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    <title>音 楽 散 歩</title>
    <link>http://blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/</link>
    <description>このブログは基である、新小岩フォークソング同好会と併設し続けて来た、`６０～`７０年代のフォーク&amp;ロックから民族音楽、日本文化、ギター、レコード、古書、サブカルチャー、社会福祉という、あらゆる問題を取り上げて来た自由なスタイルのウェブログでした。内容は地元に限定されず、縁ある地を歩み続けました。この貴重な記録は、今後も残して行く為、私どもで随時管理し続けて参ります。貴方の中に音楽がある限り、音楽散歩には終わりがありません。人によりつまらなく感じるものも人により楽しいと感じる場合があります。それ故、薬となるものは人により異なるという事であり、これは仕方のない事のようです。だからこそ一つのものに繋がるという事は素晴しい事なのです。生き方、遣り方は人次第、自由の中にこそ心豊かに生きられる秘訣が隠されています。ラストワルツ、そのムーブメントは終わりを意味し始まりを意味していた。この時代の節目、私は新しい始まりを予感してなりません。貴方とも、きっと何処かで再び会える事でしょう。</description>
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    <itunes:summary>このブログは基である、新小岩フォークソング同好会と併設し続けて来た、`６０～`７０年代のフォーク&amp;ロックから民族音楽、日本文化、ギター、レコード、古書、サブカルチャー、社会福祉という、あらゆる問題を取り上げて来た自由なスタイルのウェブログでした。内容は地元に限定されず、縁ある地を歩み続けました。この貴重な記録は、今後も残して行く為、私どもで随時管理し続けて参ります。貴方の中に音楽がある限り、音楽散歩には終わりがありません。人によりつまらなく感じるものも人により楽しいと感じる場合があります。それ故、薬となるものは人により異なるという事であり、これは仕方のない事のようです。だからこそ一つのものに繋がるという事は素晴しい事なのです。生き方、遣り方は人次第、自由の中にこそ心豊かに生きられる秘訣が隠されています。ラストワルツ、そのムーブメントは終わりを意味し始まりを意味していた。この時代の節目、私は新しい始まりを予感してなりません。貴方とも、きっと何処かで再び会える事でしょう。</itunes:summary>
    <itunes:keywords>新小岩フォークソング同好会</itunes:keywords>
    
    <itunes:author>ピカリング</itunes:author>
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      <title>ラスト ワルツ</title>
      <pubDate>Sun, 15 Apr 2012 12:24:32 +0900</pubDate>
      <description>毎年の如く緑の小道では四季折々の花が咲いては散る。そしてその後始末を行うのは人より早起きして清掃を行う人達である。言うまでもなく毎日、心地よく歩けるのはこの方々のお陰である。それが全地域にどれだけ居る事だろうか。先週の花見、それは春の山吹町の辺、そう、文京と豊島と新宿の各区が入り組む早稲田駅の神田川沿いであった。その光景を写真に納める人達、珍しく混雑する早稲田駅の辺に私は段々機嫌を良くした。しかし春の桜だけが花見ではない。都心の外れ、その湧水地に咲くカタクリの花も良い。それは..</description>
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<p><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E696B0E5B08FE5B2A920E5B08FE69DBEE9809AE3828A.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="新小岩 小松通り.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E696B0E5B08FE5B2A920E5B08FE69DBEE9809AE3828A-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" /></a>毎年の如く緑の小道では四季折々の花が咲いては散る。そしてその後始末を行うのは人より早起きして清掃を行う人達である。言うまでもなく毎日、心地よく歩けるのはこの方々のお陰である。それが全地域にどれだけ居る事だろうか。先週の花見、それは春の山吹町の辺、そう、文京と豊島と新宿の各区が入り組む早稲田駅の神田川沿いであった。その光景を写真に納める人達、珍しく混雑する早稲田駅の辺に私は段々機嫌を良くした。しかし春の桜だけが花見ではない。都心の外れ、その湧水地に咲くカタクリの花も良い。それは白い色をしていて逆に呑み騒ぎする桜の花見とは対称な存在、だが、その花を毎年の如く楽しみにする人々も居る。錦糸町、亀戸、平井、新小岩、小岩、市川、この辺りではカタクリの花は望めない。それは東京の西部か埼玉の西部の山々しい所でなければ見る事が出来ないものなのかも知れない。その為か私などは殆ど花街に咲く桜で春を過ごしていた気がする。しかし流行りの新小岩パラダイスという語意が浮き足立つ前、私などは末広通りの高橋三味線店の向こうに今は地下に眠るかつての料亭の芸者、そう、新小岩二丁目の路地の一角に今も残るホーロー看板に混ざって点在していた三味線弾きの教室跡や小岩大橋から二枚橋の現在の郵政公社宿舎以前の東京パレスの痕跡が際立つ。ある意味、その大元となる文化性が現在の流行にも繁栄されている、私はそう睨むからであり、それは理屈に叶っているからである。どの地域にも観る、宿場町の痕跡は、そのようなややアウトローさとも関係して、実は現在の若者の暴虐武人なる原因の根源でもあるのだ。先日、ルミエール商店街は芸能著名人が来ていて賑わっていたが、しかし本の中の向こう側にはやはり地域文化から形成された若者の立体像、その一つの表現力が受け取れる。だが、その集まっていた第一書林の隣の石毛という焼鳥屋がもう無い昨今、その跡地には十円饅頭が目立つ。私などの古い人間が食べていた和菓子は三杉屋の豆餅や団子や鯛焼であり、どうも新しい質感とか感性とは調和し切れない。しかしなるべく新しい文化も取り入れようと努めるのだが、やはり私のような古い人間には性に合わなく、求める所を不意と歩けば、やがて、ルミエールの向こうの<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~usaden/" target="_blank">小松通り商店街</a>に辿り着く。そこには今も古くから続く鳥肉屋があり、そこでは焼き鳥も買える。かつて石毛という鶏肉屋さんが鰻の蒲焼や焼き鳥を売っていた頃は、その辺りに何とも武蔵野は吉祥寺のいせや総本店を思わす風情が漂っていた。今、その風情を残すのはそこから松島通りに向かって歩いた飲み屋のおばこだけである。夕暮れ時、木曜以外は煙のもくもくとした香ばしさが漂う。そして新小岩の一番通りのトロ函もチェーン店ではあるが、あの場所は元々に魚屋であった為、今のピカソというドンキホーテの姉妹店以前の瀬戸物屋の名残共に古い人には記憶がある。昔は瀬戸物屋と言えば金魚が売られていたものだが、そんな光景も東京の外れの方に行かねば今は見られない程、珍しく貴重になってしまった。昨日のアド街ック天国ではないが、北区の北赤羽など外れの地域に行かねばそういう光景とは出会えない時代だ。関東平野、荒川が隅田川と分かれる分岐点の岩淵水門、近くの十条ないし東十条や王子のそれも京浜東北線に乗った記憶のある私には何処となく繋がって見える。全く不思議なものである。それは私の親父も御袋も北関東や東北から嫁いだ人間だったからに他ならない。つまり私には遠い記憶の中にその地域沿線があると言う事なのであった。それは極自然な流れである。しかしその後に三十年以上もこの新小岩という所を軸に暮らして来ていた訳だが、その流れ変化は目まぐるしいものであった。例え都心の外れと言われようとも、やはり臨海副都心の誕生と共に何となく変化は早い気がしてならなかった。この辺りと言えば、旧中川、荒川、中川、新中川、江戸川に何時も包まれている。昨今の指摘のよう、海抜ゼロメートル地帯であるこの辺りの特に錦糸町と亀戸の間の横十間川はそれ以下の地帯も存在する。それはその場所のみならず、東東京ないし南関東に幾つもあると私も感じる。鍵となる地下水や温泉の毎分の吸い上げ量もこの辺りは行政から規制され厳しく管理されている。それは先も述べた理由からだ。又、最近のテレビやラジオでは東京大学の見解しか言わない気がする。寧ろ逆に京都大学や違う所からの見解ないし調査結果も聞きたいものだ。それは内心に皆々、その辺に暮らす人間は思っている事だと感じる。そして残念なのは報じられる毎に弱体化すると捉えてしまっている人である。実はその逆で、それは何らかのトリックが隠されていると睨まなくてはならないからである。それはここ最近の大きな出来事以降、尚更なのだから。結局の所、政策云々と言っても、空の上から見下ろし見解を下すだけに過ぎない。それは日本全土の地下の地質が一定ではないのは当たり前なのにも関わらず、それを莫大な税で上から耕そうという無謀なる考えと同じだ。つまりそんな事をやったとしても、何時に起こるか判らない地震が来ればその整備費用の無駄になるからだ。つまりは今まで自助して来た部分はそのまま、変える所のみ救い上げて政策すれば賢いのである。しかしそんな事は誰しもが思っている事である。数年前の選挙も一度は今の人々に託した、それもその思いからだったのではないだろうか。つまりは国民は裏切られたのである。毎朝の如く、私の住む所からはこのような思いを募らせたかのように吐き捨てて通る人々が多数居る。又、弱者を装いては善意を踏みにじる根性の腐った人間も目立つ。それは今、スカイツリーの辺で飲み散らかし奇声を上げては騒いで何も感じない人間、それからも見える。モラルも何もかもが一つの失われと新しい文化の誕生の狭間で揺れ動いて行く。それが今は手に取ったように私には観える。だからか、私は先日に久し振りに小岩のフルハウスのマスターに会った際に心洗われる思いだったのである。今ではこのような管楽器ではないジャズのレコードを多く所有し聴かせる店も少なくなっている。総武線たった一駅の区間にこのような名店が在る、それは何よりの御馳走と言える。これから私も胸にラストワルツを抱き、暫くこの場を離れたいと思っている。先日、国立のレコードを売る店で長谷川きよしのネオン輝く日々と出会えた。その一枚のレコードは長い沈黙の末、都会の喧騒や雑響を掻き分け私の所に遣って来た一枚。その廃盤は最近になって初CD化されたばかりだ。ネオン輝く日々、その一曲は唯一のラストワルツかも知れない。今、日本の森林は環境汚染によって破壊され、そのならではの郷土性や文化性は壊滅の一方を辿っている。二進も三進も行かない狭間で揺れ動く感情を抱き、今日も明日も人々はアスファルトジャングルを彷徨い答えを探して行くだろう。その中、束の間の休息を約束してくれる地がこのような古き良き時代の名残ある東京下町である。それを今に生きる人達は決して忘れてはならない。路地の一角の医院、それも制度改革の煽りによる処方薬の正式名称化と薬手帳義務化とジェネリック薬品などの新たな問題が孕み、膨大な診察時間と連日の混雑が通院する人々を悩ませている。先日、主治医もこの手間の掛かる問題に怒りを露にしていた。駅前は今日もスマートホンなど片手に下を向く若者が我物顔で通り過ぎて行く。彼らの奇声は時にラリパッパに歌われる狂言のようにも映る。<br /><br /><p><a href="http://www.dentosangyokan.com/" target="_blank">葛飾区伝統産業館</a><br />東京都葛飾区立石7-3-16<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>中山道の水ある名所を尋ねて</title>
      <pubDate>Mon, 12 Mar 2012 19:30:07 +0900</pubDate>
