2007年10月04日

徒然に早世の天才画家『岸田 劉生』

先日やっと巨人がセリーグの覇者となりました。
大ファンの我が後輩はやはり早起きして駅の売店までスポーツ新聞を山のように買いに行ったそうです。

ところで爽やかな天気にはほど遠い毎日ですが、たいへんしのぎやすくなりお風呂の温かみが実感できるようになってきました。
夏場は湯船につからずシャワーだけで済ませることも多々有りましたが、これからは首までドップリ浸かって、ゆでガエルの心境を味わうことも多くなりそうです。
アルコールの好きな方は風呂上がりの一杯、それからお食事なのでしょうが、私の場合はアルコールを飲まないので、お食事をして食休みの後にお風呂に入ります。
人より楽しみが一つ少なくて損している気持ちもあるのですが致し方ありません。

昔は熱いのを我慢しながらソッとお湯に入り、あの肌を刺すピリピリするような刺激がたまらなかったものですが、最近は歳のせいかすっかり意気地がなくなってぬるま湯に長時間浸かり、たまにはそのまま寝てしまうようなていたらくです。
最近のお風呂は温度を設定しておけば、ボタン一つで温度から水量まで常にほぼ一定に保たれていますから、毎日41℃のお湯に浸かってるわけです。
昔の五右衛門風呂ではないですけど、水で薄めたり、搔き回したり、我慢しきれなくてバスタブから飛び出したりといった楽しみがなくなり、ますます気分までゆでガエル状態になってきたようです。

麗子像
ところで今回は大正から昭和初期にかけて活躍した『岸田 劉生』です。
短い生涯だったのですが、たいへん果敢に自己の芸術を追求し、様々な表現様式を身につけながら独自の画境を切り開いた画家です。
最初は武者小路実篤らの『白樺』の影響からか後期印象派のセザンヌ、ゴッホらに傾倒し、その後ルネサンス芸術やバロック様式、特にドイツ・ルネサンスの巨匠デューラーの表現手法に影響され、さらに古典的絵画表現をへて最後に日本的な油彩表現へと画風を変化させています。
「描くことは自己を活かすこと」「劉生」自身が述べていますが、近代の日本美術においては最も個性的な画家の一人であり近代日本を代表する画家の一人であったことは間違いありません。
【麗子微笑(青果持テル)】自分の娘「麗子」を描いたものですが、5歳から16歳までの娘を油彩画・水彩画・素描、日本画などで50点ほど描いています。
特にこの作品は、ダ・ビンチの「モナ・リザ」にヒントを得たとも云われ、謎めいた眼差しと微笑みは瞳のなかの光とあいまって、深い精神性、生命感を感じさせてくれる神秘的な作品です。
劉生の代表作であり、誰もが一度はご覧になったことがあると思うのですが、重要文化財に指定されています。

ホントに「内なる美」を描きました!


岸田 劉生(1891-1929) 東京銀座の生まれ 洋画家
父親・岸田吟香は岡山の津山藩出身で、ヘボン式ローマ字の普及に務めたり、日本初の新聞「海外新聞」や「横浜新報」を発行した人であり、さらに日本初の盲唖学校「訓盲院」を設立したメンバーの一人で、また日本で最初の従軍記者でもあった「明治の先覚者」としてよく知られています。

自画像
この吟香の四男坊として生まれたのですが、父親の先駆的な血を色濃く受け継いだのか、劉生も近代洋画界の先駆者として活躍します。
17歳の時に白馬会葵橋洋画研究所に入り黒田清輝に師事し油彩を学びます。
柳宗悦、武者小路実篤ら『白樺』の文化人達との交流や高村光太郎、萬鉄五郎らと結成したヒュウザン会への出品を切っ掛けに画壇への本格的なデビューを果たすのですが、
静物画この頃はセザンヌらの影響が色濃く出た作品を描いています。
【静物画】数点の静物画が残されています。
写実を徹底的に追求し対象物へ迫っていく劉生の気迫が感じられるようです。
色彩感覚はセザンヌの静物画より個人的には気に入ってます。

