、同志社大学を出て、政治家の秘書になったと言う立場から(筆者は秘書ではなく妾、失礼愛人だと睨んだ)昔から財界や政界だけでなく、学会にも顔が広かっただけに、言う言葉に説得力があったのみならず、筆者の推測とも一致したからだ。
『政治家はボケない!』何故なら、学会や実業界では『トップに立つ』事ができるが、政治家は政治家である限り『永遠に』トップに立つ事は出来ないからだ。と。
政治家の『上がり』は一応、総理大臣という事になるが、その総理になっても『本当の上がり』ではない。『お後が宜しいようで』と、適当な時期に席を譲らされ、その後も政治家としての影響力を維持しようとすれば、『一兵卒』のように駈けずり回らなければ、秘書だの同じ選挙区の新人だのに『とって代わられる』だから、安心してボケてなんか居られないだろう?ボケるのは政治家を引退してからだろうとかねてより考えていたからだ。
凡そ、機械を見るに、古くなって故障勝ちになった機械を錆びさせたまま放置しておくのと、部品を取替え修理を施し、使い続けた場合と、最後に『お釈迦』ポンコツ処分する場合、どっちが簡単にスクラップになってくれるか?。
使い続けて、もう「これ以上手の施しようが無い」となってスクラップにする機械のほうが、長年放置して、錆びても使われなかった機械に比べて簡単にポンコツになると思わないか?。
学長だの、会長だのになって、何をするのも秘書任せ、縦のものを横にもしない「あなた任せ」は、機械なら使用せず放置し、錆びさせた機械と同じで、あっちの婦人会、こっちの町会と駆け回り頭の百万ベンも下げて回り、疲れ切った政治家である人間のほうが「壊れるのも早い」と思わないか?。
筆者は携帯電話も持たないので携帯電話の悪口を別のブログに書いたが、他にも今はテレビを持っていないが、「独断と偏見」で言えば、テレビが出てきたから「寝たきり老人」が増えたような気がしてならない。
昔だって「寝たきり老人」は無い事は無かったが、昔の老人は倒れたら「程なく、時を経ずして」多くが死んだような気がする。
「今は老人医療が発達しているので、倒れても『生かされて』居る老人が多いのだ」という向きもあろうが、幾ら『生かそう』と薬だの医療だのを注ぎこんでも、既に人体という機械そのものが磨耗していたら、修理も油も効き目が無いだろう。
テレビの無かった時代の人間は、一線を退いても、何かしら忙しく働いていた筈だ。『読書三昧』なんて贅沢はあまりせず、(第一年をとると目が不自由になり(筆者)根気もなくなり読書も面倒になる)洗濯機も掃除機も無いから忙しい嫁や娘に代わり孫を追いまわしたり、垣根を修理したり、女性なら衣類を解いて洗い張りしたり、そこら辺を掃き掃除したり、神社にお参りに出かけたり、結構忙しく働いていたから身体も自ずと酷使され、ポンコツになり易かった。
だが、テレビと言う『魅力的な暇つぶし』手段が現れ、家の修理や衣類のつくろい、孫の世話なんぞ止めて、昼ドラマやニュースショーのゴシップに見とれている内に一日が過ぎ、ほとんど身体を動かさないと言う生活を続けて居るから、磨耗しないまま錆びた機械の老人になり、スクラップとして処理するのに時間がかかる。
筆者は今回のアメリカ西海岸と言う時差の厳しい土地の旅行で、旅行中三時間ぐらいしか眠れなかった。
飛行機の中で一時間も眠れなかったから、現地の夜は日本時間体内時計は真昼でも、一応ビールを飲んで寝れば最初は寝付けるが、二時間ぐらいで目を覚まし、後は延々現地の朝まで眠れない。の繰り返しで、アメリカ滞在中は常に寝不足で頭痛に悩まされたのに、帰国後一ヶ月の今はかなり精神的に『蘇り』の状況に思える。
海外を初老から老人で歩くのはかなり体力的にもきついが、亡母は八十六の春ロタ島に出かけ、その年の秋に一月と一週間寝付いただけで死んだ。
脳卒中や心臓麻痺、事故などで即死に近い状態で親を亡くせば『少しは面倒を見たかったのに』と
悔いが残るが、かといって若いならともかく、やがては死が運命付けられた老親に何時までも『寝たきり』で世話させられるのも家族には苦痛だろう。
若い頃、仕事で身体を酷使し、老いては、趣味生活と海外含めた旅行で何時も『忙しく』て、
『ウチの祖母ちゃんはおばあさんの癖に何時も忙しいと言って居るんだから!』と嫁さんに呆れられたからこそ、亡母は死に方も見事だったのだ。と思う。
『せめて!畳ぐらい取り替えたら!』と友人には言われたが(友人は襖も取り替えろと内心思っただろう)だが、経済的に余裕の無い筆者はその金があれば今後も、強行な海外旅行を続けるつもりだ。
筆者がポンコツになりスクラップになった時に、同時に母の建てた今の我が家もスクラップとして処理し易くしていたほうが、なまじ『壊すには勿体無いし、と言って住むには古すぎだし』と、死後を取り仕切る人間を悩ます事もないだろう。
* 「母の日に当たって、我が母を讃うる』と言うブログを別に書きました。
その次は『離婚だ!とあなたが思った時』です。
大昔の大蔵大臣の妾(否、愛人と呼ぶか)が『政治家でボケた人は知らないわね!。学会や実業界だと、トップに立つと皆ボケるのに政治家はボケないね』と言った話を聴いて、それは本当だろう。と思ったと書いた。かの女性は、祇園の御茶屋の出で、同志社大学を出て、政治家の秘書になったと言う立場から(筆者は秘書ではなく妾、失礼愛人だと睨んだ)昔から財界や政界だけでなく、学会にも顔が広かっただけに、言う言葉に説得力があったのみならず、筆者の推測とも一致したからだ。
『政治家はボケない!』何故なら、学会や実業界では『トップに立つ』事ができるが、政治家は政治家である限り『永遠に』トップに立つ事は出来ないからだ。と。
政治家の『上がり』は一応、総理大臣という事になるが、その総理になっても『本当の上がり』ではない。『お後が宜しいようで』と、適当な時期に席を譲らされ、その後も政治家としての影響力を維持しようとすれば、『一兵卒』のように駈けずり回らなければ、秘書だの同じ選挙区の新人だのに『とって代わられる』だから、安心してボケてなんか居られないだろう?ボケるのは政治家を引退してからだろうとかねてより考えていたからだ。
凡そ、機械を見るに、古くなって故障勝ちになった機械を錆びさせたまま放置しておくのと、部品を取替え修理を施し、使い続けた場合と、最後に『お釈迦』ポンコツ処分する場合、どっちが簡単にスクラップになってくれるか?。
使い続けて、もう「これ以上手の施しようが無い」となってスクラップにする機械のほうが、長年放置して、錆びても使われなかった機械に比べて簡単にポンコツになると思わないか?。
学長だの、会長だのになって、何をするのも秘書任せ、縦のものを横にもしない「あなた任せ」は、機械なら使用せず放置し、錆びさせた機械と同じで、あっちの婦人会、こっちの町会と駆け回り頭の百万ベンも下げて回り、疲れ切った政治家である人間のほうが「壊れるのも早い」と思わないか?。
筆者は携帯電話も持たないので携帯電話の悪口を別のブログに書いたが、他にも今はテレビを持っていないが、「独断と偏見」で言えば、テレビが出てきたから「寝たきり老人」が増えたような気がしてならない。
昔だって「寝たきり老人」は無い事は無かったが、昔の老人は倒れたら「程なく、時を経ずして」多くが死んだような気がする。
「今は老人医療が発達しているので、倒れても『生かされて』居る老人が多いのだ」という向きもあろうが、幾ら『生かそう』と薬だの医療だのを注ぎこんでも、既に人体という機械そのものが磨耗していたら、修理も油も効き目が無いだろう。
テレビの無かった時代の人間は、一線を退いても、何かしら忙しく働いていた筈だ。『読書三昧』なんて贅沢はあまりせず、(第一年をとると目が不自由になり(筆者)根気もなくなり読書も面倒になる)洗濯機も掃除機も無いから忙しい嫁や娘に代わり孫を追いまわしたり、垣根を修理したり、女性なら衣類を解いて洗い張りしたり、そこら辺を掃き掃除したり、神社にお参りに出かけたり、結構忙しく働いていたから身体も自ずと酷使され、ポンコツになり易かった。
だが、テレビと言う『魅力的な暇つぶし』手段が現れ、家の修理や衣類のつくろい、孫の世話なんぞ止めて、昼ドラマやニュースショーのゴシップに見とれている内に一日が過ぎ、ほとんど身体を動かさないと言う生活を続けて居るから、磨耗しないまま錆びた機械の老人になり、スクラップとして処理するのに時間がかかる。
筆者は今回のアメリカ西海岸と言う時差の厳しい土地の旅行で、旅行中三時間ぐらいしか眠れなかった。
飛行機の中で一時間も眠れなかったから、現地の夜は日本時間体内時計は真昼でも、一応ビールを飲んで寝れば最初は寝付けるが、二時間ぐらいで目を覚まし、後は延々現地の朝まで眠れない。の繰り返しで、アメリカ滞在中は常に寝不足で頭痛に悩まされたのに、帰国後一ヶ月の今はかなり精神的に『蘇り』の状況に思える。
海外を初老から老人で歩くのはかなり体力的にもきついが、亡母は八十六の春ロタ島に出かけ、その年の秋に一月と一週間寝付いただけで死んだ。
脳卒中や心臓麻痺、事故などで即死に近い状態で親を亡くせば『少しは面倒を見たかったのに』と
悔いが残るが、かといって若いならともかく、やがては死が運命付けられた老親に何時までも『寝たきり』で世話させられるのも家族には苦痛だろう。
若い頃、仕事で身体を酷使し、老いては、趣味生活と海外含めた旅行で何時も『忙しく』て、
『ウチの祖母ちゃんはおばあさんの癖に何時も忙しいと言って居るんだから!』と嫁さんに呆れられたからこそ、亡母は死に方も見事だったのだ。と思う。
『せめて!畳ぐらい取り替えたら!』と友人には言われたが(友人は襖も取り替えろと内心思っただろう)だが、経済的に余裕の無い筆者はその金があれば今後も、強行な海外旅行を続けるつもりだ。
筆者がポンコツになりスクラップになった時に、同時に母の建てた今の我が家もスクラップとして処理し易くしていたほうが、なまじ『壊すには勿体無いし、と言って住むには古すぎだし』と、死後を取り仕切る人間を悩ます事もないだろう。
* 「母の日に当たって、我が母を讃うる』と言うブログを別に書きました。
その次は『離婚だ!とあなたが思った時』です。
2012年05月18日
『やはり結成したい幌馬車隊』
アメリカを旅行して思う事は、「やはり幌馬車隊を結成できたら」という事だ。
アメリカ旅行以前「オツム」に霞とまでいかないが、無気力状態が続いていたのにまたまた元気が出てきたので、後数年(三年ぐらいかな?)経ったら、またアメリカ再訪を果たしたいと思うが、筆者一人だと、次も行く範囲は限られてしまう。それが実に惜しい。
ヨーロッパはユーロパスとかを使えば、適当な間隔に魅力ある都市が点在しているし、それぞれの都市には、これまた発達した都市の公共交通が存在するから問題は無い。だが、アメリカは基本的に「車社会」なのだ。一部の都市やユーヨークには公共交通があるが、他の都市、アメリカのハートランドと言われる地方都市には、限りある「ほんの一部」以外は公共交通は無い。やはりマイカー頼りなのだ。
だが、日本とは時差の厳しいアメリカで、慣れぬ道路や交通事情で、かなり体力ある若者でもない限り車を運転しての移動は厳しいだろうと思う。
だから、アムトラックを移動の中心にすえ、その不都合な都市間は共同雇用したマイクロバスとかで移動する形のアメリカ旅行は最良の選択だと思うのだ。
そこで、後三年後ぐらいにアメリカ一周旅行を行いたいと思う。前回も考えたが、アメリカの各都市の幾つかを「ハブ都市」と決めておく。そのハブとなる都市は(例えばニューヨーク)数多くの日本語ツアーなどもあるから、英語の全然駄目な人はそのツアーにそこでは参加する。何人かで共同でそこで、新たに別の車を借り切って行きたい場所を回るのも良い。
各ハブ都市にはそこに在住する(民宿とかを経営する)日本人に現地サポートを依頼し、隊員の内で病人が出たとか犯罪に巻き込まれ移動不可になったとかの場合助けて貰う。
日本の旅行社と契約している日本人のガイドなら、旅行社のマージンがあるからその分差し引かれるが、個人との契約ならその分が無いし、「原則は自分のことは自分でやる」が建前だから、更に安く契約できるだろう。
西海岸ならロスアンゼルス、ラスベガス、サンフランシスコ。東ならニューヨークをゲート都市にして、ニューヨークなら最低限一週間を滞在期限とし、ロスアンゼルス三日、サンフランシスコは五日間、ラスベガスも五日間。何故ラスベガスを五日にしたかというと、グランドサークルやグランドキャニオンその他の大自然を満喫できる見所が付近に点在しているから、共同で車を借りて移動するもよし、ギャンブル三昧、ショウを見捲くるも良いだろう。
筆者が「テロリスト」染みた言動?を披瀝しているので、警戒する向きもあろうが、少なくと、テロを行うのに同行は求めませんから。
三年ぐらい経ったらアメリカ一周旅行の呼びかけを行います。(その前にも幾度か)「アメリカを回ってみたい!」という方々は、筆者の呼びかけに注意していてください。
アメリカ旅行以前「オツム」に霞とまでいかないが、無気力状態が続いていたのにまたまた元気が出てきたので、後数年(三年ぐらいかな?)経ったら、またアメリカ再訪を果たしたいと思うが、筆者一人だと、次も行く範囲は限られてしまう。それが実に惜しい。
ヨーロッパはユーロパスとかを使えば、適当な間隔に魅力ある都市が点在しているし、それぞれの都市には、これまた発達した都市の公共交通が存在するから問題は無い。だが、アメリカは基本的に「車社会」なのだ。一部の都市やユーヨークには公共交通があるが、他の都市、アメリカのハートランドと言われる地方都市には、限りある「ほんの一部」以外は公共交通は無い。やはりマイカー頼りなのだ。
だが、日本とは時差の厳しいアメリカで、慣れぬ道路や交通事情で、かなり体力ある若者でもない限り車を運転しての移動は厳しいだろうと思う。
だから、アムトラックを移動の中心にすえ、その不都合な都市間は共同雇用したマイクロバスとかで移動する形のアメリカ旅行は最良の選択だと思うのだ。
そこで、後三年後ぐらいにアメリカ一周旅行を行いたいと思う。前回も考えたが、アメリカの各都市の幾つかを「ハブ都市」と決めておく。そのハブとなる都市は(例えばニューヨーク)数多くの日本語ツアーなどもあるから、英語の全然駄目な人はそのツアーにそこでは参加する。何人かで共同でそこで、新たに別の車を借り切って行きたい場所を回るのも良い。
各ハブ都市にはそこに在住する(民宿とかを経営する)日本人に現地サポートを依頼し、隊員の内で病人が出たとか犯罪に巻き込まれ移動不可になったとかの場合助けて貰う。
日本の旅行社と契約している日本人のガイドなら、旅行社のマージンがあるからその分差し引かれるが、個人との契約ならその分が無いし、「原則は自分のことは自分でやる」が建前だから、更に安く契約できるだろう。
