2011年12月10日

結婚と転居のご報告

 このたび私は、結婚いたしました。また、結婚を機に、善光寺表参道沿いの町である問御所町に移り住みました。

 12月7日に門前の武井神社で行った結婚式は、ご案内をしなかったのですが、伝え聞いてわざわざお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。
 
 妻の尚子と共に、これからも歴史を生かしたまちづくりに励んでまいりますので、よろしくお願いいたします。
      
小林竜太郎


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2011年02月14日

ブログ休止のご報告

 このブログを始めてから4年を迎えました。

 北陸新幹線の金沢までの延伸工事は、順調に進められています。開業は2014年度と発表されていることから、4年以内に長野市が北陸新幹線の沿線都市に変わるのでしょう。

 現在、私は、歴史の町長野を紡ぐ会や門前研究会などで、歴史や観光をキーワードにしたまちづくり活動に携わっています。これまで個人で持ち続けて来た「北陸新幹線の沿線都市・長野」という思いを、いよいよこれからは現実的なまちづくり活動へと発展させて動き出す時だと考えています。

 今後はこの個人のブログではなく、他の方法で、まちへの思いを発信し続けていきます。

 今後とも、よろしくお願いいたします。


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2010年11月14日

081 羽田空港アクセスの課題

 さっそくオープンしたばかりの羽田空港国際線ターミナルに行ってみました。

 モノレールを利用して浜松町から空港快速で、京浜急行を利用して品川からエアポート快特で、それぞれ13分でのアクセスを試してみました。とにかく、羽田は成田と比べ、都心から近くて便利です。

 ただし、次のような課題があります。


・羽田空港駅では、列車の行き先が多様すぎてわかりにくく、乗り間違えが起こりやすい(京急)

 羽田空港に向かう場合は、単純に羽田空港行きの列車に乗ればいいのですが、羽田空港から都心に向かうには、どの列車に乗ればいいのか迷います。横浜方面に向かう列車に乗ってしまい、京急蒲田でも気がつかず、うっかり川崎・横浜に行ってしまう人もいるでしょう。


・東京駅からどう行っていいかがわかりにくい

 長野や各地から東京駅に着いて、羽田空港に行こうとすると、まず浜松町か品川に出なければなりません。しかし、山手線外回りや京浜東北線大船方面行きに乗る必要があるという掲示がありません。東京の人には当たり前でも、地方の人には浜松町や品川に馴染みがあるとは限りません。


 また、羽田空港駅で、東京駅からの新幹線のチケットが買えると便利です。
 空港アクセスは、東京だけでなく、それ以外の地域の人の目線でも、改善してほしいと思います。
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2010年07月19日

080 成田スカイアクセスの課題

 7月17日に開業した「成田スカイアクセス」にさっそく試し乗りしてきました。

 スカイライナーでの日暮里・空港第2ビル間の36分は非常に近く、快適に感じました。
 しかし、京成本線経由の特急やシティライナー、スカイアクセス経由のアクセス特急などが混在して走っており、どれに乗ればよいかがわかりにくくなってしまったのが残念です。迷っている利用者が多く見られました。初めて利用する旅行者、それも外国人が多い路線であることから、開業当初だけの課題とは言えず、この先も心配です。
 
 いっそのこと、上野発着のアクセス特急はなくしたほうがいいと思いますが、こうすると、上野から東松戸・成田湯川間へは直通で行けなくなるという問題も発生します。

 上野発シティライナーの成田行きの運行も紛らわしいです。成田というからには空港へ行くものと思ってしまいます。京成成田駅を成田中央や成田新勝寺といった別の名前に変えた方がいいのではないでしょうか。

 JRは、成田エクスプレスの利便性を告知するポスターを各駅に貼って対抗しようとしており、利用者は京成とJRのどちらを選択していいのか難しくなりました。
 わかりにくさのせいで、このままでは、さして鉄道利用者全体の増加につながらないかもしれません。
 利用者の目線で、空港へのアクセスをわかりやすく告知していくことが必要です。

 単純に考えると、京成には悪いのですが、東京駅からも空港へ36分で行けたら、どんなにかいいだろうと思います。JR東京駅は新幹線との乗り継ぎも比較的スムーズにでき、関東地方以外の人も便利になるからです。
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2010年06月30日

079 再び松本のまちに映画館を

 突然のニュースに、驚きました。松本市の老舗映画館のエンギザが6月27日を持って業績の悪化によって閉館していたのです。

 松本市の中心市街地に残った最後の映画館がエンギザでした。エンギザは5スクリーンもあることから、多彩な作品の上映が可能で、生き残れるのではないかと私は見ていただけに、ショックです。でも、私はエンギザに行ったことがありませんでした。長野市の映画館に比べ特に個性的なラインナップではなかったことや、文化芸術という松本のまちのブランドと映画館のイメージが結びつかなかったことによります。

 2003年の時点で松本市の中心市街地には、映画館が13スクリーンもありました。これは、映画全盛期とされる1958年(昭和33年)の7スクリーンを上回り、過去最高の数でした。
 ふつうどこの都市でも、映画館は全盛期から少しずつ徐々に減少していくのですが、松本市の場合は徐々に増え続けて、21世紀初頭を迎えました。ここに松本という町の特徴があります。

 なぜ松本で急激にまちなかの映画館が減少したのでしょうか。経営者の事情による部分も大きいでしょう。

 長野市の場合は、長野東宝グランドを経営していた中谷商事が、シネコン(長野グランドシネマズ)を建設するにあたって、建設地に郊外を選ばなかったことや、シネコンの作品が相生座・ロキシーや千石劇場と競合していないことが大きいでしょう。

