2012年04月23日

苗代〜アタラシイムカシサガシの原点〜

稲の苗を育てる苗床を「苗代(なわしろ)」といいますが、田のなかで水を張ってつくる苗床を「水苗代」、畑で水を張らないでつくる苗床を「陸苗代(おかなわしろ)」といいます。
では、「保温折衷苗代(ほおんせっちゅうなわしろ)」という技術を知っていますか。

田んぼをはじめたころ、健康で丈夫な苗を育てることが大きな課題でした。どんな土に、種をいつ播いて、寒さをどのようにしのいだら、稲の苗は育つのか・・・。
まず取り組んだのが、陸苗代です。狭い畑の片隅で、十代の終わりに教わった方法を試し、改良しながら苗を育てました。初期はそこそこ育つのですが、5月終わりの暑さと乾燥、繁茂する草の勢いに押され、なかなかいい苗が育ちません。稲の育苗は、ビニールハウスが一般的です。そのような育苗スペースを持てない私のような者にはどのような方法があるのか・・・昔はどのように育てたのだろうか・・・。

次に取り組んだのが、水苗代。水はけの条件の悪い田んぼとは、見方によっては水の利の良い田んぼです。汲んだ水を苗床に張れば、水苗代に近いものができるのではないだろうか・・・。この方法を試すと数年に1回は上手くいくのですが、温度の低い年や雨の多い年では、発芽後の生育が悪くそのまま苗の生長も鈍ることがわかりました。寒さをしのぐ方法や発芽してしばらくは水が溜まらないようにする方法はないだろうか・・・。

発芽からしばらくは、過度な水分は必要ありません。雨の多い年に田んぼで苗代をつくると、どうしても水に浸かりっぱなしになります。そんな年はたいてい日照不足。温度が上がらず、寒さをどのようにしのぐかが重要になります。つまり、「陸苗代の長所」を活かしながら「寒さへの備え」を万全にすることが鍵を握ります。
一方、本葉が増えてきたら水を張ることが重要です。強い日差しを受けても、朝晩の冷え込みに対しても、水は適度な温度を保ち、苗をやさしく包み込んでくれます。他の草を抑える効果も期待できます。苗が大きくなってきたら、「水苗代の長所」を活かすことが大切です。
当時、そのような育苗の方法がないだろうか・・・と考えていたところ、昭和のはじめごろにその答えがありました。
それがこの、「保温折衷苗代(ほおんせっちゅうなわしろ)」です。
種を播いた後は寒さを避けるため油紙で覆って「保温」し、はじめは陸苗代の長所を活かし、葉が大きくなってきたら水苗代の長所を活かす。つまり、双方の良いところを「折衷」した苗床という意味です。
良い苗をつくることは、お米の質の向上と多収につながります。「ビニール」が普及していない時代に発明されたこの保温折衷苗代は、日本の米づくりにおいて革命的な出来事だったといわれています。

手植えをすれば間に合う規模だったころ、この苗代にこだわったことを思い出します。いくつかの本で断片的な情報を集め、つなぎ合わせて数年試し、太く、短く、分けつした苗が育つようになりました。10年くらい、この方法で苗づくりをしていましたが、規模を増やすのに合わせ、機械植えのできる苗を育てる必要にせまられました。

今年もそろそろ、苗代をつくる時期になってきました。
今作は、機械植え用の30センチ×60センチの育苗箱を約200枚の規模。
種を播いたら、寒さをしのぐため、遮光率80%の銀色のビニールと透明なビニールを二重に掛け、発芽を待ちます。つまり「保温」と「陸苗代」ですね。発芽をしたら、透明なビニールと網目のネットを掛け直し、日中は換気を心がけ適度な温度を保ちます。防虫、防鳥を万全にすることも忘れてはなりません。
葉が伸びてきたら、ここからは「水苗代」。少しずつ水を張りながら、葉の丈が伸びるのに合わせて高さを調整してきます。稲の顔色と、刻々と変わる最高気温・最低気温を見極めながら、最後は網目のネットの一枚掛けとします。
これが、多くの時間をかけ、失敗を繰り返しながら身につけてきた私の苗づくりです。

苗代.jpg


油紙をビニールに変え、田づらに直接播いていたのを育苗箱に変え、苗床に水が溜まるようビニールを敷いて・・・と使う資材とやり方は少々異なりますが、今でも「昭和の知恵」を受け継いでいるつもりです。
私がなぜ、アタラシイムカシサガシをテーマにするのか・・・それはこの保温折衷苗代に原点があります。

Posted by norolog at 22:27  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

超えられない寒さ

「4月の桜」は久しく経験してませんが記憶のなかに、一気に咲いてパッと散るイメージをもっています。
その桜のつぼみが、ゆっくりと慎重に開いているように感じていました。
もしかしたら、遅霜が来るのかな・・・。

