2010年03月25日

ジョン・ハートフォード体験


john_hartford.jpg















いよいよレッド・クレイ・レコードの新プロジェクト、ジョン・ハートフォード・ストリング・バンドによるジョン・ハートフォード・トリビュート作品「メモリーズ・オブ・ジョン」のリリースが近付いてきました。
詳細は下記にて。

http://www.bomserv.com/BOMproducts/bomproducts.html#rc125

個人的な思い出を綴ってみました。

ジョン・ハートフォード体験

 初めてジョン・ハートフォードの名前を目にしたのは’70年代の初め頃、ロックに興味を持ち出した頃に聞いたジェームス・テイラーの『マッド・スライド・スリム』、またはバーズのロデオの恋人というアルバムのクレジット。バンジョーやフィドルでカントリーやブルーグラス風味の味付け役として請われて参加していたようだが、当時はジョン自身のプレイにまで入り込んで聞く耳は出来ていなかったと思う。勿論、グレン・キャンベルの大ヒットやディーン・マーチンまでも歌って又、魅惑のトランペットみたいなタイトルのアルバムでオーケストラ用に地下街のBGMで聞かれるようなアレンジされた「ジェントル・オン・マイ・マインド」は普通に耳にしていたと思う。因みに名古屋の高校生時代にグレン・キャンベルがカール・ジャクソンを伴った来日コンサートを見に行って凄まじい”ORANGE BLOSSAM SPECIAL”に驚愕したことを覚えている。コンサートのパンフレットか音楽雑誌かなんかでジョン・ハートフォードが前任のバンジョー奏者でRCAから何枚もアルバムを出しているという知識は有った様に思う。
 ニューグラス・ムーブメントの黎明期の名作と誉れ高い、ワーナーからリリースされたデビッド・ブロムバーグのプロデュースによる『Aero Plain』とジョン・サイモンによる『Morning Bugle』は、シンガー・ソングライターやスワンプ・ロック系の識者の間で高く評価されていた。”Turn Your Radio On”で始まる前者はバッサー・クレメンツ(f)、タット・テイラー(d,m)、ノーマン・ブレイク(g,m)、ランディ・スクラッグス(bs)という伝説的なバンドで、後にニューグラス・リバイバル他よってカバーされる名曲のオン・パレード、今は懐かしいカット・アウト盤で出回っていたので比較的簡単に入手して愛聴、来日コンサートでサインを貰った。後者はノーマン・ブレイク(g,m)とジャズ・ベーシストのデイブ・ホランドとの極めてシンプルで地味な作品、当時、現物にはなかなかお目にかかることが出来ないコレクターズ・アイテムで三宮のロック喫茶、ジャンゴあたりでリクエストして聞かせて貰ったように記憶している。この頃、東京に遊びに行った時に立ち寄った築地のエニーオールドタイムでジョンのRCA時代の後期の作品となる『Iron Mountain Depot』を聞かせてもらった。顔面タタキ・パフォーマンスと実験的なアレンジが妙にマッチした”Hey Jude”がとても印象に残っている。
 ブルーグラスにどっぷりと足を突っ込んでからジャケットに惹かれて入手した『Mark Twang』(’76 Flying Fish)、グラミー賞を獲得したというこの作品はジョンのフィドル、バンジョーを駆使してミシシッピー川やスティームボートにまつわる内容の唄を集めた弾き語りによるスタジオ・ライブ。ミシシッピーの広大で肥沃な土地を背景とした牧歌的な内容を期待していたら、あにはからんや、一人でタップ・ダンスを踊りながら顔は叩くは、
人間の声でギターのワウワウを真似てビル・モンローの曲をワヤにするは、反ったレコード盤の針が引っかかる音を真似たり、最初から最後までブルーグラス・ミュージシャンの名前を羅列するだけの唄とか、やりたい放題の最高にヒップな内容で、真面目にブルーグラスを学ぼうと思ってた出鼻を挫かれて、頭の中を掻き回されたような衝撃を受けた。同じ日に録音されたという『Nobody Knows What You Do』(’76 Flying Fish)は”In Tall Buildings”がとても印象に残ったアルバムで、バディ・エモンズ(steel g,)、デビッド・プリッグス(piano)、ジム・コルバート(electric g.)、ケニー・マローン(drums)、サム・ブッシュ(m)、ロイ・ハスキーJr.(bs)等々、ナッシュビルのトップ・ミュージシャンを集めて創造的で実験的なスタジオ・セッションを繰り広げている。又、同年にジョンのアイドルであるベニー・マーチン名義で、レスター・フラット、カーリー・セクラーというフォギー・マウンテン・ボーイズの面々と『Tennessee Jubilee』という企画アルバムにも参画、翌年にはミズリー時代からの盟友であるディラード兄弟とブルーグラス・ロックの名盤『Glitter Grass from the Nashwood Hollyville Strings』等々、旺盛な創作意欲で次々と話題作をリリース、’ ベニー・マーチン、バディ・エモンズを伴って日本公演を行うという情報が錯綜して一部の期待を煽ったようだが78年に一人で来日、ソロ・パフォーマンスによる文字通りワンマン・コンサートを行った。