2007年09月03日

徒然に洋画のパイオニア『百武 兼行』

あれほどの猛暑日が嘘のようにしのぎやすい毎日が続き、気がつけばもう9月です。
今年の夏は久しぶりに休日はほとんどジーンズで過ごしました。
もちろんローライズではありませんけど(笑)、定番のブルージーンズではなく生成とチャコールグレーの2本で、エドウィンとリーバイスのストレートでごくプレーンなデザインのものです。
去年まではジーンズはあまりはかなかったのですが、何故か久しぶりにジーンズな気分になったのですからファッション感覚というより気儘な気分といったものでしょうか。
ジーンズのいいところはTシャツでもポロでもボタンダウンの綿シャツでも真っ白でも柄物でもほとんど気にしなくて何でも合わせられ、静かにしていようが少々暴れようがはいていてとても楽なことでしょうか。
しばらくはこのままはき続けそうです。

裸婦
さて、そんな格好で南に六本木ヒルズ、東にミッドタウンのある国立新美術館「日展100年」(一目でわかる! 日本美術この100年)を観てきました。
明治政府が美術振興を目的にはじめた「公募美術展」で、文展、帝展、新文展、そして日展と100年続いており、その歴史を順を追って絵画、彫刻、陶芸、書などが170点ほどが展示されていました。
会場はメインに上村松園の花がたみが展示され来場者を迎えてくれます。
でも今回取り上げたのは文展に先駆け、明治初期の洋画史に重要な足跡を残した『百武 兼行』(ひゃくたけ・かねゆき)を取り上げてみました。
以前にも何度か触れている、敬愛する「渋澤龍彦」氏の著『裸婦の中の裸婦』「痩せっぽちの女」の題でこの「百武兼行」の「裸婦」が取り上げられています。

幕末の佐賀藩主はご存じ賢候として知られた「鍋島閑叟」で、司馬遼太郎の小説でも有名な西洋で最も優れた武器といわれたアームストロング砲反射炉を自藩で製造できるほどの技術や蘭学を導入するなどとても開明的な殿様だったのですが、明治になりさらに西洋接近の政策をとって維新を推進した佐賀藩は、副島種臣、江藤新平、大隈重信、大木喬任、佐野常民らの優れた人材を世に出しています。

そんな中で「百武兼行」は8歳の時から閑叟の息子「直大」のお相手役に選ばれ、明治維新後この直大に従って3回渡欧しているのですが、このとき33歳にして絵を描き始めたといいます。
もちろん絵の勉強に渡欧したのではなく、「直大」の欧米、渡欧巡遊の従者としてオックスフォードでは経済学を学び、3度目にイタリアへ行ったときは外交官としての仕事をこなしています。
そのかたわら「直大」の妻胤子の油絵稽古のお相手役として絵を学びはじめたというのですから、才能はもとより、大変な努力家でもあったのでしょう。
冒頭の【裸婦】は油彩として「これこそ日本人の描いた記念すべき裸体画第一号」(渋澤)なのです。

ホントに「クラナッハの裸婦を連想」(渋澤)に同感です!
 
  ・百武兼行(1842-1884)  佐賀城下片田江(現在の佐賀市)の生まれ
明治改元の26年前、鍋島藩京都留守居、有田皿山代官などを務めた佐賀藩士の子として生まれています。
百武家は戦国時代に「武勇が武士百人に相当する」ということで主君から「百武」姓を授かったほどの武勇の名門だったそうです。
8歳にして「直大」のお相手役に選ばれ、直大からも兄(4歳違い)のように慕われ信頼されていたようです。

耕作
【耕作】イギリスの風景を描いているそうで、熱心な勉強ぶりがうかがえると評されています。

明治4年、29歳の時に岩倉欧米視察団が横浜を出航するのですが、このメンバーに直大も加わっており、その随行員として百武もアメリカに渡りさらにロンドンへ向かいます。
このときは、明治7年に起きた「佐賀の乱」により一時帰国するのですが、同じ年に再び渡英しています。
このときは直大の妻・胤子も同行したのですが、胤子はヨーロッパ風の教養を身につけるためダンスやピアノそれに絵の稽古をはじめました。
その勉強のお相手として百武も絵の勉強をはじめて、英国画家リチャードソンから手ほどきを受け、明治9年には早くもロイヤル・アカデミーの展覧会に作品が入選したそうです。

