2012年02月20日
リリエンタールの末裔
昨年、『華竜の宮』で一気に評価を確立したSF作家、上田早夕里による短編集。中村豪志のカバーイラストにも惹かれて発売日に即購入。
国産SFからは、随分と長く離れていた。
何しろ、小松左京や山田正紀に親しんでいた高校生時代から後は、神林長平と谷甲州ぐらいしか読んでいなかったのだ。しかし、数年前に久々にこのジャンルに立ち寄って、飛浩隆やら伊藤計劃やらに接することで、おや、国産SFって結構凄くないか、というところを実感した(神林や谷が凄くない、という意味ではない。念のため)
もっとも、SFマガジンさえ年に一冊も購入していない私が、内外を問わずSFについて語るなどこれは僭越も甚だしいのだが、しかし、素人は素人なりに、感興を覚えるところはあったわけである。
そういった、私的国産SFルネッサンス(笑)の中にあって、科学技術と人類との関係を、自身の視点で捉えた上田の作品群は、「小松左京賞」がいかにもふさわしいと思われる作風だった。そして、このテーマは、私にとってのSFの「本流」でもある。
本書の4編にも、その特色ははっきりと出ている。以下、その大まかな感想。
「リリエンタールの末裔」
「飛ぶこと」への憧れという、人にとって尽きることの無い願望と、それを実現する手段としての科学技術とのありうべき関係を、何も待たず、ただ情熱のみを許された若者が見出す過程を描いた表題作。未来を舞台としながら、ここで描かれるのはこの「関係」の、懐かしく幸福な再生だ。
「マグネフィオ」
人の世界認識、その想いそのものを左右する記憶と感覚をコントロールするテクノロジーに纏わる哀感に満ちた一編。フェティッシュな色合いもありながらベースは純愛。ところで、飛や小川一水などの作品では、昔のSFには無かったエロティックな描写が随分と増えているのだが、この作者の場合、そこには節度が利いているので、私のような古い人間にも馴染みやすい(苦笑)
「ナイト・ブルーの記憶」
これは、テクノロジーによって人間の感覚が拡張されることで……という、見せ方とディティールの描写に優れた作品と言えるだろうか。その認識される世界の広がりには雰囲気はあるのだが、ドのつく文系の私には、いまひとつと感じられてしまった作品。いや、悪くはないのだけれども。
「幻のクロノメーター」
SFなのに何故か舞台は18世紀のロンドン。すは、これはスチームパンクか、と思えば……というところなのだが、中編だけあって登場人物の描写にも十分なページ数が割かれ、キャラクターには厚みがある。それゆえに、小説としては最も楽しめるものの、SFとしてのアイディアは、やや小粒に感じられた。
4編共に水準はクリアしているとは思うものの、注目している作家によるもの、と思えば、少々物足りなさも覚えた。やはり私には同じ作者の手によるものでも、SFよりもホラー──例えば「眼神」のような──の方が嗜好に合うのかも知れない。★2つ半。
彼は空への憧れを決して忘れなかった―長篇『華竜の宮』の世界の片隅で夢を叶えようとした少年の信念と勇気を描く表題作ほか、人の心の動きを装置で可視化する「マグネフィオ」、海洋無人探査機にまつわる逸話を語る「ナイト・ブルーの記録」、18世紀ロンドンにて航海用時計の開発に挑むジョン・ハリソンの周囲に起きた不思議を描く書き下ろし中篇「幻のクロノメーター」など、人間と技術の関係を問い直す傑作SF4篇。
「BOOK」データベースより
国産SFからは、随分と長く離れていた。
何しろ、小松左京や山田正紀に親しんでいた高校生時代から後は、神林長平と谷甲州ぐらいしか読んでいなかったのだ。しかし、数年前に久々にこのジャンルに立ち寄って、飛浩隆やら伊藤計劃やらに接することで、おや、国産SFって結構凄くないか、というところを実感した(神林や谷が凄くない、という意味ではない。念のため)
もっとも、SFマガジンさえ年に一冊も購入していない私が、内外を問わずSFについて語るなどこれは僭越も甚だしいのだが、しかし、素人は素人なりに、感興を覚えるところはあったわけである。
そういった、私的国産SFルネッサンス(笑)の中にあって、科学技術と人類との関係を、自身の視点で捉えた上田の作品群は、「小松左京賞」がいかにもふさわしいと思われる作風だった。そして、このテーマは、私にとってのSFの「本流」でもある。
本書の4編にも、その特色ははっきりと出ている。以下、その大まかな感想。
「リリエンタールの末裔」
「飛ぶこと」への憧れという、人にとって尽きることの無い願望と、それを実現する手段としての科学技術とのありうべき関係を、何も待たず、ただ情熱のみを許された若者が見出す過程を描いた表題作。未来を舞台としながら、ここで描かれるのはこの「関係」の、懐かしく幸福な再生だ。
「マグネフィオ」
人の世界認識、その想いそのものを左右する記憶と感覚をコントロールするテクノロジーに纏わる哀感に満ちた一編。フェティッシュな色合いもありながらベースは純愛。ところで、飛や小川一水などの作品では、昔のSFには無かったエロティックな描写が随分と増えているのだが、この作者の場合、そこには節度が利いているので、私のような古い人間にも馴染みやすい(苦笑)
「ナイト・ブルーの記憶」
これは、テクノロジーによって人間の感覚が拡張されることで……という、見せ方とディティールの描写に優れた作品と言えるだろうか。その認識される世界の広がりには雰囲気はあるのだが、ドのつく文系の私には、いまひとつと感じられてしまった作品。いや、悪くはないのだけれども。
