2011年07月11日
WHAT A WONDERFUL WORLD
私は根っからのぐうたら好きで、できれば一日家の中で、本読んだり、好きなTVドラマみたり、野球見たり、缶ビール飲んだりして過ごしていたい人間だ。できればお金は天から降ってくるのが望み。たまに、友達よんで料理なんかつついて、人の噂話して、日々すぎていくのが望み。
50年以上生きてきて、こんなこと確信した。こんな確信は糞にもならないけど、ぐうたらな頭ではたと考えた。おもしろくないのだ。コ―フンがないのだ。
世の中の50年以上生きている人間がどれだけいるか知らないけど、周りには、おもしろそうにコ―フンしながら生きている人間がいるわいるわ。
K子はボーイフレンドいっぱいいて、今日は○○と飲み会。来週は××と飲み会なんて嬉しそうにしてる。
Tさんは近々アフリカ旅行へ出かける、って少しコ―フン気味。Mさんは定年後の住みかを模索中で、新しい生活の青写真なんか語っている。
コ―フンを暫く、否、ずーっと忘れていた。それでコ―フンしたくなった。色恋のコ―フンも悪くないけど、マディソン郡の橋があって、わたしがメリル・ストリープほど美しくて、偶然にカメラマンのクリント・イーストウッドが立ち寄ってくれなきゃ、だめなのよね。なりたたないのよね。
それで、Yさんが誘ってくれたボート漕ぎにくいついた。湖で4人乗りのボートを漕ぐ。
オールがバカに長くてわたしは持て余してしまう。わたしが持て余してしまうと、他の3人が漕いで進んでいるボートのブレーキになって船はバランスをくずす。ぐらりとするボートに皆は、おっとっと、驚いてしまう。
ヘタクソなわたしを、驚いた3人が励ましてくれる。励まされたわたしは日曜日、練習にかよった。
3回通ってもオールは持て余してしまう。なのに、Yさんは、山笠レガッタにわたしを出場させてくれた。
昨日、福岡でわたしは、人生で初めて船の競技大会にでた。川べりには沢山のチームがいる。隣はK大学が陣取っていて、その若さに、わたしはしばし、見入ってしまった。こっちのクラブは定年組がほとんどだから、空気がちょっと違う。同じ木陰なのに、大学チームの下はほの明るい。明るさにしばし見入ってしまった。
女の子が多いもんだから周波数高くて、にぎやかで。
競争に負けて、クラブのみんなでラーメン食って、ビール飲んで、山笠の鉾みて、商店街で配っている団扇もらって、解散した。みんな明るい顔で別れた。
みたらパット明るいってわけじゃないけど、時間、うーんとかけて、人生歩いてきたメンバーの多いこのクラブで、暫くコ―フンしてみよう。
50年以上生きてきて、こんなこと確信した。こんな確信は糞にもならないけど、ぐうたらな頭ではたと考えた。おもしろくないのだ。コ―フンがないのだ。
世の中の50年以上生きている人間がどれだけいるか知らないけど、周りには、おもしろそうにコ―フンしながら生きている人間がいるわいるわ。
K子はボーイフレンドいっぱいいて、今日は○○と飲み会。来週は××と飲み会なんて嬉しそうにしてる。
Tさんは近々アフリカ旅行へ出かける、って少しコ―フン気味。Mさんは定年後の住みかを模索中で、新しい生活の青写真なんか語っている。
コ―フンを暫く、否、ずーっと忘れていた。それでコ―フンしたくなった。色恋のコ―フンも悪くないけど、マディソン郡の橋があって、わたしがメリル・ストリープほど美しくて、偶然にカメラマンのクリント・イーストウッドが立ち寄ってくれなきゃ、だめなのよね。なりたたないのよね。
それで、Yさんが誘ってくれたボート漕ぎにくいついた。湖で4人乗りのボートを漕ぐ。
オールがバカに長くてわたしは持て余してしまう。わたしが持て余してしまうと、他の3人が漕いで進んでいるボートのブレーキになって船はバランスをくずす。ぐらりとするボートに皆は、おっとっと、驚いてしまう。
ヘタクソなわたしを、驚いた3人が励ましてくれる。励まされたわたしは日曜日、練習にかよった。
3回通ってもオールは持て余してしまう。なのに、Yさんは、山笠レガッタにわたしを出場させてくれた。
昨日、福岡でわたしは、人生で初めて船の競技大会にでた。川べりには沢山のチームがいる。隣はK大学が陣取っていて、その若さに、わたしはしばし、見入ってしまった。こっちのクラブは定年組がほとんどだから、空気がちょっと違う。同じ木陰なのに、大学チームの下はほの明るい。明るさにしばし見入ってしまった。
女の子が多いもんだから周波数高くて、にぎやかで。
競争に負けて、クラブのみんなでラーメン食って、ビール飲んで、山笠の鉾みて、商店街で配っている団扇もらって、解散した。みんな明るい顔で別れた。
みたらパット明るいってわけじゃないけど、時間、うーんとかけて、人生歩いてきたメンバーの多いこのクラブで、暫くコ―フンしてみよう。
2011年07月03日
Row,row,row your boat・・・・
午前中、ボウトの練習に行く。毎週日曜日の午前中にある。梅雨時だから、雨降ったら練習は休みなのだけど直前まで雨降っていても、なぜか、練習時間あたりにはあがってしまう。
今日は朝から、軽く太陽が雲間からのぞいている。夏の外でのスポーツは小学校以来。
日焼けが気になる。前日、いつもの化粧品屋に相談にいく。
「へ〜、あなたがねぇ。スポーツってタイプじゃないのにね。へ〜、へ〜」
店長は、おじさんの妖精を見つけたように不思議がっている。へ〜、はいいからさ、日焼けどう防いだらいいのさ?
「そりゃ、無理。ボウトこぐってことは、日陰ないわけだし、まして水のキラキラ反射で倍返しに日焼けしちゃうわけ。ムリムリ。」
そう言いながら、教えてくれた。
「あのね、とにかく演歌の歌手みたいに厚塗りしていくこと。わかった?演歌の歌手だよ。それと寝る前にしっかりパックして、皮膚の熱とること。演歌の歌手と熱とりパック。わかった?」
今朝、鏡で演歌の歌手みたいに厚塗りした。ワッ!皺と毛穴に入り込むファンデーションの微粒子。
守っておくれよ、日焼けから。
サングラスに長袖シャツにガーゼマフラーに手袋にジャージにサンバイザー。そして、毛穴と皺の溝に微粒子。
早めに練習湖畔に到着。むらむらと暑さが体をかけめぐる。練習前から喉が渇く。ペットボトル開けたら勢い、ふきだした。今日は炭酸水もってきたのわすれて、むらむらと蓋をあけたのがまずかった。
勢いふきだして、ボトルには半分しか残ってない。
来週、大会に出場するから、今日はずいぶんと練習した。能動的練習ではなくて、かなり受動的練習だった。
ボウト始めてまだ一カ月。四人乗りのボウトで三人は数年から数十年のベテラン。前から後ろから、私のへたくそな漕ぎを褒めてくれる。「うん、まえよりよくなったよ」「落ち着いて漕げばいいよ」「よーし、いまのはよかった」「四人のオウルがぴたりと合うと速いねぇ」「そう、そう、だんだんうまくなるよ」
わたしはドキドキする。ドキドキしながら失敗する。
2時間近く、練習した。
鏡を見たら、演歌の歌手顔はくずれていなかった。微粒子は密着してた。
手打ちそばやに昼ご飯食べにいったら、今から打ちますから30分お待ちください。汗臭くて、そんなに待てない。すごすご、後ずさりした。汗臭いまま車で帰った。
帰って、シャワー浴びて、ベッドでごろごろしながら昨日買った本を読んだ。
「つなみ」という本だ。被災地のこども80人の作文集。なんだか、ごろごろしながら読んではいけないと思い、机について読んだ。子どもたちが堂々と津波、地震の怖さを書いている。書いた子どもの写真も掲載されている。報道にはいくつかの種類があるけど、この本が一番ぐっときた。
惜しみながら読もうと決心した。
忙しい一日だった。
今日は朝から、軽く太陽が雲間からのぞいている。夏の外でのスポーツは小学校以来。
日焼けが気になる。前日、いつもの化粧品屋に相談にいく。
「へ〜、あなたがねぇ。スポーツってタイプじゃないのにね。へ〜、へ〜」
店長は、おじさんの妖精を見つけたように不思議がっている。へ〜、はいいからさ、日焼けどう防いだらいいのさ?
