ここ暫くパソコンの電源を入れることも少なく、使うとすれば辞書代わりかトピックスを読むくらい。時代の流れとは逆行するような生活でも、生きていく事はできるものだ。
この間何をしていたかと言えば、家族で出かけ、遊び、飯を作って食べ、寝る。という当たり前の日常を送っていた。ただ違うのはパソコンに向かったり、競馬に費やしていた時間を他に割り当ててたということだけ。世の中にはやってみて気付くことも多いが、やらないで気付くこともあるもんだなぁというのが素直な感想である。
私が学生の頃は、食事なんてだいたい摂れていればいいくらいの感覚で、美味しい店を探したり、作ったりというのはどちらかというと面倒くさい作業で、その時間を他の遊びに費やしたいという思いの方が強かった。しかし30代半ばも越え、子供も味の区別がつくようになってくると、美味しいものを作り美味しいものを食べるとか、美味しいものを食べに行くという行為の幸せの比重が相当に大きくなっていることを実感する。
そう、美味しいものを食べるということが、食べれるという現実がなんと幸せな事か。そしてそんな幸せな今を永く永く続かせるには何が必要か?という思いがよぎる。
震災後は仕事が出来る有難さを噛みしめている。普通に生活が出来る有難さを噛みしめている。東北で亡くなったり大変な日々を送っている仲間の分も、普通に動ける自分たちが仕事を頑張ることで、少しは役に立てるのではないかという思いは今も変わらない。
そして恐らくその仲間達は苦難を乗り越えた後大きな成長を遂げているはずだ。私も同じ時間を生きて負けないように成長していたいと思う。
だから父は狩りに出る。家族で美味しいものが食べられるように。