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<title>第十四回「脳の回り方の違い」</title> 
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<![CDATA[
<font size="2">２０代の前半の頃に楽屋で<br />「右脳を鍛えよう」的な本を<br />背伸びして読んでいた時<br />上岡師匠が僕の読んでる本を見て<br />「日本人は左脳を鍛えんといかんやろ！」<br />と、ぴしゃりと言った。<br /><br />本に載ってたのは、<br />日本人は右脳を鍛えないとと書かれてあった。<br /><br />右脳とは、感覚を司る所で、そこが弱いと<br />世界を渡り合えないなんて事も書かれてあった。<br /><br />そこへ持ってきて上岡師匠は<br />そもそも人間は、生まれながらにして<br />感覚やイメージや情緒は<br />誰も備わっているとの考えなのだ。<br />だからこそ、大人は言語や論理や道徳などの<br />左脳をいかに鍛えなければいけないかと言い放った。<br />そうしないと、本能の暴走が始まる。<br />人間は左脳でコントロールをしてこそだと言い放つ。<br /><br />確かに、右脳を鍛えよ！と書かれてるこの本は、<br />そうとうの左脳が発達してないと理解出来ない本だ。<br />ので、そんな左脳が発達した読者に<br />バランスの為に右脳を大切にと言う事なのだろうか？　<br /><br />ここ最近も脳学者の方々が脳に関する本を<br />いっぱい出されているが<br />最後には、どれもこれも、<br />はっきりした事は書かれていない。<br />実は、全部わかっていないらしい。<br />なんじゃそりゃ！と、<br />いつもツッコミを入れている。<br /><br />ので、日本人の脳がどうとか<br />西洋人の脳がどうなんてのは<br />まだまだよくわかってないのだ。<br /><br />さ！笑いに関しての脳だ。<br /><br />海外のコメデイアンが一人で舞台に出て<br />トークをし、爆笑をさらっているのを<br />見た事があるだろうか？<br />何がそんなに面白いのだと思って、訳してもらうと<br />案外「ふーん。そんな事で笑とんかいな！」といつも思う。<br />面白い事は、理解できるが、<br />何もそこまで爆笑するもんでもない。<br />でも西洋人は爆笑なのだ。<br /><br />外国のコメデイアンが<br />英語教師の為に２年ほど日本に住んだ事があった。<br />日本の笑いと西洋の笑いの違いについて聞いたら<br />西洋は、論理で言って、イメージを湧かせて爆笑する。<br />日本人は、イメージを言うなり見せるなりして、<br />面白いと論理的に判断し、笑うのだと言うのだ。<br /><br />いうなれば笑う目的地は同じでも<br />入り口や笑うまでの経路が違うのだ。<br /><br />例えば、こんなネタ。<br /><br />ある一人の子供が、穴の空いたマンホールに向かって<br />「９８、９８、９８」と独り言をいっていた。<br />変に思った思ったサラリーマンが<br />何をやってるか、近寄ると<br />子供はサラリーマンを穴に突き落とし、こう言った。<br />「９９、９９、９９」<br /><br />このストーリーを日本で言っても<br />面白さは伝わるが、笑い声にはならない。<br />西洋では笑うのだ。<br />また、論理的によく出来ているジョークである。<br />Short Filmなどのカット割りにもしやすい。<br /><br />さて、日本の場合である。<br /><br />話はちょっと飛ぶが、<br />禅画絵解きと言うのをご存知だろうか？<br />仏教の説話の方法のひとつなのだが、<br />まず絵を見せて、そこからその絵について<br />解説していくやり方である。<br /><br />それに似たものに日本でもフリップネタがある。<br />芸人がフリップを見せながら笑いをとっていく。<br />もちろん西洋にももちろんあるのだが<br />笑かし方が全然違うのだ。<br /><br />西洋は<br />「酔っぱらった奴がいたぜ！」と論理で先に言ってから<br />「これ！」と最後に絵を見せ笑かす。<br />そこで一個笑いが起きる。<br />これが基本である。<br /><br />日本の場合は、まず絵を見せてから<br />「ここね。この人酔ってますね。しかも、よだれが、、」<br />と、後で、説明をしながら笑かすのが基本である。<br /><br />笑いに限らず、<br />社内プレゼンや学会の発表でも<br />日本の方の発表は絵や図をよく使う。<br />その絵には、論理を簡略した矢印やグラフなどが使われ<br />イメージを先に伝え、後で、説明をするのだが<br />西洋人にとっては、これらは、よけいに<br />不可解なのだそうだ。<br /><br />これは理解する時の脳の回り方の違いであろう。<br />西洋は左脳から入り右脳へ抜けて行って理解する。<br />日本は右脳から入り左脳へ抜けて行って理解する。<br /><br />左脳が発達してるのは実は西洋人である。<br />西洋人にこそ「右脳を鍛えよう」と言い、<br />日本人こそ「左脳を鍛えよう」と<br />言わないといけないのかもしれない。<br /><br />脳については、まだ正解がないのだから<br />このように裏付けのない事も堂々と書けるのだ。<br /></font>
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<title>「お笑い用語の違い」</title> 
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  <issued>2010-06-12 13:50:12+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<font size="2">「あんたオチないやん！」<br />「ボケたんやしツッコメや！」<br />大阪人が、会話の中で、よく言う言葉である。<br />これらの元はお笑い用語である。<br /><br />今やテレビの影響で芸人さんが通常の会話に<br />こういった事を織り交ぜて話すので<br />みなさんもご存知だと思う。<br /><br />我々お笑いの人間から言うと<br />別に日常会話にいちいちオチなどいらないのであるが<br />関西人はオチのある会話を好むし相手に要求する。<br /><br />素人がプロにもいったりするからたちが悪い。<br /><br />まだこれならいいのだが<br />中には「筋フリちゃんとやってや」<br />なんて芸人でも言わないような言葉を言う一般の方もいる。　<br /><br />厳密に言うと、お笑い芸人同士の使う隠語である。<br /><br />ちなみに「筋フリ」の意味は<br />オチを言うまでの言葉の文脈の整理を「筋フリ」と言う。<br />お笑いのテクニック用語だ。<br /><br />このようにお笑い用語は、英語にも、もちろんある。<br /><br />落ちはpunch line <br />ボケはツッコミは foolish manと Strait man<br /><br />これらは通常の言葉であるが<br />お笑い芸人の使う隠語と言われてるのも<br />もちろん西洋にもある。<br /><br />日本だったら「ネタがうけない」を「スベル」<br />「ネタが面白くない」を「寒い」<br />「あまり笑わないお客さん」を「客が重い」<br />「よく笑うお客さん」を「客が軽い」<br />などと言ったりする。<br /><br />英語では<br />「ネタがうけない」を「I dead」<br />「ネタがうけなかった」を「They die 」<br />「お客さんがあまり笑わない状態」を「They dead」<br />などと言う。<br /><br />日本と西洋では、まったく違う。<br /><br />こうやって、事実を並べ続けてもいいのだが、<br />それでは、書く意味がない。<br /><br />自分なりの仮説を立て<br />立証してこそ僕がこうやって書く意味がある。<br /><br />僕なりに、お笑い芸人の隠語を考察してみた。<br /><br />英語では、やたらkillだのDeadだの<br />「生きる死ぬ」の言葉がお笑い用語に<br />ダイレクトに使われるケースがある。<br /><br />「爆笑とった」を「I killed」<br />「ネタがうけなかった」を「I  dead」<br />「お客さんがあまり笑わない場合」は「They dead」<br /><br />日本ではこういった事は、絶対言わない。<br /><br />お客さんを爆笑させた場合に「殺して来ったた！」<br />お客さんにうけなかった場合に「俺、死んだわ」<br />などとは言わない。<br />「笑い死に」といった言葉は日本語でもあるのだが<br />実際に爆笑させたとて「殺して来た」とは言わない。<br /><br />日本の場合は、お客さんが笑わなかったら「スベル」<br />いわば「転ぶ」といった表現をしている。　