2012年05月27日
やっぱり複雑な心中!
1ヶ月に1回、恩師宅と母のお墓参りをしたいと決めているが、時間のたつのは早い。もう5月も下旬だ。5月も終わりなので、日曜日だがでかけることにした。卓球の練習が、会場の都合で5月は2回だけで今日はお休み。大きな予定も入っていない。真夏のような太陽が照り付けるが、空気はさわやかだ。
恩師宅は、残念ながら不在だった。いつも連絡なしでの訪問。日曜日だけに、ご主人の施設へのお見舞いや自身の病院の通院がない日だけに、お会いできるのではと願っていたが残念なり。出かけられたことは、お元気であるからこそ可能なことと良い風に考え、玄関先にメモを入れる。いつもながら、ここに来ると若き日のあれこれが思い出される。
先生宅は小田急線の百合丘駅。母のお墓は2つ先の生田駅。2ヶ所が近くであることで、定期的な訪問が可能だけに、ついつい何事も後回しになる私だが、ここ最近、母のお墓参りを欠かさないでいられる。花好きであった母だけに、生存中は親不孝ばかりだったが、お墓参りで家族の近況を報告することにしている。
先月、草を綺麗に抜いた筈だが、草が結構生えていた。春になって、草木の勢いのよいこと。どこにいって鮮やかな花の色が目立つが、白いカサブランカの花を供え、少しでも長く咲いて欲しい気持を込めて近況報告。
母が亡くなり、早いもので15年目。気がつけば、この間、父は納骨の日にしかお墓参りしていない。15年前の父の年齢は81歳。まだまだ、元気そのものであった。母の事を自分から話題にすることなし。母を懐かしがる姿も見せなかった。法事を執り行ったりする意識もまったくなし。娘にすべてまかせっぱなし。母の生存中から、雑事には無関心。あんなに、家族のことに気を使った一生だったのに、母の人生は気苦労をひとりで背負い混みすぎていた。
生存中、歯がない父にきめ細かい食事を用意していた。自分が死んでしまえば、何も出来ない父だけにすぐに亡くなることになるだろうと考えていた。そして、当時は私も仕事をしていただけに、父の看病で私の大事な仕事をやめなくてはならない事態になるのではと、心配していたと伯母が言っていた。
ここ最近の父の様子に今まで気づかなかった面を知る機会も多いが、母との関係を考えると複雑な心中になってしまう。
恩師宅は、残念ながら不在だった。いつも連絡なしでの訪問。日曜日だけに、ご主人の施設へのお見舞いや自身の病院の通院がない日だけに、お会いできるのではと願っていたが残念なり。出かけられたことは、お元気であるからこそ可能なことと良い風に考え、玄関先にメモを入れる。いつもながら、ここに来ると若き日のあれこれが思い出される。
先生宅は小田急線の百合丘駅。母のお墓は2つ先の生田駅。2ヶ所が近くであることで、定期的な訪問が可能だけに、ついつい何事も後回しになる私だが、ここ最近、母のお墓参りを欠かさないでいられる。花好きであった母だけに、生存中は親不孝ばかりだったが、お墓参りで家族の近況を報告することにしている。
先月、草を綺麗に抜いた筈だが、草が結構生えていた。春になって、草木の勢いのよいこと。どこにいって鮮やかな花の色が目立つが、白いカサブランカの花を供え、少しでも長く咲いて欲しい気持を込めて近況報告。
母が亡くなり、早いもので15年目。気がつけば、この間、父は納骨の日にしかお墓参りしていない。15年前の父の年齢は81歳。まだまだ、元気そのものであった。母の事を自分から話題にすることなし。母を懐かしがる姿も見せなかった。法事を執り行ったりする意識もまったくなし。娘にすべてまかせっぱなし。母の生存中から、雑事には無関心。あんなに、家族のことに気を使った一生だったのに、母の人生は気苦労をひとりで背負い混みすぎていた。
生存中、歯がない父にきめ細かい食事を用意していた。自分が死んでしまえば、何も出来ない父だけにすぐに亡くなることになるだろうと考えていた。そして、当時は私も仕事をしていただけに、父の看病で私の大事な仕事をやめなくてはならない事態になるのではと、心配していたと伯母が言っていた。
ここ最近の父の様子に今まで気づかなかった面を知る機会も多いが、母との関係を考えると複雑な心中になってしまう。
2012年05月26日
築きあってこそ生れる夫婦関係!
昨日は、不安定な天気だった。しかし、1年で一番気持のいい季節である。ヘルパーさんのお陰で車椅子で散歩する事を知った父に外の空気にふれさせたいと、外を見ながら、自分のスケジュールを考えながら2回父宅に足を運んだ。
金曜日は、孫達5人が揃うだけに、夕方から夜にかけてはばたばして気持に余裕がなくなる。今までは、孫達に夕食を食べさせている合間に、じーちゃんや次女の態勢を見ながら父の夕食を運んでいたが、父には悪いが早めの午後4時頃に夕食を運ぶことにした。
その為には、家族12人に近い夕食の用意を早めにしなくてはならない。夕食づくりの前の時間帯のお昼時が父の朝食兼昼食を終えた時間で、起きているかどうかを見守るにいい時間である。12時半にでかけ、まず散歩をしようと計画した。完食した後のお皿が食卓に置かれ、窓側におかれた椅子に腰掛け、週刊誌をひろげている父。ほとんど一日中黙って、よくも静かにしていられるものだ。寂しさを訴えたりすることもないだけに、父を日中、ひとりにしておくことを可哀想と思わないでいられる妹と私だ。
雨も丁度やんでいた。散歩しようと促すとすぐうなずく父に靴下を履いてもらう。洋服も問題なし。きっと妹が用意してくれたのだろう。ジャンパーを着せると、チャックをきちんとしないと気がすまない。書庫に置かれている帽子をよたよたしながら探している。玄関の鍵を閉めることの確認を何度もさせられる。
最短距離をゆっくりと散歩することにした。公園のお花の色が鮮やかで、緑が色濃くなって木々がこんもりとしている。この公園を散歩する機会がこれから多くなるだけに、植木に目を向けたいなと考える私だが、父はまったく周囲を振り返らない。木々の変化に興味なし。空気の気持よさは感じているようだが、父にとって車椅子の散歩は自分で歩いているような気分なのだろうか。散歩は、身体を衰えさせないためのものだったのだろう。ひたすら足をだし転ばないように気を使う元気な時の父の散歩姿。
身体が衰える前は、少しの時間も机に向かうことだけに、一日が占められていた。私が小さい頃は、似顔絵を描いてくれ、とても優しいタッチであった記憶があり、絵関係の週刊誌も買っていたし、学生時代は野球の選手だったという。才能がないというわけではないのに、仕事が趣味のようで、仕事以外の分野を膨らます事が全くなかった人生だ。
雑用を奥さんにすべて任せて、他人に迷惑をかけることはなかったが、家族には、特別な存在でありすぎた。母が出来すぎて、何でも背負いすぎたのだろうか。お互い様の気持を築くなど考えなかった父母の世代。夫婦関係の影響は子ども世代にも大きな影響を及ぼす。
母の目でしか見えなかった父の姿は、自己中そのものの人だった。自己中であれば、もっとわがままな振る舞いで娘達を翻弄するだろうに。母生存中に父の姿と母が亡くなって娘達が支援するなかで見える父親像が食い違う事にここ最近、?が多い。
孫達のことで忙しくしていることで、父にふりまわされないですんでいる私だが、父の支援を通し、親世代の夫婦関係に影響される子ども世代を痛感する。夫婦関係は長い歴史のなかで築かれていく。お互いのことに関心を向けなければ、良い夫婦関係にはならない。じーちゃんにもう少し優しくなろうかと心では思っているが実行は難しい日々の生活。
金曜日は、孫達5人が揃うだけに、夕方から夜にかけてはばたばして気持に余裕がなくなる。今までは、孫達に夕食を食べさせている合間に、じーちゃんや次女の態勢を見ながら父の夕食を運んでいたが、父には悪いが早めの午後4時頃に夕食を運ぶことにした。
その為には、家族12人に近い夕食の用意を早めにしなくてはならない。夕食づくりの前の時間帯のお昼時が父の朝食兼昼食を終えた時間で、起きているかどうかを見守るにいい時間である。12時半にでかけ、まず散歩をしようと計画した。完食した後のお皿が食卓に置かれ、窓側におかれた椅子に腰掛け、週刊誌をひろげている父。ほとんど一日中黙って、よくも静かにしていられるものだ。寂しさを訴えたりすることもないだけに、父を日中、ひとりにしておくことを可哀想と思わないでいられる妹と私だ。
雨も丁度やんでいた。散歩しようと促すとすぐうなずく父に靴下を履いてもらう。洋服も問題なし。きっと妹が用意してくれたのだろう。ジャンパーを着せると、チャックをきちんとしないと気がすまない。書庫に置かれている帽子をよたよたしながら探している。玄関の鍵を閉めることの確認を何度もさせられる。
最短距離をゆっくりと散歩することにした。公園のお花の色が鮮やかで、緑が色濃くなって木々がこんもりとしている。この公園を散歩する機会がこれから多くなるだけに、植木に目を向けたいなと考える私だが、父はまったく周囲を振り返らない。木々の変化に興味なし。空気の気持よさは感じているようだが、父にとって車椅子の散歩は自分で歩いているような気分なのだろうか。散歩は、身体を衰えさせないためのものだったのだろう。ひたすら足をだし転ばないように気を使う元気な時の父の散歩姿。
身体が衰える前は、少しの時間も机に向かうことだけに、一日が占められていた。私が小さい頃は、似顔絵を描いてくれ、とても優しいタッチであった記憶があり、絵関係の週刊誌も買っていたし、学生時代は野球の選手だったという。才能がないというわけではないのに、仕事が趣味のようで、仕事以外の分野を膨らます事が全くなかった人生だ。
雑用を奥さんにすべて任せて、他人に迷惑をかけることはなかったが、家族には、特別な存在でありすぎた。母が出来すぎて、何でも背負いすぎたのだろうか。お互い様の気持を築くなど考えなかった父母の世代。夫婦関係の影響は子ども世代にも大きな影響を及ぼす。
母の目でしか見えなかった父の姿は、自己中そのものの人だった。自己中であれば、もっとわがままな振る舞いで娘達を翻弄するだろうに。母生存中に父の姿と母が亡くなって娘達が支援するなかで見える父親像が食い違う事にここ最近、?が多い。
孫達のことで忙しくしていることで、父にふりまわされないですんでいる私だが、父の支援を通し、親世代の夫婦関係に影響される子ども世代を痛感する。夫婦関係は長い歴史のなかで築かれていく。お互いのことに関心を向けなければ、良い夫婦関係にはならない。じーちゃんにもう少し優しくなろうかと心では思っているが実行は難しい日々の生活。
2012年05月25日
デートなどしたことがないよ!
週1回、1時間ヘルパーさんが父支援に入り8回目。ここ3週間は、すっかりヘルパーさんまかせで顔をあわせていないので、昨日、後半の30分に当たる時間に父宅に。玄関前に車椅子がない。散歩に連れ出してくれたようだ。介護保険サービスを利用するようになって感じる問題点は、現場が時間でコントロールされすぎていること。身体介護に1時間という父の支援内容だが、1時間のなかには、報告書類を書く時間もふくまれている。
歩くのに不自由がある父だけに、車椅子に乗せるのにも時間がかかる。そんな父なのに、少しの時間でも外に連れ出してあげようと考えてくださるヘルパーさんの気持がうれしい。耳が聞こえない父とのやりとりは、ノートにマジックペンで書く内容でのコミュニケーション。ノートをみると、ヘルパーさんとのやりとりもよくわかる。ノートを使うようになって、大分になるがこれは良いアイディアだった。日記の肩代わりになって、父の経過が見えるようになってきた。
戻ってきた父の顔色のよいこと。そして何よりも、出かけた服装が縞模様の長袖のワイシャツにベージュのズボン。きちんとした服装で姿勢よく乗っている姿を見ると96歳とは信じられない。白髪でダンディな姿。「長袖の一番上のボタンもきちんとされるのですから素晴らしいですね」と言われるヘルパーさんの言葉。
「兵隊で、きちんとした服装をしないと駄目だったのだ」と述べたのだとか。そういえば、父はシャツを着たりした後も、何回も何回も伸ばしてきちんとする。何枚も履く下半身のズボンなども何度となく具合を調整している。それが、兵隊での影響だったとは。
「細かい面もおありですよね」との言葉。車椅子に乗っても自分で車輪をこぐようなしぐさをし、車の往来に注意深いとか。そして、とても天気がよく気持が良い日で父の様子もご機嫌だったので写真をとらせたいただきましたとデジカメの写真を見せてくれた。にこにこと嬉しそうなそれはいい顔をしている。
昔から外面はよかった。外の人には「優しそうな方ですね」とよく言われていたが。「奥様とよくでかけられたのですか」と言う質問に「ゆっくりと2人で出かけた記憶などない。女性と外を歩く機会などなかった。こんな体験は初めてだ」とか。
始めて聞く父の胸の内。勉強が趣味のようにいつも机に向かっていた父。賭け事や女遊びをしたことなし。真面目一本だった。母なりにいろいろと配慮しても、それをうるさいとしか受け止めず、何やかやというと怒鳴ってばかりだった。各々、真面目に家庭を大事にしていたのに気持はすれ違い。
男尊女卑や戦争中の非常事態などなど時代の影響を大きく受けた若き時代の父母達の時代。お互いの心を覗きあう余裕もなく生活に追われる日々。生活の苦労から解放されると同時に孫の面倒をみてもらっていた私だ。子どもを育てることの共通の課題が終わったあと、どんどんすれ違いの夫婦になっていったのだろう。
おしゃべりを悪と考えていた父の時代。父の胸の内を何も知らない私だ。言葉で心を語る事を知らない父。認知症気味の今。親子の関係を違う形で再構築したいが、簡単でない。社会との繋がりを求めないまま、今の年齢になった父だ。
戦争中の大変さも全く語らなかった父。父の喜怒哀楽は、なんだったのか。生活費を母に渡し、家庭内の細かい事は全て母任せ。任された母は、困難な問題を母の親族や、忍耐強さと頑張りで乗り切りながら、父との心の交流を築けないまま年を重ね、父が仕事を辞めてからは、夫婦喧嘩ばかりだった。役割分担で乗り切ってきた生活。恩恵を受けた娘2人だが、親に対する感情は複雑で整理されないだった。
「デートなどしたことがない」と同然の言葉をヘルパーさんに吐いた父の姿に、父の知らない一面を今頃知った私だ。感情の交流をしながら、お互いの心を知っていくことが家庭教育ではとても大切な事だ。その大切さに気づいている人が若い人にも少ない。孫には、事柄でなく自分の気持をいろいろと語っていきたいものだ。
良いヘルパーさんと出会ってよかった。ヘルパーさんを通して、父の胸のうちをのぞく機会を得た。しかし、今の介護保険では、評価されない分野だ。
歩くのに不自由がある父だけに、車椅子に乗せるのにも時間がかかる。そんな父なのに、少しの時間でも外に連れ出してあげようと考えてくださるヘルパーさんの気持がうれしい。耳が聞こえない父とのやりとりは、ノートにマジックペンで書く内容でのコミュニケーション。ノートをみると、ヘルパーさんとのやりとりもよくわかる。ノートを使うようになって、大分になるがこれは良いアイディアだった。日記の肩代わりになって、父の経過が見えるようになってきた。
戻ってきた父の顔色のよいこと。そして何よりも、出かけた服装が縞模様の長袖のワイシャツにベージュのズボン。きちんとした服装で姿勢よく乗っている姿を見ると96歳とは信じられない。白髪でダンディな姿。「長袖の一番上のボタンもきちんとされるのですから素晴らしいですね」と言われるヘルパーさんの言葉。
「兵隊で、きちんとした服装をしないと駄目だったのだ」と述べたのだとか。そういえば、父はシャツを着たりした後も、何回も何回も伸ばしてきちんとする。何枚も履く下半身のズボンなども何度となく具合を調整している。それが、兵隊での影響だったとは。
「細かい面もおありですよね」との言葉。車椅子に乗っても自分で車輪をこぐようなしぐさをし、車の往来に注意深いとか。そして、とても天気がよく気持が良い日で父の様子もご機嫌だったので写真をとらせたいただきましたとデジカメの写真を見せてくれた。にこにこと嬉しそうなそれはいい顔をしている。
昔から外面はよかった。外の人には「優しそうな方ですね」とよく言われていたが。「奥様とよくでかけられたのですか」と言う質問に「ゆっくりと2人で出かけた記憶などない。女性と外を歩く機会などなかった。こんな体験は初めてだ」とか。
始めて聞く父の胸の内。勉強が趣味のようにいつも机に向かっていた父。賭け事や女遊びをしたことなし。真面目一本だった。母なりにいろいろと配慮しても、それをうるさいとしか受け止めず、何やかやというと怒鳴ってばかりだった。各々、真面目に家庭を大事にしていたのに気持はすれ違い。
男尊女卑や戦争中の非常事態などなど時代の影響を大きく受けた若き時代の父母達の時代。お互いの心を覗きあう余裕もなく生活に追われる日々。生活の苦労から解放されると同時に孫の面倒をみてもらっていた私だ。子どもを育てることの共通の課題が終わったあと、どんどんすれ違いの夫婦になっていったのだろう。
おしゃべりを悪と考えていた父の時代。父の胸の内を何も知らない私だ。言葉で心を語る事を知らない父。認知症気味の今。親子の関係を違う形で再構築したいが、簡単でない。社会との繋がりを求めないまま、今の年齢になった父だ。
戦争中の大変さも全く語らなかった父。父の喜怒哀楽は、なんだったのか。生活費を母に渡し、家庭内の細かい事は全て母任せ。任された母は、困難な問題を母の親族や、忍耐強さと頑張りで乗り切りながら、父との心の交流を築けないまま年を重ね、父が仕事を辞めてからは、夫婦喧嘩ばかりだった。役割分担で乗り切ってきた生活。恩恵を受けた娘2人だが、親に対する感情は複雑で整理されないだった。
「デートなどしたことがない」と同然の言葉をヘルパーさんに吐いた父の姿に、父の知らない一面を今頃知った私だ。感情の交流をしながら、お互いの心を知っていくことが家庭教育ではとても大切な事だ。その大切さに気づいている人が若い人にも少ない。孫には、事柄でなく自分の気持をいろいろと語っていきたいものだ。
良いヘルパーさんと出会ってよかった。ヘルパーさんを通して、父の胸のうちをのぞく機会を得た。しかし、今の介護保険では、評価されない分野だ。
2012年05月24日
これからの生き方を考える!