その後ルネサンス絵画の研究に没頭しファン・アイクからレンブラント、デューラーなどにのめり込みます
特にバロックの巨匠デューラーの影響が顕著になり写実的な作風に移っていきます。
劉生は「クラシックの感化をうけた時代」と呼んでいたそうですが。
道路と土手と塀
【切通しの写生(道路と土手と塀)】は風景画の代表作の一つと云われています。
「改めて自然に肉薄しようとする作家の視線」は写実的神髄を感じさせると評価され、同時代の人達にも多大な影響を与えたそうです。
描かれた場所は東京の代々木附近だそうですが、ここは私が中学から東京に引っ越しし住んでいたすぐそばです。
またこの頃から冒頭に掲げた娘の麗子(大正3年生まれ)の肖像を描くようになります
この連作は麗子5歳から16歳までをいろんな手法で描いているのですが、
【麗子五歳之像】は「麗子像」連作の最初の作品です。。
麗子五歳の像
「麗子の肖像をかいてから、僕は又一段或る進み方をした事を自覚する。今迄のものは唯物的な美が主で、これより以後のものはより唯心的な域が多くなつてゐる。・・・その物の持つ精神の美、全体から来る無形の美、顔や眼にやどる心の美、一口に云へば深さ、この事を僕はこの子供の小さい肖像を描きながら或る処まで会得した。この事はレオナルドに教へられる処が多かつた」と劉生自身が述べています。

劉生は26歳の時結核を患い、神奈川の鵠沼に移転し、32歳の時には関東大震災にあって家が半壊し、そのため京都に移住しています。
鵠沼に移住してからしだいに徹底的な写実が陰を薄め全体の造形をデフォルメするような独特の作風に変わり、さらに京都に移住してからは「海鯛(かいたい)先生」と自称するほど肉筆浮世絵や中国宋元画などの伝統美術に関心を深め、日本的な油彩表現へと画風を変えていきました。

38歳の時、南満州鉄道(満鉄)から招待をうけ初めての海外旅行に出かけたのですが、帰国途中に滞在した山口県徳山(現・周南市)で胃潰瘍と尿毒症を併発し若くしてその生涯を閉じたのです。

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この記事へのコメント
巨人が優勝してすこぶるご機嫌ナナメの107です(笑

前回に続き今回のとで、学生時代の美術の教科書を見るようです。
子どものころ、この麗子の絵を美術図鑑で見て、なんだかとても怖い印象を持ったのを今でも覚えています。そのときに画家の名前も鮮明に記憶に残って、それから他にどんな絵を描いてる人なのか「恐る恐る」見ましたよ。

ところで・・・
こちらではいつも格調高くキメてるつもりなんだけどなぁ〜(*´∀`)
Posted by 107 at 2007年10月05日 01:08
そんなに若く夭折されていたんですね。
私もこの「麗子」像は、教科書で出会いました。
見るたびに、一枚の絵のなかに、童女と老女と成熟した女性が同居しているような気がしてしまいます。もう少し生きていらしたら、どんな絵を描かれたのでしょうか。見たかったです。
Posted by みどり at 2007年10月05日 15:31
>色彩感覚はセザンヌの静物画より個人的には気に入ってます。

僭越ながら、同じ感想を持ちました(^^;

>より唯心的な域が多くなつてゐる。・・・この事を僕はこの子供の小さい肖像を描きながら或る処まで会得した。

おっしゃっておられることはすごくよくわかるのですが
やはり絵は、可愛い〜〜綺麗〜〜って言うものの方が良いですよね
こういうのを『あばたもえくぼ』というのでしょうか
実際、私もこの一連の麗子像は怖いです(^^;
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2007年10月05日 18:40
お風呂!私もつかるのは大好きですが。。。。
ゆでガエルですか?う〜ん。。。イメージが。。。。
それに41℃! 
熱く有りませんか? 普通のバスタブにお湯を張って、時間とともにさめて行くならいいのですが、温度管理がされているとずっと41℃なんですよね? それを首までつかるのは。。。危険ではないでしょうか?
長湯なら半身浴がお薦めですが。。。。
ゆでガエル紳士様^^。
Posted by オードリー at 2007年10月05日 22:21
こんばんは〜。
巨人優勝特番のおかげでビデオの予約録画が
前半しか録れていませんでした。
見たかった番組を半分見られなかったことより、
見たくもない番組を保存するはめになったことの方が
何となく悔しい。。。

