青 春
サミュエル・ウルマン原作
松永安左エ門訳
青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言
うのだ。逞しき意思、優れた創造力、炎ゆる情熱、怯懦を却
ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春
と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老
いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神
はしぼむ。苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うもの
こそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰
せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得る
ものは何か。曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星晨、そ
の輝きにも似たる事物や思想に対する欽迎、事に処する剛毅
な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興
味。
人は信念と共に若く 疑念と共に老ゆる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして
偉力の霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽い
つくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時に
こそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。
この詩は、太平洋戦争直前、マッカーサー将軍が極東軍司令官としてマニラに赴任する時、友人であるコーネル大学のルイス教授が、この詩を餞に贈ったとされています。電力王といわれる松永安左エ門がマッカーサー将軍の執務室を訪問した時に、額に入っていたこの詩を所望し、訳したとされています。
けっこう難しい文章で生徒たちはつっかえつっかえ読むのであるが、やはりこの訳が一番いいと私は思っている。
この日本語の詩を読んだあとに、英語の詩を読むと英語の詩がとてもわかりやすくなるから、不思議である。
YOUTH
Youth is not a time of life____it is a state of mind;
it is a temper of the will, a quality of the imagination,
a vigor of the emotions,a predominance of courage over
timidity,of the appetite for adventure over love of ease.
Nobody grows old by merely living a number of years;
people grow old only by deserting their ideals.
Years wrinkle the skin,but to give up enthusiasm wrinkles the
soul.
Worry, doubt, self-distrust, fear and despair-these
are the long, long years that bow the head and turn the
growing spirit back to dust.
Whether seventy or sixteen,there is in every being's
heart the love of wonder, the sweet amazement at the
stars and the starlike things and thoughts, the undaunted
challenge of events,the unfailing childlike appetite for
what next,and the joy and the game of life.
You are as young as your faith, as old as your doubt; as
young as your self-confidence, as old as your fear, as
young as your hope, as old as your despair.
So long as your heart receives messages of beauty, cheer,
courage, grandeur and power from the earth, from man and
from the infinite, so long you are young.
When the wires are all down and all the central place
of your heart is covered with the snows of pessimism and
the ice of cynicism, then your are grown old indeed and
may God have mercy on your soul.
ただし、この英詩はウルマン作の原詩とは異なっている。マッカーサーが持っていた詩文は、ルイス改編のものであった。従って松永訳のものもルイス改編の詩文によったものであった。
ウルマンの原詩は次のようになっている。
Youth
Youth is not a time of life,
it is a state of mind.
It is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees,
it is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions,
it is the freshness of the deep springs of ilfe.
Youth means a temperamental predominance of courage over timidity of the appetite,
for adventure over the love of ease.
This often exists in man of sixty more than a boy of twenty.
Nobody grows old merely by a number of years . We grow old by deserting our ideals.
Years may wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles soul.
Worry, fear, self-distrust bows the heart and turns the spirit back to dust.
Whether sixty or sixteen, there is in every being's heart the lure of wonder, the unfailing child-like appetite of what's next, and the joy of the game of living. In the center of your heart and my heart there is wireless station, so long as it receives message of beauty, courage and power from men and from the Infinite, so long are you young.
When the aerials are down, and your spirit is covered with snows of cynicism and the ice of pessimism, then you are grown old, even at twenty, but as long as your aerials are up, to catch the waves of optimism, there is hope you may die young at eighty.