久しぶりの高校の同窓会に出席。私立の中・高の一貫高に所属し、長女と次女も同じ高校だったこともあって、今年92歳になられる恩師に最後のお礼をしなくてはと言う気持だった。私の年齢では私立にいくのは珍しい時代である。そして大学受験も。
教育ママの母が、中学の途中で引越しの予定があっただけに、新しい環境に慣れにくい私の性格を考えて選んだ選択である。しかし、肝心の私は、この時代の事をあまり覚えていない。おとなしく、目立たない生徒だった。楽しかったと言う思い出があまりないのだ。恵まれすぎている環境だったせいなのかもしれない。その後、出身校は、地味ながら女性の自立を大切にする学校として認知され、生徒の進学率も結構いい。
キリスト教精神のもとに、生き方を大切にする事を求められたが、当時の私は右から左へ。ただ与えられた事をこなすだけの生徒だった。親の思いを受け止めきれずにいた。その私が、変わったのは大学受験で、親の勧める理科系から福祉の方面に進みたいと思い出した年代である。親の猛反対にあいながら、浪人の道を選んだ。今考えれば、当時、女性で進学は珍しい上に浪人をさせてくれたのは、理解ある親だと言えるのだが、親の期待が重かった当時である。
自分の進路の主人公となってからの私は、大変な事もあったが自分で責任を持つ事を優先した生き方だっただけに力強く生きる事ができたことで、古希寸前の今は悔いがない人生といえる。卒業した高校への感慨があまりないだけに、今まで、同窓会への欠席を通していた。
娘達が受験になって、高校めぐりを行った際に、様変わりした学校の姿にびっくりして頭から、否定していた自分を反省しながらも、友達のように、「楽しかった」という言葉がでない。今、ふりかえれば、学校が問題なのではなく、教育ママであった母の存在が重くて、目の前の事を素直に受けとめられなかったのだが。
何も感慨を起こさなかった生活のようだが、自分の生き方の選択の根底を築いてくれた存在だったことは事実である。恩師は、校長も歴任され、そして、次女が17年前に亡くなられ、孫を娘に代わって育てた苦労人である。今も、頭脳明晰。英語担任であったが、その恩師の影響で英語が好きになった仲間も多い。私はその恩師と母の像を重ねて、英語嫌いになってしまった。馬鹿なことだが。
その恩師に、最後のお礼をいっておきたいと出席にした。会場の渋谷駅東口。西口にはしょ中でかけるのに東口は渋谷ヒカリエが誕生しここ最近様変わりしている場所だが、数年ご無沙汰である。我が家からすぐ近くの場所だというのになかなかたどり着けなかった現実。ついこの間の出来事だと思っていたのに、同窓会の参加は半世紀ぶり。世の中、あっという間に様変わりするのに、その事実を受け止めるのに長い時間を要した。
20人近い仲間達。私のように浦島太郎的存在はなく、お互いが交流をしている仲間だけに、私の登場を心から喜んでくれた。皆とても綺麗だった。考えれば、裕福な人達が多かっただけに、その後の人生もそれなりに恵まれていたのだろう、出席できる人はある面恵まれた層といえるが。
老後を、もっと生き生きさせたいと考えている仲間たち。名前と顔が一致せず、うろうろの私。最初で最後と言う気持で参加し、恩師に頭を下げ、お礼がいえたことで老後のひとつの課題が果たせた。会を終えた後も喫茶店に出かけた友だが、私は、渋谷の西口で買出しで、いつもの日常を取り戻して、ほっとした気分も。
古希前のこの1年。私なりのあがきをしながら、これからの人生を考える日々。
教育ママの母が、中学の途中で引越しの予定があっただけに、新しい環境に慣れにくい私の性格を考えて選んだ選択である。しかし、肝心の私は、この時代の事をあまり覚えていない。おとなしく、目立たない生徒だった。楽しかったと言う思い出があまりないのだ。恵まれすぎている環境だったせいなのかもしれない。その後、出身校は、地味ながら女性の自立を大切にする学校として認知され、生徒の進学率も結構いい。
キリスト教精神のもとに、生き方を大切にする事を求められたが、当時の私は右から左へ。ただ与えられた事をこなすだけの生徒だった。親の思いを受け止めきれずにいた。その私が、変わったのは大学受験で、親の勧める理科系から福祉の方面に進みたいと思い出した年代である。親の猛反対にあいながら、浪人の道を選んだ。今考えれば、当時、女性で進学は珍しい上に浪人をさせてくれたのは、理解ある親だと言えるのだが、親の期待が重かった当時である。
自分の進路の主人公となってからの私は、大変な事もあったが自分で責任を持つ事を優先した生き方だっただけに力強く生きる事ができたことで、古希寸前の今は悔いがない人生といえる。卒業した高校への感慨があまりないだけに、今まで、同窓会への欠席を通していた。
娘達が受験になって、高校めぐりを行った際に、様変わりした学校の姿にびっくりして頭から、否定していた自分を反省しながらも、友達のように、「楽しかった」という言葉がでない。今、ふりかえれば、学校が問題なのではなく、教育ママであった母の存在が重くて、目の前の事を素直に受けとめられなかったのだが。
何も感慨を起こさなかった生活のようだが、自分の生き方の選択の根底を築いてくれた存在だったことは事実である。恩師は、校長も歴任され、そして、次女が17年前に亡くなられ、孫を娘に代わって育てた苦労人である。今も、頭脳明晰。英語担任であったが、その恩師の影響で英語が好きになった仲間も多い。私はその恩師と母の像を重ねて、英語嫌いになってしまった。馬鹿なことだが。
その恩師に、最後のお礼をいっておきたいと出席にした。会場の渋谷駅東口。西口にはしょ中でかけるのに東口は渋谷ヒカリエが誕生しここ最近様変わりしている場所だが、数年ご無沙汰である。我が家からすぐ近くの場所だというのになかなかたどり着けなかった現実。ついこの間の出来事だと思っていたのに、同窓会の参加は半世紀ぶり。世の中、あっという間に様変わりするのに、その事実を受け止めるのに長い時間を要した。
20人近い仲間達。私のように浦島太郎的存在はなく、お互いが交流をしている仲間だけに、私の登場を心から喜んでくれた。皆とても綺麗だった。考えれば、裕福な人達が多かっただけに、その後の人生もそれなりに恵まれていたのだろう、出席できる人はある面恵まれた層といえるが。
老後を、もっと生き生きさせたいと考えている仲間たち。名前と顔が一致せず、うろうろの私。最初で最後と言う気持で参加し、恩師に頭を下げ、お礼がいえたことで老後のひとつの課題が果たせた。会を終えた後も喫茶店に出かけた友だが、私は、渋谷の西口で買出しで、いつもの日常を取り戻して、ほっとした気分も。
古希前のこの1年。私なりのあがきをしながら、これからの人生を考える日々。
2012年05月20日
週末もお相手!
昨日は、次女の孫を。そして今日は長女の孫の7ヶ月のつきちゃんのお相手。ともにママたちが土曜日と日曜日にもかかわらず出勤だったことによる。次女と長女ともに気を使ってくれ、半日だけの支援だが、今週はずっと孫の支援の影響で、私にとっての気分転換の役目を果たしてくれるスポーツセンターと卓球はお休み。
じーちゃんは、週末、星の家行きを習慣にしているだけに、昨日、孫の面倒から解放されるとすぐに星の家にでかけた。自然に囲まれ、自分だけの時間を過ごす事で体力の温存を図っている。エネルギーのある孫相手は、若い時とは違い結構疲れるものだ。
午前中は美容院にでかけ、馴染みの美容師さんとおしゃべりして、女性週刊誌を読んで気分転換をして午後のつきちゃんのお相手に備えた。週刊誌の記事で、ダンスが中学校で必修科目になるという記事にびっくり。剣道と柔道が必須になるとは聞いていたがダンスまでとは。ヒップホップなど出来ない先生方が多いだろうに。あれこれ、何でもやればいいというものではない。部活というのならわかるが、教える資格を取ろうとする人やお稽古事に励ます親達の影響で商売人があれこれと知恵を働かせて、子ども達をふりまわさなければいいが。
昼寝が1時間だけだったというつきちゃんだけに、もう少し昼寝をさせられるのではないかと、抱っこで近隣を歩く事にした。乳母車にしたかったのだが、生憎、乳母車がなかった。10キロ近いつきちゃんの抱っこは、結構、疲れる。普段から腰痛にならないように意識して、体幹を意識して訓練している私だが、抱っこでダンベル体操をしているつもり。今日は散歩には気持のいい日だった。
ゆっくりゆっくり歩きながら、出会った近所の人としばらくおしゃべり。どっしりと周囲を見渡しながらおとなしいつきちゃんも、時間がたつにつれて声をだしてくる。アーウーウー。そして何よりも喜んで反応したのは、グランドで偶然、遊んでいた次女の孫の男の子2人に会った時だ。サッカーボール投げをしている姿に大きく反応をして喜んでいる。
昨日は、この2人の孫に翻弄されたのだった。ここ最近、仲良く遊べるようになった4歳と7歳の兄弟。お昼前に下のグランドに遊びにでかけ、時々様子をみていたが、昼が過ぎても戻ってこない。お昼になれば、当然のことで帰ってくると考えていた。もう7歳になるのだし。
しかし、昼になっても帰ってこない。丁度、戻ってきた次女とじーちゃんが探しにいく。私は1歳7ヶ月のかほちゃんをみなくてはならないだけに2人の仲介役。何度か電話でやりとりしてもみつからない。友達の話から、ザリガニ採りにでかけたらしいというので、思い当たる場所をさがしてもいない。ようやくみつけたじーちゃんから怒りの電話が入った。
ザリガニを見つけようとしている2人に、通りかかった若者がいい場所があると教えてくれた場所にでかけ、2人共、夢中で川に入っていたのだ。知らない人に簡単についていってしまうことにまずびっくり。そして、心配している大人たちの事も忘れて夢中になっている姿。こわい、こわい。もう少し、状況判断が出来ていると思っていたが。
無事だったことに安心したものの、大人たちから大目玉をくらった2人。この間心配しすぎで、ぐったりさせられた。昔なら「よく遊んで」と喜んでいた出来事が、今の時代は何が起きるかわからないだけにいつも神経をはってなれればならない時代。子どもに携帯電話を持たせたくなる親の気持もわかった出来事だった。そんな昨日の出来事もなんのその。今日も仲良くグランドで遊んでいた2人。
孫も大きくなると、心配の内容がぐっとかわってくる。従姉妹同士の出会いに大喜びしているつきちゃんだが、果たして3番目の男の孫はどんな子になるやら。今は、どっしりとしてちょっとした事に動じない風貌だけに、見守る方も楽で、私の思惑通り、1時間半の散歩の後、すやすやとお昼寝で、しばしのんびり気分の私だ。
じーちゃんは、週末、星の家行きを習慣にしているだけに、昨日、孫の面倒から解放されるとすぐに星の家にでかけた。自然に囲まれ、自分だけの時間を過ごす事で体力の温存を図っている。エネルギーのある孫相手は、若い時とは違い結構疲れるものだ。
午前中は美容院にでかけ、馴染みの美容師さんとおしゃべりして、女性週刊誌を読んで気分転換をして午後のつきちゃんのお相手に備えた。週刊誌の記事で、ダンスが中学校で必修科目になるという記事にびっくり。剣道と柔道が必須になるとは聞いていたがダンスまでとは。ヒップホップなど出来ない先生方が多いだろうに。あれこれ、何でもやればいいというものではない。部活というのならわかるが、教える資格を取ろうとする人やお稽古事に励ます親達の影響で商売人があれこれと知恵を働かせて、子ども達をふりまわさなければいいが。
昼寝が1時間だけだったというつきちゃんだけに、もう少し昼寝をさせられるのではないかと、抱っこで近隣を歩く事にした。乳母車にしたかったのだが、生憎、乳母車がなかった。10キロ近いつきちゃんの抱っこは、結構、疲れる。普段から腰痛にならないように意識して、体幹を意識して訓練している私だが、抱っこでダンベル体操をしているつもり。今日は散歩には気持のいい日だった。
ゆっくりゆっくり歩きながら、出会った近所の人としばらくおしゃべり。どっしりと周囲を見渡しながらおとなしいつきちゃんも、時間がたつにつれて声をだしてくる。アーウーウー。そして何よりも喜んで反応したのは、グランドで偶然、遊んでいた次女の孫の男の子2人に会った時だ。サッカーボール投げをしている姿に大きく反応をして喜んでいる。
昨日は、この2人の孫に翻弄されたのだった。ここ最近、仲良く遊べるようになった4歳と7歳の兄弟。お昼前に下のグランドに遊びにでかけ、時々様子をみていたが、昼が過ぎても戻ってこない。お昼になれば、当然のことで帰ってくると考えていた。もう7歳になるのだし。
しかし、昼になっても帰ってこない。丁度、戻ってきた次女とじーちゃんが探しにいく。私は1歳7ヶ月のかほちゃんをみなくてはならないだけに2人の仲介役。何度か電話でやりとりしてもみつからない。友達の話から、ザリガニ採りにでかけたらしいというので、思い当たる場所をさがしてもいない。ようやくみつけたじーちゃんから怒りの電話が入った。
ザリガニを見つけようとしている2人に、通りかかった若者がいい場所があると教えてくれた場所にでかけ、2人共、夢中で川に入っていたのだ。知らない人に簡単についていってしまうことにまずびっくり。そして、心配している大人たちの事も忘れて夢中になっている姿。こわい、こわい。もう少し、状況判断が出来ていると思っていたが。
無事だったことに安心したものの、大人たちから大目玉をくらった2人。この間心配しすぎで、ぐったりさせられた。昔なら「よく遊んで」と喜んでいた出来事が、今の時代は何が起きるかわからないだけにいつも神経をはってなれればならない時代。子どもに携帯電話を持たせたくなる親の気持もわかった出来事だった。そんな昨日の出来事もなんのその。今日も仲良くグランドで遊んでいた2人。
孫も大きくなると、心配の内容がぐっとかわってくる。従姉妹同士の出会いに大喜びしているつきちゃんだが、果たして3番目の男の孫はどんな子になるやら。今は、どっしりとしてちょっとした事に動じない風貌だけに、見守る方も楽で、私の思惑通り、1時間半の散歩の後、すやすやとお昼寝で、しばしのんびり気分の私だ。
2012年05月18日
疲れ方が大違い!