夏のトウモロコシを心待ちにしてくださるお客さんが多いので、今年は2000株を目標に作付けをしています。収穫時期もできるだけ長く、少しでも早く、そして遅くまで。
例年なら3月末に播いて6月の終わりごろから収穫がはじまり、7月半ばを過ぎると収穫も終わりになります。
採れる時期を、前に十日くらい、後ろに十日くらいズラせないだろうか・・・、つまり6月20日くらいから7月終わりまで収穫するというように。逆算しますと、最初の種播きを一週間ほど早く、最後のそれを一週間くらい遅くしてみるということになります。

そうして、この春、リスクを承知で全体の五分の一に相当する400株分のトウモロコシの種を「前に」ズラして播きました。
芽を出し、葉をちょうど広げはじめたその矢先のことです。
4月8日の朝、霜にあたり、ぐったりと倒れ、葉も白や茶に変色しました。
翌9日の日中の温度が、5月並みの陽気で23℃くらいまで上がりましたので、もし8日の朝に霜にあたらなければ成功!というところだったのですが、失敗です。
成功と失敗は紙一重ですが、この表裏には決定的な違いが生じます。
やはり、「例年どおりに」というのは大事ですね。
一週間ほど種播きを早くするには、たとえば「冬レタスに挑戦!」のブログでお話しましたパンチフィルムを使う方法や、苗を育苗してから畑に植える方法もあります。
しかし、今作の私の田畑の状況では資材もフル稼動中、育苗スペースも足の踏み場もない状況でした。
来作こそは態勢を少しでも改善し、早どりのトウモロコシに挑戦できればと考えております。
9日の午前中、枯れかかった400株のすべての芽を抜き、もう一度種を播きました。
400株のなかには、元気な芽もいくつかありました。「すべて」抜いたのは、一斉に花を咲かせないと、実のギッシリ詰まったトウモロコシを収穫できないからです。

霜枯れトウモロコシ.JPG


ご安心を。
例年どおりの、「3月末」播きのトウモロコシはちょうど発芽しています。
こちらも、最初は400株を予定しております。
Posted by norolog at 06:20  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月29日

空に、大きな双葉を

双葉.jpg


ウリ科の果菜類の発芽がはじまりました。
胡瓜、ズッキーニ、南瓜、西瓜、苦瓜などの大きな双葉が、霞かかった空にむかって開いています。
他のどんな野菜の双葉より、葉の厚みがあり、大きく、しっかりとしているため、見ていて安心でき、土から顔を出してすぐに力強い勢いを感じることができます。

この冬にブログでお話ししました『15枚目の、畑を』が実現しまして、ウリ科の野菜も大幅に作付けを増やしています。
また、赤や緑の色彩で葉の形のいろいろな種類のリーフレタス、茎ブロッコリー、オクラ、トウモロコシ、人参、じゃがいも、里芋、中玉トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、甘長トウガラシ、バジル、ミント、スイスチャード・・・と、これまでニーズに対して供給が追いつかなかったものをひとつひとつ洗い出し、作付けを見直しました。
例年なら、桜の花が咲く前に少し心を落ち着かせ春にむかうのが、私の3月でしたが、今年は「勝負の3月」でした。

新しい畑はおよそ1反弱(約900m2)。
これまで十年ほど耕作放棄されていた荒れ地だそうです。
土のなかにはあらゆる草の根が張り巡らされているようで、トラクターで丁寧に耕うんすると、バリバリと音をたてながら根っこが粉々になってでてきます。
3月初めにこの畑に入り、畑の性格もわからないまま、とにかく作付けを遅らせないように作業を進め、およそ三週間あまりが経ちました。
ようやく遅れを取り戻し、これから育つ野菜を想う余裕ができたところです。
耕作放棄地を作物の育つ状態にするのは、手探りで根気のいる仕事です。
勘と経験を働かせながら、ひとつひとつ試し、失敗と成功を繰り返しながら、その畑の性格をつかんでいく作業です。
吉とでるか・・・とでるかわかりませんが、土づくりをしながら丁寧に積み上げていくほかありません。
今その畑で、色とりどりの小さな葉が桜咲く春を待っています。

ところでこの新しい畑には、栗と柿の木が一本ずつあります。
秋には、もしかしたら秋の味覚には欠かせない栗と、橙色の甘い柿をお届けできるかも?しれません。

Posted by norolog at 20:14  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月15日

踏込み温床

18年ぶりに「踏込み温床(ふみこみおんしょう)」をつくりました。
霜が降りても、水溜まりが凍っても、温床の上はいつでも発酵熱で暖かです。畑仕事をしていて足の裏が霜焼けになりそうになると、温床に足を突っ込みたくなる衝動にかられます。これに足をいれたら、ジ〜ンとほのかに暖かいんだろうな・・・と。

踏込み温床.jpg


ちょうど一年前の震災とあの原発事故は、250キロ離れる関東の南にある私の農場に、「食の安心・安全とはなにか、安定した供給はできないのか」という大きな課題を残しました。
どうしたら食の「安心」をとりもどせるのか・・・。
農薬や化学肥料をほとんど使わない栽培方法を追求するだけで本当に「安全」なのか・・・。
災害の後であっても、皆さまの食卓に「安定」して米や野菜を供給するにはどうすればいいのか・・・。
一年が経ちますが、余震も、目に見えない汚染も決して収束していないせいか、振り返って総括する心境ではありません。ですが、これらの問いにひとつひとつ向き合い、考え、行動をすることで「その先」を見つけていかなければならないと思っています。

