2012年01月15日

『少年の欲望』

『少年の欲望』

「あのね、オピちゃんね、この空の向こうには、あんげりうす、
っていう魔法の花があるんだって、それがあればおばあちゃんの体もよくなるかもしれないって」
リドリ人の少女は、草むらから立ち上がると、岩の連なる先の空を指して言いました。

 「フィーリーさ、アデレア人の医者の言うことなんてあてにならないよ」
オピと呼ばれたハイ・アデレア人の少年は、立ち上がると彼女の手をとりました。

 「今は、とても遠くて行けないけど、
いつか強い大人になって、あのお花、おばあちゃんに取ってきてあげるの。だけど」

空に浮かぶ雲が、二人の間を回っていました。
のぞき込めば、息を吸われてしまうほどの深い青色をしていました。ミ
ノスのからっ風は無愛想で、この時ばかりは鳴かず吹かず、静寂ばかりが辺りを覆うのでした。

 「僕も行くよ、フィーリーひとりじゃ心配だもん」

 少年の手を強く握る少女の目は、いまだ空の彼方にあるのでした。






 あの時の少年は、今はミノスの町に住んでいます。
かつて病だったおばあさんは、二人の摘んできたアンゲリウスで、すっかり立ち直り、
その後は幸福を生き、おととしの冬、二人に看取られて亡くなりました。

日が傾くころになると、アンゲリウスの丘のある峡谷まで花を求めにいったオピが馬に跨って、
ミノスのフィーリーの眠る丘までやってきました。
彼は月に何度か、数日の間、家をあけ、こうしてアンゲリウスを得ては、
かつての少女の墓前に供えるのでした。

フィーリーが行商として一人前になったとき、
オピはライフル銃をもっぱらにし、二人は世界へ旅立ったのです。



いくつもの冒険が過ぎ、そして不幸は足音なくやってきました。
新しい鉱脈が発見されたと、炭鉱夫の間で話題になり、
彼女もまた、他のリドリ人のするように、興味と好奇心とを、新しきものへ縛り付けられたのでした。

けれども、彼はフィーリーの態度に感心しませんでした。
というのも、用心深く慎重であるという、ハイ・アデレア人本来の生まれ持った気質とでも言うべきものを、彼もまた持っていたからです。

ある朝、まだ太陽も顔を出さない頃、娘は夕暮れには戻ると、書き付けを残し、部屋を出たのでした。
頭のかたい傭兵を説得するに足る何かを、例の鉱山へ探しに向かったのです。

彼女は旅の友としてだけでなく、常に彼には自分と共に歩んでほしいと考え、
彼は旅の友としてだけではなく、実に親しい友か、それ以上に関心を寄せる彼女を案じていました。

雲が紫に染まり、月がうすぼんやりと目覚め始めた頃、
フィーリーは、リドリ人の炭鉱夫に負ぶさって帰ってきました。

けれども、その肉体からは既に魂の炎が飛び去っていたのでした。






オピは港を通り、廃坑になった鉱山の入り口の見える家へ帰るところでした。
工業の光に照らされたミノスでも、
夜の港には、この国のれい明のころの面影が未だに残っていました。

変わらぬ、黒い海、油くさい潮風。

さかしい白人の謳う歌にのせられた、とんまな黒人と火薬で綴る国。

彼は飛行船乗り場の前で立ち止ると、来た道を後戻りしました。
今夜はフィーリーの傍にずっといようと思ったのでした。





 命には千金の値打ちがあると、ある詩人は歌いました。
ならばどうして、フィーリーの墓を、そして彼女を葬るのに、さらにお金が必要だったのでしょうか。


 オピは坂を上り、さきほどと同じところまで来ると、フィーリーの前でしゃがみこみました。
墓石には彼女の名前が彫りこまれ、そのふもとには、
彼が摘んできたアンゲリウスが、青い月に照らされ、悲壮をたたえていました。

よく見れば、その周りには枯れたアンゲリウスたちが山をなし、
ハイ・アデレア人の若者が幾度となく、峡谷とこの場を往来したことを映し出していました。

今では、幼い頃の話も、二人でやらかした冒険の話も、
彼はすっかり全てを話しつくしてしまっていました。

そして、その事実に思いあたるたび、フィーリーは去ってしまい、
二度と、彼の生きねばならないこれからに現れてはくれないんだと、悲嘆に息がつまるのでした。
今夜も、彼女の前だけは大雨で、零れ落ちる雨粒が何度かアンゲリウスを濡らしました。
しばらくすると、月明かりではない光が、
目の前の花をから発せられ、穏やかな声が彼に語りかけるのでした。


 「オピちゃん。心配をかけてごめんね。もう、帰ってきたから泣かないで」
彼が顔をあげると、夢の中でまで追いかけたフィーリーが、まさに、そこに立っていたのです。

「僕が悪かったんだ。ちゃんとフィーリーの言う事を聞いていればよかったんだ」

 「私も浅はかだったの。オピちゃんの言うとおりだった。本当にごめんね」
白い絹ともつかないローブを纏った彼女が、泣き濡れた彼を抱き上げました。

 「これからは、ずっと一緒だね」

 「違うのオピちゃん、ずっとはいられないの、この体にはもう魂が無いの」

 「だったら、僕のをあげよう。そうしたらまた一緒にいられるよ」

 花の精は、その一言を聞いてしまうと、若者の冷えた赤い唇に接吻をしました。
赤い唇はみるみる色を吸われてしまいました。

その間に、フィーリーの姿は枯れたカクタス達の塊へと変わり、
ただ息をするだけになった少年の上に覆いかぶさりました。

全ては花の怒りのなしたことだったのです。
薬草と言う神様に与えられた役目をむしり取られ、
無闇に自己を慰撫するためだけに使われたアンゲリウスの花の、復讐でした。

彼が枯らせただけのアンゲリウスがあれば、どれだけの人を助けられたでしょうか。
花は無念で無念でなりませんでした。

花の悲しみが、彼の悲しみまですっかり飲み込んでしまいました。
魂のなくなった少年は、枯れた花に埋もれ、やがて息もとられてしまいました。

ついに、花は神様に与えられた役目をなぞり、
少年の憂いという病を取り去らずにはいられなかったのでした。



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書いたの随分前です。いまこれをもとに、お話を漫画化してもらっています(^ω^)
(^ω^)できたらみんなよんでね!!!

あ、そうそう! Tudor Aeronaut 20200 GMT
Tudor Aeronaut.jpg

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