孫を迎えて、ひと仕事を終え、父に夕食を運んだ夕方。自転車を走らせながら、保育園帰りの母子たちの姿に、これから食事を食べさせ、子ども達の相手をするお母さん達の大変さが目に浮かぶ。自分も同じことをしていたが、若いときは大変と思う余裕もなく乗り越えていた。その裏には、母の支援にオンブしている面が大だった。
孫と父の支援に追われる日常だが、自分だけの楽しみを持てる昼間の時間がちょっとあり、若い時代よりは、目の前の事を楽しめるようになった事で歳を取ることも悪くないと感じる日々だ。はやちゃんの保育園へのお迎えは、久しぶりだった、4歳児の子ども達がぐっと大きくなってびっくり。その中の女の子の動きに、少々、家庭の問題がありそうなことを直感した。そして、かほちゃん達の保育園には、男性の保育士が何人かいるが、はやちゃんのところは、非常勤の男性の保育士は乳児さんの所にひとりだけで、幼児組みは男性の保育士との接触はない。
この保育園の方が園庭も広くて伸び伸びできると感じていたが、室内にいた子ども達は、エネルギーを上手く生かされていず、子ども達の姿がばらばらなのだ。男性の保育士の必要性を強く感じた。主任さんが変わったりで、何か前年度までの園の雰囲気とは違うのだ。どうしてだろう。保母同士もばらばら。
などと考えながら自転車を走らせた。昨日は、1時間、ヘルパーさんが父のお相手をしてくれた日。その方とのおつきあいも7回目となり、慣れて来たはずの父だ。3週前から、私は登場しないで父の顔色とノートを見ながら、1時間でのお付き合いの様子を想像している。ヘルパーさんは、こちらの趣旨をよくわかってくださった良い人だ。
いつものように、私の登場に関心を示さずに、週刊誌を広げている父。字は頭に入っていないが静かにしているが、顔色のよさに、ヘルパーさんとのおつきあいがひとつの刺激を与えてくれている事を確認した。大きな字で父とのやりとりを書いてくれている内容から、散歩に出かける余裕はなく、起きた父の身体をふいて相手をしてくださったようだ。
食卓に乗せた食事を前にすると、すぐ、箸を動かす。そんな父にヘルパーさんのことを聞くと、首を横にして「誰も来ない」書かれたノートの字を見せながら、そのときの様子を再現させようとしてもまったく駄目。新しい記憶がかすりもしないのだ。もう、相当の付き合いになるのに、「何故?」と言う気持。文のなかで、ヘルパーさんが、印鑑を押しますと書かれた文に父は執着。
ヘルパーさんと私との約束で父の支援が終わった後、印鑑をおしていただくことを了解してあるのだが、父にとっては印鑑は大事なものだけに、他人には渡してはならない。「どうしてだ」とこの文にいたく反応をする。鍵をしめること、コンセントをぬく事に執着が強い最近。ヘルパーさんが、印鑑を押す場面は、まったく、記憶の外。
私の印鑑だからとなんとか納得させたが、剣幕の強さにドット疲れが出てしまった。大声をあげて、反応してくるチカラがあるのに、周囲の動きはまったく蚊帳の外。耳が聞こえない父に、大きな声で「ちきしょう」と声をだして私のいらいらさをたたきつける。「同居している家族は大変だな」
帰ってきた義弟に「いつも大変ね。ありがとう」と声をかけたら「一昨日は、朝早くにトイレで大騒ぎしているので、見たら、ウンチがべっとり。そして父は下半身、何もつけずにコタツに座っていた」という。義弟に気を使う妹の事も思った。お互いに70歳に近い身で、介護する日々。先の見通しがたたない。孫は大きくなるのが見えるだけに、支援で元気をもらえるが。施設に入ってもらうことを視野に置いたほうがいいのか。
クローズアップ現代」で終末医療のことをとりあげていた。画面に移りだされるベットの上の高齢者の顔つき。夫も息子もなくなり、孫が介護している姿も映りだされていた。そんな方たちとは大違いのわが身だが、医療も全く受けない父だが、96才の現実は、肉体は元気で認知症。周囲の動きに関心をしめさないで、自分だけの力で生きているような姿を見せられるとたまらない。
夜、ぐっと疲れが出てうとうと。早く寝ると言う気力もなく疲れたの一言。その前の夜は、孫達に振り回されて疲れたがそのときの疲れとは全く違うのだ。孫を見ることで救われている面が大だが、父だけの支援であったらいらいらばかりだろう。
朝になって、犬のヒジキと散歩すると、カラフルな洋服を身につけて、走っている若い人の姿に、「仕事前だというのに、頑張っていますね」そして、パン屋さんのシャッターは今日も閉まっている。「あの食パンでないと、おいしくないよ。あのパンが食べたい。お兄さん元気になって」この朝の元気を一日、持ち続けたいがな。
孫と父の支援に追われる日常だが、自分だけの楽しみを持てる昼間の時間がちょっとあり、若い時代よりは、目の前の事を楽しめるようになった事で歳を取ることも悪くないと感じる日々だ。はやちゃんの保育園へのお迎えは、久しぶりだった、4歳児の子ども達がぐっと大きくなってびっくり。その中の女の子の動きに、少々、家庭の問題がありそうなことを直感した。そして、かほちゃん達の保育園には、男性の保育士が何人かいるが、はやちゃんのところは、非常勤の男性の保育士は乳児さんの所にひとりだけで、幼児組みは男性の保育士との接触はない。
この保育園の方が園庭も広くて伸び伸びできると感じていたが、室内にいた子ども達は、エネルギーを上手く生かされていず、子ども達の姿がばらばらなのだ。男性の保育士の必要性を強く感じた。主任さんが変わったりで、何か前年度までの園の雰囲気とは違うのだ。どうしてだろう。保母同士もばらばら。
などと考えながら自転車を走らせた。昨日は、1時間、ヘルパーさんが父のお相手をしてくれた日。その方とのおつきあいも7回目となり、慣れて来たはずの父だ。3週前から、私は登場しないで父の顔色とノートを見ながら、1時間でのお付き合いの様子を想像している。ヘルパーさんは、こちらの趣旨をよくわかってくださった良い人だ。
いつものように、私の登場に関心を示さずに、週刊誌を広げている父。字は頭に入っていないが静かにしているが、顔色のよさに、ヘルパーさんとのおつきあいがひとつの刺激を与えてくれている事を確認した。大きな字で父とのやりとりを書いてくれている内容から、散歩に出かける余裕はなく、起きた父の身体をふいて相手をしてくださったようだ。
食卓に乗せた食事を前にすると、すぐ、箸を動かす。そんな父にヘルパーさんのことを聞くと、首を横にして「誰も来ない」書かれたノートの字を見せながら、そのときの様子を再現させようとしてもまったく駄目。新しい記憶がかすりもしないのだ。もう、相当の付き合いになるのに、「何故?」と言う気持。文のなかで、ヘルパーさんが、印鑑を押しますと書かれた文に父は執着。
ヘルパーさんと私との約束で父の支援が終わった後、印鑑をおしていただくことを了解してあるのだが、父にとっては印鑑は大事なものだけに、他人には渡してはならない。「どうしてだ」とこの文にいたく反応をする。鍵をしめること、コンセントをぬく事に執着が強い最近。ヘルパーさんが、印鑑を押す場面は、まったく、記憶の外。
私の印鑑だからとなんとか納得させたが、剣幕の強さにドット疲れが出てしまった。大声をあげて、反応してくるチカラがあるのに、周囲の動きはまったく蚊帳の外。耳が聞こえない父に、大きな声で「ちきしょう」と声をだして私のいらいらさをたたきつける。「同居している家族は大変だな」
帰ってきた義弟に「いつも大変ね。ありがとう」と声をかけたら「一昨日は、朝早くにトイレで大騒ぎしているので、見たら、ウンチがべっとり。そして父は下半身、何もつけずにコタツに座っていた」という。義弟に気を使う妹の事も思った。お互いに70歳に近い身で、介護する日々。先の見通しがたたない。孫は大きくなるのが見えるだけに、支援で元気をもらえるが。施設に入ってもらうことを視野に置いたほうがいいのか。
クローズアップ現代」で終末医療のことをとりあげていた。画面に移りだされるベットの上の高齢者の顔つき。夫も息子もなくなり、孫が介護している姿も映りだされていた。そんな方たちとは大違いのわが身だが、医療も全く受けない父だが、96才の現実は、肉体は元気で認知症。周囲の動きに関心をしめさないで、自分だけの力で生きているような姿を見せられるとたまらない。
夜、ぐっと疲れが出てうとうと。早く寝ると言う気力もなく疲れたの一言。その前の夜は、孫達に振り回されて疲れたがそのときの疲れとは全く違うのだ。孫を見ることで救われている面が大だが、父だけの支援であったらいらいらばかりだろう。
朝になって、犬のヒジキと散歩すると、カラフルな洋服を身につけて、走っている若い人の姿に、「仕事前だというのに、頑張っていますね」そして、パン屋さんのシャッターは今日も閉まっている。「あの食パンでないと、おいしくないよ。あのパンが食べたい。お兄さん元気になって」この朝の元気を一日、持ち続けたいがな。
2012年05月16日
車椅子と乳母車!
さっきまでのうるささが嘘のように静かだ。今年一番の暑さだったが、今の時間になると、窓から入ってくる風がとてもさわやかに感じられる。疲れきったじーちゃんは、既にすやすやとお眠り中。忙しかった一日を、乗り越え、解放感がいっぱい。
残っていた今川焼きをついつい口に入れてしまった。甘いものを目の前にするとすぐ手がでてしまう。疲れた時は特にそうだ。ここを我慢すれば、痩せられるのに、胃が丈夫な私は、我慢と言う事が出来ないで、すぐ手をだしてしまい食べ終わった後にいつも反省。。
昼間は、96歳の父と車椅子で近所を散歩。朝食兼昼食を食べ終わっていた父は寝巻き姿のままだった。ここ最近、洋服の着替えも気にしなくなり、すぐ前に行った事を忘れている。先日、亡くなった父の妹の死について、送られてきた葬儀の写真を見せても悲しむでもなし、事態がまったくわかっていない。食事はぺろり。ひとりでも、淡々としているだけに、手がかからないが、車椅子での散歩をすすめると「うん」とうなずいて用意した洋服に着替えて、玄関前の車椅子によろよろしながら、腰掛けた。
自分からは全く要求をしないが、父にとっては一番気持の良い一時のようだ。30分ほどの散歩からもどると顔色がよくなって、表情がでてくる。散歩の際に、いつもかぶる帽子を書庫からだそうとするし、玄関の鍵をかける事をとても気にする。
半年前には、父が車椅子に乗る姿など想像もしなかった。プライドが高いだけに、どんな事があっても、嫌だと言うに決まっていると思っていたが、素直に言う事を聞くとは。出来るだけ毎日、散歩に連れ出したいと思うが、週に3回ほどしか出来ないでいる。
先日は、私が住んでいるマンションと孫の中で一番可愛がっていた長女のマンションまで案内したが、思うほどの反応をしない。自分の散歩コースであった公園の敷地内に足をいれると、「気持がいい」という言葉を今日は吐いた。感情表現が欠けている人生は寂しすぎ。車椅子を通して、父の脳が刺激されればいいのだが。
父宅の用事をすませて、すぐに家にもどり、7ヶ月のつきちゃんと4歳のうみちゃんの保育園の迎え。週2回つきちゃんのお迎えをするようになって1ヶ月。いつもは、1歳7ヶ月のかほちゃんも一緒だけにつきちゃんはオンブだったが、かほちゃんは次女が迎えることになって、始めて乳母車でつきちゃんを迎える。
硬かった顔つきが最近、にこにことして迎えてくれる。ウンチを終えたばかりで気持も良いせいかバタバタと足を動かして喜んでくれる。丸々太っているつきちゃんだが、さっきまで父の車椅子を押していただけに、軽々とこげる。そしてとっても気持良さそうは顔つき。にこにこしている。
時々声もでるだけに、こちら側も何度となく声をかける。父の車椅子を押した時は、ほとんど会話をしなかった。なんという違いか。これから成長するにつれ、いろいろな楽しい反応もしてくれることだろう。
車椅子を押しそして乳母車を押した一日。静かであった父との一時とは違い、5人の孫と長女と次女が一緒になっての夕食はうるさくてにぎやかで、そして笑いこけて、ふりまわされて、大騒ぎ。皆が帰った後は、嫌な仕事は早く終えてしまったほうがいいと一気に片づけを終え、アップダウンの一日を終えたほっとした気分の今。
残っていた今川焼きをついつい口に入れてしまった。甘いものを目の前にするとすぐ手がでてしまう。疲れた時は特にそうだ。ここを我慢すれば、痩せられるのに、胃が丈夫な私は、我慢と言う事が出来ないで、すぐ手をだしてしまい食べ終わった後にいつも反省。。
昼間は、96歳の父と車椅子で近所を散歩。朝食兼昼食を食べ終わっていた父は寝巻き姿のままだった。ここ最近、洋服の着替えも気にしなくなり、すぐ前に行った事を忘れている。先日、亡くなった父の妹の死について、送られてきた葬儀の写真を見せても悲しむでもなし、事態がまったくわかっていない。食事はぺろり。ひとりでも、淡々としているだけに、手がかからないが、車椅子での散歩をすすめると「うん」とうなずいて用意した洋服に着替えて、玄関前の車椅子によろよろしながら、腰掛けた。
自分からは全く要求をしないが、父にとっては一番気持の良い一時のようだ。30分ほどの散歩からもどると顔色がよくなって、表情がでてくる。散歩の際に、いつもかぶる帽子を書庫からだそうとするし、玄関の鍵をかける事をとても気にする。
半年前には、父が車椅子に乗る姿など想像もしなかった。プライドが高いだけに、どんな事があっても、嫌だと言うに決まっていると思っていたが、素直に言う事を聞くとは。出来るだけ毎日、散歩に連れ出したいと思うが、週に3回ほどしか出来ないでいる。
先日は、私が住んでいるマンションと孫の中で一番可愛がっていた長女のマンションまで案内したが、思うほどの反応をしない。自分の散歩コースであった公園の敷地内に足をいれると、「気持がいい」という言葉を今日は吐いた。感情表現が欠けている人生は寂しすぎ。車椅子を通して、父の脳が刺激されればいいのだが。
父宅の用事をすませて、すぐに家にもどり、7ヶ月のつきちゃんと4歳のうみちゃんの保育園の迎え。週2回つきちゃんのお迎えをするようになって1ヶ月。いつもは、1歳7ヶ月のかほちゃんも一緒だけにつきちゃんはオンブだったが、かほちゃんは次女が迎えることになって、始めて乳母車でつきちゃんを迎える。
硬かった顔つきが最近、にこにことして迎えてくれる。ウンチを終えたばかりで気持も良いせいかバタバタと足を動かして喜んでくれる。丸々太っているつきちゃんだが、さっきまで父の車椅子を押していただけに、軽々とこげる。そしてとっても気持良さそうは顔つき。にこにこしている。
時々声もでるだけに、こちら側も何度となく声をかける。父の車椅子を押した時は、ほとんど会話をしなかった。なんという違いか。これから成長するにつれ、いろいろな楽しい反応もしてくれることだろう。
車椅子を押しそして乳母車を押した一日。静かであった父との一時とは違い、5人の孫と長女と次女が一緒になっての夕食はうるさくてにぎやかで、そして笑いこけて、ふりまわされて、大騒ぎ。皆が帰った後は、嫌な仕事は早く終えてしまったほうがいいと一気に片づけを終え、アップダウンの一日を終えたほっとした気分の今。
2012年05月13日
10年後の自分は果たして?