「幻のクロノメーター」
SFなのに何故か舞台は18世紀のロンドン。すは、これはスチームパンクか、と思えば……というところなのだが、中編だけあって登場人物の描写にも十分なページ数が割かれ、キャラクターには厚みがある。それゆえに、小説としては最も楽しめるものの、SFとしてのアイディアは、やや小粒に感じられた。
4編共に水準はクリアしているとは思うものの、注目している作家によるもの、と思えば、少々物足りなさも覚えた。やはり私には同じ作者の手によるものでも、SFよりもホラー──例えば「眼神」のような──の方が嗜好に合うのかも知れない。★2つ半。
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2012年02月19日
少女たちの羅針盤
「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」なる、これは島田荘司が審査員を務める地方文学賞の受賞作を映画化した作品。
例によって原作は未読、どころか粗筋もほとんど知らない状態でレンタルした作品であったため、少女たちの劇団「羅針盤」が成功するまでの展開には、やや焦らされる感があった。なにしろミステリーとしての謎解きどころか、事件そのものが起こるのも、全体の2/3を過ぎてからなのである。
この点からもはっきりしているのだが、本作は謎解きをメインに据えたミステリーの映画ではない。では何か、と言えば、演劇に情熱を持つ女子高生4人の“夏”を描いた、文科系青春映画と表現しても良いだろう。ミステリー的要素は、味付けと呼ぶには重いものの、彼女たちの夏が終わり、秋の訪れを告げる時期のイベントとして設けられたものと見える。
そして、原作を読んでいないのでなんとも、なのだが、純粋なミステリーとしての完成度には、やや疑問が残る。しかし、そこに細かな検討を加えるのはあまり意味があることとも思われない。
ひたむきになる何かを持っている若者の姿を、過剰な美化によるところなく描いたストーリーは、嫌味が無く、ストレートにこちらの心に伝わってくるものがある。挿入された作中劇を演じ終えてカーテンコールに応える少女たちの姿に、拍手を贈る観客に、私もまた共感を覚えてしまうのだ。
瑕疵を挙げるならば、4人の少女がいずれも高校生にしては、やや老け気味に見えたところだろうか(苦笑) これは、演技力をメインにしたキャスティングということだったのかも知れず、その選択はたしかに正しかった、とは思うわけではあるけれども。★2つ半。
廃墟となったホテルを貸し切り、ネットシネマの撮影が始まろうとしていた。ヒロインは新進女優の舞利亜。
しかし、いくつもの不可解な出来事が舞利亜を恐怖に陥れていく。
彼女には、4年前に起こった事件によって突然活動停止となった伝説の女子高生劇団“羅針盤”のメンバーだったという、誰も知らないはずの過去があったのだが…。
私立銀星学園・演劇部に所属する瑠美(成海璃子)、バタ(森田彩華)、かなめ(草刈麻有)の3人は、先輩や顧問との対立から部を飛び出し、
他校から勧誘した蘭(忽那汐里)を加えて自分たちだけの演劇ユニット”羅針盤”を結成する。
ステージ代わりにストリートで演劇を披露することを選び、様々な障害や軋轢を乗り越えながら稽古を重ね、徐々に知名度を上げていく”羅針盤”。
彼女たちはやがて、新人劇団の登竜門である”ステージバトル”に出演することになるのだが…。
彼女たちを襲う突然の事件。
殺されるのは誰?殺したのは?そして、その理由は…?
Amazon 商品解説から
例によって原作は未読、どころか粗筋もほとんど知らない状態でレンタルした作品であったため、少女たちの劇団「羅針盤」が成功するまでの展開には、やや焦らされる感があった。なにしろミステリーとしての謎解きどころか、事件そのものが起こるのも、全体の2/3を過ぎてからなのである。
この点からもはっきりしているのだが、本作は謎解きをメインに据えたミステリーの映画ではない。では何か、と言えば、演劇に情熱を持つ女子高生4人の“夏”を描いた、文科系青春映画と表現しても良いだろう。ミステリー的要素は、味付けと呼ぶには重いものの、彼女たちの夏が終わり、秋の訪れを告げる時期のイベントとして設けられたものと見える。
そして、原作を読んでいないのでなんとも、なのだが、純粋なミステリーとしての完成度には、やや疑問が残る。しかし、そこに細かな検討を加えるのはあまり意味があることとも思われない。
ひたむきになる何かを持っている若者の姿を、過剰な美化によるところなく描いたストーリーは、嫌味が無く、ストレートにこちらの心に伝わってくるものがある。挿入された作中劇を演じ終えてカーテンコールに応える少女たちの姿に、拍手を贈る観客に、私もまた共感を覚えてしまうのだ。
瑕疵を挙げるならば、4人の少女がいずれも高校生にしては、やや老け気味に見えたところだろうか(苦笑) これは、演技力をメインにしたキャスティングということだったのかも知れず、その選択はたしかに正しかった、とは思うわけではあるけれども。★2つ半。
2012年02月18日
文庫カバーとその効用
私は、書店ではブックカバーを必ず着けてもらう人間である。