サンケイ・ホールで開かれた大阪公演を見る機会に恵まれたが、たどたどしい片言の日本語で語りかけながらステージを進行、最初は戸惑いを隠せない客席も、アメリカでの熱狂的受け方までは行かないまでも、最後はハートフォード独自の世界に引き込まれていた。その後も『All In the Name of Love』(‘77)、マーク・トゥワングの続編といった趣きの『Headin' Down Into the Mystery Below』(‘78)、パット・バートンとベニー・マーチンとのコラボによる『Slumberin' on the Cumberland』(79’)、『You & Me at Home』とソロ・パフォーマンスの集大成という趣きの『Catalogue』 (‘81)。この頃、コロラド州テルライドのフェスで生ハートフォードを体験、ニューグラス・リバイバル、ピーター・ローワン等が人気を博すここでのジョンはカリスマ的存在で、登場前から期待でヒートアップ、フィドル・チューンで手拍子を打ち鳴らし、コール・アンド・レスポンスに呼応、しみじみ聞かせるナンバーではうっとりと聞き入り、最後はワイアレス・マイクを仕込んだフイドルを弾きながらステージを降りて練り歩き、観客のブリッジで応えてジョンが潜り抜けるという会場全体を巻き込んだパフォーマンスで人気の凄まじさを実感した。
その後、カウボーイの愛称で呼ばれるジャック・クレメンツをプロデューサーに迎えて、アメリカ南部の大衆音楽への愛情をストレートな形で表現した『Gum Tree Canoe』(‘84)を発表。メジャーのMCAが何を血迷ったか一時ウエスト・コーストの名門ドット・レーベルを復活させた時に、ジャック・クレメンツのプロデュースでストリングスをふんだんに使ったゴージャスな音創りの『Annual Waltz』(‘86)に発表、同時にフライング・フィッシュからも同路線の『Down on the River』(’89)、息子のジェイミー・ハートフォードとの『Hartford & Hartford』(‘91)、この頃からジャック・クレメンツの元で働いていたマーク・ハワードがジョンの片腕的存在として活躍、ツイン・フィドルをメインにした美しいインスト・アルバム『Cadillac Rag』、当初はフライング・フィッシュから出す予定が曲数が揃わないという理由で、自ら立ち上げたスモール・ドッグからカセットで発表。その後も『Goin' Back to Dixie』『The Walls We Bounce Off Of』『Live at College Station Pennsylvania』『Old Sport』『No End of Love』等、制約の無い自由な表現で質の高い作品を発表。ナッシュビルのオープリーランドでトヨタ主催のブルーグラス・フェスでロイ・ハスキー(bs)とマーク・ハワード(g,m)の鉄壁のリズムに支えられて、ジョン・ユードキン、宝塚フェスに来たこともあるホリー・オデール等を伴ったトリプル・フィドルをフィーチャーしたジョン・ハートフォード・ストリング・バンドのステージを見る機会に恵まれた。又、ニューヨークのボトムラインでジョン&ジェイミー・ハートフォード親子のショーにも遭遇。今まで見たソロ・パフォーマンスではある種の緊張を観客に与えて、徐々に解きほぐして最後は熱狂に導くというマジックという印象が強かったが、この頃のステージは古き良き時代の音楽をストレートな形で判りやすく表現しているように思えた。
これと平行してラウンダーからボブ・カーリンとコラボで本格的なオールドタイムのフィドル&バンジョー・デュオによる『The Fun of Open Discussion』(‘95)をリリース、これまでの作品との余りの違いに戸惑いを覚えたが、これ以降、ケンタッキーの盲目のフィドラー、エド・ヘイリーのSP復刻を始めとしてオールドタイム・フィドル音楽に深く傾倒。同年に岐阜県時山のマウンテン・タイム・ブルーグラス・フェスティバルのゲストとして来日、アメリカに帰った時の時差ぼけを防ぐためということで、滞在中ずっとナッシュビルのセントラル・タイムを堅持して昼間は寝て、夜中じゅう起きるという生活パターンを続けていたのでフェスのステージ終了後、文字通り世が明けるまでジャムに付き合うという経験をした。『Aero Plain』に収録されてニューグラス・リバイバルも取上げていた”Bamp In The Middle”を延々と続けて異様に盛り上がった事が印象深い。何かのきっかけで沖縄音楽の話題になり、ジョンが興味を持ち、ポケットから3X5のインデックス・カードを取り出し安里屋ユンタの採譜を始めたのには驚いた。大阪公演の時に僕と足立安隆の三線の師匠である後間政雄氏を招いて打ち上げで八重山民謡の「とぅばらま」を披露してもったら甚く喜んでくれた。                                                  
 続いてボブ・カーリン(bj)、マイク・コンプトン(m)、ジェリー・マッカリー(bs)、ロニー・マッカリー(g)と本格的なオールドタイム・ストリング・バンド作品『Wild Hog in the Red Brush』をリリース、自らの作品やプロデュースに最晩年まで没頭、アメリカのポピュラー音楽史に大きな足跡を残したジョンではあるが、最後は一介のオールドタイム・フィドラーとして生涯を終えるのを望んでいたような気がしてならない。