踏込み温床は、電気を使わない「温床」です。落ち葉や米ぬか等の有機物にたくさんの水をかけ、文字通り足で「踏込み」ます。落ち葉、米ぬか、水をかけて踏む。落ち葉、米ぬか、水をかけ踏む。落ち葉・・・、と繰り返していき、いくつもの層をつくります。踏込んで数日経つと、自然に発酵をはじめ、そのときに出る「熱」を利用して、発芽に必要な温度を確保して苗を育てる昔ながらの方法です。今は、電熱線を張り巡らしてその上に苗床をつくるのが一般的な方法ですが、「電気」がなかった昔は、踏込み温床が活躍していました。

ここ数年は、太陽熱を利用して、保温して暖めた苗床で苗を育てていました。これを温床に対して「冷床(れいしょう)」といいます。冷床から踏込み温床に変えたのは、夏野菜を少しでも早く、長く、皆さまにお届けしたいとの思いを強くしたからです。発酵熱を利用して、寒い時期に夏野菜の準備ができるようになります。早く種を播ける分、作物も早く育ち、早く実がなります。その分、病虫害のリスクが高まり、使う資材も増えることにもつながります。しかし、「少しでも早く、長く」というニーズに向き合いたいと考えています。

トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、甘長トウガラシの発芽がはじまりました。

Posted by norolog at 19:16  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月05日

オハヨウカエル

このところ暖かで身体を動かすと汗をかくときもあれば、北風と地面からの冷込みで足に霜焼けができそうになるときもあれば・・・この季節ならではですね。

ついこの間、鍬で土をさくっていたら、冬眠中の蛙がでてきました。
陽ざしは暖かでも、突然起こされた蛙は驚いたことでしょう。
身動きひとつせずにじっとしていました。
少し早く起こしすぎました、ゴメンナサイ!

蛙早起き.jpg


今日は冬ごもりしていた虫が土から這い出るとされる「啓蟄(けいちつ)」です。


Posted by norolog at 20:44  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

冬レタスに挑戦!

直売の常連さんに、「冬に生野菜ある?レタスはつくれない?」というお声をいただくことが多かったので、今年は「冬レタス」に挑戦しました。

一昨年のこと、結球(けっきゅう)しないグリーンリーフレタスを秋に遅れて播き、越冬させて育てたことがあったので、「十分に育つのでは」という感覚がありました。
今回は、アブラムシなどの虫が嫌がる素材で、冬でもある程度ですが地温を確保できる「銀黒(ぎんくろ)マルチ」を土の上に敷いて、更に、朝晩の寒さを避けながらも日中の温度の上がりすぎを抑える「パンチフィルム」というビニールをかけ、大事に育てました。

冬に野菜を育てるには、多くの資材を必要とするのが悩ましいところです。
毎朝零度近くまで下がる氷の世界で、このレタスに加え、ほうれん草、小松菜、キャベツなどを育てるのですから・・・資材がかかってもシカタナイですね。

冬レタス.jpg


結果はまずまずです。
例年とは比べようもない寒さのなか、ゆっくりですが、少しずつ生長しています。強い霜が降りた日はさすがにダメージが大きいようですが、暖かな日中の陽射しを受けて葉色を回復させ、数日のうちに葉をひと回り大きく開き、次の強い霜に備えているようです。このところ週に一度くらい降る雨に救われています。
レタスは、春に向かう日照、温度、湿度を辛抱強く待っていたようです。

私は、耳たぶに霜焼けをつくって「カイイ、カイイ」と血まみれ?になっているのに、寒さにじっと耐えながら生長するレタスの姿に、正直、頭が下がります。
近々、皆さまにお届けできる見込みです、お楽しみに!

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2012年02月16日

冬のほうれん草

冬のほうれん草は、私にとって特別な存在です。

・・・冬の夜、納屋の天井からぶら下がった裸電球の下で、床いっぱいに広がった濃い緑色のほうれん草。四角い納屋の暗がりを、まるく灯す橙色の光のなか、枯れた葉をとり、ひとつまたひとつ、せっせと束ねていく手。かじかんだ手をこすりながら、無数のほうれん草を束ねる姿。キュッキュッ、キシッキシッ、パキッパキッ、茎葉をさわったときの小さな音だけが響く時間・・・。

ほうれん草.jpg


都市近郊の大きな丘陵地の麓で代々、農業を営む方にお世話になったときの、私のほうれん草の記憶です。
十代の終わりに、毎晩のように見たこの光景をときどき思い出します。
あれから二十年ほど経った今、ほうれん草をひとつひとつ束ねながら、厳しい寒さの下で地べたに葉を伏して育つ「ほうれん草の姿」と、裸電球の灯りがもれる納屋で丁寧に束をつくる「農家の方のその背中」に想いを馳せます。
ほうれん草の味も、束ねる速さも、その農家の方の足元にもおよびませんが、その姿をお手本に、いつの日か納得のいく「ほうれん草」を育てたいと考えています。