西海岸ならロスアンゼルス、ラスベガス、サンフランシスコ。東ならニューヨークをゲート都市にして、ニューヨークなら最低限一週間を滞在期限とし、ロスアンゼルス三日、サンフランシスコは五日間、ラスベガスも五日間。何故ラスベガスを五日にしたかというと、グランドサークルやグランドキャニオンその他の大自然を満喫できる見所が付近に点在しているから、共同で車を借りて移動するもよし、ギャンブル三昧、ショウを見捲くるも良いだろう。
筆者が「テロリスト」染みた言動?を披瀝しているので、警戒する向きもあろうが、少なくと、テロを行うのに同行は求めませんから。
三年ぐらい経ったらアメリカ一周旅行の呼びかけを行います。(その前にも幾度か)「アメリカを回ってみたい!」という方々は、筆者の呼びかけに注意していてください。
2012年05月11日
『温泉』
温泉が好きだ。というより大きなお風呂が好きなんだが。家の風呂は身体を洗うのと暖まるので『義務で』入って居る気がするので、余り楽しくない。
銭湯で大きな湯船に浸かっているとしみじみ『幸せ』を感じるが、銭湯は普通のお湯だからイマイチだ。やはり『薬功』のある温泉が良いので、海外に出かけるときも可能なら温泉をコースに入れる。
スイスの山のホテルは温泉があるところが多いからスイスに行った時は二度ばかり温泉を利用した。旅の疲れが取れる思いがした。(スイスに出かけたけど温泉なんかホテルに無かったわよ!という人、あんたが参加した団体旅行の添乗員さんが面倒だし時間が無いからあると言わなかっただけだ。有名観光地のホテルならあった筈だ)ドイツでも水着着用で温泉に入り、ブタペストは用意していた「温泉代」がドナウ川ボート乗船場前のレストランのランチで百ドル巻き上げられ入り損ねた。
今冬は非常に寒く(何と零下6度という日もあったようだ零下5度以下なんて北海道ぐらいだと思っていたのに)その為、昔ウエイトレスや掃除おばさんとして散々足を使った筆者は、思いがけぬ膝や足首関節の異常痛に悩まされた。
そういう時、大抵の人は医者に駆けつけるが筆者は行かない。筆者が信じるのは「千振」や「どくだみ」のような民間薬か漢方薬で、病院が出す近代医薬は胡乱な目で見ている。
民間薬や漢方薬は何千年もの間「人体実験」を繰り返して「保障された」薬だが、今の近代医薬は「最近新しい薬を出してないから株価が落ちている。何か出さなくちゃ!」という製薬企業の思惑で作られて居るから筆者は「疑惑の眼差し」で見ているのだ。
「葛根湯」や「せんぶり」ぐらいしか(どくだみもね)処方する薬が無い時代、大病や大怪我をした後には「温泉治療」が有効とされた。だから「療養」の湯治用温泉宿と言うのが多くあった。
今は温泉に行くのは、ご馳走を食べたりの観光気分でいく場合が多いようで、ネットで検索しても、安い自炊も出来る湯治用の温泉宿と言うのが余り出てこない。
筆者の友人の最近亡くなった亭主は、骨折の後が思わしくなく、それで亡くなったのだが、医者から貰う薬を「こんなものは効かない」と最後の頃は捨てていたという。
気軽に安く夫婦で療養できる温泉宿が多くあれば、出かけて二ヶ月ぐらい過ごして、元気になって戻ってきたかもしれない。
今、老人医療費の増大が国庫に大きな負担となって居る。実のところ対処療法ぐらいで効き目も薄い製薬業界を潤す薬剤を病院で「どっさり」処方させるより、地方の辺鄙な場所でもある、薬効ある温泉場に、自炊もできる長期滞在がきく公共の「湯治場」を作るべきだ。
一ヶ月の滞在で五万ぐらいで、旅館の似たり寄ったりの「ご馳走」の代わりに、地場野菜や新鮮な魚介などで、自炊して生活できる場所を作れば、「寝たきり高齢者」はもっと減って、家族も国庫も負担が減るだろうし、その辺鄙な場所を活性化させる事にも役立つ。
辺鄙だが、薬功のある温泉地に公共の湯治場を作ってくれー!。
銭湯で大きな湯船に浸かっているとしみじみ『幸せ』を感じるが、銭湯は普通のお湯だからイマイチだ。やはり『薬功』のある温泉が良いので、海外に出かけるときも可能なら温泉をコースに入れる。
スイスの山のホテルは温泉があるところが多いからスイスに行った時は二度ばかり温泉を利用した。旅の疲れが取れる思いがした。(スイスに出かけたけど温泉なんかホテルに無かったわよ!という人、あんたが参加した団体旅行の添乗員さんが面倒だし時間が無いからあると言わなかっただけだ。有名観光地のホテルならあった筈だ)ドイツでも水着着用で温泉に入り、ブタペストは用意していた「温泉代」がドナウ川ボート乗船場前のレストランのランチで百ドル巻き上げられ入り損ねた。
今冬は非常に寒く(何と零下6度という日もあったようだ零下5度以下なんて北海道ぐらいだと思っていたのに)その為、昔ウエイトレスや掃除おばさんとして散々足を使った筆者は、思いがけぬ膝や足首関節の異常痛に悩まされた。
そういう時、大抵の人は医者に駆けつけるが筆者は行かない。筆者が信じるのは「千振」や「どくだみ」のような民間薬か漢方薬で、病院が出す近代医薬は胡乱な目で見ている。
民間薬や漢方薬は何千年もの間「人体実験」を繰り返して「保障された」薬だが、今の近代医薬は「最近新しい薬を出してないから株価が落ちている。何か出さなくちゃ!」という製薬企業の思惑で作られて居るから筆者は「疑惑の眼差し」で見ているのだ。
「葛根湯」や「せんぶり」ぐらいしか(どくだみもね)処方する薬が無い時代、大病や大怪我をした後には「温泉治療」が有効とされた。だから「療養」の湯治用温泉宿と言うのが多くあった。
今は温泉に行くのは、ご馳走を食べたりの観光気分でいく場合が多いようで、ネットで検索しても、安い自炊も出来る湯治用の温泉宿と言うのが余り出てこない。
筆者の友人の最近亡くなった亭主は、骨折の後が思わしくなく、それで亡くなったのだが、医者から貰う薬を「こんなものは効かない」と最後の頃は捨てていたという。
気軽に安く夫婦で療養できる温泉宿が多くあれば、出かけて二ヶ月ぐらい過ごして、元気になって戻ってきたかもしれない。
今、老人医療費の増大が国庫に大きな負担となって居る。実のところ対処療法ぐらいで効き目も薄い製薬業界を潤す薬剤を病院で「どっさり」処方させるより、地方の辺鄙な場所でもある、薬効ある温泉場に、自炊もできる長期滞在がきく公共の「湯治場」を作るべきだ。
一ヶ月の滞在で五万ぐらいで、旅館の似たり寄ったりの「ご馳走」の代わりに、地場野菜や新鮮な魚介などで、自炊して生活できる場所を作れば、「寝たきり高齢者」はもっと減って、家族も国庫も負担が減るだろうし、その辺鄙な場所を活性化させる事にも役立つ。
辺鄙だが、薬功のある温泉地に公共の湯治場を作ってくれー!。
2012年05月08日
『何故角栄は捨てられ、小沢の子分は残ったのか?』
筆者は今テレビを持って居ないから政治状況も社会状況もほとんど情報が無いに等しい。ネットと野球放送の傍ら聴くラジオが全てだ。
しかも、昔から日本の政治にはどちらかと言えば無関心に近いほうだから、筆者の話はあくまで『独断と偏見』それより、一種の直感かもしれない。
小沢一朗元民主党代表が検察審査会かなんかで無罪になったとかだがそうだろうか?。無罪有罪を問わず、起訴されても、党を除名されても(されたんでしょ?)子分(失礼同士というべき)三十人が残って結束しているという。三十人という数字を少ないと見るか多いと見るかは人によって違うと思うが、刑事被告人になって、遂には子分の竹下にとって代わられ失意の内に沈んだ田中角栄に比べれば、まだしもマシだと思うんだが。
角栄は、ほとんどの子分に捨てられ、小沢には少なくとも三十人の強力な助っ人(同士)が残った違いは何だろう?。小沢氏は子分に対し何時も腰が低く角栄氏は威張り散らしていた「その報い」だなんてことは無いだろう?寧ろ筆者の見るところ子分に腰が低かったのは角栄氏のほうではなかったかと思うんだけどどうだろう?。(筆者はご両所の傍に行った事も無ければ『伝記』の類も読んでないからあくまで推察の範囲を出ないんだけど。
なら、何故?。それを考える時、前に『香港』について書いたブログを思い出す。『香港』に四十年以前行った時は香港の高層ビル群に挟まれた啓徳空港で、つい最近(と言っても十年ぐらい前だが)には都市のはずれの新空港だったが、そこから市内に行くバスの車窓で景色のよさに驚嘆した。
青い海と緑の木々に彩られた香港は、『正に東洋の真珠』と言う明媚な風向の土地だった。
だが、香港に景色のよさを愛でるため行く人は余り無いだろう?香港は税の自由都市として買い物目当ての客が殺到しているのだ。
『本当はとても美しいのに大富豪の娘だから、その財力、金ばかりに注目される娘さん』と言うのが筆者の『香港』に対する見方だった。
それと同じ事が言えたのが、実は田中角栄氏ではなかったかと筆者は推察する。なまじ『湯水の如く使える』金があると、人の目はその人物よりも先ず莫大な財力に行く。大富豪の娘が例えば親が零落して、その富を失った時、その富に目を奪われていた求婚者達は娘の美貌には目を向けず失望して去る。
小沢氏はその点それほどの財力の主ではないと思う。だから、先ず人物に共感して着いてきた人間達だから長続きする人がいるのだ。
人の目を眩ませるほどの富と言うのは決して所有者にとって得ばかりではというのが、一時期『数百万の鯉を庭の池に放していた』と贅沢振りを揶揄された角栄氏の悲劇で分かる。
しかも、昔から日本の政治にはどちらかと言えば無関心に近いほうだから、筆者の話はあくまで『独断と偏見』それより、一種の直感かもしれない。
小沢一朗元民主党代表が検察審査会かなんかで無罪になったとかだがそうだろうか?。無罪有罪を問わず、起訴されても、党を除名されても(されたんでしょ?)子分(失礼同士というべき)三十人が残って結束しているという。三十人という数字を少ないと見るか多いと見るかは人によって違うと思うが、刑事被告人になって、遂には子分の竹下にとって代わられ失意の内に沈んだ田中角栄に比べれば、まだしもマシだと思うんだが。
角栄は、ほとんどの子分に捨てられ、小沢には少なくとも三十人の強力な助っ人(同士)が残った違いは何だろう?。小沢氏は子分に対し何時も腰が低く角栄氏は威張り散らしていた「その報い」だなんてことは無いだろう?寧ろ筆者の見るところ子分に腰が低かったのは角栄氏のほうではなかったかと思うんだけどどうだろう?。(筆者はご両所の傍に行った事も無ければ『伝記』の類も読んでないからあくまで推察の範囲を出ないんだけど。
なら、何故?。それを考える時、前に『香港』について書いたブログを思い出す。『香港』に四十年以前行った時は香港の高層ビル群に挟まれた啓徳空港で、つい最近(と言っても十年ぐらい前だが)には都市のはずれの新空港だったが、そこから市内に行くバスの車窓で景色のよさに驚嘆した。
青い海と緑の木々に彩られた香港は、『正に東洋の真珠』と言う明媚な風向の土地だった。
だが、香港に景色のよさを愛でるため行く人は余り無いだろう?香港は税の自由都市として買い物目当ての客が殺到しているのだ。
『本当はとても美しいのに大富豪の娘だから、その財力、金ばかりに注目される娘さん』と言うのが筆者の『香港』に対する見方だった。
それと同じ事が言えたのが、実は田中角栄氏ではなかったかと筆者は推察する。なまじ『湯水の如く使える』金があると、人の目はその人物よりも先ず莫大な財力に行く。大富豪の娘が例えば親が零落して、その富を失った時、その富に目を奪われていた求婚者達は娘の美貌には目を向けず失望して去る。
小沢氏はその点それほどの財力の主ではないと思う。だから、先ず人物に共感して着いてきた人間達だから長続きする人がいるのだ。
人の目を眩ませるほどの富と言うのは決して所有者にとって得ばかりではというのが、一時期『数百万の鯉を庭の池に放していた』と贅沢振りを揶揄された角栄氏の悲劇で分かる。
2012年05月05日
「ホテルコンシャージャとツーリストインフォメーション」結。
筆者が07年にラスベガスに出かけた際、滞在日数の半分のホテルは予約して居たが、残り半分は予約していかなかった話は既に述べた。
そこで、筆者はツーリストインフォメーションに出かけ、手ごろなホテルを探してもらう事にした。
辺鄙な場所で、他に「客」が無かったからかもしれないが、そこでの係員は、筆者の下手な「英語」も物とせず、丁寧に訊いてくれて、筆者の希望に沿うような宿泊料のホテルも色々検索してくれ、結局筆者がクレジットカードをホテルに置き去りにしてきたので予約出来なくなったが、「ダウンタウンは嫌!ストリップの宿」と言う希望の宿も探してくれた。かなりの手間をかけたと思う。
筆者は、「ここでなら」と考えたラスベガスの何処のカジノでも結局両替不可だったイスラエルシルカを持って居る。(金額はたいしたものではないが)どうせ自分では使え無いんだし、筆者の周辺にイスラエルに行こうという物好き?は居ない。
そこで、筆者は手持ちのシルカをインフォの係員に差し出した。「ここはホテルではありませんから、これはチップではありません。けれど私には使えないイスラエルのシルカですが、ここにはイスラエルの観光客も来るでしょうから、その人に差し上げるなり両替してもらうなりで使って下さい。お世話になったお礼です」と言いながら。
すると、インフォーの係員は、「それなら、その金は、この隣の道の青いビルの何タラカンタラに持って行けばドルに両替してくれる」と言ったのだ。
断って置く。筆者は賭博都市のラスベガスなら、「博打に熱くなって」普通なら受け付けないような自国の弱い通貨でも「ミサイル売っても払うからこれでもう一勝負!」というような大統領だの主席も支払いに使うだろうから『どこかで両替できる筈です!場所を教えろ!』」とツーリストインフォメーションで粘ったわけではない。
使えないから「上げます」と言ったのだ。だが、インフォの人はやはり筆者が睨んだように、カジノから持ち込まれるあらゆる国の通貨を扱う会社がラスベガスに存在している事を知っていて、その情報を筆者が頼まないのに教えてくれたのだ。
後に、その会社で筆者は問うた。「何処の国の通貨でもですか?」その社員は「イエス」多分、北朝鮮とかの通貨なら、北朝鮮で両替する十分の一ぐらいに買い叩くだろうけど。
筆者のシルカは二十四ドルになって返って来た。
問われたわけでもない情報。しかも教えなければ、自分の利益になる情報でも、「知っているなら教える」のがツーリストインフォメーションなのか。
唯一ラスベガスで会った若い日本娘は「ツーリストインフォメーションが何処にありますか?」と言う筆者の問いに、「知りませんけど何か尋ねたかったらホテルのコンシャージャに訊けば良いんじゃないですか?」と言い「何なら(英語が下手なら)私が訊いてあげましょうか?」と言う親切なお節介を付け加えた。
しかし、ホテルのコンシャージャは第一にチップを目的とする。最初に筆者がボストンシンフォニーについて尋ねたケンブリッジのホテルコンシャは筆者が宝石をきらめかせブランド物に身を包んだ女性なら、「セイジ、オザワのコンサートは今夜ありますが人気が高くチケットは完売らしいですよ」と言う筈だ。ボストンシンフォニーの所在を教える代わりに。
