2011年10月21日
ごぶさたです。ほんとに。
なんと、前のブログから半年近くもたっちゃったね。
充実しまくりの半年でしたよ。
忙しいのもあるし夜になるとじきにねむくなるし。
写真を入れようとすると面倒だし。
史朗もわたしもピカピカ元気です。
とにかくそのことだけでも書かねば。
何人かの友人に生きてるか?なんてきかれちゃったからね。
あしたは茅野のチョウエンジに史朗の絵をかざりにいきます。
もみじのころの年中行事です。
史朗も前にすみでかいてあった絵にいろやら詩やらをつけて5点の新作をつくりましたよ。
チョウエンジのもみじは本当にうつくしい。ぜひ1度みに行ってね。
ついでに史朗の絵たちにもあってください。
忙しかった1年のこと、かいておきたかったこともいっぱいだったの。
またじゅんにかきます。
写真なくたっていいじゃんと思えばらくです。
きょうはここまで。おやすみなさい。
充実しまくりの半年でしたよ。
忙しいのもあるし夜になるとじきにねむくなるし。
写真を入れようとすると面倒だし。
史朗もわたしもピカピカ元気です。
とにかくそのことだけでも書かねば。
何人かの友人に生きてるか?なんてきかれちゃったからね。
あしたは茅野のチョウエンジに史朗の絵をかざりにいきます。
もみじのころの年中行事です。
史朗も前にすみでかいてあった絵にいろやら詩やらをつけて5点の新作をつくりましたよ。
チョウエンジのもみじは本当にうつくしい。ぜひ1度みに行ってね。
ついでに史朗の絵たちにもあってください。
忙しかった1年のこと、かいておきたかったこともいっぱいだったの。
またじゅんにかきます。
写真なくたっていいじゃんと思えばらくです。
きょうはここまで。おやすみなさい。
2011年05月10日
おんばしら2
おんばしらまつりにはいつもわたしと史朗をモンゴルに連れてってくれる北沢さんがモンゴルから日本語を学びに来ているヘルレンさんと運転手さんと三人できてくれました。
上の写真が北沢さんです。
目が御不自由で全くみえません。
御柱の引き綱をしっかりにぎってみなさんといっしょにひっぱり掛け声もでっかい声でかけて。
おまつりを体中で楽しんでおいででしたよ。
ヘルレンさんはモンゴルでもう何回も通訳としてお世話になったひとえす。
ことしの史朗カレンダーの表紙の絵はヘルレンさんですよ。
下の写真は史朗です。
車椅子に乗って綱をひきました。
そんなに一生懸命力をいれてひっぱらなくても・・・と思うくらいがんばってひっぱりましたよ。
たくさんのたくさんの人に声をかけてもらえてうれしいおまつりでした。
2011年05月08日
おんばしらがおわったよ。
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7年にいちどの小野のおんばしらが無事におわったよ。
東北地方にあんなにすごい災害があって福島の原発事故もあって今日本中が大変な時。
試練の時。
おんばしらまつりは山だしのときからずっとみんなの祈りのおまつりでした。
深い深い祈りです。
山から切り出した太くて長い丸太を木遣り歌に合わせて村中のみんなが心をあわせてひっぱります。ひっぱってひっぱって小野神社の四隅に4本の柱をたてるんです。
史朗は車椅子にのってわたしが車椅子をおします。
しろうの手には子綱がしっかりにぎられています。
こづなはもっと太い引き綱にむすばれています。
よいてこしょ、よいてこしょ!の掛け声にあわせてつなをひくと少しずつ少しずつ柱が動きます。
史朗はいっしょうけんめいひくから手が真っ赤になるほどでした。
おんばしらを動かす力のたしになってるなあ、と実感。
木遣り歌のひびきのすごいこと。
遠い遠い東北の人々にもとどくと思うほどです。
お宮の杜にはいってからの木遣りはよけいに心にひびきましたね。
わたしたちが楽しく力いっぱいおんばしらまつりをやりとげることがきっときっと日本の復興につながるとしんじています。
震災のつめあと、それから原発とのたたかいはまだまだこれからです。
おまつりからもらったたくさんのエネルギーをなにかやくにたつことにつかいたいです。
ブログずーっとさぼっていてごめんなさい。
またぼちぼち書いていきますのでよろしくね。
2011年02月04日
ひざしはもう春
小野に雪はなくてきんきんにしばれる日が続いていました。でもここ2,3日はひざしがとてもあたたかです。車にのっていると暑いぐらいです。
このまま春になるかいなあ。
このところなにやかやとせわしくばかりしていて肩こりやらむくみやら。
顔がむくんでいるよ、ってともだちなんにんにもいわれて病院へ。
どこがむくんでるだい?って先生。ねんのために血液とおしっこの検査しときましょう。って。
つかれたらむくむってこともあるかねえ。
あずきをにて甘くしないでその汁を飲むとおしっこがよく出るってかいてあるのを見たからさっそく作って飲んでます。
元気元気って自信過剰でいろいろよくばるから疲れもたまってしまったかなあ。
12月から北小野の民生委員です。
主任児童委員とかです。
よくわからずにやってるけれど今までになかった出歩きがいっぱい。どうせやるならすこしでも役に立ちたいなんて思うしね。
のびないていどにしなきゃあね。
このまま春になるかいなあ。
このところなにやかやとせわしくばかりしていて肩こりやらむくみやら。
顔がむくんでいるよ、ってともだちなんにんにもいわれて病院へ。
どこがむくんでるだい?って先生。ねんのために血液とおしっこの検査しときましょう。って。
つかれたらむくむってこともあるかねえ。
あずきをにて甘くしないでその汁を飲むとおしっこがよく出るってかいてあるのを見たからさっそく作って飲んでます。
元気元気って自信過剰でいろいろよくばるから疲れもたまってしまったかなあ。
12月から北小野の民生委員です。
主任児童委員とかです。
よくわからずにやってるけれど今までになかった出歩きがいっぱい。どうせやるならすこしでも役に立ちたいなんて思うしね。
のびないていどにしなきゃあね。
2011年01月29日
もう1月がおわりだあ。

