2012年05月24日
『父島「僕の軍隊時代」』(川波静香)
この本の著者は父島在住です。
http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-11994-6.jsp
第1部は父島の戦跡にまつわる4編の短いエッセイ。
第2部はこの本のタイトルともなっている
「僕の軍隊時代」という手記です。
この手記の原文は
昭和17年4月から21年3月まで父島で軍隊生活をした
吉岡健児氏によるものです。
当時の様子がいろいろわかります。
ちなみに僕のHPにも
ある工兵だった方の手記を載せています。
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/gunntainissi.htm
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/gunntainissi2.htm (抜粋)
この方は亀田五三二氏で
昭和16年9月に工兵として父島に着任。
18年5月以降は硫黄島へ。のち硫黄島で戦死されたそうです。
2012年03月10日
3/10、「東京都平和の日」
3/10 旧2/18 はれ
明日3/11は大地震から1年がたちます。
各地で追悼の式典なども予定されていることなのでしょう。
そして、その一日前の3/10は
かつて1945年3月10日東京大空襲のあった日です。
この空襲で
東京の下町を主に多くの方がなくなっています。
東京都では3/10を「東京都平和の日」としています。
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/heiwa/heiwa.html
ウィキペディア 東京大空襲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2
先の大戦以降、平和の道を歩んでいます。
戦後生まれの僕らは
こういった空襲はまったく経験がありません。
こういう無差別攻撃は
一般人にとってこの上ない理不尽なことと思われます。
しかし戦争とは
そういうものだと言う覚悟も必要なのでしょう。
過去も今も、
紛争・戦争ではその国の住民も必ず少なからず巻き添えになっています。
今日は小笠原の戦跡を見ながら、少しそんなことも考えてみます。
明日3/11は大地震から1年がたちます。
各地で追悼の式典なども予定されていることなのでしょう。
そして、その一日前の3/10は
かつて1945年3月10日東京大空襲のあった日です。
この空襲で
東京の下町を主に多くの方がなくなっています。
東京都では3/10を「東京都平和の日」としています。
http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/bunka/heiwa/heiwa.html
ウィキペディア 東京大空襲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A9%BA%E8%A5%B2
先の大戦以降、平和の道を歩んでいます。
戦後生まれの僕らは
こういった空襲はまったく経験がありません。
こういう無差別攻撃は
一般人にとってこの上ない理不尽なことと思われます。
しかし戦争とは
そういうものだと言う覚悟も必要なのでしょう。
過去も今も、
紛争・戦争ではその国の住民も必ず少なからず巻き添えになっています。
今日は小笠原の戦跡を見ながら、少しそんなことも考えてみます。
2012年02月27日
首なし尊徳はこんな顔・・
2/27 旧2/6 曇り
夜明山には、
戦時中、海軍通信隊に移設された二宮金次郎の像があります。
当時の大村尋常小学校から移設されたものです。
現在の呼び名は「首なし尊徳」
戦後、米軍の兵士が首から上を持ち去ったようという風に
解説されています。
父島には二宮像が小笠原中学校の敷地にあります。
かつての扇浦尋常小学校のものが移設されたそうです、
こな顔です。
薪を背負って本を読みながら歩く若いころの様子ですから、
やはり童顔ですね。笑
現在は子供も大人も
携帯やDSなどをみながら歩く姿とかぶりますね。
ながら歩き、ご注意を。
ちなみにこの像は学校の敷地内にあります。
(観光の方が気軽にいくのはまずいのかもしれません。)
二宮関係過去記事
http://blogs.dion.ne.jp/mulberry/pages/user/search/?keyword=%C6%F3%B5%DC
2012年01月18日
「原爆被爆記録写真集 長崎市」
1/18 旧12/25 はれ
昨年末、家族で訪れた長崎県。
そのときに長崎原爆資料館も見学しました。
出口付近の売店で数冊の本を買いました。
そのうちの1冊です。
http://210.172.20.148/~suisinkyo/peace-wing-n.or.jp/cgi-bin2/cartpro2/cart.cgi?id=P-1
長崎に原爆が落とされたのは
1945-8-9 11:02です。
資料館で原爆のエネルギーについて