久しぶりに会った仲間達の誰もが、上手く歳を重ねている事にうれしかった昨日だ。老いるにつれて、若い頃の極端な性格の面が目立つようになる人が多いが、障害者分野に身を置いて、弱い人達の事を考える仕事に従事していた人達ばかりだけに、自分が、自分がにならないで他の仲間の事を意識しながらおしゃべりしていた。とても素晴らしい事だとおもう。
今日の卓球仲間との一時。参加者が多く、にぎやかだった。午前中は高年齢層中心で身体を動かす事を目標の参加者が多い。そんな参加者にいつもながら、コーチ役を担ってくれる私と同年齢の仲間。10分間ずつ、15人程度を相手に、上手とはいえないピンポンの相手をしてくれる。ここ最近、随分意識して卓球を行うようになったのもそのお方のお陰と感謝だ。
仕事でなく、よくもまあ、なかなか上手くならない高年齢の人達の相手をしてくれるものだ。忍耐強く、対応をしてくれる姿勢に、凄いなと見惚れてしまう。相手をしながらも、各々の生徒ひとりひとりの人間観察をされていることだろう。コーチを受ける姿にひとりひとりの個性も見える。下手でも上達しようとする姿勢で踏ん張っている仲間は、素敵だ。何気ない日々の積み重ねだが、その姿勢で人間形成が随分、違ってくる事だろう。
一方、今まで責任ある立場だった先輩の老いる姿には、目を覆いたくなった。長年、各方面に顔が利き一目置かれていた存在で、卓球も、手首を利かせて相手の弱点をすぐ見抜き、翻弄させる卓球。負けることが大嫌いだった。商売人の職業のせいもあり、損得には敏感だったが、その方のお陰で大きく発展した会でもある。
その方につかまり、おしゃべりをしたが、他人の悪口が飛び出し、話が止まらない。聞く側から見れば、どうということもない事柄の細かい面にこだわり、私を味方にさせようとする。貴重な時間をつぶされるこちらの気持をまったく、配慮しようとしない。卓球の相手をお願いしたら、思うとおりにいかないですぐやめてしまった。根気がなくなって、活躍していたかつての姿が頭から離れないようだ。
顔色もよくない。聞けば、他人の面倒を見ていて寝ていないという。一目おかれていたかつてだけに、寂しいのだろうが、その弱さをみない強がりに、聞いている方も気分が悪く、面倒になる。そんなこちら側の態度には敏感で、いらいらがつのるのだろう。身体が衰えるにつれて、思うようにならない心とのアンバランスさに苛立ちが深まるのだろう。
かつての姿とだぶって、老いることの辛い現実をみせつけられた。いろいろお世話になった方だというのに、その方との接触を避けたくなってしまう。認知症のひとつの形だろうが、問題を指摘すれば怒られてしまうだろう。皆からは、煙たがられるこれからだろう。
家族と親しければ、心配を共有する事も出来るが、まったく付き合いのない存在だけにさわらないでいくしかない。老いることでの身体の心配も大だが、性格傾向の変化も怖い。医学が発展すればするほど、心身の状態がアンバランスになる人が増えるだろう。
誰も確実に歳をとる。周囲の人の姿を見ながら、果たして10年後の自分はどうなっている?と心配になってしまった。
今日の卓球仲間との一時。参加者が多く、にぎやかだった。午前中は高年齢層中心で身体を動かす事を目標の参加者が多い。そんな参加者にいつもながら、コーチ役を担ってくれる私と同年齢の仲間。10分間ずつ、15人程度を相手に、上手とはいえないピンポンの相手をしてくれる。ここ最近、随分意識して卓球を行うようになったのもそのお方のお陰と感謝だ。
仕事でなく、よくもまあ、なかなか上手くならない高年齢の人達の相手をしてくれるものだ。忍耐強く、対応をしてくれる姿勢に、凄いなと見惚れてしまう。相手をしながらも、各々の生徒ひとりひとりの人間観察をされていることだろう。コーチを受ける姿にひとりひとりの個性も見える。下手でも上達しようとする姿勢で踏ん張っている仲間は、素敵だ。何気ない日々の積み重ねだが、その姿勢で人間形成が随分、違ってくる事だろう。
一方、今まで責任ある立場だった先輩の老いる姿には、目を覆いたくなった。長年、各方面に顔が利き一目置かれていた存在で、卓球も、手首を利かせて相手の弱点をすぐ見抜き、翻弄させる卓球。負けることが大嫌いだった。商売人の職業のせいもあり、損得には敏感だったが、その方のお陰で大きく発展した会でもある。
その方につかまり、おしゃべりをしたが、他人の悪口が飛び出し、話が止まらない。聞く側から見れば、どうということもない事柄の細かい面にこだわり、私を味方にさせようとする。貴重な時間をつぶされるこちらの気持をまったく、配慮しようとしない。卓球の相手をお願いしたら、思うとおりにいかないですぐやめてしまった。根気がなくなって、活躍していたかつての姿が頭から離れないようだ。
顔色もよくない。聞けば、他人の面倒を見ていて寝ていないという。一目おかれていたかつてだけに、寂しいのだろうが、その弱さをみない強がりに、聞いている方も気分が悪く、面倒になる。そんなこちら側の態度には敏感で、いらいらがつのるのだろう。身体が衰えるにつれて、思うようにならない心とのアンバランスさに苛立ちが深まるのだろう。
かつての姿とだぶって、老いることの辛い現実をみせつけられた。いろいろお世話になった方だというのに、その方との接触を避けたくなってしまう。認知症のひとつの形だろうが、問題を指摘すれば怒られてしまうだろう。皆からは、煙たがられるこれからだろう。
家族と親しければ、心配を共有する事も出来るが、まったく付き合いのない存在だけにさわらないでいくしかない。老いることでの身体の心配も大だが、性格傾向の変化も怖い。医学が発展すればするほど、心身の状態がアンバランスになる人が増えるだろう。
誰も確実に歳をとる。周囲の人の姿を見ながら、果たして10年後の自分はどうなっている?と心配になってしまった。
2012年05月12日
又、会えるかな!
20年ぶりに会う友、障害者福祉問題研究会の仲間。53歳から80歳。女性は私ひとりだけに、両手に花以上だ。2歳の孫の支援に苦労をしている仲間と昨年、久しぶりに再会したことを機に思いついた計画。便りを出す中で、若いつもりでも、高齢者そのものの年齢になった私達だけに、こういう機会も最後になるのではと考えると寂しくなりますと書き添えた。
14人の仲間に連絡を取って参加者が8人。会を開催しようと思いついたきっかけは、長年、福祉司として活躍された方からの年賀状の一筆に会いたいと書かれており、同窓会でもしてみようかと、御宅にお電話をしてみたら、相当、しんどそうな様子に断念をした所、その後、妹さんから喪中の葉書をいただき、「歳月人を待たず」を実感した後、孫のことで苦労している仲間と再会する機会を得たことから計画したのだ。
障害者問題の解決に現場で踏ん張っている仲間同士のつながりをつくろうと、仲間とつくりだした研究会。毎月1回、テーマを決めて開催し10年ぐらい続け、その後は、メンバーが退職する時に「送る会」で、つながり、事務局の役割を果たしていた私だ。
障害者福祉において、地域ケアが叫ばれだした時代の当時、各現場での試みを参考に各々の場で踏ん張っている仲間同士の繋がりを大事にしようと考え出した試みだった。後輩達の中には、管理職になったり大学に転出し、今でも福祉分野で活躍している人も多い。
やむを得ず欠席するという仲間からの動静を伝える内容に、各々、目の前の課題に真剣に取り組んでいる人達のコメント内容に、元気をもらった。この間、年賀状ぐらいだけのやり取りだった仲間だが、お互いに元気であった事を喜びながらのおしゃべり。近況をやり取りするには程よい人数だった。
仲間の孫が入院している病院近くにある公園内のレストランでの開催。それも土曜日のランチタイム。いつも会を終えると一杯飲み屋で夜遅くまでだべっていた仲間が、居酒屋とは全く違うフランス料理を前におしゃべりする事でよいのかどうか迷いながら選択した場所設定。
不便な場所でもあるだけに、いざ開催日になると心配が先にたってしまった。孫の介護に奮闘している友にエールを送りたい気持から考え出した事だけに、不本意な場所かもしれないが許してくださいと心でつぶやきながら開催場所に急いだ。
お天気に恵まれたことはラッキー。レストランから前の広場で結婚式を挙げている様子をみながら、和やかなムードで、制限時間を過ぎても、席に座ったままの仲間。励ましたい仲間から飛び出した言葉は、奥様が先日、自殺未遂をしたこと。息子もやけっぱちになっており、家族が相当に、追いやられている。友人とのつながりもなくなり孤独に追いやられがちな日常を聞き、これからこの友をどう支援したらいいか。
障害者問題研究会の仲間でも自分の身にふりかかると、想定外の苦労に四苦八苦する現実。男性は愚痴を言う事が不得意のようだ。仲間の中には、奥様の闘病生活を7年支え、最後の2年間は全面介助の支援であったが、娘一家と同居して乗り切った話も飛び出した。全身全霊をかけて介護にあたってきたことで、やり終えたという気持を語っていた。
孤独死が、都心の生活でも日常的になっている現実。80歳近い人にとっては、自分の事で精一杯になりながらも、仲間との繋がりを楽しみ、自転車でのお遍路旅行を5年間で終えた話。新しい土地で、後見人制度の役割を果たしている人など。人間的に魅力的な人達ばかり。いい仲間と知り合えて仕事に励めた現役時代。
現役の人からは、書類作りに追われて肝心の大事な仕事がおろそかになってしまう姿を知らされる。日本の福祉は、弱い人の立場に視点がおかれていないだけに、抜け穴が多い。かつて、障害者福祉をよりよいものにしようと願っていたが、課題ばかりのようだ。
素晴らしい仲間ばかりだが、果たして今後会う機会があるかどうか。改めて自分達の年齢を再確認。こんな仲間と出会った過去があったことは、幸せなことだ。また、会いたいですね。
14人の仲間に連絡を取って参加者が8人。会を開催しようと思いついたきっかけは、長年、福祉司として活躍された方からの年賀状の一筆に会いたいと書かれており、同窓会でもしてみようかと、御宅にお電話をしてみたら、相当、しんどそうな様子に断念をした所、その後、妹さんから喪中の葉書をいただき、「歳月人を待たず」を実感した後、孫のことで苦労している仲間と再会する機会を得たことから計画したのだ。
障害者問題の解決に現場で踏ん張っている仲間同士のつながりをつくろうと、仲間とつくりだした研究会。毎月1回、テーマを決めて開催し10年ぐらい続け、その後は、メンバーが退職する時に「送る会」で、つながり、事務局の役割を果たしていた私だ。
障害者福祉において、地域ケアが叫ばれだした時代の当時、各現場での試みを参考に各々の場で踏ん張っている仲間同士の繋がりを大事にしようと考え出した試みだった。後輩達の中には、管理職になったり大学に転出し、今でも福祉分野で活躍している人も多い。
やむを得ず欠席するという仲間からの動静を伝える内容に、各々、目の前の課題に真剣に取り組んでいる人達のコメント内容に、元気をもらった。この間、年賀状ぐらいだけのやり取りだった仲間だが、お互いに元気であった事を喜びながらのおしゃべり。近況をやり取りするには程よい人数だった。
仲間の孫が入院している病院近くにある公園内のレストランでの開催。それも土曜日のランチタイム。いつも会を終えると一杯飲み屋で夜遅くまでだべっていた仲間が、居酒屋とは全く違うフランス料理を前におしゃべりする事でよいのかどうか迷いながら選択した場所設定。
不便な場所でもあるだけに、いざ開催日になると心配が先にたってしまった。孫の介護に奮闘している友にエールを送りたい気持から考え出した事だけに、不本意な場所かもしれないが許してくださいと心でつぶやきながら開催場所に急いだ。
お天気に恵まれたことはラッキー。レストランから前の広場で結婚式を挙げている様子をみながら、和やかなムードで、制限時間を過ぎても、席に座ったままの仲間。励ましたい仲間から飛び出した言葉は、奥様が先日、自殺未遂をしたこと。息子もやけっぱちになっており、家族が相当に、追いやられている。友人とのつながりもなくなり孤独に追いやられがちな日常を聞き、これからこの友をどう支援したらいいか。
障害者問題研究会の仲間でも自分の身にふりかかると、想定外の苦労に四苦八苦する現実。男性は愚痴を言う事が不得意のようだ。仲間の中には、奥様の闘病生活を7年支え、最後の2年間は全面介助の支援であったが、娘一家と同居して乗り切った話も飛び出した。全身全霊をかけて介護にあたってきたことで、やり終えたという気持を語っていた。
孤独死が、都心の生活でも日常的になっている現実。80歳近い人にとっては、自分の事で精一杯になりながらも、仲間との繋がりを楽しみ、自転車でのお遍路旅行を5年間で終えた話。新しい土地で、後見人制度の役割を果たしている人など。人間的に魅力的な人達ばかり。いい仲間と知り合えて仕事に励めた現役時代。
現役の人からは、書類作りに追われて肝心の大事な仕事がおろそかになってしまう姿を知らされる。日本の福祉は、弱い人の立場に視点がおかれていないだけに、抜け穴が多い。かつて、障害者福祉をよりよいものにしようと願っていたが、課題ばかりのようだ。
素晴らしい仲間ばかりだが、果たして今後会う機会があるかどうか。改めて自分達の年齢を再確認。こんな仲間と出会った過去があったことは、幸せなことだ。また、会いたいですね。
2012年05月11日
集中力の訓練!