この詩にはこういう口語訳の詩がある。日本語としてはこちらのほうがずっとわかりやすいが、格調の高さは松永訳のほうにあると思う。
青 春
Samuel Ulmann 作
作 山 宗 久 訳
湯 淺 良之助 改訳
青春とは人生のある期間をいうのではなく、
心の持ち方をいうのだ。
バラ色の頬、紅(くれない)の唇、しなやかな肢体のことではなく、
たくましい意志、豊かな想像力、燃えるような情熱をいう。
青春とは人生の深い泉の清新さをいうのだ。
青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときはじめて人は老いる。
歳月は皮膚に皺を増すが、情熱を失えば精神はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は衰え、生気ある精神は、芥(あくた)になる。
六十歳であろうと十六歳であろうと、人の胸には、
驚異に惹かれる心、子供のようなあくなき探求心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも、心の中枢には、無線の通信局があるのだ。
人から神から、美・希望・喜悦・勇気・パワーの
霊感を受ける限り君は若い。
アンテナが低く垂れ、精神が皮肉の雪におおわれ、厭世の氷に閉ざされるとき、
二十歳であろうと人は老いる。
アンテナを高く張り、希望の電波をとらえる限り、
人は百歳であろうと、最後まで青春を謳歌して、生を全うすることが出来るのだ。
この詩を訳した作山宗久氏は、この幻の詩人サミュエル・ウルマンを探し当てて、ウルマンの他の詩をも紹介している。
それによると、サミュエル・ウルマンは1840年、ドイツ生まれのユダヤ人。1851年に両親と共にアメリカに移住。南北戦争従軍などを経て、アラバマ州バーミンガムに金物屋を開業。市の教育委員、イスラエル寺院(シナゴーグ)の会長などをつとめながら、青少年の教育に当たる。
著者が80歳になった時に家族が出版した詩集「From the Summit of Years, Four Score」がウルマンの唯一の詩集である。
最近新井満氏が、「青春とは」(講談社刊)という書を出版し、そこで「自由訳」の詩を発表している。
青春とは
青春とは 真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体
そういうものは たいした問題ではない
問題にすべきは つよい意思
ゆたかな想像力 もえあがる情熱
そういうものが あるか ないか
こんこんと湧き出る 泉のように
あなたの精神は
今日も新鮮だろうか
いきいきしているだろうか
臆病な精神のなかに
青春は ない
大いなる愛のために発揮される
勇気と冒険心のなかにこそ
青春は ある
臆病な二十歳がいる 既にして 老人
勇気ある六十歳がいる
青春のまっただなか
歳を重ねただけで 人は老いない
夢を失ったとき はじめて老いる
歳月は 皮膚にしわを刻むが
情熱を失ったとき 精神は
しわだらけになる
苦悩 恐怖 自己嫌悪
それらは 精神をしぼませ
ごみくずに変えてしまう
誰にとっても大切なもの
それは 感動する心
次は何が起こるのだろうと
眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に
挑戦する 喜び
さあ 目をとじて
想いうかべてみよう
あなたの心のなかにある
無線基地
青空高くそびえ立つ たくさんの
光輝くアンテナ
アンテナは 受信するだろう
偉大な人々からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ
世界がどんなに美しく
驚きにみちているか
生きることが
どんなに素晴らしいか
勇気と希望 ほほえみを忘れず
いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり
あなたはいつまでも 青年
だが もしもあなたの
心のアンテナが 倒れ
雪のように冷たい皮肉と
氷のように頑固な失望に
おおわれるならば
たとえ二十歳であったとしても
あなたは立派な
老人
あなたの心のアンテナが
今日も青空高くそびえたち
いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり
たとえ八十歳であったとしても
あなたはつねに 青春
青春とは 真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
新井満は、ウルマンの原詩のなかにある「無線基地」と「アンテナ」という語に特別な意味を込めていると推測している。タイタニック号の遭難事件のときに無線通信が果たした役割についての次のような事実をウルマンは念頭に置き、この語をあえて使用したというのである。
1912年4月14日夜、若い無線士デービッド・サーノフがニューヨークのワーナー無線局に夜勤当直しているところに、突然SOS信号が飛び込んできました。2400km も彼方の大西洋上で豪華客船タイタニック号が氷山に激突し、沈没しそうだという。かれはすぐに沿岸警備隊に連絡します。まだ微弱な電波しか出せない時代です。いったんサーノフが受信し始めたものを、途中で他人と交代するわけにいかない。混信をさけるために、タフト大統領はワーナー無線局以外の周囲の無線をいっさい封鎖させます。サーノフは沈みゆくタイタニック号や救助に向かう付近の汽船などと交信します。「頑張れ、頑張れ、希望を失うな、いま助けの船が現場に急行しているから………」それから三日三晩、彼の不眠不休の活躍のおかげで、それでも700人あまりの人々が救助されたのでした。
タイタニック号の遭難事件が起きたのは、ウルマンが72歳の誕生日を迎えたその翌日のことであったという。この文章はヘブライ文学研究家の手島佑郎氏の文であるが、新井満はこの文を引用しつつ、ウルマンが「無線基地」と「アンテナ」の言葉を詩に盛り込んだに違いないと推測するわけである。
ちなみに新井満は同著で最初にあげて松永訳の訳詞は、岡田義夫という人の訳であると述べている。どちらが正しいかは、私の判断できるところにあらずである。