2012年05月12日
本の良さを知って欲しい
今日は、図書館に「マガタマ」のことを
調べに来た子供がいました。
かなり長い時間調べていたようですが、
全く資料を探せず、とうとうお母さんが
私に相談してきたようです。
そこで、とりあえず子供向けの百科事典の
「ま」からひいて、内心、「これはもう
自分で見ただろうな……」と思いつつ、
「マガタマ」についての記述を見せてみ
ました。
すると、「見てない」とのこと。
え! 長い時間調べていたようなのに、
百科事典を見てないの????
以前勤めていた図書館でも感じたことですが、
調べ物をしに来る子供は、自分の調べたい
事柄がタイトルになっている本があると
思いこんでいるようです。
つまり、「マガタマ」というタイトルの本が
あると思っていて、逆に、検索機でそういう
本がヒットしなければ、「本がない」と思って
しまうようです。
試しに、家に帰ってから息子にも聞いてみました。
「図書館で調べ物をするとき、まず何をする?」
「検索機で調べる」
「で、自分の調べたい事柄通りのタイトルの本が
なかったら? 」
「ないと思ってあきらめる」
「えええええっ!!!! やっぱりそうなの! 」
「それなら家に帰ってネットで調べた方がいいじゃん」
ガーン! ガーン!!!
あんなに小さい頃から事典には親しませてきたつもり
なのに……。
調べ物をするための本も結構買ってあるのに……。
結局、我が息子も調べ方がまるで身についていない
とは……。
それに、その調べ物をしに来た子供の弟も気になりました。
その子は一人でずっと館内をつまらなそうに歩き回っていて、
こちらを恨めしそうな目でたびたび見ていたのです。
? お母さんは一緒じゃないのかな? あんなに絵本が
あるのに、なんでつまらなそうな不満そうな顔をしている
のかな??? 何か言いたそうだし……。
で、その子供がそばに来た時に聞いてみました。
「誰と来たの? お母さんは? 何か本を探してるの? 」
すると、「マリオがない」とのこと。
スーパーマリオか……。ないよな……。
その子は次々に「ポケモン」だの、「セーラームーン」だの、
アニメの本ばかり言いますが、そういう本はないんだよな……。
なぜか「トミカ」や「リカちゃん」の本はあるのですが。
その子は、お姉ちゃんが調べ物をしていて、お母さんも
それを手助けしているので、つまらなかったのです。
でも……。「車は? 恐竜は? 」とか、男の子の好き
そうなものを聞いても、とにかくテレビアニメやゲーム
の本しか見たくないらしい。
それってどうなんだろう????
いくらなんでも幼稚園には通っているはずの年齢なのに、
絵本に全く興味がないとは。先生に読んでもらっている
だろうになあ……。
結局、「星の子カービィー」(でしたっけ??)の本が
あったので、ごきげんになったのですが。
(なぜその本はあるのか、どういう基準なのかよくわかり
ません。以前の職員さんが選んだのでしょう)
もっと子供たちに絵本の良さや、調べもののやり方を教え
なければいけないなあと痛切に思いました。
学校の先生も、ただ「調べてこい」というだけでなく、
ちゃんと調べ方を教えてから宿題を出してくれないかなあ。
それは先生の役割だもの。私たちは依頼された事柄の調査を
する仕事であって、調査の仕方を教える立場ではないので。
以前の図書館では、「宿題を調べてやる必要はない」と
言われていたし。それでは子供のためにならないからと。
でもまあ、百科事典を引くことすら思いつかないとなると、
資料を出してあげて、そこで「こういうものに載ってるのか」
と知ることも大切かもしれないと思いますが。
なんだか、いろいろ考えさせられた一日でした。
調べに来た子供がいました。
かなり長い時間調べていたようですが、
全く資料を探せず、とうとうお母さんが
私に相談してきたようです。
そこで、とりあえず子供向けの百科事典の
「ま」からひいて、内心、「これはもう
自分で見ただろうな……」と思いつつ、
「マガタマ」についての記述を見せてみ
ました。
すると、「見てない」とのこと。
え! 長い時間調べていたようなのに、
百科事典を見てないの????
以前勤めていた図書館でも感じたことですが、
調べ物をしに来る子供は、自分の調べたい
事柄がタイトルになっている本があると
思いこんでいるようです。
つまり、「マガタマ」というタイトルの本が
あると思っていて、逆に、検索機でそういう
本がヒットしなければ、「本がない」と思って
しまうようです。
試しに、家に帰ってから息子にも聞いてみました。
「図書館で調べ物をするとき、まず何をする?」
「検索機で調べる」
「で、自分の調べたい事柄通りのタイトルの本が
なかったら? 」
「ないと思ってあきらめる」
「えええええっ!!!! やっぱりそうなの! 」
「それなら家に帰ってネットで調べた方がいいじゃん」
ガーン! ガーン!!!