<br /><br />さ、この「スベル」って言う言葉であるが<br />滑ると言うのは通常、普通に歩けてる場所で<br />何かにひっかかり<br />転けた場合に「滑った」となる。<br />ので、日本のお笑いの場合は、<br />面白い事を言って笑かすのは当然の出来事で<br />ウケなかった時にだけ、<br />何かにつまずいたかのような表現として「スベル」と言う。<br /><br />　<br />西洋の場合は<br />笑かしてきた場合に「i killed」「殺してきた」<br />笑かせなかった時は「I dead」「俺、死んだ」<br />どこか、銃の打ち合いに似ている。<br />狙いを定めて撃つ感覚なのだろうか？<br />これは彼らはそもそも<br />狩猟民族なのだからだろうか？<br /><br />日本の場合は、笑いも農耕民族型なのだろうか。<br />種を植え水を与えて育てる感覚なのか？<br />収穫の際に土地で「スベル」といった具合なのだろうか？<br /><br />さ、次は、日本の場合の「寒い」といった表現。<br />ギャグがつまらない状態を「寒い」と言う。　<br /><br />気候を意味する言葉である。<br />自然界の単語である。<br /><br />お客さんがあまり笑わない場合に「客が重い」<br />お客さんがよく笑う場合は、「客が軽い」と言う。<br />ここも、自然界の空気が大きく関係している。<br />日本ではよく「空気を読む」といった言葉をお笑いでは言う。<br />西洋では「atmasfair」と言って、「雰囲気」なのだが、<br />日本人のように、頭の意識にまで「雰囲気」は、入り込まさない。<br /><br />日本の空気を大切にする風習はどのようなものだろう？<br />これはのちのちの日本編で最大のテーマとする課題である。<br />日本人がこだわる空気とは一体なんなのか？<br /><br />西洋では、空気などといった<br />答えのないような事は取り扱われない。<br />ので、お客さんの空気が重いとか軽いなんて事は言わない。<br /><br />こうやって考えると<br />西洋の場合の笑いは狩猟型で獲物を狙う感覚である。<br />日本の場合の笑いは農耕型で自然界の恵みといった感覚なのだろうか？<br /><br />ただ、僕は米国と日本とお笑いを体験した上で感じるのだが<br />日本の笑いが自然の恵みといった感じはしない。<br />日本も狩猟に行くといった感じなのだ。<br /><br />いや、本来の日本の笑いは自然の恵みのようなもので<br />何かあって笑うと言った事ではなく<br />へらへらするかのような、何もなくても笑っていたのではないだろうか？<br /><br />お笑いがどんどんビジネス化していく<br />関係で西洋型の狩猟の笑いになってきてるかもしれない。<br /><br />そうはいいつつ<br />まだまだ日本でも自然の恵みのような言葉を<br />お笑い用語で使っている。<br />日本での「空気」といった事については根深いものが潜んでるようである。<br />今後の考察の最大の課題である。<br /><br />西洋の場合はやはり笑いは相手への攻撃である。<br />のでネタも武器的なネタである。</font>
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<title>第十二回「韓国の笑いと日本の笑いの事情part2」</title> 
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  <issued>2010-06-05 18:52:57+09:00</issued> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blogs.dion.ne.jp/cyber8/archives/2165752.html">
<![CDATA[
<font size="2">今回は笑いの中身について書かせていただく。<br /><br />韓国の若い笑いのスタイルは<br />コントかスタンダップ（漫談）である。<br />漫才は、ない。日本独特の文化だと思った。<br /><br />そんな中、最初に出てきた司会者みたいな方の<br />漫談（スタンダップ）の方に目を引いた。<br />コーデイネーターのリーさんに<br />ちょくちょく訳していただきながら見た。　<br /><br />びっくりしたのが、スタンダップのスタイルは<br />リズム感や笑いの取り方が西洋風なのだ。<br />西洋風と言ってもみなさんわからないだろうが<br />一人でマイク一本でお話でリズミカルに笑いをとる。<br />ネタの中身は考え落ちといった<br />頭の体操な感じこれが西洋風。<br /><br />日本語で日本人相手に、この手のテンポと中身の笑いは難しい。<br />頭の体操って感じの笑いは、日本では「へ～～」や<br />「あ～～」なんて感じになる。<br />これは、英語と日本語の文法の問題かなと思っていたが<br />見事に崩された。韓国と日本は文法は同じである。<br />よって、文法ではない。<br /><br />なんだろう？<br /><br />日本語の問題もあるのではないか？<br />日本語は目で読むのには大変便利な言葉である。<br />漢字にひらがなカタカナで構成されている。<br />が、いざ話すとなると敬語はあるわ<br />謙譲語はあるわまず言葉のチョイスが難しい。<br /><br />話し言葉にするには、リズム感がない。<br /><br />また、英語と日本語の笑いの違いでも書いたが<br />日本語はI やYou を言わない。ハングル語はIやYouを言うのだ。<br />だから話をする時には説明しやすいのである。<br /><br />そういった様々な理由から<br />日本語で長文をリズミカルに話し、<br />見てる方の感覚に届かすのは難しい。<br /><br />韓国では、ハングル語のリズム感や<br />言葉の構成が英語のように<br />科学的、数学的なのか、<br />一人語りがやりやすいのかなとも思った。<br /><br />また、笑かす中身であるが、<br />韓国でも西洋の頭の体操的な皮肉ジョークな感じの笑いがある。<br />またそれには、男子がよく笑う。<br />日本ぽい団体コントをやっていたが<br />それは、女子が多く笑っていた。<br />女子のお客さんにうけるには、<br />頭の体操のような考え落ちは不向きである。<br /><br />女子は、頭より体。<br />論理より感覚。正確な言語よりビジュアルとリズム。<br />これは日本だけではなく、世界共通なのかと思った。<br /><br />また見終わった後にお客さんが　<br />西洋風のヒュー！の声援を韓国は、するのだ。<br />日本にはそれがない。<br />日本は、拍手を名一杯する感じか、女の子の声援である。<br />そう思うと、笑いの見方も韓国のほうが<br />米国文化をダイレクトに入れていると思った。　<br />実は、ヒューの声援は出演者にとってはありがたい。<br /><br />気持ちをあげさせてくれる。<br /><br />アイドルの声援なんぞは、<br />日本韓国中国どこも一緒で<br />同じふりをする喜び組のような感じになっている。<br />お笑いのお客さんは今後どうなるだろう？<br />米国直輸入型のヒューの韓国みたいに日本がなるか<br />キャーと黄色い声援の飛ぶ日本みたいに韓国がなるか？<br /><br />さ、どうなるだろう？<br /><br />海外に行くとつくづく思う。<br />日本の常識と世界の常識は確実にずれが生じている。<br /><br />お笑いの世界でも、近づくと、ずれが生じていた。<br /></font>
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<title>第十一回「韓国の笑いと日本の笑いの事情 part1」</title> 
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  <issued>2010-06-05 18:47:57+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<font size="2">今回は、お隣韓国について書かせていただく。<br /><br />我々がテイーンエージャーだった頃は韓国と言えば<br />映画「パッチギ」のイメージであった。<br />あくまでイメージの問題。<br />韓国と北朝鮮もごっちゃにしていて<br />マスコミも韓国や朝鮮と口にするだけで、<br />はい！放送禁止！となっていた。<br />いわば政治の世界が幅を利かせていたのだ。<br /><br />それを破ったのが、文化である。<br />韓流ブーム。韓国ドラマである。<br />あの頃から、韓国にもアイドルも俳優もいっぱいいて<br />お洒落なイメージも出てきた。<br /><br />また韓国映画の特徴は<br />米国映画のように歯の浮いたような台詞を<br />首の太い男前俳優が平然と言う。<br />日本のおばさまは若かりし頃を思い出すのか<br />ノックアウトされ<br />韓国まで俳優を追っかけてしまう。<br /><br />だが、それは俳優事情の話だ。<br /><br />お笑いの世界はどうなんだろう？<br />韓国の笑いってどんなのだろう？