熱線35%・爆風50%・放射線15%と3つ分けて紹介されていました。
放射線は
後々まで影響が残ったり、後になって影響が出ています。
まちが1つなくなる原爆のエネルギー。
想像を絶するものです。
1発だけでこれですからね。
こういう写真集を見ると、
そのすごさがよく分かります。
物の崩壊・焼失だけでなく、そこには多くの人もいたのです。
黒焦げで死体となった人も写されています。
人が物のようになっている写真。
強い衝撃を受けます。
起きたことはもう戻せないですが、この現実を目の当たりにすると、
良心がある国の指導者なら、ボタンは押せないはずです。
現実に広島・長崎以降は戦争では使われていません。
(それが良心のためかは僕はしりません。)
(核実験の影響で苦しんでいる人や死んだ人がいることも
知られています。)
世の中から核がなくなることは、
抑止力としても、ないかもしれません。
でも世の政治家の良心がある限り、
今後もこの兵器が使われないことを祈っています。
広島・長崎の資料館を訪れてとてもいい勉強になりました。
2012年01月13日
ソフトグライダー ノースアメリカンP51「ムスタング」
1/13 旧12/20 曇り
アメリカ軍の戦闘機、
ノースアメリカンP51「ムスタング」のソフトグライダーです。
昨年末、内地の駄菓子屋さんで見つけて、
つい買ってしまいました。
確か200円くらいの手ごろな価格でした。
ではなぜ買ったかというと、
父島にこの飛行機の残骸があるからです。
ただし、
現場では羽・エンジン・プロペラなどの一部が散乱している状態です。
なのでまったく原型はイメージがつきません。
オモチャとはいえ、
原型がわかるとそういった残骸を見てもイメージしやすくなりますね。
もちろんムスタングは
写真やプラモデルもたくさんあるはずです。
この話しは
ソフトグライダーのような安価なもので見つけたところが
ミソですね。(笑)
戦跡ツアーでこの残骸を見たい方はリクエストください。
道路から20分ほど森の中に入った場所にあります。
2011年11月05日
軍隊の水槽の中にムニンシュスラン
2011年08月26日
家族でオオコウモリウォッチング
8/26 旧7/27 天候不順
昨晩は夕食後に
家族でオガサワラオオコウモリのウォッチングに出かけました。
もちろん僕はお酒飲んでるので、
この日は妻が運転。
行った場所は
この夏、毎日ナイトツアーで見ている場所です。
到着すると、すでに先客の島民がいました。
もちろん知っている人でした。
その人たちが帰ったあとは、じっくり家族でウォッチング。
さすがに、
昨晩は、どこの業者も来ませんでした。
星空もとても綺麗だったので、
そのまま歩道に寝転んで眺めました。
いつもガイドしながら見ているので、
いまいちリラックスできていませんが、この日は別でした。
同じ自然を見ていても、
ガイド中と遊びのときでは、気分が全然違います。
遊びのときのほうが
参加者の気持ちに近いんだろうなと思いました。
自分自身が自然で遊ぶ。
ガイドの仕事してるからなおさら大事なことと
再認識しました。
そんなことも考えながら
今日の日中は家族で海遊び。父島の夏休みです。
2011年07月11日
クラブツーリズムのツアーで来島の皆さん
7/11 旧6/11 はれ
昨日午前、
クラブツーリズムのツアーで来島の皆さんの戦跡ツアー。
クラツーさんのツアーは
うちも以前からよく対応させていただいています。
今回は希望者のオプショナルツアーで、
島旅コースと1人旅コースの2つのコースから4人づつでした。
この便は
いったいクラツーさんは何人連れてきたのでしょうかしら。
さて、
コースは夜明山の戦跡を回りました。
このエリアは新しく発売のガイドブックで
詳しく解説しています。
ライターの方に僕が案内した場所です。
http://www.j-n.co.jp/cgi-bin/product_detail.cgi?code=4-408-01969-0
喜んでいただけたようで、最後にみんなで記念撮影しました。
ありがとうございました。
今頃竹芝着ですね。

昨日午前、
クラブツーリズムのツアーで来島の皆さんの戦跡ツアー。
クラツーさんのツアーは
うちも以前からよく対応させていただいています。
今回は希望者のオプショナルツアーで、
島旅コースと1人旅コースの2つのコースから4人づつでした。
この便は
いったいクラツーさんは何人連れてきたのでしょうかしら。
さて、
コースは夜明山の戦跡を回りました。
このエリアは新しく発売のガイドブックで
詳しく解説しています。
ライターの方に僕が案内した場所です。
http://www.j-n.co.jp/cgi-bin/product_detail.cgi?code=4-408-01969-0
喜んでいただけたようで、最後にみんなで記念撮影しました。
ありがとうございました。
今頃竹芝着ですね。
2011年05月10日
昭和16年夏の敗戦(猪瀬直樹)
実際に日本が降伏したのは昭和20年8月です。
昭和16年夏は
総力戦研究所による「日米戦日本必敗」という結論が出た時期です。
