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    <title>みやぎの歴史物語</title>
    <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/</link>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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      <title>百年たったら会いましょう</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/10075333.html</link>
      <description> 親愛なるゆきちゃんへ あなたとあったのは研修の初日だったね。 授業に退屈すると髪をなでていて、みんなで 「ゆきちゃん あきたのね」と思っていましたね。 保育士の資格をもっていて、介護の仕事の資格をとろうとがんばっていました。 実習の授業でもがんばっていて、早坂さんと３人で国見の施設に実習のために、一緒にバスでかよっていました。 福祉大前駅からバスに乗ってきて 「おはようございます」といって元気にあいさつしていたゆきちゃんに私もはげまされたんですよ。 実習のレクレーションをみ...</description>
      <pubDate>Wed, 06 Apr 2011 19:30:08 +0900</pubDate>
      <category>仙台市青葉、宮城野、若林区、泉区の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>愛島 旧小豆嶋村 清水峯神社縁起のこと</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/10073606.html</link>
      <description> 名取市愛島にある「清水峯神社（すずみねじんじゃ）」。 この神社の縁起は、古くて「ヤマトタケルノミコト」の創建によるという。 水に困ったミコトの一行が山のいただきに「矢」を突き刺したところ、水がわいたということで神社ができたといい、タケノウチノスクネが創建に関わったともいう。 ヤマトタケルの一行にいた大伴氏の一族が神社の司家となったといい、かつての氏子は「大友姓」のみだったとか。愛島の大友姓を「西方」とよび、愛島から増田、ゆりあげに移住した大友姓を「東方」と呼び、いまも神社の...</description>
      <pubDate>Tue, 05 Apr 2011 17:23:05 +0900</pubDate>
      <category>名取・愛島地区の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>丑寅うごく・・・。</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/10057262.html</link>
      <description> 大震災から２０日たちました。周囲はいまだ瓦礫ですが、健やかに過ごしております。 今回の津波は、慶長大津波よりは規模が小さく、寛政大津波よりは規模が大きかったようです。  伝聞では、地震当日に横浜から北東にピンクの雲がでたとかで、その２０分後に地震がきたそうです。 また、津波もピンク色をしていたそうです。 丑寅の鬼門の東北地方で大地震、大津波が起きた後に「大化の改新」、「平城遷都」、徳川幕藩体制の確立、寛政の改革など日本史において歴史的大転換がおきたそうです。 日本もこれから...</description>
      <pubDate>Sat, 26 Mar 2011 17:42:08 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>春の予感</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/10013255.html</link>
      <description>如月のつごもりに降る泡雪に 春の予感をしばし感じる</description>
      <pubDate>Mon, 28 Feb 2011 16:14:10 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>またおらいねん</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9906735.html</link>
      <description> 今年もお世話になりました。 いい年越しをしてくないん。 では、また、おらいねん。</description>
      <pubDate>Thu, 30 Dec 2010 20:51:44 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>伊達周宗公のはなし</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9894469.html</link>
      <description> さむちゃね、また、ごめんしてくないん。 仙台藩主に幼くして亡くなった伊達周宗（だて・ちかむね）公がいます。 父は、８代藩主・伊達斉村公、母は正室の鷹司氏とされていて、生母は産後のひだちが悪くて亡くなったんだど。 仙台藩主となったときは、わずか１歳だったともいい、「松平政千代」として、藩政は重臣がおこなったという。 徳川家斉公の息女と婚約するも、未婚で１６才で亡くなったというんだど。 実は、もっと早くに亡くなっていて、伊達家親族の少年を「身代わり」に立てたという伝説がのこって...</description>
      <pubDate>Sat, 25 Dec 2010 15:39:00 +0900</pubDate>
      <category>伊達家の歴史絵巻</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>「お稲荷さん」のはなし</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9843526.html</link>
      <description> むかし、父方の本家の「ずないみょうじん」のとこにお稲荷さんのおつかいが巣穴をつくってすんでいたんだど。 よく屋敷の周りさいたもんだったんだど。 そのうちにある家さいたニワトリが襲われりたりして、こまったことになったんだど。 「お稲荷さんのおつかいがしたんでないの」といわれて、本家ではこまってしまったんだど。 そしたら、本家のばっぱが赤い赤飯を炊いて、 「おたちになってくないん~」といってお供えしたんだど。 そしたら、おつかいはいなくなってしまったんだど。 みんなして、たけこ...</description>
      <pubDate>Sat, 27 Nov 2010 11:42:29 +0900</pubDate>