落胆した婦人が、「折角日本から来たのに」と言えば「では特別のルートがありますから貴賓席を取りましょう」と言う。そうして、三十ドルぐらいのチップにありつく。
筆者の帰路の航空券を探して予約してくれたアジア青年のコンシャは、筆者の宿泊先のホテルのコンシャージャに比べれば、親切ではあったが、やはり本当の親切では無い。優しく親切にすればチップが貰える。
そして、次に考えるのは、所属するホテルの利益(回りまわってこれも自分の利益だ)「航空券を売る」筆者のホテルのコンシャもバスは無いから航空券を買え!と言い窓口を示した。
アジア青年のコンシャージャが本当に親切なら、「そのアムトラックバスのチケットをこのストリップで買うのは不可能です。何番のバスで空港のバスターミナルに行きなさい。そこで買えます」というだろう。
「そこまで行きたくない!二百ドルまでは払えるから航空券がそれで買えないか?」と筆者が言った時点で航空券を検索するのが本当の親切だ。
利益のために知る情報を出すか出さないかが、ツーリストインフォメーションとホテルコンシェリジェの違いだろう。
貧乏旅行者には避けたいホテルコンシャジャだ。
そこで、筆者はツーリストインフォメーションに出かけ、手ごろなホテルを探してもらう事にした。
辺鄙な場所で、他に「客」が無かったからかもしれないが、そこでの係員は、筆者の下手な「英語」も物とせず、丁寧に訊いてくれて、筆者の希望に沿うような宿泊料のホテルも色々検索してくれ、結局筆者がクレジットカードをホテルに置き去りにしてきたので予約出来なくなったが、「ダウンタウンは嫌!ストリップの宿」と言う希望の宿も探してくれた。かなりの手間をかけたと思う。
筆者は、「ここでなら」と考えたラスベガスの何処のカジノでも結局両替不可だったイスラエルシルカを持って居る。(金額はたいしたものではないが)どうせ自分では使え無いんだし、筆者の周辺にイスラエルに行こうという物好き?は居ない。
そこで、筆者は手持ちのシルカをインフォの係員に差し出した。「ここはホテルではありませんから、これはチップではありません。けれど私には使えないイスラエルのシルカですが、ここにはイスラエルの観光客も来るでしょうから、その人に差し上げるなり両替してもらうなりで使って下さい。お世話になったお礼です」と言いながら。
すると、インフォーの係員は、「それなら、その金は、この隣の道の青いビルの何タラカンタラに持って行けばドルに両替してくれる」と言ったのだ。
断って置く。筆者は賭博都市のラスベガスなら、「博打に熱くなって」普通なら受け付けないような自国の弱い通貨でも「ミサイル売っても払うからこれでもう一勝負!」というような大統領だの主席も支払いに使うだろうから『どこかで両替できる筈です!場所を教えろ!』」とツーリストインフォメーションで粘ったわけではない。
使えないから「上げます」と言ったのだ。だが、インフォの人はやはり筆者が睨んだように、カジノから持ち込まれるあらゆる国の通貨を扱う会社がラスベガスに存在している事を知っていて、その情報を筆者が頼まないのに教えてくれたのだ。
後に、その会社で筆者は問うた。「何処の国の通貨でもですか?」その社員は「イエス」多分、北朝鮮とかの通貨なら、北朝鮮で両替する十分の一ぐらいに買い叩くだろうけど。
筆者のシルカは二十四ドルになって返って来た。
問われたわけでもない情報。しかも教えなければ、自分の利益になる情報でも、「知っているなら教える」のがツーリストインフォメーションなのか。
唯一ラスベガスで会った若い日本娘は「ツーリストインフォメーションが何処にありますか?」と言う筆者の問いに、「知りませんけど何か尋ねたかったらホテルのコンシャージャに訊けば良いんじゃないですか?」と言い「何なら(英語が下手なら)私が訊いてあげましょうか?」と言う親切なお節介を付け加えた。
しかし、ホテルのコンシャージャは第一にチップを目的とする。最初に筆者がボストンシンフォニーについて尋ねたケンブリッジのホテルコンシャは筆者が宝石をきらめかせブランド物に身を包んだ女性なら、「セイジ、オザワのコンサートは今夜ありますが人気が高くチケットは完売らしいですよ」と言う筈だ。ボストンシンフォニーの所在を教える代わりに。
落胆した婦人が、「折角日本から来たのに」と言えば「では特別のルートがありますから貴賓席を取りましょう」と言う。そうして、三十ドルぐらいのチップにありつく。
筆者の帰路の航空券を探して予約してくれたアジア青年のコンシャは、筆者の宿泊先のホテルのコンシャージャに比べれば、親切ではあったが、やはり本当の親切では無い。優しく親切にすればチップが貰える。
そして、次に考えるのは、所属するホテルの利益(回りまわってこれも自分の利益だ)「航空券を売る」筆者のホテルのコンシャもバスは無いから航空券を買え!と言い窓口を示した。
アジア青年のコンシャージャが本当に親切なら、「そのアムトラックバスのチケットをこのストリップで買うのは不可能です。何番のバスで空港のバスターミナルに行きなさい。そこで買えます」というだろう。
「そこまで行きたくない!二百ドルまでは払えるから航空券がそれで買えないか?」と筆者が言った時点で航空券を検索するのが本当の親切だ。
利益のために知る情報を出すか出さないかが、ツーリストインフォメーションとホテルコンシェリジェの違いだろう。
貧乏旅行者には避けたいホテルコンシャジャだ。
「外国では使えない通貨』(続ホテルコンシャとツーリストインフォ)
引き続き「ホテルコンシェリジェ」と「ツーリストインフォメーション」に続いての話だが、ここでは案外知られていない情報をお伝えしたいのでタイトルの一部を変更した。
筆者がこれ以前ラスベガスに出かけたのは07年つまり10年前で無く5年前と判明した。当時の金銭出納帳を見て判ったのだ。かくも筆者の記憶力は曖昧なのである。
その前年か二年前、筆者はギリシャ旅行の際足を伸ばしてイスラエルに立ち寄って居る。
ところで、話が変わるようだが、世界には『外国では使えない通貨』と言うのが存在する。ソマリアのように政権が完全破綻している国。アフガン、イラクのように「ドン、パチ」戦争状況にある国。極貧困国の通貨は他所の国では受け取ってくれないが、中には経済的に安定していたり、政権が強固でも、政治状況によって外国に「国家と認められていなかったり」で通貨を海外で使えない国がある。
例えば、日本人に人気があり、日本好きが多く日本への観光客も多い国台湾は国家としては小さいが経済優良国だが、ご存知の人も多いだろうが、この国の通貨は日本で両替も出来ないし使用できない。台湾に出かけた人は再度の訪問の予定が無い限り、帰国に際しては台湾ドルに両替した日本円を再度台湾出国の際現地で日本円に再両替するように言われた筈である。
それと同じく、強固な国家であるにも拘らず、その通貨を海外で使えないのが、イスラエルのシルカという通貨だ。
「犬が尻尾を振り回すと言うが尻尾が犬を振り回している」と揶揄されているのが小国イスラエルと大国アメリカの関係で、文字通り「犬アメリカに振り回され放しの尻尾」のような日本と違って、良い様に犬(アメリカ)の首輪になって犬を振り回している国家であるイスラエルの通貨が、犬の国家でも使えないと知ったのは前回のラスベガス訪問時だった。
05年の初冬のイスラエル訪問に際して、帰路の飛行機時間が迫って居た事もあり、筆者はそのイスラエルシルカを少し残してイスラエルを離れた。
アメリカを建国したのは半分がユダヤ人といわれるほど「幅が利く」国に行けば、他の国では両替不可のシルカも使用か両替は可能だろう?と考えたのは大間違いで、ジューヨーク(ご存知の通りジューはユダヤ)と言われるニューヨークでも両替不可能だった。
「だが、ラスベガスなら両替できるだろう?」博打をさせる側は金を選ばない筈だ。何処の国の金以外は駄目!なんて言っていたら「椋鳥」を毟りそこなう。
「ラスベガスではこれだけ使おう」と何処かの例えば北朝鮮とかの通貨をドルに両替した北朝鮮の高官とかが(金一族かもしれない)賭博に熱くなり、手持ちのドルを使い尽くす。だが勝負は佳境に入って居る。「北朝鮮通貨なら幾らでも出せる」となった時、「否!米ドルオンリー!おたくの国の通貨は信用が無い!」などと「博打の胴元」は言わない。何としても娘を叩き売りさせても「取り立てる手段」を博打の胴元は持って居るはずだから、他の場所ではいざ知らず、ラスベガスのカジノでなら、イスラエルシルカも両替可能だろう?。
その目論見で、07年のラスベガス訪問に筆者は「勇んで?」シルカ持参でベガスのカジノを訪れたが、目論みはものの見事に外れて、何処のカジノのキャッシャーもシルカの両替には応じなかった。
筆者がこれ以前ラスベガスに出かけたのは07年つまり10年前で無く5年前と判明した。当時の金銭出納帳を見て判ったのだ。かくも筆者の記憶力は曖昧なのである。
その前年か二年前、筆者はギリシャ旅行の際足を伸ばしてイスラエルに立ち寄って居る。
ところで、話が変わるようだが、世界には『外国では使えない通貨』と言うのが存在する。ソマリアのように政権が完全破綻している国。アフガン、イラクのように「ドン、パチ」戦争状況にある国。極貧困国の通貨は他所の国では受け取ってくれないが、中には経済的に安定していたり、政権が強固でも、政治状況によって外国に「国家と認められていなかったり」で通貨を海外で使えない国がある。
例えば、日本人に人気があり、日本好きが多く日本への観光客も多い国台湾は国家としては小さいが経済優良国だが、ご存知の人も多いだろうが、この国の通貨は日本で両替も出来ないし使用できない。台湾に出かけた人は再度の訪問の予定が無い限り、帰国に際しては台湾ドルに両替した日本円を再度台湾出国の際現地で日本円に再両替するように言われた筈である。
それと同じく、強固な国家であるにも拘らず、その通貨を海外で使えないのが、イスラエルのシルカという通貨だ。
「犬が尻尾を振り回すと言うが尻尾が犬を振り回している」と揶揄されているのが小国イスラエルと大国アメリカの関係で、文字通り「犬アメリカに振り回され放しの尻尾」のような日本と違って、良い様に犬(アメリカ)の首輪になって犬を振り回している国家であるイスラエルの通貨が、犬の国家でも使えないと知ったのは前回のラスベガス訪問時だった。
05年の初冬のイスラエル訪問に際して、帰路の飛行機時間が迫って居た事もあり、筆者はそのイスラエルシルカを少し残してイスラエルを離れた。
アメリカを建国したのは半分がユダヤ人といわれるほど「幅が利く」国に行けば、他の国では両替不可のシルカも使用か両替は可能だろう?と考えたのは大間違いで、ジューヨーク(ご存知の通りジューはユダヤ)と言われるニューヨークでも両替不可能だった。
「だが、ラスベガスなら両替できるだろう?」博打をさせる側は金を選ばない筈だ。何処の国の金以外は駄目!なんて言っていたら「椋鳥」を毟りそこなう。
「ラスベガスではこれだけ使おう」と何処かの例えば北朝鮮とかの通貨をドルに両替した北朝鮮の高官とかが(金一族かもしれない)賭博に熱くなり、手持ちのドルを使い尽くす。だが勝負は佳境に入って居る。「北朝鮮通貨なら幾らでも出せる」となった時、「否!米ドルオンリー!おたくの国の通貨は信用が無い!」などと「博打の胴元」は言わない。何としても娘を叩き売りさせても「取り立てる手段」を博打の胴元は持って居るはずだから、他の場所ではいざ知らず、ラスベガスのカジノでなら、イスラエルシルカも両替可能だろう?。
その目論見で、07年のラスベガス訪問に筆者は「勇んで?」シルカ持参でベガスのカジノを訪れたが、目論みはものの見事に外れて、何処のカジノのキャッシャーもシルカの両替には応じなかった。
2012年05月04日
『ホテルコンシャとツーリストインフォ』その三。
英語の出来ない筆者は海外に出かける場合、それが極端に高額になる場合を除いては、日本で出来る事は、交通手段にせよ宿泊にせよ予約していく事が多いが、ラスベガスの場合はその範囲ではない。
LSと言う場所の特に『ストリップ』と呼ばれる地域は強盗でも殺人鬼でもバカンスで業務停止しているような雰囲気の場所なので、現地でも『えいご』でも何とかなると思うから、凡そ十年前、亡母の死の直後に近い時期出かけた際は、十日の日程の半分を日本でエコノミーのホテルを予約し、後は現地で取ろうと決めた。そのほうが安いのでは?と思ったからだ。
そのエコノミーホテルは昔ならフランク、シナトラ御ひいきの名ホテルだったようだが、今はだいぶ黄昏ホテルの感のあるホテルで、そこのホテル最終日?前、筆者はそのホテルのコンシャに『ツーリストインフォは何処にあるか?』と尋ねた。
コンシャは、『何故そんなことを訊く』と問い返しもせず、「この後ろのヒルトンホテル(今は無い)の一つか二つか(忘れた)後ろの道をこう行って何タラカンタラ」と教えてくれ、方向音痴の筆者だが、そこに何とかたどり着いて、「明日以後のホテルを探している」と言うと、幾つかのホテルを紹介してくれたり、予約の電話を掛けてもくれたが、料金は考えていた程安いものでなく、筆者がクレジットカードを持参していなかった為、予約も確定できなかった。
「安いホテルならダウンタウンに行け」とツーリストインフォの男性は言うが、ダウンタウンでは殺人鬼や強盗は活動していそうなので、気が進まず結局ホテルを決めぬままそこをはなれたわけだが、そこで、これがホテルコンシャージャとツーリストインフォメーションとの徹底的な違いだな?と言う体験をする事になる。
勿体ぶって、その体験は後回しにして、ともかく筆者はこの四月十一日に宿泊しているホテルの前にあるグレードの高そうなホテルを訪ねて、そこにあるはずのツーリストインフォメーションを尋ねたと思ってください。
だが、そのホテルのロビーの人も、コンシャもツーリストインフォを尋ねる筆者のえいごが理解できないのか意味が判らない(何故ならそこにはインフォは無かったのだから)話が通ぜず、面倒になったのだろう白人のコンシャ女性は同じアジア人なら話が通じるだろう?へんなえいごも理解出来ると思ってか?どうも休憩中のアジア人男性を呼んで来て筆者の相手をさせた。
この男性中国や韓国ではないし無論日本でも無いがとても親切で、筆者の「えいご」を何度も聞き返し、筆者の望みがアムトラックバス移動であると知ると、どこかに電話を掛け(筆者のホテルコンシャと同じだ)「フンフン」と相槌打ちながら聞いている。「そのバスはロスアンゼルスユニオンと、(治安の悪い)ラスベガスユニオン駅付近ではなく空港のバスターミナルを発着地点にしているらしい。聞き取れた話に、筆者は「やったー!」と飛び上がる思いだった。
ところが、その後の男性(彼はこのグレードの高いホテルのコンシャだった)の声の調子が落ちて来て電話を切っていったのは、やはり「バスならグレイハウンドか航空券しか買えない」と言う。