あんなに小さい頃から事典には親しませてきたつもり
なのに……。
調べ物をするための本も結構買ってあるのに……。
結局、我が息子も調べ方がまるで身についていない
とは……。
それに、その調べ物をしに来た子供の弟も気になりました。
その子は一人でずっと館内をつまらなそうに歩き回っていて、
こちらを恨めしそうな目でたびたび見ていたのです。
? お母さんは一緒じゃないのかな? あんなに絵本が
あるのに、なんでつまらなそうな不満そうな顔をしている
のかな??? 何か言いたそうだし……。
で、その子供がそばに来た時に聞いてみました。
「誰と来たの? お母さんは? 何か本を探してるの? 」
すると、「マリオがない」とのこと。
スーパーマリオか……。ないよな……。
その子は次々に「ポケモン」だの、「セーラームーン」だの、
アニメの本ばかり言いますが、そういう本はないんだよな……。
なぜか「トミカ」や「リカちゃん」の本はあるのですが。
その子は、お姉ちゃんが調べ物をしていて、お母さんも
それを手助けしているので、つまらなかったのです。
でも……。「車は? 恐竜は? 」とか、男の子の好き
そうなものを聞いても、とにかくテレビアニメやゲーム
の本しか見たくないらしい。
それってどうなんだろう????
いくらなんでも幼稚園には通っているはずの年齢なのに、
絵本に全く興味がないとは。先生に読んでもらっている
だろうになあ……。
結局、「星の子カービィー」(でしたっけ??)の本が
あったので、ごきげんになったのですが。
(なぜその本はあるのか、どういう基準なのかよくわかり
ません。以前の職員さんが選んだのでしょう)
もっと子供たちに絵本の良さや、調べもののやり方を教え
なければいけないなあと痛切に思いました。
学校の先生も、ただ「調べてこい」というだけでなく、
ちゃんと調べ方を教えてから宿題を出してくれないかなあ。
それは先生の役割だもの。私たちは依頼された事柄の調査を
する仕事であって、調査の仕方を教える立場ではないので。
以前の図書館では、「宿題を調べてやる必要はない」と
言われていたし。それでは子供のためにならないからと。
でもまあ、百科事典を引くことすら思いつかないとなると、
資料を出してあげて、そこで「こういうものに載ってるのか」
と知ることも大切かもしれないと思いますが。
なんだか、いろいろ考えさせられた一日でした。
2012年05月01日
図書館員の適性
以前、自費出版した本に、「図書館員の適性」
というタイトルのエッセイを書きました。
『私なりに思う図書館員の適性は、良い人間
関係を築けること』と書いたのです。
今でも、やはりその考えは変わりません。
他の職場でもそうだと思いますが、図書館も
所変わればルールも変わるのです。
それを、以前の図書館のルールはこうだったから
と、新たな図書館でも自分のやり方を押し通す
のは和を乱す元。
レファレンスだって、一人で抱え込むよりも
何人かに声をかけ、みんなで思いつく限りの
資料をバーッと揃えた方が、お客様の求める
資料を探し出せる確率は高くなります。
でも、普段から自分のやり方を押し通し、
先輩からの忠告も無視しているような人は、
そういう時に声がかかりません。
というか、声がかけづらいのです。
その人本人がレファレンスを受けたとしても、
普段の態度が態度なだけに、先輩に頼みづらい
ことでしょう。
結局、協調性がない図書館員が対応すれば、
お客様にもデメリットになるのです。
ぶっちゃけた話し、私の勤務する図書館に
そういう人がいて、絶対にどこの図書館にでも
あるような本のことを子供に聞かれたとき、
その人が「ないです」と、その一言ですまそうと
したとのこと。
その言葉に驚いた先輩が、「その本あるよ」と
言って、その子供に提供したそうです。
先輩はその後、「なんで聞いてくれないのかな」と
へこんでいました。
図書館員にとって「わかりません」という言葉が
禁句なら、やはり「ないです」という言葉も禁句
なのではないでしょうか。
ないならないなりに、「この図書館には所蔵して
いないけれど」と断ってから、「リクエストして
くれれば他館から取り寄せられる」とかなんとか、
どうにかしてその資料を提供できるようにするのが
図書館員の誠意ではないでしょうか。
それを、「ないです」とは……。しかも子供に
対して……。
先輩がその子の求める本を提供してくれて本当に
良かったです。
その子が、「図書館に行っても、ないって言われた
だけだった……」というがっかりした気持ちで
帰らずに済んで良かった……。
そのマイペースな人がもう少し協調性を持ってくれる
ようにと祈るばかりです。(誰が注意してもダメなので)
というタイトルのエッセイを書きました。
『私なりに思う図書館員の適性は、良い人間
関係を築けること』と書いたのです。
今でも、やはりその考えは変わりません。
他の職場でもそうだと思いますが、図書館も
所変わればルールも変わるのです。
それを、以前の図書館のルールはこうだったから
と、新たな図書館でも自分のやり方を押し通す
のは和を乱す元。
レファレンスだって、一人で抱え込むよりも
何人かに声をかけ、みんなで思いつく限りの
資料をバーッと揃えた方が、お客様の求める
資料を探し出せる確率は高くなります。
でも、普段から自分のやり方を押し通し、
先輩からの忠告も無視しているような人は、
そういう時に声がかかりません。
というか、声がかけづらいのです。
その人本人がレファレンスを受けたとしても、
普段の態度が態度なだけに、先輩に頼みづらい