この冬は、梅の開花は例年より半月くらい、昨年よりひと月ほど遅れたそうです。ほうれん草も、新しい年を迎えて出荷を予定していたものが、生長が遅れて1月の終わり頃になってしまいました。ゆっくり生長した分、ずっしりとした姿です。

冬の、少し特別な「ほうれん草」。
寒さにさらされ、葉は厚くなり、茎はしっかりと太りました。
甘みと旨みがたくさんつまっています、ぜひ召し上がってください。


Posted by norolog at 20:50  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

雪の朝の、みそ汁

雪の朝、根菜のたくさん入ったみそ汁で身体を暖めながら、人参と里芋をほおばり、食卓のお椀の中身から今作を想像します。お椀のなかの具は、意外と多くのことを教えてくれます。
・・・台所に青い菜っぱが減ってきた“この季節の朝”に根菜はいかに重宝なことか。
妻と娘が仕込んだ「手づくりのみそ」が一年を通じて保存できることの、昔からつづく食の知恵を・・・。

雪景色.jpg


お陰さまで、新しい畑を借りる目途が少しずつたってきました。
やりたいこと、やらねばならないことは山ほどありますが、この春からのはじめる畑で、ひとつテーマにしたいのが「根菜と貯蔵」です。

これまで私の畑では、「たくさんの旬」を追いかけ、それを皆さんの食卓にお届けすることを大きな柱にしてきました。
それにより、個人宅配も、直売も、飲食店への出荷も、年間でだいたい50種類以上の旬の野菜・食材をお届けすることができるようになりました。
しかし、たくさんの旬をお届けすることの長所の一方で、台所に常に置いておきたい根菜類のお届けが少なくなり、見方をかえればそれが短所にもなっていました。

「なぜ根菜が少なかったのか」、理由はいくつかあります。
そのひとつは、借りている畑の面積が十分でなかったこと。1年間でおおむね一作しかできない根菜類は、農地を広げなければ難しかったのが理由のひとつ。そして私にとって当時は、その農地を広げること自体が極めて難しかったことが大きな理由です。
ふたつ目は、貯蔵するスペースとその技が、私に乏しいこと。農地を所有せずに、街で新しく農業をはじめるには、少なからず障壁があります。土地を所有していれば可能でも、借りた畑に野菜倉庫や冷蔵設備をつくることはできません。貯蔵のきくと思われる根菜類であっても、夏の高温期や冬の厳寒期、春の気まぐれな温度上昇や梅雨の湿度、秋の寒暖の温度変化では、腐るのも無理はないのです。
節電の時代に、電気を使わなくても、施設や設備をつくらなくても、野菜を少しでも長く保存する方法があるのでは・・・。今から半世紀くらい前の昔を考えれば、その野菜、その品種に応じて、適切な栽培と貯蔵の技があったのでは・・・と考えています。

地域の方や農政の方のお力添えもあって、新たに農地を借りることができるようになり、一年に一作の根菜類であっても、十分な広さを確保できる見通しがたってきました。
「貯蔵する知恵や技」を学びながら、一年のできるだけ長い間、人参や里芋、ジャガイモや玉葱などの根菜をお届けできる宅配、品ぞろえのある直売を探していきたいと考えています。

寒い季節には寒い季節なりの、暑い季節には暑い季節なりの工夫・・・きっとこれも、アタラシイムカシサガシです。

Posted by norolog at 11:06  |Comments(0)TrackBack(0) | 牛のひと声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

うしのあゆみがおそい

牛川.jpg

「牛」と「川」。

長らくブログを続けておりますが、こんな字があったのかと、このアタラシイ発見に驚き、笑い、感慨深い想いでいっぱいです。

日頃なにげなく使っている「うしへん」の字を調べてみると、あらためて「牛」が私たちの生活によりそう身近な存在だったことに気づきます。

都市の近郊に位置するこの地域であっても、おじいさんやおばあさんの世代の方に話を聞くと、「牛」とともに農業を営む暮らしがあったそうです。

特に「物:もの」という字に「牛」が入っていることについて、物にあふれた・・・と語られることの多い今の暮らしのなかで、「うし」に象徴されるような、手づくりで農業を営むことの大切さや難しさ、意味や意義に想いを馳せてしまいます。

牛は陸の上をのろのろと歩くのが特徴ですが、川を渡るときはさらに歩みが遅くなることから、この字ができたそうです。

さて、ここでクエスチョン。「牛:うしへん」に、「川:かわ」と書いてどのように読むのでしょうか?