彼の親切な様子(下手なえいごを聞いてくれて優しくしてくれた様子で)筆者は考えたのだ。アムトラックの代行バスは以前はあったが今は無くなったのだ。考えてみれば安いバスならグレイハウンドがあるし、治安やスピードを望むなら飛行機もある。自家用車を走らせるに不可能な距離でもないLA、LS間にアムトラックが新しくバスを走らせても客が無いから止めたんだろう?だからアムトラックの時刻表でもバスが記載されておらず(ソルトレイク市間は記載があるのに)「地球の歩き方ラスベガス編にも紹介がなかったのだ」と解釈した。
我がホテルのコンシャのような横着者?でない親切なアジア人コンシャの言葉だからそう解釈した。幸い前日のルーレットと野球賭博で百ドルがとこ儲けたことだし、航空券のバス代足し増しぐらい何とか出るだろう?。
アジア人の親切コンシャは航空券の安いのを検索してくれて、筆者の持ち合わせのクレジットカードがその航空会社に利用できないと知ると、新たな航空券のさほど値段に差の無い奴を探してくれたり、本当に親切にしてくれたので、筆者はお礼に十ドルのチップの外に日本から持参した、今は新券の発行が無いと言う「源氏物語絵巻」と沖縄守礼門の二千円札を進呈した。
だが、実際は、ロスアンゼルスの観光局で尋ねてみると、アムトラック代行バスは存在していたのだ。
LSと言う場所の特に『ストリップ』と呼ばれる地域は強盗でも殺人鬼でもバカンスで業務停止しているような雰囲気の場所なので、現地でも『えいご』でも何とかなると思うから、凡そ十年前、亡母の死の直後に近い時期出かけた際は、十日の日程の半分を日本でエコノミーのホテルを予約し、後は現地で取ろうと決めた。そのほうが安いのでは?と思ったからだ。
そのエコノミーホテルは昔ならフランク、シナトラ御ひいきの名ホテルだったようだが、今はだいぶ黄昏ホテルの感のあるホテルで、そこのホテル最終日?前、筆者はそのホテルのコンシャに『ツーリストインフォは何処にあるか?』と尋ねた。
コンシャは、『何故そんなことを訊く』と問い返しもせず、「この後ろのヒルトンホテル(今は無い)の一つか二つか(忘れた)後ろの道をこう行って何タラカンタラ」と教えてくれ、方向音痴の筆者だが、そこに何とかたどり着いて、「明日以後のホテルを探している」と言うと、幾つかのホテルを紹介してくれたり、予約の電話を掛けてもくれたが、料金は考えていた程安いものでなく、筆者がクレジットカードを持参していなかった為、予約も確定できなかった。
「安いホテルならダウンタウンに行け」とツーリストインフォの男性は言うが、ダウンタウンでは殺人鬼や強盗は活動していそうなので、気が進まず結局ホテルを決めぬままそこをはなれたわけだが、そこで、これがホテルコンシャージャとツーリストインフォメーションとの徹底的な違いだな?と言う体験をする事になる。
勿体ぶって、その体験は後回しにして、ともかく筆者はこの四月十一日に宿泊しているホテルの前にあるグレードの高そうなホテルを訪ねて、そこにあるはずのツーリストインフォメーションを尋ねたと思ってください。
だが、そのホテルのロビーの人も、コンシャもツーリストインフォを尋ねる筆者のえいごが理解できないのか意味が判らない(何故ならそこにはインフォは無かったのだから)話が通ぜず、面倒になったのだろう白人のコンシャ女性は同じアジア人なら話が通じるだろう?へんなえいごも理解出来ると思ってか?どうも休憩中のアジア人男性を呼んで来て筆者の相手をさせた。
この男性中国や韓国ではないし無論日本でも無いがとても親切で、筆者の「えいご」を何度も聞き返し、筆者の望みがアムトラックバス移動であると知ると、どこかに電話を掛け(筆者のホテルコンシャと同じだ)「フンフン」と相槌打ちながら聞いている。「そのバスはロスアンゼルスユニオンと、(治安の悪い)ラスベガスユニオン駅付近ではなく空港のバスターミナルを発着地点にしているらしい。聞き取れた話に、筆者は「やったー!」と飛び上がる思いだった。
ところが、その後の男性(彼はこのグレードの高いホテルのコンシャだった)の声の調子が落ちて来て電話を切っていったのは、やはり「バスならグレイハウンドか航空券しか買えない」と言う。
彼の親切な様子(下手なえいごを聞いてくれて優しくしてくれた様子で)筆者は考えたのだ。アムトラックの代行バスは以前はあったが今は無くなったのだ。考えてみれば安いバスならグレイハウンドがあるし、治安やスピードを望むなら飛行機もある。自家用車を走らせるに不可能な距離でもないLA、LS間にアムトラックが新しくバスを走らせても客が無いから止めたんだろう?だからアムトラックの時刻表でもバスが記載されておらず(ソルトレイク市間は記載があるのに)「地球の歩き方ラスベガス編にも紹介がなかったのだ」と解釈した。
我がホテルのコンシャのような横着者?でない親切なアジア人コンシャの言葉だからそう解釈した。幸い前日のルーレットと野球賭博で百ドルがとこ儲けたことだし、航空券のバス代足し増しぐらい何とか出るだろう?。
アジア人の親切コンシャは航空券の安いのを検索してくれて、筆者の持ち合わせのクレジットカードがその航空会社に利用できないと知ると、新たな航空券のさほど値段に差の無い奴を探してくれたり、本当に親切にしてくれたので、筆者はお礼に十ドルのチップの外に日本から持参した、今は新券の発行が無いと言う「源氏物語絵巻」と沖縄守礼門の二千円札を進呈した。
だが、実際は、ロスアンゼルスの観光局で尋ねてみると、アムトラック代行バスは存在していたのだ。
『ホテルコンシャとツーリストインフォ』その二。
四月八日にラスベガス移動で、十日は『老人誕生日』で帰りのバスのことなんか考えたくないが、幾ら気に入りの場所でも永遠にラスベガスに居座れない以上13日の出発となれば、11日にはそろそろ帰路の目途もつけて置きたい。という事で、十一日の朝に宿泊しているホテルのコンシャに『ツーリストインフォメーション』の所在を尋ねた。
コンシャは筆者の『えいご』が中々理解できないのか?『卑しくも』ホテルコンシェリジェ、自分に情報を求めず何故ツーリストインフォメーションが必要なのか?理由がわからないからなのか?何度も聞き返し、何故それを問うのか?を問い返してきた。
筆者は『我はこれまで四度LSに来たがその全ては直行便か乗り継ぎの飛行機だが、グレートなネバダの大自然をバスの窓から見たいと願いつつグレイハウンドバスの発着場所の悪評を知り果たす事適わなかった。然るに今回アムトラックが代行バスを走らせていると言う。そこで、そのバスのチケットを買いに行きたいが、そのバスのチケットを手に入れる場所とLS側の発場所を知りたいのだ』と言った。『そんなバスは無い!バスはグレイハウンドだけだ』とコンシャは言う。
『否!あるはずである』と筆者が主張すると、コンシャは電話を取り出しどこかに掛けて話し出した。『さては!筆者の主張を訊いて、アムトラックに電話をかけ、バスの有無や発着場所を問い合わせているのだな?』と大喜びで、チップを用意し始めたところ、突然受話器を渡され、眠そうな日本人通訳の声になった。
筆者のえいごの応対が面倒だったのだろうが、電話の女性通訳は、『そんなバスは無いし、筆者がアムトラック駅と考えているラスベガスユニオン駅周辺も非常に治安の悪いところだから、十一時になれば日本の旅行社がデスクを出すからそこで航空券を頼め』と何度も強調した。
筆者は、日本の旅行社は『金持ち日本人か団体旅行者向きの存在』で、貧乏個人旅行などの便を図るはずが無いと理解しているので、無視し、『航空券ならそこのデスクに頼め』と言うホテルのコンシャの指示も無視して外へ出た。無論チップは最初に用意の半額しかやらなかった。
そのホテルの前にある、一段とグレードの高いホテルの前で、前日筆者は三人のポリスマンに『ツーリストインフォメーションが何処にあるか?』を尋ねて、その中の一人が『このホテルの二階にある』と言った言葉を覚えていたからだ。
今思うと、このポリスマンは勘違いしていたのだと思う。そのホテルとほぼ同じグレードのホテルに、筆者の探しているツーリストインフォはあったのではないか?。
コンシャは筆者の『えいご』が中々理解できないのか?『卑しくも』ホテルコンシェリジェ、自分に情報を求めず何故ツーリストインフォメーションが必要なのか?理由がわからないからなのか?何度も聞き返し、何故それを問うのか?を問い返してきた。
筆者は『我はこれまで四度LSに来たがその全ては直行便か乗り継ぎの飛行機だが、グレートなネバダの大自然をバスの窓から見たいと願いつつグレイハウンドバスの発着場所の悪評を知り果たす事適わなかった。然るに今回アムトラックが代行バスを走らせていると言う。そこで、そのバスのチケットを買いに行きたいが、そのバスのチケットを手に入れる場所とLS側の発場所を知りたいのだ』と言った。『そんなバスは無い!バスはグレイハウンドだけだ』とコンシャは言う。
『否!あるはずである』と筆者が主張すると、コンシャは電話を取り出しどこかに掛けて話し出した。『さては!筆者の主張を訊いて、アムトラックに電話をかけ、バスの有無や発着場所を問い合わせているのだな?』と大喜びで、チップを用意し始めたところ、突然受話器を渡され、眠そうな日本人通訳の声になった。
筆者のえいごの応対が面倒だったのだろうが、電話の女性通訳は、『そんなバスは無いし、筆者がアムトラック駅と考えているラスベガスユニオン駅周辺も非常に治安の悪いところだから、十一時になれば日本の旅行社がデスクを出すからそこで航空券を頼め』と何度も強調した。
筆者は、日本の旅行社は『金持ち日本人か団体旅行者向きの存在』で、貧乏個人旅行などの便を図るはずが無いと理解しているので、無視し、『航空券ならそこのデスクに頼め』と言うホテルのコンシャの指示も無視して外へ出た。無論チップは最初に用意の半額しかやらなかった。
そのホテルの前にある、一段とグレードの高いホテルの前で、前日筆者は三人のポリスマンに『ツーリストインフォメーションが何処にあるか?』を尋ねて、その中の一人が『このホテルの二階にある』と言った言葉を覚えていたからだ。
今思うと、このポリスマンは勘違いしていたのだと思う。そのホテルとほぼ同じグレードのホテルに、筆者の探しているツーリストインフォはあったのではないか?。
『ホテルコンシャージとツーリストインフォメーション』
ホテル、コンシャージャ(コンシェリジェ)もツーリストインフォメーションも、共にその土地の観光や情報を旅行者にくれる有難い存在だが、決定的違いがある。だが、それについては後で述べたい。
コンシェリジェ(コンシャージャ)は三ツ星以上のホテルに居る。それ以下のホテルだと、フロントが兼ねている場合が多い。
ホテルコンシャージャに始めてお世話になったのは二十年前の全く初めての個人旅行のアメリカ『ザア!と一周』の時、ボストン、ケンブリッジの四つ星ホテルに泊まった時だ。
それまでは、団体のツアー旅行ばかりだった。団体旅行ではコンシャージャは『御呼びでない』添乗員や現地ガイドが必要な情報をくれる。(くれない時もある。ガイドや旅行社の不利益になる情報は来ない。例えばガイドが案内しようとする土産物屋より安くて良いみやげ物のある店なんか教えないし)
当時ボストンシンフォニーの主任指揮者はセイジ、オザワだった。十月はコンサートシーズンだ。
『オザワが指揮するコンサートがボストンシンフォニーであれば聴きに行きたい』という筆者の問いに、コンシャージャは今日はコンサートの指揮するのはオザワだ!と教えてくれ、チケットを買いたいという筆者の希望に、ボストンシンフォニーの所在地までの地理を教えてくれた。
『地下鉄の何線で、何処で乗り換え何ブロック歩いて』と。仮に筆者の身なりがよければ、応えは違っただろうと思う。
今回のラスベガス旅行では、LAXからLSまでの往路は飛行機にしたが、帰路はバスを利用するつもりだった。
ネバダという核実験場も地下に抱えた不毛の大自然など、優しい日本の風景とは全く異なる。その大自然を飛行機で、ちょいと飛び越して行くなど勿体無い。LAとLSの間はバスでも五時間余だから可能ならバス旅行したいが、LAのバスデーボはダウンタウンでも治安の悪いと評判の場所らしい。バスの中にもギャンブルの資金稼ぎの種を探している胡散臭い人間が居ないとも限らないしで、これまでバス移動は諦めていた。
ところが、二年前の旅行案内書には、LAユニオン駅とLSの間にアムトラックが鉄道代行バスを走らせ始めたという記事が出ていた。
LAユニオン付近は治安の悪い場所ではない。グレイハウンドにべると、往復なら二割ぐらい高いかもしれないが、航空券に比べたら未だ安いし、第一景色を堪能できる。
往路は長い日本からのフライトと時差もあるし、五時間以上のバスは大変だが帰路なら共に大丈夫だろう?。一も二もなく、それに決めて往路だけ航空券を用意し、帰りは現地のLSでバスチケットを買うつもりだった。
ただ、出発間際になって一つだけ気がかりな事があった。個人旅行のバイブル?のラスベガス版に、LSまでのルートで、グレイハウンドは出ていたのに、二年前あったユニオン発着バスの便が出ていなかった事。新しいアムトラック鉄道時刻表にも、ベーカーズフィールド経由のバス便が出ていたのに、LA、LS直行便が出ていなかった事だった。
ラスベガス観光局の日本語ガイドで一年前は『ユニオン発バス便がある』と教えてくれたが、それが今は存在していないのか?。改めてラスベガス観光局に、出発間際問いを送ったが返事がなかった。考えてみればイースター休暇に入っていたのだ。
『まあ良い!アムトラックバスの有無も、LA側がユニオンで、LS側の発着場所が何処かも?現地ラスベガスの「ツーリストインフォメーション』で問えば良い!。最悪アムトラックバスが無いなら、航空券を買っても払えない値段はしないだろう。
そう結論して、ロス、ベガス、十一日間の旅に出発したと思いなさい。
コンシェリジェ(コンシャージャ)は三ツ星以上のホテルに居る。それ以下のホテルだと、フロントが兼ねている場合が多い。
ホテルコンシャージャに始めてお世話になったのは二十年前の全く初めての個人旅行のアメリカ『ザア!と一周』の時、ボストン、ケンブリッジの四つ星ホテルに泊まった時だ。
それまでは、団体のツアー旅行ばかりだった。団体旅行ではコンシャージャは『御呼びでない』添乗員や現地ガイドが必要な情報をくれる。(くれない時もある。ガイドや旅行社の不利益になる情報は来ない。例えばガイドが案内しようとする土産物屋より安くて良いみやげ物のある店なんか教えないし)
当時ボストンシンフォニーの主任指揮者はセイジ、オザワだった。十月はコンサートシーズンだ。
『オザワが指揮するコンサートがボストンシンフォニーであれば聴きに行きたい』という筆者の問いに、コンシャージャは今日はコンサートの指揮するのはオザワだ!と教えてくれ、チケットを買いたいという筆者の希望に、ボストンシンフォニーの所在地までの地理を教えてくれた。