ことでしょう。
結局、協調性がない図書館員が対応すれば、
お客様にもデメリットになるのです。
ぶっちゃけた話し、私の勤務する図書館に
そういう人がいて、絶対にどこの図書館にでも
あるような本のことを子供に聞かれたとき、
その人が「ないです」と、その一言ですまそうと
したとのこと。
その言葉に驚いた先輩が、「その本あるよ」と
言って、その子供に提供したそうです。
先輩はその後、「なんで聞いてくれないのかな」と
へこんでいました。
図書館員にとって「わかりません」という言葉が
禁句なら、やはり「ないです」という言葉も禁句
なのではないでしょうか。
ないならないなりに、「この図書館には所蔵して
いないけれど」と断ってから、「リクエストして
くれれば他館から取り寄せられる」とかなんとか、
どうにかしてその資料を提供できるようにするのが
図書館員の誠意ではないでしょうか。
それを、「ないです」とは……。しかも子供に
対して……。
先輩がその子の求める本を提供してくれて本当に
良かったです。
その子が、「図書館に行っても、ないって言われた
だけだった……」というがっかりした気持ちで
帰らずに済んで良かった……。
そのマイペースな人がもう少し協調性を持ってくれる
ようにと祈るばかりです。(誰が注意してもダメなので)
2011年12月10日
幸福な一日
今日、会社を退職しました。
〆日なので忙しいだろうと思い、
普段よりもかなり早く家を出て、
ロッカーに荷物を置いてダーッと
階段を四階まで駆け上りました。
(東日本大震災以来、健康体の人は
階段を使うことになっている)
そして四階の人の机にお菓子を配って
また駆け下り、今度は一階に。
そして社員とチーフのいる部屋にも
配り終えたところでホッと一息。
後は始業まであいさつしたりされたり。
本当にいろいろな人からいろいろもらいました。
以前の会社から一緒だった人(私が今の会社を
紹介した)、最近仲良くなった人、以前のチームで
お世話になった人、同期入社の人、お昼休憩を
一緒にとっている人、中には思いがけない人も
いたりして、本当にありがたかったです。
先ほども書いたように〆日なので忙しく、また、
本社の人事部の人との面談もあったので、とうとう
四階へはあいさつしに行けませんでした。
でも、用事で一階に来る人にちょっとしたお菓子を
ことづけてくれる人もいたりして、その心使いが
嬉しかったです。
もらった物をあげてみると……。
アレンジフラワー。
プリザーブドフラワー(くまさんの
人形も花々の中に飾られていました)
ボンボン飾りのついたふわふわ靴下。
ふわふわハンカチ。
サンタのついたお菓子のディスペンサー。
消せるボールペン三色セット。
箱入りお菓子の詰め合わせ。
一か所に穴があいていて、かけられるように
なっているお手ふきタオル。
入浴剤やボディーソープのセット。
カエルマグカップ。
カエル巾着。
カエルとバナナが頭についたカトラリー。
(私はカエル好きなので)
三角の透明な箱に入ったクッキー。
ちょっとしたお菓子を可愛い袋に詰めたもの。
お昼休みには携帯のアドレス交換で忙しく、また
四階の人がお菓子のお礼を言いにきてくれたりもして、
あっという間に休み時間は終わってしまいました。
そして仕事が終わってから私物やプレゼントなどを
バタバタ整理し、ロッカーのカギや身分証明書や
IDカードを返したりして、やっと会社の外へ出て
またホッと一息。
家に帰れば帰ったで、司書資格の単位修得証明書を
もらうための手続きをしたり、生協のステーションに
行って荷物を受け取ったり、雇用保険開始時期について
役場に問い合わせたり、会社で使っていたエプロンを
クリーニングに出したり、またバタバタしました。
でも、その間中幸福感に包まれていました。
夜、落ち着いてからプレゼントをくれた人にお礼の
メールを送信したら、「今、あなたの本を読んでいる
ところ。本当に納得できるところがたくさんあるわ」
などという嬉しい返信メールをいただき、またまた
幸福感倍増……。
会社を辞める日がこんなに幸福だなんて、全く想像
していませんでした。
まあ、次に図書館に勤められるからでしょうが。
他の職場だったら本当に「お別れ」ですが、
図書館だからまた会えるということで、「またねー」
という感じでしたしね。
最近ずーっとバタバタしていましたが、今夜はただただ
幸福感に浸っていられるのが嬉しいです。
〆日なので忙しいだろうと思い、
普段よりもかなり早く家を出て、
ロッカーに荷物を置いてダーッと
階段を四階まで駆け上りました。
(東日本大震災以来、健康体の人は
階段を使うことになっている)
そして四階の人の机にお菓子を配って
また駆け下り、今度は一階に。
そして社員とチーフのいる部屋にも
配り終えたところでホッと一息。
後は始業まであいさつしたりされたり。
本当にいろいろな人からいろいろもらいました。
以前の会社から一緒だった人(私が今の会社を
紹介した)、最近仲良くなった人、以前のチームで
お世話になった人、同期入社の人、お昼休憩を
一緒にとっている人、中には思いがけない人も
いたりして、本当にありがたかったです。
先ほども書いたように〆日なので忙しく、また、
本社の人事部の人との面談もあったので、とうとう
四階へはあいさつしに行けませんでした。
でも、用事で一階に来る人にちょっとしたお菓子を
ことづけてくれる人もいたりして、その心使いが
嬉しかったです。
もらった物をあげてみると……。
アレンジフラワー。
プリザーブドフラワー(くまさんの