答えは、タイトル名です!
Posted by norolog at 11:02  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月09日

ハンブンノ・・・

新しい年を迎え、晴天のなかで畑仕事をしながら考えるのは、これでハンブンオワリ。
ノコリノハンブンノ、ハジメノハンブンでこれを作付けて、サイゴノハンブンであれをしよう・・・。

いつのころから、私の作付けスケジュールは晩夏からはじまり、翌年の初夏までの一年間でまとめるようになりました。
そのせいか新しい年で「半分」が終わり、夏に稲が出穂(しゅっすい:稲の穂が出ること)すると「のこり半分」が終わる感覚になっています。
出穂から一年を考えると、途中に冬というアイドリング期間があるため、気持ちが少し楽になるというのが理由のひとつです。

わらカッター.jpg


年明けにする「切りわら(稲のわらを切ること)」は、前年のわらを田の土にもどす大切な仕事。わらカッターという機械で田んぼを1枚ずつ廻って、わらを切っていくのですが、これが意外と時間がかかります。
「この田で半分が終わり。あの田が終わると、のこりは半分の半分。」と、自分に言い聞かせながら作業を進めていきます。

種播きも、田起こしも、代かきも、黒つけも、田植えも、草取りも、稲刈りも、脱穀も、籾摺りも・・・。
永遠とつづく単純で大事な作業には、いつも決まって「半分の、半分の」。

もしかしたら「半分の半分」は、四季のはっきりした気候風土に培われた日本における手仕事の進め方、考え方だったりして・・・。
いや〜、最近は半分の、半分のと分解しすぎて、どこで半分なのか、どこまでで半分の半分なのか・・・わからなくなってきた今日この頃です。


Posted by norolog at 09:33  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

15枚目の、畑を

今年は田を12枚、畑を2枚。
計14枚、合わせて約1ヘクタールほどの田畑で、約50種類以上の作物を栽培しています。
すべて地主さんのご好意によって、貸していただいた土地。
休耕した田を復田(ふくでん:耕作されなくなった田を、田にもどすこと)したり、畑で使われていたところを田に戻したり、1枚、そして1枚・・・と長い時間をかけて増やしてきました。

今もう一枚、15枚目となる「畑」を探しています。

3.11の震災直後に米や野菜を買いにいった方なら、誰でも一度は考えたはずです。
私たちの街には田畑がところどころ散らばっているのに、スーパーやデパートの売り場になぜ、こんなにも野菜や食材がないのか。どれだけ、東北や首都近県で育てられた野菜や食材に支えられていたか。
そして、私たちの食卓は、こんなにも「不安定」なものか、と。

今も、これまでも、小作を続けている身ですから、街の近くに田畑があるが故に耕作できない農地がある「現実」を、私は理解しているつもりです。
水面に氷が張るくらい寒い季節や、雨も降らずに35度以上の猛暑が続けば、野菜が育たず、地方から野菜を取り寄せなければ十分な「量」が確保できないのも、分かっています。
でも、品物が並んでいない店舗の売り場を目の当たりにしたとき、「しょうがない」では片づけられない憤りを感じたのを今でもはっきりと記憶しています。

不安定な食卓を、少しでも「安定」に変える責任を持ちたいと考えています。
街に住むすべての人はもちろん無理でも、私たちを知っているひと握りの方の、「安心」して暮らせる毎日をサポートできたらと考えています。
そして、地元で育つ「できるだけ安全」な野菜や食材を望む声に、真摯にお答えしたいと考えています。

15枚目の畑は、そんな想いを実現させる確かな場所にしたいと願っています。

春キャベツ.jpg

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2011年12月13日

タガヤスヒト

タガヤスヒト。
ちょうど20年前、鍬を握りはじめたころ。
若者が農業にチャレンジすることが今よりも明らかに珍しく、難しく、カタヤブリだったころ。
「農家」でない者が農地を耕すことは、日本の法律で認められていないという事実を前に。
十代後半の自分が、ヤミ耕作であることの後ろめたさを超え、前を向いてうなずける言葉。
それが、この「耕す人」。

この冬、その「耕す人」を目指し、20年間が経ちました。

はじめは、農や農業と共にある暮らし、思想とか哲学みたいなものが美しいと思いました。
次に、雨の日も風の日も、畑に向き合う「姿勢」とか、草と闘う「根性」が必要だと思いました。
それから、天候に左右されないで野菜や米を育てることのできる確かな「技術」が必要だと感じました。
その技術は、誰が持っているのか、どこにあるのか・・・自分にはないことに気づきました。
見よう見真似とか、本から探してとか、人に聞いてとか・・・失敗しながら「経験」に変わりました。
採れたものをどうやって売るか、届けるか、考えるうちに、自分の「市場」が必要だ痛感しました。
ひとつ百円とか数百円の農作物から算数をすると、はてしなく「土地」が必要でした。
いいものを育てたいと願う気持ちから、考えられないほど、肥料や資材、機械や置場が必要でした。

今、農業をするうえで必要なのは、レキシだと考えています。姿勢も、根性も、技術も、経験も、市場も、土地も、資本も・・・すべてはこの「歴史」という言葉に収束する気がしています。
空が、土が、旬が、ニーズが少しずつ変わろうと「いつ、どこで、なにを、どのように育んだか」という歴史さえあれば手探りや借りものではない、より確かで安定した農業ができるはずです。
その、安定した農業があってはじめて、「皆さまの安心できる食生活」へのお手伝いができるものと考える今日このごろです。