      <category>名取・下増田地区の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>「那智山大権現」のはなし</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9840543.html</link>
      <description> むかし、なとりの高舘山に「那智山大権現」がおまつりされていたんだど。 むかしは、「観音堂」と「那智山権現」の建物が並んであったんだど。 神仏習合のかたちは、明治２２年頃に「那智山権現」を熊野那智社として山上に移すころまであったんだど。 この社殿の移動のときに「かけぼとけ」が社殿の下からでてきたのね。 観音堂もすぐ上の場所に移動してしまったんだど。 「観音ヶ崎」とよばれる場所に那智山大権現があったはなしでした。 では、また、おみょうにち。</description>
      <pubDate>Thu, 25 Nov 2010 19:40:17 +0900</pubDate>
      <category>名取・高舘地区の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>二木正義の伝説</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9800760.html</link>
      <description> 霜月だちゃね。また、ごめんしてくないん。 仙台市若林区二木に、むかし、二木正義という武士がいたんだど。 戦国時代に、奥州から甲斐の武田信玄公のために川中島に７回もいったんだど。 そのときに、武田公から「書状」をもらってきて帰ってきたんだど。 のちに「阿弥陀さん」に帰依してお寺にいっぺ寄進していたんだどさ。 一説には、甲斐から奥州の二木まで逃れてきたというんだど。 いまも、二木の長構寺に「信玄公の書状」があるというんだどさ。 では、また、おみょうにち。  二木正義の伝説につい...</description>
      <pubDate>Thu, 04 Nov 2010 15:58:48 +0900</pubDate>
      <category>仙台市青葉、宮城野、若林区、泉区の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>「岩沼藩田村家シンポジウム」があります</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9795414.html</link>
      <description> 来る１１月３日、岩沼市の岩沼市民会館で「岩沼藩田村家シンポジウム」が開かれます。 岩沼藩は、１６６０年に仙台藩主・伊達忠宗公の子である田村宗良公（１６３７~１６７８）が現在の岩沼市の大部分と名取市、村田町の一部を仙台藩から分藩して、約２０年にわたって存在した藩とされます。 伊達騒動で、田村宗良公が閉門となり、岩沼藩は廃藩となり、のちに宗良公の子が改めて一ノ関藩３万石として分藩しています。 忠臣蔵にでてくる「田村右京太夫」は、この田村家のことですね。 田村家は、伊達政宗公の正...</description>
      <pubDate>Mon, 01 Nov 2010 19:27:43 +0900</pubDate>
      <category>岩沼市（旧名取郡南方）の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>あれ、まぁ~</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9782437.html</link>
      <description> ようたしで市バスさのったのね。 そしたら、市バスのなかに「仙台人物誌」の案内があったのしゃ。 よぐみたら、観心院さんの肖像がのってたのね。（右下のおひなさまのような女性の肖像です） 観心院さんは、９代藩主の夫人で、雲州・松江藩主の松平不昧公の正室の実母なんだど。 広瀬川の河川敷で、女子サッカーをしてんのみて、「モクリ コクリの碑」の案内をみて、八幡宮の前からまた、市バスさ乗ったら、観心院さんの肖像がある案内をみたのね。 「仙台人物誌」は１２月まで、仙台市博物館でごらんになれ...</description>
      <pubDate>Tue, 26 Oct 2010 18:41:34 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
          </item>
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      <title>「額兵隊 見国隊戦死弔碑」のこと</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9780591.html</link>
      <description> 仙台市宮城野区にある榴ヶ岡天満宮に「額兵隊 見国隊戦死弔碑」が残っています。 明治維新の戊辰戦争で、仙台藩士として北海道・五稜郭にいって亡くなった兵士を弔魂するために明治３０年代に建立されたんだど。 額兵隊は、仙台藩士として初の西洋式兵士ともいい、隊長の星恂太郎氏が率いて明治政府の兵士と戦い、見国（みくに）隊は、二関源治氏が隊長でいたんだど。 二関氏は、五稜郭の戦いで戦死されて、その慰霊碑も天満宮境内に残っていんだど。 では、また、おみょうにち。</description>
      <pubDate>Mon, 25 Oct 2010 17:53:04 +0900</pubDate>
      <category>仙台市青葉、宮城野、若林区、泉区の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
          </item>
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      <title>観心院さまの話</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9750109.html</link>
      <description> 観心院 近衛氏惇君（かんしんいん このえし・あつぎみ）がいたんだと。 ９代藩主 伊達重村公の正室で、近衛氏の養女として仙台藩に嫁したんだど。 生家は、広幡（ひろはた）家で、桂離宮をつくった八条宮智仁親王の子孫でもあんだど。 重村公には、徳川家の田安家の姫と婚約していたんだけど、姫が亡くなったために近衛氏との縁から惇君が伊達家にきたんだど。 重村公、１０代藩主斉村公の没後、斉村公の子が幼いことから女性の身で仙台藩主の後見ともなったんだど。 おりしも天明の大飢饉で餓死者が多く出...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Oct 2010 17:38:24 +0900</pubDate>