人形も花々の中に飾られていました)
ボンボン飾りのついたふわふわ靴下。
ふわふわハンカチ。
サンタのついたお菓子のディスペンサー。
消せるボールペン三色セット。
箱入りお菓子の詰め合わせ。
一か所に穴があいていて、かけられるように
なっているお手ふきタオル。
入浴剤やボディーソープのセット。
カエルマグカップ。
カエル巾着。
カエルとバナナが頭についたカトラリー。
(私はカエル好きなので)
三角の透明な箱に入ったクッキー。
ちょっとしたお菓子を可愛い袋に詰めたもの。
お昼休みには携帯のアドレス交換で忙しく、また
四階の人がお菓子のお礼を言いにきてくれたりもして、
あっという間に休み時間は終わってしまいました。
そして仕事が終わってから私物やプレゼントなどを
バタバタ整理し、ロッカーのカギや身分証明書や
IDカードを返したりして、やっと会社の外へ出て
またホッと一息。
家に帰れば帰ったで、司書資格の単位修得証明書を
もらうための手続きをしたり、生協のステーションに
行って荷物を受け取ったり、雇用保険開始時期について
役場に問い合わせたり、会社で使っていたエプロンを
クリーニングに出したり、またバタバタしました。
でも、その間中幸福感に包まれていました。
夜、落ち着いてからプレゼントをくれた人にお礼の
メールを送信したら、「今、あなたの本を読んでいる
ところ。本当に納得できるところがたくさんあるわ」
などという嬉しい返信メールをいただき、またまた
幸福感倍増……。
会社を辞める日がこんなに幸福だなんて、全く想像
していませんでした。
まあ、次に図書館に勤められるからでしょうが。
他の職場だったら本当に「お別れ」ですが、
図書館だからまた会えるということで、「またねー」
という感じでしたしね。
最近ずーっとバタバタしていましたが、今夜はただただ
幸福感に浸っていられるのが嬉しいです。
2011年12月07日
前進あるのみ
入社してからかれこれ3年10カ月になる今の
会社を退職する日がもう明後日に迫っています。
先週の水曜日に見た求人情報に次の日応募して、
その次の日に(金曜日)面接し、その3日後に
(月曜日)採用の知らせを受け、もう今週一杯で
退職……。
まあ、本当は20日づけだけど有給を使うので。
ハローワークに行った木曜日と面接した金曜日は
会社を休んだのですが、その間にいきなり月曜日から
私は一階のフロアーに異動になっていました。
(ほとんどの人が動いた)
月曜日にはまだ図書館に採用されるかわからなかったので、
心苦しく思いながらも新チームのリーダーやメンバーと
あいさつを交わし、その日の夕方に採用が知らされ、
火曜日に上司に「辞めさせて下さい」と言いました。
そして今日は水曜日。あの求人広告を見た日からやっと
一週間なのに、何年もたったような気がします。
昨日は会社が終わってから採用された図書館で打ち合わせ
があり、その時にもらった書類をまた今日提出に行き、
その後、明後日配るお菓子を買ったりしました。
昨夜はこの機を逃さず、私の自費出版本の残りを「お別れに」
という名目でお世話になったリーダーさんたちに渡すべく、
せっせと手紙を書いたり包んだりしていたら、夜中の一時半に
なっていました。
みんな「寂しくなる」と言ってくれますが、私はまだ
その寂しさに浸る余裕もなく、きっと、だいぶ日数がたってから
「会社を辞めたんだな……」という実感がわいてくるのでしょう。
しかしまあ、私の本は予想以上にみんな大喜びしてくれて、
「もう回し読みの予約が殺到してる」なんて言うリーダーも
いて、びっくりするやら嬉しいやら。
これで新しい環境になったらやっぱり寂しくなるんだろうなあ
……なんて思っていましたが、さきほども書きましたように、
今日も書類提出のために図書館に行ったら、考えが変わりました。
以前勤めていた図書館よりも、そして今住んでいる地域の
図書館よりも、勤務先の図書館はずっと素晴らしいので、
見学のために館内を歩きまわっていたら何とも言えない
幸福感がこみあげてきたのです。
館長も言っていましたが、「癒し」という言葉がぴったりの
図書館です。カウンターだって事務的な感じではなく、素敵な
木の色。
参考資料室が一般図書とはゆるやかに別になっていたり、
子ども専用トイレがあったりして、勉強したい子供や
調べ物をしたい人も使いやすく、小さい子供も図書館に
来るのが楽しいような、なんか全体的に「利用者の使い
やすいように」という気持ちがにじみ出ているような
あったかさを感じる図書館です。
今の会社を去るのは心残りもあるけど、やっぱりあんな
素敵な図書館で働けるんだという喜びの方が勝っています。
みんな「図書館に行くからね」と言ってくれますしね。
まるっきりお別れというわけではないですから。
今週の金曜日で退職し、次の火曜日からは再び図書館員
としての生活が始まります。
やっぱり後ろを振り向かず、前進あるのみです。
会社を退職する日がもう明後日に迫っています。
先週の水曜日に見た求人情報に次の日応募して、
その次の日に(金曜日)面接し、その3日後に
(月曜日)採用の知らせを受け、もう今週一杯で
退職……。
まあ、本当は20日づけだけど有給を使うので。
ハローワークに行った木曜日と面接した金曜日は
会社を休んだのですが、その間にいきなり月曜日から
私は一階のフロアーに異動になっていました。
(ほとんどの人が動いた)
月曜日にはまだ図書館に採用されるかわからなかったので、
心苦しく思いながらも新チームのリーダーやメンバーと
あいさつを交わし、その日の夕方に採用が知らされ、
火曜日に上司に「辞めさせて下さい」と言いました。
そして今日は水曜日。あの求人広告を見た日からやっと
一週間なのに、何年もたったような気がします。
昨日は会社が終わってから採用された図書館で打ち合わせ
があり、その時にもらった書類をまた今日提出に行き、
その後、明後日配るお菓子を買ったりしました。
昨夜はこの機を逃さず、私の自費出版本の残りを「お別れに」
という名目でお世話になったリーダーさんたちに渡すべく、
せっせと手紙を書いたり包んだりしていたら、夜中の一時半に
なっていました。
みんな「寂しくなる」と言ってくれますが、私はまだ
その寂しさに浸る余裕もなく、きっと、だいぶ日数がたってから
「会社を辞めたんだな……」という実感がわいてくるのでしょう。
しかしまあ、私の本は予想以上にみんな大喜びしてくれて、
「もう回し読みの予約が殺到してる」なんて言うリーダーも
いて、びっくりするやら嬉しいやら。
これで新しい環境になったらやっぱり寂しくなるんだろうなあ
……なんて思っていましたが、さきほども書きましたように、
今日も書類提出のために図書館に行ったら、考えが変わりました。
以前勤めていた図書館よりも、そして今住んでいる地域の
図書館よりも、勤務先の図書館はずっと素晴らしいので、
見学のために館内を歩きまわっていたら何とも言えない
幸福感がこみあげてきたのです。
館長も言っていましたが、「癒し」という言葉がぴったりの
図書館です。カウンターだって事務的な感じではなく、素敵な
木の色。
参考資料室が一般図書とはゆるやかに別になっていたり、
子ども専用トイレがあったりして、勉強したい子供や
調べ物をしたい人も使いやすく、小さい子供も図書館に
来るのが楽しいような、なんか全体的に「利用者の使い
やすいように」という気持ちがにじみ出ているような
あったかさを感じる図書館です。
今の会社を去るのは心残りもあるけど、やっぱりあんな
素敵な図書館で働けるんだという喜びの方が勝っています。
みんな「図書館に行くからね」と言ってくれますしね。
まるっきりお別れというわけではないですから。
今週の金曜日で退職し、次の火曜日からは再び図書館員
としての生活が始まります。
やっぱり後ろを振り向かず、前進あるのみです。
2011年10月22日
頼られるようになってきたかも
最近、周囲の私を見る目が変化したのが
わかります。
以前からしょっちゅう書いていますが、私は
今までは常に「お世話される側の人」だったのです。
(この会社では)
「大丈夫? 」、「はるちゃんが一番心配だった」
などと言われ続けている自分がとても情けなかった
のです。
が……。
最近は違う。今までは、会社の駐車場などでバッタリ
出会うと、「何話せばいいんだ? 」というような
困った顔をしていた人たちが、普通にどんどん話して
くれるようになったり、以前から親しかったけれど、
私と会っても別に普通な感じだった人が本当に
嬉しそうな顔をしてくれたり……。
会社で、「質問される可能性がある資料に目を通しておけ」と
言われた後、私に「この意味わかった? 」と聞きに
来る人がいたり、同い年の子供を持つ人が他の人に、
「はるちゃんによく聞きなよ」と言われて学校のことを
聞きに来たり……。
そう。なんだか知らぬ間に私も「頼られる側」になりつつ
ある感じなのです。
なんでだろう????
考えられるのはやっぱり、またかと思われるかもしれませんが、
「祈っていたから」です。
言いかえれば、「祈り方を変えたから」です。
今までは「頼られる人間になれますようにー」とばかり祈って
いましたがさっぱりだめでした。
それが最近は、深見先生のCDを参考に、「今日私が会う全ての
人が明るく発展的で嬉しい気持ちになってどんどんやる気が
出て素晴らしい日になるような、良い気をいつも発していられる
私でありますように。そのために、いつも自分の気持ちを
前向きにコントロールできる私でありますように」と祈るように
していたのです。
だからたぶん、私の表情が前と変わったんだろうなあ。きっと
以前は、私が先に「困った顔」をしていたんだろうなあ。
最近、私が「おはよう」と言った瞬間に相手の顔がパッと輝く
のは、私の顔が先に明るく輝いているのかもしれません。
それに、気難しい同期の人にそれほど気を使わなくなったから
というのもあるのかもなあと思います。
どうやら周囲の人は、私がその同期の人からいじめられていると
思っていたらしいです。
でも別に、私は私。他の人と話したい時には話すし、その人が
いじけて一人で立っていても、最近はほっておくようにしたのです。
私のところに自分から来てくれるなら話すけど、そうでなければ
「はるちゃんは私のところに来てくれない」という念を飛ばされようと、
他の人に「この人は冷たいのよ」なんて恨みがましく言われようと、
まあいいやと思うようになったのです。
私も以前はその人と似た所もあったから気持ちはわかりますけど、
自分が何も行動せずに「人が私にしてくれない」と恨むのはやっぱり
歪んだ考えだと思うので。
その結果、今までは私のことを、その人が怖くてへいこらしていると
思い込んでいた周囲の人が、そうではなかったんだと考えてくれたの
かなあと推測します。
そう。私はおとなしいかもしれないけど、弱くはないのです。昔から。
それと、人がいろいろ聞きに来るようになったのは、ややこしい説明を
会社で受けた時に、私が質問したからかもしれません。
ただでさえややこしくて頭が混乱していた時に、更に「なんでそうなるの?
じゃあこの資料の前に書いてあることと違うじゃない! 」と思うような
説明が続いたので、たまりかねて質問したというわけです。
その結果、「あ、そうですね。資料を差し替えます」と、訂正した
資料を後から配ってくれたのです。
それ以後、私に何か聞きに来る人が出てきたので、「私に聞けば
わかるかも」と思われるようになったのかなあと推測します。
(自分なりの考えは常にありますが、それが合っているかは
わかりません)
なんか不思議な感じです。「頼られる人になりたい」、「年相応に
なりたい」と、ずーっとずーっと願ってきて、今それが実現しそう
なんですが、私が思っていたようなことと少し違うような。
ものすごく自分の何かが変わるとか、急激に成長したとかではなく、
ちょっと自分の意識が変わっただけ。私に会った人が明るい気持ちに
なってくれるようにと思うようになっただけ。
それだけで、存在感て出てくるものなんですね。もっとすごく高い
ハードルのように思っていたのですが。
長年の願望実現! と言えるほどの「頼られ方」ではないけれど、
人の悩みを聞いてあげたいとずっと思っていたので、私に相談して
くれる人が出てきてくれたら嬉しいなあと思います。
わかります。
以前からしょっちゅう書いていますが、私は
今までは常に「お世話される側の人」だったのです。
(この会社では)
「大丈夫? 」、「はるちゃんが一番心配だった」
などと言われ続けている自分がとても情けなかった
のです。
が……。
最近は違う。今までは、会社の駐車場などでバッタリ
出会うと、「何話せばいいんだ? 」というような
困った顔をしていた人たちが、普通にどんどん話して
くれるようになったり、以前から親しかったけれど、
私と会っても別に普通な感じだった人が本当に
嬉しそうな顔をしてくれたり……。
会社で、「質問される可能性がある資料に目を通しておけ」と
言われた後、私に「この意味わかった? 」と聞きに
来る人がいたり、同い年の子供を持つ人が他の人に、
「はるちゃんによく聞きなよ」と言われて学校のことを
聞きに来たり……。
そう。なんだか知らぬ間に私も「頼られる側」になりつつ
ある感じなのです。
なんでだろう????
考えられるのはやっぱり、またかと思われるかもしれませんが、
「祈っていたから」です。
言いかえれば、「祈り方を変えたから」です。
今までは「頼られる人間になれますようにー」とばかり祈って
いましたがさっぱりだめでした。
それが最近は、深見先生のCDを参考に、「今日私が会う全ての
人が明るく発展的で嬉しい気持ちになってどんどんやる気が
出て素晴らしい日になるような、良い気をいつも発していられる
私でありますように。そのために、いつも自分の気持ちを
前向きにコントロールできる私でありますように」と祈るように
していたのです。
だからたぶん、私の表情が前と変わったんだろうなあ。きっと
以前は、私が先に「困った顔」をしていたんだろうなあ。
最近、私が「おはよう」と言った瞬間に相手の顔がパッと輝く
のは、私の顔が先に明るく輝いているのかもしれません。
それに、気難しい同期の人にそれほど気を使わなくなったから
というのもあるのかもなあと思います。
どうやら周囲の人は、私がその同期の人からいじめられていると
思っていたらしいです。
でも別に、私は私。他の人と話したい時には話すし、その人が
いじけて一人で立っていても、最近はほっておくようにしたのです。
私のところに自分から来てくれるなら話すけど、そうでなければ
「はるちゃんは私のところに来てくれない」という念を飛ばされようと、
他の人に「この人は冷たいのよ」なんて恨みがましく言われようと、
まあいいやと思うようになったのです。
私も以前はその人と似た所もあったから気持ちはわかりますけど、
自分が何も行動せずに「人が私にしてくれない」と恨むのはやっぱり
歪んだ考えだと思うので。
その結果、今までは私のことを、その人が怖くてへいこらしていると
思い込んでいた周囲の人が、そうではなかったんだと考えてくれたの
かなあと推測します。
そう。私はおとなしいかもしれないけど、弱くはないのです。昔から。
それと、人がいろいろ聞きに来るようになったのは、ややこしい説明を
会社で受けた時に、私が質問したからかもしれません。
ただでさえややこしくて頭が混乱していた時に、更に「なんでそうなるの?