昔、農家のおじいさんに聞いた言葉をときどき思い出します。
「百姓は60年。はじめは教えてもらう20年。次に自ら切り開く20年。最後は次に伝える20年・・・」と。
冬が行き、春を迎え、そして桜が咲くころ、「耕す人21年目」がはじまります。
のろのろと時間がかかってしまいましたが、かかったからこそできる「切り開く20年」をはじめます。
皆さまの安心できる食生活を揺るぎのないものにするために、日々、田畑に向かい挑戦していきます。
その、向き合い、失敗し、泥臭く、牛のようにのろのろと歩く様を、このブログを通じてお届けいたします。

タガヤスヒト.jpg
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2011年11月28日

種を信じる

秋は春に次いで、多くの種を播く季節です。

小麦、白菜、キャベツ、ブロッコリー、大根、ほうれん草、小松菜、春菊、水菜、京菜、玉ねぎ、にんにく、ソラマメ、絹さや、スナップエンドウ、リーフレタス、ナバナ、高菜、からし菜、ルッコラ、わさび菜・・・。

ほうれん草だけで2つの品種を5回、大根は4つの品種を計4回、玉ねぎを3種類、リーフレタスは7種類など、収穫をずらすために複数の品種について時期を少しずつずらして播いていきます。
少しの成功とたくさんの失敗を繰り返しながらここ数年でずいぶん、データと感覚が蓄積されてきました。
どの季節のどの時期に、どんな空気の感触でどんな土壌の状態で、どの種類のどんな品種を播くと生育がそろうか。
種の種類、大きさ、形に応じて、土に入れる向きを変えたり、かける土の量や粒度を調整したり、播く前に吸水して芽出しをしたり、氷で冷やしたり、日陰で影干ししたり。
更に野菜の端境期をなるべくつくらず、切れめのない旬を皆さまにお届けするにはいつどのような被覆資材を使えばよいか。
虫よけのための網目の小さなネット、年明けの寒い季節に収穫するためのビニールマルチや寒冷紗、パンチフィルムなど、さまざまな被覆資材も少しずつ充実してきました。
少しずつ経験を積んでいくことで概ねの播き時期を探ることはできますが、最後はやっぱりこれです。

種を播くとき決まってすること、それは「種を信じる」ことです。

麦の発芽.jpg

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2011年11月17日

冬じたく、春じたく、来作じたく

田んぼでは、先月から晴れ間をみながら行ってきた「脱穀(だっこく)」が終わりました。
およそひと月半。刈った稲を天日で干す作業と並行して、乾いたものから順番に、穂の籾をパラパラと外していきます。千刃こきと唐箕(とうみ)の機能が組み合わさった移動式の脱穀機で、籾の状態にして袋詰めにしていきます。唐箕は、稔らなかった籾や藁くずを風で飛ばし、籾だけをとりだす道具なので、これをやると身体中がホコリまみれになります。

11月の冬じたくは、周期的に降る雨の合間に、大陸性高気圧が寒さを連れてくるのに合わせて、畑をつくり、種を播き、苗を植えていきます。「寒さ」に耐えられない作物から順に作業を進めていくのがポイントです。
まずは稲刈りの最中に苗を育てた、玉ねぎです。寒くなると根の張りが悪くなるので、早めに取りかかります。今年は極早生(ごくわせ)の玉ねぎの苗づくりが上手くいかなかったため、赤玉と白玉を合わせて千本ちょっと。鉛筆くらいに育った苗を定植します。

続いて、小麦。夏から冬にかけて地粉うどんの乾麺をお届けするため、ひと晩芽出しした小麦を播きます。畑は「間作(かんさく)」という栽培方法をしているので、野菜と野菜の間に小麦を1列、その隣りの野菜と野菜の間にも1列・・・と、何列も繰り返し播いていきます。1列はおよそ50m、手で丁寧に播きます。

そして、いも類の収穫です。さつまいもや里いもなどは朝の冷え込みが厳しくなると土のなかで傷んでしまいます。霜が降りる前にこれらのいも類を収穫します。

それから、小松菜、ほうれん草、水菜。先月もそれぞれ2回ほど播いていますが、年末、年明けの需要を見越して、更に150m2くらい、手で丁寧に播いていきます。

霜が降りはじめると、春菊などの葉もの野菜に穴あきのビニールをかけて守ってやります。

それからそれから・・・、最も寒い季節に収穫するためのほうれん草を更に150m2ほど種播きをして、冬レタスの種を播いて、早春にとれる大根の種を播いて、絹さやとスナップエンドウを播いて、田んぼでほったらかしてある掛け干しの木を片づけて、稲藁をカッターで切って鋤き込んで・・・。

あれ、これって冬じたく?春じたく?「来作じたく」かな?