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2007年12月13日

ラグパパス・ジャグバンド


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「ラグパパス・ジャグバンド」プロフィール
 神戸を中心に活動するジャグ・バンド。アメリカン・フォーク、ブルース、トラディショナル・ジャズ、ブルーグラス、オールドタイム等々、アメリカン・ルーツ音楽を深く学び、夫々の分野でバンド・リーダーを務めるベテラン・ミュージシャンが、自らの生活に根ざし、自らの言葉で表現したオリジナルやカバー曲をジャグ・バンド・スタイルで神戸から発信するユニット。
 バンド結成して直ぐに、フォーク・リバイバルの立役者の一人でリバイバル・ジャグバンドの火付け役となったジム・クェスキンと共演。地元神戸を中心としたライブ他、横浜ジャグフェス、神戸ジャグバンド祭り、松坂ジャグバンド・ワゴン、四国ツアー等々、精力的に活動を続ける。

勝木徹芳(ボーカル、ギター、バンジョー、ジャグ、カズー他)
 60年代、関西フォークの草創期から活躍。’67年に京都の円山音楽堂で開かれたフォーク・キャンプ・コンサートでソロ・シンガーとして又、フォーク・キャンパーズ、なれあいシンガーズのメンバーとして参加。当時の音源はURCレコードから発売された実況録音盤に高田渡、中川五郎、岡林信康等と共に収録されている。フォーク・キャンパーズは高石ともやと一緒に労音等で全国を廻る。その後、神戸を拠点に活動、春待ちファミリー・バンドに参加。2年前にラグパパス・ジャグバンドを結成、現在に至る。

神田修作(ボーカル、ウォッシュタブ・ベース、ギター、ハープ他)
 リバイバル・ジャグバンドの伝説的なウォッシュ・タブ・ベース・プレイヤー、フリッツ・リッチモンドに手解きを受けた日本を代表するタブ・ベース奏者。春待ちファミリー・バンドのメンバーとして活躍。有山じゅんじ、島田和夫(元憂歌団)等々、セッション経験も豊富。フォーク・デュオ「風来」としても活躍。