『地下鉄の何線で、何処で乗り換え何ブロック歩いて』と。仮に筆者の身なりがよければ、応えは違っただろうと思う。
今回のラスベガス旅行では、LAXからLSまでの往路は飛行機にしたが、帰路はバスを利用するつもりだった。
ネバダという核実験場も地下に抱えた不毛の大自然など、優しい日本の風景とは全く異なる。その大自然を飛行機で、ちょいと飛び越して行くなど勿体無い。LAとLSの間はバスでも五時間余だから可能ならバス旅行したいが、LAのバスデーボはダウンタウンでも治安の悪いと評判の場所らしい。バスの中にもギャンブルの資金稼ぎの種を探している胡散臭い人間が居ないとも限らないしで、これまでバス移動は諦めていた。
ところが、二年前の旅行案内書には、LAユニオン駅とLSの間にアムトラックが鉄道代行バスを走らせ始めたという記事が出ていた。
LAユニオン付近は治安の悪い場所ではない。グレイハウンドにべると、往復なら二割ぐらい高いかもしれないが、航空券に比べたら未だ安いし、第一景色を堪能できる。
往路は長い日本からのフライトと時差もあるし、五時間以上のバスは大変だが帰路なら共に大丈夫だろう?。一も二もなく、それに決めて往路だけ航空券を用意し、帰りは現地のLSでバスチケットを買うつもりだった。
ただ、出発間際になって一つだけ気がかりな事があった。個人旅行のバイブル?のラスベガス版に、LSまでのルートで、グレイハウンドは出ていたのに、二年前あったユニオン発着バスの便が出ていなかった事。新しいアムトラック鉄道時刻表にも、ベーカーズフィールド経由のバス便が出ていたのに、LA、LS直行便が出ていなかった事だった。
ラスベガス観光局の日本語ガイドで一年前は『ユニオン発バス便がある』と教えてくれたが、それが今は存在していないのか?。改めてラスベガス観光局に、出発間際問いを送ったが返事がなかった。考えてみればイースター休暇に入っていたのだ。
『まあ良い!アムトラックバスの有無も、LA側がユニオンで、LS側の発着場所が何処かも?現地ラスベガスの「ツーリストインフォメーション』で問えば良い!。最悪アムトラックバスが無いなら、航空券を買っても払えない値段はしないだろう。
そう結論して、ロス、ベガス、十一日間の旅に出発したと思いなさい。
2012年04月28日
『ホテルに関する補足』その二。
税金アカウントで、際限無く高級ホテル代をジャブジャブ使える政治家や外交官でない限り、大抵の人は『如何にすれば安く泊まれるか?』に腐心する筈だ。(そんな事無い!旅行ぐらい金は惜しまないよ!というあなた、だったら撤退してくださいこのブログから)
ホテルの経営にも事務にも携わった事は無いから(携わったのはベットメイクと風呂掃除)ホテルの営業事情は知らないが、筆者の推測では、ホテルが、普通全室満室は滅多に無いだろうし、その場合利益百パーセント、五十パーセントの部屋が埋って、経費イーブンそこから一割二割りと部屋の稼働率を考えて、七割とかで、最低限の利益が出ると判ると、そこで、ホテル側は一応「ほっとして」一度強気になる。そこで客に提示する値段は正規価格となるが、中々最初から七十とかの最低限の利益が出る程最初から埋る事は無いので、ホテル卸業者?とタイアップして「ギリギリここまでは引いてもいい」額を提示し、それが載るのがネットではないかと思う。だから、ホテルと直接交渉するより、ネットでの設定価格でホテルを決めたほうが安いと思われる。
筆者は何度か、直接当日ホテルに出かけ、値段を交渉した事がある。ギリシャのテッサロニケ、ラスベガス、ロタ島、イスラエルのテルアビブも当日空港のインフォで探した。
だが、当日だからと言って特に安いホテルに巡りあった事は無かった。夜の九時位を過ぎてなら、一割ぐらいの値段のホテルに出会えるかもしれないが、それまで、宿泊先が決まらず、荷物抱えて街は(しかも未知の)うろつけない。
ネットという手段でホテルを探す事が出来るようになったのは、旅行する人には大きな進歩だろう。今ならポートランドどころか、グランドジャンクション、プローボといった地方都市でもホテルを見つける事が簡単に出来る。
最も、それはアメリカに限るかも知れない。先日試みに「やはり存在していた場所」(のブログで書いた)イタリアのチベタベッキアを検索したが、ホテルではやはり「存在しない場所」だった。
ホテルの経営にも事務にも携わった事は無いから(携わったのはベットメイクと風呂掃除)ホテルの営業事情は知らないが、筆者の推測では、ホテルが、普通全室満室は滅多に無いだろうし、その場合利益百パーセント、五十パーセントの部屋が埋って、経費イーブンそこから一割二割りと部屋の稼働率を考えて、七割とかで、最低限の利益が出ると判ると、そこで、ホテル側は一応「ほっとして」一度強気になる。そこで客に提示する値段は正規価格となるが、中々最初から七十とかの最低限の利益が出る程最初から埋る事は無いので、ホテル卸業者?とタイアップして「ギリギリここまでは引いてもいい」額を提示し、それが載るのがネットではないかと思う。だから、ホテルと直接交渉するより、ネットでの設定価格でホテルを決めたほうが安いと思われる。
筆者は何度か、直接当日ホテルに出かけ、値段を交渉した事がある。ギリシャのテッサロニケ、ラスベガス、ロタ島、イスラエルのテルアビブも当日空港のインフォで探した。
だが、当日だからと言って特に安いホテルに巡りあった事は無かった。夜の九時位を過ぎてなら、一割ぐらいの値段のホテルに出会えるかもしれないが、それまで、宿泊先が決まらず、荷物抱えて街は(しかも未知の)うろつけない。
ネットという手段でホテルを探す事が出来るようになったのは、旅行する人には大きな進歩だろう。今ならポートランドどころか、グランドジャンクション、プローボといった地方都市でもホテルを見つける事が簡単に出来る。
最も、それはアメリカに限るかも知れない。先日試みに「やはり存在していた場所」(のブログで書いた)イタリアのチベタベッキアを検索したが、ホテルではやはり「存在しない場所」だった。
『ホテルについての補足』
『地球の歩き方』という海外個人旅行する人たちの為のバイブル的旅行案内書がある。(団体旅行の人でも持って居る事がある。ご苦労な事だ。団体では行き先は選べない。それに時々間違いもある)このこのガイドブックの最終ページ辺りに、以前は『海外ホテルへの宿泊申込書』の英語のフォーマットが載っていた。ホテル到着日や出発日自分の名前を書いて(数字、アルファベットで)ホテルに輸送すればホテル申し込みになる便利な用紙で、筆者も参考にさせて頂いたが、つい最近同書の最終ページ辺りを見ると、それが無いのに気づいた。(最も各ページ克明に調べたわけではないが)
以前は、日本で予約できるホテルは限られていて、それ以外は自分で輸送か電話で予約するしかなかった。
筆者なども、イタリアの「ラ、スペッツア」アトランタ郊外のプランテーションハウスのB&B、北欧の「グトバンゲン」など苦労して「えいご」の手紙を出した覚えがある。(筆者は味も素っ気も無いホテル予約フォーマットではなく、当方が老母連れのミドルエイジェドウーマンであり、何処何処からどこへの旅行でそちらに立ち寄りたい」という希望の手紙を添えた。(アトランタでは、過去、ジョンストン将軍だかリー将軍だかが南北戦争の際『アトランタなら永遠に持ちこたえられる』といった地を見たい。とも書いた。同将軍は撤退ばかりするので解任され代わったフット将軍はアトランタでも持ちこたえられず南北戦争は結局南軍の負けだが、たった一泊しかしないプランテーションハウスのB&B
では断られるといけないので、南部人の魂を揺さぶる手紙も必要だと思ったのだ。その手紙の効果はありましたよ。これ余談)
だが、今はホテル予約はネットにとって変わられ、誰も輸送の「ホテル予約書」など必要としないので、「地球の、、、」から同予約フォーマットは消えたのではなかろうか?。
ホテル予約には幾つか方法がある。先ず第一に日本で予約していく。これはネット予約の無い時代は限られた地域以外になると損した。
二十年前初めてのアメリカ個人旅行の際は、デルタ航空のゲート都市のポートランドのホテルさえそうだった。
当時の一ドルも百円前後で、筆者は一万五百円を払ったのに、窓のないドライブインの一室で、精々50ドルがいい所。後に判明したのは、日本の旅行社がカリフォルニアの社に依頼し、そこがポートランドの会社に依頼しと三重の手数料が掛かったのだ。
* 続きは後で。(無駄話が多いから伸びる)
以前は、日本で予約できるホテルは限られていて、それ以外は自分で輸送か電話で予約するしかなかった。
筆者なども、イタリアの「ラ、スペッツア」アトランタ郊外のプランテーションハウスのB&B、北欧の「グトバンゲン」など苦労して「えいご」の手紙を出した覚えがある。(筆者は味も素っ気も無いホテル予約フォーマットではなく、当方が老母連れのミドルエイジェドウーマンであり、何処何処からどこへの旅行でそちらに立ち寄りたい」という希望の手紙を添えた。(アトランタでは、過去、ジョンストン将軍だかリー将軍だかが南北戦争の際『アトランタなら永遠に持ちこたえられる』といった地を見たい。とも書いた。同将軍は撤退ばかりするので解任され代わったフット将軍はアトランタでも持ちこたえられず南北戦争は結局南軍の負けだが、たった一泊しかしないプランテーションハウスのB&B
では断られるといけないので、南部人の魂を揺さぶる手紙も必要だと思ったのだ。その手紙の効果はありましたよ。これ余談)
だが、今はホテル予約はネットにとって変わられ、誰も輸送の「ホテル予約書」など必要としないので、「地球の、、、」から同予約フォーマットは消えたのではなかろうか?。
ホテル予約には幾つか方法がある。先ず第一に日本で予約していく。これはネット予約の無い時代は限られた地域以外になると損した。
二十年前初めてのアメリカ個人旅行の際は、デルタ航空のゲート都市のポートランドのホテルさえそうだった。
当時の一ドルも百円前後で、筆者は一万五百円を払ったのに、窓のないドライブインの一室で、精々50ドルがいい所。後に判明したのは、日本の旅行社がカリフォルニアの社に依頼し、そこがポートランドの会社に依頼しと三重の手数料が掛かったのだ。
* 続きは後で。(無駄話が多いから伸びる)
2012年04月27日
『老人誕生旅行顛末』その三(ホテル)の3。
「アメリカ経済は絶不調で、典型的な娯楽地ラスベガスでも従業員の大量解雇者を出した」という記事を読んだのは半年か一年前か?。その影響なんだろうな?。というのが、ホテルフラミンゴ到着早々の事だ。
到着時間は午後の五時頃、ホテルのチェックイン時間最中だろうに、フロントには業務を行う係員が三人ぐらいしか居ない。他に数人の出入りはあるのだが、ローマのテルミニ駅窓口ご同様に、出入りしているだけで、客が多数並んでいても知らん顔なのだ。
「私は今日、LAXからここに来た。でもLAXから、ここまで来る時間と、ここのチェックインで待たされている時間と同じぐらいだわ」
筆者が退屈紛れに話掛けた同じチェックインを待つ客の全てが「その通り」というように同意した。(ちなみに、その客の中には日本人は一人も居なかった。日系人の熟年夫婦の他のアジア人は韓国、マレーシアだった。フラミンゴは日本人の客の多かったホテルらしいが、今は日本語通訳も居ない)
この状態はチェックアウトも同じで、LSからLA移動の飛行機の待ち時間の長さを危惧していたのに、どっこい!ギリギリ?二時間前の空港到着となった。
ホテルフラミンゴはチェックイン、アウトに時間が取られたとはいえ、前にも言ったように、ラスベガスの中心にあって、ストリップなら、何処でも徒歩で行ける便利さがあり、日本食のレストランもあり、他にブッフェの他安価な食事も出来るフードコートもありで、筆者の部屋は夜景は無いが、緑豊かなガーデンビューで、それなりに悪くは無かったが空調の加減か、当時の西海岸の天候のせいか、寒いのには恐れ入った。
空調の温度を上げるとゴーゴーたる騒音になる。幸いキングサイズのベット毛布もキングサイズだから毛布を二つ折りにして掛け、ルームメードチップと一緒に「部屋が寒すぎる」というメモを残したが改善されなかった。
筆者は過去ルームメードの経験もある。(泥棒と売春以外の肉体労働は全てやったとは過去に述べた)その折、同じような客にはベットメイクの際、毛布を二枚重ねにしたが、ここではその配慮されない。(後にパサディナの宿のメイドがヒスパニックで英語が判らないといわれたが、このホテルでもそうだったのか?だとしても、二つ折り毛布をかけているのを見れば判りそうなものを、確り、一枚毛布に直してベットメイクしているんだ)ホテルキーパーとかに訴えれば部屋を換えるとかの処置をしてくれたと今は思い返すが、当時は時差で疲れているしで、そこまで気がつかなかった。
不愉快な経験もしたが、さすが。上に立つ人は違うのだろう。フロントに立って従業員に何かと指図している、白髪上品な白人の「見るから偉そうな」男性は親切で、手紙を出したいが封筒が無いと言うと、すぐさま事務所から持ってきてくれて、翌日「前日はありがとう」と述べると「どういたしまして」とにっこり恭しく「マーム(奥様)」と返事をくれるので、機嫌がよくなった。
フラミンゴでは、ルーレットで75ドル以上儲けた?し、プラスマイナスでプラスのほうが,筆者の場合多かったから、今度泊まるのも良いかな?と考えたが果たしてあなたはどうかな?。
とにかく、だが、「名門ホテルの落日」が何となく伺えるというのは穿ち過ぎか?。
フラミンゴの五日間の後に最後の宿、LAのパサディナとなる。ここの宿の経営は日本人で。(「日本人の経営する宿は海外にもある」で紹介した本の中に出てきた「パサディナ、グリーンプラザ」の後身で、当初はLSからLAユニオン駅までバス移動で、ユニオンからはメトロ、その後最寄のメトロ駅まで経営者の側が迎えにきてくれるとの事だったが(事務時間の五時までに到着する筈だったので)急遽飛行機になり、それも遅れた事で、結局六時過ぎで、駅の迎えは無くドアTOドアシャトルという事になった。
だが、ここでの滞在も前日山側に雪が降ったとかで、その八年前二月から四月まで滞在した時期より遅いのに寒さに悩まされ、毛布ならぬ掛け布団?二枚重ねで寝る羽目になったが、近くのスーパーで購入した食材で料理したり、余ったのを「AS YOU LIKE」宜しければどうぞと残しておいた皿を早速取り上げ、若いアジア系の女の子が「アイアム、ラッキー」と大喜びで食べてくれたり、ロシア人の娘さんが、九十何歳かのお祖母ちゃんのお祝いか不幸か不明ながら(筆者のえいごじゃ)タオルや石鹸チョコレートを貰い、お返しに「明日はここを離れるので」と、筆者が差し上げたコーヒーやパン、オリーブ油を使って!というのを「サンキュウ」と感謝されたり、普通の旅行では味わえない経験が出来て、次も利用したいと思う宿だった。