今回の掲載作では「切通しの写生」が好きですね。
当時は当時の味があったのでしょうが、
現代に見ればノスタルジーも加味されて、
また新たな輝きを放つような気がします。
Posted by NIJO at 2007年10月05日 23:19
麗子微笑(青果持テル)、すごい存在感ですよね。
表情も、編み目の質感も・・・。

自動追いだき機能がなかったときは、
ぬるいお湯→熱く追いだき→体洗い→ぬるいお湯→熱いお湯→洗髪→ぬるいお湯・・・の繰り返しで、一時間は長風呂をしていました。
最近は、環境が悪くて、お風呂好きの私もシャワー生活・・・。
夜のお湯割りの美味しい季節になりました。お風呂の楽しみがないので、せめてそれで体を温めます。
Posted by noobooboo at 2007年10月06日 10:15
麗子像、子供の頃に見た時は(もちろん実物ではないです)私もなんだかちょっと恐かったです。
ただ、今見るともの凄く柔和な表情に見えるんですよねぇ。背景も黒っぽくて全体的に暗い色調なんだけれど温かみを感じられて、なんとも微妙な雰囲気。
これが「傑作」なんでしょうね。
Posted by みやび at 2007年10月06日 20:06
◎107さん、こんばんは。
ペナントレースの最後は阪神が勝つと巨人が優勝に近づくといった皮肉な現象でしたけど、まあ残念でしたね○o。(^∪^*)

この「麗子像」、私も初めて観たときは日本の古いお話に出てくる呪われた人形のような、なんて不気味な怖い絵だろうと思いましたよ。
とても子供を描いたとは思えなかったのですが、記憶のなかというか心の中にしっかりと焼き付いてしまっていたようです。
麗子16歳の時までを描いてますけど、16歳の時劉生が亡くなったのですね。
他にもいろんなヴァリエーションがありますけど、掲載した作品が私的には一番印象深かったです。

「レンブラント光線」だとか「鴨長明」だとかとても格調高いコメントを各所で拝見しておりますですよ(笑)

Posted by sekisindho at 2007年10月06日 22:05
☆みどりさん、こんばんは。
26歳の時患った結核は見事に克服された(一説には誤診だったとも)のですが、ホントに短い生涯ですよね。
でもその間にどんどん新しい作風を取り入れて、その都度傑作を残したのですから、生きた密度の濃さには感服します。
「麗子」も16歳まででなくさらに描き続けられたらどんな作品が出てきたか残念ですよね。
もちろん全部を見たわけではないのですが、この掲載の「麗子像」がやはり一番印象的でした。
Posted by sekisindho at 2007年10月06日 22:13
☆マロニエのこみちさん、こんばんは。
>僭越ながら、同じ感想を持ちました(^^;
一番嬉しいコメント有り難うございます*(♪^U^♪)*
もう一枚「白き花瓶と台皿と林檎四個」という静物画があり、そちらの方がセザンヌぽいのですけど、心惹かれたのはこちらの作品でした。

劉生は強い自我の持ち主だったようで、「白樺」の武者小路実篤らの後押しは受けるけども、自分がすべて白樺派に賛同するかと云えば、決してそうでなかったようですし、誰に師事してようと自分の信念で画風もどんどん変えていくようなところがあったようです。
>・・・或る処まで会得した
っていう台詞はなかなか言えませんよね^^

Posted by sekisindho at 2007年10月06日 22:28
☆オードリーさん、こんばんは。
ずっ〜とこの温度にしているので、41℃が熱すぎるのか適温かよく分かりませんけど、気持ちよく浸かっていられることは確かなのですよ^^
ゆでガエルは最初はぬるま湯で気持ちよくジッとしているのですけど、少し温度を上げてもすぐそれに慣れてまたジッとしていて、少しずつ温度を高くしていくと最後には茹で上がるそうですけど、まさにそんな状態なのでしょうかね(~ ~;)
もともと熱い湯が好きなのですけど、オードリーさんのご忠告、肝にめいじておきます!
Posted by sekisindho at 2007年10月06日 22:39
◎NJOさん、こんばんは。
ビデオの件はホントにシャクですよね、お気の毒でございました((>_<。)。。