「そりゃ、無理。ボウトこぐってことは、日陰ないわけだし、まして水のキラキラ反射で倍返しに日焼けしちゃうわけ。ムリムリ。」
そう言いながら、教えてくれた。
「あのね、とにかく演歌の歌手みたいに厚塗りしていくこと。わかった?演歌の歌手だよ。それと寝る前にしっかりパックして、皮膚の熱とること。演歌の歌手と熱とりパック。わかった?」
今朝、鏡で演歌の歌手みたいに厚塗りした。ワッ!皺と毛穴に入り込むファンデーションの微粒子。
守っておくれよ、日焼けから。
サングラスに長袖シャツにガーゼマフラーに手袋にジャージにサンバイザー。そして、毛穴と皺の溝に微粒子。
早めに練習湖畔に到着。むらむらと暑さが体をかけめぐる。練習前から喉が渇く。ペットボトル開けたら勢い、ふきだした。今日は炭酸水もってきたのわすれて、むらむらと蓋をあけたのがまずかった。
勢いふきだして、ボトルには半分しか残ってない。
来週、大会に出場するから、今日はずいぶんと練習した。能動的練習ではなくて、かなり受動的練習だった。
ボウト始めてまだ一カ月。四人乗りのボウトで三人は数年から数十年のベテラン。前から後ろから、私のへたくそな漕ぎを褒めてくれる。「うん、まえよりよくなったよ」「落ち着いて漕げばいいよ」「よーし、いまのはよかった」「四人のオウルがぴたりと合うと速いねぇ」「そう、そう、だんだんうまくなるよ」
わたしはドキドキする。ドキドキしながら失敗する。
2時間近く、練習した。
鏡を見たら、演歌の歌手顔はくずれていなかった。微粒子は密着してた。
手打ちそばやに昼ご飯食べにいったら、今から打ちますから30分お待ちください。汗臭くて、そんなに待てない。すごすご、後ずさりした。汗臭いまま車で帰った。
帰って、シャワー浴びて、ベッドでごろごろしながら昨日買った本を読んだ。
「つなみ」という本だ。被災地のこども80人の作文集。なんだか、ごろごろしながら読んではいけないと思い、机について読んだ。子どもたちが堂々と津波、地震の怖さを書いている。書いた子どもの写真も掲載されている。報道にはいくつかの種類があるけど、この本が一番ぐっときた。
惜しみながら読もうと決心した。
忙しい一日だった。
2011年06月23日
Kyoto bojyo by ventures
学生時代、京都に下宿していた。夫婦でやってるカメラ屋の二階で、その店は高いカメラをずらりと並べているような店ではなく、写真の現像や証明写真を撮ってくれる、気安い写真屋だった。
六畳と一段高くなった二畳に一間の押し入れがついていた。
田舎から出てきた18歳には広すぎると思えた。私は一人暮らしに浮かれていた。部屋のどこに何を置こうと自由なのだ。部屋のどこに寝転がろうと自由なのだ。いつ夕飯を食おうと勝手なのだ。私は浮かれていた。
窓からは狭いアスファルトの道と、ブロック塀に囲まれた墓地がみえた。
高校時代に修学旅行で見学した京都の、あの華やかさのかけらもない下宿だったけど、私は浮かれていた。
住みかが「京都市○○区○○大路○○条」となっただけで、人間一段偉くなった心地がした。
炊事場も洗面所も便所も共同だったけど、一段偉くなった心地よさでちっとも苦にならなかった。
学校までは自転車で15分くらいだった。加茂川や高瀬川とは比べ物にならないドブ川の横の道を、ひたすら自転車こいだ。ドブの匂いも京都だった。風も京都だった。石ころも京都だった。私は日ごとに京都まみれになった。クラスは大半が関西の人間で、インフルエンザみたいに私はすぐ関西弁をしゃべるようになった。
山口県人のかけらはことごとく消えて行き、京都に住む関西弁の人間が瞬く間にできあがった。
兵庫県出身のK岡さんと仲良しになった。K岡さんはフラメンコギタークラブに入っていた。
その打ち上げで行ったスナックに、私を連れて行ってくれた。それは四条河原町にあった。
夜の繁華街に初めて首を突っ込んだ私は、ウワァーと歓声を上げたまま口をポカンとあけたままになった。
太陽が沈んでからの京都の繁華街で、私は完全に田舎のネズミから都会のネズミになれたと確信した。
なんの確信かはわからない。「そんぶれろ」と云う名のスナックだった。
私は御用聞きみたいに頻繁に通った。客には社会人もいたが、学生もいた。バイトの男2人も学生だった。
御用聞きみたいな私は、やがてカウンターに入ってコップなんか洗い始めた。
マスターがよくタクシーで下宿まで送ってくれた。帰り道に必ず、ドーナッツとコーヒー豆を買ってくれた。
昼も夜も私は一日中、都会のネズミになれた。
ある日、下宿のおばさんに声をかけられた。居間に通された。おばさんは割烹着をつけていた。小柄な人だった。小柄な人らしい、少し甲高い声でいった。
「あんなぁ、うちはよそさんから大事な娘はんあずかってますのや。なにかあったら、あんたはんのオカアサンに申し訳ありません。夜の帰りが遅いなぁ。まぁ、お友達とのおしゃべりもありますやろけど、10時の門限はまもってもらわんとなぁ・・・・」
その日から、引き戸の玄関にベルをつけられてしまった。あけると、「チリンチリン」と意地悪な音がする。
わたしはしおれた。都会のネズミはしっぽを捕まれてしまった。
六畳と一段高くなった二畳に一間の押し入れがついていた。
田舎から出てきた18歳には広すぎると思えた。私は一人暮らしに浮かれていた。部屋のどこに何を置こうと自由なのだ。部屋のどこに寝転がろうと自由なのだ。いつ夕飯を食おうと勝手なのだ。私は浮かれていた。
窓からは狭いアスファルトの道と、ブロック塀に囲まれた墓地がみえた。
高校時代に修学旅行で見学した京都の、あの華やかさのかけらもない下宿だったけど、私は浮かれていた。
住みかが「京都市○○区○○大路○○条」となっただけで、人間一段偉くなった心地がした。
炊事場も洗面所も便所も共同だったけど、一段偉くなった心地よさでちっとも苦にならなかった。
学校までは自転車で15分くらいだった。加茂川や高瀬川とは比べ物にならないドブ川の横の道を、ひたすら自転車こいだ。ドブの匂いも京都だった。風も京都だった。石ころも京都だった。私は日ごとに京都まみれになった。クラスは大半が関西の人間で、インフルエンザみたいに私はすぐ関西弁をしゃべるようになった。
山口県人のかけらはことごとく消えて行き、京都に住む関西弁の人間が瞬く間にできあがった。
兵庫県出身のK岡さんと仲良しになった。K岡さんはフラメンコギタークラブに入っていた。
その打ち上げで行ったスナックに、私を連れて行ってくれた。それは四条河原町にあった。
夜の繁華街に初めて首を突っ込んだ私は、ウワァーと歓声を上げたまま口をポカンとあけたままになった。
太陽が沈んでからの京都の繁華街で、私は完全に田舎のネズミから都会のネズミになれたと確信した。
なんの確信かはわからない。「そんぶれろ」と云う名のスナックだった。
私は御用聞きみたいに頻繁に通った。客には社会人もいたが、学生もいた。バイトの男2人も学生だった。
御用聞きみたいな私は、やがてカウンターに入ってコップなんか洗い始めた。
マスターがよくタクシーで下宿まで送ってくれた。帰り道に必ず、ドーナッツとコーヒー豆を買ってくれた。
昼も夜も私は一日中、都会のネズミになれた。
ある日、下宿のおばさんに声をかけられた。居間に通された。おばさんは割烹着をつけていた。小柄な人だった。小柄な人らしい、少し甲高い声でいった。
「あんなぁ、うちはよそさんから大事な娘はんあずかってますのや。なにかあったら、あんたはんのオカアサンに申し訳ありません。夜の帰りが遅いなぁ。まぁ、お友達とのおしゃべりもありますやろけど、10時の門限はまもってもらわんとなぁ・・・・」
その日から、引き戸の玄関にベルをつけられてしまった。あけると、「チリンチリン」と意地悪な音がする。
わたしはしおれた。都会のネズミはしっぽを捕まれてしまった。
2011年04月23日
GOOD LIFE
桜の季節がきて、散った。二年前、息子が大学にはいって、県外にでて、下宿まで車で送って、あれこれ部屋を片づけて、わたしは一人で車で帰った。
ぽつんと立って、わたしを見送る息子の姿がドアミラーに映って、それ見てわたしは、涙流しながら高速道路を走った。高速道路の両側に桜がこんもり、薄ピンク、いけどもいけども続いているのをみながら泣いて運転した。これから一生桜はみまいと思った。
去年も今年も桜はみていない。目には入っているのだけれど、木の下に行って「うわぁ〜」と嬌声を上げることがない。
なにも、息子が離れて行った記憶で桜が嫌いになったわけではなさそうだ。何事にも感動がなくなってきたらしい。
東京から里帰りしたA美さんと昼ごはん食べながらそんなこと話した。
「最近、何にも感動しない。」
「わたしもよ。気持ちがフラット。」
「うんうん」
「何もする気がせん」
「うんうん」
病人の心臓モニターがピィーって一直線になるみたいに、フラットなのだ。
「これって、やっぱ更年期だな。」二人の意見は落ち着いた。それから、堰切ったみたいに更年期自慢が始まった。わくわくしない。でもドキドキはする。長続きしない。でも、布団の中ではいつまでもぐずぐずできる。わがまま単独行動が好き。人格なんてどっかにほっぽりだして、下世話な好奇心だけむくむくわきあがってくる。
「これって、やっぱ更年期だな。」二人はうなずきあった。
体のあちこちがのびたりちじんだり。更年期は忙しい。気持ちはあけすけになったりひきこもったり。
更年期はせわしない。
「巣鴨のとげぬき地蔵あたり、うろちょろしてるばあさんたちって、妙に明るくて、楽しそうだよね。いつか、ああなれるのかねぇ」
「あれこそ、人生の荒波こえたあとの達観ってやつかねぇ」
女って荒波ぶっかぶっても、自分が惜しいから根こそぎ持っていかれないでなんとかいきてられるんだな。
A美さんと別れて、ぼんやり、考えてしまった。その夜は少し元気になれた。
ぽつんと立って、わたしを見送る息子の姿がドアミラーに映って、それ見てわたしは、涙流しながら高速道路を走った。高速道路の両側に桜がこんもり、薄ピンク、いけどもいけども続いているのをみながら泣いて運転した。これから一生桜はみまいと思った。
去年も今年も桜はみていない。目には入っているのだけれど、木の下に行って「うわぁ〜」と嬌声を上げることがない。
なにも、息子が離れて行った記憶で桜が嫌いになったわけではなさそうだ。何事にも感動がなくなってきたらしい。
東京から里帰りしたA美さんと昼ごはん食べながらそんなこと話した。
「最近、何にも感動しない。」
「わたしもよ。気持ちがフラット。」
「うんうん」
「何もする気がせん」
「うんうん」
病人の心臓モニターがピィーって一直線になるみたいに、フラットなのだ。
「これって、やっぱ更年期だな。」二人の意見は落ち着いた。それから、堰切ったみたいに更年期自慢が始まった。わくわくしない。でもドキドキはする。長続きしない。でも、布団の中ではいつまでもぐずぐずできる。わがまま単独行動が好き。人格なんてどっかにほっぽりだして、下世話な好奇心だけむくむくわきあがってくる。
「これって、やっぱ更年期だな。」二人はうなずきあった。
体のあちこちがのびたりちじんだり。更年期は忙しい。気持ちはあけすけになったりひきこもったり。
更年期はせわしない。
「巣鴨のとげぬき地蔵あたり、うろちょろしてるばあさんたちって、妙に明るくて、楽しそうだよね。いつか、ああなれるのかねぇ」
「あれこそ、人生の荒波こえたあとの達観ってやつかねぇ」
女って荒波ぶっかぶっても、自分が惜しいから根こそぎ持っていかれないでなんとかいきてられるんだな。
A美さんと別れて、ぼんやり、考えてしまった。その夜は少し元気になれた。
2011年03月02日
Body and soul
世の中には物知りって人がたくさんいる。物知りは、とにかく細切れにいろんなことをしっている。
物知りはその物知りを他人に話したくなるらしい。
わたしは物知りではないから、物知りから細切れの話を聞くのが好きだ。
こないだとても面白い話を聞いた。
世界びっくり人間ってな手合いの番組で、見たこともないない景色を、さも見てきたように細かい地形や建物まですらすらと話す子どもがいたそうな。
「なんでかわかりますか?」
「やらせでしょうか」
「いえ、本当にいるんですよ。」
「へぇ〜〜。なんでですか?」
