2012年01月08日
最高の幸せ
先日の朝ドラの中にこんなセリフがありました。
「好きな仕事っちゅうんは力が出るもんやろ? 」
確かそんな言葉だったのですが、本当にそうですね。
父が亡くなって、普通ならもっと落ち込んだり
悲しみからなかなか抜け出せなかったりすると
思うのですが、新しい図書館の仕事に慣れるために
頑張っているせいか、毎日元気に過ごしています。
そんな私の姿をきっと父も喜んでくれると思えるから
かもしれませんが。
勤務時間も以前は15時半までだったのがフルタイムに
変わったし、一人でやればいい仕事だったのが今度は
人と接するし、座りっぱなしだったのが立ち仕事になり、
重たい本の箱を運んだりもするのですが、以前より疲れ
ないように感じます。
以前の仕事も好きは好きでしたが、帰りにはぐったり
しながら車のハンドルをにぎることも多かったのが、
今は18時半ごろの真っ暗な道を運転しながら、
大好きなもんたさんの歌をかけてガンガン歌っています。
充実してるってこういうことを言うんだろうなあと、
しみじみ思います。
再び公共図書館で働くにあたり、毎日欠かさず新聞に
目を通すようになりました。そして、本の情報やその他、
利用者に聞かれそうなことが書いてある記事をスクラップ
しています。
以前の図書館に勤めていた時、世間一般の情報に疎すぎて
困ったことが多々ありましたので、今度はあの二の舞は
踏むまいと。
それでも、朝、新聞に目を通す暇がなかった日に、しまったと
思ったことがありました。
家に帰ってから新聞を見たら、今日リクエストを受けた本の
広告が二つも載っていたからです。
あちゃー! やっぱり新聞は朝見るものなんだ!
「リクエストしたい本の書名が違っているかもしれない」
と言う利用者がいたので調べたのですが、やはり言われた
書名ではヒットせず、先輩がその本を知っていたのでどうにか
対応できたのでした。
「なでしこジャパン」のことを先輩が聞かれていたのも
耳にし、スポーツには特に疎いという自覚があるので、
そういう記事もスクラップするようにしました。
まだ新米なのでカウンター業務中心ですが、今月からは
赤ちゃん向けの絵本の官報も作成することになっているし、
春ごろからは学校や保健センターに出向いての読み聞かせも
担当するようになるとのこと。
1年間分の本のテーマも今月決めるということで、いろいろ
知恵を絞ったりもしています。
忙しく、楽しく、努力すればするほど力が沸いてきます。
やっぱり好きな仕事につけるのが最高の幸せですね。
「好きな仕事っちゅうんは力が出るもんやろ? 」
確かそんな言葉だったのですが、本当にそうですね。
父が亡くなって、普通ならもっと落ち込んだり
悲しみからなかなか抜け出せなかったりすると
思うのですが、新しい図書館の仕事に慣れるために
頑張っているせいか、毎日元気に過ごしています。
そんな私の姿をきっと父も喜んでくれると思えるから
かもしれませんが。
勤務時間も以前は15時半までだったのがフルタイムに
変わったし、一人でやればいい仕事だったのが今度は
人と接するし、座りっぱなしだったのが立ち仕事になり、
重たい本の箱を運んだりもするのですが、以前より疲れ
ないように感じます。
以前の仕事も好きは好きでしたが、帰りにはぐったり
しながら車のハンドルをにぎることも多かったのが、
今は18時半ごろの真っ暗な道を運転しながら、
大好きなもんたさんの歌をかけてガンガン歌っています。
充実してるってこういうことを言うんだろうなあと、
しみじみ思います。
再び公共図書館で働くにあたり、毎日欠かさず新聞に
目を通すようになりました。そして、本の情報やその他、
利用者に聞かれそうなことが書いてある記事をスクラップ
しています。
以前の図書館に勤めていた時、世間一般の情報に疎すぎて
困ったことが多々ありましたので、今度はあの二の舞は
踏むまいと。
それでも、朝、新聞に目を通す暇がなかった日に、しまったと
思ったことがありました。
家に帰ってから新聞を見たら、今日リクエストを受けた本の
広告が二つも載っていたからです。
あちゃー! やっぱり新聞は朝見るものなんだ!
「リクエストしたい本の書名が違っているかもしれない」
と言う利用者がいたので調べたのですが、やはり言われた
書名ではヒットせず、先輩がその本を知っていたのでどうにか
対応できたのでした。
「なでしこジャパン」のことを先輩が聞かれていたのも
耳にし、スポーツには特に疎いという自覚があるので、
そういう記事もスクラップするようにしました。
まだ新米なのでカウンター業務中心ですが、今月からは
赤ちゃん向けの絵本の官報も作成することになっているし、
春ごろからは学校や保健センターに出向いての読み聞かせも
担当するようになるとのこと。
1年間分の本のテーマも今月決めるということで、いろいろ
知恵を絞ったりもしています。
忙しく、楽しく、努力すればするほど力が沸いてきます。
やっぱり好きな仕事につけるのが最高の幸せですね。
【仕事の最新記事】
2012年01月03日
父に感謝
今年は明けましておめでとうとは言えなくなりました。
というのも、去年の12月16日の未明に、突然父が
亡くなったからです。
図書館に勤め始めて四日目の朝、「さあ! 今日も
頑張るぞー! 」と気合を入れて起き上った私でした。
が……。
携帯電話を見ると、夜中に兄から着信があったようです。
私は寝る部屋に携帯電話を持っていかないので
気付かなかったんだなあと思いながら、その後に入っていた
兄からのメールを読むと……。
いきなり件名に「パパが亡くなりました」と。
頭の中は大混乱で、「なんで? なんで? 」という言葉
だけがぐるぐる回り、震えがきました。
少々認知症ではあったものの、他に悪いところもなく、
先月実家に行った時には一緒にスーパーやコンビニにも
行ったし、私を駅まで送ってくれた後、一人で二時間も
散歩したと言っていたのに……。
母が旅行に行っていたため、父と二人でいろいろな話をし、
初めての話もたくさん聞けたのに……。あの日でお別れだった
なんて……。
後に母に聞いたところ、その日、父は義姉から送ってもらった
お米やらジュースやらりんごやら、母がカラオケの会でもらって
きたお菓子やら大好物の卵焼きやらなんやら、いろいろおいしい
物を食べ、お風呂に入ったそうです。
そして、一度は父の様子を見に行った母がこたつでうとうとし、
ハッと目を覚まして再び父の様子を見に行ったところ……。
父が湯船に突っ伏すような状態になっていたとのこと。
でも、幸いお湯は飲んでおらず、全く苦しまずに心臓がいきなり
止まってしまったらしいとお医者さんが言ったそうです。
父は熱い湯が好きだったから、自分で沸かしなおしてしまった
のが原因だったのではないかということでした。認知症だと、
温度がわかりづらいとか、誰かが言っていたような気もします。
その後は仕事も変わったばかりだし、父が亡くなったし、
前の会社に書類提出などもあるしで、忙しすぎて何がなんだか
わからず、涙が出そうになると無理に止めていろいろ雑務を
こなしていたので、思い切り泣くチャンスを失ったような
感じです。
しかしまあ、父はたいした病気もせず、入院もせず、注射を
たくさんされたりもせず、手術もせず、食べ物の制限もなく、
自宅で最後まで普通に暮らし、全く苦しまずに亡くなったと
いうことを思えば、父にとってはよかったのかも……と
思うようにしました。
不思議と、私や兄たちにもちゃんと会ってからだったし、
父がお風呂で亡くなる前に、父がじーっと、いつになく
優しい目で母をしばらく見つめていたそうです。
母も、普段なら「何? 」と聞くところを、ただじーっと
父を見ていたとのこと。
これもまた不思議です。父の御魂はもう母とお別れだと
わかっていたのかもしれません。「ありがとう」と思って
いたのかもしれません。母も後から考えるとそんな表情だったと
言っていました。
父は生前、私の仕事についてとても不信感を持っていたので、
(たぶん、守秘義務のせいであまり詳しく内容を話せなかった
ためだと思います)図書館でまた働けることになったと
言いたかったのになあ、そうすれば安心してくれただろうになあと
思いました。
が、なんとなく、父の御魂はわかってくれていたような気がして
仕方がありません。ちゃんと私の仕事について知っていて、安心
して亡くなったように思えるのです。
父の死によって、普段はお正月でさえもめったに顔を合わさず、
何年も会っていない私たち兄弟とその家族が何度も実家に大集合し、
支え合い助け合って、以前よりすごく絆が深まったように思います。
これも父からのプレゼントのような気がして仕方がありません。
「俺がいなくなっても兄弟仲良くして、ママを助けてくれよ」
そう父が言っているように感じます。
悲しいというよりも、父のことを思うと今は感謝の気持ちが
とても強いです。本当に今までありがとうと何度も心の中で
父に呼び掛けつつ、今年も頑張っていきたいです。
というのも、去年の12月16日の未明に、突然父が
亡くなったからです。
図書館に勤め始めて四日目の朝、「さあ! 今日も
頑張るぞー! 」と気合を入れて起き上った私でした。
が……。
携帯電話を見ると、夜中に兄から着信があったようです。
私は寝る部屋に携帯電話を持っていかないので
気付かなかったんだなあと思いながら、その後に入っていた
兄からのメールを読むと……。
いきなり件名に「パパが亡くなりました」と。
頭の中は大混乱で、「なんで? なんで? 」という言葉
だけがぐるぐる回り、震えがきました。
少々認知症ではあったものの、他に悪いところもなく、
先月実家に行った時には一緒にスーパーやコンビニにも
行ったし、私を駅まで送ってくれた後、一人で二時間も
散歩したと言っていたのに……。
母が旅行に行っていたため、父と二人でいろいろな話をし、
初めての話もたくさん聞けたのに……。あの日でお別れだった
なんて……。
後に母に聞いたところ、その日、父は義姉から送ってもらった
お米やらジュースやらりんごやら、母がカラオケの会でもらって
きたお菓子やら大好物の卵焼きやらなんやら、いろいろおいしい
物を食べ、お風呂に入ったそうです。
そして、一度は父の様子を見に行った母がこたつでうとうとし、
ハッと目を覚まして再び父の様子を見に行ったところ……。
父が湯船に突っ伏すような状態になっていたとのこと。
でも、幸いお湯は飲んでおらず、全く苦しまずに心臓がいきなり
止まってしまったらしいとお医者さんが言ったそうです。
父は熱い湯が好きだったから、自分で沸かしなおしてしまった
のが原因だったのではないかということでした。認知症だと、
温度がわかりづらいとか、誰かが言っていたような気もします。
その後は仕事も変わったばかりだし、父が亡くなったし、
前の会社に書類提出などもあるしで、忙しすぎて何がなんだか
わからず、涙が出そうになると無理に止めていろいろ雑務を
こなしていたので、思い切り泣くチャンスを失ったような
感じです。
しかしまあ、父はたいした病気もせず、入院もせず、注射を
たくさんされたりもせず、手術もせず、食べ物の制限もなく、
自宅で最後まで普通に暮らし、全く苦しまずに亡くなったと
いうことを思えば、父にとってはよかったのかも……と
思うようにしました。
不思議と、私や兄たちにもちゃんと会ってからだったし、
父がお風呂で亡くなる前に、父がじーっと、いつになく
優しい目で母をしばらく見つめていたそうです。
母も、普段なら「何? 」と聞くところを、ただじーっと
父を見ていたとのこと。
これもまた不思議です。父の御魂はもう母とお別れだと
わかっていたのかもしれません。「ありがとう」と思って
いたのかもしれません。母も後から考えるとそんな表情だったと
言っていました。
父は生前、私の仕事についてとても不信感を持っていたので、
(たぶん、守秘義務のせいであまり詳しく内容を話せなかった
ためだと思います)図書館でまた働けることになったと
言いたかったのになあ、そうすれば安心してくれただろうになあと
思いました。
が、なんとなく、父の御魂はわかってくれていたような気がして
仕方がありません。ちゃんと私の仕事について知っていて、安心
して亡くなったように思えるのです。
父の死によって、普段はお正月でさえもめったに顔を合わさず、
何年も会っていない私たち兄弟とその家族が何度も実家に大集合し、
支え合い助け合って、以前よりすごく絆が深まったように思います。
これも父からのプレゼントのような気がして仕方がありません。
「俺がいなくなっても兄弟仲良くして、ママを助けてくれよ」
そう父が言っているように感じます。
悲しいというよりも、父のことを思うと今は感謝の気持ちが
とても強いです。本当に今までありがとうと何度も心の中で
父に呼び掛けつつ、今年も頑張っていきたいです。
2011年12月10日
幸福な一日
今日、会社を退職しました。
〆日なので忙しいだろうと思い、
普段よりもかなり早く家を出て、
ロッカーに荷物を置いてダーッと
階段を四階まで駆け上りました。
(東日本大震災以来、健康体の人は
階段を使うことになっている)
そして四階の人の机にお菓子を配って
また駆け下り、今度は一階に。
そして社員とチーフのいる部屋にも
配り終えたところでホッと一息。
後は始業まであいさつしたりされたり。
本当にいろいろな人からいろいろもらいました。
以前の会社から一緒だった人(私が今の会社を
紹介した)、最近仲良くなった人、以前のチームで
お世話になった人、同期入社の人、お昼休憩を
一緒にとっている人、中には思いがけない人も
いたりして、本当にありがたかったです。
先ほども書いたように〆日なので忙しく、また、
本社の人事部の人との面談もあったので、とうとう
四階へはあいさつしに行けませんでした。
でも、用事で一階に来る人にちょっとしたお菓子を
ことづけてくれる人もいたりして、その心使いが
嬉しかったです。
もらった物をあげてみると……。
アレンジフラワー。
プリザーブドフラワー(くまさんの
人形も花々の中に飾られていました)
ボンボン飾りのついたふわふわ靴下。
ふわふわハンカチ。
サンタのついたお菓子のディスペンサー。
消せるボールペン三色セット。
箱入りお菓子の詰め合わせ。
一か所に穴があいていて、かけられるように
なっているお手ふきタオル。
入浴剤やボディーソープのセット。
カエルマグカップ。
カエル巾着。
カエルとバナナが頭についたカトラリー。
(私はカエル好きなので)
三角の透明な箱に入ったクッキー。
ちょっとしたお菓子を可愛い袋に詰めたもの。
お昼休みには携帯のアドレス交換で忙しく、また
四階の人がお菓子のお礼を言いにきてくれたりもして、
あっという間に休み時間は終わってしまいました。
そして仕事が終わってから私物やプレゼントなどを
バタバタ整理し、ロッカーのカギや身分証明書や
IDカードを返したりして、やっと会社の外へ出て
またホッと一息。
家に帰れば帰ったで、司書資格の単位修得証明書を
もらうための手続きをしたり、生協のステーションに
行って荷物を受け取ったり、雇用保険開始時期について
役場に問い合わせたり、会社で使っていたエプロンを
クリーニングに出したり、またバタバタしました。
でも、その間中幸福感に包まれていました。
夜、落ち着いてからプレゼントをくれた人にお礼の
メールを送信したら、「今、あなたの本を読んでいる
ところ。本当に納得できるところがたくさんあるわ」
などという嬉しい返信メールをいただき、またまた
幸福感倍増……。
会社を辞める日がこんなに幸福だなんて、全く想像
していませんでした。
まあ、次に図書館に勤められるからでしょうが。
他の職場だったら本当に「お別れ」ですが、
図書館だからまた会えるということで、「またねー」
という感じでしたしね。
最近ずーっとバタバタしていましたが、今夜はただただ
幸福感に浸っていられるのが嬉しいです。
〆日なので忙しいだろうと思い、
普段よりもかなり早く家を出て、
ロッカーに荷物を置いてダーッと
階段を四階まで駆け上りました。
(東日本大震災以来、健康体の人は
階段を使うことになっている)
そして四階の人の机にお菓子を配って
また駆け下り、今度は一階に。
そして社員とチーフのいる部屋にも
配り終えたところでホッと一息。
後は始業まであいさつしたりされたり。
本当にいろいろな人からいろいろもらいました。
以前の会社から一緒だった人(私が今の会社を
紹介した)、最近仲良くなった人、以前のチームで
お世話になった人、同期入社の人、お昼休憩を
一緒にとっている人、中には思いがけない人も
いたりして、本当にありがたかったです。
先ほども書いたように〆日なので忙しく、また、
本社の人事部の人との面談もあったので、とうとう
四階へはあいさつしに行けませんでした。
でも、用事で一階に来る人にちょっとしたお菓子を
ことづけてくれる人もいたりして、その心使いが
嬉しかったです。
もらった物をあげてみると……。
アレンジフラワー。
プリザーブドフラワー(くまさんの
人形も花々の中に飾られていました)
ボンボン飾りのついたふわふわ靴下。
ふわふわハンカチ。
サンタのついたお菓子のディスペンサー。
消せるボールペン三色セット。
箱入りお菓子の詰め合わせ。
一か所に穴があいていて、かけられるように
なっているお手ふきタオル。
入浴剤やボディーソープのセット。
カエルマグカップ。
カエル巾着。
カエルとバナナが頭についたカトラリー。
(私はカエル好きなので)
三角の透明な箱に入ったクッキー。
ちょっとしたお菓子を可愛い袋に詰めたもの。
お昼休みには携帯のアドレス交換で忙しく、また
四階の人がお菓子のお礼を言いにきてくれたりもして、
あっという間に休み時間は終わってしまいました。
そして仕事が終わってから私物やプレゼントなどを
バタバタ整理し、ロッカーのカギや身分証明書や
IDカードを返したりして、やっと会社の外へ出て
またホッと一息。
家に帰れば帰ったで、司書資格の単位修得証明書を
もらうための手続きをしたり、生協のステーションに
行って荷物を受け取ったり、雇用保険開始時期について
役場に問い合わせたり、会社で使っていたエプロンを
クリーニングに出したり、またバタバタしました。
でも、その間中幸福感に包まれていました。
夜、落ち着いてからプレゼントをくれた人にお礼の
メールを送信したら、「今、あなたの本を読んでいる
ところ。本当に納得できるところがたくさんあるわ」
などという嬉しい返信メールをいただき、またまた
幸福感倍増……。
会社を辞める日がこんなに幸福だなんて、全く想像
していませんでした。
まあ、次に図書館に勤められるからでしょうが。
他の職場だったら本当に「お別れ」ですが、
図書館だからまた会えるということで、「またねー」
という感じでしたしね。
最近ずーっとバタバタしていましたが、今夜はただただ
幸福感に浸っていられるのが嬉しいです。
2011年12月07日
前進あるのみ
入社してからかれこれ3年10カ月になる今の
会社を退職する日がもう明後日に迫っています。
先週の水曜日に見た求人情報に次の日応募して、
その次の日に(金曜日)面接し、その3日後に
(月曜日)採用の知らせを受け、もう今週一杯で
退職……。
まあ、本当は20日づけだけど有給を使うので。
ハローワークに行った木曜日と面接した金曜日は
会社を休んだのですが、その間にいきなり月曜日から
私は一階のフロアーに異動になっていました。
(ほとんどの人が動いた)
月曜日にはまだ図書館に採用されるかわからなかったので、
心苦しく思いながらも新チームのリーダーやメンバーと
あいさつを交わし、その日の夕方に採用が知らされ、
火曜日に上司に「辞めさせて下さい」と言いました。
そして今日は水曜日。あの求人広告を見た日からやっと
一週間なのに、何年もたったような気がします。
昨日は会社が終わってから採用された図書館で打ち合わせ
があり、その時にもらった書類をまた今日提出に行き、
その後、明後日配るお菓子を買ったりしました。
昨夜はこの機を逃さず、私の自費出版本の残りを「お別れに」
という名目でお世話になったリーダーさんたちに渡すべく、
せっせと手紙を書いたり包んだりしていたら、夜中の一時半に
なっていました。
みんな「寂しくなる」と言ってくれますが、私はまだ
その寂しさに浸る余裕もなく、きっと、だいぶ日数がたってから
「会社を辞めたんだな……」という実感がわいてくるのでしょう。
しかしまあ、私の本は予想以上にみんな大喜びしてくれて、
「もう回し読みの予約が殺到してる」なんて言うリーダーも
いて、びっくりするやら嬉しいやら。
これで新しい環境になったらやっぱり寂しくなるんだろうなあ
……なんて思っていましたが、さきほども書きましたように、
今日も書類提出のために図書館に行ったら、考えが変わりました。
以前勤めていた図書館よりも、そして今住んでいる地域の
図書館よりも、勤務先の図書館はずっと素晴らしいので、
見学のために館内を歩きまわっていたら何とも言えない
幸福感がこみあげてきたのです。
館長も言っていましたが、「癒し」という言葉がぴったりの
図書館です。カウンターだって事務的な感じではなく、素敵な
木の色。
参考資料室が一般図書とはゆるやかに別になっていたり、
子ども専用トイレがあったりして、勉強したい子供や
調べ物をしたい人も使いやすく、小さい子供も図書館に
来るのが楽しいような、なんか全体的に「利用者の使い
やすいように」という気持ちがにじみ出ているような
あったかさを感じる図書館です。
今の会社を去るのは心残りもあるけど、やっぱりあんな
素敵な図書館で働けるんだという喜びの方が勝っています。
みんな「図書館に行くからね」と言ってくれますしね。
まるっきりお別れというわけではないですから。
今週の金曜日で退職し、次の火曜日からは再び図書館員
としての生活が始まります。
やっぱり後ろを振り向かず、前進あるのみです。
会社を退職する日がもう明後日に迫っています。
先週の水曜日に見た求人情報に次の日応募して、
その次の日に(金曜日)面接し、その3日後に
(月曜日)採用の知らせを受け、もう今週一杯で
退職……。
まあ、本当は20日づけだけど有給を使うので。
ハローワークに行った木曜日と面接した金曜日は
会社を休んだのですが、その間にいきなり月曜日から
私は一階のフロアーに異動になっていました。
(ほとんどの人が動いた)
月曜日にはまだ図書館に採用されるかわからなかったので、
心苦しく思いながらも新チームのリーダーやメンバーと
あいさつを交わし、その日の夕方に採用が知らされ、
火曜日に上司に「辞めさせて下さい」と言いました。
そして今日は水曜日。あの求人広告を見た日からやっと
一週間なのに、何年もたったような気がします。
昨日は会社が終わってから採用された図書館で打ち合わせ
があり、その時にもらった書類をまた今日提出に行き、
その後、明後日配るお菓子を買ったりしました。
昨夜はこの機を逃さず、私の自費出版本の残りを「お別れに」
という名目でお世話になったリーダーさんたちに渡すべく、
せっせと手紙を書いたり包んだりしていたら、夜中の一時半に
なっていました。
みんな「寂しくなる」と言ってくれますが、私はまだ
その寂しさに浸る余裕もなく、きっと、だいぶ日数がたってから
「会社を辞めたんだな……」という実感がわいてくるのでしょう。
しかしまあ、私の本は予想以上にみんな大喜びしてくれて、
「もう回し読みの予約が殺到してる」なんて言うリーダーも
いて、びっくりするやら嬉しいやら。
これで新しい環境になったらやっぱり寂しくなるんだろうなあ
……なんて思っていましたが、さきほども書きましたように、
今日も書類提出のために図書館に行ったら、考えが変わりました。
以前勤めていた図書館よりも、そして今住んでいる地域の
図書館よりも、勤務先の図書館はずっと素晴らしいので、
見学のために館内を歩きまわっていたら何とも言えない
幸福感がこみあげてきたのです。
館長も言っていましたが、「癒し」という言葉がぴったりの
図書館です。カウンターだって事務的な感じではなく、素敵な
木の色。
参考資料室が一般図書とはゆるやかに別になっていたり、
子ども専用トイレがあったりして、勉強したい子供や
調べ物をしたい人も使いやすく、小さい子供も図書館に
来るのが楽しいような、なんか全体的に「利用者の使い
やすいように」という気持ちがにじみ出ているような
あったかさを感じる図書館です。
今の会社を去るのは心残りもあるけど、やっぱりあんな
素敵な図書館で働けるんだという喜びの方が勝っています。
みんな「図書館に行くからね」と言ってくれますしね。
まるっきりお別れというわけではないですから。
今週の金曜日で退職し、次の火曜日からは再び図書館員
としての生活が始まります。
やっぱり後ろを振り向かず、前進あるのみです。
2011年12月06日
御魂が喜ぶ仕事・パート2
以前、「御魂が喜ぶ仕事」という記事にこう書きました。
『先日、ワールドメイトのラッキーカウンセラーの方に(占い師)
手相を見ていただく機会に恵まれましたが、「数年のうちにもっと
自分が納得のできる仕事につける可能性がある」と言われました。
「今の仕事も大好きだけれど、もっと自分の御魂が喜び、今の仕事
よりも人様のお役にたてる仕事、そして願わくば収入がもう少し
アップできる仕事をお授け下さい」とずーっとお祈りしていたので、
友人は「答えをいただけたのね」と言いました。』
あれは9月のことでしたが、その仕事が三カ月後の今、来ました。
本当はラッキーカウンセラーの方は「来年か再来年のうちに
もっと納得できる仕事につけます」と言ってくださったのですが、
あまり未来のことをハッキリ書いてはいけないと言われたことが
あるので、わざとアレンジして書いていたのです。
私は神様に「神様! 一番早い来年は一月です。どうか少しでも
早く、内容も収入も納得できる仕事をおさずけくださいー! 」と
祈り、(最後は必ず、お任せします〜で締めくくりますが)等身大
形代にもことこまかに仕事内容を書いたのでした。
以前等身大形代を書いた時にはこの家を建てることができましたが、
今度は仕事!等身大形代恐るべし!(って、恐れることはないですが)
「学校図書館の作り方」という本を読んだ後、この近辺の図書館関係の求人
は全てメールで情報が届くようにしておいたのですが、数日前のメールを
見てびっくり!!!
え!これ、隣町じゃない!!! しかも月給!!!! 時給じゃなくて
月給!!!! 時給に直せばなんと!!! 千円以上!!!!
その上、職務内容は以前のようなカウンター業務や図書整理オンリーでは
なく、図書館長の言葉を借りれば「オールマイティーに何でもできなければ
いけない」という仕事!!!!
小学校へ出向いての読み聞かせやブックトークが中心で、相互貸借もやり、
図書館便りや季節ごとの飾りなどもつくらせてもらえる!!!!!
うわ〜うわ〜!!!! これこそ私のやりたかった仕事!!!!!
読み聞かせやブックトークはやったことがないけれども、お金をいただいて
教えてもらえるなんて!!!! ボランティアでやっている方々に申し訳
ないくらいです!!!!!!
と、ついつい興奮してしまいましたが、そんな驚くような好条件の職場から
今日、「あなたを採用します」という連絡が来たのです。
今までは、「読み聞かせ」や「ブックトーク」をやるには声が小さいし……
大きい声を出すとすぐに喉が痛くなるし……まだ読書量が足りないから
ブックトークをする自信ないし……そもそも子供は可愛いと思いながら、
うまく接することができないし……手遊び歌などをやらせるなんてとても
とても……などと尻込みばかりしていました。
しかし、私もだてにワールドメイトに4年弱いるわけではありません。
前向きな考え方、良い方への切り替え方がだいぶ身についています。
「人にできて私にできないことはない」、「できるかできないかではなく、
できると信じて努力する! 」「自分にできないことは絶対にやってこない! 」
以前の私なら絶対に不安になっていたことも、今は「努力すれば乗り越えられる」
と信じられます。
前進あるのみ!!! ということです。
『先日、ワールドメイトのラッキーカウンセラーの方に(占い師)
手相を見ていただく機会に恵まれましたが、「数年のうちにもっと
自分が納得のできる仕事につける可能性がある」と言われました。
「今の仕事も大好きだけれど、もっと自分の御魂が喜び、今の仕事
よりも人様のお役にたてる仕事、そして願わくば収入がもう少し
アップできる仕事をお授け下さい」とずーっとお祈りしていたので、
友人は「答えをいただけたのね」と言いました。』
あれは9月のことでしたが、その仕事が三カ月後の今、来ました。
本当はラッキーカウンセラーの方は「来年か再来年のうちに
もっと納得できる仕事につけます」と言ってくださったのですが、
あまり未来のことをハッキリ書いてはいけないと言われたことが
あるので、わざとアレンジして書いていたのです。
私は神様に「神様! 一番早い来年は一月です。どうか少しでも
早く、内容も収入も納得できる仕事をおさずけくださいー! 」と
祈り、(最後は必ず、お任せします〜で締めくくりますが)等身大
形代にもことこまかに仕事内容を書いたのでした。
以前等身大形代を書いた時にはこの家を建てることができましたが、
今度は仕事!等身大形代恐るべし!(って、恐れることはないですが)
「学校図書館の作り方」という本を読んだ後、この近辺の図書館関係の求人
は全てメールで情報が届くようにしておいたのですが、数日前のメールを
見てびっくり!!!
え!これ、隣町じゃない!!! しかも月給!!!! 時給じゃなくて
月給!!!! 時給に直せばなんと!!! 千円以上!!!!
その上、職務内容は以前のようなカウンター業務や図書整理オンリーでは
なく、図書館長の言葉を借りれば「オールマイティーに何でもできなければ
いけない」という仕事!!!!
小学校へ出向いての読み聞かせやブックトークが中心で、相互貸借もやり、
図書館便りや季節ごとの飾りなどもつくらせてもらえる!!!!!
うわ〜うわ〜!!!! これこそ私のやりたかった仕事!!!!!
読み聞かせやブックトークはやったことがないけれども、お金をいただいて
教えてもらえるなんて!!!! ボランティアでやっている方々に申し訳
ないくらいです!!!!!!
と、ついつい興奮してしまいましたが、そんな驚くような好条件の職場から
今日、「あなたを採用します」という連絡が来たのです。
今までは、「読み聞かせ」や「ブックトーク」をやるには声が小さいし……
大きい声を出すとすぐに喉が痛くなるし……まだ読書量が足りないから
ブックトークをする自信ないし……そもそも子供は可愛いと思いながら、
うまく接することができないし……手遊び歌などをやらせるなんてとても
とても……などと尻込みばかりしていました。
しかし、私もだてにワールドメイトに4年弱いるわけではありません。
前向きな考え方、良い方への切り替え方がだいぶ身についています。
「人にできて私にできないことはない」、「できるかできないかではなく、
できると信じて努力する! 」「自分にできないことは絶対にやってこない! 」
以前の私なら絶対に不安になっていたことも、今は「努力すれば乗り越えられる」
と信じられます。
前進あるのみ!!! ということです。
2011年11月20日
昔の人は大人
また朝ドラの話しですが、最近見ていて思うこと。
当時の人って、やっぱり現代の人間よりずっと
大人になるのが早かったんだな……。
主人公の糸子はまだ19歳だったと思いますが、
既に周囲の人たちの変化に気づいている。
自分が大人になった分だけ周囲の大人たちも
年をとり、次第に世代交代していくことに
気づいている。
自分の祖父母についても、「この人たちはもう自分を
護ってくれる人ではなく、自分が護らなければいけない
側になった」と気づき、祖父母の家を「ここはもう
自分が甘えられる場所ではない」と感じている。
父親に対してもそう。家業がうまくいかず、毎晩
お酒を飲んでくるようになった父親のことも、もう
だいぶ弱ってきていると気づいて、複雑な心境になっている。
強いお父さんでいて欲しい、頼れるお父さんでいて欲しい、
でも、大人になった糸子には等身大の父親が見えてしまう。
父親のことを悪く言う糸子に対して、すぐ下の妹は「姉ちゃん、
お父ちゃんのことをそんな風に……」ととがめるように
言ったけれど、「ほんとのことや! 」と言い返す糸子。
その時の糸子の気持ちを思うと、とても痛々しかった。
妹にはまだ見えていないものが、糸子にはもう見えていて、
でも、それは一人で抱えなければいけない感情なんだもの。
お父さんに「もううちは誰の許しもいらん。殴りたかったら
殴ればええ。けど、商売だけはうちの好きにさせてもらう! 」
と言ったときも、そんなことを父親に言いたくない、でも、
誰かが言わなければならないという、複雑な感情がびんびん
伝わってきました。
その後糸子は泣いていたけれど、それは父親に対してきついことを
言ってしまった自分を責めている涙のように思えました。
それが大人であるお母さんやおばあちゃんにはわかるから、
糸子に「ありがとう」と泣きながらお礼を言っていたんでしょうね。
すごいな……。私も含めてですが、現代の人間はなんて甘ちゃん
なんでしょうか。私ももう糸子から見れば相当「おばちゃん」なのに、
未だに、気持ちの上では親に甘えている。
恥ずかしながら、ようやく最近になって、親のことを「私が
支えなければいけない存在になったんだ」と気づいたくらいです。
糸子と同級生である料亭の娘も、先日お父さんを亡くしたばかり
なのに、若おかみとして気丈に家業を支えている。母である
おかみさんががっくり力を落としてしまっているので、余計に
頑張っているのでしょう。
すごいな、昔の人は……。
人間て、どんどん幼くなっていくのでしょうか。弱くなっていくので
しょうか……。
もっとしっかりしなきゃなあ……と、朝ドラを見ていて思います。
当時の人って、やっぱり現代の人間よりずっと
大人になるのが早かったんだな……。
主人公の糸子はまだ19歳だったと思いますが、
既に周囲の人たちの変化に気づいている。
自分が大人になった分だけ周囲の大人たちも
年をとり、次第に世代交代していくことに
気づいている。
自分の祖父母についても、「この人たちはもう自分を
護ってくれる人ではなく、自分が護らなければいけない
側になった」と気づき、祖父母の家を「ここはもう
自分が甘えられる場所ではない」と感じている。
父親に対してもそう。家業がうまくいかず、毎晩
お酒を飲んでくるようになった父親のことも、もう
だいぶ弱ってきていると気づいて、複雑な心境になっている。
強いお父さんでいて欲しい、頼れるお父さんでいて欲しい、
でも、大人になった糸子には等身大の父親が見えてしまう。
父親のことを悪く言う糸子に対して、すぐ下の妹は「姉ちゃん、
お父ちゃんのことをそんな風に……」ととがめるように
言ったけれど、「ほんとのことや! 」と言い返す糸子。
その時の糸子の気持ちを思うと、とても痛々しかった。
妹にはまだ見えていないものが、糸子にはもう見えていて、
でも、それは一人で抱えなければいけない感情なんだもの。
お父さんに「もううちは誰の許しもいらん。殴りたかったら
殴ればええ。けど、商売だけはうちの好きにさせてもらう! 」
と言ったときも、そんなことを父親に言いたくない、でも、
誰かが言わなければならないという、複雑な感情がびんびん
伝わってきました。
その後糸子は泣いていたけれど、それは父親に対してきついことを
言ってしまった自分を責めている涙のように思えました。
それが大人であるお母さんやおばあちゃんにはわかるから、
糸子に「ありがとう」と泣きながらお礼を言っていたんでしょうね。
すごいな……。私も含めてですが、現代の人間はなんて甘ちゃん
なんでしょうか。私ももう糸子から見れば相当「おばちゃん」なのに、
未だに、気持ちの上では親に甘えている。
恥ずかしながら、ようやく最近になって、親のことを「私が
支えなければいけない存在になったんだ」と気づいたくらいです。
糸子と同級生である料亭の娘も、先日お父さんを亡くしたばかり
なのに、若おかみとして気丈に家業を支えている。母である
おかみさんががっくり力を落としてしまっているので、余計に
頑張っているのでしょう。
すごいな、昔の人は……。
人間て、どんどん幼くなっていくのでしょうか。弱くなっていくので
しょうか……。
もっとしっかりしなきゃなあ……と、朝ドラを見ていて思います。
会話法を学ぶ
昨日、公民館にて、心理カウンセラー
による「会話法」の教室がありました。
先日突然「カウンセラー」に興味を持ち、
「そういう技術を学びたいです」とお祈り
していたら、無料講座開催の情報をみつけた
のです。
たった二時間だけの無料講座ということで、
きっとほんのさわりだけだったと思いますが、
今まで自分で気づいたことが正しかったと
知ったり、以前の自分に比べてどれくらい進歩
しているかわかったり、いろいろ得るものが
ありました。
自分のコミュニケーション能力診断をしたら、
20項目あるうち、私に当てはまるものは
四つだけでした。
一項目5点ということで、100点から自分に当てはまる
マイナス要素20点を引いたら、私のコミュニケーション
能力は80点ということでした。
へー。ずいぶん私、進歩したんだなあと嬉しくなりました。
以前の私なら全てに当てはまっていたかもしれないので。
この講座の中で一番印象に残ったのは、「自分の価値観に
気づくこと」が大切という話でした。
自分を知るということですね。それができれば他人の価値観
にも気づけるようになるそうです。
そう聞いて、先日から複数の人に言われている言葉を
思い出しました。
「なんで自分の欠点に気づけるんですか? 」
逆に、何で気づけないの? と不思議に思ったのですが、
今回の講座を受けて、あ、自分のことを客観的に見るって
すごく難しいことなのかもしれない……と気付きました。
自分を客観的に見られるから自分の欠点に気づけるし、
周りの人のことも見えるから、「あの人みたいになりたい。
あの人みたいにしてみよう」と思い、結果的に自分の欠点を
直せるんだなと。
昨日の講座で同じチームになった人にも、「今まで人に
頼みごとをしたことがなかったと気づいた話し」をしたら、
「なんで気づけるんですか? 」と言われました。
先生は、「人に話をすると気づけるようになる」と言いました。
確かに、私も自分の考えがよくわからないときは友達に
電話をします。すると、話しているうちに自分の本当の気持ちに
気づけたり、これからどうすべきかという考えがまとまったりします。
なるほどねえー。
まあ、私が自分を客観的に見られるようになったのは主に
文章を書くようになってからだと思いますが。
それも、日記のような、自分ひとりしか読まない文章ではなく、
作文サークルのみんなに見せるためであったり、ブログの記事
だったりということで、「他人を意識する」文章です。
他人がこの文章を読んだらどう感じるかなあと意識しながら
書くと、自分で書きながら第三者の目で読み直すことができ、
その結果、自分を知ることができるのだろうと思われます。
自分がどれほどの人間か知っていれば、他人を批判しにくく
なりますね。私だってたいしたことないしなあ……と。
先生は、自分の進歩がわかるバロメーターを三つあげてくれました。
◎行動が増える
◎人間関係が広がる
◎経済力がつく
人とのやりとりが上手になると、不快な思いをする機会が
減り、エネルギーを減らさずにすみ、やる気が出てきて、
いろんなことにチャレンジできるようになる。
その結果、人生が豊かになり、人脈が財産となり、生きる
力が高まるとのこと。
人脈が広がれば、今まで自分だけではできなかったことが
できるようになり、様々なチャンスもめぐってくるそうです。
そのためには、相手の話しに対して判断や評価やアドバイスを
せず、まずはそのまま受け止めることが大切だそうです。
すると相手との信頼関係ができ、その後、自分の価値観を
出しても相手は不快に思うことなく、会話が続いていくとか。
例えば、こうです。
A 「私納豆好きなんだ」
B 「えー! 納豆なんて嫌い! なんであんなの好きなの! 」
と、Bさんが自分の価値観を先に押し出すと、Aさんは不快に思い、
関係は壊れます。
A 「私、納豆好きなんだ」
B 「そうなんだ。あなたは納豆が好きなのね」
と、一度そのまま受け止める。受け入れる。
するとAさんは自分の価値観を受け入れてくれたことに安心感を
抱き、信頼関係が生まれ、相手のことをきく余裕ができるそうです。
A 「あなたは納豆好き? 」
B 「私は嫌いなのよね」
この時点でBさんが自分の価値観を出しても、Aさんとはもう
信頼関係ができていますから、そのまま会話は続いていくのです。
私もこの辺は普通にできていると思っていましたが、自分が
ちょっと苦手意識を持っている人が相手だったら???
できていないかも……と、気づきました。
まあ、以前よりだいぶ進歩しているので、確かに行動が増え、
人間関係は広がっています。
が、経済力がついていはいない……。
なんで経済力がつくのか、その点をよく聞きたかったなあと
思いました。
でも、このまま努力を続けていけばもしかして経済力が
ついてくるのかも???
楽しみですー。
による「会話法」の教室がありました。
先日突然「カウンセラー」に興味を持ち、
「そういう技術を学びたいです」とお祈り
していたら、無料講座開催の情報をみつけた
のです。
たった二時間だけの無料講座ということで、
きっとほんのさわりだけだったと思いますが、
今まで自分で気づいたことが正しかったと
知ったり、以前の自分に比べてどれくらい進歩
しているかわかったり、いろいろ得るものが
ありました。
自分のコミュニケーション能力診断をしたら、
20項目あるうち、私に当てはまるものは
四つだけでした。
一項目5点ということで、100点から自分に当てはまる
マイナス要素20点を引いたら、私のコミュニケーション
能力は80点ということでした。
へー。ずいぶん私、進歩したんだなあと嬉しくなりました。
以前の私なら全てに当てはまっていたかもしれないので。
この講座の中で一番印象に残ったのは、「自分の価値観に
気づくこと」が大切という話でした。
自分を知るということですね。それができれば他人の価値観
にも気づけるようになるそうです。
そう聞いて、先日から複数の人に言われている言葉を
思い出しました。
「なんで自分の欠点に気づけるんですか? 」
逆に、何で気づけないの? と不思議に思ったのですが、
今回の講座を受けて、あ、自分のことを客観的に見るって
すごく難しいことなのかもしれない……と気付きました。
自分を客観的に見られるから自分の欠点に気づけるし、
周りの人のことも見えるから、「あの人みたいになりたい。
あの人みたいにしてみよう」と思い、結果的に自分の欠点を
直せるんだなと。
昨日の講座で同じチームになった人にも、「今まで人に
頼みごとをしたことがなかったと気づいた話し」をしたら、
「なんで気づけるんですか? 」と言われました。
先生は、「人に話をすると気づけるようになる」と言いました。
確かに、私も自分の考えがよくわからないときは友達に
電話をします。すると、話しているうちに自分の本当の気持ちに
気づけたり、これからどうすべきかという考えがまとまったりします。
なるほどねえー。
まあ、私が自分を客観的に見られるようになったのは主に
文章を書くようになってからだと思いますが。
それも、日記のような、自分ひとりしか読まない文章ではなく、
作文サークルのみんなに見せるためであったり、ブログの記事
だったりということで、「他人を意識する」文章です。
他人がこの文章を読んだらどう感じるかなあと意識しながら
書くと、自分で書きながら第三者の目で読み直すことができ、
その結果、自分を知ることができるのだろうと思われます。
自分がどれほどの人間か知っていれば、他人を批判しにくく
なりますね。私だってたいしたことないしなあ……と。
先生は、自分の進歩がわかるバロメーターを三つあげてくれました。
◎行動が増える
◎人間関係が広がる
◎経済力がつく
人とのやりとりが上手になると、不快な思いをする機会が
減り、エネルギーを減らさずにすみ、やる気が出てきて、
いろんなことにチャレンジできるようになる。
その結果、人生が豊かになり、人脈が財産となり、生きる
力が高まるとのこと。
人脈が広がれば、今まで自分だけではできなかったことが
できるようになり、様々なチャンスもめぐってくるそうです。
そのためには、相手の話しに対して判断や評価やアドバイスを
せず、まずはそのまま受け止めることが大切だそうです。
すると相手との信頼関係ができ、その後、自分の価値観を
出しても相手は不快に思うことなく、会話が続いていくとか。
例えば、こうです。
A 「私納豆好きなんだ」
B 「えー! 納豆なんて嫌い! なんであんなの好きなの! 」
と、Bさんが自分の価値観を先に押し出すと、Aさんは不快に思い、
関係は壊れます。
A 「私、納豆好きなんだ」
B 「そうなんだ。あなたは納豆が好きなのね」
と、一度そのまま受け止める。受け入れる。
するとAさんは自分の価値観を受け入れてくれたことに安心感を
抱き、信頼関係が生まれ、相手のことをきく余裕ができるそうです。
A 「あなたは納豆好き? 」
B 「私は嫌いなのよね」
この時点でBさんが自分の価値観を出しても、Aさんとはもう
信頼関係ができていますから、そのまま会話は続いていくのです。
私もこの辺は普通にできていると思っていましたが、自分が
ちょっと苦手意識を持っている人が相手だったら???
できていないかも……と、気づきました。
まあ、以前よりだいぶ進歩しているので、確かに行動が増え、
人間関係は広がっています。
が、経済力がついていはいない……。
なんで経済力がつくのか、その点をよく聞きたかったなあと
思いました。
でも、このまま努力を続けていけばもしかして経済力が
ついてくるのかも???
楽しみですー。
2011年11月10日
NHKの朝ドラのとりこ
今回のNHKの朝ドラは絶対見ない!
……といつも思いながら、息子が録画するので
ついつい見てしまっていました。
でも、今回の「カーネーション」は息子も受験で
忙しいので、見ないでいられる。
……と思ったのですが、やっぱり見始めてしまいました。
NHKの朝ドラはいつも結局引き込まれてしまい、
(瞳だけは別でしたが)終わるまで夢中で見てしまいます。
続き物は毎日見なきゃいけないから今度こそ見ないで
他の用事をしようなんて思いながら、結局朝8時になると
あ! 朝ドラ始まる! とテレビの前にかけつける日々が
戻ってきました。
今回の「カーネーション」は息子が見なくてもどうしても
見ずにはいられないだけの魅力がありますね。
和服中心の世の中が次第に洋装化していく時代。
どっぷり時代劇ではないのに、髪型も江戸時代みたいな髷を
結ってるわけではないのに、でも道行く人がほとんど和服。
なにしろ、百貨店の店員さんですら和服にエプロン!!!
すごーくすごーく逆に新鮮です。
そして主人公の糸子が初めてお客さんのために作るワンピース
が今日のドラマで映ると知っていたら、その日には絶対見ずに
いられない。
(朝ドラを見ないことにしようと思いながら、つい新聞の
あらすじは読んでしまっていたので)
今の感覚で言えば、あまりにもあっさりした普通すぎるような
ものたりないようなワンピースなのに、「洋服」というだけで、
それだけですごく特別なものなんだなあと感動。
そして今度は「イブニングドレス」が見られる。
注文したお客さんも、作る糸子も、糸子の勤め先の誰もが
イブニングドレスとはどんなものか見たこともないというのが
またすごく新鮮。
そうだよね。そんな時代を経て今の時代があるって当たり前の
ことなのに、日本人なんだからみんなが和服を着ていたはずなのに、
私なんて、浴衣一つ自分では着られやしない。
近頃では、道を歩いていても、素敵な和服姿の人がいたら思わず
見とれてしまう。あまりにも珍しいので。
反対だな。糸子が初めて作ったワンピースを着たお客さんの姿に
道行く人がみんな見とれていたのと。
洋服! というだけで注目を集めていたのが、今は和服! というだけで
注目を浴びる。
……これでいいのか日本人。
でも、洋服の方が動きやすいし、着るのに技術はいらないし、(帯なんて
結べませんから)ほどいて洗ってまた縫いなおすなんて気が遠くなりそう
だし……。
今の若い女の子の浴衣姿を見ても、「素敵」とはとても言い難い
昨今。
朝ドラを見て、「ああ、洋服に憧れた時代なんだろうけど、洋服も
素敵で見逃せないけど、この当たり前のように和服を着て歩いたり
働いたりしている女性のなんとおくゆかしく美しいことか……」
と感動してしまいます。
自分もその世代ではないから余計に憧れますね。
また今回も結局朝ドラのとりこです。
……といつも思いながら、息子が録画するので
ついつい見てしまっていました。
でも、今回の「カーネーション」は息子も受験で
忙しいので、見ないでいられる。
……と思ったのですが、やっぱり見始めてしまいました。
NHKの朝ドラはいつも結局引き込まれてしまい、
(瞳だけは別でしたが)終わるまで夢中で見てしまいます。
続き物は毎日見なきゃいけないから今度こそ見ないで
他の用事をしようなんて思いながら、結局朝8時になると
あ! 朝ドラ始まる! とテレビの前にかけつける日々が
戻ってきました。
今回の「カーネーション」は息子が見なくてもどうしても
見ずにはいられないだけの魅力がありますね。
和服中心の世の中が次第に洋装化していく時代。
どっぷり時代劇ではないのに、髪型も江戸時代みたいな髷を
結ってるわけではないのに、でも道行く人がほとんど和服。
なにしろ、百貨店の店員さんですら和服にエプロン!!!
すごーくすごーく逆に新鮮です。
そして主人公の糸子が初めてお客さんのために作るワンピース
が今日のドラマで映ると知っていたら、その日には絶対見ずに
いられない。
(朝ドラを見ないことにしようと思いながら、つい新聞の
あらすじは読んでしまっていたので)
今の感覚で言えば、あまりにもあっさりした普通すぎるような
ものたりないようなワンピースなのに、「洋服」というだけで、
それだけですごく特別なものなんだなあと感動。
そして今度は「イブニングドレス」が見られる。
注文したお客さんも、作る糸子も、糸子の勤め先の誰もが
イブニングドレスとはどんなものか見たこともないというのが
またすごく新鮮。
そうだよね。そんな時代を経て今の時代があるって当たり前の
ことなのに、日本人なんだからみんなが和服を着ていたはずなのに、
私なんて、浴衣一つ自分では着られやしない。
近頃では、道を歩いていても、素敵な和服姿の人がいたら思わず
見とれてしまう。あまりにも珍しいので。
反対だな。糸子が初めて作ったワンピースを着たお客さんの姿に
道行く人がみんな見とれていたのと。
洋服! というだけで注目を集めていたのが、今は和服! というだけで
注目を浴びる。
……これでいいのか日本人。
でも、洋服の方が動きやすいし、着るのに技術はいらないし、(帯なんて
結べませんから)ほどいて洗ってまた縫いなおすなんて気が遠くなりそう
だし……。
今の若い女の子の浴衣姿を見ても、「素敵」とはとても言い難い
昨今。
朝ドラを見て、「ああ、洋服に憧れた時代なんだろうけど、洋服も
素敵で見逃せないけど、この当たり前のように和服を着て歩いたり
働いたりしている女性のなんとおくゆかしく美しいことか……」
と感動してしまいます。
自分もその世代ではないから余計に憧れますね。
また今回も結局朝ドラのとりこです。
2011年11月09日
私の本のこと
先ほども書きましたが、今日は微熱で会社を休んでいるので、
友達に電話をしました。(微熱というのは微妙なもので、
会社で仕事をしていると判断力の低下などが恐ろしいほど
わかりますが、家にいる分には平気なのです)
すると、私がもうかれこれ5年前? に自費出版した本を
久しぶりに手にとって読んでくれたとのこと。
今自分で読むと恥ずかしいような本ですが、やはり読んで
くれたと聞くと嬉しいものですね。
そしてさらに、その人がインターネットで私の本を検索したところ、
500円で売りに出されていたとか?
へーーーー。私にとっては遥か昔の出来事のようですが、
まだそんなところにあるのですね。
友達も「知らない所で流通してるのねー」と言っていましたが。
そして、それを売りに出している人のコメントが結構好意的に
書かれていたとのこと。(私も検索してみましたが、コメントが
あるものにはたどりつけませんでした)
そして、そう言えば、先日久々に電話をくれた「もんたファン
仲間」の人も、「今でもあなたの本、大事に持ってるわよ。続編が
出たら教えてね」と言ってくれたなあと思いだしました。
その人には本の話だけはしましたが、私がプレゼントした覚えはなく、
書店で買ってくれたんだったよなあ……とまた、感謝の念が沸いてきました。
なんだか、大昔のことのような自費出版本の話を思いがけなく
二人の友人から聞いて、とても不思議な気持ちになりました。
最近は以前のようにブログを書きたい気持ちにあまりならなくなり、
以前書いた記事を読み返しては、よくこんなこと書けたよなあ……
なんて自分で思っているくらいなので、今にして思えば、よく
自費出版なんてしたよなあ……と思います。
だから、「続編が出たら教えてね」なんて言われるとこそばゆい
気持ちになります。
でもまあ、本当にまた「本を出そう! 」なんて気持ちにいつか
なれる日も来るかもしれませんね。(お金がないから無理か……)
友達に電話をしました。(微熱というのは微妙なもので、
会社で仕事をしていると判断力の低下などが恐ろしいほど
わかりますが、家にいる分には平気なのです)
すると、私がもうかれこれ5年前? に自費出版した本を
久しぶりに手にとって読んでくれたとのこと。
今自分で読むと恥ずかしいような本ですが、やはり読んで
くれたと聞くと嬉しいものですね。
そしてさらに、その人がインターネットで私の本を検索したところ、
500円で売りに出されていたとか?
へーーーー。私にとっては遥か昔の出来事のようですが、
まだそんなところにあるのですね。
友達も「知らない所で流通してるのねー」と言っていましたが。
そして、それを売りに出している人のコメントが結構好意的に
書かれていたとのこと。(私も検索してみましたが、コメントが
あるものにはたどりつけませんでした)
そして、そう言えば、先日久々に電話をくれた「もんたファン
仲間」の人も、「今でもあなたの本、大事に持ってるわよ。続編が
出たら教えてね」と言ってくれたなあと思いだしました。
その人には本の話だけはしましたが、私がプレゼントした覚えはなく、
書店で買ってくれたんだったよなあ……とまた、感謝の念が沸いてきました。
なんだか、大昔のことのような自費出版本の話を思いがけなく
二人の友人から聞いて、とても不思議な気持ちになりました。
最近は以前のようにブログを書きたい気持ちにあまりならなくなり、
以前書いた記事を読み返しては、よくこんなこと書けたよなあ……
なんて自分で思っているくらいなので、今にして思えば、よく
自費出版なんてしたよなあ……と思います。
だから、「続編が出たら教えてね」なんて言われるとこそばゆい
気持ちになります。
でもまあ、本当にまた「本を出そう! 」なんて気持ちにいつか
なれる日も来るかもしれませんね。(お金がないから無理か……)
若さを保つために
ここ数日、夕方になると微熱が出ています。
一昨日は会社を休み、昨日は午前中だけ出てみたけど
やはり微熱が出たので今日も休み、今はかったらまた
微熱が出ています。
……それはどうでもいいんですが、そういうわけで
今日は会社を休み、何気なくテレビをつけていたら、
「閉経」の話題でした。
その中で特に私の注意をひいたのは、「閉経すると
太りやすくなる」という事実です。
「閉経すると女性ホルモンが減るので、太りやすくなる」
とのことです。
へー。知らなかった。女性ホルモンが脂肪を燃焼して
くれていたなんて。
テレビによると閉経後、5年間は少しはまだ女性ホルモンが出て
いるそうで、それを過ぎた頃に急に太る人が大半だとか。
閉経なんて全く意識になかったけれど、せっかく去年
激やせ(と周囲は言っている)したのに、また太るのは
嫌だなあ。
結局それを防ぐためには「食べる量を減らす」、「運動量を
増やす」しかないとのこと。
そしてその後、全く偶然手に取った深見先生のCDをかけたら、
なんと! また「閉経」の話でした。いつまでも若々しくいるためには
どうすればいいかという話の中で、そのことにもふれていたのです。
若さを保つためにはまず肉体を鍛えるというような話の中で、
太らないためには炭水化物を減らすということも出てきました。
更に、たまたま読み始めた深見先生の「大金運」の中にも……。
『……さらに四十路に突入すると、体力は日に日に落ち、しかも
脳のほうにも疲れが目立ち始め、物忘れが始まる』
……なんとなく、「そろそろ体力も落ち、女性は閉経の可能性も
出てくる頃だから、とにかく炭水化物を控えて太らないようにし、
体が衰えるにつれて気力もなくなっていくから、筋肉を鍛えて
精神的にも若々しい気持ちを保てるように今から精進努力を
怠るな」と言われているような気がしました。
最近はまた炭水化物を増やしても体重が増えないのをいいことに、
食べる量が少しずつ増えてしまっていたし、骨盤体操も怠り、
先日「試してガッテン」で見た「体を引き締めるスクワット」も
あまりやっていなかったので、「しっかりやれ! 」と言われた
のでしょうね。
そんなことを思いながら、微熱がある中、怠っていた体操などを
やってみました。
まあ、今は体が本調子ではないから無理はせず、風邪が治ったら
また食事制限と運動を始めなければと思います。
一昨日は会社を休み、昨日は午前中だけ出てみたけど
やはり微熱が出たので今日も休み、今はかったらまた
微熱が出ています。
……それはどうでもいいんですが、そういうわけで
今日は会社を休み、何気なくテレビをつけていたら、
「閉経」の話題でした。
その中で特に私の注意をひいたのは、「閉経すると
太りやすくなる」という事実です。
「閉経すると女性ホルモンが減るので、太りやすくなる」
とのことです。
へー。知らなかった。女性ホルモンが脂肪を燃焼して
くれていたなんて。
テレビによると閉経後、5年間は少しはまだ女性ホルモンが出て
いるそうで、それを過ぎた頃に急に太る人が大半だとか。
閉経なんて全く意識になかったけれど、せっかく去年
激やせ(と周囲は言っている)したのに、また太るのは
嫌だなあ。
結局それを防ぐためには「食べる量を減らす」、「運動量を
増やす」しかないとのこと。
そしてその後、全く偶然手に取った深見先生のCDをかけたら、
なんと! また「閉経」の話でした。いつまでも若々しくいるためには
どうすればいいかという話の中で、そのことにもふれていたのです。
若さを保つためにはまず肉体を鍛えるというような話の中で、
太らないためには炭水化物を減らすということも出てきました。
更に、たまたま読み始めた深見先生の「大金運」の中にも……。
『……さらに四十路に突入すると、体力は日に日に落ち、しかも
脳のほうにも疲れが目立ち始め、物忘れが始まる』
……なんとなく、「そろそろ体力も落ち、女性は閉経の可能性も
出てくる頃だから、とにかく炭水化物を控えて太らないようにし、
体が衰えるにつれて気力もなくなっていくから、筋肉を鍛えて
精神的にも若々しい気持ちを保てるように今から精進努力を
怠るな」と言われているような気がしました。
最近はまた炭水化物を増やしても体重が増えないのをいいことに、
食べる量が少しずつ増えてしまっていたし、骨盤体操も怠り、
先日「試してガッテン」で見た「体を引き締めるスクワット」も
あまりやっていなかったので、「しっかりやれ! 」と言われた
のでしょうね。
そんなことを思いながら、微熱がある中、怠っていた体操などを
やってみました。
まあ、今は体が本調子ではないから無理はせず、風邪が治ったら
また食事制限と運動を始めなければと思います。
2011年10月24日
学校図書館のつくり方
面白かった……。読み始めたら止まらず、
細かいところまで全て一気に読んでしまいました。
昨日図書館で、『読書力アップ! 学校図書館のつくり方』
(赤木かん子著 光村図書)を借りてきたのです。
この本には、図書の分類や本棚の配置の仕方、図書室の
レイアウトや大掃除のやり方等に加え、学校図書館を改装した
実例が二つ載っています。
私が図書館でパートをしていた時の主な仕事はカウンター業務
と図書整理でしたから、図書館のほんの一部分しか経験していません。
ですから、小学生と中学生、それぞれの興味に合うような図書室の
作り方など、全く知りませんでした。
そもそも、私は家の間取り図などを見ているのが大好きなので、
図書館のレイアウトを考える過程などが書いてあるこの本は
いくら見ていても飽きません。
そして、改装後に子供たちが大喜びで本を選んでいる様や、
床に敷かれたカーペットに男子がたくさんくっつきあって
本を読んでいる写真などを見ていると嬉しくてたまらなくなります。
ましてや、赤木かん子さん推奨の「カエル司書」!!!!!
カウンターにカエルのぬいぐるみが座っていて子供たちを出迎え
ていたり、中学生の男子がそのカエルをおぶったまま本を見ている
写真を見ると、あああーーーー!!!! いいなーーーー!!!
こんな図書室で働きたいーーーーー!!!!!
という気持ちで胸が一杯になります。
私が特に「カエル好き」というのもあるのでしょうが。
今の会社に入る前に、ほんの二カ月程度派遣で仕事をした、
公民館図書室のことを思い出しました。
私の仕事は図書のデーター入力だったけれど、久しぶりの
図書室が嬉しくて、全くその時の仕事とは関係ない、
図書の並べ変えなどを一生懸命やったのを思い出します。
利用者が本を選びやすい図書室にしたい一心で。
あの時はこの本に書いてあるような予備知識は全くなかった
けれど、もっと子供たちに本を読んでもらいたい、もっと
本を好きになってもらいたいという気持ちが胸にあふれて、
やらずにはいられなかったのです。
ただ、データー入力すればいい仕事なのに。
でもあの時の、いわゆる「余分な仕事」だった本の並べ替え
ほど楽しく充実した時間はそれまで経験したことがありません。
本当に心の底から楽しかったです。
図書館のパート仲間は、なぜか赤木かん子さんのことをあまりよく
思っていなかったようです。
理由は聞かなかったけれど、もしかすると図書館にぬいぐるみを
置いたりするのがお気に召さなかったのかと推測します。
でも、私は子供たちが図書室大好きになってくれるなら、ぬいぐるみ
もおもちゃも、くつろげるようなカーペット敷きの場所もありだと
思います。
まずは、行きたいなと思わせる図書室にすることが先決だと思います。
今の仕事も大好きだけれど、やっぱり私の御魂が喜ぶ仕事は図書関係
なんだろうなあ……と、改めて思いました。
なんだか、図書館のことを考えていると夢中になってしまうからです。
ついつい、また司書の求人情報を検索してしまいました。
……。大学図書館の求人は県内だけど遠い……。
車で30分ぐらいの場所にも求人がありましたが、司書資格は
求められていないので時給が安いし週三日では収入が大幅に
減ってしまう……。
また図書館で働きたい気持ちがすごく強くなってしまいましたが、
とりあえず今は待つしかないようです。
先日、産土神社に参拝した時のおみくじにも、こうありましたから。
「用心し時の来るのを待て。初めは心配事多いけれど後になれば
何事も望み通り叶う様になり幸い福引きつづいて来ます。信心
怠りなく心を正しくしなさい」
細かいところまで全て一気に読んでしまいました。
昨日図書館で、『読書力アップ! 学校図書館のつくり方』
(赤木かん子著 光村図書)を借りてきたのです。
この本には、図書の分類や本棚の配置の仕方、図書室の
レイアウトや大掃除のやり方等に加え、学校図書館を改装した
実例が二つ載っています。
私が図書館でパートをしていた時の主な仕事はカウンター業務
と図書整理でしたから、図書館のほんの一部分しか経験していません。
ですから、小学生と中学生、それぞれの興味に合うような図書室の
作り方など、全く知りませんでした。
そもそも、私は家の間取り図などを見ているのが大好きなので、
図書館のレイアウトを考える過程などが書いてあるこの本は
いくら見ていても飽きません。
そして、改装後に子供たちが大喜びで本を選んでいる様や、
床に敷かれたカーペットに男子がたくさんくっつきあって
本を読んでいる写真などを見ていると嬉しくてたまらなくなります。
ましてや、赤木かん子さん推奨の「カエル司書」!!!!!
カウンターにカエルのぬいぐるみが座っていて子供たちを出迎え
ていたり、中学生の男子がそのカエルをおぶったまま本を見ている
写真を見ると、あああーーーー!!!! いいなーーーー!!!
こんな図書室で働きたいーーーーー!!!!!
という気持ちで胸が一杯になります。
私が特に「カエル好き」というのもあるのでしょうが。
今の会社に入る前に、ほんの二カ月程度派遣で仕事をした、
公民館図書室のことを思い出しました。
私の仕事は図書のデーター入力だったけれど、久しぶりの
図書室が嬉しくて、全くその時の仕事とは関係ない、
図書の並べ変えなどを一生懸命やったのを思い出します。
利用者が本を選びやすい図書室にしたい一心で。
あの時はこの本に書いてあるような予備知識は全くなかった
けれど、もっと子供たちに本を読んでもらいたい、もっと
本を好きになってもらいたいという気持ちが胸にあふれて、
やらずにはいられなかったのです。
ただ、データー入力すればいい仕事なのに。
でもあの時の、いわゆる「余分な仕事」だった本の並べ替え
ほど楽しく充実した時間はそれまで経験したことがありません。
本当に心の底から楽しかったです。
図書館のパート仲間は、なぜか赤木かん子さんのことをあまりよく
思っていなかったようです。
理由は聞かなかったけれど、もしかすると図書館にぬいぐるみを
置いたりするのがお気に召さなかったのかと推測します。
でも、私は子供たちが図書室大好きになってくれるなら、ぬいぐるみ
もおもちゃも、くつろげるようなカーペット敷きの場所もありだと
思います。
まずは、行きたいなと思わせる図書室にすることが先決だと思います。
今の仕事も大好きだけれど、やっぱり私の御魂が喜ぶ仕事は図書関係
なんだろうなあ……と、改めて思いました。
なんだか、図書館のことを考えていると夢中になってしまうからです。
ついつい、また司書の求人情報を検索してしまいました。
……。大学図書館の求人は県内だけど遠い……。
車で30分ぐらいの場所にも求人がありましたが、司書資格は
求められていないので時給が安いし週三日では収入が大幅に
減ってしまう……。
また図書館で働きたい気持ちがすごく強くなってしまいましたが、
とりあえず今は待つしかないようです。
先日、産土神社に参拝した時のおみくじにも、こうありましたから。
「用心し時の来るのを待て。初めは心配事多いけれど後になれば
何事も望み通り叶う様になり幸い福引きつづいて来ます。信心
怠りなく心を正しくしなさい」
2011年10月22日
頼られるようになってきたかも
最近、周囲の私を見る目が変化したのが
わかります。
以前からしょっちゅう書いていますが、私は
今までは常に「お世話される側の人」だったのです。
(この会社では)
「大丈夫? 」、「はるちゃんが一番心配だった」
などと言われ続けている自分がとても情けなかった
のです。
が……。
最近は違う。今までは、会社の駐車場などでバッタリ
出会うと、「何話せばいいんだ? 」というような
困った顔をしていた人たちが、普通にどんどん話して
くれるようになったり、以前から親しかったけれど、
私と会っても別に普通な感じだった人が本当に
嬉しそうな顔をしてくれたり……。
会社で、「質問される可能性がある資料に目を通しておけ」と
言われた後、私に「この意味わかった? 」と聞きに
来る人がいたり、同い年の子供を持つ人が他の人に、
「はるちゃんによく聞きなよ」と言われて学校のことを
聞きに来たり……。
そう。なんだか知らぬ間に私も「頼られる側」になりつつ
ある感じなのです。
なんでだろう????
考えられるのはやっぱり、またかと思われるかもしれませんが、
「祈っていたから」です。
言いかえれば、「祈り方を変えたから」です。
今までは「頼られる人間になれますようにー」とばかり祈って
いましたがさっぱりだめでした。
それが最近は、深見先生のCDを参考に、「今日私が会う全ての
人が明るく発展的で嬉しい気持ちになってどんどんやる気が
出て素晴らしい日になるような、良い気をいつも発していられる
私でありますように。そのために、いつも自分の気持ちを
前向きにコントロールできる私でありますように」と祈るように
していたのです。
だからたぶん、私の表情が前と変わったんだろうなあ。きっと
以前は、私が先に「困った顔」をしていたんだろうなあ。
最近、私が「おはよう」と言った瞬間に相手の顔がパッと輝く
のは、私の顔が先に明るく輝いているのかもしれません。
それに、気難しい同期の人にそれほど気を使わなくなったから
というのもあるのかもなあと思います。
どうやら周囲の人は、私がその同期の人からいじめられていると
思っていたらしいです。
でも別に、私は私。他の人と話したい時には話すし、その人が
いじけて一人で立っていても、最近はほっておくようにしたのです。
私のところに自分から来てくれるなら話すけど、そうでなければ
「はるちゃんは私のところに来てくれない」という念を飛ばされようと、
他の人に「この人は冷たいのよ」なんて恨みがましく言われようと、
まあいいやと思うようになったのです。
私も以前はその人と似た所もあったから気持ちはわかりますけど、
自分が何も行動せずに「人が私にしてくれない」と恨むのはやっぱり
歪んだ考えだと思うので。
その結果、今までは私のことを、その人が怖くてへいこらしていると
思い込んでいた周囲の人が、そうではなかったんだと考えてくれたの
かなあと推測します。
そう。私はおとなしいかもしれないけど、弱くはないのです。昔から。
それと、人がいろいろ聞きに来るようになったのは、ややこしい説明を
会社で受けた時に、私が質問したからかもしれません。
ただでさえややこしくて頭が混乱していた時に、更に「なんでそうなるの?
じゃあこの資料の前に書いてあることと違うじゃない! 」と思うような
説明が続いたので、たまりかねて質問したというわけです。
その結果、「あ、そうですね。資料を差し替えます」と、訂正した
資料を後から配ってくれたのです。
それ以後、私に何か聞きに来る人が出てきたので、「私に聞けば
わかるかも」と思われるようになったのかなあと推測します。
(自分なりの考えは常にありますが、それが合っているかは
わかりません)
なんか不思議な感じです。「頼られる人になりたい」、「年相応に
なりたい」と、ずーっとずーっと願ってきて、今それが実現しそう
なんですが、私が思っていたようなことと少し違うような。
ものすごく自分の何かが変わるとか、急激に成長したとかではなく、
ちょっと自分の意識が変わっただけ。私に会った人が明るい気持ちに
なってくれるようにと思うようになっただけ。
それだけで、存在感て出てくるものなんですね。もっとすごく高い
ハードルのように思っていたのですが。
長年の願望実現! と言えるほどの「頼られ方」ではないけれど、
人の悩みを聞いてあげたいとずっと思っていたので、私に相談して
くれる人が出てきてくれたら嬉しいなあと思います。
わかります。
以前からしょっちゅう書いていますが、私は
今までは常に「お世話される側の人」だったのです。
(この会社では)
「大丈夫? 」、「はるちゃんが一番心配だった」
などと言われ続けている自分がとても情けなかった
のです。
が……。
最近は違う。今までは、会社の駐車場などでバッタリ
出会うと、「何話せばいいんだ? 」というような
困った顔をしていた人たちが、普通にどんどん話して
くれるようになったり、以前から親しかったけれど、
私と会っても別に普通な感じだった人が本当に
嬉しそうな顔をしてくれたり……。
会社で、「質問される可能性がある資料に目を通しておけ」と
言われた後、私に「この意味わかった? 」と聞きに
来る人がいたり、同い年の子供を持つ人が他の人に、
「はるちゃんによく聞きなよ」と言われて学校のことを
聞きに来たり……。
そう。なんだか知らぬ間に私も「頼られる側」になりつつ
ある感じなのです。
なんでだろう????
考えられるのはやっぱり、またかと思われるかもしれませんが、
「祈っていたから」です。
言いかえれば、「祈り方を変えたから」です。
今までは「頼られる人間になれますようにー」とばかり祈って
いましたがさっぱりだめでした。
それが最近は、深見先生のCDを参考に、「今日私が会う全ての
人が明るく発展的で嬉しい気持ちになってどんどんやる気が
出て素晴らしい日になるような、良い気をいつも発していられる
私でありますように。そのために、いつも自分の気持ちを
前向きにコントロールできる私でありますように」と祈るように
していたのです。
だからたぶん、私の表情が前と変わったんだろうなあ。きっと
以前は、私が先に「困った顔」をしていたんだろうなあ。
最近、私が「おはよう」と言った瞬間に相手の顔がパッと輝く
のは、私の顔が先に明るく輝いているのかもしれません。
それに、気難しい同期の人にそれほど気を使わなくなったから
というのもあるのかもなあと思います。
どうやら周囲の人は、私がその同期の人からいじめられていると
思っていたらしいです。
でも別に、私は私。他の人と話したい時には話すし、その人が
いじけて一人で立っていても、最近はほっておくようにしたのです。
私のところに自分から来てくれるなら話すけど、そうでなければ
「はるちゃんは私のところに来てくれない」という念を飛ばされようと、
他の人に「この人は冷たいのよ」なんて恨みがましく言われようと、
まあいいやと思うようになったのです。
私も以前はその人と似た所もあったから気持ちはわかりますけど、
自分が何も行動せずに「人が私にしてくれない」と恨むのはやっぱり
歪んだ考えだと思うので。
その結果、今までは私のことを、その人が怖くてへいこらしていると
思い込んでいた周囲の人が、そうではなかったんだと考えてくれたの
かなあと推測します。
そう。私はおとなしいかもしれないけど、弱くはないのです。昔から。
それと、人がいろいろ聞きに来るようになったのは、ややこしい説明を
会社で受けた時に、私が質問したからかもしれません。
ただでさえややこしくて頭が混乱していた時に、更に「なんでそうなるの?
じゃあこの資料の前に書いてあることと違うじゃない! 」と思うような
説明が続いたので、たまりかねて質問したというわけです。
その結果、「あ、そうですね。資料を差し替えます」と、訂正した
資料を後から配ってくれたのです。
それ以後、私に何か聞きに来る人が出てきたので、「私に聞けば
わかるかも」と思われるようになったのかなあと推測します。
(自分なりの考えは常にありますが、それが合っているかは
わかりません)
なんか不思議な感じです。「頼られる人になりたい」、「年相応に
なりたい」と、ずーっとずーっと願ってきて、今それが実現しそう
なんですが、私が思っていたようなことと少し違うような。
ものすごく自分の何かが変わるとか、急激に成長したとかではなく、
ちょっと自分の意識が変わっただけ。私に会った人が明るい気持ちに
なってくれるようにと思うようになっただけ。
それだけで、存在感て出てくるものなんですね。もっとすごく高い
ハードルのように思っていたのですが。
長年の願望実現! と言えるほどの「頼られ方」ではないけれど、
人の悩みを聞いてあげたいとずっと思っていたので、私に相談して
くれる人が出てきてくれたら嬉しいなあと思います。
2011年10月17日
やっぱり祈りはすごい
ここ数日、突然ひざや腰が痛くなったり、体がものすごく
重かったり、普通なら何とも思わないことにすごくショックを
受けたり、ほんの些細なことだと頭では理解できる程度のことに
いつまでもくよくよしたりしていました。
やる気も根気も向上心も覇気もなくなり、部屋が散らかり、
それによって邪気が来るのか、更にどよ〜んとしてしまいました。
今朝などは、「……忙しいから仕事を休むわけにはいかない。
だけど、重い。だるい。休みたい……」と、もんもんとしていました。
しかし、重い体をどうにかご神前までもっていき、面倒くさいと
いうマイナス想念にやられそうになりながら、朝のお祈りを
始めました。
お祈りもいつもよりは短く、やっとこさという感じでしたが、
どうにか終えて立ち上がると、体をひきずるようにして
少し片づけを始めました。いらいらしながらですが。
……すると、動く。体が動く。どうにかこうにかひきずっていた
体が軽くなっていく。
深見先生の「吐きながらでも行動しろ」という言葉は正しいなあと
実感しました。
つらくても体を動かしていると、だんだん動けるようになってくる。
次第に想念も明るくなってくる。
昨日と一昨日が特に不調だったのは、休みだからと普段より
1、2時間もズルズル寝ていて、朝のお祈りをさぼったからだと
改めてわかりました。
今朝も本当に重かったけれど、「この不調をなんとかしてください。
このままでは家でも会社でも、誰の役にもたてません。どうか
また元気に働けますように。お役に立てますように」と祈ったから、
少しずつでも片づけをしようという気持ちになれたのです。
本当にお祈りって大事だなあと思いました。まあ、正しいお祈り
でなければ意味がありませんが。
すなわち、我もよし、人もよしの愛念で、執着心を持たず、
全て神様にお任せします〜という軽く明るい祈りです。
まあ、本当はそんな簡単には言えないほど、「祈る」というのは
奥の深いものらしいです。私など、ほんの入り口にたっている
だけなのでしょうね。
重かったり、普通なら何とも思わないことにすごくショックを
受けたり、ほんの些細なことだと頭では理解できる程度のことに
いつまでもくよくよしたりしていました。
やる気も根気も向上心も覇気もなくなり、部屋が散らかり、
それによって邪気が来るのか、更にどよ〜んとしてしまいました。
今朝などは、「……忙しいから仕事を休むわけにはいかない。
だけど、重い。だるい。休みたい……」と、もんもんとしていました。
しかし、重い体をどうにかご神前までもっていき、面倒くさいと
いうマイナス想念にやられそうになりながら、朝のお祈りを
始めました。
お祈りもいつもよりは短く、やっとこさという感じでしたが、
どうにか終えて立ち上がると、体をひきずるようにして
少し片づけを始めました。いらいらしながらですが。
……すると、動く。体が動く。どうにかこうにかひきずっていた
体が軽くなっていく。
深見先生の「吐きながらでも行動しろ」という言葉は正しいなあと
実感しました。
つらくても体を動かしていると、だんだん動けるようになってくる。
次第に想念も明るくなってくる。
昨日と一昨日が特に不調だったのは、休みだからと普段より
1、2時間もズルズル寝ていて、朝のお祈りをさぼったからだと
改めてわかりました。
今朝も本当に重かったけれど、「この不調をなんとかしてください。
このままでは家でも会社でも、誰の役にもたてません。どうか
また元気に働けますように。お役に立てますように」と祈ったから、
少しずつでも片づけをしようという気持ちになれたのです。
本当にお祈りって大事だなあと思いました。まあ、正しいお祈り
でなければ意味がありませんが。
すなわち、我もよし、人もよしの愛念で、執着心を持たず、
全て神様にお任せします〜という軽く明るい祈りです。
まあ、本当はそんな簡単には言えないほど、「祈る」というのは
奥の深いものらしいです。私など、ほんの入り口にたっている
だけなのでしょうね。
2011年09月04日
御魂が喜ぶ仕事
新チームになってから4カ月弱たち、
更に環境が良くなっていくのを感じます。
少し前に、初めてリーダーだけの異動があり、
大好きになったリーダーとは離れてしまいましたが、
少し苦手意識を持っていたリーダーや、ほとんど
接点のなかったリーダーの代わりに、以前お世話に
なったリーダーや、今まで接点はなかったけど、
向こうから親しげに話しかけてくれるようになった
リーダーなどが近くに来ました。
大好きになったリーダーも隣に移っただけなので、
私のこともいろいろ気にかけてくれます。
それに、ランチの環境も断然よくなりました。
今までは同期の三人のうち、誰かが会社を辞めでも
しなければ、他の人たちとランチを共にすることは
無理だろうなあと思っていたのですが、第三者が
「あの人たちと一緒になれば? 」と言ってくれたのが
きっかけで、今は六人でお昼休憩を過ごすことになりました。
以前から気難しい人は、相変わらず突然私を避けたりも
しますが、他に四人もいればあまり気になりません。
それに、その人から変な態度をとられても、以前のように
それが何週間も続くことはなく、次の日になれば向こうから
寄ってきます。
来るもの拒まず、去るもの追わずという態度で接していれば
いいわけで、とても楽です。
どんどん自分が素直になっていくのがわかります。
今度大好きになったリーダーにも、大好きなら大好きと
素直に伝えようと思い、「すごく好きになりました」と
言うと、「私もあなたのことすごく気になるわ」と
言ってくれました。
数週間前に、リーダーも私のことを「本当にまっすぐな
あなたが好き」と言ってくれていましたので、言いやすかった
というのもありますが。
入社したころから、「この人は私のこと嫌いみたいだな」と
感じていた人も同じフロアーにいますが、その人のことも
あまり気にならなくなり、挨拶を返されようと返されまいと
笑顔で接することができるようになり、最近では、なんとなく
その人が私に対して抱いていた気持ちが変わってきたように感じます。
自分の我がなくなっていくにつれ、環境が良くなっていくのを
感じます。
それは周りに対する私の態度が良くなっているからなのでしょうね。
今のフロアーには、約30人ぐらい同じ職種の人がいますが、
ほとんどの人と知り合いだし、仲良しも多く、しみじみ幸せを
感じます。
やはり、「私」を主語にしない方がいいのですね。
「私のことをわかってくれない」、「私のことを避けている人がいる」、
「私のことなんかどうでもいいのね」など、私が先に来ると
よくないみたいですね。
「あの人の体調は良くなったかな」、「あの人の子供は大丈夫かな」、
「あの人は元気でいるかしら」など、他人を先にすると、自然に
自分のことは二の次にできるような気がします。
先日、ワールドメイトのラッキーカウンセラーの方に(占い師)
手相を見ていただく機会に恵まれましたが、「数年のうちにもっと
自分が納得のできる仕事につける可能性がある」と言われました。
「今の仕事も大好きだけれど、もっと自分の御魂が喜び、今の仕事
よりも人様のお役にたてる仕事、そして願わくば収入がもう少し
アップできる仕事をお授け下さい」とずーっとお祈りしていたので、
友人は「答えをいただけたのね」と言いました。
「今の仕事も大好きなので、副収入ということでもいいけれど、
そのためにはもっと気力も体力も根性も生活の知恵も必要ですから、
願わくばそれもお授け下さい」ともお祈りしています。
もし今の職場を去ることになるのなら、その日までにこの職場で
学ぶべきことは全て吸収し、出会った人たちとのご縁も全く失う
のではなく、継続していけたらなあと思います。
そういう気持ちで仕事をさせてもらえるだけでも、すごく幸せです。
今そばにいる人たち、今やっている仕事がとても大切に思えますから。
また、わくわくしている私です。
更に環境が良くなっていくのを感じます。
少し前に、初めてリーダーだけの異動があり、
大好きになったリーダーとは離れてしまいましたが、
少し苦手意識を持っていたリーダーや、ほとんど
接点のなかったリーダーの代わりに、以前お世話に
なったリーダーや、今まで接点はなかったけど、
向こうから親しげに話しかけてくれるようになった
リーダーなどが近くに来ました。
大好きになったリーダーも隣に移っただけなので、
私のこともいろいろ気にかけてくれます。
それに、ランチの環境も断然よくなりました。
今までは同期の三人のうち、誰かが会社を辞めでも
しなければ、他の人たちとランチを共にすることは
無理だろうなあと思っていたのですが、第三者が
「あの人たちと一緒になれば? 」と言ってくれたのが
きっかけで、今は六人でお昼休憩を過ごすことになりました。
以前から気難しい人は、相変わらず突然私を避けたりも
しますが、他に四人もいればあまり気になりません。
それに、その人から変な態度をとられても、以前のように
それが何週間も続くことはなく、次の日になれば向こうから
寄ってきます。
来るもの拒まず、去るもの追わずという態度で接していれば
いいわけで、とても楽です。
どんどん自分が素直になっていくのがわかります。
今度大好きになったリーダーにも、大好きなら大好きと
素直に伝えようと思い、「すごく好きになりました」と
言うと、「私もあなたのことすごく気になるわ」と
言ってくれました。
数週間前に、リーダーも私のことを「本当にまっすぐな
あなたが好き」と言ってくれていましたので、言いやすかった
というのもありますが。
入社したころから、「この人は私のこと嫌いみたいだな」と
感じていた人も同じフロアーにいますが、その人のことも
あまり気にならなくなり、挨拶を返されようと返されまいと
笑顔で接することができるようになり、最近では、なんとなく
その人が私に対して抱いていた気持ちが変わってきたように感じます。
自分の我がなくなっていくにつれ、環境が良くなっていくのを
感じます。
それは周りに対する私の態度が良くなっているからなのでしょうね。
今のフロアーには、約30人ぐらい同じ職種の人がいますが、
ほとんどの人と知り合いだし、仲良しも多く、しみじみ幸せを
感じます。
やはり、「私」を主語にしない方がいいのですね。
「私のことをわかってくれない」、「私のことを避けている人がいる」、
「私のことなんかどうでもいいのね」など、私が先に来ると
よくないみたいですね。
「あの人の体調は良くなったかな」、「あの人の子供は大丈夫かな」、
「あの人は元気でいるかしら」など、他人を先にすると、自然に
自分のことは二の次にできるような気がします。
先日、ワールドメイトのラッキーカウンセラーの方に(占い師)
手相を見ていただく機会に恵まれましたが、「数年のうちにもっと
自分が納得のできる仕事につける可能性がある」と言われました。
「今の仕事も大好きだけれど、もっと自分の御魂が喜び、今の仕事
よりも人様のお役にたてる仕事、そして願わくば収入がもう少し
アップできる仕事をお授け下さい」とずーっとお祈りしていたので、
友人は「答えをいただけたのね」と言いました。
「今の仕事も大好きなので、副収入ということでもいいけれど、
そのためにはもっと気力も体力も根性も生活の知恵も必要ですから、
願わくばそれもお授け下さい」ともお祈りしています。
もし今の職場を去ることになるのなら、その日までにこの職場で
学ぶべきことは全て吸収し、出会った人たちとのご縁も全く失う
のではなく、継続していけたらなあと思います。
そういう気持ちで仕事をさせてもらえるだけでも、すごく幸せです。
今そばにいる人たち、今やっている仕事がとても大切に思えますから。
また、わくわくしている私です。
2011年08月15日
向上心旺盛
月日のたつのは早いもので、息子はとうとう中3です。
そう、受験生なのです。
今住んでいる場所はだんなの故郷ですが、だんなも
18歳から故郷を離れていたため、この辺の高校のことは
全くわかりませんでした。
そこで、私は息子が中1の時から高校見学をしてきました。
そのことは以前、ブログに書いたと思います。
中1の時にとりあえず見に行った学校はだんなの父親が
出た学校でした。
私はその学校がとても気に入り、それほどレベルが低くない
高校の中では一番近かったこともあり、そこに入れたら
いいなあと思っていました。息子はまだよくわからないようで、
まあいいんじゃないという感じだったかもしれませんが。
そして去年、息子はその学校よりもレベルが上の学校に
行きたくなったようなので、そちらの学校を見学に行きました。
その学校は少し遠いのが難ですが、部活も勉強も本気の進学校
という校風で、またまた、とてもいいなあと思いました。
更に今年は、去年見学した学校の説明会にまた行きましたが、
息子はその後、もう一つレベルが上の学校を考え始めた様子。
すごい向上心だなあと、我が子ながら脱帽です。
息子はさすがに中3だからか、今年は私と高校見学に
行きたがらず、去年見学した学校に友達と行ったのです。
(私は別に一人で行きました)
その友達は超頭の良い子なので、もう一つ上の高校が
第一志望だったようで、「もうちょっと成績を上げて、
俺のライバルになってくれ」というようなことを息子に
言ったとか。
息子は前回の県の模試で、その見学した高校が今の時点で
「90パーセント安全圏」になったから、友達の言葉で奮起
したのかもしれませんね。
とにかく、夏休みは毎日毎日自室にこもって頑張っています。
(息子は自室にいてもずっと勉強しているわけではないと
言いますが、そりゃそうですよね。集中力がそんなに続く
わけがない)
塾の夏期講習も3週間全部行くと言い、せっせと通いました。
(夏期講習は受けなくても良いし、一週間だけなどという選択もできる)
その上、以前取っていたけど止めていた家庭学習教材も
再びやり始め、そちらでも「模試」などをやっています。
そんなにできるのかなあと思いましたが、どうにかやっている
ようです。
私としては、今考え始めた学校は通学に片道一時間半かかるし、
レベルは高いし、大丈夫なのかなあといろいろ心配ですが、
でもまあ、息子が行きたい学校を受けさせてやるしかないと
思います。だんなも、できるだけレベルの高い学校へ
行って欲しいらしいですし。
行けというわけではなく、本人が行きたいというのですから。
まあ、今後の伸び方によるので、最終的にレベルを下げても
いいわけですしね。そのことは息子にも言ってある
ので、変なプレッシャーにはなっていないと思います。
他の人は「子供が勉強しない」と悩んでいるので、それが
ないだけでも私たち夫婦は幸せだなあと思います。
結果的にどこの高校に行くにしても、やるだけやったら
自分で納得できるだろうし、頑張った経験は息子の糧に
なると思います。
そう、受験生なのです。
今住んでいる場所はだんなの故郷ですが、だんなも
18歳から故郷を離れていたため、この辺の高校のことは
全くわかりませんでした。
そこで、私は息子が中1の時から高校見学をしてきました。
そのことは以前、ブログに書いたと思います。
中1の時にとりあえず見に行った学校はだんなの父親が
出た学校でした。
私はその学校がとても気に入り、それほどレベルが低くない
高校の中では一番近かったこともあり、そこに入れたら
いいなあと思っていました。息子はまだよくわからないようで、
まあいいんじゃないという感じだったかもしれませんが。
そして去年、息子はその学校よりもレベルが上の学校に
行きたくなったようなので、そちらの学校を見学に行きました。
その学校は少し遠いのが難ですが、部活も勉強も本気の進学校
という校風で、またまた、とてもいいなあと思いました。
更に今年は、去年見学した学校の説明会にまた行きましたが、
息子はその後、もう一つレベルが上の学校を考え始めた様子。
すごい向上心だなあと、我が子ながら脱帽です。
息子はさすがに中3だからか、今年は私と高校見学に
行きたがらず、去年見学した学校に友達と行ったのです。
(私は別に一人で行きました)
その友達は超頭の良い子なので、もう一つ上の高校が
第一志望だったようで、「もうちょっと成績を上げて、
俺のライバルになってくれ」というようなことを息子に
言ったとか。
息子は前回の県の模試で、その見学した高校が今の時点で
「90パーセント安全圏」になったから、友達の言葉で奮起
したのかもしれませんね。
とにかく、夏休みは毎日毎日自室にこもって頑張っています。
(息子は自室にいてもずっと勉強しているわけではないと
言いますが、そりゃそうですよね。集中力がそんなに続く
わけがない)
塾の夏期講習も3週間全部行くと言い、せっせと通いました。
(夏期講習は受けなくても良いし、一週間だけなどという選択もできる)
その上、以前取っていたけど止めていた家庭学習教材も
再びやり始め、そちらでも「模試」などをやっています。
そんなにできるのかなあと思いましたが、どうにかやっている
ようです。
私としては、今考え始めた学校は通学に片道一時間半かかるし、
レベルは高いし、大丈夫なのかなあといろいろ心配ですが、
でもまあ、息子が行きたい学校を受けさせてやるしかないと
思います。だんなも、できるだけレベルの高い学校へ
行って欲しいらしいですし。
行けというわけではなく、本人が行きたいというのですから。
まあ、今後の伸び方によるので、最終的にレベルを下げても
いいわけですしね。そのことは息子にも言ってある
ので、変なプレッシャーにはなっていないと思います。
他の人は「子供が勉強しない」と悩んでいるので、それが
ないだけでも私たち夫婦は幸せだなあと思います。
結果的にどこの高校に行くにしても、やるだけやったら
自分で納得できるだろうし、頑張った経験は息子の糧に
なると思います。
2011年07月18日
良かれと思っても
以前私のことを「お花見たい」と言ってくれた
若い子が、先日「はるちゃんは優しいね」と
言ってくれました。
それはなぜかと言うと……。
先日、最近はいつになく前向きだったトラブルメーカー
の同期の人が、また後ろ向きなことを言いだしたのです。
「手伝ってって言われればやるのに、何も言われない。
忙しいはずなのに呼ばれない。私なんかいたら迷惑
なのよ。邪魔なのよ。私はどこに行っても邪魔もの扱いされる
のよ。」
などと言い、放っておけばまたエスカレートしそうだったのです。
そこで、「手伝ってって言いづらかったんじゃない? 働いてるの
知ってるから、仕事を休ませるのも悪いと思ったんだよ、きっと」
と言ってみたのです。
でも、その人はまだぶつぶつ言い続けるので、更に、
「そんな風に思われてないと思うよ。自分が思うことは
自由なんだからさ、悪く取らない方がいいよ。その方が
自分が楽よ」と言いました。
そこで、上記の言葉を言われたというわけです。もちろん、
若い子と二人になった時にですが。
以前異動になった人がまだいたときには、その人がトラブルメーカー
の人に「そうねーそうねー」と相槌を打ってやっていたのですが、
それで余計にエスカレートしてしまってるよなあ、と思っていました。
トラブルメーカーの人にとっては相槌を打ってくれる人の方が
有難いのかもしれませんが、それでは根本的な解決にはなりません。
どんどん悪想念が悪想念を呼び、深みにはまっていくだけです。
それよりもやっぱり、パッと切り替えてあげる方がその人のため
だよなあと思ったのです。たとえ「この人は話を聞いてくれない」と
恨まれたとしても。(でも、その人はまた普通に戻ってくれました)
そして先日、リーダーから、「あの人(私が慕っている先輩)、
ひどいこと言うのよ〜聞いて〜」と言われました。(リーダーと
先輩は仲良しなので、冗談も入っている感じでしたが)
でもその話を聞いて、私は「本当にひどい、ひどすぎる! 」と
思いました。
もともと先輩は人の目を気にせず、何でもズケズケ言ってしまう
性格です。いい人なんだけど、あまりに無防備なのです。
以前も、「ああ、先輩ったら、こんな大勢の前であんなこと言って、
事情がわからない人にはひどい人と思われちゃうのに」と思うこと
もありました。
例えば今回私が聞いたような言葉でも、リーダーと私だけが聞くなら
いいのです。先輩のことはわかっていますから。でも、私たちの
職場は女性がわんさかいるのです。もしこんな言葉を先輩のことを
よく知らない人が聞いたら……と心配になりました。
そこで、「私、心配です。先輩はたくさん敵を作ってるような気がして」
と言いました。
まあ、私の言い方がまずかったのでしょうが、それを聞いて、
先輩は「あなたが一番ひどいじゃない〜! 」と、去って行きました。
私は先輩が好きなので、先輩が人に誤解されるのはつらいのです。でも、
そんな私の気持ちが先輩には全く伝わりませんでした。まあ、今までも
そうでしたけど。
私の言った言葉で先輩はとても傷ついたらしいのです。
私がおせっかいだったのかなあ、余計なことを言っちゃったのかなあと
思いますが、でも、あまりにもひどい言葉を先輩もリーダーに
言ったし、その後もニ回も同じようなことをリーダーがいる前で
言ったのでした。
まあ、仲良しだから許されると思っているのかもしれませんが、
リーダーもちょっとは傷ついたから私に言ったのでしょう。
(別に、陰口とか告げ口とかではなく、あくまで冗談ぽくですが)
私も、いくら人のためと思っても、本人が傷つくようなことは
言いたくないし、言ってはいけなかったのかもしれません。
でも、私だったらたぶん同じことを言われても傷つかないだろうから、
先輩の反応は私には予測不可能です。
たまたまトラブルメーカーの人は私の善意を受け取ってくれた
ようだったけど、先輩の方は傷つけてしまった。
人のためを思うって難しいなあ……と思いました。
しかし、私のことを「優しい」と言ってくれた若い子に、もし
先輩とのやりとりを話したら、たぶん悪くは取られないような
気がします。
人にどう取られるかを考えながら話しても、どう取るかは
その人次第なので、完璧に予測することはやっぱり無理ですよね。
失敗したら反省し、それでも失敗を恐れずに良かれと思うことを
していくしかないと、深見先生の本には書いてあったと思います。
また頑張ろう……と思います。
若い子が、先日「はるちゃんは優しいね」と
言ってくれました。
それはなぜかと言うと……。
先日、最近はいつになく前向きだったトラブルメーカー
の同期の人が、また後ろ向きなことを言いだしたのです。
「手伝ってって言われればやるのに、何も言われない。
忙しいはずなのに呼ばれない。私なんかいたら迷惑
なのよ。邪魔なのよ。私はどこに行っても邪魔もの扱いされる
のよ。」
などと言い、放っておけばまたエスカレートしそうだったのです。
そこで、「手伝ってって言いづらかったんじゃない? 働いてるの
知ってるから、仕事を休ませるのも悪いと思ったんだよ、きっと」
と言ってみたのです。
でも、その人はまだぶつぶつ言い続けるので、更に、
「そんな風に思われてないと思うよ。自分が思うことは
自由なんだからさ、悪く取らない方がいいよ。その方が
自分が楽よ」と言いました。
そこで、上記の言葉を言われたというわけです。もちろん、
若い子と二人になった時にですが。
以前異動になった人がまだいたときには、その人がトラブルメーカー
の人に「そうねーそうねー」と相槌を打ってやっていたのですが、
それで余計にエスカレートしてしまってるよなあ、と思っていました。
トラブルメーカーの人にとっては相槌を打ってくれる人の方が
有難いのかもしれませんが、それでは根本的な解決にはなりません。
どんどん悪想念が悪想念を呼び、深みにはまっていくだけです。
それよりもやっぱり、パッと切り替えてあげる方がその人のため
だよなあと思ったのです。たとえ「この人は話を聞いてくれない」と
恨まれたとしても。(でも、その人はまた普通に戻ってくれました)
そして先日、リーダーから、「あの人(私が慕っている先輩)、
ひどいこと言うのよ〜聞いて〜」と言われました。(リーダーと
先輩は仲良しなので、冗談も入っている感じでしたが)
でもその話を聞いて、私は「本当にひどい、ひどすぎる! 」と
思いました。
もともと先輩は人の目を気にせず、何でもズケズケ言ってしまう
性格です。いい人なんだけど、あまりに無防備なのです。
以前も、「ああ、先輩ったら、こんな大勢の前であんなこと言って、
事情がわからない人にはひどい人と思われちゃうのに」と思うこと
もありました。
例えば今回私が聞いたような言葉でも、リーダーと私だけが聞くなら
いいのです。先輩のことはわかっていますから。でも、私たちの
職場は女性がわんさかいるのです。もしこんな言葉を先輩のことを
よく知らない人が聞いたら……と心配になりました。
そこで、「私、心配です。先輩はたくさん敵を作ってるような気がして」
と言いました。
まあ、私の言い方がまずかったのでしょうが、それを聞いて、
先輩は「あなたが一番ひどいじゃない〜! 」と、去って行きました。
私は先輩が好きなので、先輩が人に誤解されるのはつらいのです。でも、
そんな私の気持ちが先輩には全く伝わりませんでした。まあ、今までも
そうでしたけど。
私の言った言葉で先輩はとても傷ついたらしいのです。
私がおせっかいだったのかなあ、余計なことを言っちゃったのかなあと
思いますが、でも、あまりにもひどい言葉を先輩もリーダーに
言ったし、その後もニ回も同じようなことをリーダーがいる前で
言ったのでした。
まあ、仲良しだから許されると思っているのかもしれませんが、
リーダーもちょっとは傷ついたから私に言ったのでしょう。
(別に、陰口とか告げ口とかではなく、あくまで冗談ぽくですが)
私も、いくら人のためと思っても、本人が傷つくようなことは
言いたくないし、言ってはいけなかったのかもしれません。
でも、私だったらたぶん同じことを言われても傷つかないだろうから、
先輩の反応は私には予測不可能です。
たまたまトラブルメーカーの人は私の善意を受け取ってくれた
ようだったけど、先輩の方は傷つけてしまった。
人のためを思うって難しいなあ……と思いました。
しかし、私のことを「優しい」と言ってくれた若い子に、もし
先輩とのやりとりを話したら、たぶん悪くは取られないような
気がします。
人にどう取られるかを考えながら話しても、どう取るかは
その人次第なので、完璧に予測することはやっぱり無理ですよね。
失敗したら反省し、それでも失敗を恐れずに良かれと思うことを
していくしかないと、深見先生の本には書いてあったと思います。
また頑張ろう……と思います。
2011年06月26日
やっぱり祈らなきゃ損
しばらく前から、毎日のお祈りの中に
「緑内障と言われ、近視で乱視でしかも
がちゃ目という不健康極まりない私の目が
良き方に向かいますように」と入れていました。
すると、今まで通っていた眼科でとても不信感が
沸くようなできごとがありました。
急に今までの薬を変えると言われたので、
「悪くなったんですか? 」と聞いても、
「いや、もう少し眼圧を下げておきたいので」と
だけ言われ、なぜもう少し下げておきたいのかを
説明するつもりはなさそうだし、それ以上つっこんで
聞きづらい感じでした。なんできちんと説明してくれない
のかと、不信感が沸きました。
でも、新しい薬より以前からつけている薬が
やっぱり良いと思ったので、次に眼科へ行ったときに、
「前の薬に戻してほしいんですが」と言いました。
一回目の時には若い方の先生だったのですが、二回目は
その先生のお父さんだったので。(若い先生には
言いづらかった)
すると、お父さん先生は私の眼圧の数値を確かめてから、
すぐに前の薬に戻してくれました。
??? あっさり戻していいくらいなら、なんで新しい薬に
されたんだろう? と、更に不信感が沸きました。
そしてまた、その時に「あなたの目は眼鏡より
コンタクトレンズの方がいいんだよ」と言われました。
そのお父さん先生も「なぜいいのか」とは言ってくれないし、
やはりつっこんで聞きづらい感じでした。
私は以前、乱視用のソフトコンタクトレンズを使って
いましたが、通っていた眼科では、今は使い捨てが主流で、
それ以外は扱っていないと言われ、その金額を聞いて
考え込んでしまいました。
ただでさえ一生目薬代がかかるのに、コンタクト
レンズにまでそんなにお金をかけられないよ……。
と思っていたら、なぜか頭痛が起こるようになり、
一週間ほど苦しみましたが、ふと、これは眼鏡の
せいだと気づきました。以前より視力が落ちていた
のはわかっていましたから、眼鏡がとうとう合わなく
なったのだろうと。
そこで、とりあえず運転用にすこしきつめに作った
眼鏡をしばらく職場でもかけてみたら頭痛は
おさまったのですが、やっぱりコンタクトレンズに
した方がいいのかな、でもお金が大変だしなあ……と、
また困ってしまいました。
そんなわけで数日悩んでいたら、突然会社で眼鏡をかけて
きた人がいて、今までその人はコンタクトレンズを使っていた
んだと、初めて知りました。
そこでその人に聞いたら、使い捨てではない乱視用ソフトを
作ってくれる眼科があるということで、さっそくそこの
連絡先を教えてもらい、今日、行ってきたのです。
すると、そこの眼科では、「今の眼鏡で何も問題がなければ、
無理にコンタクトレンズにすることはない」と言われました。
今までの眼科に対する不信感が大爆発!!!
目薬を高いものに変えたり、コンタクトレンズを買わせたり
すると眼科にメリットがあるのかも????? と思いました。
なぜそう思うかというと、最近その眼科はすっかりきれいに
リニューアルしたからです。そんなことは思いたくなかった
けど、どうしてもそんな気がしてしまいました。
幸い、今日行った眼科はとても有名な先生が開業したとかで、
緑内障にも詳しいらしく、最新の機械なども入れているよう
だったので、さっそく緑内障の検査もしてもらいました。
今までは、「緑内障の疑いがある」と何年も言われていて、
二年ほど前に「やっぱり緑内障だね」と言われ、でも、
本当に自分が緑内障なのかいまいち信じられなかったのです。
するとまあ、残念ながら完璧に緑内障だというデーターが
はっきり出てきたのですが、これでスッキリしました。
一生目薬を付け続けなければいけないんだと腹をくくることが
できました。
ごちゃごちゃ書きましたが、何が言いたかったのか
というと、お祈りの証がこういう形で出たんだなあ
ということです。
祈っていたから、信頼できる眼科に通えるように導かれたんだ
なあということです。
改善というわけではないかもしれないけれど、お医者さんを
信頼できるというのはとても大切なことですよね。一生
つきあわなければいけない病気ですしね。
もともと、今まで通っていた眼科はリニューアルしてから
急に患者が減ったことも気になっていて、他の眼科に
変わろうかなと思っていたのです。
でも、眼科に通っているのに他の眼科に変えるということに
なんとなく抵抗があったのです。
しかも、それ以前はいくら眼科の情報を求めても、あまり
得られなかったのです。
それが今回は、緑内障に詳しい、有名な先生の眼科を
思いがけなく教えてもらうことができ、しかも「コンタクト
レンズ購入」という名目(もちろん購入する気でした)
なので全く抵抗もなく、新しい眼科にかかることができたのです。
神様とは、こんな形で願いを叶えてくれるものなのです。
いきなりスポンと目が良くなるとか、ある朝目覚めたら
全く眼鏡がいらなくなっていたとか、普通の人は神様を
そういう風に思っているのかもしれませんが、そんなことは
ありません。
不自然なことを神様は最も嫌うからです。
これも眼のことを祈りに入れていたからこそだなあと思えば、
やはり何度も言いますが、「祈らなきゃ損」なのです。
「緑内障と言われ、近視で乱視でしかも
がちゃ目という不健康極まりない私の目が
良き方に向かいますように」と入れていました。
すると、今まで通っていた眼科でとても不信感が
沸くようなできごとがありました。
急に今までの薬を変えると言われたので、
「悪くなったんですか? 」と聞いても、
「いや、もう少し眼圧を下げておきたいので」と
だけ言われ、なぜもう少し下げておきたいのかを
説明するつもりはなさそうだし、それ以上つっこんで
聞きづらい感じでした。なんできちんと説明してくれない
のかと、不信感が沸きました。
でも、新しい薬より以前からつけている薬が
やっぱり良いと思ったので、次に眼科へ行ったときに、
「前の薬に戻してほしいんですが」と言いました。
一回目の時には若い方の先生だったのですが、二回目は
その先生のお父さんだったので。(若い先生には
言いづらかった)
すると、お父さん先生は私の眼圧の数値を確かめてから、
すぐに前の薬に戻してくれました。
??? あっさり戻していいくらいなら、なんで新しい薬に
されたんだろう? と、更に不信感が沸きました。
そしてまた、その時に「あなたの目は眼鏡より
コンタクトレンズの方がいいんだよ」と言われました。
そのお父さん先生も「なぜいいのか」とは言ってくれないし、
やはりつっこんで聞きづらい感じでした。
私は以前、乱視用のソフトコンタクトレンズを使って
いましたが、通っていた眼科では、今は使い捨てが主流で、
それ以外は扱っていないと言われ、その金額を聞いて
考え込んでしまいました。
ただでさえ一生目薬代がかかるのに、コンタクト
レンズにまでそんなにお金をかけられないよ……。
と思っていたら、なぜか頭痛が起こるようになり、
一週間ほど苦しみましたが、ふと、これは眼鏡の
せいだと気づきました。以前より視力が落ちていた
のはわかっていましたから、眼鏡がとうとう合わなく
なったのだろうと。
そこで、とりあえず運転用にすこしきつめに作った
眼鏡をしばらく職場でもかけてみたら頭痛は
おさまったのですが、やっぱりコンタクトレンズに
した方がいいのかな、でもお金が大変だしなあ……と、
また困ってしまいました。
そんなわけで数日悩んでいたら、突然会社で眼鏡をかけて
きた人がいて、今までその人はコンタクトレンズを使っていた
んだと、初めて知りました。
そこでその人に聞いたら、使い捨てではない乱視用ソフトを
作ってくれる眼科があるということで、さっそくそこの
連絡先を教えてもらい、今日、行ってきたのです。
すると、そこの眼科では、「今の眼鏡で何も問題がなければ、
無理にコンタクトレンズにすることはない」と言われました。
今までの眼科に対する不信感が大爆発!!!
目薬を高いものに変えたり、コンタクトレンズを買わせたり
すると眼科にメリットがあるのかも????? と思いました。
なぜそう思うかというと、最近その眼科はすっかりきれいに
リニューアルしたからです。そんなことは思いたくなかった
けど、どうしてもそんな気がしてしまいました。
幸い、今日行った眼科はとても有名な先生が開業したとかで、
緑内障にも詳しいらしく、最新の機械なども入れているよう
だったので、さっそく緑内障の検査もしてもらいました。
今までは、「緑内障の疑いがある」と何年も言われていて、
二年ほど前に「やっぱり緑内障だね」と言われ、でも、
本当に自分が緑内障なのかいまいち信じられなかったのです。
するとまあ、残念ながら完璧に緑内障だというデーターが
はっきり出てきたのですが、これでスッキリしました。
一生目薬を付け続けなければいけないんだと腹をくくることが
できました。
ごちゃごちゃ書きましたが、何が言いたかったのか
というと、お祈りの証がこういう形で出たんだなあ
ということです。
祈っていたから、信頼できる眼科に通えるように導かれたんだ
なあということです。
改善というわけではないかもしれないけれど、お医者さんを
信頼できるというのはとても大切なことですよね。一生
つきあわなければいけない病気ですしね。
もともと、今まで通っていた眼科はリニューアルしてから
急に患者が減ったことも気になっていて、他の眼科に
変わろうかなと思っていたのです。
でも、眼科に通っているのに他の眼科に変えるということに
なんとなく抵抗があったのです。
しかも、それ以前はいくら眼科の情報を求めても、あまり
得られなかったのです。
それが今回は、緑内障に詳しい、有名な先生の眼科を
思いがけなく教えてもらうことができ、しかも「コンタクト
レンズ購入」という名目(もちろん購入する気でした)
なので全く抵抗もなく、新しい眼科にかかることができたのです。
神様とは、こんな形で願いを叶えてくれるものなのです。
いきなりスポンと目が良くなるとか、ある朝目覚めたら
全く眼鏡がいらなくなっていたとか、普通の人は神様を
そういう風に思っているのかもしれませんが、そんなことは
ありません。
不自然なことを神様は最も嫌うからです。
これも眼のことを祈りに入れていたからこそだなあと思えば、
やはり何度も言いますが、「祈らなきゃ損」なのです。
2011年06月23日
得意科目は英語
息子は英語が得意です。友達に、
「何で英語、そんなに点とれるの? 」と
聞かれるそうです。
が、なぜだかわからないとか。
「英語はそんなに勉強してるわけでもないけど、
なんとなくわかる。リズムがおかしかったら
間違ってるってことだし」
なぜだか本人にはわからないだろうけど、
私にはわかります。
それは、幼いころから英語に触れていたからでしょう。
英語については、複数の教材やら英語の子育てサークルやら
英会話教室やら、本当にいろいろやらせてきました。
やらせてきましたと言っても、別に「勉強」という感じ
ではなく、英語の教材で私と一緒に遊び、また、子育て
サークルでも英語でお友達と遊び、英語のイベントなどにも
参加して外国人の先生に抱っこしてもらったりしていたのです。
英会話教室は自分から「行きたい」と言ったから行かせた
のですが、それだって遊んでいるようなものでした。
その中で、知らず知らずに英語の流れやリズムのようなものが
身についてきたのでしょう。
3歳の頃、サークルのママに誘われて幼児英検を受けさせた
ことがありますが、英検のテープからは質問だけでなく、
全て英語しか流れて来なかった気がします。
でも、それを聞いて息子は答えに丸をつけたりしていました。
ちゃんと意味がわかってるんだなあ……と感動したのを
覚えています。
教材なども全て中途半端で終わってしまったり、幼稚園に
入ったら全く日本語の世界になってしまった息子ですが、
それでもきちんと息子の中に英語は蓄積されているんだなあと
思いました。
それに、英語ではありませんが、入園前に「すこやか教室」
という所にも通っていました。
最初の頃に、先生が言っていた言葉を今でも思い出します。
「この教室は勉強的なことで楽しく遊ぶところです。ですから、
すぐに何かを覚えるとか、成果があるとかいうわけではありません。
でも、子供たちが大きくなってから、学校で同じことを学ぶときに、
小さい頃に遊んで楽しかったなあという記憶を持っていることは
とてもプラスになります」
つまり、苦手意識を持たずにすむということですね。
あ、これ、前にやったことあるな、楽しかったな、という意識で
勉強できる。なにこれ、難しそうだな、嫌だなという気持ちを
起こさずにすむ。
これって、確かにすごくいいことだと思います。
一見、あれは無駄だったんじゃないかと思えるような
ことでも、今まで息子がやってきたことは、全て息子の
糧になっていると思います。
他の学科はわかりませんが、少なくとも英語だけは自信を
持っていますから。
息子は幼い頃、知らない子どもたちの中に入って不安な時などには、
必ず英語の歌を歌っていました。きっとその頃から、英語は心の
よりどころになっていたのでしょうね。僕はこれができるよ! と
自信を持って言えるものだったのでしょうね。
子供に与えるものは、目先の評価だけで判断しない方がいい
場合も多いかもしれないですね。
それには、親も予測する力を持たなければいけないということですが。
「何で英語、そんなに点とれるの? 」と
聞かれるそうです。
が、なぜだかわからないとか。
「英語はそんなに勉強してるわけでもないけど、
なんとなくわかる。リズムがおかしかったら
間違ってるってことだし」
なぜだか本人にはわからないだろうけど、
私にはわかります。
それは、幼いころから英語に触れていたからでしょう。
英語については、複数の教材やら英語の子育てサークルやら
英会話教室やら、本当にいろいろやらせてきました。
やらせてきましたと言っても、別に「勉強」という感じ
ではなく、英語の教材で私と一緒に遊び、また、子育て
サークルでも英語でお友達と遊び、英語のイベントなどにも
参加して外国人の先生に抱っこしてもらったりしていたのです。
英会話教室は自分から「行きたい」と言ったから行かせた
のですが、それだって遊んでいるようなものでした。
その中で、知らず知らずに英語の流れやリズムのようなものが
身についてきたのでしょう。
3歳の頃、サークルのママに誘われて幼児英検を受けさせた
ことがありますが、英検のテープからは質問だけでなく、
全て英語しか流れて来なかった気がします。
でも、それを聞いて息子は答えに丸をつけたりしていました。
ちゃんと意味がわかってるんだなあ……と感動したのを
覚えています。
教材なども全て中途半端で終わってしまったり、幼稚園に
入ったら全く日本語の世界になってしまった息子ですが、
それでもきちんと息子の中に英語は蓄積されているんだなあと
思いました。
それに、英語ではありませんが、入園前に「すこやか教室」
という所にも通っていました。
最初の頃に、先生が言っていた言葉を今でも思い出します。
「この教室は勉強的なことで楽しく遊ぶところです。ですから、
すぐに何かを覚えるとか、成果があるとかいうわけではありません。
でも、子供たちが大きくなってから、学校で同じことを学ぶときに、
小さい頃に遊んで楽しかったなあという記憶を持っていることは
とてもプラスになります」
つまり、苦手意識を持たずにすむということですね。
あ、これ、前にやったことあるな、楽しかったな、という意識で
勉強できる。なにこれ、難しそうだな、嫌だなという気持ちを
起こさずにすむ。
これって、確かにすごくいいことだと思います。
一見、あれは無駄だったんじゃないかと思えるような
ことでも、今まで息子がやってきたことは、全て息子の
糧になっていると思います。
他の学科はわかりませんが、少なくとも英語だけは自信を
持っていますから。
息子は幼い頃、知らない子どもたちの中に入って不安な時などには、
必ず英語の歌を歌っていました。きっとその頃から、英語は心の
よりどころになっていたのでしょうね。僕はこれができるよ! と
自信を持って言えるものだったのでしょうね。
子供に与えるものは、目先の評価だけで判断しない方がいい
場合も多いかもしれないですね。
それには、親も予測する力を持たなければいけないということですが。
2011年06月01日
病は気から
以前書いた記事を読み返すと、やたらと
「体調が悪い」という言葉が目に付きます。
前はそんなに体調が悪かったっけなあ???
というよりも、ほんのちょっと調子が悪いだけでも
すぐに自分に負けていただけだと思います。
まあ、確かに胃液の逆流はしばらくないし、
手荒れもだいぶ良くなって指紋が出てきたし、
肩こりも、毎年かかさず書いている「肩コリ改善
形代」のおかげか、あまり感じなくなりました。
それに、人に対する気持ちもだいぶ変化したなあと
思います。
以前よりさらに人に対する苦手意識が減っているのが
自分でわかります。
いちいち「この人はちょっと話しづらい」とか、
あの人はどうだとかああだとか考えなくなり、
誰彼かまわず話しかけるようになりました。
基本的にたいていの人のことを「好き」の部類に
入れることができてくると、話しかけることに
あまり抵抗を感じなくなるものなのですね。
今の私が、「昔は超人見知りだった」と言っても、
誰も信じてくれないかもしれません。
他人が私を受け入れてくれるかなあと、びくびく
おどおどしていたのですが、「受け入れてくれる
かなあ」ではなく、先に自分の方から受け入れて
しまえばいいんだなあと今は実感しています。
そうはいっても、私のことが気に入らないのか、
挨拶しても目を合わせてくれない人もいますが、
それはそれ。
相手が私を避けていても、こちらが相手を嫌いさえ
しなければ、心の平和は保たれます。
そもそも、全ての人に好かれるなんてことは
ありえないのですから。
でも、たいていの人は「あなたのことが好き」という私の
気持ちを素直に受け取ってくれるようで、どんどん
話しやすい人が増えていきます。
たとえ名前すら知らない人だとしても、
なにかちょっとした接点があれば話ができる
ものですね。そして、また顔を合わせれば話
すという間柄になれる。(未だに名前は知らないけど)
こんな心境になれたから体調がいいのかもしれません。
もしくは、自分に負けずにすむのかもしれません。
やはり、私の場合は特に「病は気から」という言葉が
ぴったり当てはまるのかもしれません。
明るく楽しく前向きな気持ちでいると、病ともあまり
縁がなくなっていくのでしょうね。
人を恨んだりねたんだり誤解したりやきもちを
やいたり勝手な思い込みで嫌ったりというのは、
知らず知らず、自分の体を不調にしてしまうことに
つながると思います。
「体調が悪い」という言葉が目に付きます。
前はそんなに体調が悪かったっけなあ???
というよりも、ほんのちょっと調子が悪いだけでも
すぐに自分に負けていただけだと思います。
まあ、確かに胃液の逆流はしばらくないし、
手荒れもだいぶ良くなって指紋が出てきたし、
肩こりも、毎年かかさず書いている「肩コリ改善
形代」のおかげか、あまり感じなくなりました。
それに、人に対する気持ちもだいぶ変化したなあと
思います。
以前よりさらに人に対する苦手意識が減っているのが
自分でわかります。
いちいち「この人はちょっと話しづらい」とか、
あの人はどうだとかああだとか考えなくなり、
誰彼かまわず話しかけるようになりました。
基本的にたいていの人のことを「好き」の部類に
入れることができてくると、話しかけることに
あまり抵抗を感じなくなるものなのですね。
今の私が、「昔は超人見知りだった」と言っても、
誰も信じてくれないかもしれません。
他人が私を受け入れてくれるかなあと、びくびく
おどおどしていたのですが、「受け入れてくれる
かなあ」ではなく、先に自分の方から受け入れて
しまえばいいんだなあと今は実感しています。
そうはいっても、私のことが気に入らないのか、
挨拶しても目を合わせてくれない人もいますが、
それはそれ。
相手が私を避けていても、こちらが相手を嫌いさえ
しなければ、心の平和は保たれます。
そもそも、全ての人に好かれるなんてことは
ありえないのですから。
でも、たいていの人は「あなたのことが好き」という私の
気持ちを素直に受け取ってくれるようで、どんどん
話しやすい人が増えていきます。
たとえ名前すら知らない人だとしても、
なにかちょっとした接点があれば話ができる
ものですね。そして、また顔を合わせれば話
すという間柄になれる。(未だに名前は知らないけど)
こんな心境になれたから体調がいいのかもしれません。
もしくは、自分に負けずにすむのかもしれません。
やはり、私の場合は特に「病は気から」という言葉が
ぴったり当てはまるのかもしれません。
明るく楽しく前向きな気持ちでいると、病ともあまり
縁がなくなっていくのでしょうね。
人を恨んだりねたんだり誤解したりやきもちを
やいたり勝手な思い込みで嫌ったりというのは、
知らず知らず、自分の体を不調にしてしまうことに
つながると思います。
2011年05月25日
こだわりのない自分
最近、以前よりさらに人に対して悪い気持ちを
持たなくなったように感じます。
この人は少し苦手……と思う人がたくさんいたことも
ありますが、今はそれらの人たちに苦手意識を
持たなくなりました。
それに、私に嫌な態度をとる人のことも、以前より
愛をもって見られるようになったと思います。
先日、新チームのリーダーが私のことを誤解した
ようでした。もちろんリーダーという立場上、
あからさまに攻撃したりということはありませんが、
とにかく私を避けたがっているのがビンビン伝わって
来ました。
たぶん以前の私なら、自分の言葉が足りなかった
のかなあと思いはしても、少しはリーダーに対して
嫌な感情を持ってしまったに違いありません。
しかし今回は、原因もなんとなくわかったし、
私も対応がちょっとまずかったなあと思ったので、
リーダーに、ざっくばらんに事情を説明しました。
それで、無事に解決。
でも以前なら、誤解が解けた後も、リーダーに
避けられたことをうらみがましく考え続けていた
ことでしょう。
そんな考えを持ってはいけないと思いながらも。
しかし今回は、本当になんのわだかまりも残って
いません。それどころか、リーダーのことが
どんどん好きになっていきます。
チームが変わるたびに好きな人が増えると以前も
書きましたが、その「好き」の度合いがどんどん
増していきます。
この会社に入ってから、人間関係でいろいろ大変な
こともありましたが、それは今のようにこだわりの
ない自分になるためだったのでしょうね。
人を悪く思わない方が幸せとは、ずっと言い続けて
きたことですが、また改めてその幸せを実感しています。
持たなくなったように感じます。
この人は少し苦手……と思う人がたくさんいたことも
ありますが、今はそれらの人たちに苦手意識を
持たなくなりました。
それに、私に嫌な態度をとる人のことも、以前より
愛をもって見られるようになったと思います。
先日、新チームのリーダーが私のことを誤解した
ようでした。もちろんリーダーという立場上、
あからさまに攻撃したりということはありませんが、
とにかく私を避けたがっているのがビンビン伝わって
来ました。
たぶん以前の私なら、自分の言葉が足りなかった
のかなあと思いはしても、少しはリーダーに対して
嫌な感情を持ってしまったに違いありません。
しかし今回は、原因もなんとなくわかったし、
私も対応がちょっとまずかったなあと思ったので、
リーダーに、ざっくばらんに事情を説明しました。
それで、無事に解決。
でも以前なら、誤解が解けた後も、リーダーに
避けられたことをうらみがましく考え続けていた
ことでしょう。
そんな考えを持ってはいけないと思いながらも。
しかし今回は、本当になんのわだかまりも残って
いません。それどころか、リーダーのことが
どんどん好きになっていきます。
チームが変わるたびに好きな人が増えると以前も
書きましたが、その「好き」の度合いがどんどん
増していきます。
この会社に入ってから、人間関係でいろいろ大変な
こともありましたが、それは今のようにこだわりの
ない自分になるためだったのでしょうね。
人を悪く思わない方が幸せとは、ずっと言い続けて
きたことですが、また改めてその幸せを実感しています。