1歳7ヶ月のかほちゃんの調子が悪く、昨日の午後から保育園はお休み。仕事を休めないママにかわって、面倒をみるが、今は昼寝中。昨日の昼寝は、ちょっとした事で目を覚ましていたが、平熱にかわった今日は、よく寝てくれる。金曜日は、長女宅の孫の面倒や父のこと、そして、明日、かつての仲間の集いを計画しているだけに、忙しくなる夕方だが、昼間はかほちゃんに集中。
昼寝を長くさせるためにと、早めに散歩。新緑や色とりどりの花が咲いており、気持のいい緑道を乳母車で歩く。出勤者のせわしげな様子を横目でみながら、のんびりと。現役の人達は、大変な時代だけに「ご苦労様」の一言。今の一番良い季節をゆっくり味わえる特権を活かさなくては。
かほちゃんは、会話が可能となり、物分りもよくなってきただけに、扱いがぐっと楽になってきた。聞き分けもいいので助かる。上の子たちに訓練されて見守る側の私の方も、技術が上達してきているのかな。
この道を歩いていると、3人の孫達との関わりが思いだされてくる。乳母車を押して何度、往復したことか。皆、あっという間に大きくなった。愛嬌をふりまいて、周囲の人達に挨拶をして笑いを呼んでいる年齢はあっという間に過ぎてしまう。今の可愛さを楽しんでおこう。
椅子に座ったり降りたり、じいっと見守っているとだんだんと工夫して上手に登りおりができるようになってくる。「上手、上手」とほめると更に頑張ろうとする。1時間ゆっくりと楽しんでおやつにする。
そして、疲れたのか早めに寝てくれた。「しめた。作戦成功だ。夕飯の用意をすべてしてしまおう」1時間、結構、手をかけて用意。「ばあちゃんおいしいね」と言わせたい気持で段取りに神経を払う。時々、目を覚ますかほちゃんの側にいって頭をなでるとまた寝る。
昼食を食べる余裕もなく、夜の準備。そして明日の参加者の確認。孫の病気の看病で、息子夫婦にかわって自分達の住んでいる土地を離れて病院近くに居を構えた仲間にエールを送る事を口実に、かつての仲間との集いを計画。明日は天気がよさそうだ。
絶対に参加すると返事をくれていた名古屋在の仲間から、一昨日、電話。新潟の実家が昨年の震災の影響の上に、今回の大雨で90歳代の両親の家の修理が必要で連休に新潟にでかけたが、当日、雨で仕事が出来ずに今週、家の修理をしなくてはならない。新潟が雨ならでかけるけれど「御免なさい」との電話。
14人の仲間と連絡をとることで、皆の動静がわかる。かつて、研究会を開催していた仲間だけに、各々分野がちがっても踏ん張っている様子に元気をもらう。自分の置かれている状況を肯定的にとらえて、各々が生き生きと生活している様子。
孫と父の支援を抱えるだけに、結構、忙しい日々の私だが、時間を大切にすることを訓練させられている。少しでも、時間が空くと先の予定をこなそうとするようになっている。長年の仕事と育児との両立で訓練されてもいたが、年を重ねたことで更に、時間を大事にしようとする集中力になっている。
いろいろと忙しくても、なんとかやりくりが出来ているのは、家族みんなが健康で踏ん張っていてくれるからこそ。家族の誰かが、倒れる事態にならないようにと祈りながらも、与えられた時間は、大事にしたい。
まだ、かほちゃんは寝てくれている。ばあちゃん孝行してくれますね。もうすぐ、お兄ちゃんが学校から帰ってくる時間だ。
昼寝を長くさせるためにと、早めに散歩。新緑や色とりどりの花が咲いており、気持のいい緑道を乳母車で歩く。出勤者のせわしげな様子を横目でみながら、のんびりと。現役の人達は、大変な時代だけに「ご苦労様」の一言。今の一番良い季節をゆっくり味わえる特権を活かさなくては。
かほちゃんは、会話が可能となり、物分りもよくなってきただけに、扱いがぐっと楽になってきた。聞き分けもいいので助かる。上の子たちに訓練されて見守る側の私の方も、技術が上達してきているのかな。
この道を歩いていると、3人の孫達との関わりが思いだされてくる。乳母車を押して何度、往復したことか。皆、あっという間に大きくなった。愛嬌をふりまいて、周囲の人達に挨拶をして笑いを呼んでいる年齢はあっという間に過ぎてしまう。今の可愛さを楽しんでおこう。
椅子に座ったり降りたり、じいっと見守っているとだんだんと工夫して上手に登りおりができるようになってくる。「上手、上手」とほめると更に頑張ろうとする。1時間ゆっくりと楽しんでおやつにする。
そして、疲れたのか早めに寝てくれた。「しめた。作戦成功だ。夕飯の用意をすべてしてしまおう」1時間、結構、手をかけて用意。「ばあちゃんおいしいね」と言わせたい気持で段取りに神経を払う。時々、目を覚ますかほちゃんの側にいって頭をなでるとまた寝る。
昼食を食べる余裕もなく、夜の準備。そして明日の参加者の確認。孫の病気の看病で、息子夫婦にかわって自分達の住んでいる土地を離れて病院近くに居を構えた仲間にエールを送る事を口実に、かつての仲間との集いを計画。明日は天気がよさそうだ。
絶対に参加すると返事をくれていた名古屋在の仲間から、一昨日、電話。新潟の実家が昨年の震災の影響の上に、今回の大雨で90歳代の両親の家の修理が必要で連休に新潟にでかけたが、当日、雨で仕事が出来ずに今週、家の修理をしなくてはならない。新潟が雨ならでかけるけれど「御免なさい」との電話。
14人の仲間と連絡をとることで、皆の動静がわかる。かつて、研究会を開催していた仲間だけに、各々分野がちがっても踏ん張っている様子に元気をもらう。自分の置かれている状況を肯定的にとらえて、各々が生き生きと生活している様子。
孫と父の支援を抱えるだけに、結構、忙しい日々の私だが、時間を大切にすることを訓練させられている。少しでも、時間が空くと先の予定をこなそうとするようになっている。長年の仕事と育児との両立で訓練されてもいたが、年を重ねたことで更に、時間を大事にしようとする集中力になっている。
いろいろと忙しくても、なんとかやりくりが出来ているのは、家族みんなが健康で踏ん張っていてくれるからこそ。家族の誰かが、倒れる事態にならないようにと祈りながらも、与えられた時間は、大事にしたい。
まだ、かほちゃんは寝てくれている。ばあちゃん孝行してくれますね。もうすぐ、お兄ちゃんが学校から帰ってくる時間だ。
2012年05月08日
歩けるのは素晴らしい!
1歳7ヶ月のかほちゃん。保育園にお迎えに行くと、身体を大きくふるわせて大歓迎をしてくれる。その顔をみたら、忙しく身体を動かしていた先ほどまでの疲れがふっとんでしまった。外にでるとゴムマリのようにはずんでかけだす。帰宅の道は、坂道の下り坂で、自動車の往来も結構あるだけに、見守る側は気を使うがそんな事お構いなし。お兄ちゃん達に鍛えられている事もあって、達者だ。
午後5時だが、日が随分長くなった。そして、待望の春がようやくやってきた気分だ。3日の茨城県の竜巻の様子のテレビ画面にはびっくりだ。自然災害の残酷さ。福島から避難生活をされていた方達の何人かも住んでいた団地の凄まじく荒れた様子。ようやく落ち着いた生活を取り戻したとほっとした時期での被害。そんな方達の大変さとは大違いの穏やかな日和のなかで、踏ん張った昨日だった。
ようやく衣替えをする気分になって、じーちゃんの分からとりかかる。あまり考えないようにして、夏物にアイロンをかけることから始めた。Tシャツを中心に結構な数だ。動物好きのじーちゃんに、娘達や友人からいただいたもの。袖を通してないものもあるだけに、今シーズンは片寄らないで着て欲しい。上着に比べて、下はウェストが急に太くなったことで、品数が少ない。自分で買いにいってくれればいいのに。
スポーツセンターにも飛んで、ボディフィーリングのメニュ。2時間あまりの気分転換で気持をアップさせながら、自分だけ楽しんでいるのは、申し訳ないので、星の家から次女が運んでくれた竹の子を妹宅に届けた。妹は仕事で留守だ。父は、朝食の食べ終わったお盆を前にしながら、暖かい日だというのにコタツを入れて新聞を広げている。
「散歩しよう」とさそったら「いい、自分でいくから」と首をふる。自分で歩いていける気分のようだ。ノートに「自分で行くのはきついから、一緒に車椅子で散歩しよう」と促すとその気になってくれた。しかし、車椅子に座り込むまで時間がかかること。玄関の鍵は自分で閉めなくてはと考え、引き出しを開け「ない」そして、帽子をおいてある書庫をあけてみつからない。私が先に父に「ここだよ」と見せていたのに、自分のパターンでないと駄目なのだ。電気のスイッチも確認。まだ、いろいろと用がある私の心はいらいら。一言言いたい気持を抑えながら、父と対応。
車椅子での散歩も大分、父との息があうようになった。ゆっくりゆっくりと歩く事に努める。父がいつも散歩していた公園内の敷地内に足を入れると気持がよさそうにたため息をついていた。肩をしきりになでている。ついこの間までは、散歩が命で、毎日欠かさなかった父。道中で倒れたりして心配させられたこともあった。しかし、あんなに足を衰えさせないようにと気をつかっていた筈が、足の筋肉が衰えて摑まり立ち状態だけに、ひとりでの散歩は無理。自動車が目の前に見えると怖いのか手をだして、横にと指示する。これからの父には、散歩が唯一の楽しみとなるだろうから、もう少し父と付き合ってあげればいいのだが。
父と散歩しながらも私の頭は、犬のヒジキも散歩させ、かほちゃんの保育園の迎えもあると絶えず時間配分を考えている。
実家から自転車を飛ばして、今度はヒジキのお相手。オシッコを我慢しているだけに、早くだしてあげなくては。いつものところでオシッコをさせることが出来てよかった。ヒジキとも、もっとゆっくりつきあってあげなくてはね。
保育園にお迎えに行った時は、疲れ気味だった。しかし、笑顔の可愛いかほちゃんを見たら、元気をもらった。子どもはいいの一言。そして、自分で歩けるということはなんと貴重なことか。自分の足腰を鍛える事がこれからの生活では、とっても大切だ。
星の家のじーちゃんから電話。今日帰るが腰が痛くて、午前中でる予定だったがゆっくりと帰るとの連絡。孫相手に無理をしたのだろう。孫に元気をもらいながら、相手をすることで、限度を超えがちな日々。歩けることは素晴らしいを頭に入れながら自分の身体も労わらないとね。
午後5時だが、日が随分長くなった。そして、待望の春がようやくやってきた気分だ。3日の茨城県の竜巻の様子のテレビ画面にはびっくりだ。自然災害の残酷さ。福島から避難生活をされていた方達の何人かも住んでいた団地の凄まじく荒れた様子。ようやく落ち着いた生活を取り戻したとほっとした時期での被害。そんな方達の大変さとは大違いの穏やかな日和のなかで、踏ん張った昨日だった。
ようやく衣替えをする気分になって、じーちゃんの分からとりかかる。あまり考えないようにして、夏物にアイロンをかけることから始めた。Tシャツを中心に結構な数だ。動物好きのじーちゃんに、娘達や友人からいただいたもの。袖を通してないものもあるだけに、今シーズンは片寄らないで着て欲しい。上着に比べて、下はウェストが急に太くなったことで、品数が少ない。自分で買いにいってくれればいいのに。
スポーツセンターにも飛んで、ボディフィーリングのメニュ。2時間あまりの気分転換で気持をアップさせながら、自分だけ楽しんでいるのは、申し訳ないので、星の家から次女が運んでくれた竹の子を妹宅に届けた。妹は仕事で留守だ。父は、朝食の食べ終わったお盆を前にしながら、暖かい日だというのにコタツを入れて新聞を広げている。
「散歩しよう」とさそったら「いい、自分でいくから」と首をふる。自分で歩いていける気分のようだ。ノートに「自分で行くのはきついから、一緒に車椅子で散歩しよう」と促すとその気になってくれた。しかし、車椅子に座り込むまで時間がかかること。玄関の鍵は自分で閉めなくてはと考え、引き出しを開け「ない」そして、帽子をおいてある書庫をあけてみつからない。私が先に父に「ここだよ」と見せていたのに、自分のパターンでないと駄目なのだ。電気のスイッチも確認。まだ、いろいろと用がある私の心はいらいら。一言言いたい気持を抑えながら、父と対応。
車椅子での散歩も大分、父との息があうようになった。ゆっくりゆっくりと歩く事に努める。父がいつも散歩していた公園内の敷地内に足を入れると気持がよさそうにたため息をついていた。肩をしきりになでている。ついこの間までは、散歩が命で、毎日欠かさなかった父。道中で倒れたりして心配させられたこともあった。しかし、あんなに足を衰えさせないようにと気をつかっていた筈が、足の筋肉が衰えて摑まり立ち状態だけに、ひとりでの散歩は無理。自動車が目の前に見えると怖いのか手をだして、横にと指示する。これからの父には、散歩が唯一の楽しみとなるだろうから、もう少し父と付き合ってあげればいいのだが。
父と散歩しながらも私の頭は、犬のヒジキも散歩させ、かほちゃんの保育園の迎えもあると絶えず時間配分を考えている。
実家から自転車を飛ばして、今度はヒジキのお相手。オシッコを我慢しているだけに、早くだしてあげなくては。いつものところでオシッコをさせることが出来てよかった。ヒジキとも、もっとゆっくりつきあってあげなくてはね。
保育園にお迎えに行った時は、疲れ気味だった。しかし、笑顔の可愛いかほちゃんを見たら、元気をもらった。子どもはいいの一言。そして、自分で歩けるということはなんと貴重なことか。自分の足腰を鍛える事がこれからの生活では、とっても大切だ。
星の家のじーちゃんから電話。今日帰るが腰が痛くて、午前中でる予定だったがゆっくりと帰るとの連絡。孫相手に無理をしたのだろう。孫に元気をもらいながら、相手をすることで、限度を超えがちな日々。歩けることは素晴らしいを頭に入れながら自分の身体も労わらないとね。
2012年05月06日
留守番部隊!
さっきまで晴れていたのに、突然に雲に覆われそして大きな雷の音。雨もふっていないのに、直撃する雷の音は恐ろしい。ゴールデンウィークの最終日。昨日の子どもの日は暑い日ざしだった。今日も、天気に恵まれ、久しぶりに卓球を楽しんで帰宅し、ひと息つき、図書館に借りている本を返しにいこうと思っていたが、出かけないでよかった。天気の変わりようにびっくりさせられる。
今、雨が急に降り出して視界がみえなくなってきている。家にいてよかった。先ほど、次女一家の車があるかどうか、見に行ったら車がおかれていた。私を除いた家族一同が昨日から星の家に1泊している。次女一家は2泊して、車での往復だけに、今日の予想される混雑に早めに星の家を出発したと思われるが、どうしているかと思って卓球からの帰宅の際に、駐車場をのぞいたのだ。
長女はロマンスカーで帰宅予定である。2人の孫を抱えているだけに、この突然の雨に出会ったら大変だ。天気の急変にびっくりしていたら、なんということかもう晴れ間だ。4日から5日にかけて岐阜県の北アルプスで天気急変で牙向く春に中高年の遭難が相次いでいると朝刊で報じている。我が家で、この天気の急変にびっくりしているぐらいである。これが、山であったら恐ろしいこと。ここ最近、自然界に何か変化が生れている気がする。人間よなめるなと警告しているようだ。
ゴールデンウィークの後半、じーちゃんや娘3人に孫5人が星の家にでかけた。妹夫婦もでかけたので、私は父支援ということで留守番。この3日間、父に付き合うことで、父の衰えをみせつけられた。出される食事は完食するだけに顔色はとてもいいのだが、認知症が確実にすすんでいる。おとなしく座っている生活が主体だけに、96歳の年齢にしては手がかからないが、起床や就寝を指示しなければ、昼夜逆転だろう。
19歳父と年齢が離れている叔父が昨日、父宅を訪問をしてくれた。帰宅した妹が叔父の訪問のことを聞いても2時間あまり一緒に過ごしたのに記憶なし。父の妹が亡くなり、静岡で葬儀があった報告だが、自分が6人兄弟で現在元気なのは、父と弟2人の3人になったことを伝えられてもぽかんとしている。
一生懸命、ノートに字を書いて、妹の事を伝えようと叔父が何度も同じ事を繰り返し伝えるのだが、わかっていない。元気でいる弟達一家も夫婦2人だけの生活で誰かが病をかかえている。亡くなった妹は82歳だが、2人の子ども達は、遠方に住んでおり、母との対面が死後になってしまったとか。
妹と同居し、私がすぐ近くに住んでいることで、父の支援が成り立っている。核家族化が進むなかで高齢者の見守り体制が大変な時代に突入した。妹夫婦が帰宅したことで、留守番部隊であった私は父の支援から解放され、朝から卓球に熱中。4時間あまり汗を流し、仲間と大声を張りあげて元気になった。
雷も収まって、天気が回復してきた。閉館時間が間近であるがこれから図書館へ行って、孫達の本を借りてこようか。連休の最終日は、自分ひとりで優雅に過ごせる時間をもらい、ご機嫌である。
今、雨が急に降り出して視界がみえなくなってきている。家にいてよかった。先ほど、次女一家の車があるかどうか、見に行ったら車がおかれていた。私を除いた家族一同が昨日から星の家に1泊している。次女一家は2泊して、車での往復だけに、今日の予想される混雑に早めに星の家を出発したと思われるが、どうしているかと思って卓球からの帰宅の際に、駐車場をのぞいたのだ。
長女はロマンスカーで帰宅予定である。2人の孫を抱えているだけに、この突然の雨に出会ったら大変だ。天気の急変にびっくりしていたら、なんということかもう晴れ間だ。4日から5日にかけて岐阜県の北アルプスで天気急変で牙向く春に中高年の遭難が相次いでいると朝刊で報じている。我が家で、この天気の急変にびっくりしているぐらいである。これが、山であったら恐ろしいこと。ここ最近、自然界に何か変化が生れている気がする。人間よなめるなと警告しているようだ。
ゴールデンウィークの後半、じーちゃんや娘3人に孫5人が星の家にでかけた。妹夫婦もでかけたので、私は父支援ということで留守番。この3日間、父に付き合うことで、父の衰えをみせつけられた。出される食事は完食するだけに顔色はとてもいいのだが、認知症が確実にすすんでいる。おとなしく座っている生活が主体だけに、96歳の年齢にしては手がかからないが、起床や就寝を指示しなければ、昼夜逆転だろう。
19歳父と年齢が離れている叔父が昨日、父宅を訪問をしてくれた。帰宅した妹が叔父の訪問のことを聞いても2時間あまり一緒に過ごしたのに記憶なし。父の妹が亡くなり、静岡で葬儀があった報告だが、自分が6人兄弟で現在元気なのは、父と弟2人の3人になったことを伝えられてもぽかんとしている。
一生懸命、ノートに字を書いて、妹の事を伝えようと叔父が何度も同じ事を繰り返し伝えるのだが、わかっていない。元気でいる弟達一家も夫婦2人だけの生活で誰かが病をかかえている。亡くなった妹は82歳だが、2人の子ども達は、遠方に住んでおり、母との対面が死後になってしまったとか。
妹と同居し、私がすぐ近くに住んでいることで、父の支援が成り立っている。核家族化が進むなかで高齢者の見守り体制が大変な時代に突入した。妹夫婦が帰宅したことで、留守番部隊であった私は父の支援から解放され、朝から卓球に熱中。4時間あまり汗を流し、仲間と大声を張りあげて元気になった。
雷も収まって、天気が回復してきた。閉館時間が間近であるがこれから図書館へ行って、孫達の本を借りてこようか。連休の最終日は、自分ひとりで優雅に過ごせる時間をもらい、ご機嫌である。
2012年05月04日
若いエネルギーを大切に!