      <description>昨日は東日本大震災から丁度一年目の日であった。従って私は今残る友人と新井薬師の梅照院で御焼香をした。こちらも東日本大震災によって無残な姿になった人々を慰める場所が設けられている。しかしそれ以前は全く設置されていなかった。正に出来事というものは受け止めざるを得ない。時にそれがどれだけ辛くてもである。しかしこちらに次々と来られる人達は何時もと変わりなく、井戸水の汲み場には地元の方々が次々と自転車で遣って来る。そんな他愛無い光景に癒される事は以前にはなかったのかも知れない。最近、こ..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E983BDE99BBBE88D92E5B79DE7B79A20E696B0E5BA9AE794B3E5A19AE9A785.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="都電荒川線 新庚申塚駅.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E983BDE99BBBE88D92E5B79DE7B79A20E696B0E5BA9AE794B3E5A19AE9A785-thumbnail2.jpg" width="160" height="120" /></a>昨日は東日本大震災から丁度一年目の日であった。従って私は今残る友人と新井薬師の梅照院で御焼香をした。こちらも東日本大震災によって無残な姿になった人々を慰める場所が設けられている。しかしそれ以前は全く設置されていなかった。正に出来事というものは受け止めざるを得ない。時にそれがどれだけ辛くてもである。しかしこちらに次々と来られる人達は何時もと変わりなく、井戸水の汲み場には地元の方々が次々と自転車で遣って来る。そんな他愛無い光景に癒される事は以前にはなかったのかも知れない。最近、この辺の商店街には今までの大学芋の香りに加えて新しい感覚のバーというのか、カフェというか、そのような店が出来た。それは<a href="http://www.rompercicci.com/" target="_blank">ロンバーチッチ</a>というジャズある空間である。しかし店は新しい感覚ではあるのだが、実は店内では古き良き時代のジャズ喫茶を思わせるナンバーをかけている。このように新しくもジャズないし音楽ある空間が西武新宿線沿線に出来た事は喜ばしい。こうすると今は高田馬場のMILESTONE、早稲田のNUTTYというふうに老舗を含めた店が唯一にジャズが楽しめる空間となる。しかしそう行くのも西武新宿線で一本、高田馬場駅で下車し早稲田通りをそのまま松竹ないし西早稲田の古書街に歩き、次に都電荒川線の早稲田駅の方角に歩けば三店を行き来できる事になる。新しい店は比較的、若年層が目に付くが、老舗店は相変わらずのフリークが集う。何はともあれ、ちょっと珈琲をという人には打って付けの店である。だが、都電荒川線の魅力も捨て難い。私は昨年の十一月にも新庚申塚駅を訪れていた。それは新しく愛器となったセルバのギターを神田小川町のカワセ楽器に預けている間であった。それはバランス調整に出した日の事であり、この写真を撮りに向かってはお岩さん縁の地を歩いた日の事である。友川かずきの作品にもお岩さんを題材にしたものはあり、私はそのCDを聴く。先に記した中野区や新宿区の辺とは異なる特性を持つ北区、この新庚申塚駅のある滝野川という地域には中山道と明治通りの交差する西巣鴨駅の裏に良い感じに寂れた風情が漂っていて、良感寺、智泉院、正法院という寺が点在している。そしてこの寺の景観は都電荒川線の踏み切りと相成って、一味違う風情を醸し出す。巣鴨と言えば刺抜き地蔵、つまり風情とはこのような所に遣って来る世代の多い町という意味合いで私はあえて今言った。こうして観た時に地域を形成している文化性が異なる事がはっきりと判る。又、このように異なる自助からなる文化性の異なりを味わえるのは東京の面白さである。そしてこの後、私の元にはセルバのギターに続いてエレアコ、オベーションのセレブリティーが遣って来る。これはチャールズ カーマンというヘリコプターを造っていたアメリカの会社のオーナーがギターへの繊維強化プラスチックの応用に成功し、世界的に普及した物、その内の一本である。<br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E69CA8E69CACE69BB8E5BA9720E69CACE5BA97.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="木本書店 本店.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E69CA8E69CACE69BB8E5BA9720E69CACE5BA97-thumbnail2.jpg" width="120" height="160" /></a>これはグラスファイバーと呼ばれるボール状の胴と木材が織り成すちょっと一風変わった音色のするギターでもある。浅川マキのラストレコーディングで土方隆行が使ったのもオベーションである。しかしオベーションは世界で先駆けて自然保護に貢献していたメーカーでもある。今も寺院や神社で良く見られる大木、その部分を考えれば何となく歩きながらも自然と結びつく。話しは変わって、先日の土曜、何故か足は以前の西北からやや東へと向かう。それは都営三田線に乗り新板橋駅で降り、やがて赤羽駅の方角を目指していた所からも窺える。新板橋駅の地上、そこには中山道、それを西巣鴨駅に向かって歩き、やや右寄りの路地を歩けば、やがて大学芋の合格屋という看板と店が見えてくる。そこにはパチンコ屋が向かい合って建っており、その近くでは踏み切りの音、JR埼京線の板橋駅付近の光景が見られる。それは旧中山道沿いである。その踏み切りの右手には時計台と駅舎が見える。この辺りは板橋区内でも一番混雑する駅とされており、踏み切りを渡った東口の方角ないし脇の路地にはスナックなどが点在している。板橋の宿場の名残はこの辺りで数少なくなった古本屋や酒場の中で語られている。そのレール沿いを池袋の方角に歩けば板橋駅前に出る。近くには喫茶店やマクドナルドが点在しているのが見える。そのロータリー状の所には女性を象った銅像がある。かつて、この辺りにも幾つかの古本屋が点在していたようだ。その近くにはブックス橘屋の板橋店が点在する。店頭に売られている文庫本や単行本、私はそれだけではない筈だと店内に入り、枝川公一のふりむけば下町があった、近藤等則×DJ KRUSHの記憶を手にする。それぞれは一冊の本であり、一枚のコンパクトディスクである。しかしそんな他愛ない何気なく目に飛び込んでくる出会いは正に一期一会であった。その後、私は来た道を戻る。すると板橋駅の西口に抜けるトンネルがガードレール沿いの道中あり、潜ると頭上に埼京線を見る事が出来た。駅前広場だろうか、その辺に歩く途中には何ともパンらしい香りが鼻を擽る。再び、踏み切りを渡ると、滝野川郵便局の方角の右手にやがて一軒の古書店が現れる。店頭には節電中という張り紙が貼られており、ガラガラと扉を開けると店主だろうか、老女らしき人が電気をつけて下さる。店内には硬派な文学書を始め、身近な雑誌までもが売られていた。店内を見渡すと珍しく古い<a href="http://www.jazzhihyo.com/news.html" target="_blank">ジャズ批評</a>が売られていた。それは、約三十年も前のもので、今は二千円からそれ以上の値で売られている。本の中には今はもう地元の町からも消えて無くなった珈琲園ないし木馬の所在地ないし広告が読める。しかしその中で今は何軒のジャズ屋が顕在しているだろうか。その本の裏のTDK カセット テープの広告を見ながら、私は溜息をついた。暫くすると、店主の老女がぽつりと話す。以前はこの店の向かいのスナックの立ち並んでいる辺りに映画館があってね、それなりに賑わっていたのよ、その一言一言は長年その地に住み生きて来た証そのものであった。それに至ったのは私がぽつりと、この辺りに喫茶店はありましたかね、という質問からであった。風の噂では、近くの王子界隈に在った気配を予感するのだが、今は判らない。しかし、映画、その店主が話す過去の景色からだろうか、その店の入って左の棚には確かに映画関係が何冊も並ぶ。<br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E79FB3E7A59EE4BA95E5B79D20E58C97E58CBAE6BB9DE9878EE5B79DE59B9BE4B881E79BAE.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="石神井川 北区滝野川四丁目.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E79FB3E7A59EE4BA95E5B79D20E58C97E58CBAE6BB9DE9878EE5B79DE59B9BE4B881E79BAE-thumbnail2.jpg" width="120" height="160" /></a>その一冊を覗けば、かつての日本映画や当時の色濃さがひしひしと伝わって来る。モノクロームな女優の体や俳優のシーンの断片は、今はこのような古い本屋の棚の中、その一冊の本の中で眠っている。私は寺山修司の花嫁化鳥、その一冊を手に会計を済ますと外に再び出る。それはタイムスリップした後に再び今に戻される正にそれに値し、それは扉を開け閉めて出る時に瞬時に脳裏を過ぎる。先程、老女が言っていたように、本屋の向かいにはスナックが立ち並んでいる。もう、かつての映画館の匂いは残念ながらアンダーグラウンドの世界に眠る。そして今はその路地を普通に人が行き交っている。パーマ屋の辺には住宅街、細い路地に少し名残深い記憶のようなものが漂う。そこから私は中山道の方に足を速める。界隈には良い感じに寂れた商い屋さんの匂いが何とも情緒に映る。まるでそれは昔に良くあった玩具店や牛乳屋や豆腐屋を眺め通る日のようでもある。肉屋の揚げ物の香りが何処となく漂い始める夕暮れ時、正にそれに当て嵌まる光景がそこにはあった。先程の古書店の支店は店内の案内地図の通り、中山道沿いにあった。しかしこちらは真新しいビルのような建物の一階にあり、店内には、当たり前だが、先程とは違う人が店番をしている。それは支店の店主なのだろうか。しかしこちらにはダスティン ホスマンな気質が合いそうだ。中山道沿いの出入口から奥手の出入口に行くと硬派な作家が棚に売られている。その下の方を見ても心理的な世界である。人によってはそれを未知なる世界と思い、解る者は自然と溶け合う。しかし本店と支店でも扱う内容こそは似ているにせよ、店主によって感じは違うものである。全く面白いものである。私は暫くするとその本屋を後にする。私はとにかく中山道の下を潜り商店街を歩き、坂道を降り、再び坂状の道を上がる先の谷津大観音の辺に出る。その商店街から先の道中には建設中の場所があり、そこに辿り着くにもクネクネと曲がりくねった道を行かねばならない。しかしその石神井川の景観は新鮮であった。又、谷津大観音を観ると、何となく東京大仏にも重なって観えてくる。だが、良く観ると容が若干異なっている事に気がつく。御釈迦様に似ても少し姿が異なるものである。その辺には八重桜が咲いていた。その北区は滝野川四丁目から私は石神井川の緑道を埼京線のガード下の所まで歩いた。その辺りで一枚の写真を納めると、板橋東憩いの森を歩く。そこからは埼京線の行過ぎる音がはっきりと聞こえる。又、その先に進み、その突き当りには都の特別支援学校だろうか、そのような建物と踏み切りが現れる。その踏切を渡るシニアカーに乗った老人は私と反対の方向に進んで行く。愛誠病院に向かう辺りは板橋区加賀、私はその病院のある所の金沢橋の辺から東武東上線の下板橋駅へ歩く。その道は中山道へと繋がっており、蕎麦屋などが点在する中、クロサワ楽器の板橋配送センターが点在している。この辺りには古くからの文化性と新しさが入り混じっている。丁度、中山道を潜ると法務局の板橋出張所が現れる。そしてその左手に歩けば新板橋駅、最初に降り立った都営地下鉄の改札に続く階段が現れる。しかし下板橋駅の方角に歩けばシャッターが閉まったまんまの喫茶、それは純喫茶だろうか、今も通り沿いに残されている。この辺りの地は北区と板橋区の区境であり、少し似ていながらにもやや異なる性質が感じられる。石神井公園は練馬区の大泉の近く、そう、西武池袋線の大泉学園駅から南の方角である。その石神井公園から流れ出している石神井川はこの辺りまで流れ、かつては音無川と言われていた。<br /><br /><a href="http://www.sayanoyudokoro.co.jp/" target="_blank">前野原温泉 さやの湯処</a><br />東京都板橋区前野町３－４１－１<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>サブカルチャー</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>愛す音楽の傍らの友のマルタイ</title>
      <pubDate>Thu, 23 Feb 2012 14:42:52 +0900</pubDate>
      <description>今年は二月も終わりに近づくのだが梅の花が咲かない。それもここ数日前まで続いた寒波の影響だろう。先日、私は久し振りに東京の板橋は赤塚溜池公園に向かった。都営三田線の西高島平駅を降りると薄っすらと冷たい風の中に陽だまりの暖かさがある。そしてそこでは恒例と思われる梅祭りが開かれている。周りの山状の林、その木には葉等なく、隙間から向こう側の空が透けて見える。暫く振りに観る光景、溜池には釣り人、その近くの遊具では子供達が元気に遊んでいる。後、山状のそれを登り切ると、そこからは以前と変わ..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E3839EE383ABE382BFE382A420E383A9E383BCE383A1E383B3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="マルタイ ラーメン.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E3839EE383ABE382BFE382A420E383A9E383BCE383A1E383B3-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" /></a>今年は二月も終わりに近づくのだが梅の花が咲かない。それもここ数日前まで続いた寒波の影響だろう。先日、私は久し振りに東京の板橋は赤塚溜池公園に向かった。都営三田線の西高島平駅を降りると薄っすらと冷たい風の中に陽だまりの暖かさがある。そしてそこでは恒例と思われる梅祭りが開かれている。周りの山状の林、その木には葉等なく、隙間から向こう側の空が透けて見える。暫く振りに観る光景、溜池には釣り人、その近くの遊具では子供達が元気に遊んでいる。後、山状のそれを登り切ると、そこからは以前と変わらず丘の下を見下ろすかのよう、木々の隙間から家並みが見える。そこにはもうかつて昔の田んぼの匂いは消えている。しかし若干、史跡等は微かに路地の一角、アップダウンの道の隅に残る。徳丸ヶ原、その名残も確実に観るには公園内の資料館に限られる。やはり何所も彼処も分譲住宅ばかりが目に付くようになってしまった。しかしこうして人口率を上げようという御偉方の意向もあり、私には何とも言えぬ気持ちが込み上げる。しかし先日、その訪れた先でも梅の花は咲いていなく、楽しみに来た若い夫婦だろうか、残念そうに小枝のつぼみを観ていた。しかし今年は三月頃まで延長する動きがあちらこちらの梅園で予定されている。すると桜の花咲く前に花見は可能となり、遅咲きに合わせる形で一斉に花開く事を考えればこれから花見出来る可能性は膨らむ。この日、私はその足で不動の滝と東京大仏を参りし、松月院ないし国道４４６号線を東武東上線の走る上の橋の方へと歩き、やがて川越街道の国道２５４号線に出た。しかしこちらを歩くのも久し振りである。今年の一月には珍しくも品川の五反田、その東と西の異なりを歩きながらに感じては南部古書会館の辺りで一軒の中古レコード店に立ち寄り、後に京浜急行で三田駅にて乗り換える。こんなちょっとした歩き方の違いも時には必要である。その際に買ったレコードはタル ファーロウであった。この人もちょっと珍しい奏法を得意とするジャズのギターリストである。曲によってはそのギターの胴を叩く独特な奏法を行う。しかしそれは近年になって流行るパーカッション奏法みたいなものとは若干ニュアンスが異なる。