ジョッシュ大塚(ボーカル、バンジョー、フィドル、ギター、マンドリン、カズー他)
 ブルーグラス45のメンバーとして’71年に日本人ブルーグラス・バンドとして初の全米ツアーを敢行。米国レベル・レコード社より3枚のアルバムを発表。帰国後、リーブス・オブ・グラスを結成、現在も継続中。

さわむらしげはる(ボーカル、ウォッシュボード、ミュージック・ソウ、ギター他)
 神戸の老舗ジャグバンド「春待ちファミリー・バンド」のリーダー。震災後、各地の仮設住宅を廻って被災者を勇気付ける。手作り楽器を使った「ニコニコ楽団」を率いて学校、幼稚園で活躍。

秋元 慎(ボーカル、マンドリン、ギター、フィドル、カズー他)
 コロラド州のテルライド・ブルーグラス・フェスティバルのマンドリン・コンテスト2位入賞。国際ブルーグラス音楽協会(IBMA)制作の米国以外のブルーグラス・バンドを集めたコンピレーション「インターナショナル・ブルーグラスCD:ロング・ジャーニー・ホーム」に自身の秋元慎バンド名義の楽曲が収録される。
「ジャグバンドとは」
ジャグ・バンドとはアメリカ南部の綿畑で働く黒人労働者がバンジョー、ハーモニカ他、身近に有る代用楽器を使って音楽を楽しんだことが始まりとされる。戦前のSP盤でガス・キャノンのキャノンズ・ジャグ・ストンパーズ、メンフィス・ジャグバンド等々、録音が残っている。
60年代、アメリカで勃興したフォーク・リバイバル・ムーブメントの時に、再発見、再認識されて、ジム・クェスキン・ジャグ・バンド、イーブン・ダズン・ジャグバンド等々、後にロック・バンドに転身したニッティ・グリッティ・ダート・バンド、イギリスではトラッド・ジャズ・ブームの頃にジャグ・バンドを下敷きにしたスキッフル・ミュージックが流行、後のビートルズにも大きな影響を与えた。
ジャグ・バンド音楽は様々な音楽を取り込む懐の深さに大きな特色がある。
元々、代用楽器を使って、当時の流行歌、ジャズ、ブルース、カントリー等々、身近に有る音楽を何でも取り込んで楽器に合わせたスタイルに消化して楽しむという節操のなさ、雑食性が大きな魅力でも有る。リバイバル・ジャグバンドの雄、ジム・クェスキン・ジャグバンドでもデキシーランド・ジャズ、デルタ・ブルース、ラグタイム、ヒルビリーからロックン・ロールまで貪欲に取り込んで60年代としては最先端のヒップなサウンドに仕上げている。
使用楽器
「ジャグ」:(広口瓶)をチューバに代用

「ウォッシュタブ・ベース」:洗濯桶(washtub)にモップの棹をつけた楽器。

「ウォッシュ・ボード」:洗濯板を金属製の指貫やスプーンで掻き鳴らす

「ミュージック・ソウ」:所謂、音楽用ノコギリ。横山ホットプラザーズ流にマレットで叩く場 合とバイオリンの弓で弾く奏法が有る。

「カズー」カズー(Kazoo)は膜鳴楽器の一種。バズーカとも言う。元はアフリカの楽器で、黒人奴隷によってアメリカにもたらされた。
管の一部に羊皮紙(現在はビニールで代用している)を張り、口に咥えて声を発し、振動させて演奏する。 ラッパ型や潜水艦型(クジラ型と呼ぶものもいる)などの形があり、約500円程度の安価で買えるなど、非常に玩具的要素の強い楽器である。櫛に羊皮紙(現在はビニールで代用している)を挟んだ物も有る。

ギター、バンジョー、フィドル、マンドリン、ハーモニカ、その他、音の出るものなら何でも。

公式ホームページ
公式ブログ

2006年12月30日

マイク・コンプトン

 永年の友人で最も尊敬するミュージシャンの一人であるマイク・コンプトン来日、神戸のロッコーマン・ホールでソロ・ライブがありました。

 