少し前の丸善のそれのように、単純にデザインが気に入っている場合もあるし、なにより風呂で本を読む悪癖のある私には、洒落た布や皮ではないブックカバーというのは必須なのである。
加えて、読了していない本にはカバーを着けておく習慣もある。
これは、未読の本を忘れないように、ということもあるのだが、それだけではなく、本棚にカバーに包まれた正体不明の本が増えていく状況の気持ち悪さによって、ともすれば積ん読ばかりを増やしてしまう、無計画な新刊の購入を防ぐ、精神的な歯止めとして機能させる狙いがあるのだ(笑)
もっとも、それではといってこのカバーに包まれた一群の本が、我が家の本棚から姿を消すか、と言えばそんなことはない。意を決して10冊ほど読むと、そこで反動が出て一気に同程度の冊数を購入してしまい、結局、「カバー本」の数は、30冊ほどをきることはない。
因みにこの中でもっとも古いのは、30年ほど昔に購入した社会科学関連の文庫本だが、このカバーはもう、外れることはないだろうな、とは向上心を失った現在では強く確信するところではある(苦笑)
少し前の丸善のそれのように、単純にデザインが気に入っている場合もあるし、なにより風呂で本を読む悪癖のある私には、洒落た布や皮ではないブックカバーというのは必須なのである。
加えて、読了していない本にはカバーを着けておく習慣もある。
これは、未読の本を忘れないように、ということもあるのだが、それだけではなく、本棚にカバーに包まれた正体不明の本が増えていく状況の気持ち悪さによって、ともすれば積ん読ばかりを増やしてしまう、無計画な新刊の購入を防ぐ、精神的な歯止めとして機能させる狙いがあるのだ(笑)
もっとも、それではといってこのカバーに包まれた一群の本が、我が家の本棚から姿を消すか、と言えばそんなことはない。意を決して10冊ほど読むと、そこで反動が出て一気に同程度の冊数を購入してしまい、結局、「カバー本」の数は、30冊ほどをきることはない。
因みにこの中でもっとも古いのは、30年ほど昔に購入した社会科学関連の文庫本だが、このカバーはもう、外れることはないだろうな、とは向上心を失った現在では強く確信するところではある(苦笑)
2012年02月17日
おさがしの本は
市立図書館でレファレンス・カウンター(本の案内係)を務める主人公による、全5編の「本の探偵」連作集。
「図書館ではお静かに」
「赤い富士山」
「図書館滅ぶべし」
「ハヤカワの本」
「最後の仕事」
依頼者の求めに応じて本を探す、という「本の探偵」ものは、本好きという安定したマーケットが存在するからだろうか、近年の「ビブリア古書堂」シリーズのようなヒット作もあり、ブームこそ呼ばないまでも、ジャンルとしては確実な地歩を築いているようだ。
本書の主人公は、公立図書館の職員であり、本を案内すること自体が仕事、という、ある種もっとも「現実的な探偵」であり、そのキャラクターも、ごくごく普通の若者である。
ただし、職業柄といっても良いのか、年齢に似合わないおそろしいほどの博識である。
そして、であるがゆえに、か、文学に縁のなさそうな女子大生や、スポーツ好きな若者を軽く見る意識が漂うあたり、まあ、ちょっと好き嫌いは別れてしまうかもしれない人物ではある。さらに、およそ空気を読めない言動を繰り返しながら、何時の間にか慕いよってくる女性が登場する展開などは、この作品はお約束が過ぎないか、という気も少々(苦笑)
しかし、不思議なもので主人公たちが妙に奥行きが無いにも関わらず、敵役として登場する図書館廃止派の副館長や、存続派の市会議員、市議会内の野党議員など、脇のオッサンたちの煮ても焼いても食えないタヌキぶりな描写には精彩があり、物語に豊かな起伏を与える要素となっており、これが博識に裏付けられた作中の「謎」とからむと、中々に味わいのあるものとなっている。
5編のうちでは、それまでの4編で張られた伏線を回収し、ページ数も最多の最終話に読み応えがある。また、該博な知識によって構成された物語ながら、その説明は実にわかりやすく、不必要な「知識の量」によるコケオドシ的アピールの無いところにも好感度は高い。
こう言ってしまうと何だが、もう少し年齢が高い人物を主人公にした方が、作者の作風には一致したのではないか、などとも思う。★2つ半。
和久山隆彦の職場は図書館のレファレンス・カウンター。利用者の依頼で本を探し出すのが仕事だ。だが、行政や利用者への不満から、無力感に苛まれる日々を送っていた。ある日、財政難による図書館廃止が噂され、和久山の心に仕事への情熱が再びわき上がってくる……。様々な本を探索するうちに、その豊かな世界に改めて気づいた青年が再生していく連作短編集。
本書・裏表紙紹介文より
「図書館ではお静かに」
「赤い富士山」
「図書館滅ぶべし」
「ハヤカワの本」
「最後の仕事」
依頼者の求めに応じて本を探す、という「本の探偵」ものは、本好きという安定したマーケットが存在するからだろうか、近年の「ビブリア古書堂」シリーズのようなヒット作もあり、ブームこそ呼ばないまでも、ジャンルとしては確実な地歩を築いているようだ。
本書の主人公は、公立図書館の職員であり、本を案内すること自体が仕事、という、ある種もっとも「現実的な探偵」であり、そのキャラクターも、ごくごく普通の若者である。
ただし、職業柄といっても良いのか、年齢に似合わないおそろしいほどの博識である。
