2007年04月29日

徒然に西洋絵画の幕開け『チマブーエ』

昨日の雷が嘘のように、とても爽やかな朝を迎えました。
ところが朝インタフォンがピンポン〜と鳴り、モニターを覗いてみると、制服を着たお巡りさんが立っていました。
あれ!、やばいな、何やったっけ・・・などと頭の中は混乱し、心臓ドキドキさせながら玄関に出ると、若いお巡りさんがバインダー片手に「幾つか質問にお答えいただきたいのですが、よろしいでしょうか」と、笑顔と丁重な言葉なので少し安心しました。
平成12年の12月におきた『世田谷一家殺人事件』の聞き込み調査だったのですが、もう6年以上もの歳月が経っています。
未だ解決していないのですが、現場は私の家からは離れており、ゴールデンウィークにもかかわらず、一軒一軒犯人の着ていたと思われるシャツのイラストのチラシなど見せながら質問されたのですが、若いお巡りさん、本当にご苦労様です。
凶悪事件がとても多くて、私たちの中では事件もすぐ風化してしまいがちなのですが、真面目にコツコツと解決目指して努力されている方もいらっしゃるわけで、頭の下がる思いがします。

聖母の死・被昇天・戴冠(チマブーエ)
さて、世間は大型連休に突入しブログの記事を書こうと思ってもなかなか頭のモードが切り替わりません。
遠出の予定はなく、月あけに歌舞伎を観にゆくことしか今年の連休は予定がないのですが、「モネ」を観に行っても大混雑でしょうし、もう一日くらいどこかへ行きたいなとは思いつつ、何か記事を書こうと思いを巡らしていてハタと思いついたのが、画家の個人名が登場するのはいつ頃だろうかと言うことでした。

高階秀爾氏の「西洋美術史ハンドブック」を読むと、12世紀中頃パリの宮廷を中心としたフランス王領で発祥した「ゴシック美術」のあたりから画家の個人名が登場してきます。
この時代を代表する画家といえばイタリアの「ジョット」くらいしか名前を知らないのですが、渋沢達彦氏の本によく出てくる「ヴァザーリ」の記した「画家・彫刻家・建築家列伝」なる書物があるのですが、1550年に出版され「チマブーエ」から「ミケランジェロ」まで芸術家133人の作品と生涯を記しています。
この書物の先頭に書かれた「チマブーエ」を今回は取り上げてみたのですが、なにしろ全く知らない画家ですし、たぶん知ってる方も少ないのではと思いつつ調べてみたところ、残された作品も少なく「まいったな〜」な気分でとにかく書いてみました。

ホントに西洋絵画史の最初のページを飾る画家の一人なんだ!

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チマブーエ(1240?-1302) イタリアの画家 モザイク職人
本名は「チェンニ・ディ・ペーポ」と言ったそうですが、通称「チマブーエ」は「雄牛の頭」の意味だそうです。
何しろ詳しいことはよくわからないのですが、とても抜きんでた才能を持っていたようで、13世紀末にフィレンツエを中心にして、ローマやアッシジなどで大活躍をしていたことは確かなようです。

イタリアのかの有名な「ダンテ」が、その有名な叙事詩≪神曲≫「煉獄編第十一歌」
「チマブーエは絵画の世界の覇者」と謳っています。
ただ高慢な者が落ちる「煉獄編」に謳われていたわけですから、この後に「いまではジオットが名声を得たために前者の影は薄れてしまった。」と続くわけです。
「煉獄」とはキリスト教の概念で「天国」と「地獄」の中間に位置し、少し懲らしめられて反省すれば天国への道が開ける場所のようです。
実際チマブーエは有名画家であることを自負しかなり高慢な態度であったようで、自分の作品が批判されたり自分でも気に入らないとなると、その作品をすぐ破棄してしまうほどに気位が高く、尊大であったといいます。

名声を取って代わられた「ジョット」の師であったという伝承もあります。
ジョットは父親の言い付けで羊番をしていたそうですが、そのとき羊やその周辺の風景を写生していて、偶然通りかかったチマブーエがその絵を見てすぐ自分の所へ引き取ったそうです。
チマブーエの工房でジョットはすぐにその才能を発揮し、あっという間に師に並ぶほどの腕前になったそうです。
有名な逸話に、ジョットが描いたハエの絵はとても写実的で本物だと思ったチマブーエが追い払おうとしたという話が伝えられています。
これでは師匠も弟子に名声を取って代わられても仕方なかったかもしれません。

聖母と天使たち
『壮厳の聖母(マエスタ)』はフィレンツェのウフィツィ美術館に所蔵されていますが、フィレンツェのサンタ・トリニタ聖堂の主祭壇画として制作されたものだそうです。
この「マエスタ」と言うのは聖母が玉座に座ってる絵を指すそうですが、荘厳とか威厳とかの意味を表すそうで、日本でも「マエストロ」の言葉はよく使われていますね。
この時代は「聖母崇拝」熱が高まってきており、言葉を知らない人たちに教義を教えることが聖像画の目的だという前提に立って、慈愛に満ちた聖母マリアの豊かな表現が遠近法なども駆使して見事に描かれていると高く評価されています。

十字架のキリスト
『十字架のキリスト』は板にテンペラで描かれていますが、現存する数少ない作品の中でももっとも初期に描かれた作品で、フィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂に所蔵されていますが、1966年にフィレンツェの街を襲った大洪水により色彩が大きく剥落したのですが、長い年月をかけて修復されたそうです。
「ローマ兵士に捕らえられ、十字架へ磔にされるキリストの姿。当時としては他に類をみない程、精神性を含んだ表現」と評されていました。

「ゴシックとルネサンスの橋渡しの位置にあり、西洋絵画史の最初のページを飾る画家の一人」と高い評価を得たチマブーエですが、確実な史実は1272年にローマに滞在し、1302年にピサで死去したことくらいだと言われています。
 

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この記事へのコメント
こんにちは
ジョットの逸話は知ってましたが、その師匠がそうした人だと言うのは、うかつにも知りませんでした。昔は『画家』ではなく『画工』ですから徒弟制度が厳しかったのを理解しつつ、こんなです。
うーん、修行が足りない。
なんとなく映画『アマデウス』を思い出しました。
サリエリはあの物語に描かれたような人ではなかったようですが、イメージはもうすっかり・・・
このチマブーエもそんな感じが・・・
Posted by 遊行七恵 at 2007年04月30日 13:41
チマブーエ。。。画家の方の事はさっぱりなんですが、「マエスタ」の絵は見た事があります。どこでだったかなぁ。。。

連休。歌舞伎を楽しまれる予定なんですね^^。
結果報告。待ってま〜す^^。
Posted by オードリー at 2007年04月30日 23:14
☆遊行七恵さん、こんばんは。
流石に目の付け所が違いますね。
>昔は『画家』ではなく『画工』
チマブーエに息子を見出されたジョットの父親は、息子が良い職場に就職できたと喜んだそうですから。
それにアマデウスのサリエリ
サリエリと同じようにチマブーエもフランチェスコ修道会とドメニコ修道会の対立も上手く利用して時の権力者・教皇に取り入り、力を付けたようですが、若いモーツアルトのようなジョットの才能に取って代わられたわけですからイメージが被るのも当然かも知れませんね。
Posted by sekisindho at 2007年04月30日 23:26
☆オードリーさん、こんばんは。
キリスト教においては、特にスペインでは「聖母崇拝」が盛んだと聞いたことがありますが、このマエスタ、ジョットをはじめ沢山の画家が描いてます。

歌舞伎は團十郎の歌舞伎十八番のうち「勧進帳」を観てきます。
その他の演目はすべて初めて観るものばかりで、それもまた楽しみです。
記事に書けるよう頑張って観てきますからね^^
Posted by sekisindho at 2007年04月30日 23:42
>あれ!、やばいな、何やったっけ
心あたりは見つかったのでしょうか?笑

もう六年ですか・・・
どんな思いがあったら、あんな事件が起こるのか・・・。理解しようにもできないですね。
宗教は持ちませんが、あの事件を思うと、手を合わせたくなります・・。
Posted by noobooboo at 2007年05月01日 10:01
近頃「ツカミ」の文字量が増えて喜んでおります(笑
前回記事のカテゴリー「独白」にも気づいて、カテの一番最初の記事を拝見させていただき、なんとも初々しいsekisindhoさんを見つけて、それも大きな発見!
あれから一年半ほど・・・今はどんな感想をお持ちなのでしょうね^^

チマブーエ・・・はい、まったく知りませんです。
様式美の枠や縛りの中で描くことをせず、画家としての個の発揮を目指した「画家」としての最初期の方なのでしょうか。
面白そうな人です。
Posted by 107 at 2007年05月01日 14:09
☆nooboobooさん、こんにちは。
なにも身に覚えがなくてもお巡りさんに訪問うけると、こんな気持ちになりませんか。
質問受けているとき、ご近所の人がそっとこっちを窺っているのが見えてたりして、よけいドギマギしましたよ(笑)

アメリカでも日本でも簡単に人を殺す理不尽で凶悪な犯罪が多発していますよね。
とりわけそちらは銃を手に入れることが簡単なお国ですから、気をつけてくださいね。
Posted by sekisindho at 2007年05月01日 23:09
★107さん、こんばんは。
最初の頃の記事を読まれると、少々恥ずかしいですね(笑)
とにかく始めてしまったので、後は何とかなるだろう、どうにでもなれ、みたいな心境でしたよ(^^;)
記事を書きながら勉強して、107さんをはじめコメントくださる方も増え、叱咤されて何とか1年半が過ぎた感じですね。
一般に友人たちからはコメントが書きづらいから読むだけ、とよく言われるのですけど、頭も固くなってますから、そう変幻自在に面白可笑しく書けるものではないですね。
そんな記事にいつもコメントくださる皆様にはとても励まされていますデスよ!
Posted by sekisindho at 2007年05月01日 23:24
雄牛の頭・・・とはすごいですね
鶏頭となるよりも・・の言葉が浮かんできました
下二枚の絵、どのお顔も同じなのが、なんとも不思議で気になります
同じ顔しか描けなかったのか・・・それとも意図してのことなのか・・・(^^;
「ツカミ」の文字量・・
私も同じく喜んでおります(笑

Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2007年05月02日 10:19
☆マロニエのこみちさん、こんばんは。
「雄牛の頭」の他に「他人の考えを砕く者」の意味ともとれるそうです。
どちらにしてもすごいイメージですね(笑)

最近「ツカミ」の文字量が多いのは、主力テーマがネタ切れ間近の感があって、頑ななスタイルを少し変えようかなと言った気持ちも多少有ります。
確かに書いていて楽なのですが、元来お喋りなので書き出すと止まらなくなるかも知れない恐怖に苛まれそうです^^
Posted by sekisindho at 2007年05月02日 23:26


 
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