<br />韓国に芸人はいるのか？<br />韓国にイケメンお笑いはいるのか？<br /><br />韓国に行ったついでに<br />韓国のお笑いを見に行き、考察をと試みた。<br /><br />韓国のコーデイネーターの若い女の子に<br />韓国のお笑いを見たいと依頼すると<br />大学路と言う街にお笑いの劇場が<br />密集していると案内された。<br />行ってみると街のあちらこちらで<br />チケット売りがチラシを配っていた。<br /><br />大学路はNYのソーホー？<br />東京の下北沢？といった感じだろうか？<br /><br />韓国ではお笑い芸人をギャグマンと言うのだ。<br /><br />お笑いライブは、ギャグコンサートと言う呼び方で<br />寄席やヨシモトの劇場のように連日行われている。<br />大学路に何個も劇場があって興業をうっていた。<br />ほとんどが、昼の３時～５時～７時～９時～と四回公演。<br />約１時間半のショウである。<br /><br />で、肝心の中身だが、日本みたいに<br />各コンビの芸人が持ち時間１０分のネタを<br />次々やっていくと言ったスタイルではない。<br />日本のテレビのバラエテイー番組の<br />「はねるのとびら」みたくチームで２人なり<br />３人なりが合同コントを何本もやっていくスタイルなのだ。<br /><br />韓国は、十年前くらいから同世代に<br />向けて笑いを提供するようになったそうだ。<br /><br />ここにはビジネスが関係していると思った。<br /><br />洋服も年代別や性別や<br />趣味別に分けて提供するように<br />お笑いも年代や性別に分けて<br />提供するくらいのマーケットが広がったのだろう。<br /><br />裕福の国の象徴である。<br /><br />韓国はテレビ局自体がタレントの<br />エージェントを持ってたりするらしいが<br />最近は個人事務所も多いらしい。<br />なのでメデイアに対抗して劇場で商売をしていく。<br /><br />この辺りは、日本と状況は同じである。<br />私が興味があるのは、違いの部分である。<br /><br />何事もそうなのだが<br />一瞬同じように見える世界が、<br />近づいて見ると、それぞれ違うもんだ。<br />逆に近くにより過ぎるとまた同じになる。<br />ので、ある程度の距離は必要である。<br /><br />僕は韓国のお笑いをまったく知らなかった。<br />なので、ちょっと近づいて見る事にした。<br /><br />ここで大切なのは一発目の観覧に思う事である。<br />直感と言うものだ。<br />米国のお笑いを見に行った時も<br />直感が未だに生きているから大切である。<br /><br />なぜ直感が大切かと言うと、<br />頭であれこれ思わないから大事なのだ。<br />頭と言うのはやっかいであれこれ思う。<br />思想と言うものだ。<br />頭は政治の世界で幅を効かす。<br />ので、直感が、すぐれてると言われる<br />おばさまみたいになって見に行った。　<br /><br />劇場に入ると、違いがいきなりあった。<br />日本のようにお客さんに<br />女子が多いわけではない。<br />韓国は男女のカップルで見に来ていたのだ。<br />年齢層も２０代以上４０歳未満ってところだ。<br />もちろん日本でもカップルのお客さんは多い。<br />が、女子だけでアイドル的に<br />見に行くといった事では、なさそうだ。<br />韓国の女子のお客さんは<br />韓国の芸人を見てキャーキャーは言わない。<br />韓国では、お笑いをアイドル的には、まだ見ていない。<br />「まだ」と書くと、今後、そうやって見る<br />と言う直感が働いたのか？<br />いや、はたまた、僕のトラウマなのか？<br />米国を見ても日本のようにお笑い芸人が<br />女子にキャーと言われる現象はない。<br /><br />それでいくと、日本にしかないのは、<br />お笑い芸人のアイドル化だ。<br /><br />今の日本のお笑いは、やはり女子向けなのだ。<br />しかも、若い女子向けへの発信。<br />それが日本全体の笑いを動かす<br />といった図式になっていると、くっきりわかった。<br /><br />これはいい悪いではなく<br />経済事情が関係してるのだろう。<br /><br />目先のお金の動きに<br />笑いも振り回されてるのが、日本の笑いの現状なのだ。<br /><br />韓国のお笑い芸人の方々の経済事情も知りたかったが<br />失礼なので聞くのをやめた。<br />でも最近では日本みたいに<br />テレビでも人気タレントなのはギャグマン出身らしい。<br />また、今までみたいにお笑いは<br />格好悪くてアホのする事と言う認識から<br />男前で賢い。また人気ものがやる<br />といった認識に変わっているそうだ。<br />この先もっと儲かるためには、日本みたく<br />若い女子向けをターゲットに、<br />笑いを提供するのだろうか？<br />そこには笑いと言うより、男前であったりのほうが重要になる。<br /><br />実は、僕は韓国のお笑いを見終わった後、<br />英語圏向けにStand upをやりにいった。<br />場所は、マリオットホテル。<br />外国人向けのパブ風な場所であった。<br />西洋人の笑いの客は大人である。<br />男女混合の３０代以上だった。<br /><br />アジアと西洋の違いをひしひし感じた。　<br /><br /><br /><br /></font>
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<title>第十回「アメリカンジョークとはアメリカでは言わない」</title> 
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<![CDATA[
<font size="2">デイブスペクターのネタは好きだろうか？<br /><br />僕は大好きである。<br /><br />文字で書けば抜群に面白い。<br />が、ただタイミングが悪い。空気よんでいない。<br /><br />ここが日本では重要なのだ。<br /><br />しかし彼は明るくやる。<br />アメリカを代表したようにやる。<br />それでお客さんも喜んでいて成立している。<br /><br />これでいいのだ。<br /><br />いいのか？<br /><br />確かに在日のアメリカ人は、ほとんど英語を日本語に直訳したまま<br />母国の勢いで笑かしてくる。この時、寒ーい空気が流れる。<br />日本の滞在期間が短いほどこの空気を発する。<br /><br />いつの日からか外国人の言う面白いだろうと言う事を<br />まとめてアメリカンジョークと言うようになった。<br /><br />外国人の言う寒いネタイコールアメリカンジョークは<br />英語圏の国の中で、アメリカがすべてとばっちりを被っている。<br /><br />寒いジョークをイギリスジョークとは言わない。<br /><br />イギリスジョークは、どこかウイットに飛んでると言うイメージだ。<br />これは確実にイメージである。<br /><br />イギリス人もアメリカ人同様、日本語に直訳して<br />ジョークを言われると寒いのだ。<br /><br />ただ、アメリカとイギリスと笑いの違いは細かく言うとある。<br />大阪と東京でも笑いの違いがあるように米、英、豪と<br />いった英語圏でも違いはあるが日本からしたら漠然と一緒なのだ。<br /><br />日本に来て直訳の日本語で母国の勢いで<br />ジョークを言うイギリス人もいる。<br />ただ、アメリカンジョークといった言葉でくくられるが<br />悪の権化、犯人はそもそもイギリス人かもしれない。<br /><br />アメリカやイギリスではアメリカンジョークと言うかと言うと<br />そんな事を言ってるのは日本だけである。<br /><br />西洋では、ジョークの呼び名の種類は色々ある。<br />punsJoke（駄洒落）<br />Blackjoke（ブラックジョーク）<br />racist joke（人種のジョーク）<br />political joke（政治ジョーク）<br />Dirty joke（下品なジョーク）<br />Clean joke（クリーンなジョーク）<br />Sircustic joke（皮肉なジョーク）<br /><br />ま、分類は様々であるが、多種多様である。<br /><br />最近のアメリカでの流行は<br />トレジデイージョークといって悲劇の笑いが流行である。<br />いわば、パプニング的な笑い。<br />しかも壁に激突するとか、<br />車にドンと追突されるとか悲劇の後の笑いである。<br /><br />ユダヤの格言で悲劇プラス時間イコール笑いと言う法則がある。<br /><br />確かに日本でもこの公式にあてはまる図式はある。<br />が、笑う時間は、米国の場合は早い。<br />日本のお客さんならだいぶ時間が立たないと笑わないところを<br />米国のお客さんは早い時間の解決で笑う。<br />ましてや、コメデイーといったカテゴリーで<br />見てるのだったら、悲劇の後、ほんの一瞬で笑いになったりする。