「それはねぇ、母親の腹にコダネがやどるでしょ。その時に空中をさまよっていたどこのだれかわからない魂が一緒にはいりこんじゃうんですよ。その魂は子どもにとりついちゃって月満ちて世に出てくるわけですよ。だから生まれて一度も見たこともない土地の話ができるわけですよ。」
「フムフム」
「だから同じ親から生まれた兄弟姉妹だって、性格は違うし頭のできだってちがいわけでしょ。とんでもない親から秀才が生れるとかね、親がスポーツ好きでもないのにやたらすごいアスリートになるとかね。
爺さん婆さんが孫自慢で、隔世遺伝だとかいっちゃってるけど、アンナの嘘だからね。うそ・・」
「フムフム」
うなずきながら、わたしはどっぷりと安心してしまった。親があんなにしっかりしてるのに子どもは、ちと曲がって育ってしまった家庭とか、あんな親なのになんてすばらしい子に恵まれてしまったんだ・・・とか。世間に数多ちらばる親子の怪に合点できてしまった。それよりなにより、ときどきわけがわからなくなる自分の怪に合点してしまう。自分自身がコントロールできないのは当たり前のことなのだ。
どっぷり安心してしまう。50年以上生きてきて、いまだに自分が分らんのは、正しいことなのだ。
この話してくれた物知りは、婦人科の医者でした。
物知りはその物知りを他人に話したくなるらしい。
わたしは物知りではないから、物知りから細切れの話を聞くのが好きだ。
こないだとても面白い話を聞いた。
世界びっくり人間ってな手合いの番組で、見たこともないない景色を、さも見てきたように細かい地形や建物まですらすらと話す子どもがいたそうな。
「なんでかわかりますか?」
「やらせでしょうか」
「いえ、本当にいるんですよ。」
「へぇ〜〜。なんでですか?」
「それはねぇ、母親の腹にコダネがやどるでしょ。その時に空中をさまよっていたどこのだれかわからない魂が一緒にはいりこんじゃうんですよ。その魂は子どもにとりついちゃって月満ちて世に出てくるわけですよ。だから生まれて一度も見たこともない土地の話ができるわけですよ。」
「フムフム」
「だから同じ親から生まれた兄弟姉妹だって、性格は違うし頭のできだってちがいわけでしょ。とんでもない親から秀才が生れるとかね、親がスポーツ好きでもないのにやたらすごいアスリートになるとかね。
爺さん婆さんが孫自慢で、隔世遺伝だとかいっちゃってるけど、アンナの嘘だからね。うそ・・」
「フムフム」
うなずきながら、わたしはどっぷりと安心してしまった。親があんなにしっかりしてるのに子どもは、ちと曲がって育ってしまった家庭とか、あんな親なのになんてすばらしい子に恵まれてしまったんだ・・・とか。世間に数多ちらばる親子の怪に合点できてしまった。それよりなにより、ときどきわけがわからなくなる自分の怪に合点してしまう。自分自身がコントロールできないのは当たり前のことなのだ。
どっぷり安心してしまう。50年以上生きてきて、いまだに自分が分らんのは、正しいことなのだ。
この話してくれた物知りは、婦人科の医者でした。
2011年02月21日
Hello,young lovers
やたらと親に感謝してる男の子がいる。その隣でストパーを当てたようにとんがった前髪をたらして黒をベースに決めてる男の子が黙ってのんでいる。
「就職たいへんな時代だねぇ」とわたしがいうと、
「今年の夏はいろいろ動いてみようと思います。インターシップとか利用して、どんなことが自分に合うか、合わないかしりたいので。」
黒ずくめ君は相変わらずだまってノンでいる。
「ふーん、しっかりしてんだ。」
「はい。親に金出してもらって大学いかせてもらって、ほんと感謝してます。だから、自分で見つけないと。」
「黒ずくめ君はどうなの?就職とか考えてんの?」
「うーん、まだですね。大学院に行くかなぁ。」
「まあ、黒ずくめ君は頭いいし、理系だし。研究テーマなんてあるの?」
「いえ、全くないですけど。」
三人に間ができる。
「ところで、親孝行君はどうしてそんなに親に感謝するいい子なの?」
「親の育てかたですかねぇ。」
三人に間ができる。
「ところで、バレンタインにチョコもらった?」
親孝行君も黒ずくめ君も首を横にふる。
「でも、意中の女子はいますよ。そろそろ付き合いたいなって思ってるんですよ。」
「女なんてぐいぐいせめていかなきゃだめよ。」
わたしが鼻息荒くすると、
「まあ、成り行きですからね。そんなぐいぐいいきたくはないですね。あくまでもソフトに。それで付き合えればいいなって思ってます。」
親孝行君が両の手の人差し指を仲良くならべてわたしの前に突き出す。
突き出された仲良く並んだ人差し指はまっすぐできれいな指である。
「黒ずくめ君はどうなの?」
「いえ、別にいいって女子もいないし、フン。」
一升瓶真ん中にして、それをぐるりと囲んで、男は女を、女は男を、獲物を見定め、酔った振りして席をがちゃがちゃ移動して、接近して、小技をだしだし、とにかくデートの約束を取り付けるなんて、もうないのかねぇ。
これじゃ少子化になりはずじゃわい、と、がっついてる自分が遠いところで苦笑いしている。
ゴーギャンやピカソやゴッホのように色でひきつけ、構図でひきつけ、物語でひきつける絵画より、その場をバシッと切り取れる鮮明な画像のシャメや、ミッフィーやサンリオのやたら丸っこい線の分りやすい絵のほうが分りやすい時代になったんだ。
親孝行君も、黒ずくめ君も息子の友達だけど、親孝行君の「親の育て方」って言葉が頭から離れない夜になった。
「就職たいへんな時代だねぇ」とわたしがいうと、
「今年の夏はいろいろ動いてみようと思います。インターシップとか利用して、どんなことが自分に合うか、合わないかしりたいので。」
黒ずくめ君は相変わらずだまってノンでいる。
「ふーん、しっかりしてんだ。」
「はい。親に金出してもらって大学いかせてもらって、ほんと感謝してます。だから、自分で見つけないと。」
「黒ずくめ君はどうなの?就職とか考えてんの?」
「うーん、まだですね。大学院に行くかなぁ。」
「まあ、黒ずくめ君は頭いいし、理系だし。研究テーマなんてあるの?」
「いえ、全くないですけど。」
三人に間ができる。
「ところで、親孝行君はどうしてそんなに親に感謝するいい子なの?」
「親の育てかたですかねぇ。」
三人に間ができる。
「ところで、バレンタインにチョコもらった?」
親孝行君も黒ずくめ君も首を横にふる。
「でも、意中の女子はいますよ。そろそろ付き合いたいなって思ってるんですよ。」
「女なんてぐいぐいせめていかなきゃだめよ。」
わたしが鼻息荒くすると、
「まあ、成り行きですからね。そんなぐいぐいいきたくはないですね。あくまでもソフトに。それで付き合えればいいなって思ってます。」
親孝行君が両の手の人差し指を仲良くならべてわたしの前に突き出す。
突き出された仲良く並んだ人差し指はまっすぐできれいな指である。
「黒ずくめ君はどうなの?」
「いえ、別にいいって女子もいないし、フン。」
一升瓶真ん中にして、それをぐるりと囲んで、男は女を、女は男を、獲物を見定め、酔った振りして席をがちゃがちゃ移動して、接近して、小技をだしだし、とにかくデートの約束を取り付けるなんて、もうないのかねぇ。
これじゃ少子化になりはずじゃわい、と、がっついてる自分が遠いところで苦笑いしている。
ゴーギャンやピカソやゴッホのように色でひきつけ、構図でひきつけ、物語でひきつける絵画より、その場をバシッと切り取れる鮮明な画像のシャメや、ミッフィーやサンリオのやたら丸っこい線の分りやすい絵のほうが分りやすい時代になったんだ。
親孝行君も、黒ずくめ君も息子の友達だけど、親孝行君の「親の育て方」って言葉が頭から離れない夜になった。
2011年02月06日
Garl talk
同じ年頃のM里さんとY子さんとわたしの3人でおしゃべりしてた。M里さんは化粧のプロだから今年の流行色だの流行りそうなファッションなんかをよく知っている。「今年はさぁ、スケスケキラキラの花柄が流行るみたいよ。」Y子さんとわたしはフムフムと聞いている。3人とも冬まっただ中のセーターや重ね着してんのに頭ん中は夏に飛び込んでいる。女が集まれば最大公約数のファッションの話や亭主の年々くすんできたなくなっていくだの、妙に色気付き始めただのって、盛り上がる。
M里さんが、ある日老舗のデパートに行った時の話を始めた。素敵なカチューシャを見つけたので手に取り頭に試着したら、締め付けがなくて全然痛くない。
女店員がやおら出てきて「おにあいですね」と声かけた。M里さんもまんざらでもない。装着痛もない。
女店員のスキを狙って、タグをちらりと見ると値段も手ごろ、むしろ安すぎる感じがした。安心して今度は女店員の前で正々堂々とタグを手の平に載せ、「あら、これでこの値段?お買い得ね」なんてすまして言う。M里さん、ごきげんになって女店員に「下さい」
って言った。レジに行くまでご機嫌だった。レジで女店員がカチューシャをうやうやしく革の袋に入れて包装し始める。M里さん『いくら老舗のデパートったって¥2900のカチューシャごときに革製の袋にいれるなんて・・・』うさんくさくなってきた。うさんくさいが不安に変わってくる。革袋に収まったカチューシャからもぎとられたタグがレジ台にある。よーくよーく見ると0がいっこ多くて¥29000だった。
革袋と¥29000には合点がいったものの、「お買い得」だの「お手頃な値段」だのほざいた自分には合点がいかない。でも、「やめます」が言いだせず、カードで支払ってデパートの袋を手にぶら下げて帰ったそうな。Y子さんとわたしは天井見上げて大笑いした。Y子さんはわたしなら「やめる」って言うかな・・・だってその店員さんと二度と会うことなんかないじゃん・・さらりと言う。三っつの口がわあわあ言いあっているうち時間はあっという間に過ぎる。
日常の出来事が積み重なって、それをたまに会う友人たちと放談する。女友達はいいもんだ。
M里さんが、ある日老舗のデパートに行った時の話を始めた。素敵なカチューシャを見つけたので手に取り頭に試着したら、締め付けがなくて全然痛くない。
女店員がやおら出てきて「おにあいですね」と声かけた。M里さんもまんざらでもない。装着痛もない。
女店員のスキを狙って、タグをちらりと見ると値段も手ごろ、むしろ安すぎる感じがした。安心して今度は女店員の前で正々堂々とタグを手の平に載せ、「あら、これでこの値段?お買い得ね」なんてすまして言う。M里さん、ごきげんになって女店員に「下さい」
って言った。レジに行くまでご機嫌だった。レジで女店員がカチューシャをうやうやしく革の袋に入れて包装し始める。M里さん『いくら老舗のデパートったって¥2900のカチューシャごときに革製の袋にいれるなんて・・・』うさんくさくなってきた。うさんくさいが不安に変わってくる。革袋に収まったカチューシャからもぎとられたタグがレジ台にある。よーくよーく見ると0がいっこ多くて¥29000だった。
革袋と¥29000には合点がいったものの、「お買い得」だの「お手頃な値段」だのほざいた自分には合点がいかない。でも、「やめます」が言いだせず、カードで支払ってデパートの袋を手にぶら下げて帰ったそうな。Y子さんとわたしは天井見上げて大笑いした。Y子さんはわたしなら「やめる」って言うかな・・・だってその店員さんと二度と会うことなんかないじゃん・・さらりと言う。三っつの口がわあわあ言いあっているうち時間はあっという間に過ぎる。
日常の出来事が積み重なって、それをたまに会う友人たちと放談する。女友達はいいもんだ。
2011年01月15日
Sleepy time gal
寒い。寒いから猫三匹はくねくねとわたしのベッドの上で寝ている。朝の起きっぱなしのぐちゃぐちゃの毛布の上でくねくねとしている。わたしは毛布をきちんとたたみたいが猫に負ける。わたしはベッドで昼寝をしたいが、くねくね猫にまけて床の上で昼寝する。
寝てる者を起こすのは可哀そうだ。赤ん坊でもやくざの親分でも、どの寝顔にも他人に邪魔をさせない不思議な味わいがある。赤ん坊には圧倒されるほどのひたすらの可愛さがある。やくざの親分の寝顔は見たことないけど、きっといきなりやくざになったわけではないだろうから、それに至るまでの苦しみや傲慢さや弱さをむくむくと想像させてくれるに違いない。
目ン玉あいてりゃむかつく奴でも、口ひらきゃ他人の悪口ばかりいってる奴でも寝顔は、妙な幸せ感をくれる。心と肉体のすっぴんのきわめつけが寝顔だ。
丸腰の人間には挑めませんでしょうが・・・。
ところで、死顔と寝顔は同じだろうか?