      <category>伊達家の歴史絵巻</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>あめのなか・・・。</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9750049.html</link>
      <description> 神無月だちゃね、また、ごめんしてくないん。 先日、雨のなか、塩釜神社にてシュウバツをお願いいたしました。 神社につくとあめ、アメ、雨・・・。 神社の拝殿に昇殿して、御祓い。（なぜか、安産祈願の方が両脇におられました） これまた、なぜか代表して「玉ぐし」を奉てんとなりました。 神社をあとにすると、雨はあがりました。（塩釜さんは、龍神さまの系統なのでしょうか・・・） あとで、塩釜さんは安産の神さまと思い出しました。  雨あがり やしろをあとに石段を 一歩また一歩あゆむ 前をみす...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Oct 2010 17:02:20 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
          </item>
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      <title>蔵王山遠景</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9727549.html</link>
      <description> 蔵王山遠景。</description>
      <pubDate>Wed, 29 Sep 2010 17:33:01 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>上杉にて</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9718238.html</link>
      <description> 仙台 上杉にて。</description>
      <pubDate>Fri, 24 Sep 2010 23:24:08 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
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      <title>藤原秋保の伝承・・・。</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9708893.html</link>
      <description> 仙台市・秋保温泉の地名の由来に「藤原秋保」という説があんだど。 平安時代に秋保を治めていた領主という伝承もあんだど。 現在は「秋生」が「秋保」と変化していったという説が有力とされています。 伝説では、欽明天皇に「秋保の湯」を献上して、「なとりのゆ」という名を賜ったというのが秋保温泉の由来という説も残っています。 では、また、おみょうにち。</description>
      <pubDate>Mon, 20 Sep 2010 10:47:08 +0900</pubDate>
      <category>仙台市太白区（旧名取郡北方）の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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        <item>
      <title>石巻 蛇田道公神社のこと</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9690296.html</link>
      <description> 長月だちゃね。また、ごめんしてくないん。 石巻市に「蛇田道公神社」という神社があんだど。日本書紀（やまとふみまき）によると、仁徳天皇の時代に大和からエミシと戦うためにきて、亡くなった将軍をまつった神社なんだど。 上毛野田道公（うえけのたみちのきみ）という将軍で、崇神天皇の子孫なんだど。 将軍が亡くなったとき、夫人がその遺品を胸に自害したというんだど。 のちに将軍を墓をエミシが暴いたとき「おろち」となってエミシにたたったというんだど。 同じような伝承が青森・猿賀神社にも残って...</description>
      <pubDate>Sat, 11 Sep 2010 08:00:00 +0900</pubDate>
      <category>みやぎ北部沿岸（石巻・金華山）の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
          </item>
        <item>
      <title>「大龍山名取寺」の話</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9611938.html</link>
      <description> いまの仙台市太白区南大野田に「大龍山名取寺」という寺があったんだど。 平安時代に建立されて、江戸時代の元禄１２年に伊達綱村公の命で再建されたんだど。 天台宗の寺院だったんだけど、衰退して明治２０年代に観音堂があったばりだったんだど。 いまは、五輪塔など石碑がのこるだりなんだどさ。 では、また、おみょうにち。</description>
      <pubDate>Fri, 06 Aug 2010 18:43:05 +0900</pubDate>
      <category>仙台市太白区（旧名取郡北方）の歴史物語</category>
      <author>natorigoro</author>
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        <item>
      <title>大槻盤渓氏の話</title>
      <link>http://blogs.dion.ne.jp/natorigoro/archives/9607997.html</link>
      <description> ８月だちゃね。また、ごめんしてくないん。 幕末の仙台藩士に大槻盤渓（おおつき・ばんけい、名を清崇）というひとがいたんだと。 幕末の文人として仙台藩を代表する人物で、ペリーの黒船来航のときに黒船に近寄って、「漢詩」を渡したりしたの。 長州の吉田松陰とも知り合いで、仙台でもあったりしたんだど。 土佐の山内容堂公、越前の松平春嶽公とも知り合いで、容堂公とは酒をともに飲んだんだとさ。 明治維新では、戊辰戦争の責任をとって投獄されて、晩年は東京に住んだんだと。 福沢諭吉とは晩年まで仲...</description>
      <pubDate>Wed, 04 Aug 2010 16:26:53 +0900</pubDate>
      <category>よもやま話</category>
      <author>natorigoro</author>
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