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 今回は稲葉和裕君のクリスマス・コンサート・ツアーのゲストとして来日、ツアー終了後に関係者の理解と協力でこのライブが実現しました。
 最初に稲葉君から打診が有った時に、絶対にコンプトンのソロ・パフォーマンスをメインにしようと、半ば強引に提言しました。
 一般受けするかどうかは判りませんが、超一級のプレーヤーの素に近い姿をなるべくストレートな形で紹介するには一番良い方法と思いました。
 ロッコーマン・ホールは普段はクラシックの室内楽なんかに使われる小さな落ち着いた雰囲気のスペースです。
コンデンサーマイク1本だけ立てて、ほんのわずかだけPAの力を借りましたが、お客さんの耳には殆ど生音が届いてたんじゃないかと思います。
 一部は全くのソロ、ジョン・ハートフォード曰くビル・モンローよりもモンローらしいというマンドリン1本でブルーグラスから、遡ってオールドタイム、ブラック・ストリング・バンド音楽等々、愛器のギルクリスト・マンドリンからカラフルなトーンと力強いビートを伴ったメロディを紡ぎ出していました。咳で苦しそうでしたが味わい深い唄も聞かせてくれました。
休憩を挟んで二部はオールドタイム・フィドラーのバスコと僕、今回のツアーのボス、稲葉君が順番に加わってデュオ、トリオで演奏しました。
 特にバスコとのフィドル・チューンの至芸とも云えるバックアップは強烈なうねりを生み出していました。
僕もデュオでモンローの"Old Danger's Field"を胸を借りるという趣でした。
アンコールで稲葉君と僕と三人でやった"Bluegrass Breakdown"、速かった。コンプトンのキックオフで始まった瞬間に、呼ばれてのこのこ出て行ったことが間違いと気が付きましたが、後の祭りでした。
 最後の最後にコンプトンのソロで"Rawhide"迄、60人ほどの満員の聴衆の方々には満足してもらったと信じてます。

 翌日は「西宮でブルーグラスを楽しむ会」にも参加してくれて、短い時間でしたが関西のブルーグラッサーとジャムする時間を持つことが出来ました。
 ナッシュビルのステーション・インの雰囲気に西宮の居酒屋が早変わりしたようでした。洋の東西を問わず、気持ちが通じるところがブルーグラスの大きな特色です。改めてモンローの発明に感謝です。
 

 最後に、コンプトンから下記のメッセージを貰いましたので紹介します。

I'd like to say hello and thanks to all the good people who came out
and supported my solo show and the party on the 27th. You honored me
greatly with your enthusiasm and it made me want to work harder to do
my best. I was happy to be in the company of some of my oldest friends
for a few hours and I enjoyed getting to play tunes with all of you at
the party, to sit and eat and meet new friends in fellowship. I hope
very much to be able to come back before too long and we can go at it
again. You have a very strong bluegrass and oldtime scene working and
I encourage you to keep it going. We all need it, yes?

Until I see you again, thanks again.
Your friend,
Mike Compton
Posted by ograss at 15:31  |Comments(2)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月15日

IBMA Old Tyme Barn Dance Opry Show


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昨年のIBMAのワールド・オブ・ブルーグラスでファン・フェストと平行して開催
された"The Old Tyme Opry Barn Dance Internet Jamboree Steamboat Medicine
Show"なるイベントにキャストとして参加した。
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Posted by ograss at 17:24  |Comments(0)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月26日

リーブスatフォートワース

 昨夜は久々に西宮のフォートワースでリーブス・オブ・グラスのライブが有りました。
 甲子園口の自宅から、さゆりさんと自転車で楽器を背負って夙川のフォートワースまでほぼ西宮横断、平坦な道なんで楽なもんです。2号線沿いのドンキホーテで家庭用の焼き鳥器とか野外用の使い捨てコンロetc.冷やかしてたら結構、良い時間になってしまいました。