「切通しの写生」はその写実性、遠近法、色彩など興味深いものがあり、さらに田舎から東京に移転して住んでいた場所に近いところでしたから取り上げてみました。
もちろんこの作品のような風景はもうありませんでしたけど、代々木のどの辺だろうかなんていわばノスタルジーに類した気分で眺めています。
今は高級住宅と高級マンションが立ち並んでいますよ。

Posted by sekisindho at 2007年10月06日 22:49
nooboobooさん、こんにちは。
>編み目の質感
この肩掛は麗子の遊び友達の村娘、お松の所有物だったのですけど、劉生はとても気に入って麗子に買ってあげたショールと交換したそうです。
ですからその描き方も質感も並大抵のものではなく感じますよね。

日本人はやはりシャワーだけでは満足できなくて、やはり湯船に浸かりたいですよね。
私の場合お湯割りの楽しみがないので、せいぜいPCしながら、熱い珈琲を飲むぐらいです(>_<)
Posted by sekisindho at 2007年10月06日 22:58
◎みやびさん、こんばんは。
今観ても怖い顔した「麗子像」もあるのですけど、この「麗子像」はモナリザとは云いませんが、仰るように「凄く柔和な表情」にもみえます。
観る側が少しは「深い精神性、生命感」を感じられる年代になったとも云えるのでしょうか(笑)
観るたびに普遍的なものを感じさせてくれたり、あるいはその都度違った問いかけをしてくれる作品、それが「傑作」「名作」なのでしょうね。

Posted by sekisindho at 2007年10月06日 23:09
こんにちは
いずれわたしも麗子特集を組む予定ですが、こうして改めて劉生の生涯を追うと、色々なことを思いますね。子供の頃、あの麗子が怖くて仕方なかったのですが、近年はその良さに深く惹かれます。
歌舞伎に「卑近の美」を見出し、デロリの美を語っただけに劉生の絵には、ただ<きれい>だけで終わらないものがありますね。
北方ルネサンスの影響下に東洋絵画をかけたらこうなる、という見本みたいなところもありますし。
わたしは個人的には劉生作品では水彩画に好きなものが多いです。麗子もいいけれど於松が可愛い。

昔話のニンジンさんとゴボウさんとダイコンさんではないですが、わたしはぬる湯に延々と浸かるのが好きです。
Posted by 遊行七恵 at 2007年10月08日 13:56
☆遊行七恵さん、こんばんは。
ハードスケジュールの関東徘徊でお疲れでしょうに
お越しいただいて有り難うございます^^

>デロリの美
確かに劉生の作品には色濃く感じることができます。
由一の花魁もそんな気がしますが、やはり日本人であるが故の意識なのでしょうかね。
於松の弟を描いた作品もありますけど、いかにも日本の男の子って感じで可愛いですね。

確か徳川家康がぬる湯に延々と浸かるのが好きだったようですね。
七恵さんはやはり大物ですよ○o。(^∪^*)
Posted by sekisindho at 2007年10月09日 00:05
「麗子微笑」は絵画無知の私でもサスガに見たことがあります。でもタイトルは忘れてました。。

若いときに見たこの絵の印象は、こどもなのにお婆さんみたいでこわい、でした。

今は、あ、やっぱりこどもの顔してる、ってわかるようになりました。

代々木の絵にびっくり。
隔世の感がありますね〜
Posted by kanaliya at 2007年10月09日 21:56
☆kanaliyaさん、こんばんは。
若い頃はやはりじっくり観たくなるような絵ではないかも知れませんよね。
私は人形を描いたのかとも思ったのですけど、リアルな人形にはやはり不気味さや怖さがともなうものが多いですから。

今の代々木をご存じだとホントに隔世の感がありますね。
昔の話ですけど、新宿から代々木、大山町そして幡ヶ谷方面へぶらつくのがデートコースだったこともありましたよ○o。(^∪^*)
Posted by sekisindho at 2007年10月11日 00:18


 
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