 スクリーン数の多い映画館は無理としても、個性のある小さな映画館が、松本市の中心市街地に復活する日が待たれます。城下町の伝統や、文化芸術のまちの理念と重なり合う映画館ができることが私の理想です。
 その運営しだいでは、松本は、今までよりいっそう信州の中で文化芸術のまちとして輝くチャンスがあります。ピンチをチャンスに変え、個性ある映画館が誕生するのを応援したいと思います。
Posted by naganokoryu at 00:44  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月03日

078 新潟市で知った「生きている街」の魅力

 5月2日(日)に新潟市に行ってきました。

 1泊で行こうと思いましたが、連休中で新潟市内のホテルはどこも満室だったため、日帰りにしました。同じ新潟県内でも、上越、中越地方では空きがあったため、新潟市の人気がうかがえます。

 万代シティでレンタサイクルを借りて、中心部をめぐりました。「新潟市民映画館シネウインド」を訪ねると、そこには翌週の9日に行く上越の映画館「高田世界館」のパンフレットが置かれていました。同じ県内での相互協力ができているのは、素晴らしいことです。

 6月で閉店する大和百貨店の最上階のレストランで昼食をとりました。店内で、私は、長野そごうを懐かしく思い出しました。長野そごうは10年前の2000年に閉店しましたが、急に閉店したので、私は最後を見届けに行くことができませんでした。新潟大和の閉店は残念ですが、セールが行われ、市民に惜しまれながら閉店するのは、うらやましいことです。

 午後は、「新潟シティガイド」の方に、2時間、見所を案内していただきました。特に、古町芸妓のいる花街の古い建造物や小路の魅力に圧倒されました。街を、過去のものとしてだけでなく、「生きている街」としてガイドされていることにも感銘を受けました。大和がなくなることへの思い、新潟三越が小林百貨店という名前だったこと、映画館があった場所など、私の関心のあることを教えていただけたこともあって、新潟への愛着がいっそう湧きました。

 帰りに新潟市について書かれた本を2冊買ってきました。書店に、地元の本がわかりやすく置かれているのは大事な文化です。

 新潟県の場合、新潟市への人口の集中が著しいわけですが、新潟市という存在が、新潟県の文化の牽引役になっていることがわかりました。果たして、長野県の中で、長野市は文化的にどのような役割を果たせているのだろうかと、考えさせられました。

 今回の旅は、今後の自分の長野市での活動に大きな影響を与えてくれそうです。
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2010年04月22日

077 5月9日(日)「高田世界館を見に行こうツアー」を行います

 3月13日、長野郷土史研究会青年部では、日本最古級の映画館である長野松竹相生座・ロキシーの見学会を、劇場のご協力により実施しました。その際の有志で次の行事を企画しました。

 長野市のとなり、上越市にも日本最古級の映画館があります。明治の建造で、昨年「産業遺産」に認定され、現在、市民有志らによるNPO法人が管理している「高田世界館」です。実際に訪れて、映画上映やまちづくりへの思いもうかがいましょう。長野の映画館を大切にしていくヒントが見つかるかもしれません。

実施日: 2010年5月9日(日)
行 程: 長野駅10:34発 直江津行き普通列車(妙高3号) 
 前から2両目に乗車(切符は各自購入 長野→高田1,110円)
 高田駅到着後、各自昼食・雁木のまち散策
 13:30  高田世界館前集合
 14:00〜 映画鑑賞「晩春」(小津安二郎) DVD上映
 入場料500円(各自支払い)
  館内の説明もしていただく予定です。
    高田駅→長野駅18:49着(予定)
主 催:
「高田世界館を見に行こうツアー 実行委員会」

Posted by naganokoryu at 20:43  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月31日

076 信越線脇野田以北をJRのままで

 数年ぶりに上越市高田を訪ねてきました。
 高田駅前は雁木の町並みを模してアーケードが整備されていて、町の意気込みが伝わってきます。

 北陸新幹線上越駅(仮称)ができる脇野田では高架橋の建設が進み、既に新幹線駅が姿を現しつつありました。新幹線が高田を通らないことは残念に思えます。
 けれども、もし高田に新幹線を通したら、雁木の町並みや寺町を横切り、一部を取り壊すことになったのは確実です。そうしないために、新幹線を通さなかったと信じたいです。

 信越線の長野以北は第3セクター化されることになっていますので、上越(脇野田)〜直江津間もそうなるでしょう。
 直江津止まりの列車だけでなく、上越(脇野田)〜新潟間には特急車両を使った快速列車を今の「くびき野」以上に走らせ、予想される特急北越(金沢〜新潟)の廃止を補いたいところです。

 しかしそうなると、上越(脇野田)での乗り換え客は必ず第3セクターの運賃を払わなければならず、たいへん不便になってしまいます。上越(脇野田)駅で、新幹線から乗り換えて、高田、直江津へと向かう人も少なくなってしまうことが懸念されます。それが、高田や直江津駅前の衰退を招くことにつながらないでしょうか。

 信越線の上越(脇野田)以北をJRのままで経営できないでしょうか。
 
 いやそもそも、新幹線は妙高高原でなく、まったく信越線とは無関係の飯山を経由するのに、長野〜直江津を新幹線の並行在来線とすることが疑問に思えてならないのです。
Posted by naganokoryu at 23:50  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月16日

075 長野市が公表した「長野市民会館及び市役所第一庁舎の基本構想(案)」に対する意見

 長野市民会館及び市役所第一庁舎の建て替えは、文化的見地からは必要ないと思います。しかし、やむを得ない理由から建て替えをする際は、次の点について検討をお願いします。