そして、であるがゆえに、か、文学に縁のなさそうな女子大生や、スポーツ好きな若者を軽く見る意識が漂うあたり、まあ、ちょっと好き嫌いは別れてしまうかもしれない人物ではある。さらに、およそ空気を読めない言動を繰り返しながら、何時の間にか慕いよってくる女性が登場する展開などは、この作品はお約束が過ぎないか、という気も少々(苦笑)
しかし、不思議なもので主人公たちが妙に奥行きが無いにも関わらず、敵役として登場する図書館廃止派の副館長や、存続派の市会議員、市議会内の野党議員など、脇のオッサンたちの煮ても焼いても食えないタヌキぶりな描写には精彩があり、物語に豊かな起伏を与える要素となっており、これが博識に裏付けられた作中の「謎」とからむと、中々に味わいのあるものとなっている。
5編のうちでは、それまでの4編で張られた伏線を回収し、ページ数も最多の最終話に読み応えがある。また、該博な知識によって構成された物語ながら、その説明は実にわかりやすく、不必要な「知識の量」によるコケオドシ的アピールの無いところにも好感度は高い。
こう言ってしまうと何だが、もう少し年齢が高い人物を主人公にした方が、作者の作風には一致したのではないか、などとも思う。★2つ半。
2012年02月15日
インシディアス
「SOW」シリーズの監督と脚本家コンビによる、特異なファンハウスもの
子供を持つ夫婦が引っ越してきた新居は実は……というのは、このジャンルでの完成された設定であるが、本作ではそこにちょっとしたひねりが加えられて、中々に退屈させられない。
そのひねり、についてはここで明かすわけにもいかないが、優れたホラー・クリエイターには、定型化されたものに同じジャンル内の、しかしやや距離のあるコンセプトを持ち込んで、停滞気味のジャンルに新しい視点を拓くことを実現する人物がいるが、本作の監督であるジェームズ・ワンなどは、そういった資質を備えた人物なのだということだろう。
そして、そういった優れたアイディアを活かした脚本の魅力は言うまでもないのだが、同時に恐怖をあおる演出が秀逸である。
これはVFXが凄い、とか言うことではない。むしろ、それはどこに使われているか、というほどに控えめで、それでは何が使われているのか言えば、これがなんと遊園地のお化け屋敷式、つまり暗闇から突然“それ”が浮かび上がる、という古典的に過ぎる手法なのである。
いくらなんでも、という気がするかもしれない。
しかし、実見してみればわかる。映像の中に登場するのは、照明のない屋内ではなく、たしかに何かが潜む“闇”なのだ。
複雑な設定や、深い歴史的背景を持たせた作品ではないので、予備知識はまるで必要ない。いきなりDVDを観て、素直に怖がればよい。さらに、過剰な流血描写やグロテスクな映像はほとんど無いので、そういった生理的嫌悪に訴えるホラーが苦手だという人でも大丈夫である。
ただ、そういった癖の無さそのものが、創作者のこだわりを無臭化してしまっているようにも思われて、愛着を持てないという思いもあるのだが。
完成度の素晴らしく高い普及品。★3つ。
ルネ(ローズ・バーン)と夫のジョシュ(パトリック・ウィルソン)は3人の子供たちと共に新居に引っ越してくる。ところが、引越し後間もなく、おかしな現象が起き始める。屋根裏から不審な音、勝手に配置が変わる物、赤ちゃん用のモニターから聞こえてくる謎の声。
そんな時、小学生の息子ダルトン(タイ・シンプスキン)が梯子から落ちて昏睡状態に陥ってしまう。家族はすぐにこの家から引っ越すが、既に見えない“何か”は家でなくジョシュたち家族を狙っていた・・・。
原因不明の昏睡状態のダルトンに医者もお手上げ状態に。霊媒師や牧師まで呼び出しルネとジョシュはあらゆる手を尽くしてみるが、状況は悪化の途をたどるばかりだった。
“何か”は着実に彼ら一家に近づきつつあった。”何か“の狙いとはいったい・・・?
Amazon 商品説明より
子供を持つ夫婦が引っ越してきた新居は実は……というのは、このジャンルでの完成された設定であるが、本作ではそこにちょっとしたひねりが加えられて、中々に退屈させられない。
そのひねり、についてはここで明かすわけにもいかないが、優れたホラー・クリエイターには、定型化されたものに同じジャンル内の、しかしやや距離のあるコンセプトを持ち込んで、停滞気味のジャンルに新しい視点を拓くことを実現する人物がいるが、本作の監督であるジェームズ・ワンなどは、そういった資質を備えた人物なのだということだろう。
そして、そういった優れたアイディアを活かした脚本の魅力は言うまでもないのだが、同時に恐怖をあおる演出が秀逸である。
これはVFXが凄い、とか言うことではない。むしろ、それはどこに使われているか、というほどに控えめで、それでは何が使われているのか言えば、これがなんと遊園地のお化け屋敷式、つまり暗闇から突然“それ”が浮かび上がる、という古典的に過ぎる手法なのである。
いくらなんでも、という気がするかもしれない。
しかし、実見してみればわかる。映像の中に登場するのは、照明のない屋内ではなく、たしかに何かが潜む“闇”なのだ。
複雑な設定や、深い歴史的背景を持たせた作品ではないので、予備知識はまるで必要ない。いきなりDVDを観て、素直に怖がればよい。さらに、過剰な流血描写やグロテスクな映像はほとんど無いので、そういった生理的嫌悪に訴えるホラーが苦手だという人でも大丈夫である。
ただ、そういった癖の無さそのものが、創作者のこだわりを無臭化してしまっているようにも思われて、愛着を持てないという思いもあるのだが。