秋野菜.jpg

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2011年10月31日

なま落花生の醍醐味

秋深まり、虫の音もなくなった月のきれいな夜に、塩茹でした「なま落花生」を食らう。
まだ冷えきらないサヤを割って食べるもよし。
夜の肌寒い空気にさらして冷めた豆をほおばるもよし。
サヤを割るたびに響く「パリッ」と鳴る音も、食欲をさそう。
豆を噛みしめるたびにクセになる食感。
広がる地の味と、塩味と、甘み。
ひとつ、またひとつとサヤを手に取り、パリッ。
秋の夜は、なま落花生がよく似合います。

落花生.jpg

今年の落花生は豊作です。まだまだ畑にあります。
秋の旬、塩茹で落花生をぜひお試しください。

また、落花生は「疲労回復」や「美肌効果」があるといわれています。
昼夜の寒暖の差が大きいこの季節は、身体が少しだるかったり、なかなか疲れがとれなかったりという方が多い時期です。ビタミンB1がたっぷりの落花生は、疲労物質の発生を抑えて疲労回復に効果があるそうです。更に、ビタミンEもたっぷり。β-カロテンの豊富な小松菜などの青菜類と組み合わせると、抗酸化作用が高まり、脳の老化抑制や美肌効果、生活習慣病の予防につながるそうです。

皆さんもこの味に、ぜひクセになってください。
ご希望の方には、とれたての「なま落花生」をお届けいたします。


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2011年10月20日

はざと稲と私、途方に暮れて・・・

新米はいかがでしたでしょうか。台風15号被害のあと、稲刈り・天日干し・脱穀・籾摺り・精米を急ピッチで進め、なんとか10月のお届けに間に合いました。

旬と共にある暮らしを皆さまにお届けする側の私にとって、「新米」は特別な存在です。とくに、今作に対する思い入れは個人的に強いものがありました。食とは何か・・・、街なか農業にできることは・・・、安心とか安全って・・・、さまざまな問いを抱えながら育てた「新米」です。

そんな思いを振り返り、茶碗の新米を噛みしめていた矢先の10月14日と15日。秋雨前線が上空にはり出し、熱帯低気圧に変わった台風が通り過ぎただけの風と雨。しかし、ひどい暴風でした。

朝どり野菜の出荷を終え、昼前に被害状況を見るために田まわりをして、愕然としました。

倒れたはざ.jpg

崩れないように頑丈に組んだ「はざ」と、脱穀を控えほとんど乾いた「稲」が、宙を舞い、なぎ倒された姿を目の前に見つけました。そうです、かけ干しが倒れたのです。
4枚の田で合わせて、はざ架け延長約100m。田の面積に置き換えれば1反(1000m2)を超える広さです。その広さですと、乾燥した籾だけで500kg以上、はざ木や稲わら自体の重さを含めたら1tを超えます。もちろん「100m分」が全てつながって一枚の田んぼにあったわけではありませんが、これだけのものがそのまま倒れるのではなく、宙に浮かび、2〜5mほど離れた場所に倒れるとは驚きです。「自然」が牙をむいたとき、人の力はなんと無力で、なすすべがないものなのかと感じずにはいられませんでした。

しかし、途方に暮れている場合ではありません。乾いた籾も、水を吸い始めて1週間もすると発芽します。
そういえば「あのカールルイスなら100mを10秒かからずに走り抜けるんだよな・・・いや、21世紀はウサインボルトか・・・」などとバカなことを考えながら、2日間ほどかかり、はざを組み、稲をかけ直しました。

自然災害も、今年はもうこりごりというのが正直なところです・・・。
Posted by norolog at 22:07  |Comments(0)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月14日

”古米”を食べる習慣

連日、真夏日がつづくなか稲が少しずつ色づいてきました。秋色に染まった赤トンボが舞う豊穣の季節です。
どのような状況下に置かれても決してくじけず、こうして季節が巡るにつれ、たくましく生長し、穂を垂らす稲の力強さに、ただただ感謝する気持ちでいっぱいです。

稲穂_2011.jpg


我が家はここ十数年ほど、新米がとれても桜の花が咲くまでは古米を食べる習慣がつづいていましたが、皆さまのお陰で2010年産米の在庫がなくなりました。
新米の方が美味しいことはもちろんです。葉桜の季節を迎え古米を食べていると、そろそろ新しいお米を食べたいと思うことも多々あります。ですが、新米がとれても「古米」を大切に保管する習慣は、他には変えられない安心感につながります。

台風が来るたび、降りやまない秋雨に困るたびに、いま刈っていない稲が倒れたらどうなるか、皆さまの食卓に届けられる新米は最大限に確保できるか、頭を悩まされます。
皆さまに「新米」を安定的に供給するために、そして我が家の食卓をできる限り満たすために、「古米」は欠かすことのできない存在です。

半年、一年先の食卓を見通すことの大切さと難しさ。天災、天候になるべく左右されずに安定した食生活を営むための知恵と姿勢。主食としてのお米の価値と重要性。私たちの、少し前の方々の暮らしのなかには、それらと向き合いつづけてきた「古米を食べる習慣」があったそうです。

旬の新米を好むことと、もしかしたら対極にあるようにも思える「古米を食べる習慣」。これらが共存する価値観のなかにこそ、本当に豊かな暮らしと、安定した食生活を営むヒントが隠されているような気がしています。

今年は稲を褒めてやりたいと思います。そして今作は、特別な新米です。

Posted by norolog at 22:42  |Comments(0)TrackBack(0) | 牛のひと声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

秋レタスはじまりました

このところ日本列島に前線が降りて曇りや小雨、ときには大荒れの天気が続いています。
穂についた籾が少しずつ太りはじめた稲にとって局地的な大雨は悩みのタネですが、これから大きくなる秋冬野菜にとって適度な湿気、適度な温度は、本当にありがたい味方です。

猛暑のなか種を播いた「カキチシャ」、はやくも収穫できるまでに生長してきました。
カキチシャとは「葉かきレタス」。皆さんがよく知っているサンチュの仲間です。今年は、赤カキチシャと青カキチシャの二種類を栽培しています。あれだけ暑い温度のなかでも根を張り、葉を伸ばす姿をみていると、なんだか夏バテ気味の自分が申し訳ないようにも思ってしまいます。

カキチシャ.jpg

このカキチシャ。調べてみると、日本では1000年以上も前から栽培されていた記録があるそうです。チシャとはレタスのこと。レタスは茎を切ると白い液がでるので、「乳草(ちちくさ)」といっていたそうで、チシャとはその名残りだとか。カキチシャは数あるリーフレタスのなかでも耐暑性のある品種です。

これから、半結球レタス、フリルレタス、オークリーフレタス、コスレタス、エンダイブなどさまざまなリーフレタスをお届けします。

Posted by norolog at 14:39  |Comments(0)TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月12日

丘の幸、谷の幸

ギラギラした太陽、ミンミンと響く油蝉の声・・・、こう暑いとお手上げです。
このところ夏バテぎみで食がすすまないことが多いのですが、つるつるっとした”うどん”はなんとかのどに通ります。
こういうときに、日本に”うどん”という食文化があって本当によかったとしみじみ思います。

地粉うどん.jpg


私の農場で6月にとれた小麦は2〜3ヵ月に1度、隣町の製麺所でうどん(乾麺)に加工します。
明治に製造された機械がずらりならぶ薄暗い加工場。
職人かたぎのおやじさんと、先日、少しお話する時間がありました。
この辺りは昔、小麦をたくさんつくっていたんですか?の質問に。

「この辺はよう、昔から小麦が盛んなんだよ。周りによ、田んぼが少ないから、丘だろう、畑ばかりだよ。米がつくれねえからよ、小麦をたくさんつくって食べるんだよ。でもよ、土地が合っているから、うどんにすると麺が強いんだ。うまいんだ。田んぼでつくったり、いい土で育てるとよ、土がよすぎちゃって、麺が弱くなるのよ。小麦はあんまりいい土には合わねえや。やっぱこのあたりの畑が最高よ!」

なるほど・・・、麦をつくる場所と、米のとれる場所。小麦に合う土と、稲の育つ土。うどんを食べる食文化と、米を主とする食生活。
米を中心とした食生活がある一方で昔、それがかなわない地域では「麦」でそれを補っていたことがうかがえます。
「麦」で補う食生活、その意味やその苦労、その豊かな食卓を想います。
そして、その食生活の違いをつくりだしているのは地形であることに気づきます。
丘でとれる幸も、谷でとれる幸も双方、育てられることに感謝です。

麦は丘の幸、米は谷の幸。

Posted by norolog at 12:12  |Comments(0)TrackBack(0) | 牛のひと声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月01日

トウモロコシの輝き

この夏のトウモロコシ、たくさんの方から「美味しかった、甘かったよ」とメッセージをいただきました。
1000本くらいはつくりましたが、残念ながら今年はこれでおしまいです。

トウモロコシ.jpg

「トウモロコシ、糖度が19度ありましたよ!」
トウモロコシがとれはじめた6月下旬に、たまプラ東急デパ地下の野菜専門店から電話をいただきました。
糖度19度。はじめは耳を疑いましたが、これだけ甘みがのればうれしい限りです。
デパ地下は修羅場のようなところなので、忙しいなか連絡くださったのもうれしく思いました。
実はこのトウモロコシ、出荷前日の夜に10本くらいハクビシンの食害され、くやしい思いもしたのですが、彼らは美味しくなるピークをよく知っているんだな〜と感心したものでした。
今年は50mの布製の網も用意して畑の周りをふさいでいるのですが、もっと厳重にしないとダメですね。

・・・広いトウモロコシ畑の真ん中に、麦わら帽子をかぶったおじさんが小さな床屋をやっていて、子どもたちが髪をきりにいくと待ち時間に、そのトウモロコシをもぎとって、蒸かして、焼いて、丸かじり。トウモロコシの甘い香りとニコニコの笑顔。うわさが広がり、街の子どもたちの行列ができるほど人気の床屋になり、おじさん大忙し・・・。

そんな本を昔、小さかったころ読んだ記憶があります。
なんていう本かもう忘れてしまいましたが、トウモロコシが実るころいつも思い出します。
せっかく街なかでトウモロコシをつくっているのですから。
夏のトウモロコシを手にしたとき大人も子どもも感じることのできる、なんともいえない幸せを届ける畑にしたいなぁと思っています。
来作はもう少し作付けを増やして、できるだけ多くの方に食べてもらいたいと考えています。

私の農場のトウモロコシを食べてくださった方、メッセージをくださった方、畑になんども足を運んでくださった方、本当にありがとうございました!
Posted by norolog at 07:25  |Comments(1)TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする