2008年02月13日
倶知安、吹雪いてきました!今、ほか弁に、、、え!?w(゜o゜)w
山羊小屋雪の中w(゜o゜)wそして、

今日は吹雪模様Fさんを役場に送り私は倶知安へ魚のアラを頂きに行きます♪
Fさん昨日病院へ行ったので足の具合いくらか良くなってきたもよう。
レントゲンと痛風もあるので血液検査と薬。
レントゲンの結果?
これが、前に何度か骨折した跡があるとのこと。
Fさんは記憶にないらしい。
でも、私はああいう足の使い方をしていれば骨折にもなるのもわかるような気がしていました。
足の使い方が乱暴すぎるのです、というかどうも見ていると足の使い方がわからないのでは?と思うほど、痛め付けるような使い方。
足、可哀相。
神経が通ってないせいもあるのかな。
病院の先生も、どうしてでしょうねぇ〜、、、との事。
わからないから診てもらってるんだけどf^_^;
2008年02月12日
ニセコの黄色い橋の名前は公募の中から決まったんですって。その名は

平成になった年に決まったらしいですが、みんな平成大橋とか平成橋とかが多い中、シンプルにニセコ大橋に決定♪実は縁あって、名付け親された方とお会いする機会があって教えて頂きました。
その方は、その黄色い橋が出来る最初から完成するまでずっと見守っていらっしゃいました。とてもニセコを愛していらっしゃる方でした♪
その他、若くして(17才)長男を亡くされたこと、、、
静かに話されるお顔が私の目の中でゆらゆら揺れては落ち揺れては落ち、、、
17才、、、後3〜4年もしたら原野君もその年頃になります。
亡くなってからその方はどんな風に生きて来られたのかと、想像するだけで、いっぱいになり
言葉にはなりませんよね。
でも、下にまだ息子さんがいて、多分、、、悲しみにくれる母の後ろ姿に不安を感じていたであろう次男は、長い長い手紙を(大学生の時らしい)母に送ってくれたそうです。
亡くなった兄の分も必ず親孝行するからね、、、
そして、ハサミも添えて、、、(少し前、このブログでハサミだけ写真に撮って、その時は辛すぎて書き込み出来ませんでした。今も悲しみでいっぱいになりますが、、、)
なぜハサミなのか、、、その方は着物を縫う仕事をされていました。当時最新のよく切れるハサミだったらしく今でも使ってるとのこと。
始終ハサミを使う仕事、、、息子さんは、本当にいいものを母に送ったと思います。まさか、そんな思いのこもったハサミで母は死ぬことは出来ない、、、
こんな愛情って、、、あるんだ。
そしてその時の手紙の様に本当に親孝行してくれていると話してくださいました。
どんなに悲しいことでも子供に先立たれた親の苦しみほど計り知れないものはないのでは、と思います。
そんな悲しみから比べると、どんなことも耐えていけそうです。
がんばれ!みんな!

