到着時間は午後の五時頃、ホテルのチェックイン時間最中だろうに、フロントには業務を行う係員が三人ぐらいしか居ない。他に数人の出入りはあるのだが、ローマのテルミニ駅窓口ご同様に、出入りしているだけで、客が多数並んでいても知らん顔なのだ。
「私は今日、LAXからここに来た。でもLAXから、ここまで来る時間と、ここのチェックインで待たされている時間と同じぐらいだわ」
筆者が退屈紛れに話掛けた同じチェックインを待つ客の全てが「その通り」というように同意した。(ちなみに、その客の中には日本人は一人も居なかった。日系人の熟年夫婦の他のアジア人は韓国、マレーシアだった。フラミンゴは日本人の客の多かったホテルらしいが、今は日本語通訳も居ない)
この状態はチェックアウトも同じで、LSからLA移動の飛行機の待ち時間の長さを危惧していたのに、どっこい!ギリギリ?二時間前の空港到着となった。
ホテルフラミンゴはチェックイン、アウトに時間が取られたとはいえ、前にも言ったように、ラスベガスの中心にあって、ストリップなら、何処でも徒歩で行ける便利さがあり、日本食のレストランもあり、他にブッフェの他安価な食事も出来るフードコートもありで、筆者の部屋は夜景は無いが、緑豊かなガーデンビューで、それなりに悪くは無かったが空調の加減か、当時の西海岸の天候のせいか、寒いのには恐れ入った。
空調の温度を上げるとゴーゴーたる騒音になる。幸いキングサイズのベット毛布もキングサイズだから毛布を二つ折りにして掛け、ルームメードチップと一緒に「部屋が寒すぎる」というメモを残したが改善されなかった。
筆者は過去ルームメードの経験もある。(泥棒と売春以外の肉体労働は全てやったとは過去に述べた)その折、同じような客にはベットメイクの際、毛布を二枚重ねにしたが、ここではその配慮されない。(後にパサディナの宿のメイドがヒスパニックで英語が判らないといわれたが、このホテルでもそうだったのか?だとしても、二つ折り毛布をかけているのを見れば判りそうなものを、確り、一枚毛布に直してベットメイクしているんだ)ホテルキーパーとかに訴えれば部屋を換えるとかの処置をしてくれたと今は思い返すが、当時は時差で疲れているしで、そこまで気がつかなかった。
不愉快な経験もしたが、さすが。上に立つ人は違うのだろう。フロントに立って従業員に何かと指図している、白髪上品な白人の「見るから偉そうな」男性は親切で、手紙を出したいが封筒が無いと言うと、すぐさま事務所から持ってきてくれて、翌日「前日はありがとう」と述べると「どういたしまして」とにっこり恭しく「マーム(奥様)」と返事をくれるので、機嫌がよくなった。
フラミンゴでは、ルーレットで75ドル以上儲けた?し、プラスマイナスでプラスのほうが,筆者の場合多かったから、今度泊まるのも良いかな?と考えたが果たしてあなたはどうかな?。
とにかく、だが、「名門ホテルの落日」が何となく伺えるというのは穿ち過ぎか?。
フラミンゴの五日間の後に最後の宿、LAのパサディナとなる。ここの宿の経営は日本人で。(「日本人の経営する宿は海外にもある」で紹介した本の中に出てきた「パサディナ、グリーンプラザ」の後身で、当初はLSからLAユニオン駅までバス移動で、ユニオンからはメトロ、その後最寄のメトロ駅まで経営者の側が迎えにきてくれるとの事だったが(事務時間の五時までに到着する筈だったので)急遽飛行機になり、それも遅れた事で、結局六時過ぎで、駅の迎えは無くドアTOドアシャトルという事になった。
だが、ここでの滞在も前日山側に雪が降ったとかで、その八年前二月から四月まで滞在した時期より遅いのに寒さに悩まされ、毛布ならぬ掛け布団?二枚重ねで寝る羽目になったが、近くのスーパーで購入した食材で料理したり、余ったのを「AS YOU LIKE」宜しければどうぞと残しておいた皿を早速取り上げ、若いアジア系の女の子が「アイアム、ラッキー」と大喜びで食べてくれたり、ロシア人の娘さんが、九十何歳かのお祖母ちゃんのお祝いか不幸か不明ながら(筆者のえいごじゃ)タオルや石鹸チョコレートを貰い、お返しに「明日はここを離れるので」と、筆者が差し上げたコーヒーやパン、オリーブ油を使って!というのを「サンキュウ」と感謝されたり、普通の旅行では味わえない経験が出来て、次も利用したいと思う宿だった。
『老人誕生旅行顛末』その三(ホテル)の2。
ホテルについてもう少し続ける。今回の旅行の宿について、「次も同じ宿を取りたいか?』と聞かれたら応えは、一応「YES」となる。(一応というのは、筆者の経済状況が改善されない限りだ)
従って、筆者より遥かに経済的に恵まれている人には参考にならないので、その点をお断りしておくが、例え筆者より貯金や年金が豊富でも、「なるべく節約を」という方はご参考までに。
最初に宿泊したのはLAX近くの、アメリカンベストバリューインLAXという宿屋で、(INNは宿屋)エレベーターや其処ここに古いホテル独特の刺激臭(おしっこと汗の臭い)はあったが、部屋やバスルームはそれなりに清潔で、コーヒーセットの外に冷蔵庫と電子レンジが備えられていた。
しかも、「INN」の場合多くはシャワーだが、ここには狭いがバスタブもあった。冷蔵庫や電子レンジの存在はありがたい。外で購入してきた食品を簡単調理出来るし飲み物も冷やせる。
例えば筆者は翌日リトル東京の日本食レストランで前日持ち帰りした野菜天麩羅ご飯などを温めて朝食にした。
同ホテルは一応、「コンチネンタルブレックファースト付き」というのが実は「売り?」で、しかも、一泊五千円を切る値段に惹かれて二泊(六日、七日)したが、この「コンチネンタル朝食」というのは、文字通りパン(ペストリー菓子パン)とコーヒーとジュースぐらい。甘いものが欲しくない人(筆者)には朝食にはならなかった。到着時点で「安く利用できる」というホテルのシャトル(十ドルプラスチップ)を求めウロウロしたが、何の事ない、地下鉄駅から交差点も信号も渡らず逆L字型に移動するだけで、宿に行けて、しかも一ドル半(シニア料金だと50セントらしい)で一駅、そこから、空港の各ターミナルに行く空港シャトルが無料という便利さで、七日出発時はでかいスーツケースを、ゴロゴロ引きながら駅に行きメトロ、シャトルと乗り継いで、十ドルがとこ節約した。
この宿を利用した人の書き込みでは、「夜は治安が悪いかも知れない」とあったが、付近はヒスパニックや黒人の住居が多いので出た感想だと思うが、筆者は大型スーツケースを引いていく「老婦人(筆者)」でも昼間だが危険ではないと判断した。
二つの理由である。付近ではヒスパニックや黒人の居住者達が「ワンちゃんを散歩させていた」生活苦に喘ぐ人間の多い地域で犬は飼わない。それと、メトロの付近にフォーマルドレス(タキシード、花嫁衣裳)の店があった事からだ。
そんな「余計な衣料」を買える人種が住む地域が危険とは思わない。黒人やメキシカンというと「治安が悪い」というのは短絡的な見方だろう。
ご夫婦で少なくとも日の高い時分に移動するなら便利なホテルではある。但し、リトル東京まで食料の買出しに行くとなると一日掛かりだ。地下鉄を三回ぐらい乗り継ぐ必要が在るから。
一つの注意点だが、空港シャトルを利用する人は必ず地下鉄の切符を提示する必要があるので、これを購入する事。
メトロは一応乗り降り自由で、切符を持っていないと多額の罰金だそうだが、そのせいか、筆者の見るところ「薩摩守(ただ乗り)」は見かけなかったが、旅行者らしいアジア人の若いカップルがシャトルの運転手に乗車券提示を求められ、出せないで乗車拒否されてました。
従って、筆者より遥かに経済的に恵まれている人には参考にならないので、その点をお断りしておくが、例え筆者より貯金や年金が豊富でも、「なるべく節約を」という方はご参考までに。
最初に宿泊したのはLAX近くの、アメリカンベストバリューインLAXという宿屋で、(INNは宿屋)エレベーターや其処ここに古いホテル独特の刺激臭(おしっこと汗の臭い)はあったが、部屋やバスルームはそれなりに清潔で、コーヒーセットの外に冷蔵庫と電子レンジが備えられていた。
しかも、「INN」の場合多くはシャワーだが、ここには狭いがバスタブもあった。冷蔵庫や電子レンジの存在はありがたい。外で購入してきた食品を簡単調理出来るし飲み物も冷やせる。
例えば筆者は翌日リトル東京の日本食レストランで前日持ち帰りした野菜天麩羅ご飯などを温めて朝食にした。
同ホテルは一応、「コンチネンタルブレックファースト付き」というのが実は「売り?」で、しかも、一泊五千円を切る値段に惹かれて二泊(六日、七日)したが、この「コンチネンタル朝食」というのは、文字通りパン(ペストリー菓子パン)とコーヒーとジュースぐらい。甘いものが欲しくない人(筆者)には朝食にはならなかった。到着時点で「安く利用できる」というホテルのシャトル(十ドルプラスチップ)を求めウロウロしたが、何の事ない、地下鉄駅から交差点も信号も渡らず逆L字型に移動するだけで、宿に行けて、しかも一ドル半(シニア料金だと50セントらしい)で一駅、そこから、空港の各ターミナルに行く空港シャトルが無料という便利さで、七日出発時はでかいスーツケースを、ゴロゴロ引きながら駅に行きメトロ、シャトルと乗り継いで、十ドルがとこ節約した。
この宿を利用した人の書き込みでは、「夜は治安が悪いかも知れない」とあったが、付近はヒスパニックや黒人の住居が多いので出た感想だと思うが、筆者は大型スーツケースを引いていく「老婦人(筆者)」でも昼間だが危険ではないと判断した。
二つの理由である。付近ではヒスパニックや黒人の居住者達が「ワンちゃんを散歩させていた」生活苦に喘ぐ人間の多い地域で犬は飼わない。それと、メトロの付近にフォーマルドレス(タキシード、花嫁衣裳)の店があった事からだ。
そんな「余計な衣料」を買える人種が住む地域が危険とは思わない。黒人やメキシカンというと「治安が悪い」というのは短絡的な見方だろう。
ご夫婦で少なくとも日の高い時分に移動するなら便利なホテルではある。但し、リトル東京まで食料の買出しに行くとなると一日掛かりだ。地下鉄を三回ぐらい乗り継ぐ必要が在るから。
一つの注意点だが、空港シャトルを利用する人は必ず地下鉄の切符を提示する必要があるので、これを購入する事。
メトロは一応乗り降り自由で、切符を持っていないと多額の罰金だそうだが、そのせいか、筆者の見るところ「薩摩守(ただ乗り)」は見かけなかったが、旅行者らしいアジア人の若いカップルがシャトルの運転手に乗車券提示を求められ、出せないで乗車拒否されてました。
『老人誕生旅行顛末』その三。(ホテル)
スイスのサン、モリッツには名前を忘れたが、ヨーロッパでも有名な高級ホテルがあって、毎年ヨーロッパ各地から決まって避暑に訪れる貴族階級や大富豪の為に、そのホテル食堂(レストラン)は指定席というのが用意されて居て、その席は長年の『御馴染み実績』や客の『格』で厳然と決まって居て、例え少しばかり金を積んでも換えてくれないとかだが、他にも欧米の名門ホテルには同じような『客の格』で扱いが違うホテルは存在するようだ。
日本円高で、初めて一ドルが百円を切った当時は今と違って日本は好景気で、当時盛んに『ヨーロッパ一周15日間』というような団体ツアーが組まれ、その中には、往復の飛行機はファーストクラス、サンモリッツや、他の地域でも名門ホテル『何タラ』に宿泊する。というようなのもあって、日本の成金は嬉々としてこれらの『名門ホテル』の客となって『得々』としていたらしいが、何の事ない『その他大勢の雑魚扱い』されていたとは『ご存知あるメエ』。
名門ホテルの従業員は客を見る。(どのホテルもだが)団体旅行する客は所詮『雑魚』だと思っている。例え全身をブランド衣装と宝石で固めていても、振る舞いが追いつかないから。
本来の「アリストクラシイ」(面倒だ辞書を引かない「貴族階級」というべきか)なら、当然母国語の他の一ヶ国語ぐらい話せる。本人ではない。勿論本人もだが、そういう秘書なり召使を伴っているから団体の旅行はしないのだ。
筆者は負け惜しみで無く、「慇懃無礼」な扱いされるに決まって居る階層の出だから、仮に筆者の著書が売れに売れて(そんな事無いって!)高収入を得るようになっても、ホテルの格を「超高級」に上げたいとは思わない。精々ファーストクラスで結構である。
(最も、「三井の創業者でも木綿を着た」という超平等社会の日本で、本物の「貴族の振る舞い」が出来るのは「お公家さん外交官」ぐらいなものだろう)。
今回の「老人誕生旅行」では、三箇所に宿を取った。最初に成田から到着したLAでは、次の移動もLAX(ロス空港)からだから、その付近のホテルにした。
ラスベガスでは、かねてから最も著名なホテル「フラミンゴ」に泊まるのが、筆者の「超高級ホテルは無用」主義?からいうと夢だった。
フラミンゴはラスベガス誕生草分けの伝統ホテルで、昔のプレスリー映画「ラスベガス万歳!」に登場し、相手役のアン、マーグレットが素晴らしい肢体を見せた大型プールのあるホテルでもあるのだが、今は後発のホテルに客や名声を奪われ、四つ星から三ツ星半に落ちているが、それでも安い時期でも八十ドル以上はするので、ホテル代を七千円ぐらいに収めていた筆者にはイマイチ手の届かないホテルだったが、今回のドル安で、週末は跳ね上がっても五泊トータルで三万二千円弱という値段だったので、漸く手に入れた。(フラミンゴのよい所は、ここを中心にしてラスベガスが発展したというだけに、ストリップという中心地点の更に真ん中にあり、移動に便利だという事で、悪い点は後に)
ラスベガスから移動し、帰国の地点となるLAでは、パサディナというLA郊外の住宅地にある、ホテルというよりプライベートハウスの一間を借りた。
このプライベートハウスはトイレと台所が共有だが、部屋は新しいらしく綺麗で、冷蔵庫があり、更に歩いて五分も掛からない地点に大型スーパーやレストランの集中した一角がある。更に地下鉄のゴールドラインというリトル東京と直通で行ける路線の駅から徒歩で足の早い人なら15分遅い人でも25分なら行ける便利な場所で、一泊40ドルという値段も手ごろだし、お勧めです。(難点はLAXから遠いという事。タクシーなら百ドル近く掛かりそうだし、ドアTOドアシャトルだと30ドルだが二時間ぐらい掛かる。日本からの長時間フライトの後ではきつい)
日本円高で、初めて一ドルが百円を切った当時は今と違って日本は好景気で、当時盛んに『ヨーロッパ一周15日間』というような団体ツアーが組まれ、その中には、往復の飛行機はファーストクラス、サンモリッツや、他の地域でも名門ホテル『何タラ』に宿泊する。というようなのもあって、日本の成金は嬉々としてこれらの『名門ホテル』の客となって『得々』としていたらしいが、何の事ない『その他大勢の雑魚扱い』されていたとは『ご存知あるメエ』。