苦悶せずに寝顔のまま死顔に移れたら、神様からの一番のご褒美かもしれない。
猫達はゆるりゆるりと腹をうごかしながら、まだくねくねと寝ている。
あーあ、今日も床で昼寝じゃわい。
寝てる者を起こすのは可哀そうだ。赤ん坊でもやくざの親分でも、どの寝顔にも他人に邪魔をさせない不思議な味わいがある。赤ん坊には圧倒されるほどのひたすらの可愛さがある。やくざの親分の寝顔は見たことないけど、きっといきなりやくざになったわけではないだろうから、それに至るまでの苦しみや傲慢さや弱さをむくむくと想像させてくれるに違いない。
目ン玉あいてりゃむかつく奴でも、口ひらきゃ他人の悪口ばかりいってる奴でも寝顔は、妙な幸せ感をくれる。心と肉体のすっぴんのきわめつけが寝顔だ。
丸腰の人間には挑めませんでしょうが・・・。
ところで、死顔と寝顔は同じだろうか?
苦悶せずに寝顔のまま死顔に移れたら、神様からの一番のご褒美かもしれない。
猫達はゆるりゆるりと腹をうごかしながら、まだくねくねと寝ている。
あーあ、今日も床で昼寝じゃわい。
2011年01月11日
Afuter You’ve Gone
成人式出席のため、息子が帰ってきた。二十年間、にらみ合い、格闘し、傷つけまくって育てた息子だが、いっチョ前に背広なんか着て友達と会場へ出かけて行った。式が終われば、夕方から同窓会があるからとジーパンにパーカーはおって飛び出て行った。
夜遅く、かなりいい調子になって帰ってきた。ビールと酎ハイをかなり飲んだらしい。へらへらしながら帰ってきた。
夜、二回吐いて、朝、頭痛いって言いながら起きてきた。息子の二日酔いが、わたしには楽しかった。
鼻歌交じりでおかゆを作り、胃薬と鎮痛薬と栄養ドリンクをずらりと並べた。
「おかゆ食べられる?」「うん、なんとか・・・その前にふろはいる。」
ますます嬉しくなって、風呂のスイッチいれる。
風呂からあがって、おかゆ食べ始めたら、喰うわ喰うわ、三杯もお代わりをした。わたしも茶碗にちょこっとのおかゆつつきながら、成人式のこと訊いた。
「着物の女の子多かった?」
「うん、みんな目の周りまっくろで誰だかわからんかった。スーツ着てる子のほうがすっきりしてて、俺的にはよかったなぁ」
「スーツ着てる子もいたんだ」
「少ないけど3人くらいいたかなぁ。男で袴ってやつもいたし、今時リーゼントってやつもいた。そんで、オレ、店の宣伝しまくってきたから、先生にもいっといたから『親が店始めたんでよろしく』っていっといたから。先生きたら安くしといてよ」
そう言って、箸置いて、薬飲んで、栄養剤飲んだ。
「二日酔い抜けたの?」
「おお、ちょっと頭痛いけど大丈夫」
二年前の春、大学に入った息子を下宿先に残して帰る車の中で、涙流した。その時、小学中学高校の親子の葛藤はゼロになった。
二日酔いの息子は、楽しい世話を焼かせてくれる。
医者になった友達の息子の頭の良さがうらやましかった。一流の大学にストレートでパスした友達の息子の
幸運がうらやましかった。
今、息子はたくさんのオマケをわたしにくれている。
オマケが嬉しくってしかたない。産んで、対決して、ゼロになって、オマケたくさんもらっている。
息子は下宿先に、昨日帰っていった。振り返ることなく「じゃあ!」って手あげて帰っていった。
夜遅く、かなりいい調子になって帰ってきた。ビールと酎ハイをかなり飲んだらしい。へらへらしながら帰ってきた。
夜、二回吐いて、朝、頭痛いって言いながら起きてきた。息子の二日酔いが、わたしには楽しかった。
鼻歌交じりでおかゆを作り、胃薬と鎮痛薬と栄養ドリンクをずらりと並べた。
「おかゆ食べられる?」「うん、なんとか・・・その前にふろはいる。」
ますます嬉しくなって、風呂のスイッチいれる。
風呂からあがって、おかゆ食べ始めたら、喰うわ喰うわ、三杯もお代わりをした。わたしも茶碗にちょこっとのおかゆつつきながら、成人式のこと訊いた。
「着物の女の子多かった?」
「うん、みんな目の周りまっくろで誰だかわからんかった。スーツ着てる子のほうがすっきりしてて、俺的にはよかったなぁ」
「スーツ着てる子もいたんだ」
「少ないけど3人くらいいたかなぁ。男で袴ってやつもいたし、今時リーゼントってやつもいた。そんで、オレ、店の宣伝しまくってきたから、先生にもいっといたから『親が店始めたんでよろしく』っていっといたから。先生きたら安くしといてよ」
そう言って、箸置いて、薬飲んで、栄養剤飲んだ。
「二日酔い抜けたの?」
「おお、ちょっと頭痛いけど大丈夫」
二年前の春、大学に入った息子を下宿先に残して帰る車の中で、涙流した。その時、小学中学高校の親子の葛藤はゼロになった。
二日酔いの息子は、楽しい世話を焼かせてくれる。
医者になった友達の息子の頭の良さがうらやましかった。一流の大学にストレートでパスした友達の息子の
幸運がうらやましかった。
今、息子はたくさんのオマケをわたしにくれている。
オマケが嬉しくってしかたない。産んで、対決して、ゼロになって、オマケたくさんもらっている。
息子は下宿先に、昨日帰っていった。振り返ることなく「じゃあ!」って手あげて帰っていった。
2011年01月04日
HAPPY NEW YEAR!!!