だから「昭和16年夏の敗戦」なのでしょう。
http://www.chuko.co.jp/bunko/2010/06/205330.html
この本では
東條英機と総力戦研究所とが絡み合いながら描かれています。
東條氏の言動・思想については他にも語られる本が多くあります。
なので僕もそれなりに知っていました。
しかし、
総力戦研究所というのをしっかり書かれている本を読むのは
これが初めてです。
組織にしがらみのない研究所員が模擬内閣を構成し、
与えられた課題に対して最終的な結論が
「日米戦日本必敗」です。
これをそのままほんとうの政府が採用していたら
戦争はなかったかもしれません。
しかし世の中には空気やしがらみがたくさん。
そのまま戦争に突入。
結果は研究所の結論通りに。
猪瀬氏は文庫本の巻末対談で、
「日本の意思決定に欠けているのは、今も昔も、ディテールの積み重ね」
「この作品でディテールを積み重ねれば
真実にたどりつくという希望を語りたかった」 と述べています。
そのあたりは彼の生き様にも現れていると思います。
http://www.chuko.co.jp/bunko/2010/06/205330.html

昭和16年夏は
総力戦研究所による「日米戦日本必敗」という結論が出た時期です。
だから「昭和16年夏の敗戦」なのでしょう。
http://www.chuko.co.jp/bunko/2010/06/205330.html
この本では
東條英機と総力戦研究所とが絡み合いながら描かれています。
東條氏の言動・思想については他にも語られる本が多くあります。
なので僕もそれなりに知っていました。
しかし、
総力戦研究所というのをしっかり書かれている本を読むのは
これが初めてです。
組織にしがらみのない研究所員が模擬内閣を構成し、
与えられた課題に対して最終的な結論が
「日米戦日本必敗」です。
これをそのままほんとうの政府が採用していたら
戦争はなかったかもしれません。
しかし世の中には空気やしがらみがたくさん。
そのまま戦争に突入。
結果は研究所の結論通りに。
猪瀬氏は文庫本の巻末対談で、
「日本の意思決定に欠けているのは、今も昔も、ディテールの積み重ね」
「この作品でディテールを積み重ねれば
真実にたどりつくという希望を語りたかった」 と述べています。
そのあたりは彼の生き様にも現れていると思います。
http://www.chuko.co.jp/bunko/2010/06/205330.html
2011年04月20日
戦跡とオガサワラトカゲ
4/20 旧3/18 はれ
先日の山歩きの時のこと。
気温も上がっていたので、オカヤドリが活動しているのを紹介しました。
http://blogs.dion.ne.jp/mulberry/archives/10095035.html
途中では
グリーンアノールやオガサワラトカゲも見つけました。
グリーンアノールはあちこちで目撃しましたが、
オガサワラトカゲは1ヶ所だけでした。
この場所は以前からよく見る予想通りの場所でした。
軍用トラックの残骸の所です。
僕がオガサワラトカゲをよく見かける場所は
戦跡と縁がある場所が多いです。
このトラックや大砲、電波探信儀の所など。
戦跡とご縁のあるオガサワラトカゲの話題でした。
2011年03月21日
「千葉県 阿部かおりさん」まだ落書き残ってますよ
2011年03月20日
住宅になった大村第一砲台予備電灯格納庫跡
2011年03月17日
親娘で戦跡ツアーに
2011年02月22日
砲身にペットボトルを置くと
2011年02月15日
本:硫黄島に死す(城山三郎)

2/15 旧1/13 はれ
戦争を題材とした5編とほか2編の短編集です。
タイトル「硫黄島に死す」は
西竹一中佐(バロン西)の生き様と硫黄島の戦いとを
からめて描いています。
http://www.shinchosha.co.jp/book/113316/
硫黄島のルビは「いおうじま」ですが、
現在は元の「いおうとう」が島名です。
他4作も戦争を題材としたものです。
ほか2編は
航空自衛隊パイロットの米人教官を描いた作品。
旅先でのできごとを描いた作品です。
ということで
硫黄島というタイトルに興味の引いた方には
はじめの1編だけですとお伝えしておきます。
2011年01月27日
海軍石標「海軍三」
2010年12月27日
年明けから内地に行きます
年末年始は繁忙期なので、
妻と2人でがんばってガイドします。
そして年明けの1/3から内地に行く予定です。
1/12に戻ります。
3学期は1/11から始まるようなので、
子供もほとんど授業の影響が出ませんので、
チャンスということで出かけることにしました。
観光関係者は学校の休みと繁忙期がほぼ同じなので、
家族旅行することが難しいのです。
今回はいいタイミングでした。
混んでる船には乗りたくないのですが。
内地では
温泉・戦跡視察、妻の実家への里帰りなどです。
知覧や加世田の特攻隊関係を見てきます。
温泉は指宿です。砂むし体験もする予定です。