<br /><br />これはシステムとしてはコメデイーを見るといった<br />カテゴリーの時点で安心が大きくある。<br />ので、多少車に引かれようが何しようがそれは<br />あくまでコメデイーだからといった安心があって笑う。<br /><br />僕は日本語で、しかも日本のお笑いで作られた脳なので<br />そのシステムでは笑えない。<br />やはりそこは本当か嘘かがポイントだったりする。<br />あまりにもしらじらしい事は嘘だと思って冷めてしまう。<br />逆にいったら本当だと言う演出をしてくれると<br />ちいさな悲劇があったとしても面白い。<br /><br />このあたりの笑うシステムが欧米と日本では違う。<br />またこのあたりは別の機会に。<br /><br />英国に返還される前の香港でお笑いをやった事がある。<br />英語のネタをやったのだが、そこでの打ち上げの席で<br />英国人と香港人に、日本の笑いはどう？と聞いたら<br />「人の事をただバカにして笑ってるか、<br />　思いっきりアホな事をさして、それを見て笑ってる」<br />と言うのだ。<br /><br />僕は自分の事を悪く言われたみたいな気分になって、<br />むっとし、否定したのだが<br />よくよく考えると案外当たっているのは悔しいが事実である。<br /><br />後、アメリカでコメデイアンが日本に<br />言った際の事をネタにしてたのが<br />「日本では、アメリカンコーヒーやアメリカンジョークって<br />　アメリカンってつけるものがあってね。（ここで笑い）<br />　アメリカンコーヒーは、ただ薄い。。（ここで笑い）<br />　アメリカンジョークは、英語で話すと全部言われるよ。<br />（ここで笑い）<br />　イギリス人だってね（ここで笑い）」<br />と、いって笑いを誘っていた。　<br /><br />アメリカンジョークのA級戦犯はデイブスペクターかもしれない。<br /><br /></font>
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<title>第九回「コメデイーとお笑い」</title> 
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  <issued>2010-05-19 17:38:01+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<font size="2">コメデイーと聞いて何を思い出すだろう？<br />数年前にネットラジオでYMOの細野さんがコメデイーについて話されてた。<br /><br /><font size="3" style="font-weight: bold; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(255, 0, 0);">「日本にはコメデイーって日本には入ってきてないね」</font><br /><br />僕はこの言葉に度肝を抜かれた。<br /><br />確かにそうなのだ。<br />厳密に言うとまさしくそうだ。<br /><br />コメデイーと言う言葉自体は入ってきてるのだが<br /><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 102, 204);">日本の世間の方々はコメデイーって聞くと<br />「外国のコメデイーの事」と思うのではないだろうか？</font><br /><br />そういった意味で入ってきていないって事である。<br /><br />YMOの細野さんは、戦後いち早くコメデイーを日本に輸入され<br />スネークマンショウといったものを作られたのだ。<br />日本版のモンテイーパイソンである。<br /><br />モンテイーパイソンとは英国のBBCで<br />１９７０年代に放送されたコメデイー番組の名前で<br />メンバーがコメデイアンに俳優に<br />アニメーション作家など様々なアーテイストの方が参加をし<br />コメデイー番組を作ったと言う<font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(153, 51, 0);">欧米でも画期的な番組</font>であった。<br /><br />このような形を細野さんは<br />芸人の方やミュージシャンや映画作家の方が集まり<br />日本におけるモンテイーパイソンをラジオでやられたのだ。<br />都会の若者は面白がったのだが、<br />日本の田舎まで届かなかったのである。<br /><br />日本では「笑い」と言うと芸人のやる事といった<br />固定観念の中でしかなかったのだろうか？<br />スネークマンショウが日本の世間の意識を変える事はなかった。<br />でも、今から思っても画期的な事が行われていた。<br /><br />それまでの日本では、１９７０年代まで「笑い」をやる事を、<br /><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(51, 51, 255);">演芸と言ったり喜劇といったりしていた。</font><br /><br />が、１９８０年代にはいりテレビ発信の<br />漫才ブームといったものが日本で火がついた。<br />漫才からMANZAIと言う肩書きに変わったのだ。<br />これはフジテレビの戦略が強かったせいか<br />このMANZAIの単語は、根ずかなかった。<br /><br />ただ、この頃からだろうか、「喜劇」や「演芸」を<br /><font size="5" style="font-weight: bold; color: rgb(0, 153, 0);">「お笑い」</font>と、自然に呼ぶようになったのは。。。<br /><br />喜劇と言う言葉や演芸といった言葉は古くなり、<br />芸人が笑いをやる事を「お笑い」と言った。<br /><br />また笑いの要素の入ったテレビ番組を<br />バラエテイー番組と言うようになった。<br />本来バラエテイーとは歌あり笑いあり<br />シリアスありのバラエテイーなのだが<br />笑いを入れたらバラエテイーと言う意味になり<br />笑いのみの番組もバラエテイーと言う<br />ねじれた言い方になったのだ。<br /><br />ここでも決定的に「コメデイー」といった呼び方は<br />定着しなかったのである。<br /><br />では、<br />そもそもコメデイーといった外来語の語源はなんだろう？<br /><br />実はこの言葉は紀元前の<br />ギリシア語のkomoidos（おどけたコーラス歌手）が語源らしい。<br />祭で歌や踊りを伴う歓楽に由来するらしい。<br />いわゆる芸人のやるだけの事だけではなく、<br />笑いの要素の入ったあらゆるものを<br />コメデイーとしてくくったのだ。<br /><br />では、今の日本では、お芝居でも映画でもアートでも<br />笑いの要素の入ったものは何って言うのだろう？<br />喜劇は古く思われる。演芸でもない。<br />お笑いでもない。<br />ましてやコメデイーと言うと海外産のものを連想する。<br /><br />このあたりが、宙ぶらりんなのだ。<br />　<br />逆に日本ではドラマのジャンルのものが、<br />海外で英語の字幕がつけられ輸出した場合<br />海外では「コメデイー」のジャンルに入れられる事がある。<br />「Shall we dance」が、そうであった。<br />日本ではShall we danceはドラマの分類だ。<br /><br /><font size="3" style="color: rgb(0, 153, 0); font-weight: bold;">じゃ、なぜコメデイーと言わないのか？</font><br /><br />海外産のお笑いを想像して面白くないと思ってしまうからか？<br />コメデイーなどといったものになるとハードルが高くなって笑えなくなるのか？<br />お芝居やられてる方は、笑いの部類なんぞには入れられたくないと言う事なのか？<br /><br />僕の知り合いの面白い劇をする方は「笑い」などといった<br />高等な事をしていないので、笑いをやる方に<br />失礼だとおっしゃっていた方もいたが。<br /><br />いずれにせよ、日本でコメデイーに変わる言葉は、<br />「お笑い」かテレビなら「バラエテイー」といった言葉だ。<br /><br />だが、問題は映画である。<br /><br />松本人志さんが作られたような笑いのみで構成された映画のジャンルは、<br />なんて呼ぶのだろう？<br /><br />お笑いと呼ぶにはちょっと違う。<br />喜劇ではない。<br />バラエテイーといったジャンルでもない。<br />ドラマなのか？<br /><br />いや、逆に世界に「お笑い」といった日本語のジャンルを届けたほうがいいのか？<br /><br />僕の個人的な意見は、笑いの要素の入ったものは<br />すべて「コメデイー」といったジャンルであると思う。<br /><br />この世界標準のジャンルのハードルを飛び越えなければ<br />この国の笑いが海を超えないような気がしてならない。<br />面白い才能がどんどん切り捨てられるように思うのだ。<br /><br />ちなみに僕の肩書きはスタンダップコメデイアンといった<br />西洋から輸入された言葉をつけている。<br /><br />実は海外からの輸入されたものを日本流にアレンジしていくのは<br />実は日本の伝統的なお家芸なのだ。</font>
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<title>第八回「コメデイークラブと国民性」</title> 
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  <issued>2010-05-06 19:47:46+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<br /> <font size="2"><font size="3"><span style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);">「ルミネに行こう！」</span><br style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);" /></font>と言うと演芸場を思い浮かべる方と<br />ファッションを思い浮かべる方<br />どっちの比率が多いだろうか？　<br /><br /><font size="3"><span style="font-weight: bold; color: rgb(204, 51, 204);">日本ではお笑いを見に行く事を</span><br style="font-weight: bold; color: rgb(204, 51, 204);" /><span style="font-weight: bold; color: rgb(204, 51, 204);">そもそもなんて言ってるのだろう？</span></font><br /><br />大阪では花月といった<br />ヨシモトの所有する演芸場がある。<br />松竹芸能が持っていた中座や<br />角座もあったのだが今はもうない。<br />東京では浅草に演芸場がある。<br /><br />落語は大阪なら繁盛亭。<br />東京なら浅草や新宿に木馬亭や末広亭がある。<br />名古屋も大須演芸場がある。<br /><br />数はそれくらいだろうか？<br /><br />地方だったら公民館などの会場が<br />寄席の会場になる。<br />後は芸人がライブハウスやホールなどを借りて<br />興業を打つといった事をする。<br />　<br />一昔前なら「花月に行こうか？」<br />「角座に行こうか？」<br />と場所を指して言ったものだろう。<br />最近はどなのだろう？<br />「浅草の演芸に行こうか？」<br />「花月いこうか？」「寄席に行こうか？」<br />「誰々の見に行こうか」になるのだろうか？<br /><br />最近ではお笑いを見に行く時は<br />なんて言ってるのだろうか？<br />　<br />日本では、演芸場は都会以外では少ない。<br /><br /><font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);">英語圏の国々の場合は<br />コメデイークラブといったものが存在する。</font><br /><br />お酒を飲みながらお笑いを見ると<br />いったバーみたいなところである。<br /><br />これは大都市にはもちろん多いのだが<br />地方にも多々存在する。<br /><br />またお客さんは<br /><font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(51, 102, 255);">「コメデイーを見に行く」</font><br />といった言い方をしてクラブに見に行くのだ。<br /><br />またコメデイアン側も<br />コメデイークラブツアーと言って<br />全米のコメデイークラブを回るツアーなどがあり<br />コメデイアンが５人パックで<br />全米を回るといった仕事もある。<br /><br />じゃー来てるお客さんはどう違うのか。<br /><br /><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 102, 0);">日本では演芸場に最近は女性が多い。</font><br />また最近の傾向は<br />中学生の修学旅行の団体が演芸場に来たりする。<br />中学生も大人も笑うところは一緒だったりする。<br /><br /><font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 0, 0);">西洋は</font>劇場でお酒を飲みながら<br />お笑いを見ると言ったスタイルなので<br /><font size="4" style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(204, 0, 0);">基本は大人</span></font>である。<br /><font size="5"><span style="color: rgb(153, 0, 0); font-weight: bold;">しかも男性</span></font>が多いのである。<br />じゃー<font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 0, 0);">子供はと言うと、<br />笑いは大人になってからといった風潮があり<br />自分で金稼ぐようになってから<br />見に行けといった感じなのだ。</font><br /><br />西洋には大人文化と子供文化の棲み分けがある。<br />いやこれは日本以外といってもいいかもしれない。<br /><br />さ、この部分を細かく書かなければいけない。<br /><br />日本は女性と子供向け文化が最近は横行している。<br />逆に言うと<font size="4"><span style="font-weight: bold; color: rgb(255, 102, 102);">日本には男の大人の文化は</span></font>あるのだろうか？<br /><br />エロの世界では存在する。<br />エロ以外でだ。格闘技やスポーツにはある。<br /><br />じゃーお笑いはと言うと<br />いかがなもんか？<br /><br />これは<font size="4"><span style="color: rgb(51, 153, 153); font-weight: bold;">男の大人の笑いが存在する</span></font>のか？<br />といった問題である。<br /><br />日本の男性の大人に<br />「最近の日本のテレビのお笑いはつまらない」<br />と言われる事がある。<br /><br />じゃー西洋のようにお酒を飲みながら見れる<br />お笑いを大人向けにやったとて<br />お金を払ってまで見に行くとは思えない。<br /><br />そういった意味では<br />日本では女性と子供向けへ<br />お笑いを消費させたほうが受けがいいのだ。<br />だからメデイアも必然と女性と子供向けになる。<br /><br />よって日本の演芸場にも女性と子供が来るのだ。<br /><br />では、<font size="4"><span style="color: rgb(204, 0, 0); font-weight: bold;">なぜ日本の男性が大人の笑いを</span><br style="color: rgb(204, 0, 0); font-weight: bold;" /><span style="color: rgb(204, 0, 0); font-weight: bold;">見に行かないのか？</span></font><br /><br />何か他人の事を言ってるようであるが<br />実は自分もそうで、<br />もし自分がお笑いの世界に<br />入ってなかったら<br />演芸場にはいかないと思う。<br /><br />お笑いに限らずに<br />芸術などでもそうだろう。<br /><br />それでは本当につまらない大人だと言う事である。<br /><br />なぜ、こうなったのか？<br /><br />この連載のどこかでしっかり探ってみようと思っている。<br /><br /></font>
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<title>第七回「宗教と笑い part2」</title> 
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  <issued>2010-04-26 19:46:31+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<font size="2">「薔薇の名前」と言う映画をご存知だろうか？<br /><br />ショーンコネリーの主演する中世のイタリアの修道院で<br />巻き起こる謎の連続殺人事件を描いた映画である。<br /><br />そもそもこの物語はイタリアのウンベルト・エーコによる<br />小説『薔薇の名前』を映画化したものである。<br /><br />物語は宗教裁判が激化している中世のヨーロッパが舞台。<br /><br />イタリアの修道院で不審な死を遂げた若い修道士<br />その死の真相解明を任されたイギリスの修道士<br />（ショーンコネリー）が事件を<br />解決をしていくといった物語である。<br /><br />映画はサスペンスなのだが<br />中でも、興味深いシーンが幾つかあって<br />「笑い」はキリスト教徒には悪なのだといったシーンがあある。<br />また人間にはそもそも笑いは悪だといったシーンもある。<br />部屋に隠された異教徒を風刺した漫画や<br />ジョークが見つかるといった宗教的なシーンも出てくるのである。<br /><br />実話に基づいたお話なのだが、時代は中世とはいえ、<br />キリストでは笑いは悪であったとは驚きである。<br /><br />もちろん現代でも宗教関係なく<br />真面目な場所で笑うとは不謹慎なのだが<br />笑いそのものを悪と見なす時代であったのには驚いた。　<br /><br />じゃー日本にはそういった<br />類いの事あるのかと言う事だが<br />実は「冗談」といった言葉は仏教用語で<br />現代では、冗談はふざけた話し<br />滑稽（こっけい）な意味に使われている。<br />仏教では、仏道の修行に関係のない無用な対話を<br />冗談と呼んでいるそうだ。<br />冗とは、むだ、不要、あまっているという意味で、<br />無駄話という意味らしい。<br /><br />それが、やがて、仏道修行以外の場でも用いられるようになり<br />現在のような日常語になっていったようだ。　<br /><br />ただこの場合は仏道を志してる方のお話で<br />笑いそのものが人間にとっては悪といった概念ではない。<br /><br />だが中世のキリストでは笑いは人間にとっては悪なのだ。<br /><br />キリストの教えの笑いそのものが悪であるなら<br />笑いのネタは悪の根元である。<br /><br />これは言うなれば<br />悪になるようなネタで笑っていたから<br />「笑いは悪」とした戒律を作ったのではないか？<br /><br />なんせ、西洋には、風刺（サーカステイック）<br />といったネタが主役である。<br />読んで字の如く<br />「風のように刺す」と書くのである。<br />字から見ても非常に攻撃性の強い言葉である。<br /><br />キリスト圏ではそうやって<br />相手への攻撃も含めた武器のひとつといった感じで<br />笑いをとらえていたのだろうか？<br /><br />でも、近年のキリスト圏では<br />笑いが悪なんて事はない。<br />むしろ西洋の方はお笑いでよく笑っている。<br />ただ悪と見なしたものを笑うといった行為は<br />現代の西洋にみられるから不思議である。<br /><br />すべての事はその時代によって変化をしていく。<br />宗教や笑いも、もちろん変化をしていく。<br />なぜなら、解釈をし、扱うのは<br />その時々の人間だからである。<br /><br />あの中世の時代には笑いといったものが<br />「悪になるようなネタ」だったのか？<br />想像だが、中世の社会は自由で民主的ではない。<br />階級があったのだ。<br />上の階級の方にとって不都合な事を<br />下の階級の方が笑っていたから<br />悪としたのかもしれない。　<br /><br />また現代では<br />西洋の芸人の隠語では爆笑させた事を「I killed」と言う<br />この意味は２つあって「笑い死にさせた」といった意味と<br />そもそもの意味は風刺の刺すの意味から来ている。<br /><br />そういった歴史の積み重ねによって<br />社会は続いて行くのである。<br />それを形成する人間の生きてる間には<br />宗教や笑いは大切な事なのだ。<br /><br />キリストに限らず<br />ユダヤやイスラムやヒンドウー圏の方々の中にも<br />笑いはある。<br />ユダヤ笑話やイスラム笑話やインドの民話笑話など<br />世界にはそういった記録がいっぱいあるのだ。<br />日本に限らず、仏教圏のタイやベトナム<br />などにも仏教の説話などが残っている。　<br /><br />国際社会になり自由と民主主義が確立し<br />メデイアなどが発達した現代では<br />宗教観を丸丸押すような笑いは減少した。<br />ましてや異教徒を攻撃するような笑いは<br />国際的には認められなく差別である。<br /><br />そうなってくると、日常の物語や言葉遊びなど<br />宗教観の濃い話は無くなってくる。<br />だが、まったく切れてもいなく<br />言葉や笑いや生活の習慣に細かく<br />宗教がとけ込んでいるのは<br />事実である。<br /><br />日本の現代は上っ面は、無宗教、無思想のせいか<br />国際社会から見ても極端に<br />宗教との結びつきより<br />メデイアやテクノロジーや経済と<br />いった関係の結びつきが大きくなっている。<br />笑いも国際的に見て<br />相当な変色を見せている。<br /><br />むしろ、<br />宗教からの目線で<br />中世の笑いをひもとくのはある種、簡単である。<br />異教徒をバカにすると言った事は理屈でわかるのだ。<br />また近年の西洋の笑いも論理的なので<br />理屈で理解できる。<br /><br />だが、現代の日本。<br /><br />無宗教や無思想といった<br />実体の掴めない思想の中、<br />一発ギャグなど理屈では、<br />まかり通らない事の連続する<br />笑いを僕は不思議でならない。<br /><br />ここにこそ日本の現代が抱える何か<br />世界の最新の何かがあるようにしてならない。</font>
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<title>第六回 宗教と笑い</title> 
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  <issued>2010-04-23 19:38:19+09:00</issued> 
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<![CDATA[
<font size="2">今回は<font size="3" style="color: rgb(255, 102, 0);"><span style="font-weight: bold;">「宗教と笑い」</span></font>といった<br />でっかいテーマについて書かせていただく。<br /><br /><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 102, 204);">日本では宗教の話題は<br />うさんくさがられる。</font><br /><br />理由は多々ある。<br /><br />勧誘をされお金をがっぽり<br />根こそぎ持っていかれた<br />なんて話も聞くから<br />その類いだと思われる。<br /><br />はたまた選挙前に<br />どこぞの政党に入れてくれ<br />なんて類いなのかとも思われる。<br /><br />後、宗教の怖い所は<br />マジになりやすい。<br /><br />自分の信じたものを<br />正しいと言った時<br />相手がそれを信じていなかったら<br />正しいか、正しくないだけの<br />言い合いになる可能性もある。<br /><br />このような理由から<br />この国では宗教の話はしないほうがいい。<br /><br />僕も確かにそう思う。<br /><br />ただ<font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);">今回は「宗教そのもの」<br />について書くのではない。</font><br /><br /><font size="2" style="color: rgb(0, 0, 0);">ちなみに</font><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(153, 0, 0);">私は無宗教である</font><span style="color: rgb(153, 0, 0);">。<br /></span>その立場から宗教そのものを<br />否定せず、事実を事実として<br />受け止め<font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 0, 0);">「笑い」の目線</font>から<br />自分の思った事を書かせていただく。<br /><br />宗教そのものが<br />正しい正しくないの類いではないので<br />どうか洒落の一部として<br />うけとめていただきたい。<br /><br />米国は他民族国家である。<br />ので、宗教も多種多様である。<br /><br />米国の方は自分の宗教を普段から<br />隠さずオープンにしている。<br /><br />服装や仕草や言葉や食べもの<br />などに顕著に表れている。