年末、久しぶりに紅白歌合戦を見た。ここ何年もまじめに見てなかった。年末もまじめに見る気はなかったが、食べて皿洗ってまた食べて、飲んでる端々で、テレビの画面が入り込む。
なんだかんだとほとんど見てしまった。
わんさかと分らん歌手がいた。AKBの数の多さに仰天した。
「なんだ、学芸会みたいに。」そばでひたすら酒飲んでる兄がかみついた。
「いいじゃん、かわいいじゃん。」歌はともかく働いてんだ。あの子達。クラスでも気の合う奴と嫌いな奴がいたのに、あんな大勢で働いてんだ。嫌いな奴がいるからって抜けるわけにはいかないんだ。
根性鍛えられる。司会の松下さんがでかいのにも驚いた。ピアノがうまいのに二度驚いた。
「トイレの神様」歌った植村さんがかわいいのにもたまげた。スーパーに行った時BGMで流れてたけど、わたしはせっかちなのであの歌が終わる前に買い物が終わって最後まで聞いたことがなかった。ばあちゃんがトイレピカピカにしろってところあたりまでしか聞いたことがなかったので、ばあちゃんが死んじゃったこと初めて知った。まぁ、ありそうな物語だけどなぁ。もっとイモ姉ちゃんが歌ってると思ってた。かわいかった。別嬪さんになりたいっていってたけど、別嬪さんだった。
石川さんは練れてた。大舞台なれしてるなって思ったら、舞台なれしてる坂本さんがやけに震えてた。
大抵着物きてるけど、今回は真っ赤なドレスで「また君にこいしてる〜〜〜」って、唸らずたんたんと歌ってたけど、なにか思うところがあったのかねぇ。最後涙までうかべてた。
桑田さんもでてたなぁ。同年代なので、大病してからの復帰は嬉しい。
アンジェラ・アキが出た時、飲んだくれてた兄が「お前、そういや、これに似てるなぁ。」って酒臭い息吐きながら言った。
わたしは嬉しくなって、翌日メガネやにすっ飛んでいき、黒ぶちの眼鏡を注文した。
相変わらずの人間ですが、皆様今年もよろしくお願い申し上げます。
皆様のご多幸をお祈りしつつ・・・・
なんだかんだとほとんど見てしまった。
わんさかと分らん歌手がいた。AKBの数の多さに仰天した。
「なんだ、学芸会みたいに。」そばでひたすら酒飲んでる兄がかみついた。
「いいじゃん、かわいいじゃん。」歌はともかく働いてんだ。あの子達。クラスでも気の合う奴と嫌いな奴がいたのに、あんな大勢で働いてんだ。嫌いな奴がいるからって抜けるわけにはいかないんだ。
根性鍛えられる。司会の松下さんがでかいのにも驚いた。ピアノがうまいのに二度驚いた。
「トイレの神様」歌った植村さんがかわいいのにもたまげた。スーパーに行った時BGMで流れてたけど、わたしはせっかちなのであの歌が終わる前に買い物が終わって最後まで聞いたことがなかった。ばあちゃんがトイレピカピカにしろってところあたりまでしか聞いたことがなかったので、ばあちゃんが死んじゃったこと初めて知った。まぁ、ありそうな物語だけどなぁ。もっとイモ姉ちゃんが歌ってると思ってた。かわいかった。別嬪さんになりたいっていってたけど、別嬪さんだった。
石川さんは練れてた。大舞台なれしてるなって思ったら、舞台なれしてる坂本さんがやけに震えてた。
大抵着物きてるけど、今回は真っ赤なドレスで「また君にこいしてる〜〜〜」って、唸らずたんたんと歌ってたけど、なにか思うところがあったのかねぇ。最後涙までうかべてた。
桑田さんもでてたなぁ。同年代なので、大病してからの復帰は嬉しい。
アンジェラ・アキが出た時、飲んだくれてた兄が「お前、そういや、これに似てるなぁ。」って酒臭い息吐きながら言った。
わたしは嬉しくなって、翌日メガネやにすっ飛んでいき、黒ぶちの眼鏡を注文した。
相変わらずの人間ですが、皆様今年もよろしくお願い申し上げます。
皆様のご多幸をお祈りしつつ・・・・
2010年12月21日
Everything must change
わたしは他人の誕生日をよく訊く。興がのってくると生れた年も訊く。
若い子だと、平成生まれだったり、昭和の端っこだったりして、ひたすら「ひゃ〜」なんて驚く。
いっチョ前に育つだけ育ってわたしを見下げながら
「昭和63年生れです。」なんて言う。昨日までおしめあててただろうが・・・・なんて思いながらも、わたしも平成2年に子を産んだことを思い出す。
彼女にどう告白しようかとか、彼氏がモトカノとやったらしいとかにぎやかである。嬉しくなる。
それがあるから人生楽しい。恋愛ができるのは素晴らしい。
年配の人だと、昭和20年で区切って考えてしまう。
戦後っこのわたしは戦争をしらない。親からも戦争の話なんてまともに聞いたことがない。テレビや本やラジオで知るだけである。戦争の意味なんて知りたくはないけど、悲惨な話はわたしをぐっと戦争に引き寄せる。満州で生れたとか、一人で田舎の親戚に疎開させられ寂しかったとか、身重で石炭を運ぶ汽車にとび乗って命からがら日本に向かう船の停泊している港までたどり着き、やっと日本の土を踏んだとか。
船から日本の影がうっすら見えた時はみんなで抱き合って喜んだという。でも船底ではそれが叶わず息絶えたひとも少なからずいたとも、そのおばあさんは淡々と話す。
戦後っ子は自分と同じカテゴリー年代かどうかで区切る。こうなると実に細かくなる。一年ごとに状況は変わっているからだ。60年安保が記憶にあるとか、浅間山荘事件をテレビにかじりついて見てたとか・・。
ビートルズもその物差しになる。
生れた年は精神生活に大きく関わる。こんなに資本社会が成熟して、やや腐りかけてる時代に、これから人生を始めなきゃいけない年代は辛かろうと思う。
戦争で大黒柱を失い、家族が生きていくために夢を断念せざるを得なかった世代も辛かったろう。
となると、高度成長期に生れ育ったわたしは一番ノーテンキな世代かもしれん。
今からが試練の人生かもしれん。これは辛い。
若い子だと、平成生まれだったり、昭和の端っこだったりして、ひたすら「ひゃ〜」なんて驚く。
いっチョ前に育つだけ育ってわたしを見下げながら
「昭和63年生れです。」なんて言う。昨日までおしめあててただろうが・・・・なんて思いながらも、わたしも平成2年に子を産んだことを思い出す。
彼女にどう告白しようかとか、彼氏がモトカノとやったらしいとかにぎやかである。嬉しくなる。
それがあるから人生楽しい。恋愛ができるのは素晴らしい。
年配の人だと、昭和20年で区切って考えてしまう。
戦後っこのわたしは戦争をしらない。親からも戦争の話なんてまともに聞いたことがない。テレビや本やラジオで知るだけである。戦争の意味なんて知りたくはないけど、悲惨な話はわたしをぐっと戦争に引き寄せる。満州で生れたとか、一人で田舎の親戚に疎開させられ寂しかったとか、身重で石炭を運ぶ汽車にとび乗って命からがら日本に向かう船の停泊している港までたどり着き、やっと日本の土を踏んだとか。
船から日本の影がうっすら見えた時はみんなで抱き合って喜んだという。でも船底ではそれが叶わず息絶えたひとも少なからずいたとも、そのおばあさんは淡々と話す。
戦後っ子は自分と同じカテゴリー年代かどうかで区切る。こうなると実に細かくなる。一年ごとに状況は変わっているからだ。60年安保が記憶にあるとか、浅間山荘事件をテレビにかじりついて見てたとか・・。
ビートルズもその物差しになる。
生れた年は精神生活に大きく関わる。こんなに資本社会が成熟して、やや腐りかけてる時代に、これから人生を始めなきゃいけない年代は辛かろうと思う。
戦争で大黒柱を失い、家族が生きていくために夢を断念せざるを得なかった世代も辛かったろう。
となると、高度成長期に生れ育ったわたしは一番ノーテンキな世代かもしれん。
今からが試練の人生かもしれん。これは辛い。
2010年12月08日
When you’re smailing
昼間、暇だったので久しぶりにテレビをみた。ワイドショウはABゾウが話題を振りまいている。芸能人達はインタビューの後必ずきかれている。
「今回のABゾウさんの事件についてどう思われますか?」ABゾウとほとんど付き合いなんてないだろうと、素人おばさんのわたしにもわかるような芸能人にまで必ずきいている。マクドで「ポテトはいかがですか?」ってみたいに、セットで訊かれている。
染五郎の隠し子やらABゾウの喧嘩やら、梨園のやんちゃぶりがすけてみえてそりゃそれでおもしろいけど・・・。あきた。
チャンネル変えたら、「白い巨塔」やってた。
ふるーい映画だ。白黒画面で、いきなり腑分けしてる画面がでた。主役の田宮次郎みてると、この男全編眉間にしわ寄せてた。いつも深刻なのである。
浮気相手の小川真由美とエッチする時も眉間にしわよってる。自宅でくつろいでいる時もしわよせてる。
病院で患者診てる時も、手術の後に泡風呂入っている時も、道歩いている時も、酒飲んでいる時も、ぜ〜んぶしわよせてる。こんな医者いたら風邪ひいたくらいじゃ診てもらいたくないね。
唯一唇の端、数ミリ上にあげて笑い顔らしきしたのが
手術の時間記録達成したときくらいかなぁ。
男として仕事の達成感に満足したんだろうね。山本薩男監督に言われたんだろうか。「田宮君、絶対にニヤケないでください。」って。
田宮次郎、あの映画撮り終ったら、ステテコ一枚でつまようじくわえながらねっ転がって、思いっきりげらゲラゲラ笑ってたに違いない。わたしはそう思う。
それと、大河内教授役の加藤嘉は、いつもおじいさんなのだ。数多くは、彼の出演作品みてないけど、あの人18歳くらいからもうあんな風貌してたんじゃないかと思う。ひとことひとことがちょっとヒステリック気味で独特な雰囲気醸し出すおじいさんだ。
東野英二郎、田村高廣、小沢栄一、船越英二、みんなたばことポマードの匂いが立ち上るようで、そして
分厚い男優。あ〜あ、懐かしくっていい男だよね。
み〜んないなくなっちゃった。寂・・・・・
「今回のABゾウさんの事件についてどう思われますか?」ABゾウとほとんど付き合いなんてないだろうと、素人おばさんのわたしにもわかるような芸能人にまで必ずきいている。マクドで「ポテトはいかがですか?」ってみたいに、セットで訊かれている。
染五郎の隠し子やらABゾウの喧嘩やら、梨園のやんちゃぶりがすけてみえてそりゃそれでおもしろいけど・・・。あきた。
チャンネル変えたら、「白い巨塔」やってた。
ふるーい映画だ。白黒画面で、いきなり腑分けしてる画面がでた。主役の田宮次郎みてると、この男全編眉間にしわ寄せてた。いつも深刻なのである。
浮気相手の小川真由美とエッチする時も眉間にしわよってる。自宅でくつろいでいる時もしわよせてる。
病院で患者診てる時も、手術の後に泡風呂入っている時も、道歩いている時も、酒飲んでいる時も、ぜ〜んぶしわよせてる。こんな医者いたら風邪ひいたくらいじゃ診てもらいたくないね。
唯一唇の端、数ミリ上にあげて笑い顔らしきしたのが
手術の時間記録達成したときくらいかなぁ。
男として仕事の達成感に満足したんだろうね。山本薩男監督に言われたんだろうか。「田宮君、絶対にニヤケないでください。」って。
田宮次郎、あの映画撮り終ったら、ステテコ一枚でつまようじくわえながらねっ転がって、思いっきりげらゲラゲラ笑ってたに違いない。わたしはそう思う。
それと、大河内教授役の加藤嘉は、いつもおじいさんなのだ。数多くは、彼の出演作品みてないけど、あの人18歳くらいからもうあんな風貌してたんじゃないかと思う。ひとことひとことがちょっとヒステリック気味で独特な雰囲気醸し出すおじいさんだ。
東野英二郎、田村高廣、小沢栄一、船越英二、みんなたばことポマードの匂いが立ち上るようで、そして
分厚い男優。あ〜あ、懐かしくっていい男だよね。
み〜んないなくなっちゃった。寂・・・・・
2010年11月28日
It’s been a long long time
道で隣のおじさんに会った。
「オタク、猫かってんの?」「うん。」「ふーん、いつも窓からぼくんち、覗いてんだよね。んで何匹いるの?」
「三匹だよ。」「あっ、そう。いつも窓からぼくんちのぞいてんだよねぇ。三匹いるんだ。一匹か二匹いつも窓んとこにいるよね。」
「おじさんちなんかのぞいたりしてないよぉ。」
実家を出てから30年以上。30年以上あの町この町で泣いたりわめいたり笑ったりしてわたしは暮らしていた。子まで産んだ。おじさんは、わたしが生まれる前からこの町に暮らしている。泣いたりわめいたり笑ったりしてただろうけど動くことなくこの町で暮らしている。おじさんの30年はおじさんをずいぶんとどっしりさせた。わたしが子どもの頃はハンサムでスリムでかっこよかった。スーツなんか着てる姿は、父を失くしたわたしには憧れだった。
この秋、わたしがここに引っ越して、また向かいのおじさんになった。わたしはずいぶんと図々しくなっていた。おじさんとの会話がタメ口になっていた。
引っ越す前に、わたしがここで店始めて、そこで音楽がんがんかけるし、酔ったお客の叫び声なんかもしてくるかもしれないから、ご迷惑かけますってあいさつに行ったら、(その時はちゃんと敬語を使いました)
「ほーう、まだまだ若いんだからがんばんなさい。
商売はいい時もあればよくないときもあるからね、しっかりね。」って、全身笑ってるようなどっしりしたおじさんは言ってくれた。
30年は、人間をどっしりさせたり図々しくさせたりする。30年ひとことの会話もなく、手紙のやりとりもなかったけど、向かいに住んでるというだけで、針の穴ほどでも風の行き来はあった。
これから、生れた町で商売を始める。たとえ遠くに住んでいても、たくさんの人と新しい行き来がたくさん
できるように願っている。
窓から猫がそれをじっと見てくれていると思う。
と思ったら、冬は寒いので窓は閉めたまんまでした。
ゴメン!!!!!