じゃあこの資料の前に書いてあることと違うじゃない! 」と思うような
説明が続いたので、たまりかねて質問したというわけです。
その結果、「あ、そうですね。資料を差し替えます」と、訂正した
資料を後から配ってくれたのです。
それ以後、私に何か聞きに来る人が出てきたので、「私に聞けば
わかるかも」と思われるようになったのかなあと推測します。
(自分なりの考えは常にありますが、それが合っているかは
わかりません)
なんか不思議な感じです。「頼られる人になりたい」、「年相応に
なりたい」と、ずーっとずーっと願ってきて、今それが実現しそう
なんですが、私が思っていたようなことと少し違うような。
ものすごく自分の何かが変わるとか、急激に成長したとかではなく、
ちょっと自分の意識が変わっただけ。私に会った人が明るい気持ちに
なってくれるようにと思うようになっただけ。
それだけで、存在感て出てくるものなんですね。もっとすごく高い
ハードルのように思っていたのですが。
長年の願望実現! と言えるほどの「頼られ方」ではないけれど、
人の悩みを聞いてあげたいとずっと思っていたので、私に相談して
くれる人が出てきてくれたら嬉しいなあと思います。
2011年09月04日
御魂が喜ぶ仕事
新チームになってから4カ月弱たち、
更に環境が良くなっていくのを感じます。
少し前に、初めてリーダーだけの異動があり、
大好きになったリーダーとは離れてしまいましたが、
少し苦手意識を持っていたリーダーや、ほとんど
接点のなかったリーダーの代わりに、以前お世話に
なったリーダーや、今まで接点はなかったけど、
向こうから親しげに話しかけてくれるようになった
リーダーなどが近くに来ました。
大好きになったリーダーも隣に移っただけなので、
私のこともいろいろ気にかけてくれます。
それに、ランチの環境も断然よくなりました。
今までは同期の三人のうち、誰かが会社を辞めでも
しなければ、他の人たちとランチを共にすることは
無理だろうなあと思っていたのですが、第三者が
「あの人たちと一緒になれば? 」と言ってくれたのが
きっかけで、今は六人でお昼休憩を過ごすことになりました。
以前から気難しい人は、相変わらず突然私を避けたりも
しますが、他に四人もいればあまり気になりません。
それに、その人から変な態度をとられても、以前のように
それが何週間も続くことはなく、次の日になれば向こうから
寄ってきます。
来るもの拒まず、去るもの追わずという態度で接していれば
いいわけで、とても楽です。
どんどん自分が素直になっていくのがわかります。
今度大好きになったリーダーにも、大好きなら大好きと
素直に伝えようと思い、「すごく好きになりました」と
言うと、「私もあなたのことすごく気になるわ」と
言ってくれました。
数週間前に、リーダーも私のことを「本当にまっすぐな
あなたが好き」と言ってくれていましたので、言いやすかった
というのもありますが。
入社したころから、「この人は私のこと嫌いみたいだな」と
感じていた人も同じフロアーにいますが、その人のことも
あまり気にならなくなり、挨拶を返されようと返されまいと
笑顔で接することができるようになり、最近では、なんとなく
その人が私に対して抱いていた気持ちが変わってきたように感じます。
自分の我がなくなっていくにつれ、環境が良くなっていくのを
感じます。
それは周りに対する私の態度が良くなっているからなのでしょうね。
今のフロアーには、約30人ぐらい同じ職種の人がいますが、
ほとんどの人と知り合いだし、仲良しも多く、しみじみ幸せを
感じます。
やはり、「私」を主語にしない方がいいのですね。
「私のことをわかってくれない」、「私のことを避けている人がいる」、
「私のことなんかどうでもいいのね」など、私が先に来ると
よくないみたいですね。
「あの人の体調は良くなったかな」、「あの人の子供は大丈夫かな」、
「あの人は元気でいるかしら」など、他人を先にすると、自然に
自分のことは二の次にできるような気がします。
先日、ワールドメイトのラッキーカウンセラーの方に(占い師)
手相を見ていただく機会に恵まれましたが、「数年のうちにもっと
自分が納得のできる仕事につける可能性がある」と言われました。
「今の仕事も大好きだけれど、もっと自分の御魂が喜び、今の仕事
よりも人様のお役にたてる仕事、そして願わくば収入がもう少し
アップできる仕事をお授け下さい」とずーっとお祈りしていたので、
友人は「答えをいただけたのね」と言いました。
「今の仕事も大好きなので、副収入ということでもいいけれど、
そのためにはもっと気力も体力も根性も生活の知恵も必要ですから、
願わくばそれもお授け下さい」ともお祈りしています。
もし今の職場を去ることになるのなら、その日までにこの職場で
学ぶべきことは全て吸収し、出会った人たちとのご縁も全く失う
のではなく、継続していけたらなあと思います。
そういう気持ちで仕事をさせてもらえるだけでも、すごく幸せです。
今そばにいる人たち、今やっている仕事がとても大切に思えますから。
また、わくわくしている私です。
更に環境が良くなっていくのを感じます。
少し前に、初めてリーダーだけの異動があり、
大好きになったリーダーとは離れてしまいましたが、
少し苦手意識を持っていたリーダーや、ほとんど
接点のなかったリーダーの代わりに、以前お世話に
なったリーダーや、今まで接点はなかったけど、
向こうから親しげに話しかけてくれるようになった
リーダーなどが近くに来ました。
大好きになったリーダーも隣に移っただけなので、
私のこともいろいろ気にかけてくれます。