完成度の素晴らしく高い普及品。★3つ。
2012年02月14日
具沢山スープランチ(RUBY CAFE SHINAGAWA)
東京の西への玄関口として大きく変わりつつあるこの駅の駅ビル内に位置するお店。
ニューヨーク風イタリアンを売り物とする洗練された内装の店内には、やはり若い女性の姿が多いものの、ランチタイムには旅行客らしき中高年夫婦の姿もチラホラと見かけるので、私のような垢抜けないオッサンも、そう怖がらずに入店することができた。
注文は「具沢山スープランチ」(1000円)
これはメインのスープとバケットが一切れ、それに前菜と飲み物がつくというもの。まずパンと前菜が供されるが、値段からしてあまり期待していなかったこれが、意外に量もしっかりとしたキッシュであり、サラダの方はまず平凡ではあるものの、普段の貧弱な食生活ではあまりお目にかかることのないハイカラな一品に、いきなり好感度が上がってしまう。
続くメインは、トマトの味をベースにした、ヒヨコ豆とベーコンのスープ。
実は私はトマトという食材自体が好きではないのだが、何故か火を通した料理に登場するときはその限りではない。
──良いトマトは、火を通したトマトだけだ。
ということで、このトマトはその典型として、スープに柔らかな酸味を提供してくれていた。チーズも用いられているものの、味付け自体は特に濃厚ではなく、野菜多めの一皿はイタリア料理のこってりとした印象とはやや異なる、中高年にも好まれそうな一品だった。
食後はのんびりと紅茶を楽しむ。
内も外も真新しく、清潔なこのビルの中では、ぼんやりと時間を過ごしているだけで心に余裕のようなものが回復してくるようでもある。
〒108-0075 東京都港区港南2-18-1 アトレ品川4F-3310
03-6717-0928
ニューヨーク風イタリアンを売り物とする洗練された内装の店内には、やはり若い女性の姿が多いものの、ランチタイムには旅行客らしき中高年夫婦の姿もチラホラと見かけるので、私のような垢抜けないオッサンも、そう怖がらずに入店することができた。
これはメインのスープとバケットが一切れ、それに前菜と飲み物がつくというもの。まずパンと前菜が供されるが、値段からしてあまり期待していなかったこれが、意外に量もしっかりとしたキッシュであり、サラダの方はまず平凡ではあるものの、普段の貧弱な食生活ではあまりお目にかかることのないハイカラな一品に、いきなり好感度が上がってしまう。
実は私はトマトという食材自体が好きではないのだが、何故か火を通した料理に登場するときはその限りではない。
──良いトマトは、火を通したトマトだけだ。
ということで、このトマトはその典型として、スープに柔らかな酸味を提供してくれていた。チーズも用いられているものの、味付け自体は特に濃厚ではなく、野菜多めの一皿はイタリア料理のこってりとした印象とはやや異なる、中高年にも好まれそうな一品だった。
食後はのんびりと紅茶を楽しむ。
内も外も真新しく、清潔なこのビルの中では、ぼんやりと時間を過ごしているだけで心に余裕のようなものが回復してくるようでもある。
〒108-0075 東京都港区港南2-18-1 アトレ品川4F-3310
03-6717-0928
2012年02月13日
蛾人間モスマン
モスマンなる不可思議な存在を扱った映画作品には、R・ギア主演の『プロフェシー』がある。
幻想的な映像と苦い愛情の記憶を描いた、ホラーらしからぬ印象の残る作品であったそちらとは異なり、本作のアプローチは素直にB級である。ただし、スラッシャー系のような、ホラーのような、はたまたモンスターパニックのような、多様な要素を盛り込んだ、些か贅沢?な仕上がりの作品となっている。
オープニングは『ラストサマー』な雰囲気であり、続いて『ファイナル・デッドコースター』的状況に追われ、さらに……という、やりたいことが判るようで判らない、微妙な作品である。
こういういいとこ取り的趣向は、作り手がオタク的なこだわりを見せると、観る側としても共感を覚えることができるのだが、この作品にはどうもそういった偏愛性が感じられず、ために、いまひとつ欠点を全てスルーしてあげよう、という気になれないのだ(苦笑)
で、そういう「厳しい目」で見ると、やはりジャンルを越える要素は、あまり上手く融合出来ていないかな、という気もしてしまう。もっとも、金をかけたSFXなどが使えれば、そこは力技で納得させられてしまったと思うのだが、悲しいかな、これは全米300館で一斉封切り……という作品ではないのだ。
ただし、この感想は、私の方で「タイトルからして、怪物モスマンがバカな若者皆殺し」というバカはお前だよ的予見で作品を観始めたために、思い通りの展開にならない本作の工夫と趣向が、むしろひっかかる結果となってしまったのかも知れない。先入観なく接すれば、意外性のあるストーリーとして楽しめる人も多くいるのではないだろうか。
また、モスマン誕生の秘密を説明しているのも、オリジナリティとして評価できるかもしれない。
どこがどうとも言いにくいものの、ただただ微妙に微妙な作品。ホラーオタク的には、作品の要素を分析してみる楽しみはあるかも。★1つ半。