「オタク、猫かってんの?」「うん。」「ふーん、いつも窓からぼくんち、覗いてんだよね。んで何匹いるの?」
「三匹だよ。」「あっ、そう。いつも窓からぼくんちのぞいてんだよねぇ。三匹いるんだ。一匹か二匹いつも窓んとこにいるよね。」
「おじさんちなんかのぞいたりしてないよぉ。」
実家を出てから30年以上。30年以上あの町この町で泣いたりわめいたり笑ったりしてわたしは暮らしていた。子まで産んだ。おじさんは、わたしが生まれる前からこの町に暮らしている。泣いたりわめいたり笑ったりしてただろうけど動くことなくこの町で暮らしている。おじさんの30年はおじさんをずいぶんとどっしりさせた。わたしが子どもの頃はハンサムでスリムでかっこよかった。スーツなんか着てる姿は、父を失くしたわたしには憧れだった。
この秋、わたしがここに引っ越して、また向かいのおじさんになった。わたしはずいぶんと図々しくなっていた。おじさんとの会話がタメ口になっていた。
引っ越す前に、わたしがここで店始めて、そこで音楽がんがんかけるし、酔ったお客の叫び声なんかもしてくるかもしれないから、ご迷惑かけますってあいさつに行ったら、(その時はちゃんと敬語を使いました)
「ほーう、まだまだ若いんだからがんばんなさい。
商売はいい時もあればよくないときもあるからね、しっかりね。」って、全身笑ってるようなどっしりしたおじさんは言ってくれた。
30年は、人間をどっしりさせたり図々しくさせたりする。30年ひとことの会話もなく、手紙のやりとりもなかったけど、向かいに住んでるというだけで、針の穴ほどでも風の行き来はあった。
これから、生れた町で商売を始める。たとえ遠くに住んでいても、たくさんの人と新しい行き来がたくさん
できるように願っている。
窓から猫がそれをじっと見てくれていると思う。
と思ったら、冬は寒いので窓は閉めたまんまでした。
ゴメン!!!!!
2010年11月11日
Sunny
ウォーンウォーン泣いてた引っ越しもどうにかおちついた。今度こそ風呂もトイレも洗面所も台所もきれいにしようと決心はした。水回りは金回りに通じるらしい。滞ると金も誰かの財布や銀行口座に滞ったままでわたしには回ってこない。
ジャージはいて便器なんかシャワシャワ掃除する。風呂も毛一本逃すまじと目大きくしてタワシで洗う。
今はとてもきれい。金もグルングルン回ってくるといいなぁ。
今度の家は庭がない。ベランダもない。元が事務所として使われていた建物だから、家庭生活ってものがものの見事に除いてある。事務所に土なんていらんのだからね。困ったのは洗濯物の干場だ。部屋ん中のあちこちに竿わたすってのも、アバンギャルドな感じで悪くはないけど、うっとうしい。
そしたら、天井からひものついた竿が、電動で動くってものがあった。コントローラーの「下」を押すとウィーンって竿が降りてきてヒョイと洗濯物かけて、「上」をおすとウィーンウィーンって音させながらひもが巻き上げられていく。階段の明かりとりの窓辺にとりつけた。靴下もシャツも頭のはるか上でぶらさがっている。でも、機械だからね、たくさんかけすぎるとあがんない。デリケートなんだ。一度たくさんかけすぎて、ウィーンウィーンって音しなくなってあがんなくなった。階段行き来するたびパンツが鼻っ先にあたる。タオル掛け買いに走った。タオルだけは階段登り切ったところに干すことにした。
乾きがわるけりゃ二日くらい干してりゃどうにか乾く。布団は布団乾燥機があるから、湿っぽくなったらこれ使う。発明、文化ってすごい。
でもねぇ、どれも太陽にあたってないのよ。タダなのよ。太陽の熱って。発明、文化って金がかかる。
水回りうーんときれいにして金がわたしの懐にどすんてたまったら、電動で動くベランダつけようとたくらんでるんだけど、そんなものあったっけ?
ジャージはいて便器なんかシャワシャワ掃除する。風呂も毛一本逃すまじと目大きくしてタワシで洗う。
今はとてもきれい。金もグルングルン回ってくるといいなぁ。
今度の家は庭がない。ベランダもない。元が事務所として使われていた建物だから、家庭生活ってものがものの見事に除いてある。事務所に土なんていらんのだからね。困ったのは洗濯物の干場だ。部屋ん中のあちこちに竿わたすってのも、アバンギャルドな感じで悪くはないけど、うっとうしい。
そしたら、天井からひものついた竿が、電動で動くってものがあった。コントローラーの「下」を押すとウィーンって竿が降りてきてヒョイと洗濯物かけて、「上」をおすとウィーンウィーンって音させながらひもが巻き上げられていく。階段の明かりとりの窓辺にとりつけた。靴下もシャツも頭のはるか上でぶらさがっている。でも、機械だからね、たくさんかけすぎるとあがんない。デリケートなんだ。一度たくさんかけすぎて、ウィーンウィーンって音しなくなってあがんなくなった。階段行き来するたびパンツが鼻っ先にあたる。タオル掛け買いに走った。タオルだけは階段登り切ったところに干すことにした。
乾きがわるけりゃ二日くらい干してりゃどうにか乾く。布団は布団乾燥機があるから、湿っぽくなったらこれ使う。発明、文化ってすごい。
でもねぇ、どれも太陽にあたってないのよ。タダなのよ。太陽の熱って。発明、文化って金がかかる。
水回りうーんときれいにして金がわたしの懐にどすんてたまったら、電動で動くベランダつけようとたくらんでるんだけど、そんなものあったっけ?
2010年11月05日
My blue heaven
13年前、東京から山口に引っ越してきた。山口市の山切り開いた団地のてっぺんの家だった。借家だった。東京では板チョコみたいに四角くしきられた団地にしか住んだことがなかったので、一軒家ってだけで舞い上がるほど嬉しかった。二階まである。全部で5部屋あった。これぜ〜んぶ使えるって考えただけで、目玉が飛び出るほど興奮した。興奮しつつ東京から山口まできた。飛行機の中でコーヒーこぼすほど興奮してた。ツンとすましたスチュワーデスにまで、愛想笑いなんかして気持ち悪がられた。
だが、息子は違っていた。小学校一年の半ばで東京の学校から山口の学校に変わることは、彼にとっては宇宙に放り出されるくらい不安だった。らしい・・・。
部屋の広さに浮かれているわたしにはわからなかった。数日、通い始めて連絡帳に先生からの手紙がはさんであった。下校途中女の子を後ろから突き飛ばしてけがをさせた。と、書いてあった。
息子は早く帰りたくて走ってたら、ぶつかって女の子がこけたと言う。女の子の家に謝りに行った。治療費を払うと言うと、お母さんは「大丈夫ですから、ご心配なく。」と優しかった。
わたしは涙が出始めて止まらなくなった。分らない土地での優しい言葉に泣けた。息子が突き飛ばしたのではなく、うちの娘がのんびり歩いてたからでしょう。
オーイオーイ泣けた。ぐちゃぐちゃの顔して息子としょぼくれて帰った。
その次は、山口市から宇部市に引っ越した。今度は息子が熱を出した。これはてんやわんやでわけわかんない内に息子はけろりと治った。少し、打たれ強くなったらしい。今回は宇部市内の引っ越しで息子は大学生でもういない。今度はわたしが50過ぎで体力気力が
、どうほじくりだしても出てこない。友人のYちゃんがメールくれた。「手伝いにいくよ。」Yちゃんはドリンク剤さげてやってきた。泣きたいほど嬉しかった。みっともないので泣かなかった。
何気ない気遣いのできる友人をもって嬉しかった。
その晩、息子に電話した。「もう、母ちゃんくたくただよ。がんばれっていってよ。」息子が「だから手伝いに帰ろうかっていったじゃん。とにかくがんばれ。」
ダンボールだらけの部屋で涙がつつーっとでてきた。
だが、息子は違っていた。小学校一年の半ばで東京の学校から山口の学校に変わることは、彼にとっては宇宙に放り出されるくらい不安だった。らしい・・・。
部屋の広さに浮かれているわたしにはわからなかった。数日、通い始めて連絡帳に先生からの手紙がはさんであった。下校途中女の子を後ろから突き飛ばしてけがをさせた。と、書いてあった。
息子は早く帰りたくて走ってたら、ぶつかって女の子がこけたと言う。女の子の家に謝りに行った。治療費を払うと言うと、お母さんは「大丈夫ですから、ご心配なく。」と優しかった。
わたしは涙が出始めて止まらなくなった。分らない土地での優しい言葉に泣けた。息子が突き飛ばしたのではなく、うちの娘がのんびり歩いてたからでしょう。
オーイオーイ泣けた。ぐちゃぐちゃの顔して息子としょぼくれて帰った。
その次は、山口市から宇部市に引っ越した。今度は息子が熱を出した。これはてんやわんやでわけわかんない内に息子はけろりと治った。少し、打たれ強くなったらしい。今回は宇部市内の引っ越しで息子は大学生でもういない。今度はわたしが50過ぎで体力気力が
、どうほじくりだしても出てこない。友人のYちゃんがメールくれた。「手伝いにいくよ。」Yちゃんはドリンク剤さげてやってきた。泣きたいほど嬉しかった。みっともないので泣かなかった。
何気ない気遣いのできる友人をもって嬉しかった。
その晩、息子に電話した。「もう、母ちゃんくたくただよ。がんばれっていってよ。」息子が「だから手伝いに帰ろうかっていったじゃん。とにかくがんばれ。」
ダンボールだらけの部屋で涙がつつーっとでてきた。
2010年11月01日
Que sera,sera
浜崎先生はいつも不機嫌そうだった。世の中なにがおもしろいんだって顔つきした先生だった。
「点数に○がついてる者は今度はBクラスだからな」
すこしの九州訛りで、ビビらせながら一人ひとりに答案をかえす。
高校時代、数学と英語は編成クラスに関係なく、成績でAクラス、Bクラスに分かれて授業を受けた。
わたしは理系はからっきしダメなので三年間Bクラスだった。英語は最初の試験でAクラスにはいってしまった。一度手にいれたものは放したくない。
狭い根性である。しかし、万年○付きの答案用紙。相撲取りでいえば、大関陥落、幕の内陥落、十両陥落、幕下陥落・・・・ああ、どこまでおちちゃうんだ。
答案返却の時はいつも冷や汗たらりたらりとたらしていた。
わたしの前に座っていたUさんは頭抜けて優秀なひとだった。わたしは朝一で彼女の英語のノートを写してシャーシャーと授業をうけていた。でも試験のカンニングはできなかった。Uさんは風呂やの娘で家業の手伝いをよくさせられるっていってた。
わたしときたら、なーんにも手伝いなんかしてない。
成績不振を嘆いた母は、どこで見つけてきたのか、医大の学生を家庭教師につけた。女子高生が大学生のお兄ちゃんのアパートに英語の本抱えていくのだ。
一対一。なーにか間違いでも起こりそうだが、おこらなかった。勉強も本気でせず、わたしたちは世間話や詩の話ばかりしていた。わたしの誕生日に立原道造の詩集をくれた。
成績なんかあがるはずがない。母は次なる先生を見つけてきた。厳しい女の先生だった。とぼけた答えをしようもんなら、鼻先で嗤った。きれいだったけど、わたしは「こんな大人にはなるまい。」と、決心したに過ぎなかった。家庭教師を渡り歩いた。依然、点数は○でかこまれている。
進路指導の時、わたしは浜崎先生に「国文学部に行きたい」と、意を決して言った。理系はからっきしダメ。英語は右肩さがり。保育、栄養学、裁縫には全く興味なし。消去法でいくと国文学となった。
浜崎先生は冷笑、嗤笑して言った。
「国文学行ってなにする。役に立たん」
「紫式部とか清少納言とか、古典を勉強したいです。」小学生レベルの言い訳を、喉の奥から絞り出すように言った。
「英文やれよ」
ややっ?わたしの成績を御存じのはずだが・・・。
わたしは大学で中国語を学んだ。当時はマイナーでこれこそ「役に立たん」言語だった。
浜崎先生は「お前らしいなぁ、カワッとる。」
合格通知をみて、でもこんどは少し二コリとしてくれた。
入試の倍率は一番低かったけど、日中国交回復で4年後の就職求人募集は一番多かった。
こんなこと自慢しても「何の役にもたたん」けどねぇ。
「点数に○がついてる者は今度はBクラスだからな」
すこしの九州訛りで、ビビらせながら一人ひとりに答案をかえす。
高校時代、数学と英語は編成クラスに関係なく、成績でAクラス、Bクラスに分かれて授業を受けた。
わたしは理系はからっきしダメなので三年間Bクラスだった。英語は最初の試験でAクラスにはいってしまった。一度手にいれたものは放したくない。
狭い根性である。しかし、万年○付きの答案用紙。相撲取りでいえば、大関陥落、幕の内陥落、十両陥落、幕下陥落・・・・ああ、どこまでおちちゃうんだ。
答案返却の時はいつも冷や汗たらりたらりとたらしていた。
わたしの前に座っていたUさんは頭抜けて優秀なひとだった。わたしは朝一で彼女の英語のノートを写してシャーシャーと授業をうけていた。でも試験のカンニングはできなかった。Uさんは風呂やの娘で家業の手伝いをよくさせられるっていってた。
わたしときたら、なーんにも手伝いなんかしてない。
成績不振を嘆いた母は、どこで見つけてきたのか、医大の学生を家庭教師につけた。女子高生が大学生のお兄ちゃんのアパートに英語の本抱えていくのだ。
一対一。なーにか間違いでも起こりそうだが、おこらなかった。勉強も本気でせず、わたしたちは世間話や詩の話ばかりしていた。わたしの誕生日に立原道造の詩集をくれた。
成績なんかあがるはずがない。母は次なる先生を見つけてきた。厳しい女の先生だった。とぼけた答えをしようもんなら、鼻先で嗤った。きれいだったけど、わたしは「こんな大人にはなるまい。」と、決心したに過ぎなかった。家庭教師を渡り歩いた。依然、点数は○でかこまれている。
進路指導の時、わたしは浜崎先生に「国文学部に行きたい」と、意を決して言った。理系はからっきしダメ。英語は右肩さがり。保育、栄養学、裁縫には全く興味なし。消去法でいくと国文学となった。
浜崎先生は冷笑、嗤笑して言った。
「国文学行ってなにする。役に立たん」
「紫式部とか清少納言とか、古典を勉強したいです。」小学生レベルの言い訳を、喉の奥から絞り出すように言った。
「英文やれよ」
ややっ?わたしの成績を御存じのはずだが・・・。
わたしは大学で中国語を学んだ。当時はマイナーでこれこそ「役に立たん」言語だった。
浜崎先生は「お前らしいなぁ、カワッとる。」
合格通知をみて、でもこんどは少し二コリとしてくれた。
入試の倍率は一番低かったけど、日中国交回復で4年後の就職求人募集は一番多かった。
こんなこと自慢しても「何の役にもたたん」けどねぇ。
2010年10月29日
I cried for you(ダンボール)
バカじゃないけど、なーんにも考えられない日が数日続いた。脳から両手、両足、内臓に指令がとどかない。片手に輪ゴム、片手に鍋をかかえ、足は勝手に階段を上る。腹は減っているのか、いないのか、気持ち悪いのか、元気なのかわからない。
50すぎての引っ越しは異常な負荷がかかる。異常な負荷は体と精神に異常を引き起こす。
5、60コの段ボールにかこまれてウォーンウォーン。ほとんどゴミ。前住んでた家からゴミ包んで引っ越し先でゴミ開けてる。ウォーンウォーン。
でも貧乏くさいわたしはやっぱり捨てられない。
ホームレスの紳士淑女のほうがよほど潔い生活してる。強制労働者みたいにひたすら段ボールをあけては貧乏くさい自分に出会う。新聞紙とべたべたくっつくガムテープと段ボールに毒づく。「自分でさっさと片付けよー」目閉じてその次目あけたら新聞紙とぺたぺたくっつくガムテープと段ボールがチ〜ンと部屋の隅に行儀よく並んでくれてたらなーなんて。今のわたしには宇宙開発より、癌の特効薬より価値のある発明なんだけどねぇ。両手が段ボールをたたむ。ガムテープをぐちゃぐちゃまとめる。まるまった新聞紙をのばす。こんなウォーンウォーンな日が4日続く。4日続くと脳がだんだんひっくり返ってきて「あれしなきゃ、これしなきゃ」ってこと考えなくなる。考えさせてくれなくなるんだね。目の前のもの片づけることに専念させてくれるんだね。パブロフの犬みたいだ。
反射だけしてる。段ボールとガムテープと新聞紙に反射だけしてる。犬だからきったない手でおにぎりなんかも平気で食べられる。おにぎり落っことしてゴミがついても平気になっちゃう。ぱくりぱくり。
そんで、最後の段ボール片づけた。脳が徐徐に正常位置に収まりだした。そしたら、店用に大量に買い込んだグラス類がヤマトのトラックでやってきた。
ヤマトのお兄さんが店の中まで運んでくれる。
ウォーンウォーン。また段ボールだ。その次、佐川急便のお兄さんが店用に買い込んだ椅子を運んできた。
ウォーンウォーン。店も自宅もいつまでも片付かない。尻についた火は頭のてっぺんまで焼いちゃった。
カラン。
50すぎての引っ越しは異常な負荷がかかる。異常な負荷は体と精神に異常を引き起こす。
5、60コの段ボールにかこまれてウォーンウォーン。ほとんどゴミ。前住んでた家からゴミ包んで引っ越し先でゴミ開けてる。ウォーンウォーン。
でも貧乏くさいわたしはやっぱり捨てられない。
ホームレスの紳士淑女のほうがよほど潔い生活してる。強制労働者みたいにひたすら段ボールをあけては貧乏くさい自分に出会う。新聞紙とべたべたくっつくガムテープと段ボールに毒づく。「自分でさっさと片付けよー」目閉じてその次目あけたら新聞紙とぺたぺたくっつくガムテープと段ボールがチ〜ンと部屋の隅に行儀よく並んでくれてたらなーなんて。今のわたしには宇宙開発より、癌の特効薬より価値のある発明なんだけどねぇ。両手が段ボールをたたむ。ガムテープをぐちゃぐちゃまとめる。まるまった新聞紙をのばす。こんなウォーンウォーンな日が4日続く。4日続くと脳がだんだんひっくり返ってきて「あれしなきゃ、これしなきゃ」ってこと考えなくなる。考えさせてくれなくなるんだね。目の前のもの片づけることに専念させてくれるんだね。パブロフの犬みたいだ。
反射だけしてる。段ボールとガムテープと新聞紙に反射だけしてる。犬だからきったない手でおにぎりなんかも平気で食べられる。おにぎり落っことしてゴミがついても平気になっちゃう。ぱくりぱくり。
そんで、最後の段ボール片づけた。脳が徐徐に正常位置に収まりだした。そしたら、店用に大量に買い込んだグラス類がヤマトのトラックでやってきた。
ヤマトのお兄さんが店の中まで運んでくれる。
ウォーンウォーン。また段ボールだ。その次、佐川急便のお兄さんが店用に買い込んだ椅子を運んできた。
ウォーンウォーン。店も自宅もいつまでも片付かない。尻についた火は頭のてっぺんまで焼いちゃった。
カラン。
2010年10月10日
Maikin’ Whoopee
「ほんとうはどうよ?」サックス吹きのW部さんが言いだした。
ノンベイの集まりで、座が興じてきたときだった。
みんなほろ酔いで、なんだかその言葉におもいっきり反応してしまった。W部さんは元公務員で、公務員の時から知ってるけど、身分明かされるまでは公務員とは思えなかった。明かされても公務員とは思えない人なつっこさのある人だ。
「ほんとはどうなんだ」パーカッション担当で強面の現役サラリーマンのK山さんがちょっと声にドスきかせて、わたしの顔覗き込んで言った。
隣でこれまた現役サラリーマンで年の内半分は海外に行ってるドラム叩きのS田さんが大笑いした。
ピアノ弾きのO原さんは「それおもろい!!!」ビールこぼしそうになった。
わたしもおかしくって跳ねるようにわらいころげてしまった。
世の中、敵つくらずに渡っていくのは難しい。いい人とは思われなくても、害のない人間にとどまっているほうが何かと都合がよい。心ざわつくような真実なら知りたくはない。しらないまんま墓場に行けるほうが幸せである。そこで、世辞やべんちゃらや嘘ってもんが雑草のごとくわんさか生えちらかしてる。
わたしたちの生活って8割はそんな雑草でおおわれてるのかもしれない。
そこで「ほんとはどうよ?」ってみのもんた調で親身な風してすりよられちゃうと「いゃー、実はねぇ・・・」って本音ぽろりとこぼしちゃいそうになる。本音こぼし始めたらもう止まらなくなって、とことん本音で悪態ついてしまう。最後にとどめの一発打ち終わるまで止まらなくなるこわ〜い言葉。
いい季節の連休。わたの周りで結婚式に出る人やたらと多い。
わたし、訊いちゃいそうだなぁ。
新郎新婦にこっそりと「ほんとはどうよ」ってね!!
