2006年12月05日

Agent Orange - a personal requiem

今日はドキュメンタリー映画を観ました。




映画の題名はブログのタイトルにあるように




「Agent Orange-a personal requiem」



大学の公開講座で公開されました。



まずタイトルにあるエージェント・オレンジについて。








これは枯葉剤のことです。



このドキュメンタリーは枯葉剤についてのものです。



監督は坂田雅子さん。映像作家でもなんでもない、撮影に関してはまったくの素人の方です。



ただ、旦那さんのグレッグ・デイビッドさんは写真家です。






まず、この作品を撮ろうとしたきっかけ、それはグレッグさんの死です。


グレッグさんはベトナム戦争のとき、米兵としてベトナムに行きました。そして2003年、枯葉剤の影響とみられる病気で死にました。


この死による穴を埋めるためには映像がいいだろう、そういう気持ちで坂田さんはドキュメンタリーを作ろうと思ったそうです。サブタイトルにあるように、a personal requiem(個人的なレクイエム)、坂田さん自信のために作り始めたものだそうです。



坂田さんは、ドキュメンタリーに関する2週間のワークショップで勉強して撮影をしたそうです。それだけでもそのおかげで"自分の表現"ができるようになったと坂田さんは言ってました。自分の表現したいものが表現できることはうらやましいし、自分を表現するのはいろいろな方法があるんだ、としみじみと思いました。




で、映画の内容のほうに。



メインの映像は、ベトナムで障害を持って生まれた人やその家族、現状等を映したものです。



数年前に生まれた子供でさえ障害を持つ、母乳などを介して3世代にわたるなかなか消えることの無い枯葉剤による影響。まだベトナムでは戦争が終わっていない、そういったことも映画の中で語られてました。



あとベトナムでは、奇形児とわかったら中絶をすることがあることもわかりました。


こういった中絶はアメリカ、日本などの先進国ではいろいろと問題にされています。これは、経済優先で人の命を軽く見ている、生命の選択は危ない、という意見と、障害を持って生まれることが幸せなのか、それを支える家族の負担が―特に貧困層では―はかりしれないものだから、などいろいろな意見があります。ですが現実にベトナムでは行われてます。やはり経済的負担がはかりしれない、それが主な要因のようです。


生命倫理に関する問題は人間が考え出したものだから、常に流動的で難しいことです。正直僕には何が一番いいのかわかりません。


ただこのドキュメンタリーを観て思ったのは、生まれ生きることは幸せで、障害を持って生まれた人は生きることに貪欲で、常に笑顔で生きているということ。



ベトナムにある病院の医者(院長かも。。そこらへんの細かいところは覚えてませんが…)が、「将来のことを知らないのに、彼らは明るい」


そういったことを言ってました。



確かに自分は映画を観ながら、彼らが楽しそうにしている姿をほほえましく思いながら、でもそうとも言えない、と思うジレンマがありました。




でも、逆に何も知らないからこそ、幸せで明るく生きられる、という感じもしました。


彼らには知ること、理解することができないところもある。でも私たちは、知ること、理解することができると思っている。それによって将来であるとか、不安になる要素がでてくる。知らないことが不安になる。そう思います。アメリカは、ベトナムでダイオキシンの人体に対する影響についての研究をしていないそうです。知ることは認めることにつながるから、そうドキュメンタリーに出てたフォトジャーナリストが語ってました。知ることは苦痛であるかもしれないです。知ることは現実と向き合うということだと思います。






ベトナムでは障害を持つ子供が生まれても、それは運命であると信じて、そして生んだ責任として貧しくてもその子を育てる家族がいくつもあって、その姿に育児放棄や虐待が問題になっている日本にはないものがありました。人間は生きるために、生かすために存在している、そういった感じがしました。自殺のように、生きることを放棄するのは違うという思いもしました。生きようとする、これが重要だと思います。





あとグレッグさんは、疑ってみることが大切だと映画の中で語ってました。表ではなく、その裏を見ること、それをフォトグラフによって見出そうとしていました。


アメリカは、最初枯葉剤は人に無害で1シーズン経てば回復する、そうプロパガンダで語っていました。真実というのは隠れてたりするものだけど、近寄って見なければ隠れてるものは見えない。それをグレッグさんは戦争に参加したことがきっかけで、真実を見せることのできるように、写真家になったと思います。見たければ遠巻きで眺めてはダメで、近くに行かなければ真実にはたどり着けないと思います。特に科学はベールに包まれてる部分がもともと多いし、隠そうとします。表に出される部分は一部で、みんながそれを知ろうとする動きが必要です。






映画の後坂田さんが、大きくはこの映画は扱われないけど「この問題を、人々が細く長く、常に心に留めておいて欲しい」そう言ってました。



このドキュメンタリーでは国、企業の責任についての趣旨がありましたが、ベトナムの人々はアメリカ人を恨んでいる印象はドキュメンタリーの中にはなく、またアメリカにも枯葉剤による影響で苦しんでいる人がいます。責任は人にあるのではなく集団にあるもので、一人一人がこの問題に限らず、あらゆる問題に対して相手を思いやる意識を持つことが大切だと思いました。


前に見たオノ・ヨーコさんの個展「OPEN/ひらけ」はまさにこのようなことで、受け入れることが重要ではないでしょうか。



このドキュメンタリー映画は、キューバで開催される映画祭でも発表されます。


一般の人がこの映画を観る機会があるかはわかりませんが、少しでも心に留めておければ、そういう思いです。

2007年の秋2008年6月から「花はどこへいった」というタイトルでSIGLOから配給です。機会があればぜひ観てください。


 

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この記事へのコメント
インターネットで偶然このブログにであいました。昨年東京工業大学で上映してくださった時に見てくださったのですね。一度ご覧になっただけなのに,こんなに丁寧に見てくださった事に感激しました。 あなたの様な方に,みていただけて幸いです。本当に,細くてもいいから、長く,このメッセージが伝えられると良いと思います。

ありがとうございます。
Posted by 坂田雅子 at 2007年03月13日 22:16
坂田さんからコメントいただけてうれしいです、こちらこそありがとうございます。

このドキュメンタリーを観て、企業や国が社会に対してしなければならない責任などについても考えるようになりました。普段触れることの無い話題について知ることができて、また考えるようにもなりました。この映画を観たことによって自分の世界が広がったと思います。

貴重な経験をさせていただいてありがとうございます。
Posted by だらだらだら? at 2007年03月13日 23:18
>真実というのは隠れてたりするものだけど、近寄って見なければ隠れてるものは見えない。
それをグレッグさんは戦争に参加したことがきっかけで、真実を見せることのできるように、写真家になったと思います。
見たければ遠巻きで眺めてはダメで、近くに行かなければ真実にはたどり着けないと思います。
特に科学はベールに包まれてる部分がもともと多いし、隠そうとします。
表に出される部分は一部で、みんながそれを知ろうとする動きが必要です。


初めまして。
mixiのブログで教えて頂く機会があり、こちらへ伺いました。

全く仰る通りです。
感銘を受けました。
この度、上映されるようですね。
観に行きたいと思います!!!
Posted by nomoto at 2008年06月16日 13:46
コメントありがとうございます。

こんな長い記事をしっかりと見てくれてうれしいです。

僕が観たときは学校の小さいホールで、まだ映画館に観に行って無いですけど、また違う雰囲気でも観たいと思います。
Posted by だらだらだら? at 2008年06月22日 01:19


 
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