幻想的な映像と苦い愛情の記憶を描いた、ホラーらしからぬ印象の残る作品であったそちらとは異なり、本作のアプローチは素直にB級である。ただし、スラッシャー系のような、ホラーのような、はたまたモンスターパニックのような、多様な要素を盛り込んだ、些か贅沢?な仕上がりの作品となっている。
「ソウ」シリーズなどを手掛けたLIONSGATE社が贈るUMAシリーズ第3弾。湖で仲間のひとりが溺死し、それを事故に見せかけようと細工したキャサリンたち。10年後、キャサリンは久々に故郷へと帰るが、再会した友人たちが次々と不可解な死を遂げ…。
「キネマ旬報社」データベースより
オープニングは『ラストサマー』な雰囲気であり、続いて『ファイナル・デッドコースター』的状況に追われ、さらに……という、やりたいことが判るようで判らない、微妙な作品である。
こういういいとこ取り的趣向は、作り手がオタク的なこだわりを見せると、観る側としても共感を覚えることができるのだが、この作品にはどうもそういった偏愛性が感じられず、ために、いまひとつ欠点を全てスルーしてあげよう、という気になれないのだ(苦笑)
で、そういう「厳しい目」で見ると、やはりジャンルを越える要素は、あまり上手く融合出来ていないかな、という気もしてしまう。もっとも、金をかけたSFXなどが使えれば、そこは力技で納得させられてしまったと思うのだが、悲しいかな、これは全米300館で一斉封切り……という作品ではないのだ。
ただし、この感想は、私の方で「タイトルからして、怪物モスマンがバカな若者皆殺し」というバカはお前だよ的予見で作品を観始めたために、思い通りの展開にならない本作の工夫と趣向が、むしろひっかかる結果となってしまったのかも知れない。先入観なく接すれば、意外性のあるストーリーとして楽しめる人も多くいるのではないだろうか。
また、モスマン誕生の秘密を説明しているのも、オリジナリティとして評価できるかもしれない。
どこがどうとも言いにくいものの、ただただ微妙に微妙な作品。ホラーオタク的には、作品の要素を分析してみる楽しみはあるかも。★1つ半。
2012年02月12日
大正二十九年の乙女たち
パラレルなもうひとつの日本、戦前期を舞台とした少女たちの青春記。
牧野修という作家の本籍地は、一応はホラーということになるだろうか。
しかし、例えば『逃げゆく物語の話』に見られるSF作家としての資質の高さや、ジャンルのキャリアはほとんど無いはずの怪談実話でも、「FKB 怪談実話 饗宴」収録の『車輪の家』や『姉の部屋』のような傑作をものにしてしまうなど、その守備領域の広さは疑い得ない。
そして、本書はグロテスクな想像力に満たされた牧野作品中でも、異色の青春物である。
無論、このジャンルにも牧野には「呪禁官」シリーズのような先行作はあるのだが、それにしても四人の少女の姿を、現実の歴史とは少し異なる戦前の日本を舞台に描く、というのは少々意外の感をうけてしまうのだが、いやいやどうして、これが実はNHKで是非にドラマ化していただきたくなるほどの爽やかな読後感の残る出来栄えなのである。
勿論、読後感が良いと言っても、そこは牧野作品である。
血と闇に無縁の物語というわけではない。少女たちが遭遇するのは、大都会“逢坂”の民を震撼させる猟奇連続殺人事件であり、その解決が物語の主筋ともなっている。しかし、そもそもパラレルワールドを舞台とした本作では、謎そのものも幻想的な色合いを持つものであり、読者が理詰めで解明する楽しみを前提としたものではない。
むしろ、その謎の「怪しさ」は、リアリズムではなく、我々とは異なる視点によって世界を捉える、10代の女性の意識を外部に投影したものと解することもできそうだ。繊細さとおぞましさと美への希求と未来への怖れ、それらが微妙なバランスで均衡する時間に獲得される幻視。その案内役に、奇想の作家・小栗虫太郎が生み出した探検家・折竹孫七が登場するのも、この世界そのものが探検すべき“魔境”であることの証左ではないだろうか。
と、なんだかわかったような与太を並べてみたが、まあ思いつき以上のものはない(笑)
そもそも、この手の講釈を持ち込んでしまうと、ある種耽美に研ぎ澄まされた作品を想像してしまいそうなのだが、本書はそういった読者を選ぶものではない。
文章は平易で語彙に気取りはなく、少女たちの心の動きは、読み手の親しみを拒まない。その上で人が年齢を重ねていくことで得るもの、失うものを丹念に書き込んだ、きわめてまっとうな青春時代小説なのである。
ただし、唯一、このジャンルとしては特異と感じられるのは、恋愛の問題をほぼ述していないところだ。わずかに示唆される感情はあるが、それはあまりに淡としている。しかし、それが不足とは感じられない。というより、恋情に囚われて云々という青春物が往々に取りこぼしてしまう、若者の心のはたらきにしっかりと焦点を絞っているがゆえの配慮と慎みと、私には感じられた。
尚、折竹の例以外にも、架空の人物がそれらしく持ち込まれ、言及されている部分はあると思われるのだが、それらを確認してみるのも本書の楽しみ方の一部とはなりそうだ。性別、年齢を問わずお薦めできる秀作。★3つ。
日本が戦乱に巻き込まれつつある、大正二十九年。逢坂女子美術専門学校に、四人の個性的な女学生が通っていた。画家としての才能あふれる池田千種。武道に没頭する男勝りな星野逸子。身体は不自由ながら想像力豊かな犬飼華羊。素直で女性らしい優しさに満ちた緒方陽子。戦争の足音が近づく不自由な時代にありながら、短い青春を精一杯謳歌する彼女たち。しかし、その明るい日々に、不穏な影が忍び寄り…。奇才・牧野修、渾身の青春時代小説が登場。