 ジョッシュとはラグパパス・ジャグバンドでほぼ毎週、顔を合わせてるので、さゆりさんに言われるまで気が付きませんでしたが、リーブスでフル・メンバーで演奏するのは正月のアナザードリームの冬フェス以来とのことでした。神戸のシャギーが無くなってから定期的に演奏してませんで、フォートワースで平日の晩に演るのは初めてで、お客さん来てくれるか不安でしたが、先日のルナ・ホールの関学OBコンサートで久々にお会いしてお誘いした方や古くからの馴染の方々が来てくれて嬉しかったです。またバンジョーのリッチーの仕事関係で音楽好きの方が大挙して来てくださって盛り上げてくれました。 
 リーブスはセットリスト無しでステージを勧めることが多いですが昨夜もレパートリーの蔵出しといった趣向でいつもの曲を思いつくまま、リクエストを挟みながら40分強を2ステージやりました。
 フォートワースには偶にサポートで頼まれて演奏することは有ってもレギュラーでは有りません。また福原さん個人やバンドにお客さんが付いてるという感じで、店の常連さんの動員や、立地的に一見のブルーグラス・ファンに来て貰うのは難しい箱ですので今回も綱渡りでしたが、数少ない熱心なサポーターのおかげでよい時間を過すことが出来ました。満足して貰えればこの上ない喜びです。
 終了後、阿留酎で反省会をしきました。
いっぱい反省してふらふらになってしまいました。




Posted by ograss at 12:46  |Comments(2)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月22日

春の宝塚ブルーグラス・フェスティバル


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 先週末(5/20-21)の宝塚、春フェスの報告です。
前日の大雨に続いて土曜の朝も激しい雨が降って屋外での開催が危ぶまれましたが、昼から見事に晴れ上がり野外で気持ちよい時間を過ごすことが出来ました。
 3時頃からオープニング・バンドに、6月にビーンブロッサムに招かれているブルーグラス45がアメリカ在住の大塚章さんに代わって大塚さんのフォロワーの第一人者、平井秀道(M)さんが加わってウォーミング・アップを兼ねてタップリ演奏。
 宝塚フェスではお馴染みの面々が夫々の定位置?にキャンプ・サイトを設営、皆さんの中でフェスが完全に定着してることを実感しました。
 夏フェスは事前に申し込んでもらって土曜日等のプライム・タイムは10分刻みという超過密スケジュールでバンドの皆さんに不自由な思いをさせてますが、春フェスは6時にステージ前に集合してもらって20分枠の自由書込み制というスタイルで7時から夜中の1時過ぎまでプログラムが埋まりました。
 夜の部の初っ端に久々にフェス登場の谷五郎&ブルーグラス45という豪華な顔触れに続いて息子の谷小五郎君がブルーグラスではありませんがソロ・ギターで押尾コータロー・スタイルでフェス・デビューを果たしました。続いてこれまた谷さんの娘さんで神戸松蔭でブルーグラスのサークルを立ち上げるのに大きな働きをした直子さんが、神戸大学のサークルの面々と一緒に登場、期せずして谷さん一家総出演になりました。
 モンローズ・ドウターズの西垣内ひさえさんのサポートでバンジョー小野田浩士(ハーベスト・ムーン)、フィドルにジミー赤沢(ジャパニーズ・ブルーグラス・バンド)、中川千尋(グッド・トゥ・ブルー)、秋元慎(ジョッシュ大塚&リーブス・オブ・グラス)という面々で演奏。
家族連れでブラリと来ていた稲葉和裕君のお誘いで彼の二人の子供達と一緒に演奏。稲葉ファミリー・バンドのデビューに立ち会いました。

 ステージ終了後も、夜中は少し冷え込みましたが谷村順造さんのキャンプ・サイトで焚火を囲みながらフューチャー・マンドリンの中西正英さん、小寺博一さん、春フェスは久々の松本善男さん(モンローズ・ウォーク)、安東さん(北村いづみ&ドギーズ)の面々と良い時間を過ごしました。

曜日は10時過ぎから亀岡の安田夫妻のラッシーを中心にゴスペル・タイムを何故か中西さんの仕切りで演奏。
最後のジャムまでのんびりとした中にも緊張感のある締まった演奏が続きました。
天候に恵まれて非常に気持ちよい時間を過ごせた二日間でした。


 
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Posted by ograss at 23:53  |Comments(0)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月31日