(1)その都度目先の課題で建て替えを繰り返さないために

 現在、両建築物の劣化が問題になるなら、なぜ、そごう・ダイエーが撤退した当時、市民会館及び市役所が劣化していて近く建て替えが必要であることが検討されなかったのでしょうか。なぜ、そごう・ダイエー跡地に建設する検討がされなかったのでしょうか。現TOiGOの場所は、現市民会館に匹敵する広さを持っています。現TOiGOの場所に新市民会館を建設することもできたはずです。そうすれば、2重の再開発をしなくて済んだ可能性があります。

 その反省の上で、私が危惧するのはイトーヨーカドーよりも、昭和40年代に建設された建物の今後です。近い将来、新たな再開発の必要が生じ、市が多額の費用を負担したりすることにはならないでしょうか。徹底した事前の検証が必要です。

 市役所第二庁舎は、将来どれだけ使える建物なのでしょうか。新庁舎は「22世紀の市民につなぐ」ことがめざされていますが、新庁舎だけ、そのようなコンセプトになっても意味がありません。第二庁舎も「環境みらい型庁舎」として長く使い続けるよう、合わせて将来像の検討と公表が必要です。


(2)歴史・過去とのつながりを大事に

 市民会館の基本理念案に、文化芸術創造が入っていますが、
文化には、この都市が持っている歴史的価値が含まれなければなりません。そうでなければ、他の都市との違いも打ち出せません。
 門前町としての長野の歴史性を生かした建物で、芸術鑑賞やまちなか観光で市外から観光客を誘致できる施設を求めます。
 現市民会館の文化財的価値も評価すべきです。現市民会館の外観のれんがを保存すること、現会館のよい点を洗い出し、新市民会館の設計や運営に生かすことが必要です。過去を断ち切って未来へ受け継ぐことが何もないような新市民会館に文化芸術を創造する根拠はありません。

(3)県民文化会館との連携強化を

 新市民会館を建設した結果として、今度は県民文化会館の利用率が低くなることが、予測されます。利用者の奪い合いになることなく、総合的な地域の文化芸術振興のあり方を県とともに考えるべきです。
 
(4)高層建築を避ける

 現市役所第二庁舎は、南側の七瀬地区などからは景観上、威圧感があります。新市民会館、新市役所第一庁舎はできる限り現状と同程度か低層とし、周辺の居住環境に配慮した設計とすることをお願いします。
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2010年01月30日

074 長野経由の急行能登、復活の夢

 3月のダイヤ改正で上野と金沢を結ぶ特急北陸と急行能登が廃止されることになりました。

 長野新幹線の開業に伴って、長野駅を急行能登が通らなくなって既に10年以上が経ちました。私はいつの日か、急行能登が長野県を通り、東京と北陸とを結ぶ列車が復活するのを夢見ていただけに残念です。

 横川・軽井沢間が廃止されても、その列車は運行可能です。夢のその列車は、中央線、篠ノ井線、信越線、北陸線をたどります。

主な駅の発着時刻(下り)

23:50頃 新宿発
 1:30頃 甲府発
 2:50頃 松本発
 3:50頃 長野発
 5:00頃 直江津発
 6:20頃 富山着
 7:00頃 金沢着
 
 現在の急行能登とほぼ同じ所要時間で、東京(新宿)と金沢を結びます。大宮、熊谷、高崎を通らないデメリットもありますが、廃止された急行アルプスや急行妙高の利用者も取り込もうというアイディアです。
Posted by naganokoryu at 23:56  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月29日

073 2009年の映画を振り返って

 私が映画館に頻繁に通うようになったのは、2007年夏に、長野が舞台となった「転校生 さよならあなた」を観てからです。以来、とりわけ日本映画を観ています。

 昨年(2008年)の26本に対して、今年は11本と、私が映画館で観た日本映画の新作がだいぶ減ってしまいました。これではベストテンを発表するのも恐れ多いので、公開順に、今年観た作品名を記録しておきます。

・禅 ZEN

・少年メリケンサック

・バオバブの記憶

・いけちゃんとぼく

・剣岳 点の記

・ディア・ドクター

・サマーウォーズ

・ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ

・風が強く吹いている

・わたし出すわ

・大怪獣バトル ウルトラ伝説 THE MOVIE


 少年メリケンサックには、高崎の中央ぎんざ商店街が登場します(実際には中国地方にある街の設定です)。アーケードの商店街が味を出していて、印象に残りました。
 
 剣岳は、壮大なスケールの山には圧倒されます。しかし、それに対して鉄道のシーン、たとえば富山駅がつくりものに感じられたのが残念でした。

 サマーウォーズは、上田が舞台。新幹線で上田駅に向かうのもわくわくしますが、特に大家族とバーチャル世界との関係が面白い作品でした。

 今年観た映画はどれもお薦めできますが、2007年の「転校生 さよならあなた」と「夕凪の街 桜の国」、2008年の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」のように未来に伝えたいと思う作品には出会えませんでした。
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2009年12月18日

072 長野発「門前暮らし」

 会を運営していると、毎年、年末年始には多くの連絡をいただきます。
 高齢者には、亡くなられた方やご病気になられた方が本当に多くいらっしゃることを感じます。また、若い世代も多忙さなど様々な事情を抱えて暮らしていることを感じます。

 ご連絡をいただく方の声や手紙の文面からは、一般に報道されているより、はるかに日本社会が急速に変わっている姿が見えます。たとえ、一人一人の方の生活では実感がないとしても、社会全体ではとてつもないことが起こっているのでしょう。


 今年は、「長野・門前暮らしのすすめ」など、善光寺周辺で古い建物に着目した新たな動きがいくつか始まりました。(ネットで調べてみてください)

 このまま人口減や都市・農村の衰退が進めば、将来、日本中に多くの古い建物や過去の遺物が、放置されてしまうに違いありません。その時、多くの人が気がつくことでしょう。いかに、昔の暮らしや町並みがすごかったのかを。

