2010年02月07日

「いのちのコトバ」を表現する―殿岡秀秋筆

●「いのちのコトバ」を表現する

 わたしたちの精神の自己形成は、生まれて一年までに、ほとんどできあがっているといわれます。しかし、そのころのことは忘却の彼方にあります。
 わたしたちの教育は、今は三歳児くらいから、ぼくらのころは小学校から始まっています。そして膨大に積み重ねられてきています。これらがないと、買物もできないし、働けないし、本も読めません。だから何らかの形で教育は必要なのです。
 しかし、これらによってわたしたちの精神は、内臓が脂肪を溜め込むように外がわが厚くなってしまっています。
 わたしたち自身の原形をみることが自分自身で難しくなってしまっています。
 わたしたちのいのちの真理については、釈迦やイエスによって語りつくされているかもしれません。ではわたしたちは何も語る必要がないのでしょうか。そんなことはありません。ひとりひとりが「いのちのコトバになる種」をもっていると、ぼくは思います。
 しかし、それを見つけるのは容易ではありません。いろいろな方法があり、これまで無数に試みられてきています。それは文学、芸術、哲学作品として結実して今日に伝わっています。
 しかし語りつくされたわけではありません。それぞれに、ひとつのいのちに、その人なりの「いのちのコトバ」があるからです。どうやってそれを探るかについても、その人にまかされています。
 ぼくはどうやって探しているのでしょうか。
 いのちの原形に戻ろうとすることによってです。具体的には瞑想のなかで過去を想起します。できるだけ古い過去です。毎日繰り返すと不思議と思いだしてくるものです。比較的新しい、たとえば青春時代のことが浮かぶことがあります。気にしないで思いだしたことを日記のなかに書いておきます。これらがいのちのことばの種になります。
 それらを見返して詩を書きます。種を発芽させるのです。そして咲かせます。自分の原体験をコトバによって昇華させようとするのです。
繰り返していくと、しだいに自分の原形が見えてきます。その原形と対話するのが、ぼくのいのちのコトバの表現です。

              (この項終り)


(http://plaza.rakuten.co.jp/poetry2005/=詩を作る楽しみ)

(メールマガジン「詩を作る楽しみ」2010年2月7日号よりhttp://www.mag2.com/m/0000163957.html)
 
Posted by poem_and_fantasy at 08:31 

2010年02月06日

車谷長吉さん「救われたい人は文学を」

●「救われたい人は文学を」

 
 朝日新聞2010年2月6日「be on Saturday」10面に「悩みのるつぼ」という人生相談コーナーがあります。ぼくはいつも愛読しています。とくに回答者が作家の車谷長吉さんのときは面白いです。真剣な相談に真面目に答えていますが、思わず笑ってしまうユーモアがあります。少し引用してみます。相談内容とは切りはなしても読める普遍的な文章です。
「この世の大多数の人の一生は、苦悩の連続です。それに耐えて生きる以外に、生きる道はありません。耐えられない人は、自殺するか、精神を病むか、どちらかへ進んでいきます。」と書いています。そして「この世に人間として生まれて来たことの不幸から、少しでも救われたいと思う人は、文学・芸術・哲学の道に進む以外に道はないのですが、この道に進むことはきわめて困難なことです。まず貧乏に耐え、勉強をする決心が必要です。その決心は大部分の人が出来ません」というものです。こうはっきり言われると爽快です。
 ぼくには「救われたいと思う人は、文学・芸術・哲学の道に進む以外に道はない」と言いきる自信はありません。しかし、ぼくが文学を志しているのは「少しでも救われたい」からにほかなりません。
 なるほどそうなのか、と感心して読みました。

                 (この項終り)


(http://plaza.rakuten.co.jp/poetry2005/=詩を作る楽しみ)

(メールマガジン「詩を作る楽しみ」2010年2月6日号よりhttp://www.mag2.com/m/0000163957.html)
 
Posted by poem_and_fantasy at 07:59 

2010年01月31日

合気道の基礎の基礎その3―殿岡秀秋筆

☆合気道の基礎の基礎
2 受身の姿勢 
その2 呼吸投げでの前方回転受身

 呼吸投げというのは合気道独特の技のひとつです。 今回はそのときの受身の姿勢についてです。取りは受けの側面に入り身して転換します。そのとき手刀を振りかぶります。取りの動きを見ていると腕を斜め前方に上げてから振り下ろしているように見えます。
 このとき受けは後ろ脚を取りの動きにあわせて進めます。そして持っている取りの手首をぎりぎりまで持ち続けます。
受けをとるためにはやく放してしまうことがあります。それだと自分で受身している感じになります。
 取りの手刀の勢いを、取りの手首をしっかり持ち続けることで感じます。自分で受けをとるのではなく、取りの技に投げられるようにするのがポイントです。そのために限界まで取りの手首をしっかり持っていることが大切です。そうして投げられると、取りの技も受けもきれいに決まります。そして受けは立ち上がるとすぐに反撃の態勢にはいることができます。

(参考文献『ビジュアル版 図解コーチ合気道』植芝守央著 成美堂出版)

              (この項続く)


(http://plaza.rakuten.co.jp/poetry2005/=詩を作る楽しみ)

(メールマガジン「詩を作る楽しみ」2010年1月31日号よりhttp://www.mag2.com/m/0000163957.html)
 
Posted by poem_and_fantasy at 22:49