2011年07月13日
SUPER8

SUPER8(公式サイト*音注意 ★★★★
最近の映画って、面白くはあるんだけども、
どうにも病んでるというか、ひねくれたものが多いな。
バックトゥザフューチャー(実は最近初めて観て、えらい感動した)みたいな、
ベッタベタなのにハラハラワクワクするような、健全な映画ってないかしら。
そんなことを考えているある日のことだった。
「SUPER8は、大長編ドラえもんだ」
この言葉を見た次の瞬間、私はMacの前で映画館のサイトを開き、チケットを1枚、予約していた。
超健全少年SF冒険活劇!!!
こっ、これは、まさしく大長編ドラえもん実写版!!!
子供だまし?
うるせえ、子供と大人の世界は違うんだ!
だましなら、だまされようじゃないか、とことん!
あー ぼーくはー いつごろー おとなにーなるんだろー
(最近この歌でちょいとばかし苦い思い出作ったので
鬱になりつつなんとか乗り越えたい)
8mmフィルムで映画を作ろう!という少年少女の話、
という時点でもう脳内で流れだす、「少年期」。
あれ…これって「のび太の宇宙小戦争」……?
# 宇宙小戦争の出だしはのび太たちが8mm映画を撮るところから始まる
話によると様々なハリウッド映画オマージュがみっしり込められてるらしいんだが、
正直見事にそのどれ一つともまさかの未観賞の私には、
どう見ても藤子・F・不二雄マニアがいるとしか思えない、
などと戯言つぶやきかけるほどFメソッドまみれのこの映画を、
ああ、そう、そうなの、こんな映画を待ってたの!ちょうジュブナイル!F先生!!!
という甘酸っぱくもじーんとするよな、ただならぬ感情移入をもってして観賞。
のび太1人、ジャイアン1人、スネ夫が3人、そして紅一点しずちゃん。
まあ当然ながらドラえもんはいない。ていうかスネ夫多すぎ。
なんでもない日常から、ふいに巻き込まれるSFの世界。
子供の見ている世界と大人の見ている世界とは、
決定的に違うということをまざまざと見せられて、
もう戻れないとか分かっていても魅了されるそれは永遠のフィクション。
エル・ファニングの演技の中での演技に魅了されていくのは必然。
あのシーンたまらなく好き。あの大人ぶったメイクも含めて。
子供は子供で、大人の世界をフィクションとして捉えてるのだろうか。
私は子供に憧れ続けてる。
できることなら大冒険とかしたい。
でもそういう子供じゃなかった……。仲間とかいなかった……。
今も…だけど…。
舞台は80年前後。昔が舞台だとSFってやっぱり映える。
女子の可愛すぎ度で脚本残念度をどうにかフォローしたであろう映画「トロン」は
近未来にも関わらず80年代のゲームセンターから飛んだのが良かったんだろうし、
「第九地区」だって、南アフリカだからこそイカす、あの宇宙船の画とのギャップ。
宇宙人のドヤ街。
「運命のボタン」だって、70年代だ。
SFって、もう21世紀の現代の都市には合わないのかな……
いやっ、そんなことは!と思いつつも、現実があまりにSFに近付きすぎて、
昔から描いてきた夢のような世界、があんまり夢じゃなくなってきてる気がして。
夢の総量が、現実にどんどん食いつぶされていってる感じ。
私のSF知識とかが貧困なだけなのかもしれないけど。
そうそう、「SUPER8」は、80年代懐メロが沢山出てきて、
そういう意味でも大人は楽しく観れるんじゃないかしら。
エンドロールのオマケもとても楽しく見れた。ニヨニヨ、そしてクスクスしつつ。
なお、見終わった後、人に嬉々として
「すごいよ!大長編ドラえもん実写版だったよ!観るべき!!!」
と言ったら、
「最近の君はいつも映画の基準がソレだな。」
と呆れられた。
うっせーうっせー、そんなやつはロコロコの刑にしてやる。ペラペラペラペラ。
#ロコロコ:宇宙小戦争に出てくる喋くり倒すだけのピリカ星の犬
<脳内藤子漫画変換>
「第九地区」→いけにえ その他たくさん 思い出す度に脳内がF画で再生する
「運命のボタン」→FというよりAだけども
「月に囚われた男」→俺と俺と俺・旅人還る・他
というわけで、大長編ドラえもんが大好物、
そしてF先生のSF短編集が好物のアナタは映画館へ今すぐゴーです。
はー…ホントにねえ…F先生が見ていたらなんて仰ったかしら……。
ミュージアム開館が待ち遠しすぎて右にバナー貼ってしまったよ。
(★4なのは、第九地区が気持ち的に★5だから、というのもありつつも、
実際は★をつけるなんていう評価をしたくないような、
別の色々な個人的気持ちが入り乱れております)
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