「BOOK」データベースより
牧野修という作家の本籍地は、一応はホラーということになるだろうか。
しかし、例えば『逃げゆく物語の話』に見られるSF作家としての資質の高さや、ジャンルのキャリアはほとんど無いはずの怪談実話でも、「FKB 怪談実話 饗宴」収録の『車輪の家』や『姉の部屋』のような傑作をものにしてしまうなど、その守備領域の広さは疑い得ない。
そして、本書はグロテスクな想像力に満たされた牧野作品中でも、異色の青春物である。
無論、このジャンルにも牧野には「呪禁官」シリーズのような先行作はあるのだが、それにしても四人の少女の姿を、現実の歴史とは少し異なる戦前の日本を舞台に描く、というのは少々意外の感をうけてしまうのだが、いやいやどうして、これが実はNHKで是非にドラマ化していただきたくなるほどの爽やかな読後感の残る出来栄えなのである。
勿論、読後感が良いと言っても、そこは牧野作品である。
血と闇に無縁の物語というわけではない。少女たちが遭遇するのは、大都会“逢坂”の民を震撼させる猟奇連続殺人事件であり、その解決が物語の主筋ともなっている。しかし、そもそもパラレルワールドを舞台とした本作では、謎そのものも幻想的な色合いを持つものであり、読者が理詰めで解明する楽しみを前提としたものではない。
むしろ、その謎の「怪しさ」は、リアリズムではなく、我々とは異なる視点によって世界を捉える、10代の女性の意識を外部に投影したものと解することもできそうだ。繊細さとおぞましさと美への希求と未来への怖れ、それらが微妙なバランスで均衡する時間に獲得される幻視。その案内役に、奇想の作家・小栗虫太郎が生み出した探検家・折竹孫七が登場するのも、この世界そのものが探検すべき“魔境”であることの証左ではないだろうか。
と、なんだかわかったような与太を並べてみたが、まあ思いつき以上のものはない(笑)
そもそも、この手の講釈を持ち込んでしまうと、ある種耽美に研ぎ澄まされた作品を想像してしまいそうなのだが、本書はそういった読者を選ぶものではない。
文章は平易で語彙に気取りはなく、少女たちの心の動きは、読み手の親しみを拒まない。その上で人が年齢を重ねていくことで得るもの、失うものを丹念に書き込んだ、きわめてまっとうな青春時代小説なのである。
ただし、唯一、このジャンルとしては特異と感じられるのは、恋愛の問題をほぼ述していないところだ。わずかに示唆される感情はあるが、それはあまりに淡としている。しかし、それが不足とは感じられない。というより、恋情に囚われて云々という青春物が往々に取りこぼしてしまう、若者の心のはたらきにしっかりと焦点を絞っているがゆえの配慮と慎みと、私には感じられた。
尚、折竹の例以外にも、架空の人物がそれらしく持ち込まれ、言及されている部分はあると思われるのだが、それらを確認してみるのも本書の楽しみ方の一部とはなりそうだ。性別、年齢を問わずお薦めできる秀作。★3つ。
2012年02月11日
フォーセット(ベトナムフロッグ)
汐留シティセンター地下1階にあるヴェトナム料理の専門店。サラリーマンの街、新橋から直近という立地条件によるものだろう、一般的には平日限定であることが多いランチブッフェが、この店では土日祝日に開催されている。
私が訪問した際にも、まず入り口でブッフェかセットメニューかを問われ、この日はあっさりとフォーを楽しもう、ということでブッフェは見送った。
で、このランチのセットメニュー(950円)である。メインのフォーに三種類のヴェトナム料理がついてくる。
私のような年齢になると、量はそう求めなくなる反面、多種のものを少しづつ楽しみたい、という気持ちが強くなる。しかし、ランチメニューというのは、ともすればメインの一品以外には、ほんのつけあわせで済まされてしまうことも多い。しかし、このセットは中々に良い。勉強不足の私には、ヤムウンセンらしき品以外は名前の判らない料理ながら、それぞれに中華とはまた微妙に異なる味付けの三品が、ほどほどのボリュームにて提供される。
メインの量にも満足。この店のフォーは、他店のそれのように透き通って見えるタイプではないのだが、これは材料の違いなのか製法によるのか。あるいは、ヴェトナムにおけるフォーの地域差に由来するものなのか。いずれにしても悪くない味である。
ところで、今、この文章を書くまで、あの店は地上1階に入っているものと思い込んでいた(笑)
新橋駅から地下道で赴いたための勘違いだが、食事に際して外の風景を楽しむことも考えない、ゆとりのなさは、我ながらなんとかしたいところだ。
〒105-7190 東京都港区東新橋1-5-2 汐留シティセンター地下1階
TEL03-6215-8171
私が訪問した際にも、まず入り口でブッフェかセットメニューかを問われ、この日はあっさりとフォーを楽しもう、ということでブッフェは見送った。
私のような年齢になると、量はそう求めなくなる反面、多種のものを少しづつ楽しみたい、という気持ちが強くなる。しかし、ランチメニューというのは、ともすればメインの一品以外には、ほんのつけあわせで済まされてしまうことも多い。しかし、このセットは中々に良い。勉強不足の私には、ヤムウンセンらしき品以外は名前の判らない料理ながら、それぞれに中華とはまた微妙に異なる味付けの三品が、ほどほどのボリュームにて提供される。
ところで、今、この文章を書くまで、あの店は地上1階に入っているものと思い込んでいた(笑)
新橋駅から地下道で赴いたための勘違いだが、食事に際して外の風景を楽しむことも考えない、ゆとりのなさは、我ながらなんとかしたいところだ。
〒105-7190 東京都港区東新橋1-5-2 汐留シティセンター地下1階
TEL03-6215-8171
2012年02月06日
白夜に惑う夏
アン・クリーヴスによるシリーズ“シェトランド四重奏”第二作。
前作に引き続き、本作でも舞台は英国の北辺の島、白夜の季節を迎えたシェトランド島である。
主人公はジェームズ・ペレス警部。
無能な警官ではないものの、超人的な推理能力を持つ名探偵ではさらになく、ただ、接する人々に“友人と思わせてしまう”人間的魅力によって、謎を解くヒントをこつこつと収集し、真相に迫ることができる人物である。
もっとも、そうやって提供される「ヒント」が、ミステリーとしての前提条件を完全に満たしているかどうかは、やや心許ない。まともに謎解きを考える能力を持たない私は、そもそもそれらをきちんとチェックしながらページを繰るわけではないので気にならないが、この作品には満足できないという、本格的なミステリーファンは一定の割合でいるのではないか。
しかし、純粋な謎解きよりも、小説としての面白さに関心を持ってしまう私のような人間にとっては、本書の魅力はそのことによっては減殺されない。
小さな島の、そのまた外れに位置する人口10余名の「村」。そこに住む人々の暮らし、想い、それぞれの関係。横溝正史的な禍々しい因習があるわけではないが、互いに古くから見知ったもののみの共有する秘密、外部への沈黙と硬く静かな閉鎖性に満ちた空気。
さらに登場人物の描写が出色である。
農夫のリアリズム、寡婦の冷静、芸術家のエキセントリズム、教師のモラル、小説家のスノッブ、そして恋をするものの焦燥、と、異文化を背景とした物語ではいまひとつつかみにくいことも多い、人々の感情の襞の、その深い部分までが、物語の展開と共に少しづつ、しかし、くっきりと見えてくる。
ところで、第一作に続いて、本作においても私にはまるで犯人の見当がつかなかった(笑)
しかし、これは私の場合、「もっとも怪しく無い奴」とか、「キャラ立ち具合」など、そのキャラクターの作中のポジションで無意識の内に犯人を推測していたからで、本作のように「誰もが他人に見せない顔を持っている」ことを奥行きのある人物造形で説得力を持たされてしまっては、まるで通用しなくなってしまうのも当然なのである。
そういうかたちで、自分の直感がまるきり役に立たないというのは実は結構に楽しい読書体験でもある。シリーズは残り2作。期待も高まる。★3つ。
シェトランド島に夏がやってきた。人びとを浮き足立たせる白夜の季節が。地元警察のペレス警部が絵画展で出会った男は、次の日、桟橋近くの小屋で道化師の仮面をつけた首吊り死体となって発見された。身元不明の男を、だれがなぜ殺したのか。ペレスとテイラー主任警部の、島と本土をまたにかけた捜査行の果てに待つ真実とは?現代英国ミステリの精華“シェトランド四重奏”第二章。
「BOOK」データベースより
前作に引き続き、本作でも舞台は英国の北辺の島、白夜の季節を迎えたシェトランド島である。
主人公はジェームズ・ペレス警部。
無能な警官ではないものの、超人的な推理能力を持つ名探偵ではさらになく、ただ、接する人々に“友人と思わせてしまう”人間的魅力によって、謎を解くヒントをこつこつと収集し、真相に迫ることができる人物である。
もっとも、そうやって提供される「ヒント」が、ミステリーとしての前提条件を完全に満たしているかどうかは、やや心許ない。まともに謎解きを考える能力を持たない私は、そもそもそれらをきちんとチェックしながらページを繰るわけではないので気にならないが、この作品には満足できないという、本格的なミステリーファンは一定の割合でいるのではないか。
しかし、純粋な謎解きよりも、小説としての面白さに関心を持ってしまう私のような人間にとっては、本書の魅力はそのことによっては減殺されない。
小さな島の、そのまた外れに位置する人口10余名の「村」。そこに住む人々の暮らし、想い、それぞれの関係。横溝正史的な禍々しい因習があるわけではないが、互いに古くから見知ったもののみの共有する秘密、外部への沈黙と硬く静かな閉鎖性に満ちた空気。
さらに登場人物の描写が出色である。
農夫のリアリズム、寡婦の冷静、芸術家のエキセントリズム、教師のモラル、小説家のスノッブ、そして恋をするものの焦燥、と、異文化を背景とした物語ではいまひとつつかみにくいことも多い、人々の感情の襞の、その深い部分までが、物語の展開と共に少しづつ、しかし、くっきりと見えてくる。
ところで、第一作に続いて、本作においても私にはまるで犯人の見当がつかなかった(笑)
しかし、これは私の場合、「もっとも怪しく無い奴」とか、「キャラ立ち具合」など、そのキャラクターの作中のポジションで無意識の内に犯人を推測していたからで、本作のように「誰もが他人に見せない顔を持っている」ことを奥行きのある人物造形で説得力を持たされてしまっては、まるで通用しなくなってしまうのも当然なのである。
そういうかたちで、自分の直感がまるきり役に立たないというのは実は結構に楽しい読書体験でもある。シリーズは残り2作。期待も高まる。★3つ。

