2012年02月07日

命の恩「人」

こんばんは。今日は外気温が10度近くまで上がりましたが,日差しがなく,雨がちな日というせいもございましたのでしょうか,数字に見合わぬ寒さを感じる一日でした。今も電気ストーブを赤々とつけております。

さて,私が拝読させていただいておりますメルマの中には,作者ご自身の中に別人格があり,その別人格と交代しながら書いておられるメルマがいくつかございます。

そのような別人格が,どのような病理に因りますかは存じかねますが,かつて私の中にも,そうした別人格が宿ったことがありました。

2002年秋,就職活動に悉く失敗致しました私は,精神状態が極めて悪くなり,躁鬱の振幅が非常に大きくなりました。このような状態で,複雑にして困難な障害者年金の申請を行いましたため,状況の悪さに拍車がかかりました。私の中に別人格が宿りましたのは,このときでございます。

この人格は女でした。年齢は私よりもかなり若く,波打った黒髪を長く垂らした少女でした。しかし姉肌な性格ですので,私よりも年長に感じられることすらありました。

この少女の特徴を一言で挙げますならば,とても常識的でございました。躁鬱ともに取り散らかしました状態の私が,あるときは自殺を企図し,あるときは破壊衝動を宿らせるときも,正常な状態にある者として強い口調でそれを諫め,私を落ち着かせてくれました。

不思議なことに,当時,心を固く閉ざし,誰のどんな助言も聞き入れる余地のありませんでした私が,この少女に叱られますと,素直にその諫言を聞くことができました。それにより私は,取り返しのつかないことを引き起こす危機から救われたのでございます。

私が女性の呼吸を見たいと申しますと,大きく口を開けて息を吸い込み,激しい泣き声を聞かせます。別に泣かなくてもいいと言いましても,嘘を言いなさい,あなたはこれが見たいくせにと申しまして,また泣き続けます。それを見つつ私は,下半身が熱くなるのを感じました。

2002年の暮れに年金支給が開始されましたが,私の悪い状態は,年が明けても続きます。この間,少女はずっと私に寄り添ってくれていました。そして2003年春,アナフラニールの処方が開始され,ようやく躁鬱の波が収まってまいりましたとき,少女はいつのまにかいなくなりました。

私は今でも,あの少女のことをはっきりと思い出すことができます。とはいえ,彼女はそもそも何だったのかと問い直しますと,自分でもよく解りませんし,主治医も,類を見ない不思議な話と申します。

しかし,少女が何者でありましたにせよ,2002年の危機一髪の窮地をあの子が救ってくれたことに変わりはございません。彼女が現れてくれませんでしたならば,私は何をしていたか想像もつきかねます。まさにこの子は私の命の恩「人」でございました。

躁1

ともすると落ち着きを失いそうになる自分を抑えて,じっとして過ごす。
Posted by 名雪ヶ浜 勢至郎 at 19:12  |Comments(0)TrackBack(0) | 双極性障害II型 , 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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