ノンベイの集まりで、座が興じてきたときだった。
みんなほろ酔いで、なんだかその言葉におもいっきり反応してしまった。W部さんは元公務員で、公務員の時から知ってるけど、身分明かされるまでは公務員とは思えなかった。明かされても公務員とは思えない人なつっこさのある人だ。
「ほんとはどうなんだ」パーカッション担当で強面の現役サラリーマンのK山さんがちょっと声にドスきかせて、わたしの顔覗き込んで言った。
隣でこれまた現役サラリーマンで年の内半分は海外に行ってるドラム叩きのS田さんが大笑いした。
ピアノ弾きのO原さんは「それおもろい!!!」ビールこぼしそうになった。
わたしもおかしくって跳ねるようにわらいころげてしまった。
世の中、敵つくらずに渡っていくのは難しい。いい人とは思われなくても、害のない人間にとどまっているほうが何かと都合がよい。心ざわつくような真実なら知りたくはない。しらないまんま墓場に行けるほうが幸せである。そこで、世辞やべんちゃらや嘘ってもんが雑草のごとくわんさか生えちらかしてる。
わたしたちの生活って8割はそんな雑草でおおわれてるのかもしれない。
そこで「ほんとはどうよ?」ってみのもんた調で親身な風してすりよられちゃうと「いゃー、実はねぇ・・・」って本音ぽろりとこぼしちゃいそうになる。本音こぼし始めたらもう止まらなくなって、とことん本音で悪態ついてしまう。最後にとどめの一発打ち終わるまで止まらなくなるこわ〜い言葉。
いい季節の連休。わたの周りで結婚式に出る人やたらと多い。
わたし、訊いちゃいそうだなぁ。
新郎新婦にこっそりと「ほんとはどうよ」ってね!!
2010年10月05日
In the still of the night
会社辞めて朝起きる理由が見つからない。夜中に一回おしっこに行く。またもぞもぞ布団にもぐりこむ。うとうとすると猫達が餌皿を前足でけり始める。壁をがりがり引っ掻き始める。もぞもぞ布団から這い出してカリカリの餌を皿に入れる。暗いし、半眼だからカリカリの餌は皿に入らず、その辺にぶちまけてしまう。
かまわずまたもぞもぞ布団にもぐりこむ。猫たちはウンガウンガカリカリと餌を食べてる。
腹いっぱいになると、狭い布団の上に3匹の猫は思い思いに散らばる。足元に枕元、腹の上。足元にのさばるので膝が伸ばせない。枕元ではわたしの鼻先にケツ向けてるからウンコのにおいがする。顔を逆に向けようとするが腹の上の重みで寝返りが打ちづらい。
半眼が全開になり、うとうとがすっ飛ぶ。閑だからラジオをつける。なんだかインタビューらしい番組がながれる。「それで、終戦をむかえて日本に帰られたわけですね。」女性の声が訊く。「ええ、その時12歳でしたねぇ。それから中学校に通ったんですが満州にいたもんでずいぶんからかわれました。『大陸、大陸』ってあだ名つけられましてね。」爺さんの声が応える。
「・・・・・それでその後、東宝のニューフェイスとなられ俳優としての御活躍があるわけですね。」女が誘導し爺さんの声が「そうです」と反応する。
誰だ?会話はすすんでいくが爺さんが誰なのか、なかなか明かされない。わたしは布団のなかで猫の重みと臭いと爺さんが誰なのか分らず身もだえる。
「そして、宝田さんと言えば、『ゴジラ』ですよねぇ」女がやっと明かしてくれた。宝田明だ!!
小学生のころ兄と近所のコと見に行った。怖くて兄にしがみついて見ていた。夜に山の稜線がぼーっと見えるとあそこにゴジラが潜んでいるに違いないと思い、どうやって逃げようかなんて本気で考えていた。
宝田明の顔とゴジラの雄たけびと稜線と、なんでかついでに「若大将シリーズ」の加山雄三の顔までが頭蓋の中で追っかけっこし始める。
とうとう夜があけてしまった。起きる理由がみつからないから、夜明けからまたうとうとし始める。
こんな生活、自己崩壊まっしぐら・・・・・
*ラジオ番組はNHK「ラジオ深夜便」でした
かまわずまたもぞもぞ布団にもぐりこむ。猫たちはウンガウンガカリカリと餌を食べてる。
腹いっぱいになると、狭い布団の上に3匹の猫は思い思いに散らばる。足元に枕元、腹の上。足元にのさばるので膝が伸ばせない。枕元ではわたしの鼻先にケツ向けてるからウンコのにおいがする。顔を逆に向けようとするが腹の上の重みで寝返りが打ちづらい。
半眼が全開になり、うとうとがすっ飛ぶ。閑だからラジオをつける。なんだかインタビューらしい番組がながれる。「それで、終戦をむかえて日本に帰られたわけですね。」女性の声が訊く。「ええ、その時12歳でしたねぇ。それから中学校に通ったんですが満州にいたもんでずいぶんからかわれました。『大陸、大陸』ってあだ名つけられましてね。」爺さんの声が応える。
「・・・・・それでその後、東宝のニューフェイスとなられ俳優としての御活躍があるわけですね。」女が誘導し爺さんの声が「そうです」と反応する。
誰だ?会話はすすんでいくが爺さんが誰なのか、なかなか明かされない。わたしは布団のなかで猫の重みと臭いと爺さんが誰なのか分らず身もだえる。
「そして、宝田さんと言えば、『ゴジラ』ですよねぇ」女がやっと明かしてくれた。宝田明だ!!
小学生のころ兄と近所のコと見に行った。怖くて兄にしがみついて見ていた。夜に山の稜線がぼーっと見えるとあそこにゴジラが潜んでいるに違いないと思い、どうやって逃げようかなんて本気で考えていた。
宝田明の顔とゴジラの雄たけびと稜線と、なんでかついでに「若大将シリーズ」の加山雄三の顔までが頭蓋の中で追っかけっこし始める。
とうとう夜があけてしまった。起きる理由がみつからないから、夜明けからまたうとうとし始める。
こんな生活、自己崩壊まっしぐら・・・・・
*ラジオ番組はNHK「ラジオ深夜便」でした
2010年09月30日
the man I love
わんさかいる。ほんとうにわんさかいる。世の、息子を持つ母親はぜ〜んぶ息子を愛している。ハートマーク100個くらい愛している。そして、息子も母親をハートマーク100個くらい愛し返している。
友達は、自分の息子が高校入試の時インフルエンザにかかって、保健室で試験受けて、県内一くらいの高校に合格して、そこでも一番くらいの成績で、大学の医学部に入って、優しくて子どもが好きだから小児科医になりたいって言ってるのよ、ってヤニさがってわたしに話した。その息子がバカっぽい女と仲良く手つないで歩いてるの目撃して腹が立った、と今度は怒りまくってわたしに叫んだ。
別の友達は、訊きもしないのに息子のクラブ活動の話をし始めた。先輩にペットみたいにかわいがられているって嬉しそうだった。
手料理をふるまった男は、残ったおかずをタッパに入れて手渡すと、後日、「母からです」って袋をくれた。中には、丁寧なお母さんの感謝のメモときれいに洗ったタッパと、花柄の布巾がはいっていた。
うちの母は兄が帰省する数日前から、浮足立つ。
「お兄ちゃんが帰ってくるから、お寿司つくってやんなきゃ。わたしのお寿司大好物だから」
わたしには作ってはくれない。わたしが作ったものに
「これ、おいしくない。」一刀両断、容赦なくきってすてる。
わたしは、息子が筋トレしてるのみて一緒にし始めた。「腹ひっこめるにはどうしたらいい?」
「腹筋トレーニングが効くよ。これを50回、あれを10回・・・・」「尻の肉おとすにはどうしたらいい?」「一番落ちにくいぜいにくだなぁ。この姿勢を10秒キープ。これを5回くらいかな」
息子はダンベルもってハッハッしてる合間に教えてくれる。わたしもダンベル(一番軽いもの)もってあわせてハッハッ。「肩こるんだけどどうしたらいい?」
「どこが?」「ここ」息子はダンベルおいてわたしの肩をギューっと揉み始めた。
だから、できそこないの男が多いのねぇ。できそこないの男たちが威張ったり、汗流して働いてる世の中ってどこか優しくって、わたしは居心地いいんだけど・・・。
友達は、自分の息子が高校入試の時インフルエンザにかかって、保健室で試験受けて、県内一くらいの高校に合格して、そこでも一番くらいの成績で、大学の医学部に入って、優しくて子どもが好きだから小児科医になりたいって言ってるのよ、ってヤニさがってわたしに話した。その息子がバカっぽい女と仲良く手つないで歩いてるの目撃して腹が立った、と今度は怒りまくってわたしに叫んだ。
別の友達は、訊きもしないのに息子のクラブ活動の話をし始めた。先輩にペットみたいにかわいがられているって嬉しそうだった。
手料理をふるまった男は、残ったおかずをタッパに入れて手渡すと、後日、「母からです」って袋をくれた。中には、丁寧なお母さんの感謝のメモときれいに洗ったタッパと、花柄の布巾がはいっていた。
うちの母は兄が帰省する数日前から、浮足立つ。
「お兄ちゃんが帰ってくるから、お寿司つくってやんなきゃ。わたしのお寿司大好物だから」
わたしには作ってはくれない。わたしが作ったものに
「これ、おいしくない。」一刀両断、容赦なくきってすてる。
わたしは、息子が筋トレしてるのみて一緒にし始めた。「腹ひっこめるにはどうしたらいい?」
「腹筋トレーニングが効くよ。これを50回、あれを10回・・・・」「尻の肉おとすにはどうしたらいい?」「一番落ちにくいぜいにくだなぁ。この姿勢を10秒キープ。これを5回くらいかな」
息子はダンベルもってハッハッしてる合間に教えてくれる。わたしもダンベル(一番軽いもの)もってあわせてハッハッ。「肩こるんだけどどうしたらいい?」
「どこが?」「ここ」息子はダンベルおいてわたしの肩をギューっと揉み始めた。
だから、できそこないの男が多いのねぇ。できそこないの男たちが威張ったり、汗流して働いてる世の中ってどこか優しくって、わたしは居心地いいんだけど・・・。