名門ホテルの従業員は客を見る。(どのホテルもだが)団体旅行する客は所詮『雑魚』だと思っている。例え全身をブランド衣装と宝石で固めていても、振る舞いが追いつかないから。
本来の「アリストクラシイ」(面倒だ辞書を引かない「貴族階級」というべきか)なら、当然母国語の他の一ヶ国語ぐらい話せる。本人ではない。勿論本人もだが、そういう秘書なり召使を伴っているから団体の旅行はしないのだ。
筆者は負け惜しみで無く、「慇懃無礼」な扱いされるに決まって居る階層の出だから、仮に筆者の著書が売れに売れて(そんな事無いって!)高収入を得るようになっても、ホテルの格を「超高級」に上げたいとは思わない。精々ファーストクラスで結構である。
(最も、「三井の創業者でも木綿を着た」という超平等社会の日本で、本物の「貴族の振る舞い」が出来るのは「お公家さん外交官」ぐらいなものだろう)。
今回の「老人誕生旅行」では、三箇所に宿を取った。最初に成田から到着したLAでは、次の移動もLAX(ロス空港)からだから、その付近のホテルにした。
ラスベガスでは、かねてから最も著名なホテル「フラミンゴ」に泊まるのが、筆者の「超高級ホテルは無用」主義?からいうと夢だった。
フラミンゴはラスベガス誕生草分けの伝統ホテルで、昔のプレスリー映画「ラスベガス万歳!」に登場し、相手役のアン、マーグレットが素晴らしい肢体を見せた大型プールのあるホテルでもあるのだが、今は後発のホテルに客や名声を奪われ、四つ星から三ツ星半に落ちているが、それでも安い時期でも八十ドル以上はするので、ホテル代を七千円ぐらいに収めていた筆者にはイマイチ手の届かないホテルだったが、今回のドル安で、週末は跳ね上がっても五泊トータルで三万二千円弱という値段だったので、漸く手に入れた。(フラミンゴのよい所は、ここを中心にしてラスベガスが発展したというだけに、ストリップという中心地点の更に真ん中にあり、移動に便利だという事で、悪い点は後に)
ラスベガスから移動し、帰国の地点となるLAでは、パサディナというLA郊外の住宅地にある、ホテルというよりプライベートハウスの一間を借りた。
このプライベートハウスはトイレと台所が共有だが、部屋は新しいらしく綺麗で、冷蔵庫があり、更に歩いて五分も掛からない地点に大型スーパーやレストランの集中した一角がある。更に地下鉄のゴールドラインというリトル東京と直通で行ける路線の駅から徒歩で足の早い人なら15分遅い人でも25分なら行ける便利な場所で、一泊40ドルという値段も手ごろだし、お勧めです。(難点はLAXから遠いという事。タクシーなら百ドル近く掛かりそうだし、ドアTOドアシャトルだと30ドルだが二時間ぐらい掛かる。日本からの長時間フライトの後ではきつい)
2012年04月26日
『老人誕生旅行顛末』その二(移動する)の3。
結局、今回はアムトラックの旅は諦めよう。日程を短縮すれば三千五百ドルぐらいは残る。今度またアメリカ旅行すれば良い。どうせ、カリフォルニアゼファーに乗るならグランドジャンクションまでなんてけちな事をいわないで、始発のシカゴに行こう。シカゴは今だ行って無いし、ヨーロッパにある古代、中世の建築物と違って、シカゴには近代アメリカ建築物の粋を集めた建築物が多く存在しているようだし、建造物は美術品絵画と異なり日本では見られないから、現地に行くのに限る。親友も(亡くなったご主人には悪いが)未亡人になった事だし、再婚する木は無いようだし(だってあんな良い男他には居ないわよ!ハンサムだし(長身)悪い道楽は無いし優しいし。ホントご馳走さん)だから、長期旅行でも荷物の番をしてくれる同行者ぐらい次はできるだろう?。
だが、夫を失った親友は退嬰的になり、海外旅行より、今や「終の棲家」の老人ホーム入居の金を貯める事しか考えていないようだが、後三年ぐらいすればこれも変わるだろう?。
今回はラスベガスで「老人誕生日」を派手に祝い。其処からソルトレイク市バス往復して、LSからLAに戻り帰国する。十四日の日程を決めてネットで航空券を本格的に探したのは三月始めのことで、未だ思わしい安いのは無い。
旅行社のサイトに安いのがあるので、でかけてみた。ネットで購入した航空券に問題があってもそこに「怒鳴り込む」のは不可能だが、店舗があれば可能だし、一万ぐらいの差なら保険だと?思えば。
その旅行社では、三月下旬から新たに就航を始めたマレーシア航空ならLA成田間6万円台の航空券があるが、十日間だという。でなけければLAまでなら8万円台LSを含めると9万円台。高い!。
「やはりネットにするか?」だがこの時点で劇的変化?が起こった。かねてから、このブログ
「英語の出来ない熟年が書いた海外個人旅行の『えいご』の本」を出版しようと考え果たせないで、「電子出版なら」と考えてもPC苦手の筆者はその出版社の要求するフォーマットが判らず(出来ず)諦めていたのに「シニアNGO」にパソコン技術者に派遣があると知れたのだ。
なら、ソルトレイク市の四日は省いて良い。(地方都市プローボは見たかったが、それは今度だ)マレーシア航空の六万円台は魅力だ。急いで旅行社に駆け込んで「前回のマレーシア航空の六万円の航空券!」というと、「その空席はあるが(一杯ありました)今は(十日前ぐらい)八万円台になって居るという。「航空券は日によっても時間によっても値段が変わるんですよ!」
頓狂大ぐらい出ていそうな、小生意気な若造がせせら笑うように行ったので購入を止めた。やはりネット化?。ラスベガスのホテル五日は既に料金を払い込んでいるが六日前までならキャンセルが利くはず。だが「老人誕生日をラスベガスで迎えたい」航空券を購入したい。
筆者は考えた。十日前というのは航空会社が、最低限の乗客を確保した時点だと、一応強気になり航空券を高く設定する。その後、客足が伸びれば、高い設定は先に行って高いままだし、客足の伸びない航空会社は直前で航空券値段を再び落とす。
これは筆者のあくまでの推察で、間違いで、その後値段は上がり続けるかもしれない。どっちだ?。
ここに至って筆者は易占を行った。「地雷復」元に戻る可能性があり易経の原点には三日で戻るという。筆者の占いが間違いで、出発予定の凡そ一週間前まで待って、逆に高額になっていたら?。仮に十一万までは諦めて出す。以下ならホテルも予約した事だし、行く。だが、十一万以上なら(十一万というのは今回ドルでなく日本円で用意の旅行予定費だ)ホテルをキャンセル、「青春十八」で国内温泉めぐりでもしよう(ドルは残るし貧乏旅行なら国内は一週間ぐらいいけるかも)
そう決心し、「三日後に戻る」というその日に近くの旅行社は休みのこととて、わざわざ新宿まで出かけた。正解でした。六万円には戻らなかったが七万円台。LAからLSの片道航空券を入れても八万円半ばで済みました。
片道航空券だったのは、LSからLAまでの帰路は治安の悪いダウンタウンでなく、LAユニオン駅とLSを結んだアムトラック代行バスが走っていて、料金も55ドルと手ごろだったからです。
飛行機では見られない、雄大なネバダ(何しろ地下に核実験場があるんだから雄大に違いない)その大地を間近に見られる六時間弱の旅は金額以上に魅力です。
だが、後に、このバス旅は「夢と消えました」。
だが、夫を失った親友は退嬰的になり、海外旅行より、今や「終の棲家」の老人ホーム入居の金を貯める事しか考えていないようだが、後三年ぐらいすればこれも変わるだろう?。
今回はラスベガスで「老人誕生日」を派手に祝い。其処からソルトレイク市バス往復して、LSからLAに戻り帰国する。十四日の日程を決めてネットで航空券を本格的に探したのは三月始めのことで、未だ思わしい安いのは無い。
旅行社のサイトに安いのがあるので、でかけてみた。ネットで購入した航空券に問題があってもそこに「怒鳴り込む」のは不可能だが、店舗があれば可能だし、一万ぐらいの差なら保険だと?思えば。
その旅行社では、三月下旬から新たに就航を始めたマレーシア航空ならLA成田間6万円台の航空券があるが、十日間だという。でなけければLAまでなら8万円台LSを含めると9万円台。高い!。
「やはりネットにするか?」だがこの時点で劇的変化?が起こった。かねてから、このブログ
「英語の出来ない熟年が書いた海外個人旅行の『えいご』の本」を出版しようと考え果たせないで、「電子出版なら」と考えてもPC苦手の筆者はその出版社の要求するフォーマットが判らず(出来ず)諦めていたのに「シニアNGO」にパソコン技術者に派遣があると知れたのだ。
なら、ソルトレイク市の四日は省いて良い。(地方都市プローボは見たかったが、それは今度だ)マレーシア航空の六万円台は魅力だ。急いで旅行社に駆け込んで「前回のマレーシア航空の六万円の航空券!」というと、「その空席はあるが(一杯ありました)今は(十日前ぐらい)八万円台になって居るという。「航空券は日によっても時間によっても値段が変わるんですよ!」
頓狂大ぐらい出ていそうな、小生意気な若造がせせら笑うように行ったので購入を止めた。やはりネット化?。ラスベガスのホテル五日は既に料金を払い込んでいるが六日前までならキャンセルが利くはず。だが「老人誕生日をラスベガスで迎えたい」航空券を購入したい。
筆者は考えた。十日前というのは航空会社が、最低限の乗客を確保した時点だと、一応強気になり航空券を高く設定する。その後、客足が伸びれば、高い設定は先に行って高いままだし、客足の伸びない航空会社は直前で航空券値段を再び落とす。
これは筆者のあくまでの推察で、間違いで、その後値段は上がり続けるかもしれない。どっちだ?。
ここに至って筆者は易占を行った。「地雷復」元に戻る可能性があり易経の原点には三日で戻るという。筆者の占いが間違いで、出発予定の凡そ一週間前まで待って、逆に高額になっていたら?。仮に十一万までは諦めて出す。以下ならホテルも予約した事だし、行く。だが、十一万以上なら(十一万というのは今回ドルでなく日本円で用意の旅行予定費だ)ホテルをキャンセル、「青春十八」で国内温泉めぐりでもしよう(ドルは残るし貧乏旅行なら国内は一週間ぐらいいけるかも)
そう決心し、「三日後に戻る」というその日に近くの旅行社は休みのこととて、わざわざ新宿まで出かけた。正解でした。六万円には戻らなかったが七万円台。LAからLSの片道航空券を入れても八万円半ばで済みました。
片道航空券だったのは、LSからLAまでの帰路は治安の悪いダウンタウンでなく、LAユニオン駅とLSを結んだアムトラック代行バスが走っていて、料金も55ドルと手ごろだったからです。
飛行機では見られない、雄大なネバダ(何しろ地下に核実験場があるんだから雄大に違いない)その大地を間近に見られる六時間弱の旅は金額以上に魅力です。
だが、後に、このバス旅は「夢と消えました」。
2012年04月25日
『老人誕生旅行顛末』その二(移動する)の2。
無論、ホテルのチェックアウトを、出発寸前まで伸ばすという手はあるが、この場合延長料金が一泊分掛かる。泊まらないホテル代を払うのは勿体無いし、第一ソルトレイクシティのホテル代は地方都市だが安くは無い。まともなホテルに泊まるなら6千円前後は覚悟しなくてはならないのに半泊では。
ところで、筆者が亡母と『デザートウインド』に乗車した当時はソルトレイク市着発はほぼ、上り下りとも真夜中12時前後だったが、その後デザートウインドは無くなり、他にここで切り離しになる列車も無くなったようだ。着発時間は変わったかもしれない?。
急いで、只で取り寄せられるアムトラックの時刻表をネット利用で取り寄せた二年前の時点で、確かに時間が変わって居た。下り?はほぼ同時刻の11時半なのに、グランドジャンクションつまりシカゴ方面に行く列車は早朝の四時半頃なのだ。寧ろもっと悪い。(12時前後なら人の出入りもあるだろうが四時半など牛乳配達でもどうか?)では、ソルトレイク市を外して前後の都市はどうだ?!。
アムトラックの駅は間隔が長いからかなりの時間の差がある。しかも、なんとなんと、ラスベガスからソルトレイク市に行くバスは、その寸前にプローボという街に止まるが、このプローボはアムトラックだと何とソルトレイク市を出た後の停車駅なのだ。
バスだと前に止まるのに列車だと後に止まる。そんな馬鹿な?!と思ったが地図を見て納得した。地図でもそうなるのだ。しかもプローボ発は朝の五時四十分ほぼ六時。これなら牛乳屋もホテルに食料を納める業者も動いている時間だ。「ユーレカ!」手を打って叫んだ。
だが、これは一昨年時点の時刻表で、今年また変わっていないとも限らない。再び新しい時刻表を取り寄せて落胆した。今度はプローボが四時半なのだ。
グランドジャンクション方面は諦め、ソルトレイクかプローボからカリフォルニアゼファーでリノ経由サンフランシスコに引き返すか?。それでも、夜中かプローボなら夜九時過ぎまで時間を潰さなければならない状況は変わらない。
「プローボは住むには良い場所です」
ソルトレイク市は以前行って居るので知っている。モルモン教の聖地なので殺風景な砂漠の都市だが、治安も悪くないし。だが九時過ぎに乗車地点となるプローボなる街は全く未知だ。地図を見ると「「ブリヤム、ヤング大学」があるところだ。まさかギャングがうろついている街ではないだろう?と思っていたところ、武蔵浦和で偶然見かけたモルモン教とらしき若者達に訊いたところ、前のような答えが来た。「僕はプローボから来たんです」と。
しかし、田舎町?の事バス停からホテルまで行くタクシーが拾えるか?とか、老婦人(筆者)の一人旅では心もとない。
面倒くさい!いっそ西海岸止めて、ハワイにでも行くか?ハワイに沢山居る日系人や日本人居住者の中で、「茶飲み友達」を探している裕福な年金の日本人の爺さんとめぐり合わないでもない。
だが、「二週間ぐらいのハワイ」という目論みは、意外と高額なコンドミニアムのレンタル料金を見てがっかり、一気に消えた。
「やはり、ラスベガスのほうが安い!」(ホテルについては別項で)ソルトレイク市とアムトラック「カリフォルニアゼファー」の駅でもある「離婚」で御馴染みのリノの間にはバスがある。
雄大な大自然のユタ州、ネバダ州。夜走る列車なんかに乗る事無い!景色が見える昼のバスが良い!。とは何度も考えた。だが、このバスの時間が如何にも長い。八時間半ほどなのだ。
クロアチアでは、バス移動が多かったし、バスしか移動手段が無いところも沢山あった。だが、バスしか移動手段が無いところなら皆バスに乗るが、他の手段があり、バス移動は貧乏人ばかりというと、自分も貧乏人なのに気が進まない。しかも長時間で一人なのだ。
*ヤフーのブログでは「やはり人種差別の国アメリカ」を書いてます。丸腰の黒人少年を射殺した自警団がアメリカ社会に波紋を呼んでいるようで。
ところで、筆者が亡母と『デザートウインド』に乗車した当時はソルトレイク市着発はほぼ、上り下りとも真夜中12時前後だったが、その後デザートウインドは無くなり、他にここで切り離しになる列車も無くなったようだ。着発時間は変わったかもしれない?。