今日も祝日出勤のため、7ヶ月のつきちゃんが我が家にやってきた。少しずつ、我が家の雰囲気に慣れてきて、顔をみるとにっこり。昨日は、じーちゃんに抱かれると固まっていたが今日は、大丈夫。丸々太って名前のとおりのお月様。座って目の前においたおもちゃの感触を楽しんでいる。ハイハイというよりも、いざりでの移動。不思議なものだ。ママの長女とそっくり。
お姉ちゃんのうみちゃんも同じく、歩くのが1歳6ヶ月と遅く、周囲をみまわしながらマイペース。つきちゃんも、穏やかに遊んで、余程のことがないと泣かない。癇の強い次女宅の孫達とは大違いだ。1年前の次女宅のかほちゃんは、今頃は達者にハイハイであった。それだけに、つきちゃんの面倒をみていても疲れを感じない。
午後から星の家に行く予定のじーちゃんに乳母車で散歩してもらっている間、私は父宅に。妹が不在だけにこの3日間は父の様子にたえず気をつかう。昨日の夕方6時に夕食を運び、夜10時にでかけ、パジャマをみせて「寝て」と伝える。素直にベットに入ってくれほっとする。今朝の8時にまず第一弾。朝食兼昼食の用意をして、父が寝ている寝室以外の雨戸を開ける。そして、食卓に食事と朝刊をセットして家にもどり、つきちゃんが散歩している10時半にまた、父宅に。
起きているかなと寝室をのぞいたが、ぐっすりとお眠り。雨戸を開けた音で目をあけてもらい、そして、洋服を着るようにと伝える。父に対する愛情というよりも、マネージメントに徹している。起きた父は足が硬くて痛いらしい。洋服を着るのが大変の様子。目の前のことにしか、神経がいかない。ある面、命令をする形で父に話をしていく方がいいようだ。ついつい、若き時代の事を思い出して感傷的になりがちで、忙しい時間の調整をしながら飛んできたのにという気持もわくがそんな気持はシャットアウトして父につきあう。
つきちゃんに昼食もあげなくてはならないだけに、父宅にいたのは30分程度。すぐに自転車で自宅に。自転車をこぎながら、年をとることは大変だなとつぶやいてしまった。先の事を考えても仕方がない。今、私に求められることをこなしていくしかないか。同居している妹夫婦の大変さが心配になる。
家にもどると、散歩から帰ったつきちゃんは寝てしまったという。食事もしないで寝ただけにすぐ起きると覚悟したが、寝ている。その間、昼食の用意をして、星の家に出発のじーちゃんを送り出す。今晩、次女一家に三女も星の家に行き、長女たちは明日のロマンスカーで出発予定。私以外の家族一同が星の家の生活を楽しむ予定。
私は、この間、父に少し優しくして、妹が帰宅する日曜日は卓球の日。父の姿をみながら、今、身体が動くうちにいろいろとやっておこうという気持が強くなる。そして、これから未来いっぱいの孫達には、人生、過ぎてしまえばあっという間。それだからこそ、自分を大事にする一生を送ってほしい。
ちょうど、つきちゃんが起きました。
お姉ちゃんのうみちゃんも同じく、歩くのが1歳6ヶ月と遅く、周囲をみまわしながらマイペース。つきちゃんも、穏やかに遊んで、余程のことがないと泣かない。癇の強い次女宅の孫達とは大違いだ。1年前の次女宅のかほちゃんは、今頃は達者にハイハイであった。それだけに、つきちゃんの面倒をみていても疲れを感じない。
午後から星の家に行く予定のじーちゃんに乳母車で散歩してもらっている間、私は父宅に。妹が不在だけにこの3日間は父の様子にたえず気をつかう。昨日の夕方6時に夕食を運び、夜10時にでかけ、パジャマをみせて「寝て」と伝える。素直にベットに入ってくれほっとする。今朝の8時にまず第一弾。朝食兼昼食の用意をして、父が寝ている寝室以外の雨戸を開ける。そして、食卓に食事と朝刊をセットして家にもどり、つきちゃんが散歩している10時半にまた、父宅に。
起きているかなと寝室をのぞいたが、ぐっすりとお眠り。雨戸を開けた音で目をあけてもらい、そして、洋服を着るようにと伝える。父に対する愛情というよりも、マネージメントに徹している。起きた父は足が硬くて痛いらしい。洋服を着るのが大変の様子。目の前のことにしか、神経がいかない。ある面、命令をする形で父に話をしていく方がいいようだ。ついつい、若き時代の事を思い出して感傷的になりがちで、忙しい時間の調整をしながら飛んできたのにという気持もわくがそんな気持はシャットアウトして父につきあう。
つきちゃんに昼食もあげなくてはならないだけに、父宅にいたのは30分程度。すぐに自転車で自宅に。自転車をこぎながら、年をとることは大変だなとつぶやいてしまった。先の事を考えても仕方がない。今、私に求められることをこなしていくしかないか。同居している妹夫婦の大変さが心配になる。
家にもどると、散歩から帰ったつきちゃんは寝てしまったという。食事もしないで寝ただけにすぐ起きると覚悟したが、寝ている。その間、昼食の用意をして、星の家に出発のじーちゃんを送り出す。今晩、次女一家に三女も星の家に行き、長女たちは明日のロマンスカーで出発予定。私以外の家族一同が星の家の生活を楽しむ予定。
私は、この間、父に少し優しくして、妹が帰宅する日曜日は卓球の日。父の姿をみながら、今、身体が動くうちにいろいろとやっておこうという気持が強くなる。そして、これから未来いっぱいの孫達には、人生、過ぎてしまえばあっという間。それだからこそ、自分を大事にする一生を送ってほしい。
ちょうど、つきちゃんが起きました。
2012年05月03日
従姉妹同士の関係!
祝日出勤ということから、長女宅の7ヶ月のつきちゃんが我が家へ。姉のうみちゃんは、パパと過ごす。絵を描いたりしながら自分なりに楽しみをみつけられる4歳のうみちゃんは手がかかることがほとんどないだけに、面倒をみるパパは、苦にならないらしい。
つきちゃんがやってきた時、昨夜、我が家に泊まった次女宅の7歳のこうちゃん、4歳のはやちゃんに1歳7ヶ月のかほちゃんに次女もいた。外は雨。雨だとエネルギーの余った男の子達は身体をもてあまし気味で大騒ぎをする。Eテレの子ども番組でお守りをしてもらっていた。
同じ保育園に行っているかほちゃんは、つきちゃんの登場に大喜びをしておもちゃを出して相手をしだす。ここ最近、言葉が達者になって、ぐっとお姉さんになってきたかほちゃん。つきちゃんも、手をバタバタさせてかほちゃんの顔を見て大喜び。絵本を出して相手をしたり、1歳そこそこの年齢ながら、子ども同士で通じ合う世界があるようだ。
従姉妹同士の5人の関係は面白い。お兄ちゃん達同士はよく喧嘩をするが、妹のかほちゃんに対しては2人ともやさしい。2人とも小まめに面倒をみている。乱暴な扱いが多く冷や冷やさせられるが、大人の心配とは裏腹ににかほちゃんも喜んでい「ニーニー」と追いかけている。お兄ちゃんに鍛えれれているかほちゃんは、逞しいの一言。どんな女性になるのやら。
私の子ども時代は、近所の友達同士で遊びまわっていた。小学生から幼児が一緒になって朝から晩まで外遊びだった。大人の干渉はほとんどなし。なしというよりも、大人たちはやることがいっぱいだった。テレビやゲームもない時代だ。
小さい子の面倒を見ることが当たり前だった。上の年齢の子達がとても逞しく見え、見真似をして遊んでいた。かくれんぼや石蹴り。遊びの内容も時代の変化とともに様変わり。子どもの成長に、全身を使っての遊びは脳をバランスよく成長させる。ここ最近の人間関係能力の劣化は、環境の変化から来るもの大だ。
今の時代に、従姉妹同士が側にいて気兼ねなく兄弟のように育つ環境は貴重だ。お兄ちゃんたちに刺激されて、遊んだつきちゃんは、ご飯を食べると11時にはすやすやと寝てしまい、全く手がかからない。次女達も帰宅して静かになって、3時間過ぎた今も起きる気配なし。
今日から2晩妹宅が留守なので、父の事も気にかけなくてはならない。ヘルパーさんに週1回木曜日に入ってもらうようになり、本日、始めてすべてをヘルパーさんにおまかせした。ヘルパーさんが帰宅した後、心配になり、父の様子を見に行くことも出来た。
うみちゃんと同じにつきちゃんも手をかけない。長女宅と次女宅の孫達の性格傾向の違い。同じ姉妹のお腹から生れてどうしてこんなに違うのか。従姉妹同士の成長ぶりをみていると面白い。
つきちゃんがやってきた時、昨夜、我が家に泊まった次女宅の7歳のこうちゃん、4歳のはやちゃんに1歳7ヶ月のかほちゃんに次女もいた。外は雨。雨だとエネルギーの余った男の子達は身体をもてあまし気味で大騒ぎをする。Eテレの子ども番組でお守りをしてもらっていた。
同じ保育園に行っているかほちゃんは、つきちゃんの登場に大喜びをしておもちゃを出して相手をしだす。ここ最近、言葉が達者になって、ぐっとお姉さんになってきたかほちゃん。つきちゃんも、手をバタバタさせてかほちゃんの顔を見て大喜び。絵本を出して相手をしたり、1歳そこそこの年齢ながら、子ども同士で通じ合う世界があるようだ。
従姉妹同士の5人の関係は面白い。お兄ちゃん達同士はよく喧嘩をするが、妹のかほちゃんに対しては2人ともやさしい。2人とも小まめに面倒をみている。乱暴な扱いが多く冷や冷やさせられるが、大人の心配とは裏腹ににかほちゃんも喜んでい「ニーニー」と追いかけている。お兄ちゃんに鍛えれれているかほちゃんは、逞しいの一言。どんな女性になるのやら。
私の子ども時代は、近所の友達同士で遊びまわっていた。小学生から幼児が一緒になって朝から晩まで外遊びだった。大人の干渉はほとんどなし。なしというよりも、大人たちはやることがいっぱいだった。テレビやゲームもない時代だ。
小さい子の面倒を見ることが当たり前だった。上の年齢の子達がとても逞しく見え、見真似をして遊んでいた。かくれんぼや石蹴り。遊びの内容も時代の変化とともに様変わり。子どもの成長に、全身を使っての遊びは脳をバランスよく成長させる。ここ最近の人間関係能力の劣化は、環境の変化から来るもの大だ。
今の時代に、従姉妹同士が側にいて気兼ねなく兄弟のように育つ環境は貴重だ。お兄ちゃんたちに刺激されて、遊んだつきちゃんは、ご飯を食べると11時にはすやすやと寝てしまい、全く手がかからない。次女達も帰宅して静かになって、3時間過ぎた今も起きる気配なし。
今日から2晩妹宅が留守なので、父の事も気にかけなくてはならない。ヘルパーさんに週1回木曜日に入ってもらうようになり、本日、始めてすべてをヘルパーさんにおまかせした。ヘルパーさんが帰宅した後、心配になり、父の様子を見に行くことも出来た。
うみちゃんと同じにつきちゃんも手をかけない。長女宅と次女宅の孫達の性格傾向の違い。同じ姉妹のお腹から生れてどうしてこんなに違うのか。従姉妹同士の成長ぶりをみていると面白い。
2012年05月02日
旬はおいしいね!