妻の実家は千葉市内です。
子供からは
「イナズマイレブン」の映画の希望が出ています。
千葉周辺でどこかドライブにも行きたいものです。
個人的には、病院に行って、
慢性化している膝痛を診察・治療を受けたいですが、
難しそうです。
次回上京の際はそれを目的にします。
1/4、1/10は東京泊です。
1/8-10は千葉にいます。
何かあればご連絡ください。
妻と2人でがんばってガイドします。
そして年明けの1/3から内地に行く予定です。
1/12に戻ります。
3学期は1/11から始まるようなので、
子供もほとんど授業の影響が出ませんので、
チャンスということで出かけることにしました。
観光関係者は学校の休みと繁忙期がほぼ同じなので、
家族旅行することが難しいのです。
今回はいいタイミングでした。
混んでる船には乗りたくないのですが。
内地では
温泉・戦跡視察、妻の実家への里帰りなどです。
知覧や加世田の特攻隊関係を見てきます。
温泉は指宿です。砂むし体験もする予定です。
妻の実家は千葉市内です。
子供からは
「イナズマイレブン」の映画の希望が出ています。
千葉周辺でどこかドライブにも行きたいものです。
個人的には、病院に行って、
慢性化している膝痛を診察・治療を受けたいですが、
難しそうです。
次回上京の際はそれを目的にします。
1/4、1/10は東京泊です。
1/8-10は千葉にいます。
何かあればご連絡ください。
2010年12月14日
菅首相、硫黄島へ
12/14、
菅首相は硫黄島へ遺骨収集視察に出かけました。
http://www.asahi.com/politics/update/1214/TKY201012140122.html
現職では小泉さんについで2人目だそうです。
菅さんは過去にも硫黄島を訪れています。
硫黄島は先の戦争で地上戦となり、
日本軍は玉砕した場所です。
戦前は住民がいましたが、
昭和19年には軍属になる男子を除いて強制疎開が
行われました。
昭和43年、小笠原が返還されてからも、
硫黄島は帰島が許されていません。
記者会見などで、そのあたりに関する発言があるか、
気になる所です。
失言が多いようなので、
遺骨収集のこと以外は言わないかもしれませんね。
このあとのニュースでどういう発言をするか
注目しましょう。
菅首相は硫黄島へ遺骨収集視察に出かけました。
http://www.asahi.com/politics/update/1214/TKY201012140122.html
現職では小泉さんについで2人目だそうです。
菅さんは過去にも硫黄島を訪れています。
硫黄島は先の戦争で地上戦となり、
日本軍は玉砕した場所です。
戦前は住民がいましたが、
昭和19年には軍属になる男子を除いて強制疎開が
行われました。
昭和43年、小笠原が返還されてからも、
硫黄島は帰島が許されていません。
記者会見などで、そのあたりに関する発言があるか、
気になる所です。
失言が多いようなので、
遺骨収集のこと以外は言わないかもしれませんね。
このあとのニュースでどういう発言をするか
注目しましょう。
「坂の上の雲」で出てきた海軍大学校講堂
12/14 旧11/09 はれ
「坂の上の雲」、12/5放送の第7回では、
海軍大学校講堂での場面が出てきました。
http://www9.nhk.or.jp/sakanoue/story/07/
その講堂は
海上自衛隊の講堂をお借りしたとのことです。
今年はじめ
広島県江田島にある
江田島海上自衛隊幹部候補生学校・第1術科学校
(旧海軍兵学校)に見学に行きました。
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub14-4-9.htm
http://blogs.dion.ne.jp/mulberry/archives/9238127.html
自由見学はできませんが、
受付をすると、案内を受けることができます。
そこで講堂も見学させてもらいました。
写真を見る限りロケはこの講堂かなと思います。
いかがでしょうか。
2010年09月11日
キリンの図案が刻印されているビン
うちのHPには以前からずっと載せているのですが、
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sennseki-photo.htm
キリンビールのビンで
キリンの図案が刻印されているものがあります。
父島ではこれ1本しか見たことがありません。
山中にあるのですが、珍しそうですから、
見つけると誰かが持っていきそうな気がして、
葉っぱの下に隠してあります。
今日は久々にあるかなと思って見てきました。
やはり葉っぱの下で埋まっていました。
さすがにこの刻印では
キリンの隠し文字はないようです。
http://blogs.dion.ne.jp/mulberry/archives/9664956.html
このビンが見たい人、リクエストください。
戦跡ツアー
http://www.h2.dion.ne.jp/~mulberry/sub1-4.htm