急いで、只で取り寄せられるアムトラックの時刻表をネット利用で取り寄せた二年前の時点で、確かに時間が変わって居た。下り?はほぼ同時刻の11時半なのに、グランドジャンクションつまりシカゴ方面に行く列車は早朝の四時半頃なのだ。寧ろもっと悪い。(12時前後なら人の出入りもあるだろうが四時半など牛乳配達でもどうか?)では、ソルトレイク市を外して前後の都市はどうだ?!。
アムトラックの駅は間隔が長いからかなりの時間の差がある。しかも、なんとなんと、ラスベガスからソルトレイク市に行くバスは、その寸前にプローボという街に止まるが、このプローボはアムトラックだと何とソルトレイク市を出た後の停車駅なのだ。
バスだと前に止まるのに列車だと後に止まる。そんな馬鹿な?!と思ったが地図を見て納得した。地図でもそうなるのだ。しかもプローボ発は朝の五時四十分ほぼ六時。これなら牛乳屋もホテルに食料を納める業者も動いている時間だ。「ユーレカ!」手を打って叫んだ。
だが、これは一昨年時点の時刻表で、今年また変わっていないとも限らない。再び新しい時刻表を取り寄せて落胆した。今度はプローボが四時半なのだ。
グランドジャンクション方面は諦め、ソルトレイクかプローボからカリフォルニアゼファーでリノ経由サンフランシスコに引き返すか?。それでも、夜中かプローボなら夜九時過ぎまで時間を潰さなければならない状況は変わらない。
「プローボは住むには良い場所です」
ソルトレイク市は以前行って居るので知っている。モルモン教の聖地なので殺風景な砂漠の都市だが、治安も悪くないし。だが九時過ぎに乗車地点となるプローボなる街は全く未知だ。地図を見ると「「ブリヤム、ヤング大学」があるところだ。まさかギャングがうろついている街ではないだろう?と思っていたところ、武蔵浦和で偶然見かけたモルモン教とらしき若者達に訊いたところ、前のような答えが来た。「僕はプローボから来たんです」と。
しかし、田舎町?の事バス停からホテルまで行くタクシーが拾えるか?とか、老婦人(筆者)の一人旅では心もとない。
面倒くさい!いっそ西海岸止めて、ハワイにでも行くか?ハワイに沢山居る日系人や日本人居住者の中で、「茶飲み友達」を探している裕福な年金の日本人の爺さんとめぐり合わないでもない。
だが、「二週間ぐらいのハワイ」という目論みは、意外と高額なコンドミニアムのレンタル料金を見てがっかり、一気に消えた。
「やはり、ラスベガスのほうが安い!」(ホテルについては別項で)ソルトレイク市とアムトラック「カリフォルニアゼファー」の駅でもある「離婚」で御馴染みのリノの間にはバスがある。
雄大な大自然のユタ州、ネバダ州。夜走る列車なんかに乗る事無い!景色が見える昼のバスが良い!。とは何度も考えた。だが、このバスの時間が如何にも長い。八時間半ほどなのだ。
クロアチアでは、バス移動が多かったし、バスしか移動手段が無いところも沢山あった。だが、バスしか移動手段が無いところなら皆バスに乗るが、他の手段があり、バス移動は貧乏人ばかりというと、自分も貧乏人なのに気が進まない。しかも長時間で一人なのだ。
*ヤフーのブログでは「やはり人種差別の国アメリカ」を書いてます。丸腰の黒人少年を射殺した自警団がアメリカ社会に波紋を呼んでいるようで。
2012年04月24日
間話、閑話『タイガース』
筆者が泊まっているホテルのベースボールBET(賭け)の係りを訪れて、『ベースボールベットをやりたい』というと、係りの親父はすかさず言った。『タイガース』
筆者が別のチームの名を上げているのに、親父は繰り返す。『タイガース』
翌日もだ、余り何度も『タイガース』というので、筆者は尋ねた。『日本人でタイガースに賭ける人多いのでしょう?』『そうだ』
タイガースといえば、デトロイトという今は冴えない街(自動車全盛時代はもう過ぎた)のチームで、ヤンキースやレッドソックス、ドジャースといった名門チームでもないし、イチローのような高名な日本人選手が居るチームでもない。(現ファイターズの木田が入団して羽織紋付で会見を行いちょいと話題になったが、活躍もチョイで印象に残るほどではない。
ベースボール賭け屋の親父が何度も「タイガース」というのは、日本人で日本のタイガースに賭けられない代わりにか?タイガース愛からなのか、タイガースに賭ける日本人が多いから印象的なのだろう。そして、少しばかり奇異に感じているように見受けられる。
「日本ではジャイアンツというヤンキースみたいな人気と伝統あるチームがあるけど、最も人気のあるチームはタイガースで、ヤンキースとレッドソックスのレッドソックスみたいなチーム。シカゴのカブスみたいな弱いけど人気のあるチーム」と説明したが、勿論、筆者の「えいご」だから通じたとは思えない。
今回、レイズとマイナー契約した松井はプロ入り前はタイガースの大ファンで(勿論阪神。デトロイトではない)彼の部屋の押入れにはタイガーズグッツがどっさり入って居ると聞いた事がある。
メジャーのマイナーなんかで燻っているなら、日本に戻ってタイガース入りでもすればよいのに、松井は過去ジャイアンツファンに猛烈に愛された。今更裏切ってタイガースには入れないのが辛い。
「タイガース」
あの親父さんの顔を思い出したんで。
筆者が別のチームの名を上げているのに、親父は繰り返す。『タイガース』
翌日もだ、余り何度も『タイガース』というので、筆者は尋ねた。『日本人でタイガースに賭ける人多いのでしょう?』『そうだ』
タイガースといえば、デトロイトという今は冴えない街(自動車全盛時代はもう過ぎた)のチームで、ヤンキースやレッドソックス、ドジャースといった名門チームでもないし、イチローのような高名な日本人選手が居るチームでもない。(現ファイターズの木田が入団して羽織紋付で会見を行いちょいと話題になったが、活躍もチョイで印象に残るほどではない。
ベースボール賭け屋の親父が何度も「タイガース」というのは、日本人で日本のタイガースに賭けられない代わりにか?タイガース愛からなのか、タイガースに賭ける日本人が多いから印象的なのだろう。そして、少しばかり奇異に感じているように見受けられる。
「日本ではジャイアンツというヤンキースみたいな人気と伝統あるチームがあるけど、最も人気のあるチームはタイガースで、ヤンキースとレッドソックスのレッドソックスみたいなチーム。シカゴのカブスみたいな弱いけど人気のあるチーム」と説明したが、勿論、筆者の「えいご」だから通じたとは思えない。
今回、レイズとマイナー契約した松井はプロ入り前はタイガースの大ファンで(勿論阪神。デトロイトではない)彼の部屋の押入れにはタイガーズグッツがどっさり入って居ると聞いた事がある。
メジャーのマイナーなんかで燻っているなら、日本に戻ってタイガース入りでもすればよいのに、松井は過去ジャイアンツファンに猛烈に愛された。今更裏切ってタイガースには入れないのが辛い。
「タイガース」
あの親父さんの顔を思い出したんで。
2012年04月23日
『老人誕生旅行顛末』その二。(移動する)
先ず旅行とは、最初に『移動する』のを前提とする。(家に居て旅行は出来ない)日本とアメリカを移動する手段の1950年代頃までは航空機よりお船だった筈だ。
フルブライトの留学生で、渡米した故小田実氏は御著書の『何でも見てやろう』にこんなエピソードを残している。
その船に可愛い白人の女の子が居て、良くピンポンゲームで同氏と遊び、同氏が止めようとすると、『つまんないわ!』を日本語で連発する。子供は何処でも直ぐに語学を覚える。それが、アメリカが近づくと一切日本語を口にしなくなり英語一点張りとなった。とか、当時その直前だかに初渡米した当時の皇太子(現天皇)が同じく船の中で外国人男性に『殿下をなんと御呼びすべきですか?』と尋ねられて、『あなたはサブジェクト(英語の辞書引くの面倒だからカタカナにする。要するに臣下の事)ではないからSIR(サー)で宜しい」と言ったというのを知って、『私は日本人だが天皇の臣下ではない!』と頑張った話とかが思い出されるが、ともかく今日の旅なら大金持ちならともかく、船ではなく、「太平洋一人ぼっち」のヨットでもない限り、例えオリンピック級の水泳名人でも泳いでは渡れないし、第一筆者は木槌(浮くぐらい)だ。
そこで、第一には航空券という事になるが、当然ゲート都市はロスアンゼルス(以後面倒なのでLA)という事になるし、LAには本当に多くの航空会社が路線を延ばしているので、多分航空券も安いだろう?直前だと「1200円」なんていうのもあったな?というので(無論1200円といっても、燃油費や空港税その他ETCが掛かるとしても)ギリギリ出発日と決めた二週間前まで航空券購入は抑えたのだが、それは後回しにするとして、それ以前に、旅程を検討する段階で、幾つもの変更を余儀なくされる事になった。
その第一の理由は、アムトラックの時間である。
俗にアメリカ旅行の移動手段は「金持ちは飛行機で、中流は自家用車で、貧乏人はグレイハウンド(バス)で」といわれるが、これは今は正確ではない。と筆者は何度も以前書いている。
金持ちが利用するのは自家用ジェットで、米議会に「金乞い」に出かけた自動車業界の大物が自家用ジェットでワシントンに乗りつけオバマ大統領に揶揄された話は耳遠いものではない。
今では一般飛行機は中流人、一般人のもので、第一、あの馬鹿でかい大陸を自家用車で旅行するとなれば、金も掛かるが時間も掛かる。(最も「ホリデーイン」というホテルが発展したのは、その自動車旅行者のためでもあるのだが)だから、普通は飛行機を使うし、ハドソン川の奇跡で名を成したサルズバーガー機長の台詞どおり、資本家が乗員の待遇をギリギリまで抑えてコストカットをするから、悠長に何日も掛けて自家用車で回るより寧ろ飛行機旅行は米国では安くつくようだ。
また、グレイハウンドバスといえば、今は貧乏人の乗り物らしいが、昔は大富豪の娘息子でも、バイト代を貯めて(アメリカ人は日本のように子供を甘やかさない。どうしようもない「甘ったれどら息子」の金持ち息子はブッシュ前大統領ぐらいのものだろう)自分の金で夏休みとかにグレイハウンドで全米を回ったりしたので、「貧乏人のもの」とは一概に決め付けられなかったようだが、アメリカ経済
状況が悪化した今本当にバス旅行は貧乏人が多いそうだ)
筆者は、従って、アムトラックビイキである。アムトラックは「旅行するゆとりある」人たちのもので、従って治安も良いし、スピードはアセラのような例外を除いてほとんど無いが、その分安全運転だと考えているからだ。
最初の二日をLAで、次にラスベガス(以後LS)に三日ぐらい。其処からソルトレイクシティにはバス移動する。LSからソルトレイクシティにはアムトラックの代行バスも出ている。其処から、グランドジャンクションへのアムトラックで、ハタと躓いた。
以前、デザートウインドの走っていた頃、ソルトレイクで、この路線の列車の上り下り(どちらが上りか判らん多分シカゴ方面だろう)は一様にソルトレイクで交差して、共に深夜十二時ごろ発着した。 深夜の発時間は痛い。それまで、ホテルをチェックアウトした後、どう過ごすのだ?。
フルブライトの留学生で、渡米した故小田実氏は御著書の『何でも見てやろう』にこんなエピソードを残している。
その船に可愛い白人の女の子が居て、良くピンポンゲームで同氏と遊び、同氏が止めようとすると、『つまんないわ!』を日本語で連発する。子供は何処でも直ぐに語学を覚える。それが、アメリカが近づくと一切日本語を口にしなくなり英語一点張りとなった。とか、当時その直前だかに初渡米した当時の皇太子(現天皇)が同じく船の中で外国人男性に『殿下をなんと御呼びすべきですか?』と尋ねられて、『あなたはサブジェクト(英語の辞書引くの面倒だからカタカナにする。要するに臣下の事)ではないからSIR(サー)で宜しい」と言ったというのを知って、『私は日本人だが天皇の臣下ではない!』と頑張った話とかが思い出されるが、ともかく今日の旅なら大金持ちならともかく、船ではなく、「太平洋一人ぼっち」のヨットでもない限り、例えオリンピック級の水泳名人でも泳いでは渡れないし、第一筆者は木槌(浮くぐらい)だ。
そこで、第一には航空券という事になるが、当然ゲート都市はロスアンゼルス(以後面倒なのでLA)という事になるし、LAには本当に多くの航空会社が路線を延ばしているので、多分航空券も安いだろう?直前だと「1200円」なんていうのもあったな?というので(無論1200円といっても、燃油費や空港税その他ETCが掛かるとしても)ギリギリ出発日と決めた二週間前まで航空券購入は抑えたのだが、それは後回しにするとして、それ以前に、旅程を検討する段階で、幾つもの変更を余儀なくされる事になった。
その第一の理由は、アムトラックの時間である。
俗にアメリカ旅行の移動手段は「金持ちは飛行機で、中流は自家用車で、貧乏人はグレイハウンド(バス)で」といわれるが、これは今は正確ではない。と筆者は何度も以前書いている。
金持ちが利用するのは自家用ジェットで、米議会に「金乞い」に出かけた自動車業界の大物が自家用ジェットでワシントンに乗りつけオバマ大統領に揶揄された話は耳遠いものではない。
今では一般飛行機は中流人、一般人のもので、第一、あの馬鹿でかい大陸を自家用車で旅行するとなれば、金も掛かるが時間も掛かる。(最も「ホリデーイン」というホテルが発展したのは、その自動車旅行者のためでもあるのだが)だから、普通は飛行機を使うし、ハドソン川の奇跡で名を成したサルズバーガー機長の台詞どおり、資本家が乗員の待遇をギリギリまで抑えてコストカットをするから、悠長に何日も掛けて自家用車で回るより寧ろ飛行機旅行は米国では安くつくようだ。
また、グレイハウンドバスといえば、今は貧乏人の乗り物らしいが、昔は大富豪の娘息子でも、バイト代を貯めて(アメリカ人は日本のように子供を甘やかさない。どうしようもない「甘ったれどら息子」の金持ち息子はブッシュ前大統領ぐらいのものだろう)自分の金で夏休みとかにグレイハウンドで全米を回ったりしたので、「貧乏人のもの」とは一概に決め付けられなかったようだが、アメリカ経済
状況が悪化した今本当にバス旅行は貧乏人が多いそうだ)
筆者は、従って、アムトラックビイキである。アムトラックは「旅行するゆとりある」人たちのもので、従って治安も良いし、スピードはアセラのような例外を除いてほとんど無いが、その分安全運転だと考えているからだ。
最初の二日をLAで、次にラスベガス(以後LS)に三日ぐらい。其処からソルトレイクシティにはバス移動する。LSからソルトレイクシティにはアムトラックの代行バスも出ている。其処から、グランドジャンクションへのアムトラックで、ハタと躓いた。
以前、デザートウインドの走っていた頃、ソルトレイクで、この路線の列車の上り下り(どちらが上りか判らん多分シカゴ方面だろう)は一様にソルトレイクで交差して、共に深夜十二時ごろ発着した。 深夜の発時間は痛い。それまで、ホテルをチェックアウトした後、どう過ごすのだ?。