96才のおじいちゃん。
わたしの母のいとこのつれあい。
茅野市の泉野にひとりで暮らしています。
秋につれあいのふみさんをなくしたばかり。
ふみさんのお葬式のときは軽い脳梗塞をおこして入院中でした。
でもやっぱり家がいいと帰ってきたのです。
ヘルパーさんがこの12月までは朝昼晩と三回きてくれてたんだって。ところが具合がよくなったわけじゃあないのにお正月からは一日2かいにへらされて。
ひとりでおこたつにあたっています。

史朗とわたしと娘のふみと三人でおいしいおべんとう作ってもっていきました。
こんなににぎやかにしてくれて、わあ、夢のようだぞえ。ととってもよろこんでくれて。
なんともいえずにかわいらしいおじいちゃんなんです。
こどもさんがない人でしたからふみさんと心を合わせて暮らしてきたといいます。ふみさんは認知症になって最後の3年ぐらいは施設にくらしました。おじいちゃんはそのおばあちゃんのところに毎日のようにかよったんだって。
おつけものやら煮物やらをおいしいおいしいってぱくぱくたべてくれるおじいちゃんです。
母たちの古いアルバムをみたりしてはなしはつきません。
史朗と行ったモンゴルのアルバムもいっしょにみました。
おれも行ってみてえなあ。こんねにひろいだかやあ。おれの行ってた満州もひろかったぞえ。
史朗くんといっしょにモンゴル行ってみてえなあ。
来てくれるはうれしいけんどへえ、かえっちゃうだかあ。
かえっちゃうとさびしいなあ。
またきてくれよう。
淋しそうなおじいちゃんを置いて帰るのはほんとうにせつない。
楽しいお話しいっぱいききたいからまた行こう。


2010年11月20日
なんというごぶさたじゃ。
久々。
なんといういそがしさでしょう。
ゆとりもたないと。
あんまりひさしぶりのせいかいつもとおんなじにしてるのにどうしたって写真のサイズがちじめられず。
容量をこえてるよってアップロードできません。
11月は毎年のこと、茅野の長円寺で史朗の絵をいっぱい飾ってもらいました。
今まで時々しかお茶番に行かずに長円寺さんにご迷惑かけていましたから今年は張りきって史朗とふたり1週間とまりでお茶番をしましたよ。
長円寺のもみじ今年はことのほか美しくお客さんもいっぱいです。
そのもみじの写真がいれられないなんて。
なさけないねえ。
もみじを堪能してからおきゃくさまは史朗の世界へ。
おいしいお茶をのみながら史朗の絵の中で休みます。
「和むねえ。」「ゆったりするねえ。」「元気もらえるねえ。」・・・・・・・・。
みなさんからそんなことばをかけていただくと史朗もわたしもそれはうれしくて。
史朗は6.7にんの方の似顔絵をかきましたよ。
それをかくときの史朗は自信にあふれていますよ。
おおいそがしだけれどいい時間です。
うちに帰ったら畑もまってるし家の横のベゴニアは霜ですっかりぺしゃんこになっているし。
またまた大忙し。
でもこうしていちにち、一日大忙しでくらせることはしあわせなことですね。
写真がんばります。
なんといういそがしさでしょう。
ゆとりもたないと。
あんまりひさしぶりのせいかいつもとおんなじにしてるのにどうしたって写真のサイズがちじめられず。
容量をこえてるよってアップロードできません。
11月は毎年のこと、茅野の長円寺で史朗の絵をいっぱい飾ってもらいました。
今まで時々しかお茶番に行かずに長円寺さんにご迷惑かけていましたから今年は張りきって史朗とふたり1週間とまりでお茶番をしましたよ。
長円寺のもみじ今年はことのほか美しくお客さんもいっぱいです。
そのもみじの写真がいれられないなんて。
なさけないねえ。
もみじを堪能してからおきゃくさまは史朗の世界へ。
おいしいお茶をのみながら史朗の絵の中で休みます。
「和むねえ。」「ゆったりするねえ。」「元気もらえるねえ。」・・・・・・・・。
みなさんからそんなことばをかけていただくと史朗もわたしもそれはうれしくて。
史朗は6.7にんの方の似顔絵をかきましたよ。
それをかくときの史朗は自信にあふれていますよ。
おおいそがしだけれどいい時間です。
うちに帰ったら畑もまってるし家の横のベゴニアは霜ですっかりぺしゃんこになっているし。
またまた大忙し。
でもこうしていちにち、一日大忙しでくらせることはしあわせなことですね。
写真がんばります。
2010年10月12日
なんだかおかしいぞ。


毎年毎年木戸に植えるべゴ二ヤ。
今とてもきれいです。
夏のさかり、8月9月と雨はなくてぎんぎんのお日様だったから今年はちっともきれいになれずにいたんです。
やっと涼しくなって雨もふるようになったらみるみるよみがえって。
道を通る人たちが口々にほめていってくれます。
それにしてもなんだかおかしい。
季節の感じがつかめません。
庭の草取りしていてもあれ、もうほうずきかれちゃったの?とかこの花えらい長くさいてるなあ、とか。
いつもとちょっとちがいますね。
玉ねぎもいつもならもううえるんだけどまだお店に苗が売っていなかったり。
こうあたたかくてはチューリップもまだ早いかなあと思ったり。
あのあつさの中ではやる気のでなかった草取りに夢中です。
草かきと花バサミとのこぎりをそばにおいて。
伸びてしまった木々の枝などもきりながら。
あっちもこっちもやりたくて。ふー!!
庭いじりは楽しいです。
チューリップやら百合やらほかにも小さい球根たくさんかってあるから楽しみに植えましょう。
来年の史朗カレンダーができてきました。
いつもより1ヶ月ぐらいはやいしあがりです。
みなさんどうぞおたのしみに。
たくさんのご注文お待ちしています。
2010年10月04日
ご無沙汰ばかり。

きのうとおとといは小野のお祭りでした。
原村から友だちが親子連れできてくれて三浦さんちもひさしぶりにお祭りらしくすごせましたよ。
原村でお花を育てているひとです。
このとるこぎきょうもそだてたんです。
とるこぎきょうがなんだかとても好き。
お盆ぐらいになるとたくさんでまわりますからいっぱい買ってきておとうちゃんに飾ってあげます。
このごろでは色もかたちも随分いろいろになって。
買うのにまようぐらいです。
バラのかたちとよくにているよね。
白はうんと好き。
でもピンクがもっと好きです。
たくさんのとるこぎきょうを娘がじょうずに飾ってくれました。
そのテーブルに座っていっぱい積もる話をして。お宮にも行ってみました。
史朗も張りきって行きも帰りも歩きました。
おまつりには史朗の同級生が青年団の団長さんになっていて花傘音頭を踊ってくれました。
史朗にやさしく握手してくれて。
わたしのむかしの教え子が大きいおなかして12月にでてくるんだよ、ってうれしそうに言ってくれたり。
たくさんの人たちに会えました。
景気も悪いし苦しいことばかりあふれているけれど若者からおとしよりまで何かにすがる思いでお祭りを楽しんでいるようでした。
小野のお宮の森はすてきですよ。
大きな木々がぐんぐんのびて緑いっぱいに葉を繁らせています。
この森の小道を歩くだけでふーっといい気持になれます。
わたしは小さいときこのお宮で毎日遊んで大きくなったんです。
お宮のすぐわきのお家でうまれましたからね。

これはなにか?
バラのコサージュのつもり。
公民館で教えてもらたの。
娘とふたりでつくりました。
樹脂の粘土です。
軽くてすぐにかわきます。
もう少しうまくつくれるようになりたいなあ。
いろいろできる人っているものですねえ。
なにかをつくりだすのは大好きです。
2010年09月11日
硫黄岳・・・2

2760メートルの山頂です。
大きな火山爆発のせいでできた山の火口あとのぜっぺきがこわいです。
山頂ちかくは細かい石がガラガラとつまれているみたいで歩きにくい。
何度か休んでもらってやっとやっと登りましたよ。
登ってゆく途中も霧がぐんぐんながれて周りが全く見えなくなったりあっというまにサーッと霧が晴れて山々が見えたり。
山頂は石だらけの広いところでした。
お昼を食べるころには八ヶ岳の大パノラマがひろがっていつまで見ていても見飽きない美しさでした。
横だけのぎざぎざした稜線の向こうには赤岳がでんとそびえています。
おとうちゃんもきっとみたろうなあ。この景色。ここに座ってみたかもしれないなあ。
おとうちゃんにぐーんと近づいた気がしたなあ。
ごしたいのになんだってそんなに山に行きたいの?っておとうちゃんに聞いたことがあったよ。今こうして登ってみたらその答えがはっきりわかります。
苦しかったことはみんなみんなふっとぶんです。
いい気持ち、さわやかな空気。
胸いっぱいにそれをすうだけでうれしいんです。
やった-という満足感も大きい。
硫黄岳のてっぺんは以外と暑くかんじました。
この夏の異常気象はこんなにも高い山にだって影響をあたえているんだね。


ケルンがあちこちにたくさんありました。
それだけたくさんの人たちがこの山に登っているっていうことですよね。
どのケルンもしっかりつまれていて。
わたしも小さい石をひとつ載せました。
モンゴルのおぼうという旅の安全を祈るために石を投げてまわるのとおんなじだね。
みんな祈りながら登るんだ。
また行きたい。
2010年09月08日
硫黄岳にのぼったよ。

8月29日のことです。
まちに待っていた八ヶ岳登山の日。
ところがこの暑さでしょう?
歩くのもいやだし霧訪山に行って訓練するなんてとんでもないし。
内心ついて行けるかって心配でした。
でもその日がきたらなんか身がかるくて。
どうしたってわたしが仲間の中では一番の重荷です。なんとしてもリーダーからはなれないようについて行かねば。
ゆっくりゆっくり。
じぶんに言い聞かせながら行きます。
リーダーもわたしに負担がかからないようにずいぶんゆっくりの歩調で歩いてくれるからたすかります。
硫黄岳。
道の横を流れる川からどことなく温泉のような硫黄のにおいがします。
川の石はみんな茶色にそまっていて。
木陰やら川の流れの音のするところを歩くのは心地いい。
おとうちゃんもいつか登ったかと思えばなんだか懐かしくうれしく。
草花もわたしをなぐさめてくれますよ。
ギンリョウ草がじめじめしたところにたくさんありました。
光りをあびないで育つという感じですね。
きれいだけれどちょっぴり気持悪い。だっておばけみたい。
ここまで書いたらもう体操に行く時間。
また続きはあとでね。
2010年08月20日
あいぞめしましたよ、


写真は八方池山荘の近く。
花をくっきり写してうしろに山々をほんわかといれたかったんだ。
でもわたしのカメラではとても無理みたい。
史朗は休んでからあざみの花を描きました。
毎年恒例の藍染めの季節。
そうそう去年の今頃は病院でふうふう言ってたんだ。心臓の弁交換術をうけてからちょうど1年。元気になってよかった。
去年も畑の藍はみごとに育って染めてもらうのまっていました。でもとても無理で泣く泣く刈とってもらったのでした。
ことしは大丈夫。
8月18日と19日の二日やりましたよ。
わたしの母が住んでいた村のおばあちゃんたちと一緒にやろうということになって。
初めの日はお手伝いしてくれる人たちが練習に。
去年まではっぱを手でちぎっていたのをわらなどを切るおしぎりというのできりました。早い早い。ミキサーも二台で。
きわめつけは絞り器。
今まで袋にいれたジュースを手でしぼっていました。この絞り器はなんというかおとうふなどの水気をとる器かいみたいなものです。
藍染めの先生の知り合いの人が手作りしてくれたとのこと。
というわけでいつもの年よりずっと早く染め液ができました。
おばあちゃんたちは6人。
みなさん母がお世話になった方たちです。
指先で白いハンカチをくちゅくちゅとまるめます。
丸めたハンカチを小さい籠につめます。
ハンカチがうごかないようにひもでおさえて。
染め液は緑色。草のにおいがぷんぷん。
5分つけておいて空気にさらします。
空気にふれると緑が藍いろにかわります。
さらに3分、1分と液につけては空気にさらします。
さあ、水につけますよ。
不思議、不思議。
みどりいろからぐんぐん美しい藍色に変わっていきますよ。この水にいれる瞬間が感動です。
きれいな水で洗えば洗うほどあい色がかがやきます。ハンカチに浮かび上がる模様は秋の空みたいな美しいものです。
クチュクチュしたときにできるしわがそのままそらに浮かぶ雲みたいになるんです。最後に酢水で洗ってできあがり。
おばあちゃんたちは冷たい涌き水でハンカチをあらいながら歓声をあげていました。
美しく染まったハンカチが風にゆれて涼しげでした。
おばあちゃんたちによろこんでもらってうれしかったなあ。
2010年08月15日
朝日があたっています。

昼間はかすみやら雲やらで隠れてしまうことの多い山々が朝早くだとほんとうに美しい姿を見せてくれます。
ゆうがたもね。
空気がすむからなのかなあ。
昼間おとずれてそのまま帰るひとたちの中には山々のまじかのすがたを全くみれないままのひとたちもいるわけです。
それはとっても残念。
山荘にとまるとこんなにも美しいすがたに会えるというわけです。
史朗も何度もみれてうれしかったみたい。
山を下りるときはなんだかもったいないなあ、という感じでしたよ。
二泊して次の日の8時ころにはくだりのリフトにのっていました。
上ってくるひとたちがいっぱい。
どっかのおじさんがむこうのリフトからへえ、かえるだかい?なんて声かけてくれたりして。
もっとゆっくりしたかったなあ。
史朗の信大病院に行く日だったからしかたなし。
史朗とわたしの夏休み。
すてきな大冒険ができました。

朝日の出る前のあさやけ。
赤いところがぐんぐんひろがります。
すてきでしょう?
2010年08月10日
史朗、がんばって歩いたよ。

八方池山荘からなだらかな板敷きの道と石ころだらけのがたがた道とにわかれています。
多くの人たちは板敷きのみちをいきます。
夏休みだしおまけに日曜日ですから行列は途切れることがありません。
史朗とわたしはがたがた道のほうをえらびました。
大きな石が階段みたいに続いています。
ふたりてしっかりうでを組んで一歩一歩のぼります。
がたがた道の方が人はまばらで歩きやすい。
追い越して行くひと、上から下ってくる人、みなさんやさしく史朗とわたしを見守ってくれる感じです。
ごくろうさん、がんばってと声をかけてくれる人もたくさんです。
がたがた道のほうが白馬の山々はよくみえます。
何歩か歩いてはいきをつきます。
そのたびに山々が迫ってくる感じです。
高いところにぐんぐん登っている感じが体中にあふれます。
史朗もつかれながらもいい気分のようで歓声をあげます。
大きな平らな石をみつけてすわります。
目の前にマツムシソウやらハクサンシャジンやらあざみやらが美しい色に咲いています。
史朗はスケッチブックにいくつかお花をかきました。
だれにせかされるでなし、予定もふたりでゆっくりとなんともいい時間。
5分ぐらいで行けるところを1時間半かけてのぼりましたよ。
山の名前のかいてあるところでやすんでいる史朗です。
くだりは大変。
ひとりで支えるのはなかなか難儀なことです。
でもうーんとじかんかけてなんとか山荘まで帰りつきました。
大満足でした。

山荘のまわりにはやなぎらんがすきとおるようなきれいさでさきほこっていましたよ。
2010年08月09日
史朗とすてきななつやすみ

白馬の八方池山荘に行ってきましたよ。
この前の白馬大池とかいたのは八方池のまちがいでした。ごめんなさい。
史朗にも山の雰囲気かんじてほしかったの。
2泊3日の大冒険。
この前さよこさんと下見ができていたから大丈夫。
ロープウェイもゆっくりにしてもらったし。
荷物もできるだけ少しにして。
ロープウェイでお花畑の上をゆっくりのぼっていくだけで史朗はおおよろこび。
ぐんぐん山がせまってくるし。
風はどんどんさわやかになるし。
山荘のすぐ近くまで散歩。
そこまで行くのにも必死です。
昼間なかなか姿をみせてくれない白馬三山も夕方になるとだんだんにその姿をみせてくれるんです。
夕日をほんのりうけて赤くそまる山々のうつくしかったこと。
山荘ではみなさんにやさしくしてもらいました。おふろは4時からというのにとくべつに三時からふたりだけの家族ぶろにしてもらったり。
食事のおいしかったこと。
史朗はひまな時は食堂にある漫画じっと読んでいました。
2010年07月28日
新しいコンピューターだよ。
立ち上がりにも時間がかかるし写真などもなかなかみれなかったり。
長男がきょう新しいのをもってきてつないでくれたんです。
まだ今までのからいろいろ移してないしなれないけれどだんだんにやっていきましょう。
きのうはさよこさんと白馬大池に行ってきましたよ。
山の本を見るときっとでている白馬大池。
白馬が岳やら槍ヶ岳やらがばーっと迫ってくる写真。
そんなところに簡単には行けないって思っていたの。
スキーのロープウエイに3回のりついで降り立つとそこはもうすっかり山。
いいかぜ。
しもつけそうがきれいだった。
いっぱいいっぱいさいていたよ。
山に咲く花たちの色ってなんであんなにも美しいんだろう。
まつむしそう、にっこうきすげ、ちんぐるま・・・・・。
ほかにもいっぱい。
あそこなら史朗も連れて行って山の雰囲気いっぱいあじあわせてやれるなあ。
連れていこう!!
史朗は3泊4日でショートステイでした。
ところがもりのこびとでデイサービスのこどもたちをわたしにみてほしいって。
4日ぐらい。
というわけで史朗はもう少しショートステイの延長です。
2010年07月24日
よくばりな1週間。

史朗は6泊7日のショートステイをお願いしておかあちゃんは充実の1週間をすごしましたよ。
これは北八ヶ岳の高見石の上です。
霧訪山4回登って足腰鍛えて北八ヶ岳に行ってきましたよ。
にゅうという山と中山峠と高見石です。
2500メートルぐらいかな。
ゆっくりゆっくり。
でもなんとかみんなについて。
ほんとうはゆっくり過ぎて迷惑かけているのかもしれません。
でもそのことにはしっかり目をつぶって。
目をつぶってくれているのは連れてってくれる人たちだね。


こけむした原生林の中を歩くのです。
木々の種がこぼれてせまいところに新しい木の芽がたくさんでています。
自然の力のすごさと我慢強さを思います。
下の写真は白駒の池です。
ここにはおとうちゃんが亡くなった次の年の夏に一度行ったことがありました。
おとうちゃんの遺灰をほんのちょっとだけ天狗だけのてっぺんにまいたのでした。
あのときはおとうちゃんの皮の登山靴はいてカッパもおとうちゃんのおさがり。もちろんリュックも。
雨がジャンジャンふってぬれちゃったっけ。
倹約家だったのかなあ。おとうちゃんは。
くつもカッパももうダメになっていて。
いいの買ってやりたかったなあ。
一緒に登りたかったなあ。ほんとうに。
さかの石ころだらけのところを行く時うしろのおじさんがもっともっと歩幅をちいさく、って。
小さくゆっくりって思っているのに知らず知らずのうちに前を行く人にあわせようなんておもっちゃってたみたい。
それから随分らくになりました。
高い山に登れる小さい自信がもてましたよ。

また別の日に上高地にいきました。
かっぱばしから明神池までみどりの中を楽しく歩いておしゃべりして。
中嶋先生とふたりです。
6キロをあるきました。

次の日は歌会のじいさん、ばあさんをのせて北杜市の平山郁夫美術かんへ。
途中富士見の歌碑公園やらて森山汀川のおはかによったりして。
充実した旅ができました。
平山郁夫さんはすごいねえ。
絵に強く強く訴えるものがあります。
エネルギーがつたわってきます。
亡くなる前に病院のベッドで紙をはりあわせながら鉛筆で描いていたという平城京の絵の下書きに心うたれました。
また行ってみたいなあ。
というわけでおおいそがしでした。
真中に史朗といっしょに長野のボリショイサーカスもみてきちゃったのでした。
われながら欲張り加減にあきれます。
モンゴルはまだまだ続きます。
2010年07月10日
モンゴルの山のぼり。

高い高い山に馬でのぼりましたよ。
足で登ったら結構大変だったでしょうね。
馬たちはごろごろの石ころだらけの山道だって平気です。すごいです。
おかあちゃんは重いから馬が悲しんでるよ、なんて史朗に言われながらのぼります。
なんて見晴らしのいいこと。
美しい河が地図みたいにみえます。
草原やら森やらが果てしなく続いています。
岩にこしかけて遠くを眺める史朗です。
こんな写真おとうちゃんのアルバムの中にもあったっけ。
そっくりです。

高いやまの上に立って下の景色も入るように写真とりたかったんだけどなあ。
むずかしいねえ。
でもうんと高いところにいるって感じはでてますかねえ。空に近い感じとか。

あぶないてっぺんをウルジさんに助けてもらいながら歩く史朗です。たすけて!!なんて叫ばなくても欲しいときには近くにいてくれる。
そのやさしさがたまりません。なんてかいたけどしゃしんがちがいましたね。失礼しました。

これが上から見た景色ですよ。
雰囲気つたわりますか?
このてっぺんでゆっくりしました。
いい眺めだったなあ。

ウルジさんです。
きょうはひとりできりとうやまに登ってきましたよ。
久し振りです。
雨上がりでなんだかやまの緑も濡れた土もいつもよりきれいだったみたい。
風がなんともさわやかでした。
小野のこのきりとうやまにたくさんの人たちが登ってくれます。きょうは15,6人の日とにあったかなあ。
名古屋からきたというふたりのおばさんがうちに寄ってコーヒー飲んでってくれましたよ。
2010年07月09日
アルヒをのんでいますよ。

モンゴルのお酒アルヒを飲んでいる史朗です。
とても強いのに史朗はついでもらっただけちゃんと飲み干してしまいます。よっぱらったというようにあかくもならないしふらふらにもなりません。強いのかねえ。史朗は。
おとうちゃんはそんなに強いということじゃあなかったけれど飲み会は大好きでしたねえ。
雰囲気がね。史朗もみんなの話を聞きながらそこにいるのが好きですねえ。
ビールは利尿作用があるって知ってました?
いつかもりのこびとの忘年会にビールを小さいコップに1杯半のんだ史朗。2時間ぐらいの忘年会に6回ぐらいもトイレ。こりちゃったなあ。
モンゴルでおおきなジョッキー半分ぐらいをのんだけれど平気でした。水みたいに軽い感じだったからよかったかなあ。

モンゴルのおかあさん。ツェツグさん。ツェツグってお花という意味です。
お花が大好きなおかあさん。
去年わたしがアコーディオンを弾きながらいっぱい歌ったらお礼にってかわいい花束作ってくれたっけ。
ゆりもちいさいの。みんなみんなちいさいんです。だからよけいにかわいくて。
モンゴルの花たちは夏の短いのをちゃんと知っていて大急ぎで咲くみたい。
毎日畑や庭の草取りに追われています。
モンゴルでは草取りなんてないよなあ。
草も花もみんなみんな馬たちのおごちそうだし広い広い草原にはちいさくてかわいい花たちが毎年ちゃんと咲き競います。だれが植えたのでもない、だれが手入れをしたのでもない、自然のままのお花畑がバ‐ッとひろがっているのです。これが言葉ではいいつくせないすてきさなんですよ。
2010年07月06日
やさしいやさしいウルジさん。
美しい河のほとりで休憩。
ウルジさんが小石を投げて水をきります。
ピョンピョンピョン。
いくどもいくども水を切って小石が水面を走ります。
史朗も立ち上がってなげました。
ピョン。
史朗の小石も2回ぐらいは水をきれます。
あぶなっかしいかたちで小石を投げる史朗にいつか近づいて小石を見つけてくれたりころばないように支えてくれたりしたウルジさん。
史朗のような子にやさしくすることがほんとうにごくごく自然にできるんですね。
ですぎずあたたかく。
それがなんともうれしいんです。
2010年07月05日
アルヒというおさけ
夕食のときにはおとうさんがアルヒというウォッカをみんなにふるまってくれます。
ついで貰ったお酒は一気にのみほします。
強いおさけです。
史朗もわたしも結構たくさんいただいちゃった。
いっぱい動いたあとのアルヒは最高。
雨がふるようにいのったりいいお天気になるようにいのったり家族のし合わせを祈ったり。
そんなときにアルヒを天にむかって指ではじきます。自然の恵みに感謝する気持がモンゴルの人々にはうんと強いように思います。あたりまえのことがあたりまえにできることへの感謝です。
普段のしぐさからにじみ出てくるようなそんな思いにひかれるのかもしれないなあ。
こんなふうにゆうやけになるのは夜の9時半ころなんだよ。朝は4時から夜は9時半まで。明るいときがながいのです。夏はね。
それにしてもうつくしいゆうやけだったなあ。
10時すぎてたんだ。写真に時間かうつっていました。