次から次ぎへと頭を出す竹の子。大家さん宅でいつでも採っていいと言われている竹の子。薪に火をつけて大きな鍋に竹の子をゆでた。昨日、星の家から帰宅したリュックにそれらを入れて持ち帰える。その他に、じーちゃんはまだゆでていないものも3本手荷物にした。帰りの荷物の重いこと重いこと。多ければいいというわけではないが、新鮮な竹の子の美味しさに勿体ない精神が芽生えた。
自宅ですぐに、わかめと一緒に煮込んだらおいしい、おいしい。堀りたてということで、お店で買う味とは大違い。さっぱりしながらも、味がしみこんで身体がじわっとなる。
腐らせては勿体ないと、長女と次女にゆがいたものをあげると言ったら、2人から帰ってきた返事は同じ。煮物を作っている暇はないから、できあがったおかずがいいと言われ、大量の竹の子の煮物となり、双方に夕方配って、大歓迎をされる。
まだゆでていなかった3本もあわててゆでる。明日、それを使って竹の子ご飯にしようと鶏肉と油揚げを星の家から帰宅の途中で買い込んだ。それでも残ってしまう量だが、それらを無駄にしない献立を何にするか考える。新鮮なうちに口にはいるものにどう仕上げるかが今の課題。旬のものを大切にしたいと星の家での生活を維持する中で、今まで以上に意識するようになっている。
お味噌にあえた山椒を大家さんと酒屋さんに配ったら、酒屋さんの奥さんから、山椒を醤油とみりんで佃煮にしたものと、小女子に山椒の実をつけ佃煮にした2品をいただいてしまった。素朴の味ながら、ご飯がすすむ。仕事で忙しい時代は、こんなものを作る余裕はなかった。気持ちに余裕が生れてこそ出来る味わい。
食事づくりが苦であったかつて。同じ自分ながら年齢によってこんなに違ってくるものだろうか。今は、多い家族にいかに安く、食品を無駄にしないでおいしいものをつくるかで頭をひねる。かつては、値段よりも早く口に入るものを手に入れることが優先される生活であった。
水曜日は、父のこともあるだけに忙しい曜日だが、朝のうちに夕飯の用意も終えてこれからスポーツセンターで汗を流してくる。雨が降り出してきているだけに、自転車にしようか迷いながらも、いくことには変わりなし。
忙しい時間をどうやって、回すか考えるのも老化防止策と思えるようになって来ているこの頃。まだ体力が残っている証拠。この日々が貴重だ。旬を過ぎた私の年齢だが、動けるうちは楽しまなくてはという気持が強くなっている。
自宅ですぐに、わかめと一緒に煮込んだらおいしい、おいしい。堀りたてということで、お店で買う味とは大違い。さっぱりしながらも、味がしみこんで身体がじわっとなる。
腐らせては勿体ないと、長女と次女にゆがいたものをあげると言ったら、2人から帰ってきた返事は同じ。煮物を作っている暇はないから、できあがったおかずがいいと言われ、大量の竹の子の煮物となり、双方に夕方配って、大歓迎をされる。
まだゆでていなかった3本もあわててゆでる。明日、それを使って竹の子ご飯にしようと鶏肉と油揚げを星の家から帰宅の途中で買い込んだ。それでも残ってしまう量だが、それらを無駄にしない献立を何にするか考える。新鮮なうちに口にはいるものにどう仕上げるかが今の課題。旬のものを大切にしたいと星の家での生活を維持する中で、今まで以上に意識するようになっている。
お味噌にあえた山椒を大家さんと酒屋さんに配ったら、酒屋さんの奥さんから、山椒を醤油とみりんで佃煮にしたものと、小女子に山椒の実をつけ佃煮にした2品をいただいてしまった。素朴の味ながら、ご飯がすすむ。仕事で忙しい時代は、こんなものを作る余裕はなかった。気持ちに余裕が生れてこそ出来る味わい。
食事づくりが苦であったかつて。同じ自分ながら年齢によってこんなに違ってくるものだろうか。今は、多い家族にいかに安く、食品を無駄にしないでおいしいものをつくるかで頭をひねる。かつては、値段よりも早く口に入るものを手に入れることが優先される生活であった。
水曜日は、父のこともあるだけに忙しい曜日だが、朝のうちに夕飯の用意も終えてこれからスポーツセンターで汗を流してくる。雨が降り出してきているだけに、自転車にしようか迷いながらも、いくことには変わりなし。
忙しい時間をどうやって、回すか考えるのも老化防止策と思えるようになって来ているこの頃。まだ体力が残っている証拠。この日々が貴重だ。旬を過ぎた私の年齢だが、動けるうちは楽しまなくてはという気持が強くなっている。
2012年04月30日
ゆっくりと片付けるのも楽しい!
昨夕、思いがけずに次女夫婦が星の家にやってきて1泊。今日は、渋滞にはまらないようにと朝9時には帰宅の途へ。連休の後半には、孫達一同が集まる予定になっているが、前半のお休みに静岡のキャンプ場に出かけたものの、帰宅しようとしたら皆の疲れがピークに達していたので、星の家で寝て帰ろうと急遽、1泊したのだ。
夫婦2人の夕食予定が、孫達5人が追加となる。1歳7ヶ月のかほちゃんも一人前である。大騒ぎしても許される環境に、孫達の大声が響きわたってにぎやか。広いお風呂ではしゃぎまわって、すぐ、寝付いたが、こうちゃんとはやちゃんは、じーちゃんがいいと3人がくっついて寝た。大喜びしたのに、2人にくっつかれて寝不足気味のじーちゃんである。遊ぶ時間は、少しだったが勝手がわかっているだけに、楽しそうな孫達。かほちゃんもお兄ちゃんたちに負けじと大騒ぎ。何をしてもかわいい年齢時だけに、みなから笑いを呼ぶ。
散らかしっぱなしで片づけをしないお兄ちゃんたちと違って、かほちゃんは片付けもし、言う事をよく守る。長女宅のうみちゃんも同じだ。この年齢の男の子と女の子の手のかかり方は大違い。
皆が帰ってすぐ、片づけをはじめたが、眠い筈のじーちゃんがよく動く。ためていたものを燃やしたり、大家さんからいただいた竹の子を大きな鍋でゆでたり、洗濯もして、石油ストーブの片方付けもする。星の家ではじーちゃんが主人公である。、
昨日も、そうだった。天気にさそわれて、大野山周辺を歩くと、芽吹きだした緑や花に目を奪われている私と違いじーちゃんは、鳥をさがしたり、山菜を見つけよと下をみたり。獣道で動物達の動向をさぐろうと忙しい。自然に囲まれた途端にスイッチが入りだす身体である。
私も誘われて、冷蔵庫の掃除をし、家の片付けを始める。追われる仕事でなくゆっくりと自分達のペースでできる片付けは、普段、家で行っている片付けと違い、楽しい気分で行える。
家の窓を大きく開けて、気持ちのいい風を感じながら、緑に目を休ませて身体をうごかしていることがストレス解消となっているようだ。各々のペースで動くことに干渉がない。我が家での掃除となると、狭い場所でお互いが動いているだけに、その動きに対して、文句をいい、すぐ喧嘩になってしまうパターンだ。一方が休んでいても気にならないのは、何故か?
掃除をすれば、それだけ気持ちもよくなる。我が家のように荷物が多くないことがいいのだろう。3日間天気に恵まれて何よりの保養となった。ここでの生活が我が家にとってひとつのリズムを作り出してくれる場所となりだしている。かつての遊び場作りの際は、自分達のためというよりも、利用者に利用しやすくが優先されて、仕事となっていたようだ。
若い時はそれも大きな喜びであったが、今は、自分のペースが優先される年代になったようだ。久しぶりにゆっくり気分を味わえた星の家。
夫婦2人の夕食予定が、孫達5人が追加となる。1歳7ヶ月のかほちゃんも一人前である。大騒ぎしても許される環境に、孫達の大声が響きわたってにぎやか。広いお風呂ではしゃぎまわって、すぐ、寝付いたが、こうちゃんとはやちゃんは、じーちゃんがいいと3人がくっついて寝た。大喜びしたのに、2人にくっつかれて寝不足気味のじーちゃんである。遊ぶ時間は、少しだったが勝手がわかっているだけに、楽しそうな孫達。かほちゃんもお兄ちゃんたちに負けじと大騒ぎ。何をしてもかわいい年齢時だけに、みなから笑いを呼ぶ。
散らかしっぱなしで片づけをしないお兄ちゃんたちと違って、かほちゃんは片付けもし、言う事をよく守る。長女宅のうみちゃんも同じだ。この年齢の男の子と女の子の手のかかり方は大違い。
皆が帰ってすぐ、片づけをはじめたが、眠い筈のじーちゃんがよく動く。ためていたものを燃やしたり、大家さんからいただいた竹の子を大きな鍋でゆでたり、洗濯もして、石油ストーブの片方付けもする。星の家ではじーちゃんが主人公である。、
昨日も、そうだった。天気にさそわれて、大野山周辺を歩くと、芽吹きだした緑や花に目を奪われている私と違いじーちゃんは、鳥をさがしたり、山菜を見つけよと下をみたり。獣道で動物達の動向をさぐろうと忙しい。自然に囲まれた途端にスイッチが入りだす身体である。
私も誘われて、冷蔵庫の掃除をし、家の片付けを始める。追われる仕事でなくゆっくりと自分達のペースでできる片付けは、普段、家で行っている片付けと違い、楽しい気分で行える。
家の窓を大きく開けて、気持ちのいい風を感じながら、緑に目を休ませて身体をうごかしていることがストレス解消となっているようだ。各々のペースで動くことに干渉がない。我が家での掃除となると、狭い場所でお互いが動いているだけに、その動きに対して、文句をいい、すぐ喧嘩になってしまうパターンだ。一方が休んでいても気にならないのは、何故か?
掃除をすれば、それだけ気持ちもよくなる。我が家のように荷物が多くないことがいいのだろう。3日間天気に恵まれて何よりの保養となった。ここでの生活が我が家にとってひとつのリズムを作り出してくれる場所となりだしている。かつての遊び場作りの際は、自分達のためというよりも、利用者に利用しやすくが優先されて、仕事となっていたようだ。
若い時はそれも大きな喜びであったが、今は、自分のペースが優先される年代になったようだ。久しぶりにゆっくり気分を味わえた星の家。
2012年04月28日
私はコーヒー一杯!
リュックを背負ったじーちゃんは、タラノ芽収穫のために山に入った。人が入らないよい場所を見つけよと元気いっぱい。星の家に来ると、途端に元気になるじーちゃんだ。小さい時に駆け回って遊びまわっていた岩手の生活を取り戻そうとするかのように、生き生き。一度もどって、タラノ芽としいたけ、山椒の葉を見せに来たが、それだけでは物足りないらしい。
採るとなると、いっぱいになるいつものパターン。果たして収穫物はあるのでしょうか。まだ、早い気がするが。私は、コーヒーをいれる。星の家でのコーヒーの味は抜群においしいのだ。自宅で飲む豆とまったく同じなのに、水でこんなに味が違うのか。
私達が来たことを知った大家さんが、収穫したばかりの竹の子を差し入れしてくれる。夕飯は、この竹の子でお酒のつまみが一丁出来上がり。窓を開け放し、緑に囲まれた星の家でコーヒーを飲みながらの読書は最高だ。図書館で借りてきても普段の生活で読書の時間がもてない。自分のペースで優雅に過ごせる時間をもらって満足だ。
久しぶりの星の家。今回は、孫なしで夫婦だけで過ごす予定。父の面倒を見る妹には悪いなと思いながらも、ゴールデンウィークの前半を楽しむことにした。ロマンスカーを利用して、朝10時50分新宿発で12時には、御殿場線の松田到着。ちょっとした旅気分をを盛り上げるために、売店でお弁当を買って車内で食べる。これだけでいつもの気分とは大違いとなる。
そして、駐車場から車を取りに行ったじーちゃんが駅前に迎えてくれる。先日、古くなった軽自動車にかわって、若者がネットでゲットしてくれた今回も格安の小型車。前の持ち主が結構の距離を乗ったらしいが表面上は、新品のように見える代物。修理も格安でやってもらい、先日、この車で保育園に迎えに行って乗った孫のはやちゃんが「ベンツだ」と大喜びしてくれた。我が家にとってのベンツである。
座席が高く、窓から見える景色のいい眺め。菜の花の黄色や八重桜のピンク。ようやく春になった。風もなく、連休の初日は、恵まれた日和だ。途中で、ここ35年、いろいろな意味でお世話になっている酒屋さんによっておしゃべり。訪問をいつも、心から喜んでくださり、差し入れをいただくことの多いご夫婦。我が家の娘のひとりを是非、養子にほしいとよく冗談を言われる。イチゴジャムを渡したら、手作りのおもちをいただいてしまった。ちょっと私達より年上のご夫婦だが、身体の故障があちこちと。いつまでも、お元気でいてください。
若者につけかえてもらったスピーカーから聞こえるクラッシック音楽。思い切りボリュームを響かせての音楽。いつも騒音に気を使っての我が家の生活とは大違い。のんびりとゆったりとした生活。ゴールデンウィークの後半は、頑張りますのでしばし、星の家での生活を楽しみましょう。孫達は後半に来るというが、その時は、父の支援予定の私である。
採るとなると、いっぱいになるいつものパターン。果たして収穫物はあるのでしょうか。まだ、早い気がするが。私は、コーヒーをいれる。星の家でのコーヒーの味は抜群においしいのだ。自宅で飲む豆とまったく同じなのに、水でこんなに味が違うのか。
私達が来たことを知った大家さんが、収穫したばかりの竹の子を差し入れしてくれる。夕飯は、この竹の子でお酒のつまみが一丁出来上がり。窓を開け放し、緑に囲まれた星の家でコーヒーを飲みながらの読書は最高だ。図書館で借りてきても普段の生活で読書の時間がもてない。自分のペースで優雅に過ごせる時間をもらって満足だ。
久しぶりの星の家。今回は、孫なしで夫婦だけで過ごす予定。父の面倒を見る妹には悪いなと思いながらも、ゴールデンウィークの前半を楽しむことにした。ロマンスカーを利用して、朝10時50分新宿発で12時には、御殿場線の松田到着。ちょっとした旅気分をを盛り上げるために、売店でお弁当を買って車内で食べる。これだけでいつもの気分とは大違いとなる。
そして、駐車場から車を取りに行ったじーちゃんが駅前に迎えてくれる。先日、古くなった軽自動車にかわって、若者がネットでゲットしてくれた今回も格安の小型車。前の持ち主が結構の距離を乗ったらしいが表面上は、新品のように見える代物。修理も格安でやってもらい、先日、この車で保育園に迎えに行って乗った孫のはやちゃんが「ベンツだ」と大喜びしてくれた。我が家にとってのベンツである。
座席が高く、窓から見える景色のいい眺め。菜の花の黄色や八重桜のピンク。ようやく春になった。風もなく、連休の初日は、恵まれた日和だ。途中で、ここ35年、いろいろな意味でお世話になっている酒屋さんによっておしゃべり。訪問をいつも、心から喜んでくださり、差し入れをいただくことの多いご夫婦。我が家の娘のひとりを是非、養子にほしいとよく冗談を言われる。イチゴジャムを渡したら、手作りのおもちをいただいてしまった。ちょっと私達より年上のご夫婦だが、身体の故障があちこちと。いつまでも、お元気でいてください。
若者につけかえてもらったスピーカーから聞こえるクラッシック音楽。思い切りボリュームを響かせての音楽。いつも騒音に気を使っての我が家の生活とは大違い。のんびりとゆったりとした生活。ゴールデンウィークの後半は、頑張りますのでしばし、星の家での生活を楽しみましょう。孫達は後半に来るというが、その時は、父の支援予定の私である。
2012年04月27日
半世紀ぶりの再会!
目の前の人の顔をみても?。3人の中でひとりだけは、名前を聞いてすぐかつての顔と一致。しかし、2人は思い出話に話がはずむものの、最後までかつての姿と一致しない。数えれば半世紀ぶりの対面。同じクラスだった仲間であるが、あまり親しい間柄でなかったせいなのかもしれないが。
いつも定期的に会っている大学時代の仲間3人の事を聞いて、駆けつけた3人。半世紀前の大学1年と2年のときのクラスの仲間。大学4年間の生活は青春そのもので楽しく充実した日々を過ごした私だが、クラスよりも部活で過ごす事が多かった。
中・高を私立の女子校で過ごした私には、全国から集まった仲間や男子学生の多さに圧倒されながら、今までの縛られた生活と全く違う生活の日々は、新鮮だった。枠にはめられる事が多かった過去の学校生活だっただけに、同じ学年の女性達が、伸び伸び輝いてみえたが、そんな仲間と過ごすよりも部活で自分の場をつくろうとしていた。
まだ、大学に行ける女性が少なかった時代である。今では進学校となった私の出身高校だが、当時、大学に進学する生徒はほんの少数だった。ある面、親の後押しがあったからこそ行けたのである。入学した大学は、当時、女子が1割程度だった。学生服姿がほとんどの男子学生のなかで、垢抜けた服装の女性の姿に圧倒された。
今日会った仲間は、当時、近寄りがたく思えた存在のクラスメートであった。半世紀という年数を飛び越えて目の前にした仲間。センスのよさは当時のまま。脳腫瘍や脳動脈の手術をした事を淡々と語り、いろいろ苦労も乗り越えただろうが、物事を前向きに捉えての生活での今。
4時間のお喋りがあっという間に過ぎてしまった。半世紀という年月が信じられないまま、同じ時代の空気を吸ってきた人間としての親しみがじわじわと押し寄せてきた後半。いつもの仲間と全く違う会話の余韻で帰宅したもののいつものように、父と孫達の支援でわっさわっさした夜の時間になってしまった。
小2年のこうちゃんに「ばあちゃん、50年前の友達に会ってきたんだ」と言ったら、何のことがさっぱりわからないと言われてしまった。
いつも定期的に会っている大学時代の仲間3人の事を聞いて、駆けつけた3人。半世紀前の大学1年と2年のときのクラスの仲間。大学4年間の生活は青春そのもので楽しく充実した日々を過ごした私だが、クラスよりも部活で過ごす事が多かった。
中・高を私立の女子校で過ごした私には、全国から集まった仲間や男子学生の多さに圧倒されながら、今までの縛られた生活と全く違う生活の日々は、新鮮だった。枠にはめられる事が多かった過去の学校生活だっただけに、同じ学年の女性達が、伸び伸び輝いてみえたが、そんな仲間と過ごすよりも部活で自分の場をつくろうとしていた。
まだ、大学に行ける女性が少なかった時代である。今では進学校となった私の出身高校だが、当時、大学に進学する生徒はほんの少数だった。ある面、親の後押しがあったからこそ行けたのである。入学した大学は、当時、女子が1割程度だった。学生服姿がほとんどの男子学生のなかで、垢抜けた服装の女性の姿に圧倒された。
今日会った仲間は、当時、近寄りがたく思えた存在のクラスメートであった。半世紀という年数を飛び越えて目の前にした仲間。センスのよさは当時のまま。脳腫瘍や脳動脈の手術をした事を淡々と語り、いろいろ苦労も乗り越えただろうが、物事を前向きに捉えての生活での今。
4時間のお喋りがあっという間に過ぎてしまった。半世紀という年月が信じられないまま、同じ時代の空気を吸ってきた人間としての親しみがじわじわと押し寄せてきた後半。いつもの仲間と全く違う会話の余韻で帰宅したもののいつものように、父と孫達の支援でわっさわっさした夜の時間になってしまった。
小2年のこうちゃんに「ばあちゃん、50年前の友達に会ってきたんだ」と言ったら、何のことがさっぱりわからないと言われてしまった。
2012年04月26日
ふりまわされながら、元気をもらう!