実録「大阪バンジョー祭への道」


バンジョー祭りチラシ


昨年4月に中津のミノヤ・ホールで開かれた有田純弘バンジョー・ナイトで偶々、ゴンチチのチチ松村さんと隣り合わせになりまして、その時がほぼ初対面でした。お忍びで参加のパット・クラウドを迎えたその夜のコンサートは素晴らしく、彼らの友人達が集った堂山町の樽正に於ける打上げは和気藹々と非常に楽しいものでしたが、なんとかもっと多くの人達に聞いてもらって幅広い展開が出来ない物か切に思いました。
 それから暫くして天神橋のカフェ無花果のオールドタイム・ジャム会で顔を合わせる宮村群ちゃんから、バンジョー・スリーという彼が主宰してる様々な種類のバンジョーを用いてジャンルを越えたバンジョー音楽を目指すというユニットを増員、「バンジョー・ファイブ」として新たな活動をしたいので参加しませんか?とお誘いを受けて二つ返事でOKしました。神戸のアコースティック・ハーモニーの北野さんからトルコ製のバンジョー・マンドリンCUMBUSを譲り受けまして準備は整いました。
 毎月、大阪ブルーグラス・ナイトをやってる難波千日前のアナザードリームのスケジュールを押えてチチさんのラジオ番組のコーナー名拝借した便乗企画「大阪バンジョー祭、前夜祭」なるイベントを、ほんの出来心で開催しました。出演はバンジョー・ファイブと大阪時代からの友人で「横浜バンジョー祭」を成功させた原聡君、本祭にも参加の前衛バンジョーのAnjoob=Assb、メロディック・スタイルの名人=村井振一さん、飛入り参加の吉田悟士さん、塩田利文さん主宰のドン・レノ倶楽部の面々によるバンジョー数珠ツナギ、チチさんも駆けつけてくれて、盛り沢山の内容で、予想以上の反響が有りました。チチさんからは「僕の為にやってもらったみたいで本当に嬉しい。」というお言葉頂きました。
 それから本祭開催の声が高まる中、チチさんの方から、やりましょうと申し出が有りまして今回の運びとなりました。
 番組のゲストで出演したテナー・バンジョーの達人=青木研さんが参加してくれます。生演奏は未体験ですが、CDで聞いた超絶テクニックは凄まじいの一言です。個人的にとても楽しみにしています。
 今回一番、難航したのはチチ松村&ミニスカ・バンジョーなるユニットです。昨年の滋賀フェスの時に隣のキャンプ・サイトで延々と鬼気迫る勢いでジャムを続ける二人の女性バンジョー・プレイヤーが強烈に印象に残ってまして、今回の話が有った時に彼女等しか無いとスカウトしましたところ紆余曲折を経て実現の運びとなりました。昨年の暮れに西宮であったブッチ・ロビンス歓迎パーティの席で二人の演奏を聞いて自分の判断が正しかったこと確信しました。何が飛び出すかは当日のお楽しみです。
 会場のバナナ・ホールはオープン当事に「おじん・おばんコンサート」なるブルーグラス・イベントやニューグラス・リバイバルを始めとする外タレの日本公演等でブルーグラス・ファンにも馴染み深いですが3月いっぱいで一旦、閉鎖されるというショックなニュースも流れてきました。「大阪バンジョー祭」が間に合って本当に良かったと思います。再開されることを願いつつ、有終の美を飾りたいと思います。
(ムーンシャイナー誌2006年2月号より)続きを読む

2005年12月28日

あやふやな記憶

下記、あやふやな記憶に対して有田純弘さんからコメント頂きました。

「有田さんがブッチのところに暫く居て帰国後、多分、京都の円山フェスだっ
たと思うんですが、ブッチの十八番の強烈なチョーキングを披露して度肝を抜か
れた思い出があります。何の曲だったか覚えてませんが、ネックが折れんばかり
にベンドしていた印象があるんですが、間違ってるかもしれません。多分、79年
頃だと思いますが・・・。」





有田ぱっと2






(有田&パット・クラウド)続きを読む
Posted by ograss at 04:48  |Comments(0)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