<br /><br />そんな中<font size="4"><span style="color: rgb(51, 153, 153); font-weight: bold;">「笑い」にも宗教色がある</span></font><br />と言うのを日本を離れて気づいたのだ。<br /><br />米国は他民族国家とはいえ、<br />おおよその国民は、キリスト教である。<br />国民が、とりたてて<br />キリスト教といった大げさなものではなく<br />生活の一部として根付いているといった感じである。<br /><br />日本の仏教とよく似た感じだ。<br /><br />米国の街には多くの教会がある。<br /><br />実は私が当時つき合っていた米国の彼女の<br />実家がキリストであった。<br />厳密に言うとプロテスタントの<br />ペンタコストと言う宗派であった。<br /><br />彼女はキリストの家庭に育ったのだが<br />彼女自体は無宗教よりの<br />なんちゃってクリスチャンであった。<br /><br />日曜日に相手方の親に<br />誘われ彼女と一緒に教会に行く事も多かった。<br />単に我々は暇つぶしと言うと<br />怒られそうだが、誘われたから<br />映画を見に行く感覚で行ったのだ。<br /><br />行ったらびっくりしたのが<br />まず<font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 0, 0);">神父さんが壇上で<br />マイク一本でスタンダップ（漫談）みたいな<br />スタイルで日常のお話をして<br />笑いをがんがんとっている</font>のだ。<br /><br />その話の中にキリストの教えも<br />織り交ぜながらやっているのだ。<br /><br />これには、びっくりであった。<br /><br />もっと地味なものかと思っていたら<br />すごく派手であった。<br /><br />さ、笑かしている中身である。<br />どんな内容の笑いなのか？<br />日常のなにげない体験談を<br />話しているのだが、随所に<br />西洋のお得意の<br /><font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);">サーカステイック（皮肉）</font>を<br />言って笑いをとっているのだ。<br /><br />中でも印象に残ったのは<br />キリストに反対する映画の俳優のインタビューの<br />ニュースについてお話をしていて<br /><br />「彼は俳優なので、架空のことを<br />　本当のことのように演じているが<br />　私は本当のことを架空のことのように話しているよ！」<br /><br />こんな事を言うのにもびっくりである<br />笑いのシステムは米国のコメデイアンと一緒なのだ。<br /><br /><font size="3" style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-weight: bold;">西洋の笑いのポイントは皮肉である　</span></font><font size="3" style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(51, 51, 255);"></span></font><br />この「皮肉」といったものは、<br />たんに相手を馬鹿にするのではない。　<br />文脈を構築し、謎掛けのようなシステムを<br />きちんと作り相手への配慮をする。<br /><br />例をあげておこう。<br />（例文を書く）<br /><br />神父<br />「食前の祈りをちゃんとしているかい？」と友人に訪ねたら<br />「いや、してないよ。嫁は料理が上手だからね。」 だって！<br /><br />宗教学者が私（神父）に天国のことについて尋ねてきた。<br />「私たちは、愛する人たちみんなと、ほんとうに天国で再会できるのですか？」<br />私は、力を込めて言ってやった！<br />「ええ、確かです。・・・でも、、、<br />　愛してない人々みんなとも、再会しますよ。」<br /><br />科学者が私（神父）を困らせようとして聞いてきた。<br />「神さまは、天地を創造される前には<br />　何をしておられたのだろうか？」<br />私は言ってやった。<br />「君の質問をする人のために、地獄をつくっておられたのだ」<br /><br />このように文字で書いても面白い。<br />神父さんがこのような神様や異教徒の事を<br />皮肉った事を織り交ぜつつ大切な話もしていく。<br /><br />またこれを笑うのは<br /><font size="4" style="color: rgb(204, 102, 0);"><span style="font-weight: bold;">日本も米国も同じで自由なのだ。</span><br style="font-weight: bold;" /><span style="font-weight: bold;">笑うと逮捕されたりはしない。</span></font>　<br /><br />日本も歴史をひもとくと<br />実は安土桃山時代に<br />落語が生まれたのだが、<br />始められたのは、仏教のお坊さんであったそうだ。<br />浄土真宗のお坊さんが始められたそうであった。<br /><br />そんな事を、異国の米国で知るなんて<br />外から中を見てみるもんだと思った。<br /><br />日本でもお坊さんが始められたとはいえ<br />今の現代の日本では　仏教と笑いはまったく別である。<br /><br />昔はとりたてて現代みたいに<br />宗教などといった概念はなく<br />生活のごく一部の当たり前の事であったので<br />お坊さんでも笑いを交えながらお話をするのは<br />自然であったのだそうだ。<br /><br />今や、日本では、笑いと宗教が離れたし<br />完全に生活からも、離れてしまった方も多い。　<br />とはいいつつ、<br />日本語の中に仏教用語が実は多く残っていて<br />とりたてて仏教などと言わなくても<br />日本語自体がその中に含まれているといった事実。<br />こんな事もこの時に知った事だ。<br /><br />英語自体もそうだそうで<br />キリストと共に英語も発展していったと言う歴史。<br />日本と仏教の関係のような歴史もあるそうだ。<br /><br /><font size="4" style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-weight: bold;">アメリカの笑いと日本の笑いの違いは</span><br style="font-weight: bold;" /><span style="font-weight: bold;">そういった意味ではキリスト教と仏教とどう違うのか？</span><br style="font-weight: bold;" /><span style="font-weight: bold;">を、語るようなものである。</span></font><br /><br />その目線で見ると<br /><font size="3" style="color: rgb(153, 153, 0); font-weight: bold;">「絶対の神様」といったような<br />絶対のオチがキリスト圏ではある</font><span style="font-weight: bold; color: rgb(153, 153, 0);">。</span><br /><br />日本にはあるといえばあるのだが<br />何が面白いか説明できない面白いものが存在する。<br />（厳密に言うと説明できるのだが）<br />宗教目線で言うと、<br />色即是空の仏教。<br />無や空のような実体のない、意味のない、<br />無意味といった笑いが仏教圏にはある。<br /><br />キリスト圏には皮肉の笑いを好む<br />仏教圏では皮肉の笑いを好まない。<br /><br />それはなぜか？<br /><br />じゃー仏教圏のタイに笑いは？インドに笑いは？<br />キリスト圏のアイルランドに笑いは？<br />ユダヤの笑いは？イスラムの笑いは？<br />ヒンドウーの笑いは？　<br /><br />など、<font size="3"><span style="color: rgb(204, 102, 0); font-weight: bold;">この辺りを探って行くのは</span><br style="color: rgb(204, 102, 0); font-weight: bold;" /><span style="color: rgb(204, 102, 0); font-weight: bold;">なんとも興味深い</span></font>と思ったのである。</font><br /><br /><font size="2">この話題はまだまだ続く</font>。
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<title>第五回 アメリカの笑いJoke part2 「世界で一番おもしろいジョーク」</title> 