 もうすでに、「過去」の価値に気がつく若者が現れて始めています。それは単なる一時的な流行ではないはずです。

 長野で始まった「門前暮らし」というプロジェクト。いい言葉です。
 空き家が目立ち、価値がいったんは失われたはずの門前町に再び魅力を求めることは、都市とは、日本とは、世界とは何かを問うことにつながる、スケールの大きい事業だと思っています。
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2009年11月30日

071 祖父と乗った思い出の大阪線が廃止になる松本空港

 信州まつもと空港から全面撤退を表明していたJALに替わって、来年(2010年)6月から静岡の航空会社FDA(フジドリームエアラインズ)が就航することが、本日決まりました。福岡線、札幌線が毎日運行になる一方、大阪(伊丹)線はなくなることになるそうです。

 大阪線は、もともと滑走路がジェット化対応になる以前からあり、現在も毎日運行され、松本空港の基幹となってきた路線です。それが切り捨てになれば困る人もあるわけで、大きな課題が残されたままのJAL撤退です。報道されている関係者や県民の喜びの声は、大阪線利用者への配慮に欠け、疑問を抱きます。

 私にとって松本空港を利用したのは、1回だけです。小学3年生だった時、ちょうど今月90歳で死去した祖父と一緒に旅行で大阪線に乗った思い出があります(兄弟の中で、その時は私だけが祖父と旅行させてもらい、申し訳なく思っています)。まだ祖父も、60代だったことになります。これが私の飛行機初体験でした。
 ジェット化される以前の小さな松本空港から東亜国内航空のYS-11で飛び立ち、降り立った大阪空港の巨大さにはただただ驚きました。祖父は、私に貴重な体験をさせてくれました。


 ところで、松本空港の愛称である「信州まつもと空港」に対して、私は松本周辺の狭いエリアの人たちしか利用できないイメージを抱いてしまいます。「信州の中の松本という一部」というふうにです。思い切って愛称の場合には松本を抜かして、「信州空港」、いや「長野県空港」とするのはどうでしょう。
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2009年10月26日

070 大接戦の長野市長選が終わって

 長野市長選が終わりました。現職の鷲沢正一氏と、高野登氏(元ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長)による、後世まで語り伝えられるであろう大接戦になりました。わずか651票差で鷲沢氏が3期目の当選を果たしました。

 高野氏は、国際的に通用する、組織を動かす素晴らしい能力を持っているのだろうと思います。けれども 高野氏の著書には、人との接し方は書かれていますが、地理的、歴史的なものの見方は書かれていません。私は、当選したら当然課題となる、長野の伝統を生かした市の未来像、各地域の特色の出し方を聞きたいところでした。(鷲沢市政では、「エコール・ド・まつしろ」や鬼無里イヤーなどをの事業を行っています)

 また、市民会館建設の見直しやダムの中止要請といった高野氏の公約は、擁立した市民団体の考え方が強く反映されていると感じられ、高野氏のこれまでの公共事業への考え方とどこまで一致しているのかもわからないままでした。

 今回の選挙では、中山間地域の活性化を各候補者が訴えました。一方、市街地の問題が焦点にならなかったのは残念です。現在、市街地では古い建物が壊され、門前町や県都の歴史を伝える町並みや路地の風景が次々と消滅しています。高層マンションの建設も続きます。景気に左右されますが、今後もその流れは変わりそうにありません。

 北陸地方の都市との違いをどう出すのかや、北陸地方との交流のあり方も重要な課題ですが、争点にはなりませんでした。
 
 今となっては、「日本一の長野市」をめざすという高野氏が市長になっていた場合、どのようになったのか、幻の長野市政は想像することしかできません。しかし、別の長野市があるという大きな問いかけをした勇気に、市民は将来に渡って学ぶべきです。



 今日(10月26日)、東横インが長野市に初めてオープンしました(東横イン長野駅善光寺口)。今年は、駅前に松屋もできましたし、市民が気がつかないうちに、長野もふつうの町になっていきます。

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2009年09月23日

069 更埴インターは長野南インターではないの?

 以前から疑問に思っていることがあります。高速道路の「更埴IC(インターチェンジ)」は、なぜこのような名前になったのでしょうか。

 開通当時は更埴市にできたからということになります。しかし、更埴市が市町村合併で千曲市になって、いま地図の上で更埴という地名は消え、どこにあるのか不明な名前になってしまいました。近い将来消える可能性の高い地名だとわかっていたら、別の名前にしておこうとはしなかったのでしょうか。

 更埴ICを降りてからすぐ橋を渡ると、そこはもう長野市です。更埴ICは長野市内との行き来に利用する車がかなり多いと思われます。だとすると、長野南IC、または更埴長野南ICでは駄目だったのでしょうか。

 そこで、もし更埴が長野南、あるいは更埴長野南というネーミングだった場合を想定してみましょう。すると、東京(練馬)、名古屋方面から長野市をめざして来た相当の数の車が、長野ICの手前の長野南IC・更埴長野南ICで高速を降りてしまうことになったでしょう。
 長野ICは、これまでの長野市の入口という感覚からは違う場所です。更埴ICがあえて長野の文字を避けたことで、長野市の新たな玄関口としての長野ICに車を誘導する意図があったと考えられるのです。

 しかし、その一方で、更埴ICに近い長野市南部の篠ノ井地区は、本来は交通の上で長野市の南の入口というイメージの地区なのに、高速道路のICの名称の恩恵を受けないことになってしまいました。