ブッチ・ロビンス

 昨日、都島の辻久子記念ホールに稲葉和裕君のブルーグラス・ランブルに行って来ました。ストレートなブルーグラスを中心にクリスマス・ソングを加えたり常連のお客さんを飽きさせないステージ進行でランディ・コットンのバンジョーや大西一由の小話等もフィーチャーされてました。後半に来日中のブッチ・ロビンスが参加。稲葉君の好意でブッチ・ロビンスとデュオで"Come Hither,Go yonder"を演奏する機会に恵まれました。感謝です。
 写真はIBMAでブッチのスイートの鍵を預かって返却を忘れてまして、記念にサインを頂きました。


Key front
key back

Posted by ograss at 22:26  |Comments(4)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月24日

リリーズ&スターズ

 奈良の松尾一家を中心に活動するファミリー・バンド。
今年はIBMAに家族全員+バンジョーの山元さんで参加、ホールでのデモンストレーションが認められて近郊のラジオ局にスカウトされて出演を果たした。
1/8の冬フェスにも参加してくれる。
本場での経験を活かしたステージを期待したい。


リリーズ&スターズ続きを読む
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2005年11月11日

フィドル&マンドリン・デュオ

 宝塚秋フェスに続いて先日のブルーグラス・ナイトでバスコさんと一緒に演奏しました。前回の5人編成から、今回はフィドルとマンドリンのデュオです。


boscoshin
(photo by Yoko)続きを読む
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2005年11月06日

David Grier,Roland White,Mike Compton & Me

IBMAから帰ってきて、早一週間、濃縮された時間を過ごすので整理がつかないまま時間がだけが過ぎて行く感じです。


big jam at Butch's
ブッチ・ロビンスの部屋でのシーンです。続きを読む
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2005年10月12日

カーリー・セクラー・シングス・アゲイン

 
 ブルーグラスを始めた頃に出会ったLPです。
初めて聞いた時には、何の飾りも無い生々しい音に戸惑いを覚えました。シェナンドー・カッタップスというほんと職人集団の産出すハードコアなブルーグラスに、カーリー・セクラーの半端じゃない声量によるボーカル、時には音楽を超越してしまってるとさえ感じました。


curly seckler sings again

続きを読む
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2005年10月08日

宿題

 バンジョー&マンドリンのデュオでモンローの作品を全て網羅するという遠大な目標で始めたユニット"Plays Bill Monroe"の相方の塚本整(bj)から宿題用の音源が送られてきました。


宿題続きを読む

2005年10月03日

Foggy Mountain Breakdown数珠つなぎ

 先日のバンジョー祭りの模様、一部ですが映像が届きました。


obmfoggy2続きを読む
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2005年09月29日

昨夜の大阪バンジョー祭り・前夜祭

 昨夜の大阪バンジョー祭り・前夜祭、お蔭様で平日の晩にも拘わらず盛況のうちに終えることが出来ました。


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 今回のホスト・バンド役のバンジョー・ファイブがオープニングを務めました。

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2005年09月24日

群吉がNHKFMに

NHK-FM毎週土曜日7時20分から9時、ギター・デュオのゴンチチが紹介する「世界の快適音楽セレクション」の中の「リサイクルショップ・カメマツ」というコーナーで続いている「バンジョー祭り」に元祖お囃子カントリー群吉が登場します。
お聞き逃しなきよう。
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Posted by ograss at 17:29  |Comments(0)TrackBack(0) | 人、バンド紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

報告「足立安隆ソロライブ 〜数珠つなぎ」

 昨夜の「「足立安隆ソロライブ 〜数珠つなぎ」の報告です。


足立秋元宮村続きを読む

2005年09月08日

9/20(月)「足立安隆ソロライブ 〜数珠つなぎ」

 前述の足立安隆君が渡印を前にライブをします。続きを読む

2005年09月07日

9/9かわさきゆたか第100回「月まつりライブ」

 シンガー・ソングライターで大阪ブルーグラス・ナイト、帝塚山音楽祭アコースティック・ステージのスタッフ等、お馴染みのかわさきゆたかさんが、毎月ぞろ目の日に、泉南市の自宅で開いていた「月祭りライブ」が9/9で100回を迎えます。


050609かわさき続きを読む