皆が消えるとぐったりする水曜日。「よく働きました。でも元気をもらうね」と寝る前の夫婦の会話。疲れると、後片付けも面倒になるがなんとか踏ん張った。読みたかった本を並べ、机に座るが活字を追うエネルギーなし。寝ることが第一といつものように水曜日は、寝床に入る時間が早くなる。
水曜日の私はジェットコースターに乗ったような気分の一日。懸案だった父を散髪に連れて行けたこと、孫の4人の保育園のお迎えでの帰宅時の風景は、夫婦に次女も混じったことで、孫達のはしゃいだ声を周囲に振りまいての大騒ぎだった。いつまでも映像に残しておきたい一瞬だ。
午前中は、スポーツセンターで大好きなプログラムをこなし、お風呂に飛び込んでそして忙しくなる午後から夕方にかけての準備時間。じーちゃんが孫達全てが揃う夕飯に、カレーライスを作ってくれるからということで、私の準備は父の夕食だけですみ、大助かりだった。
4人の孫が通う保育園が2ヶ所ということで長女の帰宅時間が遅い水・金ははやちゃんの迎えは次女にまかせ、長女と次女の従姉妹同士3人が通う保育園の迎えをじーちゃんと2人で担う。6k月に1歳6ヶ月に4歳の3人だけに、しばらくは私だけでの迎えが難しい。じーちゃんとの協力体制があってのことである。
先日、ヘルパーさんが入ってくれ車椅子に乗せる事が出来た父に、昨日は散髪にいく提案。いつものように「大丈夫だからいい」という父を説得して、車椅子に乗せて理容院に。美容院は普段から馴染みだが、私にとって理容院に足を運ぶのは初体験。行った時は、すいていてよかった。父を連れて行った後、次から次ぎへとお客さん。年輩の女性に対応してもらい、待合室で本を読みながら待機、身体を洗面台に近づけたりする際の支援程度で済んだ。
2年近く、ご無沙汰であった床屋。髭もそってもらいさっぱりした顔つき。そして、公園に散歩。見事な八重桜をみあげて「綺麗だ。さっぱりした」という形容詞の言葉を父の口から久しぶりに聞き「今日の計画は大成功」
父宅の夕食の準備を終えて駆け足で今度は孫の迎え。6ヶ月のつきちゃんは、まだ私達の迎えになれていなく固い表情。重い身体をオンブして、活発なかほちゃんの動きにじーちゃん共々目を見張る。うみちゃんは、落ち着いて弟のつきちゃんの用意も手伝ってくれる。はやちゃんを迎えた次女の姿を遠方からみつけた孫達の大騒ぎのトーンは更に高まる。
小2年のこうちゃんが、お留守番。こうちゃんは、運動会のリレー選手になったとか。学校から帰るとすぐ、友達と遊びに出かける。宿題等も、こちらが何も言わなくても、机に向かうので手がかからなくなった。こうちゃんの姿をみていると、子どもはそれなりに成長するから、一時の大変さは軽くなる事を実感させられる。来年になったら、皆が1年成長するだけに、今の大騒ぎも一時と思える。父を見る目と違い、気持の上では楽しいことが多い孫との関わり。こんなにぎやかさ、今時は貴重な風景だろう。
じーちゃんが作ってくれたカレーライス。大好評。次女も一緒に食べ、帰宅した長女も囲んで一日の報告に更ににぎやか。従姉妹同士で大騒ぎして、じじ、ばばと過ごす体験も孫達の心には、きっと温かいものとして残ってくれるだろう。
狭い我が家がにぎやかになる水・金。皆がいなくなるとさっきまでの騒ぎが嘘のよう。後片付けをするエネルギーがまだ残っているのも、夫婦の協力あってのことである。夫婦の目標は、健康維持が一番。
水曜日の私はジェットコースターに乗ったような気分の一日。懸案だった父を散髪に連れて行けたこと、孫の4人の保育園のお迎えでの帰宅時の風景は、夫婦に次女も混じったことで、孫達のはしゃいだ声を周囲に振りまいての大騒ぎだった。いつまでも映像に残しておきたい一瞬だ。
午前中は、スポーツセンターで大好きなプログラムをこなし、お風呂に飛び込んでそして忙しくなる午後から夕方にかけての準備時間。じーちゃんが孫達全てが揃う夕飯に、カレーライスを作ってくれるからということで、私の準備は父の夕食だけですみ、大助かりだった。
4人の孫が通う保育園が2ヶ所ということで長女の帰宅時間が遅い水・金ははやちゃんの迎えは次女にまかせ、長女と次女の従姉妹同士3人が通う保育園の迎えをじーちゃんと2人で担う。6k月に1歳6ヶ月に4歳の3人だけに、しばらくは私だけでの迎えが難しい。じーちゃんとの協力体制があってのことである。
先日、ヘルパーさんが入ってくれ車椅子に乗せる事が出来た父に、昨日は散髪にいく提案。いつものように「大丈夫だからいい」という父を説得して、車椅子に乗せて理容院に。美容院は普段から馴染みだが、私にとって理容院に足を運ぶのは初体験。行った時は、すいていてよかった。父を連れて行った後、次から次ぎへとお客さん。年輩の女性に対応してもらい、待合室で本を読みながら待機、身体を洗面台に近づけたりする際の支援程度で済んだ。
2年近く、ご無沙汰であった床屋。髭もそってもらいさっぱりした顔つき。そして、公園に散歩。見事な八重桜をみあげて「綺麗だ。さっぱりした」という形容詞の言葉を父の口から久しぶりに聞き「今日の計画は大成功」
父宅の夕食の準備を終えて駆け足で今度は孫の迎え。6ヶ月のつきちゃんは、まだ私達の迎えになれていなく固い表情。重い身体をオンブして、活発なかほちゃんの動きにじーちゃん共々目を見張る。うみちゃんは、落ち着いて弟のつきちゃんの用意も手伝ってくれる。はやちゃんを迎えた次女の姿を遠方からみつけた孫達の大騒ぎのトーンは更に高まる。
小2年のこうちゃんが、お留守番。こうちゃんは、運動会のリレー選手になったとか。学校から帰るとすぐ、友達と遊びに出かける。宿題等も、こちらが何も言わなくても、机に向かうので手がかからなくなった。こうちゃんの姿をみていると、子どもはそれなりに成長するから、一時の大変さは軽くなる事を実感させられる。来年になったら、皆が1年成長するだけに、今の大騒ぎも一時と思える。父を見る目と違い、気持の上では楽しいことが多い孫との関わり。こんなにぎやかさ、今時は貴重な風景だろう。
じーちゃんが作ってくれたカレーライス。大好評。次女も一緒に食べ、帰宅した長女も囲んで一日の報告に更ににぎやか。従姉妹同士で大騒ぎして、じじ、ばばと過ごす体験も孫達の心には、きっと温かいものとして残ってくれるだろう。
狭い我が家がにぎやかになる水・金。皆がいなくなるとさっきまでの騒ぎが嘘のよう。後片付けをするエネルギーがまだ残っているのも、夫婦の協力あってのことである。夫婦の目標は、健康維持が一番。
2012年04月25日
歳月人を待たず!
現役時代の忙しい頃は、自分の事に精一杯だった。退職後、8年。孫や父支援に現役時代とは違う忙しさに追われる日々だが、自分以外の事を考える余裕が生れたことはこの年代だからこその特権。まだまだ、健康に恵まれて体力がある年代だからこそ。しかし、この体力の衰えを痛感するのはすぐ目の前のこと。私より先を歩いている先輩たちの様子に、今の時を大切にを痛感させられる。
恩師宅訪問と母のお墓参りを月に1回ときめ、時間のやりくりをしながら訪問日を決めているが4月はいろいろと忙しかった。天候の関係もあった。先週いくつもりで、恩師宅に先生の都合を伺う電話を2回かけたが繋がらない。先月は、連絡なしで伺ったが、恩師は不在だった。何かあるのではと気になるが、昨日、いつものパターンのように連絡なしで訪問した。果たしてお会いできるかな。朝からぐんぐん上がっていった温度。初夏のような陽射しだけにお出かけかもしれないと覚悟しながらいつもの坂道を駆け登る。
小学校時代の仲間と定年退職後に福島に居を構えている仲間の生活ぶりと、桜で有名な滝桜を見る事を兼ねて旅行したのは8年前であった。恩師から、同窓会を開くのなら、現役時代は各々の事情が違うだけに還暦を過ぎてからがよいという助言を念頭に、福島に居を構えた仲間の音頭で各所にちらばった仲間たちの音信を1年がかりで探り、名簿を作成し、初回の同窓会開催予定の11月前の4月に旅行したのだった。
恩師のご主人はかつて美術の先生で、滝桜にあこがれていたということもあって、ご主人を伴われ参加されたご夫婦。70代半ばのお二人だが、ご主人を気遣う恩師のお姿に感心したものだった。そして、仲間の長年の農業の夢を適えて居を構えた福島の土地。土作りに専念し、ようやくよい土になったと喜んでいた仲間。芝桜が住居の周囲を彩っていたこと。農業器具も立派に揃えてあった。奥様は、当時まだ現役であったことから単身で新しい土地に根付くための奮闘振りしている姿に、人生いろいろと感心したのだった。
それが、昨年の大地震の影響。それ以上に原発の影響をもろに受けて、土地から離れなくてはならなくなった現実。町田に、娘夫婦がいる事で一度はもどってきながら、仮設住宅に居を構える事を決めたという便りをもらっている。一方の先生はご主人が、認知症で介護の苦労。今は、施設に入所中のご主人の面会を欠かさずにされながら、2年前に自身が白血病の告知を受けた恩師。
いろいろな事柄を前向きに捉えて踏ん張っている恩師の姿からいつも勇気をいただいている。
恐る恐る玄関のチャイムを押したら息子さんが顔をだしてくれる。昨日は、午後から出かける予定だったということで恩師に会えた。うれしくなっていつもは、聞き役を通しているのに昨日は、一方的にいろいろおしゃべりをしてしまった。1月に肋骨を折り、よくなってきたかなと思っていたら別の場所の肋骨もおれていたことがわかり、腰もいたくて、この冬は痛さの闘いだったとか。痩せたなと体力の衰えを目の前にしながら、お話をしているといつもの明晰ぶりを発揮する先生の姿に引き込まれてしまった。
聞けば、白血病の数値は悪くなっているが、主治医より2年は大丈夫といわれているのよと淡々と応える。ご主人の面会も、自分にやることがなくなれば体力回復に努力することはなくなるからと。まだ、自分なりに踏ん張るようにしている頭があるからいいのよといつもの前向き姿勢。
お会いできた事が何よりもうれしかった。一方、仲間達に先生のお姿を報告するのがいいのか悪いのか迷いつ、肋骨を折ったことは伝えなくてはと幹事さんをしている仲間と先生の動静を一番心配している福島の仲間にメールをした夜中。
遅かった滝桜もようやく咲いたという先日のニュースと重なって「歳月人を待たず」を実感させられた今年の桜情報だった。
恩師宅訪問と母のお墓参りを月に1回ときめ、時間のやりくりをしながら訪問日を決めているが4月はいろいろと忙しかった。天候の関係もあった。先週いくつもりで、恩師宅に先生の都合を伺う電話を2回かけたが繋がらない。先月は、連絡なしで伺ったが、恩師は不在だった。何かあるのではと気になるが、昨日、いつものパターンのように連絡なしで訪問した。果たしてお会いできるかな。朝からぐんぐん上がっていった温度。初夏のような陽射しだけにお出かけかもしれないと覚悟しながらいつもの坂道を駆け登る。
小学校時代の仲間と定年退職後に福島に居を構えている仲間の生活ぶりと、桜で有名な滝桜を見る事を兼ねて旅行したのは8年前であった。恩師から、同窓会を開くのなら、現役時代は各々の事情が違うだけに還暦を過ぎてからがよいという助言を念頭に、福島に居を構えた仲間の音頭で各所にちらばった仲間たちの音信を1年がかりで探り、名簿を作成し、初回の同窓会開催予定の11月前の4月に旅行したのだった。
恩師のご主人はかつて美術の先生で、滝桜にあこがれていたということもあって、ご主人を伴われ参加されたご夫婦。70代半ばのお二人だが、ご主人を気遣う恩師のお姿に感心したものだった。そして、仲間の長年の農業の夢を適えて居を構えた福島の土地。土作りに専念し、ようやくよい土になったと喜んでいた仲間。芝桜が住居の周囲を彩っていたこと。農業器具も立派に揃えてあった。奥様は、当時まだ現役であったことから単身で新しい土地に根付くための奮闘振りしている姿に、人生いろいろと感心したのだった。
それが、昨年の大地震の影響。それ以上に原発の影響をもろに受けて、土地から離れなくてはならなくなった現実。町田に、娘夫婦がいる事で一度はもどってきながら、仮設住宅に居を構える事を決めたという便りをもらっている。一方の先生はご主人が、認知症で介護の苦労。今は、施設に入所中のご主人の面会を欠かさずにされながら、2年前に自身が白血病の告知を受けた恩師。
いろいろな事柄を前向きに捉えて踏ん張っている恩師の姿からいつも勇気をいただいている。
恐る恐る玄関のチャイムを押したら息子さんが顔をだしてくれる。昨日は、午後から出かける予定だったということで恩師に会えた。うれしくなっていつもは、聞き役を通しているのに昨日は、一方的にいろいろおしゃべりをしてしまった。1月に肋骨を折り、よくなってきたかなと思っていたら別の場所の肋骨もおれていたことがわかり、腰もいたくて、この冬は痛さの闘いだったとか。痩せたなと体力の衰えを目の前にしながら、お話をしているといつもの明晰ぶりを発揮する先生の姿に引き込まれてしまった。
聞けば、白血病の数値は悪くなっているが、主治医より2年は大丈夫といわれているのよと淡々と応える。ご主人の面会も、自分にやることがなくなれば体力回復に努力することはなくなるからと。まだ、自分なりに踏ん張るようにしている頭があるからいいのよといつもの前向き姿勢。
お会いできた事が何よりもうれしかった。一方、仲間達に先生のお姿を報告するのがいいのか悪いのか迷いつ、肋骨を折ったことは伝えなくてはと幹事さんをしている仲間と先生の動静を一番心配している福島の仲間にメールをした夜中。
遅かった滝桜もようやく咲いたという先日のニュースと重なって「歳月人を待たず」を実感させられた今年の桜情報だった。