 高速道路建設には、複雑な政治的な要因が秘められているはずです。

 たとえば塩尻北ICも、松本南ICの方がいいと思いますが、もしそうだと、松本市南部にたくさんの車が流入してしまうでしょう。しかし、松本市南部が損をしている面があることもまた事実です。


 なお、先ほどの更埴ICという名称の理由は私の説です。今後、資料に基づく調査が必要です。
 高速道路無料化の是非だけでなく、利用者や周辺住民にとって、本当は名称がどうあるべきなのかも再検討して、総合的に交通を見直してみる時かもしれません。
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2009年09月11日

068 上田の風景では驚かない「サマーウォーズ」

 公開から1ヶ月以上経って、昨日の昼間、ようやく映画「サマーウォーズ」を観ることができました。
 偶然にも昨日の夕方には民主党の鳩山代表も鑑賞したそうです。私は観おわった後、政治家には全員鑑賞してほしいと思ったところでしたから、嬉しく思いました。

 舞台は長野県上田市になっていて、長野新幹線で上田を目指すシーンや上田の風景は、実際そっくりですが、このくらいでは全然驚きません。
 上田に、昔ながらの大家族がいる。上田高校野球部が、丸子修学館や佐久長聖や松商学園高校と甲子園めざして戦っている。その同じ時に、上田という場所で、バーチャル世界に接続しながら人類の未来をかけた戦いが行われる。この発想が驚きで、これまで体験したことのない面白さです。
 
 現代はインターネットで、旧来の人間関係を離れた新しいバーチャル世界が発展しています。その一方で、昔ながらの血筋を受け継いでいることを誇りとする家族がいるという現実があります。

 バーチャルな世界は、素晴らしくも恐ろしい、恐ろしくも素晴らしいものです。上田という地域にいたって、世界に接続ができます。その一方、上田という場所がこの世界に存在する意味はどこにあるのでしょうか?
 インターネットの未来を考えていけない人は政治家をやるべきではないと思いました。
 しかし、この映画には、血筋の価値を助長する怖さもあります。(鳩山さんがこの映画でどんなヒントを得たのか、気になります。)

 信州上田のきれいな風景が出て来る、という程度の認識では済まされない、問題を問いかける作品です。
 
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2009年09月01日

067 東京からの距離で、考えが決まる?!

 今回の衆議院議員選挙の結果、長野県では小選挙区すべてで民主党議員が当選し、自民党は議席を失いました。
 ところが長野県の近県で、新潟県でも、福島県でも、愛知県でも同じように全議席を民主党が独占しました。

 いずれの県も、県庁所在地は東京から新幹線で1時間半から2時間ほどの距離です。

 それぞれの地域では、地域で独自に議員を選んだつもりになっていますが、結果的に東京から似たような距離にある地域が、似たような選択をしました。
 政治についてだけでなく、東京から同じような距離で暮らす人が様々なテーマについて同じようなものの考え方をするようになっていないか、気をつけてみたいものです。自分たちが自発的に社会を考えているのではなく、東京に依存した考え方を知らず知らずのうちに身につけているかもしれないからです。
Posted by naganokoryu at 17:46  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月30日

066 「池袋決戦」の夜を見て

 総選挙の選挙戦最終日の「池袋決戦」(東口は自民、西口は民主の街頭演説会)を見ることができました。
 20時の演説終了後、20時15分の湘南新宿ラインに乗り、大宮で新幹線に乗り換えて、22時16分には長野に帰ってきました。新幹線の速さと快適さを実感しました。

 もともと人の多い池袋ですから、多くの人が演説を聞きに来たとはいえ、駅構内は全然混んでいませんでした。演説をしている側にとっては、多くの人が集まってさぞかし自分の党の選挙戦がうまくいっていると思うかもしれませんが、ターミナル、繁華街である池袋にしたら、演説に足を止めた人はさしたる数ではないわけです。

 今朝の朝刊には、演説を聞くため、ごったがえしている駅前の写真が載っています。しかし、普段から池袋は人が多いわけですから、特別な風景とは言えません。
 この程度で決着なのでしょうか・・・。
 アメリカ大統領選挙の盛り上がり(テレビで見ただけですが)に比べると、日本はどうなっているのでしょうか。
Posted by naganokoryu at 16:35  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

065 若者よ!歴史のまちづくりに参画しよう

 私は、長野という町が歴史を生かした、いい町になることを願って、日々活動・仕事をしています。非営利団体の事務局、会社社長、個人と様々な立場からの活動・仕事です。

 単なる研究者としてでなく、「歴史」をキーワードに地域の魅力を高めていく、まちづくりの活動は、素晴らしい活動です。ぜひ、各地の町で若者が取り組んでいくべき分野だと信じています。直接的に職業と関係なくても、NPOでも個人でも行っていくことができます。

 そのためには、地域の歴史を調べるだけでなく、どのように地域の人をコーディネートするのか、組織を運営するのか、地域の魅力を発信していくのかなど様々な力が必要です。ところが、その方法を学ぶ場所がありません。大学の文学部にある歴史学科は、歴史の研究だけをする場所になっていて、時代に対応できていません。もっとも、地域によって事情は様々ですから、全国一律のマニュアルなんてあるはずはないのです。

 いつの日か、私の実践をまとめてみたいと願っています。
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2009年07月09日

064 長野駅を長野善光寺駅に改称しよう

 明治27年の御開帳には、前年に上野から長野間の鉄道が全通したため、関東から多くの参拝者が善光寺参りに訪れました。
 しかし、善光寺の下車駅が長野であることを知らずに乗り過ごす客があったため、御開帳中はホームで「ながの・ながの」と呼ぶのと同時に「ぜんこうじ・ぜんこうじ」と呼ぶようにしたいとの意見が出されたというエピソードがあります(『善光寺史研究』436ページ)。