考えてみればギターは伴奏楽器でもメロディー楽器でもなく実は独奏楽器、そのトラディッショナルなスタイルに辿り着くと何となく音楽的ではあるが、リズム、メロディー、ハーモニーの三要素をこなせる小さなオーケストラと言える。しかしそのアルバムで彼はクォルティットの一つのポジションをこなす。そのオーソドックな感じからすると、何となく土曜の夜のラジオ番組とも重なる。そう、大人のジャズタイムというPM11である。しかし最近はDJも上流階級を褒めるばかりにどうも私は付けなくなってしまった。しかしそのラジオのCMにも流れる有名な棒状即席麺、<a href="http://www.marutai.co.jp/" target="_blank">マルタイ</a>のラーメンだけは好きである。この日、更に成増駅で西武バスに乗り換え、練馬は大泉に向かう途中、私は何故かそのラーメンが愛しかった、というより、そのようなラーメン屋を車窓から探していたのかも知れない。それも味わうにはこの日が最高だと感じたからである。寒波最後の一日だからである。すると私は赤塚溜池公園近くのラーメン屋、しらかば、という名の店が気になる。しかしバスは既に埼玉南部を流れて再び東京の北西に入り込んでいた。途中下車した大泉学園駅の近くの路地、その辺の古本屋で私は泉麻人氏の少し古くなってしまった文庫本と出会う。その本には氏の暮らした実家や都内のその少し前が観られる。夕方も暗闇に包まれる時刻に私は一時間に一本の都営バスで練馬駅へ急ぐ。やはりこの日も帰宅すると晩酌を済ましてはPM11に寝込む。つまり私のジャズタイムはこの日も頭の中で一軒のジャズバーの如く、その思い出の店の中で酔っていたのである。それは聴くレコードが完成されたものになってしまっているという現実もある。言わばその観念を壊すに私は寝込む前に自然音楽な世界に居る。ある時からそれこそがフリーで自然だという事が判ったからだ。だから私はその旅の先々で出会うものを大事に対話しながら一期一会を味わう。それが都会的、多少クールだが暗黙の了解である。旅先、そこではもう誰もサインも出さない。全ては己に任される。最近、私は何故かその方が性に合う。今、世の中は何かこう一つの型に当て嵌めさせよう等という愚かな過ちに気づかない者に支配されつつあるのだが、私はそのような風の流れには乗る気は更々ない。それが私の選んだ道だからである。時に人は拘束されない生き方を選ぶけれども、私にはそれを選ぶ人の気持ちが少しだけ解る。何にせよ後の残りは語らい悟られるもの、今という世の中はそのような風潮を皆々嫌うかのように一人一人が閉鎖的な表情を浮かべながら何かこう街を行き過ぎて行くような気がする時がある。しかしそれはやや当たっているのかも知れない。今日もあの路地の曲がり角、三丁目から夕陽は見られる。しかしそれらを各々に観ている姿は昔のように見知らぬ者との対話を好まない。それは時に無表情を表面に裏側の方では映画のスクリーンのような一つに集まるものを嬉しく感じているのかも知れない。世も末、いやいや、これから、今、それぞれに街を歩く人達はやや複雑な思いを胸に秘めながら雨の降る中を歩いている。そのような雨の降る日も晴れの日も音楽は心の友である。それは貴方にとっても私にとっても変わらない。だからテレビを消しても寂しさはなく、何時でもそれを愛する者の心の中には音楽が存在する。これから花咲く頃、それは今までにない、何かそれはそのまた先に行く毎に忘れる事の出来ないものになるような気がする。しかしそのほんの束の間にラーメンの味は格別なのかも知れない。マルタイのラーメンもその一つのような気がする。それは日本列島の西側、しかしそんな事を感じさせないぐらいに日本列島の中心の下町に暮らす人間にも合うティーストを持っている。その味はくどくなくあっさりとしていて深い。路地の一角のラーメン屋で食すその再現としても十分すきっ腹に納まる。私はこのようなラーメンを食す時、灯台下暮らし、その懐かしき光景が一瞬にして蘇ってくる。チキンラーメン、カップヌードル、ペヤング、どれもそれぞれの味を持つ即席麺である。しかし私は何時もこれら即席ばかりを食す訳ではない。そんな事をやっていたら身が持たない。例え話、演奏中には何が起きても可笑しくない。それは険しい山を時に登るよう、はたまた小さな丘を歩く時みたく音の表現には限りがないからだ。即席麺は愛す音楽の傍らの友のような存在である。それは土曜の夜酒、その若かった日曜の朝を迎える前に食したその味に似ている。先日、その帰りの地下鉄、それは新宿駅から何時になく不穏な空気が漂いも無事に船堀に辿り着く。洒落っ気あり気取らない、私にはそういう友が合うようだ。<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>昔ながらの鼈甲ピックに代わる新素材ウルテム</title>
      <pubDate>Mon, 13 Feb 2012 17:32:18 +0900</pubDate>
      <description>かつて昔のよう、何かこう自由な中で身動きの取り易かった頃を思い浮べる時、私のようにギターを愛しそれを肥しに生きる人間は不意と巷の楽器店の辺で鼈甲という今では希少になってしまったが、そのギターの弦を弾く為のものを思い浮かべる時がある。そしてそれは私達の中で当たり前にピックと呼び合っていて、しかしギターなどに興味も縁もない人にとっては全く無縁な世界でもある。先日、NHK総合に映し出されたフォーク世代の顔ぶれ、私は彼らを観ていて嬉しかった。それは時に自分自身の為、鎮魂の気持ちを込め..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/hroyuki20saito20Guitar20pick1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hroyuki saito Guitar pick1.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/hroyuki20saito20Guitar20pick1-thumbnail2.jpg" width="120" height="160" /></a>かつて昔のよう、何かこう自由な中で身動きの取り易かった頃を思い浮べる時、私のようにギターを愛しそれを肥しに生きる人間は不意と巷の楽器店の辺で鼈甲という今では希少になってしまったが、そのギターの弦を弾く為のものを思い浮かべる時がある。そしてそれは私達の中で当たり前にピックと呼び合っていて、しかしギターなどに興味も縁もない人にとっては全く無縁な世界でもある。先日、NHK総合に映し出されたフォーク世代の顔ぶれ、私は彼らを観ていて嬉しかった。それは時に自分自身の為、鎮魂の気持ちを込めて応援歌を歌う姿、同じ思いに重ね涙しながらに聴く人、正にそれは或る人生のエピソードによって再び捨てた筈のギターを抱き歌う親父さん達の姿そのものであった。それはひょっとすると今日も神田の一角、昭和で見られるのかも知れない。しかしそれぞれにそこに込める思いないしメッセージは人それぞれに違う。だが、それが何となく自然と以前のUDCやURCやエレックのレコードを思わせてくれる。そのヒューマンでいてフォーキーな音色、歳を取ってしまった後悔や未練やこれから、そのシンプルなコード進行に乗せて歌う思いや声は皆々違いなかなかに楽しく面白い。そこで皆々がノーマライゼーションのような或る種の方向性を目指しているとすれば理屈に叶ってしまう。昨日、ちょうどその世代だろうか、私が錦糸町の北口に向かうに途中で寄った楽天地の７階、その島村楽器のピック売り場で選んでいる若年層を見かけるやいなや、その白髪が微かに混ざった夫婦の奥さんは、また流行出したみたいね、こう旦那の耳元でヒソヒソ言い合っている。恐らく、彼らも一見から何かこう観えるままに自分達の歩いて来た道の後方と目の前を瞬時に這わせていたのかも知れない。大まかにその目の前には東京スカイツリー、後方には東京タワーが在る筈である。それはALWAYS三丁目の夕日を観れば解ってくる。昨日、私はそのピック売り場に混ざり新しいものを試す為、五枚のピックを購入した。それは先日に購入した物との折り合いを付ける為でもあった。昨日、傍に居た友人は、午後の三時二十分に始まる映画の事で頭が一杯である。そしてその映画はALWAYS三丁目の夕日`64、この度、新作として続編に続くシリーズである。私的には楽天地が好きなのだが、彼はTOHOシネマを好む。それはオリナスという今流行のショッピング風な近代施設の中に在る映画館である。私は正直、こちらは何となく気が落ち着かない。だが、昨日はチケットを御馳走すると言うのでしょうがないと話に乗った次第であった。しかし3Dメガネというものも、もう既に眼鏡をかけている二人にとってはその上にまたかけなくてはならない白物である。何時だったか、二つの眼鏡をかける男性を巷で見かけた事があるが、それは今では流行らない。従ってしょうがないので私は眼鏡のまたその上から重ねて見るように細工した。だが、いざ始まると暗闇に包まれた館内、スクリーンの方角を観るだけならば誰の目も気にならない。私はその3Dな世界を味わい、そしてその晩は友人と新しく出来たらしい新小岩北口の喜多方のラーメン屋で夜食を済ます。帰宅する頃は既に空が真っ暗であり、時刻は夜の七時を回っていた。そしてハイボールで晩酌を済ます。<br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/hroyuki20saito20Guitar20pick2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hroyuki saito Guitar pick2.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/hroyuki20saito20Guitar20pick2-thumbnail2.jpg" width="120" height="160" /></a>しかし昨日の映画は感慨深いものでもあった。それは正に先の団塊の言わば少年を映し出している世界だからだ。映画館に来ていた御客は老若男女を問わず、正に親子談義せずとも何か、その今に問題視されるジュニア世代が自然と親父の少年を観る、それは何時も口も利かない仲とて、何かこう無にして自然と解れる、これは良い映画ではないかと我ながら関心していた所だったのだ。言わば、このような他人の集まる一つの空間の中、７０年代、そのフォーク流行前の日本の光景を見る、それは再現世界ではあろうが確かに貴重である。何故に当時にフォークないしエレキを持つと不良と呼ばれたのか、その疑問は無の中で解けて行く事だろう。それは簡単に言えばその社会構造に乗らない、つまりはこの形成化されたとにかく上を目指さねば、その中、はぐれ者、こう呼ばれる曲がり角に流れに乗らない人々に当て嵌まると言う訳である。しかしこの部分や横文字の先駆けを追えば、団塊、それが以降に分裂し、現在の若者間同様、格差を齎した、ここと重なる気が私はしたのである。こう思った人は何人かは必ず居ると私は思う。芥川の姿は何処か以降のロックの奴らの長髪やファッション性や何やと重なる。作家という気質は今も昔も苦労人、これは時代が代わっても残念ながら変わっていない。それが寧ろ今は色濃く内面に潜り込んでいる、そんな気さえしてくる筈だ。ここまで察せれば話は早い。さて、鼈甲という言われであるが、これは元々に南洋に生息していた海亀のタイマイを指す。それは現在、ワシントン条約に定められ、仕入れが禁じられる前のストックからでしか基本的には工芸ないし製品化が許されていない。これは国の定める保護法に守られている為である。しかしその工芸品は歴史が古いと言う。大昔は江戸の家康の眼鏡、髪に差すクシにも使われていた。ここからしても如何に高級品だったかが判る。しかし一時、話は変わって以前の楽器屋には必ずと言っても良い程に鼈甲が用いられた物が見受けられた。私が所有するYAMAHA FG-600J、その通称、黒ラベル、そのフォーク ギターのピックガードという部位にも実はこの鼈甲が使われていた。今、同様なオーダーをすれば高額になるのは言うまでもない。しかし鼈甲ピックというものも昔は今程に高い白物ではなかった。物価変動は確かに現在と異なるが、しかし今程に買い物に苦労するものでもなかった訳である。それは三味線や大正琴を始めとし、マンドリンまでもがこれを基本的に弾く物としていたからである。その名残は大正琴用のピックを見れば一目で判る。そう、今も鼈甲柄そのままに化学繊維樹脂などの新しい技術で再現されているからである。欲に言う、プラスチックのピックで鼈甲柄をした物である。だが、私もそうなのだが、そのプラスチックの鼈甲柄の音は駄目である。あの艶やかでいてクリアーに抜ける音色は本鼈甲でなければ出せない。今この時、実は同様に悩みを抱える人は沢山居る。その独特なトーンは、ジャンゴ ラインハルトでも聴け、ジミー ヘンドリックスでも聴け、ブルー グラスでも聴け、実際の愛用者は世界に大勢居た事になる。近年、ジャズの渡辺香津美氏も島村楽器と共同開発でシグネイチャー ピックを発売したばかりである。それはティアドロップという涙のような形をした原型の物を彼なりにアレンジして丸みを持たせたものである。<br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/hroyuki20saito20Guitar20pick3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hroyuki saito Guitar pick3.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/hroyuki20saito20Guitar20pick3-thumbnail2.jpg" width="120" height="160" /></a>厚みは拘りからか１ミリ、1.2ミリが発売されている。しかし私はアメリカのジム ダンロップ社から最近になって発売されたウルテックス、ウルテムという化学繊維素材の別名であるが、この会社が開発したトライアングル形の０．６ミリ、従来のカーボン製のJAZZⅢ XLタイプそのままのウルテックスがしっくりと来て今は愛用品になっている。昨日、五枚と言ったピックは実はウルテックスのトライアングル形、0.6ミリである。しかし私はこれをストロークなプレイを中心とした曲想にしか用いず、以前はジム ダンロップ社のトーテックスという化学繊維素材なのだが、その0.5ミリを使用していた。そのピックも激しいストロークにも関わらず決してセルロイド素材のように欠けず削れずで良く、このウルテックスないしウルテムが開発販売される前までは愛用していた。激しく掻き鳴らすプレイからボブ ディランのようなフラット ピッキングなカーター プレイはこれで対応する。そしてリードのみJAZZⅢ XL、３ミリの牛骨ピックを使い分けている。その牛骨ピックは真ん中の写真のそれであるが、実は私の場合はティアドロップ状の先端部分を削り丸みを持たせ、全体に横から見て△型になるようにヤスリを用いて自ら形成し直している。そのエッジ処理には段階的に荒いものから細かいヤスリを使い、クラシック ギターリスト達が爪を研く所を応用したもので、ガットでのソロやアコースティック ギターのソロに使うものである。基本的に私はガットはアポヤンドでプレイする為、現状はその使用するタイミングも曲想による。しかし今まではカーボン製のJAZZⅢ一つで重宝していた。それも同様に私はヤスリでピック端側の加工を施していた。だがフィンガー プレイ時に使用する親指専用に作られたサム ピックはカワセ楽器のものをやはり同じく加工し使用している。フィット調整に加え弦にヒットする部位にヤスリがけを施しているのである。それは元々に私がクラシックをやっており、その過程で身に付けた自身の爪を研いた後の音、それが定着しているからである。音楽人の道具に楽器とそれを弾く物が在るのだが、実はその次のエフェクターやPA機器に皆々ミュージシャンは逃げてしまっているのが現状である。大規模程に実は大音量で誤魔化せる為、実は手抜きはし易いのである。この事を事前に知った上で買い物をしている人は私も巷の楽器店であまり見かけない。昔、その下宿屋の辺で煩いと怒鳴られも弾く男のギターこそ、実は本物なのかも知れない。私は今、そのような形に回帰し、不定期に都心外れの町に向かう。そこで探し求めていたものはやはりヒューマンさというのか、トラッドなスタイルだったのかも知れない。この度、鼈甲に代わるウルテム、その全く新しいピックを開発してくれた方々には心から感謝を申し上げたい。その音は人間の爪で弾いた時の鼈甲製のピックを用いて弾いた時の音色に近い。同素材を使用するピックも各社、それぞれの特徴ないし味がある。しかしその数在る中、私はジム ダンロップ社のギター ピックに落ち着く。今や本鼈甲ピックはウルテムの十倍の値段がする。これが時の流れた先の現状、保護すべきものを考えねばならないそれなりの新たな選択手段である。残念ながらこのような話しはギター愛す者の中の同質な特性を持つ者にしか理解が出来ない。つまりは音楽人も真剣であるという事である。写真の一番下の物が本鼈甲製である。<br /><br />SMOKEY AMP BLOG<br /><a href="http://www.smokeyamp.jp/" target="_blank">http://www.smokeyamp.jp/</a><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>Heart of Soul</title>
      <pubDate>Sun, 05 Feb 2012 22:45:00 +0900</pubDate>
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<object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/LkbmXApVc2k?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/LkbmXApVc2k?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/tkIOiJ169sk?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/tkIOiJ169sk?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><a name="more"></a><object width="420" height="315"><param 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value="http://www.youtube.com/v/IKMITtAbES4?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/IKMITtAbES4?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/EJD9-1fNYVI?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/EJD9-1fNYVI?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br />音楽はソウルという、その一つのジャンルに見られる言葉の元に辿り着けば全てが一つに結びつく。それはそれぞれのミュージシャンが心から発するものと一体になるからである。音楽は国境を越えて旅し続ける。その魂というソウルさを胸に抱きながら今日もまた。<br /><br />

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            <category>音楽</category>
      <author>ピカリング</author>
          </item>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/archives/10606819.html</link>
      <title>東京の湧水「八の釜憩いの森～あかまつ緑地」</title>
      <pubDate>Sun, 29 Jan 2012 17:25:00 +0900</pubDate>
      <description>二〇一二年一月の最後の土曜、私は昨年も歩いた地を目指していた。まずは一杯のインスタント珈琲を飲み終えた後の朝に起こる甲信越の地震、その震度をラジオの速報で聞き、午後は昼食を早々と晴天日和に任せては寒風摩擦の中を最寄の新小岩駅まで歩く。丁度、午後の一時頃、私は水道橋駅を降りる。その後楽園に向かう人々、神田川を泳ぐ鯉、中央線を私は横に見ながら、足は三田線の水道橋駅に着く。そして今回も練馬駅に向かう手段として春日駅にて大江戸線に乗り換え、都庁前駅にて再び接続の地下鉄に乗り換える。練..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E585ABE381AEE9879CE686A9E38184E381AEE6A3AE20E585ABE381AEE9879CE6B9A7E6B0B4.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E585ABE381AEE9879CE686A9E38184E381AEE6A3AE20E585ABE381AEE9879CE6B9A7E6B0B4-thumbnail2.jpg" width="120" height="160" border="0" align="left" alt="八の釜憩いの森 八の釜湧水.jpg" /></a>二〇一二年一月の最後の土曜、私は昨年も歩いた地を目指していた。まずは一杯のインスタント珈琲を飲み終えた後の朝に起こる甲信越の地震、その震度をラジオの速報で聞き、午後は昼食を早々と晴天日和に任せては寒風摩擦の中を最寄の新小岩駅まで歩く。丁度、午後の一時頃、私は水道橋駅を降りる。その後楽園に向かう人々、神田川を泳ぐ鯉、中央線を私は横に見ながら、足は三田線の水道橋駅に着く。そして今回も練馬駅に向かう手段として春日駅にて大江戸線に乗り換え、都庁前駅にて再び接続の地下鉄に乗り換える。練馬駅に着いた時刻を見ると、時計は午後の二時を回っていた。その駅デパートを潜り抜けた先のバスターミナルの先の公園には先日の雪が薄っすらと日陰に凍った状態のままで残っていた。ブーツなどの靴底では転倒し兼ねない、その予測通りにスポーツシューズを履いて来たのは正解だった。しかし風は冷たい。その次のバスを待つまでの一時間近く、バス停に留まるのはやや辛い。そして私は暫くの間、昨年も立ち寄った一信堂書店を訪れる事にした。昨年に来た際には遣っていた筈のあんぱちや、その閉まったシャッターが休業である事を願いも、私はその古本屋の軒下で再び本を探す。その何冊とも言えない程に手に取る本の中、私は再び欲しかった一冊の本を見つけては買う。帰り際には覚えて下さっていたのか、また御立ちより下さいませ、こう言う。私は内心に嬉しかった。ひょっとしたら今この時、人々が欲しがっているものなんて、このぐらいなものなんじゃないだろうか、ふと思った。私は古本屋を出ると練馬駅から二つ目のバス停に向かって歩いていた。それはバスの到着する時刻、午後の三時十分に間に合わせる為でもあった。しかし途中に古本屋に立ち寄るゆとりは大切である。それは思い掛けない出会いに繋がるからである。後、関東バス、京王バスなどのバスが行き過ぎる中、予定通りに都バスが着く。しかし良く見ると、その車体は少し前まで都心でも見かけられたものである。それは昨年同様に今も走っていた。最近、都心では各バス会社の新車種が見られるようになったが、反対に一つ前の車種の乗り心地というのか、ノンステップではないタイプの入口出口が階段状になったものに乗りたいという人には、これは打って付けでもある。しかしこの一つ前の都心では見られなくなったものが見られる感覚というのは、実は昭和頃も同様で、都心にボンネットが見られなくなってもこちらに来れば乗れた訳である。江戸時代に御城と言われていた地域、その現在は港区、中央区、千代田区など言われる所、淀橋ないし新宿区を含む中心から外側は、つまり今も昔も一つ前の何か面白いものを見られる見つかるという訳なのである。さて、昨年も歩いた一級河川の白子川ではあるが、先週に大泉学園駅から程近く、そのハードオフに立ち寄った折には整備工事を知らせる看板があった。実は今回はその周辺の湧水地を歩く目的で遣って来たという訳であった。しかし然程混み合う訳でもなし、妙延寺、そのバス停で降りる頃には時刻も午後の四時を回っていた。此れでは夕陽が沈む時刻になってしまうと、私は来た道を後ろに歩き、日産の看板の先の三味線屋の辺りから白子川の外山橋に向かってやや急々と歩く。その大通りから入る小道状の道の先にはY路地、私はその右手を急ぐ。すると小さな公園を過ぎた、アップダウンのある道なりの先に外山橋ないしマンションの集合地帯と河川敷に辿り着く。先週に見たよう、周辺は整備工事の真っ只中、何でも豪雨時の水の溢れを防ぐものだと言う。しかしその道なりを先週同様に東京外環自動車道の方角に進むと、行き止まり、私はクネクネとした細い路地を歩かせられると同時に偶然に風呂屋の煙突を見つけ、その通り、美寿々湯という銭湯を見つける。それは向かい合った菓子屋、幾つかの商い屋と集落の中に点在している。しかしその屋根は古き良き頃の銭湯の姿そのもので、隣り合ったコインランドリーと共にその地ならではの味を感じる。その界隈には商店街も在った。しかしその細い路地を縫うように歩くというのも今は少々複雑な心境、勇気はアタリマエダのクラッカーの如く必要である。文化は異なりとて人は違えど、この教訓だけが己を勇気付けるものである。その後、予定通りに、びくに公園、八の釜憩いの森に到着する。場所は練馬の東大泉二丁目二十七番地の大きなグランドの隣である。八の釜憩いの森ないし八の釜湧水、こちらもやはり湧水地である。以前にも記したよう、この白子川の河川敷には幾つもの湧水箇所が点在する。それは終地点の辺から川なりに延々と、それは恐らく下流地点に近い手前まで存在していると思われる。<br /><br /><br /><a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E38182E3818BE381BEE381A4E7B791E59CB020E6B9A7E6B0B4E6B1A0.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E38182E3818BE381BEE381A4E7B791E59CB020E6B9A7E6B0B4E6B1A0-thumbnail2.jpg" width="160" height="120" border="0" align="left" alt="あかまつ緑地 湧水池.jpg" /></a>成増から和光市を歩いた際の東埼橋の辺もかなりのものだった。そうするとこの辺りはそこに到達する手前は愚か、前回の清水山憩いの森に到達する手前の地点と言える。この池状の湧水地を見ていると、通り掛かる子供達は自転車に乗りながらにザリガニ釣りをしていた夏頃の様子を友人達と語り合っている。今は冬にて葉もない小枝、しかし春や夏にはこれと違う景観を望める事だろう。私が昨日この八の釜湧水を見た帰り道、何故か無性に感が過ぎる。丁度、そこは大泉IC、その辺の信号待ちの時である。信号を反対車線の方へ方へと進むと、やがて高速道路のグルリとした真下に出る。そこはやや日陰状にて肌寒い事には変わりなく、しかしその感を頼りに再び白子川沿いに合流する。その辺は集落地帯であり、午後も四時半となった為か、御家へ帰りましょう、何処も同じく行政放送が流れる。しかしその辺で偶然に見かけたのは調整池の存在であった。つまりは或る地点に達した際に新たに水流す所を拵えては万が一に備える、この地、練馬ならではの試みなのだろう。しかし昨日の空は晴天なりて、水に浮かぶはカルガモ達であった。これも昨年に杉並の善福寺川で見かけ、まさか此処でも見られるとは思いにも寄らなかった。しかしその川なりを歩くも行き止まりな地帯があり、私は夕陽迫る頃に早足で工場のような建物の横を通りて右に折れ、更に右に折れた先、もう一つの目指していた緑地、あかまつ緑地に辿り着く。丁度、辿り着くには行き止まり先の橋を渡る事になる。そこは白子川沿いに在り、林状になっていた。通常の公園とは違い、その中には自然の声、水と木と土の匂いがする。その崖状というのか坂状の上に登ると、既に西の方角に綺麗な夕陽が映えている。それは木陰から西の方角に綺麗に風景画のように見える感じであった。辺りは集落地にて静まり返る。近くには病院も点在しペットショップのような店も点在している。しかしその夕陽を見ていると不思議と心現れる気分である。先ほどの八の釜の湧水池も昔は富士に登る人々が身を清める為に使っていた禊場だったとの事である。それは板橋の不動の滝もそうだった。正にぼっとその陽の沈む様子を見ていると私は一瞬そのような気持ちになれた。後、その下の方に階段を降りると、林の木陰の下にベンチが幾つか点在している。そのベンチには犬を散歩させる人だろうか、座りながらに池状の水溜まり場を眺めている。正に其処こそが私が次に探していた湧水池のそれであった。その近くに寄れば水の音が聴こえる。恐らく溜まった湧水が排水口状に伝って川に流れるのだろう。今回の何れの二つの箇所も良く見ないと湧出口が判らない。池状になった湧水地の多くは岩や石の隙間や池の底から湧き出ている場合が多いからだ。今はこのような池というものは大変に重宝されているのだと言う。それは何層にも重なるその土を辿る毎に外からは見えない地層の変動が判るからだそうだ。これは最近のニュースなどでも報じられたので知る人も多い筈であろう。なるべく自然のまま残される池は守った方が良い、私は感じた。これを見終わると、私は帰宅を急いだ。それはクネクネと入り組む道を縫うよう、国際興業バスの走る地点まで。又、その頃には空は暗くなり、夜に変わり始めていた。私は昨日そのまま大江戸線の光が丘駅まで歩いた。途中に参りした神社の辺の商店街が印象に残る。<br /><br />あかまつ緑地　<br />東京都練馬区大泉町2-20<br /><a name="more"></a>

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            <category>サブカルチャー</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>ジャズ喫茶「らい」を訪ねて</title>
      <pubDate>Fri, 20 Jan 2012 17:15:45 +0900</pubDate>
      <description>それは昨日だったか、今日に雪降る予感を抱きながら朝歩くと、新小岩のコンビニエンスストアーの辺に群れを成し歩く受験生らしき姿、その光景を見る成れば、私も遠い昔を思い出す。しかし今と昔は本当に何もかもが変わってしまったものだ。その辺で信号を待っていると私はふとそのような事を感じた。その先の道へ、私は青信号に変わると歩き始めるのだが、数十年前に点在していた豆腐屋、牛乳屋、その存在は今や姿形すらない事にやや残念を抱く。しかし変わっていないものもある。それはその道なりに進むと今でも点在..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E382B8E383A3E382BAE596ABE88CB620E38289E38184.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E382B8E383A3E382BAE596ABE88CB620E38289E38184-thumbnail2.jpg" width="240" height="340" border="0" align="left" alt="ジャズ喫茶 らい.jpg" /></a>それは昨日だったか、今日に雪降る予感を抱きながら朝歩くと、新小岩のコンビニエンスストアーの辺に群れを成し歩く受験生らしき姿、その光景を見る成れば、私も遠い昔を思い出す。しかし今と昔は本当に何もかもが変わってしまったものだ。その辺で信号を待っていると私はふとそのような事を感じた。その先の道へ、私は青信号に変わると歩き始めるのだが、数十年前に点在していた豆腐屋、牛乳屋、その存在は今や姿形すらない事にやや残念を抱く。しかし変わっていないものもある。それはその道なりに進むと今でも点在するコインランドリーのそれである。今やコインランドリーという所も珍しい等と言われるようになってしまった。私は他人の話す日常会話の漏れる言葉から時々だがそのような時代というものを感じる時がある。あの頃、そう言えば、アパートに洗濯機もなかった頃、その昔にこのコインランドリーという存在は大変に重宝したものだった。今でも事情あり、アパート暮らしする人にとっては、この近くに存在する銭湯とコインランドリーとクリーニング屋の存在は欠かせない一部である。このような下町に存在する、ある種の懐かしさ、そこからはかつての暮らし方というものを感慨させるものが多い。あの頃、そこから歳を取ってしまい、すっかりその暮らし方を忘れた人達にはこれらの存在は邪魔者以外の何物でもないのだろう。しかし私が昨日に見た、そのコインランドリーの中で叫び狂う年老いた男の声は、何故か知らないが私の胸に突き刺さった。それは生活苦に陥ったこの冬に耐える泣き声の如く聞こえたからである。しかしこのような光景は私の住む所から近くの距離で、随分前からそうだが、良く見かける光景だ。でも私にはその山谷ブルースと近い感じが何故か今も暮らし易い。それは生活感というのか、今で言うレトロと言うのか、私には判らないが、親しみが深い。だから私はあまり敷居の高い街には出掛けない。それは今も昔も変わらない。しかし今日、テレビを付ければ、薄っすら雪化粧、それは昨年に訪れた町の辺であった。東京の西側、正にその辺が映し出されていた。そして昼間の番組から流れる歌謡曲は薄っすらとジャジーに色付けされ、何時もの曲も少し御洒落に見える。その昼食を済ませれば、再び、そう、何時しか歩いた筈の町の写真一枚が私の中で蘇る。実はそれも入りたくも入れず閉まいの店の一つであった。それは何時も降りる錦糸町駅から出ている都02系統の大塚行き、そのバスの途中に在るジャズ喫茶である。らい、そういう名前の今は良い感じの珈琲屋さんである。その近くには、三筋二丁目、というバス停が存在する。そのバス停の手前は蔵前駅、今や東京スカイツリー、墨田の駒形橋と相成って、夏は花火で大変賑わう所だ。その珈琲屋の隣にはタバコ屋や立ち食いの蕎麦屋が点在する。今となっては歴史遺産と言っても良い程のものだが、かつては御洒落の極め付けでもあった古き良き銀座の匂いが漂う。それは同時進行系以外には悟れない所、以降の世代には新鮮味に見えるのかも知れない。しかし店の前に飾られたビリー ホリディーのレコード ジャケット、それは女性ジャズ ボーカルなのだが、店主のコレクションが判る。この辺りの音を聴かせる店も今や都会には殆どと言って良いぐらいに存在しない。つまりはそれぐらいに貴重な所、ある種のジャズ好きにはである。しかしその珈琲しにふらっと入る老人が飲み終えて直ぐに次の目的地に向かって出て行く光景はイメージしても何も違和感がない。極々自然に流れて行く生活のように見える、この店を訪れた方々の多くはそう言う。そう言えば、亡くなって二年経つ浅川マキもビリー ホリディーを語らっていた。この辺りが好きな人は必ずやピンと来て直ぐに行きたいと思うであろう。今や町には真新しい珈琲屋が数多く凌ぎを梳る。しかしその中でこのような店が今年も来年も続いてくれるとしたら、必ず好き同士は黙ったまんまビリー ホリディーのレコードに耳を傾けるであろう。時に高価なオーディオ装置で聴くのも良いが、でも、このような今となっては肩の凝らない、そういう装置で聴くあの曲この曲も悪くない。私的には好きである。しかしこう思う人は数限りなく居る筈である。しかしこの店も今は昼を過ぎれば店を早々と閉めてしまう。それは私にとっては想い出ある新小岩のあすなろ、その喫茶みたく、モーニング、ランチを目的に今はやっているのかも知れない。しかしその店それぞれに掛かる音楽は異なる。それはそれぞれ店主の趣味に準じているからだと思う。でも、こういうのは面白い。そう思うのも今では貴重に追い遣られているからなのかも知れない。思い返せば、この店の前を通ったのは昨年の十二月、それは土曜の午後であった。しかし私は今年、こちらに何度か通りがてら、もし、開いている日が合えば、珈琲を飲もうかと思っている。少し月日は動いたが、こう思わせてくれる店は明大前のマイルスもそうなのだが、数少ない。そう言えば、その十二月、私は人から合羽橋道具街に大きな鍋は売っていませんかね、こう訪ねられた時であった。思い返せばクリスマス会の仕度に追われていた年末であった。今、国際通りの裏の合羽橋はどうなっているのだろうか、随分と前に連れられて行った時の様子との変わり様が気になる。しかしその辺の浅草にも良い店は確かに在った。それも今では一冊の古くなってしまったが本の中に残る。そしてその一冊に出会うなら、私は古本屋を巡りなさいと人に薦める。それも音楽書に明るい店である。神田神保町ならば古賀書店が有力だろうか。これから春の東京下町を歩く成れば、大江戸線の蔵前駅を下車、後、新御徒町駅に向かって歩いては再び地下鉄に乗り、春日駅で三田線に乗り換え神保町に降りて古書街を歩くのも悪くない。その辺にはトニーレコードなど中古レコード店も頑張っている。今年は今年で昨年に出会えぬ何かに出会えるかも知れない。まずは棚に手を伸ばす事から全ては始まる。しかしジャズ喫茶で聴いた時の感動は決して忘れてはならない。それは各々に部屋のオーディオ装置で聴く、幾ら高額とてセッティングに費やしたものとて、全く違う空気感なのだから。それだけは店の味わいだけが成せる技であり、そればかりは別格である。しかし東京下町は何時に歩いても肩が凝らない、全く不思議なものである。<br /><br />ジャズ喫茶 らい<br />東京都台東区三筋2-24-10<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>サブカルチャー</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>それぞれのポテンシャル</title>
      <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 15:18:00 +0900</pubDate>
      <description>今年も年頭行事が次々と終り行く。月日はあれよあれよと過ぎ去って行く。本日は鏡開きの日である。だからか私はバス停に向かう路地の自動販売機に売られていた御汁粉が自棄に飲みたくなってしまった。しかしどうせ鏡開きするなら、やはり小豆から煮込み御汁粉を作りたい。そんな想いがどういう訳か本日は思い浮かばれ、だからか缶珈琲よりも御汁粉に目が行ってしまったのであろう。しかし話は変わって、今は真冬の真っ只中、行き交う人々の誰もが厚着にマフラーをしている。そして寝るにも節電さながら、昔を思い出す..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/2012E5B9B41E69C8820E6B19FE688B8E5B79DE69687E58C96E382BBE383B3E382BFE383BCE5898DE381ABE381A6.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/2012E5B9B41E69C8820E6B19FE688B8E5B79DE69687E58C96E382BBE383B3E382BFE383BCE5898DE381ABE381A6-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" border="0" align="left" alt="2012年1月 江戸川文化センター前にて.jpg" /></a>今年も年頭行事が次々と終り行く。月日はあれよあれよと過ぎ去って行く。本日は鏡開きの日である。だからか私はバス停に向かう路地の自動販売機に売られていた御汁粉が自棄に飲みたくなってしまった。しかしどうせ鏡開きするなら、やはり小豆から煮込み御汁粉を作りたい。そんな想いがどういう訳か本日は思い浮かばれ、だからか缶珈琲よりも御汁粉に目が行ってしまったのであろう。しかし話は変わって、今は真冬の真っ只中、行き交う人々の誰もが厚着にマフラーをしている。そして寝るにも節電さながら、昔を思い出すかのよう、誰もが布団の中に湯たんぽを偲ばせ、足の裏から温罨法し眠りに就く。例外なく私も長年そうしている内の一人であり、何故かそうした方が風邪をひかない。逆に頭の真上、何と言うか、エアコンの温風に頼ると翌朝大変な事になっている。こうして私は時代に関係なく足裏温罨法をし今日に至っている。実はこの方法も思い返せば既に此の世に居ない祖母らが遣っていたものであった。しかし若い頃は当然このような風習に反抗したいもので、量販店でエアコンなど便利になった物を使う訳であるが、しかしながらそれで喉の調子を悪くするや具合が何か思わしくないとなっては意味が無い。という事で大分前から私は湯たんぽに切り替えていた。最も効果的なのは金属製よりもプラスチック製である。これは以前に通っていた鍼治療院にも進められたから遣っていたのは確かだが、しかし幾分か外に伝わる内部の熱湯の熱さが少し和らぎ、バスタオルを巻き付け使用するに肌に丁度良いという事を実感したからである。このように今まで身に沁みて何かこうその大切さとか、何かこうその大事さを肌で判った人というのは、流行だから云々とそれは関係なく、既に実感の域に居るものなのかも知れない。先日の日曜、久しく会った友人と三人連なって夕陽を観がてら上平井の大王に入れば新年会でもしているのか親父さん、このような飲兵衛元気で病気知らずの人はそんな気も使わず長生きする事だろう。私は友人連なって頼んだチャーシュー麺を食べながらに思っていた。最早、餃子三人前と土産用に包んでもらい、後は仲間とアパートの部屋なりでビールを飲む方が少し忌々しい。だからか私は久し振りに外食を彼らと共にしたのであろう。しかしラーメンというものは食べ始まれば呆気ない。何時の間にかスープだけが丼に残る。最近はカップヌードルの自動販売機も無くなった変わりにスーパーマーケットのカップラーメンの味が上がり、すると下町ならではの昔ながら中華料理屋の醤油ラーメンは意味を無くしてしまった。従って味噌ラーメンの嫌いな友人はその日、私とチャーシュー麺を食したのである。それは思い返せば七日の七草、大宮八幡宮にて二度目の本命、初詣を済ませた次の日の出来事であった。土手を歩けば犬が通り過ぎ、高速道路を越えて業平橋の方角には見慣れた東京スカイツリーが八日も聳え立っていた。それも本年から正式に登る事が出来るだろう。あの天辺から見晴らしの良い景色を全国民が楽しみにしている事だろう。しかしその東京の下町に聳え立つ巨大な鉄塔も至る所から多種多様な見方が出来る。私も路地裏から見るそれが好きな一人でもある。しかしそんなこんなを想いながらに歩けば疲れ、先程、私は何時ものバス停から近い所で腰を降ろした。しかしその辺の景観が素晴しい。その木の枝には秋の枯葉がすっかり無くなった小枝だけが空に向かって見た時に先端に綺麗に伸びている。一つ一つが織り成すその冬らしさ、その腰を降ろした所には詩の刻印された石が現代にメッセージを発する。私の目には、冬を愛する人は心広き人、の一節が何故か印象深く、何故かそれだけが一瞬にして脳裏にインプットされてしまった。そこには幾つもの詩の断片が刻印された石が点在する。そこは丁度、江戸川の文化施設の辺、少しばかり時間が経ち、落ち着いた川らしいせせらぎが同時に味わえる場所であり、私個人的にも何故か好きな所である。どうもそれは色々と歩いた中でも独特な景観らしく、去年、西に行ってもあまり似たものが観られなかった。アナログの針が時を刻むその頃、丁度、天気予報が始まる時刻である。するとこのギグケースの中に居る愛器も腹を空かす。私はその後に新小岩公園まで歩き、ゲートボールを楽しむ老人の前で徐に演奏を始める。フリーでオーソドックなアドリヴ ソロからオリジナルのG BLUESを終えると今夜に向かって再び歩き始める。しかし雪だと騒がれる今日だが空は雲薄すらに青々としている。先日に買ったばかりの私のブラック シューズは早々と出番を迎える。そのブラック シューズもどのぐらい持つかは解らない。何しろ私の歩き方はハードそのものだ。しかしこの愛器、通称エンペラーとも時が長く、昨年に満を期して去って行った楽器達を抜いて生き残った一本である。そのスイッチも後ろのリアに切ればブルースらしく、ジョンリー フッカー、タンバ レッド、ライトニンな味を成し、手前のフロントに入れ直せばジャジーに、それはジョー パス、グラント グリーン、バニー ケッセルな味を成す。そしてそれを真ん中のセンターに差し込めばハーフトーンに生音と相成って、引き語りに大変重宝する。こうしてブルージーでジャジーなフォーキーサウンドは今も尚に健在適所に守られ続けている。私はこのフルアコをローランドのジャズ コーラスで出すのが好きだ。何時もスタジオではそれが在るブースを頼む。元旦、その届いた一通の年賀状、その差出人は恩師からであった。久し振りに受話器で話す会話、その距離は確かに開いていた。時間とは時に互いの方向性を明確にさせるものなのかも知れない。私はその時にそう思った。一言に音楽と言えども、その中には多種多様無限大に広がるものが存在している。そしてそれらを歴史上に創り出して来たのは紛れも無く音楽する人間達である。或る日のフリーな演奏を収録したレコードないしコンパクト ディスクなどもフリーという意味を全く成さず、それは矛盾と実はその場その場で創られて行くからフリーなのであるという真実を知らしめる。しかしこの本当を知る人は此の世にどれ程だろうか。私の横には野良猫が足音を鳴らし通り過ぎ、頭上では野鳥が声を出しながらに今日も何処かの町に向かって飛んで行く。首に鎖を繋がれた犬は飼い主の行きたい方向と反対を示し、その一部始終が神社で参りする帰り道、古い寺の景観を眺め帰る道の途中で見られる。今日も今年も人々が何かを創り出して行く事に何ら変わりなく。私は逆にこれらを楽しむ事に切り替え、意気を新に長い道を今年も歩き、それは途中でどうなるかも解らないが、行こうかと再び腰を上げて歩き始める。そう言えば、このエピフォンの歴史も波乱万丈であった。それはギブソン直結な故、このようなオリジナルなフォルムは自棄に際立つ。ギターも人間と似て一つとして同じが存在せず、例えばピアノのように何時も調律後もテンションを張り詰めていたら何時かは必ず棹から撓んでしまう。その習性は人の気質にも似ていて、それらは前者後者に例え話し分けられる。人間が身体の一部を意識するように、気づき始めたら私の場合はこのような違いを見分ける所までに達してしまった。つまりはプロデューサーはそれぞれのポテンシャルを引き出す必要があるという事である。それは身近にあるモチーフから始まって行く。それぞれに直感を感じる、そこから不意と出来上がる音がある。<a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>二〇一二年 元旦世相記</title>
      <pubDate>Sun, 01 Jan 2012 17:52:42 +0900</pubDate>
      <description>今、私は二〇一二年、その元旦の夕陽を観ている。その夕陽は薄っすら曇がかった向こうにある。そこからすると大晦日、その二〇一一年という険しい時代と共に終わる日に観た夕陽が自棄に印象深く目に焼き付いている。そしてその大晦日は何時になく蕎麦屋が賑わっていた。この地元に在る蕎麦屋も昨日だけは夜の九時まで店を開け、出前に遣って来る店主は良い疲れ方をしていた。それは何時にない大盛況、二〇一一年という時代を醸し出していた事とも相成って、日本人がかつて過ごしていた年越しというものを毎朝のテレビ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E7ACACE585ADE5A4A9E7A59EE7A4BEE381ABE381A6.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E7ACACE585ADE5A4A9E7A59EE7A4BEE381ABE381A6-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" border="0" align="left" alt="第六天神社にて.jpg" /></a>今、私は二〇一二年、その元旦の夕陽を観ている。その夕陽は薄っすら曇がかった向こうにある。そこからすると大晦日、その二〇一一年という険しい時代と共に終わる日に観た夕陽が自棄に印象深く目に焼き付いている。そしてその大晦日は何時になく蕎麦屋が賑わっていた。この地元に在る蕎麦屋も昨日だけは夜の九時まで店を開け、出前に遣って来る店主は良い疲れ方をしていた。それは何時にない大盛況、二〇一一年という時代を醸し出していた事とも相成って、日本人がかつて過ごしていた年越しというものを毎朝のテレビ小説の如く想い出し、その在り方に戻った、これは、その一つの現象と観ても良いかも知れない。そして私も昨日、その年越し蕎麦を頂いた。天ぷらは何時になく味が良く、蕎麦に絡むつゆの深みは七味唐辛子と柚子の香りと相成って最高のものであった。そうして私は年を越した。暫く振りに紅白歌合戦に出場した面々、その様子は銭湯帰りの後半戦から布団で度々寝返りするの如く、東日本大震災時に一早く情報収集に役に立ったモノラル ラジオでその様子は殆ど聴いていた。たまにはこういう年越しも良いもんだと夜も十一時を回ると恒例の如くゆく年くる年が始まる。静まり返る外灯に照らされた路地、そこには何時になく初詣に向かうのだろうか、幾人かの足音が静気さの中に聞こえる。私は二〇一一年、その一年に静かに浅い眠りと共に別れを告げた。まだ相方も生きてた頃、その大晦日は少し違っていた。それは時代もそうだが、私も相方も多感だったからに他ならない。寺の鐘、夜通し賑わう商店街、深夜まで開けている銭湯、今はその面影すらなくなってしまった。それは昨日も感じた所である。或る種、若者は流行街に繰り出しカウントダウンをし新年を祝う。しかし私達にはその年越しは似合わない。一見、そこからでは到底に見えない年越しの仕方について感慨を持つと、意外な事に、それぞれのライフスタイルが見えて来る。ある者は六本木、ある者は渋谷、ある者は浅草、それぞれに住む地が同じでも、向かう所は皆違う。東京という一つの都市を考えても実に様々な捉え方が出来る。それは幾つもの異なる文化性から来ていて、何時の日か各々その環境の異なりに気づくのだろう。しかし今朝の曇り空とは裏腹の清々しさは今も忘れない。朝七時、何時もの如く洗顔を済ますとそれは水道の冷たさと比較にならないものだと感じた。手は悴むほどに冷たくそれなのにである。外に出れば、我先にと初詣を済まし帰宅する人々と行き交う。私はジャンパーを羽織り何時も通り道に点在する小さな神社に手を合わす。鳥居に取り付けられた門松は正月さを演出していた。歩く足は次第に新小岩天祖神社へ近づく。途中、小松菜屋敷の辺の香取神社に寄れば、そこは地元人達の新年の挨拶が響いている。絵馬を手にし帰宅する人とこれから向かう人の行き交う光景は三が日の間だ中は続くだろう。道中、夜通し呑んだ男の声が辺の飲み屋から漏れる。それもその筈、新しい年が迎えられたのだから仕方ない。そしてその正面の古い風呂釜を謳う店の看板だけは相変わらず年季を感じさせる。通る所々、その謹賀新年の貼り紙が元日という一日を行き交う人に味わせてくれる。そして最後に新小岩天祖神社に着く頃、バスは何時ものように狭く感じるようになった末広通りを今日も通り過ぎて行った。もう、かつの湯の面影は消えていた。その後にはマンションが建つとの予想図が貼られている。ここ十年、毎回の如く年明けの町を歩く度、私は時々どうしようもない寂しさに襲われる時がある。それは今朝、最後に参りした天祖神社に観た何か焚き火や甘酒の振る舞いみたいなものが年々継続出来なくなって行く現在に何かがあるのかも知れない。通る度に、今年は良い年でありますように、そんな庶民の心模様みたいなものが私には見えた。同所では十五日、餅つきが行われるという。しかしその険しい道を歩くようなそれは何か今晩かけて聴いているロバート ジョンソンとも合う。何時もながらにシンプルながら複雑に絡むギター程に味深い。今朝、幾枚もの年賀状が届いていた。その年賀状を配る人々は明日、ささやかな正月を味わう。そのささやかな一日には恒例の如く銭湯の朝風呂と箱根駅伝が至福の一時となるのだろう。<a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>Maki Asakawa Long Interview</title>
      <pubDate>Thu, 22 Dec 2011 09:35:07 +0900</pubDate>
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            <content:encoded><![CDATA[
<object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/Xya8avlhzxE?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/Xya8avlhzxE?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/xAOb2Aal-wc?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/xAOb2Aal-wc?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><a name="more"></a><object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/bFo2e-AWaP4?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/bFo2e-AWaP4?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/outKslbEfpo?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/outKslbEfpo?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object><br /><br /><object width="420" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/dhdcFJknC6Q?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/dhdcFJknC6Q?version=3&amp;hl=ja_JP&amp;rel=0" type="application/x-shockwave-flash" width="420" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object>

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            <category>音楽</category>
      <author>ピカリング</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/archives/10534621.html</link>
      <title>自然の美学から得るものの大きさⅡ</title>
      <pubDate>Wed, 14 Dec 2011 15:28:13 +0900</pubDate>
      <description>今朝、何時ものようにベランダ越しに外を見ると鈍よりとした曇り空に雨が散らついていた。昨日の晴天は嘘のよう、それはまるで真逆の世界のようにも映る。しかし歩く人々は忙しない。それは近づく年の瀬の準備を始めるかのようでもある。先日の土曜に訪れた東京は板橋、その観光地でもある東京大仏の隣に点在する植物園の中には昨年にも観た銀杏の葉が黄金色に色付いていた。私が今より少し若かったその昔、その色付く季節は今よりも早かった気がする。しかし今は少し遅れて色付くみたいである。植物は変化に敏感なの..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E98A80E69D8F.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E98A80E69D8F-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" border="0" align="left" alt="銀杏.jpg" /></a>今朝、何時ものようにベランダ越しに外を見ると鈍よりとした曇り空に雨が散らついていた。昨日の晴天は嘘のよう、それはまるで真逆の世界のようにも映る。しかし歩く人々は忙しない。それは近づく年の瀬の準備を始めるかのようでもある。先日の土曜に訪れた東京は板橋、その観光地でもある東京大仏の隣に点在する植物園の中には昨年にも観た銀杏の葉が黄金色に色付いていた。私が今より少し若かったその昔、その色付く季節は今よりも早かった気がする。しかし今は少し遅れて色付くみたいである。植物は変化に敏感なのだろう。しかしそれを観に来る人々は区々に反応を示しながらそれぞれにまたその場所から一人歩きして行く。正に、一期一会の出会い、今度は何処の町で今年と同じく黄金の絨毯を観るかは判らない。この時、私の頭の中では来る年の冬の事を想定していたのかも知れない。しかし今年も生き延びる事に疲れた人々が何人も倒れ、それは大きな歴史的変貌を遂げる年でもあったのだが、私は連日のテレビやらラジオやらを聞く度に数秒でそれを消してしまう。それは私だけではない筈である。これは一種の選曲というのか、その周波数みたいなものと反り合わないものが占拠し、何時の間にか、我々のような種がどうも観るにも聴くにも居心地の良い場所を失われ、やがては自然に回帰するかのよう、なるべく本来の生き方や暮らし方をこの時代に来て転換させられているに過ぎない。だからか私は今、何もない所ほどに魅力を感じ、その必要最小限に整ったような暮らし易さを不意に求めている。それは大都会の街よう、殺伐な生存競争が強いられている所から食み出し者の如く、決して悪人でも有るまいにも善人が苦痛の極地に在る現実社会と相成って、その柵から掛かり付けの医師から離れなさいと言われるような人々が増え続けているこの年の瀬に要因があると睨むのである。しかし例え話、何の音楽でもそうなのだが、あまり深入りは良くない。これにも一つの性質が関与するのであるのだが、結局は、生きていましたね、お互いに、こう年の瀬を締め括るのが良い。今年も新宿ピットインでは恒例の大晦日公演が行われるようだ。しかし今はもう浅川マキは居ない。そこで今年からは大友良英氏がその枠に入るようだ。それは先月に私が新宿三丁目駅に向かって歩く際に偶然に見つけたピットインのパンフレットからであった。しかし十二月二十八日だけは見過ごせない。それは山下洋輔トリオのメンバーでもある坂田 明氏が山下氏と共に出るからである。一つの歴史を創り上げ、そして過酷な今という時代を向かえたスタートにこのような豪華な面々とあの店で会えるというのは最高な年の締め方であろう。果たして、その演奏がどう暴走するか、そんな事は当日になってみなければ判るまい。何しろ譜面なんてなものはとっくに捨てた面々である。この年の瀬、大友氏はこの店で昼夜と８公演を行う。そして大友氏は今年の四月に高円寺で行われた反原発にも参加した張本人でもある。それは彼自身が福島の出身であり、福島という地を捨てた人であり、地元を愛していた人だったからであろう。あの日、私も高円寺に居た。その街は一万人という一つの結集となりも実際は放送局各社すらに報道される事ない一日でもあった。私はその後、夏、同所で日中に行われた東京阿波踊りを二日観ながらに不意と想っていた。所詮、庶民には上同士の衝突とは無縁であり、以降に判るその黒い部分を見るなれば、結局の所、上手く付き合って行くしかないという結論に達する。今や線量計は何所に行っても欠かせない。きっとそれはこれからも変わりないだろう。つまりだからこそ今年の年の瀬はと今までにない暮らし方、過ごし方を皆々少し考えるようになって行ったのだろう。兎に角、悔いのない生き方をすれば何の悔いも残らない。そして各々がその生き方に責任さえ持てばそれだけで良い。だから無神経に誰それに責任を擦り付ける云々は膨大なるフリージャズのようなエネルギーと一緒に吹き飛ばしてしまえば良い。私はこの時にふと思った。しかしその生き方を選ぶ者はそう一筋縄には居ない。だからこそ貴重だと言える。古く、この日本には素晴しい文化があった。毎年この十二月ともなれば何処の家々も新しい年を迎える準備に大忙しとなり、ある家は正月の注連縄を作り、それを現在の神社などに奉納し、そして餅を作り、世話になった人へ年賀状を書き、蕎麦の実から作った粉を練っては年越し蕎麦を食す。しかしそんな風習も年々に衰退した。かつて私が住むこの新小岩でも昔は注連縄を作る光景やそれを売る風習が最近まで微かに残っていた。だがそれも今は千葉と東京の県境に数少なに点在する農家だけと今はなっている。寝てても起きてても今年は終り、そして新しい年は遣って来る。ここで最も大事なのは各々がそれまでの文化をもう一度だけ自らの力で呼び起こしてみる事である。これには大した金も掛からない。言わば、そういう一つの文化という、昔ながらの風習と共にこの年を見送り、そして新しい年を迎える、今まで忘れ去られていた風習をこの際にもう一度だけ見つめ直すというのも悪くはない。かつて一つの文化や歴史を創って来た人間達もやがては土に眠る。その現実を踏まえた上で今年からは何かを変える、そういう気構えで新しい年という奴と闘う、それで私は良いと思う。人間思考により様々とぶつかりはあるのだが、実はそれもこの世に生きている時だけの事であり、たったそれだけの命である。しかしこの命を軽はずみに考えてはならない。微生物も今という時を当たり前に生きているのだから。今年にこの世を去った人々、私はその偉大なる人々の一つの人生の幕引きに美学を感じた。それは残された生命を如何に保つかという事とは比例しない。人間は何処までもアナログである。そのアナログな物理的な動物がデジタルや化学の進歩とは馬が合わず何てな時もある。又、人間はその両方の長所を引き出せる賢い動物でもある。しかしその賢さも使い方を誤れば取り返しが付かない。この道を誤らない為に、私達は常に頭上に高くアンテナのようなものを張らなければならない。毎度の如くではあるのだが、世の中は人が創り出しているものである。だから努力が伴えば必ず最良な方向に進むのである。大切なのは諦めないという信念だけである。先日の帰り道、私はと或る施設でクリスマスツリーを見た。そのクリスマスツリーは昨年まで観て来たものと全く同じようなものではあるが、何故か今年だけは自棄に輝いて見えた。そこにシンプルな雑煮のような日本ならではの温かさを感じた訳である。そのタワーホール船堀という施設も毎晩の如く展望台で綺麗な夜景を楽します。その辺りには徳川吉宗が命名した小松菜から名産化した小松菜で作られた蕎麦ないしうどんが観光客を何時も出迎える。又、それは西一之江の長寿庵以外に松島の丸花などでも味わえる。この隣には最近は見かけなくなった畳屋が今も色濃く花街風情の消えた町の一角に残る。今、地元でもある新小岩のルミエール商店街ではクリスマスソングが流れている。そしてそれは今までにない年の瀬を少し映し出しているように私には見えた。今も東京から千葉の狭間で注連縄職人は寒風に吹かれながら稲を編んでいるのだろう。今まで我々は外国ばかりを気にし過ぎていたのかも知れない。いや、そうするしかなかったのだ。それはこのような賢明な姿を見せられた時に不意と思うものである。東へ西へ、私の旅は来年も続くであろう。<a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/archives/10509100.html</link>
      <title>自然の美学から得るものの大きさ</title>
      <pubDate>Tue, 29 Nov 2011 11:36:41 +0900</pubDate>
      <description>今年も寒空な中を酉の市は無事に終わりを告げた。そして私はその様子を近くに観ていた。その神社は私が住む所から１０分もかからない辺に点在している。そしてその側にはバス停が点在している。そこは私が最近良く利用するバス停でもある。しかしそのバス停の存在は最近になって要約私的に大切な場所であった事に気づく。時に人はその存在に気づいたら自分に負ける等と思い上がるものだが、しかしその流されていた事の愚かさや価値観の変化が訪れれば次第に川の流れのように見方も変わって行くものなのかも知れない。..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E5B08FE69DBEE5B79DE5A283E5B79DE8A6AAE6B0B4E585ACE59C92.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E5B08FE69DBEE5B79DE5A283E5B79DE8A6AAE6B0B4E585ACE59C92-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" border="0" align="left" alt="小松川境川親水公園.jpg" /></a>今年も寒空な中を酉の市は無事に終わりを告げた。そして私はその様子を近くに観ていた。その神社は私が住む所から１０分もかからない辺に点在している。そしてその側にはバス停が点在している。そこは私が最近良く利用するバス停でもある。しかしそのバス停の存在は最近になって要約私的に大切な場所であった事に気づく。時に人はその存在に気づいたら自分に負ける等と思い上がるものだが、しかしその流されていた事の愚かさや価値観の変化が訪れれば次第に川の流れのように見方も変わって行くものなのかも知れない。しかし通り過ぎていたあの頃に比べれば周囲も寂しく物悲しさを少し醸し出す。それは今よりも活気付いていたからだと思う。そのバス停の名は江戸高前と言う。毎日のように決まり切った時間には都営ならではのデザインのバスが停まり、それぞれは東京湾の方角に進み、また帰って来る。それぞれは東小松川を境に道が分れ、一本は一之江を抜け江戸川の土手を走り葛西に着き、もう一本はかつての物流拠点でもあった船堀から新川を越え西葛西に抜ける。そしてその二つの駅からは西船橋から出る地下鉄の東西線が走り、やがては江東のかつての埋立地や都心を抜けて地上に顔を出せば、やがて中央線と共に、中野、高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺、三鷹までを走る。そしてかつての旧車両は今も海の向こうのインドの町で走り続けている。葛西駅近くに在る地下鉄博物館、その館内を覗けばかつての賑わう頃の面影が不意と今も蘇る。そしてそこから更に葛西臨海海浜公園に行くにもう一本のバスに乗り換えれば直ぐ、臨海副都心の真新しさが目に付く。その湾岸道路の南へ進めば海である。千年に一度とか何百年に一度というあのような大震災後、私達は各々に線量計と睨めっこをしながら、此れから人生を終えるまでの間を生きねばならなくなった。益々に当たり前のように呼吸する空気の中身までをも疑い生きて行かねばならない昨今、それはかつてのチェルノブイリ事故、その後遺症に何十年と苦しむ人々の様子から糸解ける。今、民主主義に物言わせ権力翳す人々に言いたいのは、今も昔も川は上流から下流へと流れてはやがて海に注ぐこの当たり前の流れ方は此れからも決して変えてはならないという事である。つまり彼らの自己満足な政策などで誤ってもし逆流を起こせば、その鍵を握る自身も私達も一環の終わりであるという事だ。今、辛うじて私達が守られているのは、例えて言えば、土手の堤防があるからであり、今日の戦後高度成長から今までの流れを変えるなどは民間の生命にも直結していて細心の注意が必要であるという事だ。既に私の周りにも現在の首相はあれは駄目だ、こう言う人が多い。それは年がら年中に付けていた筈のつまらないテレビやラジオが益々に庶民の視点から離れて宙に浮いた状態に追い遣られているからに他ならない。従って大事な余暇を奪われた人々はフラストレーションの吐け口に彷徨い、道を誤った者達が前科なる地獄に落ちている訳である。それもその筈、皆々、腕時計はもうデジタル時計ばかりなのだから。つまりこの裏を予め読んでいて、頑なに、アナログ時計と今日のデジタル時代を器用に生きられている人間のみしか今はもうまともな奴が居ないのだから。それにおいて世代は言うまでも無いだろう。話は変わって、私は先日、今は亡き小松左京の特集を小さなワンセグなるもので観ていた。その部屋の側にはもう写る事のないアナログのブラウン管テレビが在る。私も小松左京氏の本は読むが、やはりこの人も洞察力に優れた人物であったなと思った。所謂、天才肌とはどういう訳か惹かれ合う私も性格みたいだ。しかしこういう良い本だけが何故か今も図書館の隅で借りる人々を待っている。それは生まれ付きの根明気質に相変わらずを持って支配され、それが加速するかの如くこの御時世と相成ってテレビもラジオも面白味を無くしてしまったからだ。治安と言うものもドラマに繁栄され、私はそれを数秒観聞きしてはやがて消してしまう。そして、そこで無の状態を創りにこの写真のような地に訪れてはなるべく頭上のアンテナのようなものを働かさせている。今もこの自然味ある小松川境川親水公園の側を既にアンテナの無い人々はブレーキの効かない自転車のような物に跨り通り過ぎているのだろうか。私は残念でならない。そしてこの想いを抱く大切な人との先日の貴重な会食は今日になって一人歩きし出しているようだ。それは煎じた今朝の緑茶、その味から自棄に見える。今を楽しむ生き方、悔いの無い生き方、此れまで支配されていたような目に見えない物体や社会感から私達は足を洗う時が遣って来てしまったのかも知れない。今から新しい生き方を始めても決して遅くはない。只一つ言付けするならば、それは逆流しない事だ。川の水は今日も海に注ぐ。それぞれは太平洋に日本海に今日も注いでいる。これを人間の血流に置き換えた時、実は簡単に生命を延ばす方法も読める。つまり自然の美学には逆らってはいけないという事なのである。先日の今は遠く和歌山の農村で自給自足する友からの手紙ないし電子メールからは今年の台風を人力によって乗り越えたという知らせがあった。今日の上流階級に向ける怒りの如く、その中流からの逆流という現象は、既に下流界を飲み込んでいた。又、その地に生きようと必死な人々の叫びは一つの気力の低下となりながらも懸命に復興を遂げている。これは人力が働いたからであり、それが伴わなければ実現出来ないという事を意味している。だから誰にも関わる健康という財産を考えれば、あまり過剰に逆流しない事が懸命なのである。この意味は今直ぐに川原に向かい、その水の流れ方を暫く眺めながらに自分自身を見れば解る。自然の美学から得るものの大きさや例えは、ひょっとしたら今何億と言う人々の生命に直結する問題にも繋がっている事かも知れない。つまりそれだけに鍵を握る御偉様方のサジ加減は重要なのである。木の枝にしがみ付いていた葉は冬に行くに従い落ち、次の春を待つ。つまりこの狭間に必要な決め事は春ないし次の猛暑に向かう１０年後を考えて庶民を巻き込み納得の上で決めるという、そういう新しさではないだろうか。只単に切り捨てれば良いものではない。<a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/archives/10482224.html</link>
      <title>新たに仲間となるセルバ</title>
      <pubDate>Sat, 19 Nov 2011 11:28:35 +0900</pubDate>
      <description>先日、偶然とは言えども出会った、セルバのSAG-1500CSというアコースティック ギター。それは昔から定番でもあるマーチンの000タイプないしOMのボディーに古いニューヨーカータイプの00を想わすヘッドや糸巻きにカッターウェイという石橋楽器独自の構想考案が込まれている一本。そしてこのCSは杉単板、マホガニー単板、もう一本のSSはスプルース単板にローズウッド単板という仕様であった。しかしどちらにも横板にはそれぞれ合板が用いられている。当日、私自ら両モデルを試奏し感じたのは、S..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E382BBE383ABE38390E381AEE382AEE382BFE383BC.jpg" target="_blank"><img src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E382BBE383ABE38390E381AEE382AEE382BFE383BC-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" border="0" align="left" alt="セルバのギター.jpg" /></a>先日、偶然とは言えども出会った、セルバのSAG-1500CSというアコースティック ギター。それは昔から定番でもあるマーチンの000タイプないしOMのボディーに古いニューヨーカータイプの00を想わすヘッドや糸巻きにカッターウェイという石橋楽器独自の構想考案が込まれている一本。そしてこのCSは杉単板、マホガニー単板、もう一本のSSはスプルース単板にローズウッド単板という仕様であった。しかしどちらにも横板にはそれぞれ合板が用いられている。当日、私自ら両モデルを試奏し感じたのは、SSよりCSの方がよりクラシック ギターに通じる欧米的な響きないし柔らかさと微かな深さを持っている点だった。それは購入後、騒がしい店頭ではない静かな部屋で弾いた際に更に良く判った。こういうアコースティック ギターにはシルクコートされたコンパウンド弦を張り、その肩の凝らない音色を弾き手も聴き手も楽しむに適すだろう。始めから力まず爪弾ける所から、恐らく、木材や構造に試行錯誤したものだと感じる。しかしそれは驚く事にその常識を覆す五万八千円、ハイコストパフォーマンスさとの駆け引きともなる此れまでの欠点を見事に解決すべく人件費他のコスト削減に研究された姿勢が窺える。又、アウトレットならばその値から更に値引きされ今の時代を反映するかのように大変庶民的でもある。しかし購入の際は出来る限り、ネックの反り、表板の撓み、力木接着の甘さやピッチは大丈夫かを確かめ、その上で多少の傷、部分的なパーツの甘さを後々自身で直せるか、その場で判断し購入すると良い。とは言ってもこの手のエレキ ギターやアコースティック ギターは構造上、ネックの反りがあっても従来のクラシック ギターに比べ直し易い。それは六角レンチ一つで何とでもなるからだ。又、それだけに棹に用いられている木材の良し悪しも判ってしまう。なるべくなら便利な通信販売に頼らず、自ら店頭に出向き手にとって確かめた方がより確実だ。私も情報として持っているが、年々この手の楽器に用いられている木は質が低下の一方を辿っている。もし貴方が重く確りとした響きを求めるならばそれなりの出費は予め覚悟せねばならない。それは今や国内に小規模に構える工房などで身近に接し交渉の効く範囲で入手しなければならないからだ。つまりこのような中国製とラベルなどに刻印が打たれている品々は低コストを図る為に生産工程を向こうに持って行っている訳である。しかし国内の楽器商人達が監修した所からはメリットとデメリットの両方の改善努力をした経緯が窺える。これはこれで大変に優れた物だと私は感じる。何故なら現在、巷を賑わす１００円ショップを覗けば御解りの通り一目同然だからだ。後は、用途に応じたゲージの設定やマイクの選択など、必要に応じて工夫をすれば良い。又、部品の付きの甘さや調整も同時に行えば、快適に使える道具になるだろう。現在のアコースティック ギターは、今この時に巷で流れる音楽から来るファッションに応じるデザイン性とそれぞれの個性が生きている。どんどん身軽な装いに成り行く社会性を考えると予めギグ バックが付いて来るなど便利に優れていると言える。定番にはないこれまた独自さ、それはルックスからも窺える。シンプルに奥深く使い易い、そして音の立ち上がりや余韻の具合など、メリットの面は各オーナーに評価されているようだ。ほんの束の間の休息、その新宿まで地下鉄に乗り縁ある街を通り抜けた先で出会ったこの一本、その出会いはそれとなく冬の気配が漂うデパート街の一角に点在する楽器屋での事であった。これからシルクのコートが似合う季節に都会も変わって行く。しかし２０１１年は色々遭った一年であった。私はこの年をこの先も忘れる事はないだろう。今年は十八年間共に歩んで来た或る一本のギターないし欲に言うエレアコとの別れの年でもあった。今も側に愛器のギルドのD4だけは傷だらけにも関わらず元気で居る。十九年以上を越えて先へと共に二人三脚出来るアコースティック ギターはもうこの一本だけとなった。エレキはギブソンのレスポール、ただ、それだけが在れば良い。それも相変わらず元気で居る昨今である。何もかも変わり行く時代、これまでと変わらず行ける仲間とそうではない物との別れ、しかし新しい仲間との出会いは突然に遣って来るものなのかも知れない。世の中は段々とヘビーになって来ているけれども、今年も寒い冬を乗り越えれば再び春が遣って来る。一秒づつ刻々と前へ前へと日は進む。しかし厳しく険しい時代になってしまったものだ。<a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <title>Blues Night</title>
      <pubDate>Wed, 16 Nov 2011 16:23:06 +0900</pubDate>
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            <category>音楽</category>
      <author>ピカリング</author>
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      <link>http://blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/archives/10453968.html</link>
      <title>ウォーキング テンポ</title>
      <pubDate>Tue, 01 Nov 2011 18:23:35 +0900</pubDate>
      <description>秋も深まり冬の気配を感じる頃、気がつけば其れまでの秋虫の音色も薄らいでいた。それはつい最近の事である。今も変わらず空き地の辺には野良猫たちが毎日のようにやって来ては何処かに消えて行く。雑草は水も遣らずに勝手に生えて行く。しかしそんな光景の狭間で暮らす私などは今までより少し肌寒さを覚える。しかし今年は今までと少し違う冬である。今まで何の変哲もなく思えた暖房のような灯りが自棄に有り難く思える。何時もの如く行き付けの銭湯に行けば、カランの井戸水は夏より温かく、湯船の湯は薪と炭と相成..</description>
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<a href="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E596ABE88CB620E382B3E383BCE383A9E383AB.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="喫茶 コーラル.jpg" align="left" src="http://up.blogs.dion.ne.jp/music1970folkrock/image/E596ABE88CB620E382B3E383BCE383A9E383AB-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" /></a>秋も深まり冬の気配を感じる頃、気がつけば其れまでの秋虫の音色も薄らいでいた。それはつい最近の事である。今も変わらず空き地の辺には野良猫たちが毎日のようにやって来ては何処かに消えて行く。雑草は水も遣らずに勝手に生えて行く。しかしそんな光景の狭間で暮らす私などは今までより少し肌寒さを覚える。しかし今年は今までと少し違う冬である。今まで何の変哲もなく思えた暖房のような灯りが自棄に有り難く思える。何時もの如く行き付けの銭湯に行けば、カランの井戸水は夏より温かく、湯船の湯は薪と炭と相成って絶妙な柔らかさがある。常連の親父さんは連日の如く浪花節を口ずさむ。しかしそんな光景が自棄に良く感じたり時に感じなかったり、やはり私も人間上にどうやら気分というものがあるみたいだ。そう思い立つ頃、私は町外れの温泉銭湯に出掛ける。時にその黒湯は自棄に沁みる。帰りの夜道に映えるは赤提灯、しかし私は決まってカップ酒、それがあれば何も要らない。しかしそれを味わう場所というものには少しばかり気を使う。買うは何時もの酒屋の女将さん居る所、その寂れた商店街にはかつての焼鳥屋の看板が今も残されている。シャッター閉まったまんまの八百屋の辺には今夜も無情な夜風が頬に冷たい。気がつけばもうコートを身に纏わねばならない季節に変わっていた。そんな気配が漂う頃、私は十月最後の時を残された友人と過ごす。友人はパーカーを身に纏い、私と一緒に中央線に乗り込む。それは先日の土曜の事である。今は無きオレンジ一色の中央線、それを追うかのよう、私達は阿佐ヶ谷駅に降り立つ。二十八日、二十九日、それは恒例の阿佐ヶ谷ジャズフェスティバルの真っ只中であった。改札を出ると直ぐにパンフレットを配る人の姿、私達はそのパンフレットを貰うと北口の方に歩いて行く。丁度、二十九日の午後二時を過ぎた頃であった。そのバス停の辺には既に観客達が集まっており、モダンジャズに魅せられた面々達の演奏が次第に始まって行く。決まって曲のテーマが鳴り出すと次第にアドリブが炸裂し曲は最高潮に達する。そして再びエンディングになればそれまでの激しさは沈静したかのように鳴り止む。言わば、町一帯がそれぞれの織り成すプレイ一色に染まる二日間、私達はその二日目のそれを聴きに訪れていた。昨年同様に杉並の区役所の辺では北海道の名産品が売られていた。その珍しいトマトジュースの味は今でも記憶に新しい。そして土産に買った野菜が後の演奏者達と繋がっていた事に気づく。しかしその少し珍しいボッサ風で洗練されたサウンドはそれまでに見聴きする演奏家達よりも何故か際立っていた。私達はその偶然に出くわした演奏の最後まで聴き帰った。その頃、空は薄っすらと暗くなり始め、近くのコンビニエンスストアーの灯りが自棄に眩しい。昨年同様にケヤキ並木の辺で缶珈琲を一杯飲むと、私達は中央線のガード下を潜り高円寺に向かっていた。都内でも珍しいガード下の商店街のそれは私達には逆に新鮮だったりもする。しかしそれを初めて読んだのも神田神保町の古書街の辺に在った本屋の一冊の本である。その本屋も今はもう無い。移り変りとは時に残酷である。次第に足は高円寺のゴジラや辺に辿り着く。友人はゴジラや店内でブリキの玩具に懐かしさを覚え、昔の薬局に置かれていたマスコットやオロナミンＣで御馴染みのオロナミン叔父さんを暫く眺めていた。私は透かさずソノシート一枚を選び出しては会計を済ませる。そのロシア民謡のソノシートも今では歴史遺産である。片面のみのレコード、そのトレースノイズ混じりに鳴り出す音は後日に聴く事となる。店を出れば隣り合ったライブハウスの前に置かれた凄まじく壊されたモニタースピーカーが強烈なるインパクトを醸し出す。しかしガード下の飲み屋には新しいも古いも入り混じる。それはあの頃を思う者にとっては少し馴染み辛いものなのかも知れない。しかし一角のビールケースで作られた椅子やテーブルを見ると何故か安心する。友人は暫く振りに寄った仲屋むげん堂に入ると、何時もの如くアクセサリーを品定めしている。隣の中古レコード店、そのレアでは偶然にもジャズが鳴っている。以後、ガード下を潜り抜け、すっかり暗くなってしまった空を見上げると、高円寺純情商店街手前の八百屋の威勢の良い声が駅周辺に木魂する。何時来てもこの町は賑やかだ。私達はその先の商店街に入ると、古びた良い感じの肉屋を覗く。しかし夜に珍しくこの町に訪れた私達は帰りにどうしても寄りたい店が一軒だけ在った。それは駅前から歩き商店街の終り近く、中野の大和町に近い手前である。しかしその喫茶店との出会いはこれまた偶然の事で、私がその時もこの時と同じく歩き疲れていた時の正にそれであった。その商店街の角には長らく祭られるものが目に付く。友人に私が入ろうかと問うと、<a href="http://r.tabelog.com/tokyo/A1319/A131904/13087806/" target="_blank">コーラル</a>という看板の灯りの扉からは一休みを終えた御客だろうか、その男女らが帰る時であった。その後に私達は橙色の灯りに魅せられるかのように扉を開けると何とも良い香りが私達の鼻を突く。今ではすっかり観なくなった公衆電話は名残を残すかのように今も店のママと共に健在である。珈琲を頼めばガリガリと氷を砕き、こんな冬にアイスを飲みたいという友人のリクエストに店主は腕を揮う。しかし温かい珈琲も其れまでに飲んだ缶珈琲とは比較にならない美味さであり、私は久し振りに良い店で一服をする事が出来た。そして暫くの間、この店のママとも阿佐ヶ谷のジャズの話しをする。「この店が出来たのは７８年でね」それは昨年この世を去った浅川マキの話しをしていた時であった。正に偶然とは恐ろしく、私の場合は同じ色を持つ店を不意と選び中ててしまうのだ。この店のママも純喫茶な佇まいながらに音楽に明るく、７０年代頃の高円寺ないし周辺事情に詳しい。安保ないし共闘世代の溜まり場だった頃の面影はこの店のママの口からそっと今も話される。秋が深まり冬に変わる頃、既に私達はかつて都会に在ったオアシスみたいなものがすっかり消えていた事に気づく。その一つに新宿があり、この町が在った。だから今も私は高円寺をたまに訪れる。ママも最近はレコードも無くなっちゃったわよねと嘆く。しかしその店を後にし再び、あづま通り商店街を歩けば、ヨーロピアンパパ、THE55などのレコード店が今も頑張っている。コーラルのママさんも界隈唯一のジャズ喫茶ナジャ、クラシックのネルケンを薦めていた。このように音楽のある店が減っている最中でも根強く生き残っている店は今も黄金期の輝きを保つ。それは一枚のコンパクトディスクから観えて来る。メディアは段々と変わって行くが、しかし黄金なる輝きを変わらず愛す人々の為に続けてくれている店は今夜も開いている。無言に珈琲を啜りジャズに聴き入る。それは昨日に不意と訪れた神田神保町の一冊の本と共に。今年もそろそろ古本祭が終る頃である。時代が変わろうと私のウォーキング テンポは変わらない。相変わらず総武中央線は三鷹から千葉の間を今日も走る。<a name="more"></a>

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            <category>随筆</category>
      <author>ピカリング</author>
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