マンドリン
【マンドリンを持つ少女】はパリで描かれた作品です。

直大夫妻は帰国するのですが百武は鍋島候の命でパリにとどまりアカデミー派の大家のレオン・ボナに師事し、その期間に飛躍的に絵の技術を高めてゆきます。

12年に百武は帰国するのですが、翌年にはやはり駐伊公使となった直大の随行員として今度はイタリアのローマへ赴きます。
ローマでは外務書記官としての公務をはたしながらもアトリエを借りて王立ローマ美術学校名誉教授チェーザレ・マッカリの指導を受け本格的に油絵の研究に努め、イタリア風俗画や歴史画などを作成しています。

タンバリンを持つ女
【タンバリンを持つ女】公務を忙しくこなしながら描いた作品で、タンバリンの金属的なと云うより「音の余韻」が聞こえてくるような優しさを感じさせられる作品です。
百武は朝出勤する前のほんの短い時間にも絵筆をとり制作に励んだそうで、そんな絵に対する直向きさを感じさせてくれるような作品でもあります。

百武は明治15年に帰国し「農商務省」に勤務することになるのですが、42歳の若さで病気にかかり早世してしまいます。 
ですから残された作品も数が少なく約40点ほどと言われていますが、彼の灯した洋画の世界に続々と日本人の洋画家が誕生し、今回の「日展100年」へとつながっていったことを思うと『百武 兼行』さらに忘れられない画家となりました。

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何もすることがない―彫刻家は釣りにでる
何もすることがない―彫刻家は釣りにでる【ロドリゲスインテリーン】 at 2009年11月25日 00:17
この記事へのコメント
おはようございます^^。
ジーンズ姿もきっとダンディーであろう。。。紳士様^^。
こんかいの画家さんは、ホントに努力家で早くしてこの世をさっているのには、寿命を知ってか知らずか。。。それとも、生き急がれたのか?。。。。
そんな事を思って眺めています^^。

というのも。。。釣師様の所で面白い「うらない?」のようなものを楽しみましたが。。。
紳士殿はいかがでしょう?

では、今日も良い1日を!
Posted by オードリー at 2007年09月04日 05:33
「院展」と聞けば、秋だなあ・・と感じます
そして一気に芸術の秋モードに、頭が切り替わるような気がします♪
今日の絵は、そんな秋にふさわしいいかにも院展らしい重厚な絵ですね
モチーフのせいもあるのでしょうけれど、
日本人が描いた絵のように感じないのがすごいですね

>定番のブルージーンズではなく生成とチャコールグレーの2本で、エドウィンとリーバイスのストレートでごくプレーンなデザインのものです。

イメージの中のせきさまと重なって満足です♪
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2007年09月04日 08:06
油絵の裸体画第一号なんですね!
本当、知らないことだらけです・・・。

大人のジーンズも素敵です^^
スーツにこだわりをお持ちだと思っていましたが、
普段もおしゃれなんですね♪

Posted by noobooboo at 2007年09月04日 11:05
美女軍団の次というのも気が引けますが・・・(`∀´)
ジーンズはボクも最近はき始めましたよ。もち、ブルージーンズ・・・なかなか似合うと自画自賛してます♪

『百武兼行』、武勇の家の出の画家さん、というのも興味深いです。てっきり堅物かと思いきや、油彩の裸体画第一号なんて洒落てますね。
Posted by 107 at 2007年09月04日 19:08
こんばんは★

油絵の裸体画第一号ですか。また知らないことだらけです。公務員というお勤めをなさりながらの、この素晴らしい作品の数々。素晴らしい方だったのですね。楽器がお好きなモチーフだったのでしょうか。下の二枚の雰囲気が、柔らかくて、やさしくて、とても素敵だと思いました。




Posted by みどり at 2007年09月04日 20:52
日本人の描いた油彩の裸体画第一号ですか。
先陣をきるあたり、流石、武門の家の出身という事でしょうか。太く短い生き方も…

そして、はじめに見た時『百武兼行』が『百鬼夜行』に見えてしまったのはここだけの秘密です。
Posted by みやび at 2007年09月04日 22:00
昔、職場に「百武」さんというセンパイがいたんですけど、珍しい名前だなあ、とは思いつつ、名字にそんな由来があったとは知りませんでした。
九州のひとだったから、もしかして子孫?

それにしても、西洋人の裸婦像は普通に絵として見られるのに、東洋人の裸婦だと、自分や友達の裸を見てるみたいでこっぱずかしくなってしまうのは私だけでしょうか。(いや、私はあんなにスタイルよくないけど)
Posted by kanaliya at 2007年09月04日 22:12
☆オードリーさん、こんばんは。
今日もおだやかな一日でございましたよ(o^щ^o)
ダンディーにはほど遠くて、ズボンの裾をカットすると、どうしてこんなに残布が多いのだろうと思うほど自分でも笑ってしまうのですよ^^

百武兼行は同じ時間の間に人の数倍生きたのでしょうね。
ホントに仕事でも何でもそうですが、経験年数でなくその密度が大切なのでしょうね(~ ~;)

これから107さんの所で遊んできます^^
Posted by sekisindho at 2007年09月04日 23:28
☆マロニエのこみちさん、こんばんは。
>一気に芸術の秋モード
マロニエさんの場合はファッションに音楽にそして文筆にと芸術でも多彩ですよね^^
この画家以前から作品にも経歴にも興味があって、そのうち書こうと思ってたのですけど、作品が少なくてなかなかアップできなかったのですよ。

イメージはきっと短足で草臥れたおじさん風ではないですか(笑)
当たらずとも遠からずかも知れません(^_^;)
Posted by sekisindho at 2007年09月04日 23:37
☆nooboobooさん、おはようございます。
大人のジーンズと云うよりも、おじさんのジーンズなのですが、最近少しスリムになったのではいてみたくなったのかも知れません。

スーツはYシャツやネクタイ靴など色合いや組み合わせなど結構大変ですけど、こだわりだすときりがないです。
その点ジーンズは気楽でいいですよね。
気分も少しだけ若返りますよ^^
Posted by sekisindho at 2007年09月04日 23:45
◎107さん、こんばんは。
お陰様でホントに美女軍団のお嬢様方がお出ましくださり、果報者だと思っておりますですよ(⌒▽⌒;;

先日ご指摘の顔文字ですけど、ソフトの一太郎から顔文字変換ソフトの無償ダウンロードプレゼントがあったのですよο(‘ v‘ )ο〜♪
そんなわけで若返って楽しんでます。

>ブルージーンズ・・・なかなか似合うと自画自賛
お世辞抜きで、たぶん似合うと思いますよ^^
Posted by sekisindho at 2007年09月04日 23:52
☆みどりさん、こんばんは。
ご訪問とコメント有り難うございます。
百武は裸婦以外に楽器は持ってないのですけど民族衣装を着た女性をよく描いたようです。
ホントに作品が少なくて、観られる作品もなかなかないのですけど、幕末から明治維新の動乱期、しかも短期間の間に絵を学び、これだけの作品を描いたのですから凄いことだと思うのです。
殿様の信頼もさぞかし篤く人柄も素晴らしい人物だったと想像してます。
Posted by sekisindho at 2007年09月05日 00:03
◎みやびさん、こんばんは。
ご訪問有り難うございます。
>先陣をきるあたり、流石、武門の家の出身
なるほど、なるほどと思わせる見方、コメント有り難うございます。
そう言われればその通りって思えますね(笑)
>『百武兼行』が『百鬼夜行』
恐らく百武はおだやかな人物だったと想像するのですけど、『百鬼夜行』とは!
楽しいコメント有り難うございました^^
Posted by sekisindho at 2007年09月05日 00:12
☆kanaliyaさん、こんばんは。
確かに百武さんって、珍しいお名前ですよね。
過去にまだ一度もこの名前の方にお会いしたこと亡いですよ。
私の本名も珍しくてまだ一族以外でお会いしたことないのですけど、父親の実家の田舎には数軒有ります。
何しろ小さな出城ですけど、先祖は城主だったそうですよ^^

確かに日本人の裸婦像を観ると、現実感が有りすぎるのかこっぱずかしくなりますよ(笑)
Posted by sekisindho at 2007年09月05日 00:22
sekisindhoさん、こんにちは!
台風接近で、今夜は更に荒れそうですね。
早めにお帰りになられると良いですけど、気をつけて下さいね^^

sekisindhoさんがジーンズとは、なんだか涼しげで
きっとお似合いなんだろうなぁ〜♪
普段、スーツ姿の方は、ジーンズとなると抵抗あるのかな?
でも、今年はお気に入りで、よく履かれているようですね。
演奏会も、ぜひジーンズでいらして下さいませ♪
主人は、普段もジーンズ出勤なので、たまのスーツは息苦しいらしいですよ(笑)