 この意見は決して大げさではないと思います。
 現在も、長野県で最も観光客が訪れる場所は、年間の統計によると、軽井沢高原に次いで善光寺が2位です。しかも、軽井沢とは特定のポイントではなくて広い地域なのですから、はっきりしたポイントとしては、1位ということになります。

 「ながの」と「ぜんこうじ」を合わせても8文字です。「長野善光寺(ながのぜんこうじ)」を将来、正式の駅名にするのはどうでしょうか。8文字は「ほんじょうわせだ」と同じです。言いにくい方には引き続き「ながの」と呼んでいただいてもかまいません。

 ちなみに「善光寺」とは、寺のことでなくて、善光寺平という意味だと解釈してもいいでしょう。「長野善光寺平」としてもよいのですが、さすがに長すぎる名称です。


 では、いつまでに改称したらいいのでしょうか。
 長野県に将来、リニア中央新幹線が通ったら、飯田市に駅ができ、そこが長野県の新たな顔として発展するはずです。飯田の元善光寺の参拝客も増えるでしょう。一方、長野市にリニアの駅があると県外の方から間違えられる時代になるでしょう。
 そこで、善光寺のある長野ということを強調する「長野善光寺」という駅名は、効果的だと思います。
Posted by naganokoryu at 12:39  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

063 参拝の旅は新幹線というイメージをつくろう

 過去最高の参拝者を迎えた善光寺御開帳が終わり、長野のまちは静かになりました。

 善光寺境内で1,593人に聞いたアンケートによれば、参拝者の交通手段はマイカーが全体の61.7%、関東からの参拝者が全体の43.9%だったそうです(ながの観光コンベンションビューローなどが調査、信濃毎日新聞6月20日)。ETCの割引もあって、関東から多くの方が車で善光寺を訪れた模様です。

 ぜひ新幹線で善光寺を訪れていただきたい私ですが、ETCのせいにばかりはできません。
 関東の有名な社寺は、鉄道の駅から近い所が多くあります。先日訪ねた高幡不動尊は、駅から門前の商店街を通り、わずか徒歩2分で境内へ入れ、あまりの近さに驚きました。鉄道と社寺参拝はよく似合うのです。しかし、社寺参拝に新幹線に乗るというイメージが関東の方にはしっくりこないのも影響しているのではないでしょうか。成田山は京成電鉄、日光は東武鉄道と、いずれも私鉄で手軽に行くイメージが強くあります。

 そういえば、全国から参拝者が訪れる伊勢も、高野山も、金刀比羅も、永平寺も、いずれも新幹線の駅が最寄り駅ではありません。「社寺参拝を新幹線の旅で」というイメージをどうつくっていくのかは大きな課題です。
Posted by naganokoryu at 01:29  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月28日

062 「栃木新幹線なすの」

 「長野新幹線」の金沢延伸後の名称を「長野北陸新幹線」にしようという運動が長野商工会議所の呼びかけで始まるというニュースが2月初めに報じられました。北陸への延伸後、長野県内には飯山も含めて新幹線駅が5駅もあることが理由の1つのようです。(「北陸長野」でなくて、「長野北陸」なのですね)

 私は、長野以北へ向かう列車を「北陸新幹線X」(Xは列車名)と呼び、長野止まりの列車を「長野新幹線あさま」というブランドで残す提案をした方が、より具体的でよいと思います。ちょうど、「山形新幹線つばさ」、「秋田新幹線こまち」と呼ぶように。

 そこで思うのは、栃木県のことです。小山、宇都宮、那須塩原の3駅があり、栃木は関東の一部ですが、在来線も新幹線も東北本線、東北新幹線。「栃木新幹線」の名はどこにもありません。
 せっかくなら、この際、栃木県も声をあげてはどうでしょうか。「栃木新幹線なすの」実現に向けて。

Posted by naganokoryu at 23:54  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月31日

061 もしも篠ノ井駅が新長野駅だったなら

 今月は長野市篠ノ井のまちを2度歩きました。
 篠ノ井は、昭和41年に長野市に合併する以前は篠ノ井市で、信越本線から篠ノ井線が分岐する交通の要衝として発展した町です。商店街があり、旅館、割烹、バーなどの店も建ち並んでいます。かつては映画館も2館ありました。映画館のあるまちに着目している私にとって、魅力的な場所です。

 篠ノ井を歩くうち、もしも篠ノ井に新幹線「新長野駅」ができていたら、どうだったろうと考えました。長野駅でなく篠ノ井に新幹線の駅を併設し、篠ノ井駅を新長野駅に改称することも、メリットがあったのではないかと思います。

 篠ノ井に新幹線の駅ができれば、松本方面と東京を新幹線経由で行き来するのに、長野駅で乗り換えるより、10分以上短くなります。これにより、松本・東京間は最短2時間10分程度となり、所要時間でスーパーあずさを上回ります。

 篠ノ井は、高速道路の更埴ICに近く、広域的なアクセスがよい場所です。長野県全域で見て、東信からも中南信からもアクセスがよいという点で、更埴ICは便利です。

 長野市中心市街地の活性化にかかわっている私としては反対ですが、篠ノ井駅の操車場跡の広大な土地に、長野県庁などの行政機関を移し、篠ノ井を新都心とする方法もあったかもしれません。佐久平のように大型商業施設も出店して、篠ノ井駅周辺は賑わいをみせていたに違いありません。

 現在、千曲市では新幹線の新駅の建設運動があります。しかし、在来線との乗り継ぎを考えたら、本当は篠ノ井に新幹線の駅ができた方がよいはずです。
Posted by naganokoryu at 11:59  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月09日

060 2008年の映画ベストテン

 2008年に劇場公開された映画を採点した「キネマ旬報ベストテン」が発表になりました。

 長野市では、日本映画で「おくりびと」などベストテンの10作品中8作品が、長野松竹相生座・長野ロキシーで上映されました。しかも、1位から7位までが、相生座・ロキシーです。(おくりびとと母べえは、シネコンの長野グランドシネマズでも上映されましたが) 相生座・ロキシーという充実したラインナップの映画館があるのは、長野市の誇りです。

 相生座は、昨年12月25日付の毎日新聞長野版で、現存する日本最古の映画館であると報じられました。調査してきた者として嬉しい限りです。

 ちなみに、私の2008年の日本映画ベストテンは次の通りです。


(1)実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
    長野県の現代史にとって重要な作品

(2)青い鳥
    吃音の教師の真摯な言葉に共鳴
   (私も、どもりますので)

(3)歩いても 歩いても
    家族の会話のずれが圧巻

(4)闇の子供たち
    世界の中の日本を問う鋭い視点

(5)その日のまえに
    大林監督の前作「転校生」からつながる
   生死をめぐるテーマが印象的
 
(6)おくりびと
    古い映画館や銭湯、商店街にしみじみ

(7)西の魔女が死んだ
    不登校の子に寄り添っている大人に感激

(8)きみの友だち
    甲府の町がとてもきれい

(9)百万円と苦虫女
    携帯もパソコンもない生き方が清々しい
    
(10)築地魚河岸三代目
    姨捨駅が登場したのが誇らしい

 
Posted by naganokoryu at 23:03  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月21日

059 「はやぶさ」「富士」の廃止は仕方ないか

 2009年3月14日のダイヤ改正で、特急「はやぶさ」「富士」が廃止されることが発表されました。これで、残るブルートレイン(車体が青色の客車列車)は、「北斗星」「あけぼの」「北陸」「日本海」の4列車になるとのことです。

 ところで今回、これを伝える各社の報道がワンパターンなのには、がっかりしました。

 読売・朝日・毎日新聞のいずれも、「東京駅発着のブルートレインが姿を消す」といった内容で、東京駅とブルートレインにこだわった報道をしています。

 東京駅発着の夜行特急でしたら「サンライズ出雲」や「サンライズ瀬戸」がありますし、ブルートレインと同じ客車の夜行特急には、運転日は限られますが、「カシオペア」や「トワイライトエクスプレス」もあります。

 東京駅発着かどうかや車両がブルートレインかどうかでなく、一般の利用者にとってみると、関東と広島県・山口県・九州地方とを結ぶ夜行列車がなくなることが問題なのではないでしょうか。

 最近の報道は、「はやぶさ」「富士」は利用率が低迷しているから廃止も仕方のないことだと人々に思わせてしまいます。
 しかし、人々が乗りたいと憧れを持つ新型車両の導入ができなかった課題や、公共性の観点から残す必要性がある声をなぜ伝えないのでしょうか。

 毎日でなくていい。東京から九州へは、日本の鉄道の顔となる豪華な列車が走ってほしいと願うのは、私だけではないはずです。
 また、広島から上京するのに、朝一番早いのぞみでも、東京駅着10時13分というのは遅すぎます。もっと早く東京に着けるダイヤの夜行列車が必要ではないでしょうか。


 北陸新幹線の開通で、上野〜金沢間の夜行列車「北陸」「能登」も存続が厳しくなりそうです。しかし、なくなって本当にいいのかを考えることが大切です。

Posted by naganokoryu at 19:36  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月17日

058 映画館数から読み取る地域

 北陸新幹線金沢〜福井間や敦賀駅舎などの2009年度着工に政府、与党が合意した昨日12月16日、長野県では北陸新幹線の小布施高架橋が着工、安全祈願祭が行なわれました。これで長野県内を通る北陸新幹線の全区間で工事が始まったことになります。

 また最近は、上越駅(仮称)の正式名称を「越後高田」や「妙高高田」にすべきとの市民運動がされているというニュースが報じられるなど、北陸新幹線の開通の年が迫ってきたことを感じるこのごろです。

 しかし、地域の未来をどうするのか、文化的なビジョンが置き去りにされたままであることを私は危惧しています。


 私の調べている映画館から考えてみましょう。

 新幹線が早くから県内を貫き、東京から長野県とほぼ同じ距離、人口も面積も似ているのが、福島県です。
 今月12月21日で、会津若松市の「栄楽プラザ、みゆき座、東映栄楽座」が閉館になります。これで、福島県の会津地方の映画館は1か所、1スクリーンのみになります。
 福島県全体でも、毎日上映している映画館があるのは、福島市、郡山市、いわき市、会津若松市の4市。長野県の9市1村に比べても少ない数です。またスクリーン数も昨年末時点で、福島県は33、長野県は58。
 
 仙台に近いという理由はあるでしょうが、福島県の都市機能が長野県より縮小している傾向が読み取れます。福島県の人が県外に出かける傾向があるわけです。
 
 私自身、今年は東京で5回も映画を観ましたが、新幹線の影響は大きいでしょう。将来、これまで映画を観に長野市に足を運んでいた飯山方面の人が長野市に来なくなることも考えられます。 

 未来を意識して、地域の小さな変化をも分析していくこと。郷土史研究に課せられた課題です。
Posted by naganokoryu at 12:26  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

057 「路地サミット」の先に

 10月25・26日、長野市で第6回「全国路地サミット」が開かれました。「路地」という普段着の生活の場所をイメージする言葉と、「サミット」という大きくて格式のありそうな言葉が絶妙に結びついた面白いネーミングの行事です。

 全国から路地に着目する方々が大勢参加して、各地のまちの魅力を発表してくださいました。
 しかし、いったいなぜ近年、路地が注目されるようになったのでしょうか。サミットが盛大に終わったにもかかわらず、私はその理由を考え続けています。

 路地は古く、数十年以上の歴史を持つ場所が多いのです。にもかかわらず、何となく権威や伝統に縛られていないと思えるのが魅力に違いありません。歴史的な文化財と言われるものや、お客がどっと押し寄せる観光地が権威となっていることに対して、限界の思いが、路地に注目する人を増やしているのではないでしょうか。古さだとか、有名だとか、文化財の価値があるかどうかでまちの魅力を判断したくないために、路地が注目されていると考えることができます。

 今週末、信越線の長野〜黒姫間で、SL(D51)が運行されます。すでに、多くの人が沿線に試運転を見に訪れ、マスコミが大きく報道し、イベントとなっています。しかし、鉄道が好きであるはずの私なのに、今回のSLの運行には心がひかれません。日常の信越線だって素晴らしいのだから。SLのイベントが好きになれない理由がなぜか、ようやくわかりました。
 そして、新しいはずの新幹線にだって、私は魅力を感じてしまう理由も。古い路線には魅力があって、新幹線の旅には味がないと、単純に決めつけることはできないのです。

 路地を通し、様々な面から社会を見つめる目を私たちは養いたいと思います。逆に今度は、路地の方が権威にならないよう、注意しながら。
 
Posted by naganokoryu at 12:04  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月23日

056 高崎・横川間の信越線沿線を訪ねて

 先日、長野郷土史研究会の史跡めぐりで、群馬県安中市を訪れました。今回の旅は、中山道の板鼻・安中・松井田・坂本の4つの宿場を貸し切りバスでめぐるものでしたが、私は途中、バスの車窓から見えるJR信越本線高崎・横川間に思いを巡らせました。

 高崎から横川までの区間が開通したのは、明治18年10月15日のことでした。上野から高崎まで達していたのが、前年の明治17年5月1日のことでした。東海道線は、ようやく明治20年に横浜から国府津までの区間が開業しましたから、高崎・横川間がいかに早く開業したかがわかります。しかも、坂やカーブの多い区間ですから、さぞかし画期的なことだったでしょう。
 
 高崎・横川間が早く開業したのは、中山道経由で関東と関西を結ぶ路線実現のためでした。しかし、その役割はかなわず、しかも長野新幹線の開業に伴って横川・軽井沢間が廃止され、行き止まりの路線となってしまいました。ふだんは折り返しの普通列車が走るだけになった高崎・横川間ですが、本来は日本の動脈であるはずだった路線なのだと、胸が熱くなりました。

 沿線では、「湘南新宿ライン」の列車(小田原〜高崎)の横川まで延長運転を求めるのぼり旗を目にしました。
 大宮・高崎間が中山道の宿場と鉄道の駅が徒歩数分の距離であるのに対し、板鼻・安中・松井田・坂本の宿場から鉄道の駅は離れた所にできました。そのため、多くの沿線住民、観光客にJRの利用は便がよくないのが残念です。
 
 乗客が見込めるかは難しそうですが、私は東京方面から横川への直通列車を復活させなければならない思いになりました。歴史をたどる新たな旅行需要を発掘して。
 それがこの区間に対する礼儀のように思えたのです。
Posted by naganokoryu at 13:00  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

055 映画館のまちだった大宮

 大宮駅東口周辺には、数年前まで多くの映画館がありました。しかし、今年2月、最後まで残っていた大宮オークラ劇場・小劇場が閉館し、ついにこの駅界隈から映画館がなくなりました。
 さいたま市のような政令指定都市でも、古くからの繁華街から映画館がすべて消えたことは、歴史的に大きな出来事だと私は受けとめています。

 昨日、乗り換えのため大宮で途中下車した折、現地へ行ってみました。建物はまだ残っていましたが、解体工事が始まっていました。(夕方で、写真は暗くなってしまいました)
 
 私が映画館に着目しているのは、まちの雑踏の中にあった古い映画館が消えていくことで、私たちが何かを失っているという思いからです。

 ちなみに、近くの大宮一番街というアーケード街は、上尾駅とともに、現在公開中の映画「百万円と苦虫女」のラストシーンのロケ地です。映画館がなくなっても、庶民的で味わい深いまちが残されているのが、大宮駅東口の魅力です。


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Posted by naganokoryu at 20:42  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

054 東北新幹線仙台駅の印象

 8月末、仙台に行きました。10時8分のあさま518号で長野を発ち、大宮で乗り換え、はやて・こまち15号で仙台に着いたのは12時37分。さらに地下鉄に乗り換え、目的地へ。午後から行なわれたフォーラムに余裕で参加できました。乗り換え時間も含めて2時間半という時間の速さにはまったく驚きです。

 東北新幹線はやて・こまちに乗り、上越新幹線と離れると仙台駅の手前までレールは真っすぐに北をめざしている気分になります。途中の宇都宮、郡山、福島も多くの乗客は気づかずに通過してしまいます。東北の人々はもう慣れているのかもしれませんが、私にはとても不思議です。

 ところが仙台では、急カーブでゆっくりと都市の中へと列車が遠慮しながら入っていく感覚です。線形のせいで、ただでさえ人口の多い仙台という都市を頂点に東北が格付けされているという印象を与えます(それは私の偏見なのでしょうか)。

 では、北陸新幹線の場合、長野はどうなるのでしょうか。もし、長野県の駅をすべて通過する列車ができたにしても、線形の関係で軽井沢や長野では、ある程度の減速を余儀なくされるでしょう。しかも、どちらも高架駅ではありません。新幹線としては、珍しい設計です。その時、乗客は何を思うでしょう。
Posted by naganokoryu at 11:47  | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする