2007年05月26日

高校生向け「現代文の勉強法」

以前、塾で教えていたとき、高校生(+講師)に頼まれて書いた「高校現代文(特に評論文)」の勉強法。せっかくなので、迷える文系高校生や塾のバイト講師のために役に立つこともあるかもしれないし、このblogにでも掲載しておこう。もっとも、この文章自体、読めないというレベルの高校生もいるのが現実ですが…。
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◆はじめに

「現代文は勉強しなくても何とかなる」と考えている受験生は多いです。もしくは、「現代文の点数がいまいちだけど、勉強しても無駄な科目だ」と考えている受験生も多いです。また、「漢字や熟語だけ簡単に勉強する以外、勉強することがない」と考えている受験生も多いです。

しかし、大学受験の現代文、特に「評論文」は、勉強しないといつまで経っても「何となく」しか解けない科目になってしまいます。そこで、以下では、その勉強方法について、紹介します。

まず、この文を読み始める前に、ひとつ、簡単なテストをしてみましょう。これが簡単に答えられた人は、別にこの文を読まなくてもいいと思います。逆に、できない人は、是非一度目を通してほしいです。
問題
次の二つの言葉の意味を、簡単に説明しなさい
(1)絶対的
(2)抽象的
どうですか?答えられましたか?


「(1)絶対的」の答えに「すごい、とても、必ず、確実な」などの答えしか書けなかった人は、現代文が苦手な人です。同様に、「(2)抽象的」を「あいまいな、難しい」などの答えしか書けなかった人も、やはり現代文が苦手な人です。(2)を「具体的の反対」と書いた人は、現代文を少しだけできるようで、でもやっぱり苦手な人です。この問題の答えがすらすら出てこないようだと、大学受験の現代文は得点源にできるようにはなりません。

ちなみに、簡単に答えを作るなら、こうなります。
(1)絶対的
他のものとの比較ができないほど、ずば抜けていること。他と比較しないこと、比較できないこと。
(2)抽象的
ある物事から、その本質だけ抜き出したこと。
何故、この問題ができないと、現代文が本当に読めるようにはならないのか。そうした説明も含めて、以下では現代文、特に「評論文」の勉強法と、お勧めの参考書を紹介していきます。

しかし、そのためにはまず評論文とはそもそも何なのか、また、評論文が解けない原因はどこにあるのかといった説明をする必要があるでしょう。


◆そもそも「評論文」とは何か

さて、「小説」などと並んで模試や試験に出題される「評論文」とは、そもそも何だか分かりますか?

評論文とは「ある事実、ある出来事について、筆者が他の人の意見も参考にしながら、自分なりに考えたことを述べたもの」だといえます。そして、その特徴は「単なる事実」を述べただけの文(=これは「説明文」と呼ばれ、小学校の国語でよく読まされるもの)とは異なり、筆者なりの「価値評価」(あれは良い・悪いといった評価)が入っている、ということです。

しかし、勝手に何でもかんでも良い・悪い、と決め付けるわけにはいきません。その評価が他人にも納得できるように、いろんな理由を挙げたり、実例を挙げたり、他の人の意見を取り込んだり逆にそれを批判したりして、「論理」を展開していかないといけません。この「論理」を丹念に読み取ることが、評論文の読解の基本です。

そして、ここが(受験的に)大切なのですが、入試の評論文は、「一読しただけでは意味が分からないもの」が出題されます。なぜなら、読んで誰でもわかるなら、試験にならないからです。ときどき「英語や古文と違って、現代文は普通の日本語で書かれているから、読めば誰でもできる」などど考えている人がいますが、そうした考えは問題外です。評論文に出題される文章は、難しいものなのです。しかし、難しいからといって、誰もわからないほど難しいわけでもありません。それはそれで、試験になりませんから。

(ちょっと脱線。ときどき某新聞が「大学入試問題に一番引用される」と自社の宣伝をしていますが、それは、受験的にいえば「一読しても意味が分からない新聞です」と自分のことを宣伝しているようなもの、なのかもしれません。)

では、評論文の難しさは、どこにあるのか。それを以下では説明していきましょう。


◆なぜ評論文が読めないのか

では、そうした評論文を難しく感じる理由はどこのあるのでしょう?私が思うに、その原因は主に三つあります。

1. 分かるところしか読まないため、結局、文章全体で何が書かれているか掴めない

2. 言葉の意味を知らないため、「分からない箇所」が生まれてしまう

3. 教養がないため、そもそも文章が何を対象にしているのか分からない

この三つです。特に、1の原因となるのが、2と3だといえます。たとえば、次のような文章があったとしましょう。これを使って、この三つの原因が具体的にはどのようなものなのか、考えてみることにしましょう。
 現代のものの考え方とは、万人に普遍的に通用する「絶対的な価値・真理・正義」の存在を否定する「相対化の思想」であると言われることがあるが、相対主義の考え方自体は、価値観の多様性や個性の尊重が言われる現代社会では極めてスタンダードな考え方の一つとなっている。
 しかし、現代社会においても全ての価値観が相対化されたわけではないし、また相対化してはならない人間としての根本や人類の存続に関係する価値観というものもある。無差別殺人を行って社会革命を起こそうとするカルト宗教やテロリストの倫理観は、決してカルト宗教外部の人間集団からは承認されないし、貨幣や財産に関する所有権を全否定して窃盗・強盗を正当化するような価値観も社会から排除されるだろう。(>引用元、一部改変)
ずばり、難しいですね。たとえば、これを読んで、最初の段落ですでに挫折してしまった人が多いのではないでしょうか?そして、後半の段落で「テロ」や「窃盗・強盗」の話が登場し、少しだけ分かりやすいので、こちらだけ読んで、何となく分かったことにしておこう…という人もいるでしょう(=これが1「分かるところしか読まない」の問題)。

前半が難しいのは、「普遍的」「絶対的」「相対化」「相対主義」などの言葉・概念が何の説明もなく使われているからです(=これが2「言葉を知らない」の問題)。ちなみに、これらの語は、入試でも説明なく普通に登場する言葉です。

そして、そもそも「価値観の多様性や個性の尊重が言われる現代社会」と言われても、どんな現代社会なのか(また、過去の時代とはどう違うのか)、イマイチ知らない人も多いと思いますし、「カルト宗教って何?」と思った人もいるかもしれません(=これが3「教養がない」の問題)。

今、ひとつの例文を使って、評論文が読めない三つの原因を挙げてみました。では、それを克服するにはどうしたらいいでしょうか?


◆「1. 読めるところしか読まない」を克服する

1を克服するためには、「文章を最初から最後までつなげて読む」練習をすることが大切です。その上で、全体を通して筆者が言いたいことをつかむ必要があります。

その練習法としてお勧めなのが、「評論文の要約」をしていくことです。つまり、文章全体を通して筆者が言いたいことを、まとめる練習です。たとえば、現代文の問題集に掲載されている文章や、模試や過去問で出題された文章を、自分で要約するのです。

ただし、単に「大切な文を抜き出してつなげる」だけの要約や、(しばしば間違って教えられる)「段落の最後が筆者の一番言いたいことだから、そこをまとめるだけ」の要約は、要約とは呼びません。筆者の話全体を踏まえてまとめ、かつ、そのまとめた文章の話がつながるよう、自分なりに書き換えたりする必要があります。たとえば、先ほどあげた例文であれば、次のような要約になります。
相対化の思想、つまり相対主義は現代社会ではスタンダードな考え方の一つとなっている。しかし、現代社会でも全ての価値観が相対化されたわけではないし、相対化してはならない価値観というものもある。
例文は300字強の長さがありましたが、この要約は100字弱になっています。字数はあまり深く考える必要がないのですが、短い文章なら200字程度、模試で出題されるくらいの長い文章なら200〜400字で要約するのが目安です。

たいていの問題集や模試の解答集には解答に「大意」(=要約)がついているので、それを使ってだいたいの答えあわせが可能です。しかし、やはり自分で添削しては、その解答例の要約さえ、分かるところしか読まない、という恐れがあります(というか、たいていの人はそうなります)。そのため、この要約については、誰か信頼できる人に毎回毎回添削してもらうことが大切です。ちなみに、この要約作成の練習は、記述式の模試や小論文などの対策にもつながります。


◆「2. 言葉を知らない」を克服する

この「言葉を知らない」については、「朝令暮改」のような四字熟語とか、「立て板に水」のような慣用句などの知識ではなく、評論で普通に用いられる「概念を知らない」ということです(概念とは、私たちが頭でとらえている意味内容、ということ)。この文章の一番最初でテストしてもらった問題「絶対的」「抽象的」も、この「概念を知らない」という点を説明するためにテストをしたものです。

また、先ほどの要約の中で登場した「相対化」や「相対主義」なども、その概念を知らないと何のことか分からないと思います。相対化とは「いつでもどこでも共通していると思われていた価値観や基準が、実は文化ごと、社会ごと、人ごとに違うと考えること」の意味です。たとえば、現代の日本では「まじめに長時間働くこと」は「良いこと」だと考えられおり、その価値観が日本人の間で共有されていると言えると思いますが、国が変われば、長時間働くは「悪いこと」だとみなされることもあります。これが「相対化」です。また、そのように多くの(人によっては全ての)価値観が相対化できると考える態度が「相対主義」ということです。

さて、こうした概念は、評論文では何の説明もなく使われます。しかし、それを知らない人には、評論文は理解できないのはほぼ確実です。そのため、評論文でよく用いられる概念を自分で勉強する必要があります。

そのための教材として、以下をお勧めします。

現代文試験に出る読解ワード300
高橋 清二
ロングセラーズ (1993/06)
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(特にこれの第1〜2章)

頻出現代文重要語700―意味別マスター
伊原 勇一
桐原書店 (2001/11)
売り上げランキング: 38762

(特にこれの第5〜7章))

語句ェ門777―大学入試現代文重要語句集
板野 博行
アルス工房 (2005/07)
売り上げランキング: 27926

(特に第2部)

一番上は、少々古いですが、最もよく読まれているようです。個人的には、一番下のものが、かなり分かりやすくて初学者向けではないかと思います(表紙がルパンを使っていて「アホ」っぽいのですが、中身はすばらしい)。これらの語句を普段から読んで覚えていくとともに、いずれも、「用語集」代わりにも使えるので、現代文を読んでいて分からない言葉に出会ったとき、辞書のようにひいて調べるとよいでしょう。


◆「3. 教養がない」を克服する

最後に、「教養がなくて、話についていけない」という問題を克服するためにどうしたらよいか、アドバイスしていきます。

評論文では、だいたい「ある主題に対する常識的な考え方」というのがあります。たとえば、簡単なものでいえば、「芸術とは何か?」という問題を取り上げた文章では、「芸術とは、直接何かの役に立つのではなく、人生を豊かにするのに役に立つ」という考え方から出発することが普通です(その考え方を批判することから始まる場合も多いです)。

もう少し難しい例でいえば、「日本の社会の特徴」を論じた文章であれば、まずそれを「西洋の社会」と比較し、しかも「西洋社会は、自立した個人が、義務と責任によって結ばれた社会であるのに対して、日本の社会は、イエやムラや会社のような共同体の中で、お互いが依存しあい、個人が明確な責任を取らない社会だ」という図式を前提にするのが一般的です。

こうした常識的な考え方を知っているだけで、その評論文にはだいぶ取り組みやすくなります。というよりは、そうした考え方を知らないでいきなり評論文を読まされると、筆者が本当に主張したい部分がどれなのか、分からなくなってしまいます(たいていの場合、こうした常識的な考え方を否定することで、筆者は自分なりの考えを主張します)。

また、「大人であれば知っていて当然の考え方や知識」というのもあります。前に点線で囲んで挙げた文章でいえば、「無差別殺人を行って社会革命を起こそうとするカルト宗教」という言葉を見た瞬間、「(元)オウム真理教による事件」を思い浮かべることができるかどうか。評論文では、必ずしも具体例をはっきりとは書かないこともあります。筆者が読者に「いちいち書かないけど、分かって当然だよね」と思い込んで文章を書いているからです。

ほかにも、たとえば現代社会の話でいえば、「格差社会」という言葉を聞くだけで、だいたいどのような社会が問題になっているか、雰囲気だけでも分かりますか?こうした時事問題に属する知識も含め、ある程度の常識がないと、評論文はいつまで経っても難しく感じられるでしょう。

こうした「ある主題に対する常識的な考え方」や「大人であれば知っていて当然の考え方や知識」をまとめて「教養」と呼びます。

そうした教養を身につけるための教材としては、以下がお勧めです。最後の一冊は、既に上の項目でも登場したものです。

教養としての大学受験国語
石原 千秋
筑摩書房 (2000/07)
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評論入門のための高校入試国語
石原 千秋
日本放送出版協会 (2005/03)
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語句ェ門777―大学入試現代文重要語句集
板野 博行
アルス工房 (2005/07)
売り上げランキング: 27926

(特に第1部)

一番上は、中身がすばらしいのですが、難関校を目指すならともかく、普通の大学受験生にはやや難しすぎる気がします。むしろ、二番目の本が「高校入試」と題されていますが、大学受験生にちょうどいいと思います。二番目の本を読んで、もっと深く知りたい、と思った人が一番目の本を読むとよいでしょう。また、一番目と二番目は実際の過去問を使って解説されているので、読んでいて「問題の裏側」を勉強できるので、面白いと思います。なお、この二冊は、受験コーナーに置かれず、普通の本のコーナーに置かれていることもあるので、分からなければ書店で聞いてみましょう。

個人的にお勧めなのは、すでに一度紹介した三番目ですが、実際の出題例を使った実戦形式ではないので、読んでいて、「実際にどう出題されるのか、実感がわかない」かもしれません。


以上、評論文の「点の取り方」ではなく、「勉強の仕方」について、簡単に解説してきました。「〜式読解法」に頼るのもいいのですが、そうした方法を使いこなすためにも、「概念の知識」と「教養」を身につけておくことは大切です。自分ひとりでも勉強できるよう、これらの情報が何かの役に立てばうれしいです。
 

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