油彩の裸体画第一号なんですね。私も勿論知りませんでした(^^;
痩せっぽちだなんて、、そんな題をつけたら可哀想。。。
キレイだと思いますけどね。羨ましい体型なんですけど?笑
Posted by さほ at 2007年09月06日 15:27
百武の裸婦は結構好きです。
マジメさを感じる作品です。
『ブルガリアの女』など好きな作品も多く、明治初の洋画(洋画と言うより、油絵という認識)らしい作品相だと思います。
鍋島家は明治頃たいへんな大富豪で、色んなエピソードを聞いています。
『妖怪』没後、鷹揚なお殿様一族は、楽しそうに家来たちと交流していたのでしょうね。
Posted by 遊行七恵 at 2007年09月06日 17:18
☆さほさん、こんばんは。
台風直撃のようですね。・゚・(ノД`)・゚・。
今日は結局一晩中台風情報見て眠れないかも知れませんけど、明日は台風一過の青空が見たいものです。
普段はほとんどスーツ着てますからたまの休みはジーンズがリラックスできていいですね。
さほさんは演奏会もジーンズですし、馴染んでるでしょうね。
この「やっせっぽちの女」決してやせっぽちではないですよね。
若干胸が小さめかな(Ψ▽Ψ*)
といってもバランス的にでして、小さめの胸結構好きなんですよ(汗)
Posted by sekisindho at 2007年09月06日 23:02
☆遊行七恵さん、こんばんは。
>マジメさを感じる作品
百武兼行を短く表現するとどんな言葉がいいのかなと思ってたのですけど、なるほどマジメが似合いますね。
黒田清輝とくらべても百武の方が個人的にはうんと好きです。
鍋島家はホントにエピソードも多いですし、小説にも随分書かれていますよね。
『妖怪』もさることながら、「化け猫騒動」までおこしたお家柄ですから^^
そう言えば化け猫はすっかり退治されたのではなく、今でも生きているとの噂がありますよ(ΩдΩ)
Posted by sekisindho at 2007年09月06日 23:14
こんにちは
せきさんのジーンズな気分・・いいですね!
幸いお会いしてあると、似合ってる!って言い切れます。
>107さんのブルージーンズも。

>一目でわかる! 日本美術この100年
参考書のようなキャッチコピー・・可笑しいです。

絵の手習いは33歳からとのことですが、
8歳の頃から既に聡くということですから、
細部までの観察力、洞察力の下地、素地は人並みならぬものを感じます。

>そうそう、百武さん姓って私も初めて。
まろ姉さんの旧姓も稀少なのですよ。
107さんとおーどりーさんもお名前(本名)は、それぞれふさわしいお名前です。

せきさんはまだ謎の紳士のまま!ですが、
いつかわかる日まで楽しみにしています(^_-)-☆









Posted by futaba at 2007年09月07日 14:02
☆futabaさん、こんにちは。
そうかfutabaさんは私も107さんも会ってるからご存じなのですよね。
ズボンの裾をカットすると残布が沢山残るの分かってらっしゃるからじたばたできないですね(笑)

>107さんとおーどりーさんもお名前(本名)は、それぞれふさわしい
って、どんな名前なのでしょうね。
しばらくいろいろ想像して楽しめそうです^^
いずれ京都で大カラオケパーティでもやりたいものですね。
もちろん太秦庵の美味しいお菓子付きですよ○o。(^∪^*)
Posted by sekisindho at 2007年09月08日 00:17
はじめまして。
最近、百武兼行の裸婦像を知り、その迫力に驚愕し、山本芳翠の裸婦に心酔していた私としては新たな発見でした。
もう既にこんな早い時期にこれだけの完成度を見せているんですね、日本の洋画は。
五姓田義松の「人形の着物」が明治16年にフランスでサロンに初入選する以前に、イギリスで、しかも絵を習い始めてその翌年にはロイヤル・アカデミーに入選するなんて驚天動地です。
日本人初めての裸婦画がこんなかわいらしいものだなんて、なんかほのぼのした気持ちにさせられますね。
こんな人が美術史ではなんで評価がはっきりしないんでしょうか。不思議ですね。
いいものを見せてもらって、ほんとにありがとうございます。
Posted by デラモルテ at 2008年09月22日 04:29
◎デラモルテさん、こんばんは。
ご訪問とコメント有り難うございます。
百武兼行の裸婦像は記事中でも書きましたけれど、元来澁澤龍彦が好きで、澁澤が選んだ裸婦を紹介した『裸婦の中の裸婦』という著書で初めて知りました。
その時から他の裸婦より気に入っていて、いつか記事で書こうとかなりあたためていたのですよ。
ホント云って黒田清輝、目じゃないですよ(笑)のような気分です。

またぜひともご訪問ください。
Posted by sekisindho at 2008年09月22日 23:48


 
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