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://blogs.dion.ne.jp/cyber8/archives/2165752.html">
<![CDATA[
<font size="2">今から何年前だろう？<br />７年くらい前にネットの記事に<br /><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 102, 0);">「世界で一番面白いジョーク」</font><br />といったものが掲載されてあった。<br /><br />イギリスのハートフォードシャー大学の<br />心理学者のリチャード・ワイズマン博士といった方が<br />ユーモア社会文化的研究の一環で<br />英国科学振興協会がスポンサーとなって<br />ある調査を行われていた。<br /><br />2001年に70ヵ国から40,000通もの<br />ジョークの応募を募って<br />これに対し、2,000,000人が<br />インターネット上で採点投票を行ったのだ。<br /><br />ルールはウェブサイトの訪問者に<br />自分が好きなジョークをエントリーしてもらう。<br />と同時に他のジョークを<br />5段階方式の人気投票をしたものであった。　<br /><br />この結果、博士曰くユーモアのセンスは<br />国や地域ではっきりした差異が<br />あることが分かったと書かれてあった。<br /><br />イギリス、アイルランド、オーストラリアなどでは<br />シャレなどの<font size="3" style="color: rgb(51, 204, 0);"><span style="font-weight: bold;">言葉遊びの笑い</span></font>が多い。<br /><br />アメリカ、カナダでは他人の<font size="3" style="color: rgb(255, 102, 0);"><span style="font-weight: bold;">愚かな振る舞い</span></font>を<br />ネタにするのが多い。<br /><br />またヨーロッパの多くの国では<font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(102, 51, 255);">現実離れしたホラ話</font><br />による笑いが好まれた。<br /><br />と言うのだ。<br /><br />また男女間においてもジョークに対する<br />違いがあると分析をされていた。<br /><font size="3" style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-weight: bold;">男性はより積極的なジョークを好み</span><br style="font-weight: bold;" /><span style="font-weight: bold;">女性は言葉遊びを好む </span></font>という傾向である<br />　<br />どこの国からの応募や採点が<br />何人いたのか？男女の数は？など<br />書かれてなかったので<br />結果は怪しいのであるが<br />ひとつのデータとして<br />このような実験は面白い。<br /><br />じゃーなぜこのような<br />様々な違いがあるのか<br />もっと掘り下げよう！<br />とは書いていなかった。<br /><br />ここからの考察は僕がやっても面白いかなと思った。<br /><br />で、まだ博士のコメントはまだ続くのだ。<br /><br />最後にどこの国でも<br />ジョークを見つけることが容易だったが　<br /><font size="4"><span style="font-weight: bold; color: rgb(51, 51, 255);">唯一日本で は、ジョークの習慣自体を</span><br style="font-weight: bold; color: rgb(51, 51, 255);" /><span style="font-weight: bold; color: rgb(51, 51, 255);">見出すことが非常に難しかった</span></font>と書かれてあった。<br /><br />これには、なるほどと思った。<br />確かにジョークの習慣はないが<br />小話などは大いにある。<br /><br />これは伝えないとと思い<br />僕はメールをイギリスにまで送り<br />ワインズマン博士まで会いに行き<br />こんな面白い小話がありまっせ！と<br />直談判をしたのである。<br /><br />日本科学振興協会がスポンサーにはならない。<br /><br />なぜならそんなものは、ないし<br />合っても、なってくれるかどうか？<br /><br />自分振興協会がスポンサー<br />そう<font size="5" style="color: rgb(204, 51, 204);"><span style="font-weight: bold;">自分内スポンサー</span></font>になって<br />誰にも頼まれてもいないのに<br />日本を背負って行ったのだ。<br /><br />なぜなら、僕はアホだからだ。<br /><br />その証拠の映像はこちらである。<br /><br /><object width="240" height="192"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/-ogQBSxbcsE&hl=ja_JP&fs=1&"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/-ogQBSxbcsE&hl=ja_JP&fs=1&" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="240" height="192"></embed></object><br /><br />さ！肝心の世界一のジョークであるが<br />イギリスの精神科医ガーパル･ゴゾール<br />といった方の作品が優勝した。<br /><br />（日本語訳で）<br /><br />二人で狩りに出た<br />ニュージャージー州のハンターが<br />森を歩いていたところ<br />一人が地面に崩れ落ちた。<br /><br />彼は呼吸している様子もなく<br />白目を剥いていた。<br />もう一 人のハンターは<br />慌てて携帯電話を取り出し<br />救急隊に電話をかけた。<br /><br />『友人が死んでしまった! どうすればいい?』<br /><br />救急隊のオペレーターは<br />なだめるような冷静な声で返答した。<br />「落ち着いて。大丈夫。まず、<br />　生きてるのか死んでるのか、はっきりさせましょう<br /><span style="font-weight: bold;">（Make sure he is dead）</span>。」<br />一瞬の静寂後、救急隊の持つ電話口から<br />バン！<br />と、耳に1発の銃声が響いた。<br /><br />その後ハンターが最後に言った。<br />「はっきりさせたよ! で、これからどうしたらいい?」　<br /><br />（<font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);">"Make sure he is dead</font>."は<br /><font size="3" style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-weight: bold;">「死んでいるかどうか確認せよ</span></font><span style="color: rgb(255, 0, 0);">」</span>と<br /><font size="3" style="font-weight: bold; color: rgb(255, 0, 0);">「確実に殺せ」</font>との二種類に解明出来る。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　オペレーターは「確認せよ！」の意味で言ったのだが<br />　ハンターは「確実に殺せ！」の意味に取った。<br />　なぜならハンターは倒した獲物の頭に<br />　とどめの一発を打ち込む習慣があるためだからである。）<br />　<br />英語がわからないと理解出来ない笑いでもあるがこれが一番らしい。<br /><br />西洋はやはり<font size="5" style="font-weight: bold; color: rgb(153, 0, 0);">論理的で物語中心</font>である。<br /><br />コマネチやグーなどといった<br />一発ギャグ的な非論理的なものではない。<br /><br />日本と西洋ではなぜこのように違うか<br /><font size="4" style="font-weight: bold; color: rgb(204, 0, 0);">いよいよ掘り下げて考える時期</font>にやってきた。<br /><br /></font>
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