それに、ランチの環境も断然よくなりました。
今までは同期の三人のうち、誰かが会社を辞めでも
しなければ、他の人たちとランチを共にすることは
無理だろうなあと思っていたのですが、第三者が
「あの人たちと一緒になれば? 」と言ってくれたのが
きっかけで、今は六人でお昼休憩を過ごすことになりました。
以前から気難しい人は、相変わらず突然私を避けたりも
しますが、他に四人もいればあまり気になりません。
それに、その人から変な態度をとられても、以前のように
それが何週間も続くことはなく、次の日になれば向こうから
寄ってきます。
来るもの拒まず、去るもの追わずという態度で接していれば
いいわけで、とても楽です。
どんどん自分が素直になっていくのがわかります。
今度大好きになったリーダーにも、大好きなら大好きと
素直に伝えようと思い、「すごく好きになりました」と
言うと、「私もあなたのことすごく気になるわ」と
言ってくれました。
数週間前に、リーダーも私のことを「本当にまっすぐな
あなたが好き」と言ってくれていましたので、言いやすかった
というのもありますが。
入社したころから、「この人は私のこと嫌いみたいだな」と
感じていた人も同じフロアーにいますが、その人のことも
あまり気にならなくなり、挨拶を返されようと返されまいと
笑顔で接することができるようになり、最近では、なんとなく
その人が私に対して抱いていた気持ちが変わってきたように感じます。
自分の我がなくなっていくにつれ、環境が良くなっていくのを
感じます。
それは周りに対する私の態度が良くなっているからなのでしょうね。
今のフロアーには、約30人ぐらい同じ職種の人がいますが、
ほとんどの人と知り合いだし、仲良しも多く、しみじみ幸せを
感じます。
やはり、「私」を主語にしない方がいいのですね。
「私のことをわかってくれない」、「私のことを避けている人がいる」、
「私のことなんかどうでもいいのね」など、私が先に来ると
よくないみたいですね。
「あの人の体調は良くなったかな」、「あの人の子供は大丈夫かな」、
「あの人は元気でいるかしら」など、他人を先にすると、自然に
自分のことは二の次にできるような気がします。
先日、ワールドメイトのラッキーカウンセラーの方に(占い師)
手相を見ていただく機会に恵まれましたが、「数年のうちにもっと
自分が納得のできる仕事につける可能性がある」と言われました。
「今の仕事も大好きだけれど、もっと自分の御魂が喜び、今の仕事
よりも人様のお役にたてる仕事、そして願わくば収入がもう少し
アップできる仕事をお授け下さい」とずーっとお祈りしていたので、
友人は「答えをいただけたのね」と言いました。
「今の仕事も大好きなので、副収入ということでもいいけれど、
そのためにはもっと気力も体力も根性も生活の知恵も必要ですから、
願わくばそれもお授け下さい」ともお祈りしています。
もし今の職場を去ることになるのなら、その日までにこの職場で
学ぶべきことは全て吸収し、出会った人たちとのご縁も全く失う
のではなく、継続していけたらなあと思います。
そういう気持ちで仕事をさせてもらえるだけでも、すごく幸せです。
今そばにいる人たち、今やっている仕事がとても大切に思えますから。
また、わくわくしている私です。
2011年06月01日
病は気から
以前書いた記事を読み返すと、やたらと
「体調が悪い」という言葉が目に付きます。
前はそんなに体調が悪かったっけなあ???
というよりも、ほんのちょっと調子が悪いだけでも
すぐに自分に負けていただけだと思います。
まあ、確かに胃液の逆流はしばらくないし、
手荒れもだいぶ良くなって指紋が出てきたし、
肩こりも、毎年かかさず書いている「肩コリ改善
形代」のおかげか、あまり感じなくなりました。
それに、人に対する気持ちもだいぶ変化したなあと
思います。
以前よりさらに人に対する苦手意識が減っているのが
自分でわかります。
いちいち「この人はちょっと話しづらい」とか、
あの人はどうだとかああだとか考えなくなり、
誰彼かまわず話しかけるようになりました。
基本的にたいていの人のことを「好き」の部類に
入れることができてくると、話しかけることに
あまり抵抗を感じなくなるものなのですね。
今の私が、「昔は超人見知りだった」と言っても、
誰も信じてくれないかもしれません。
他人が私を受け入れてくれるかなあと、びくびく
おどおどしていたのですが、「受け入れてくれる
かなあ」ではなく、先に自分の方から受け入れて
しまえばいいんだなあと今は実感しています。
そうはいっても、私のことが気に入らないのか、
挨拶しても目を合わせてくれない人もいますが、
それはそれ。
相手が私を避けていても、こちらが相手を嫌いさえ
しなければ、心の平和は保たれます。
そもそも、全ての人に好かれるなんてことは
ありえないのですから。
でも、たいていの人は「あなたのことが好き」という私の
気持ちを素直に受け取ってくれるようで、どんどん
話しやすい人が増えていきます。
たとえ名前すら知らない人だとしても、
なにかちょっとした接点があれば話ができる
ものですね。そして、また顔を合わせれば話
すという間柄になれる。(未だに名前は知らないけど)
こんな心境になれたから体調がいいのかもしれません。
もしくは、自分に負けずにすむのかもしれません。
やはり、私の場合は特に「病は気から」という言葉が
ぴったり当てはまるのかもしれません。
明るく楽しく前向きな気持ちでいると、病ともあまり
縁がなくなっていくのでしょうね。
人を恨んだりねたんだり誤解したりやきもちを
やいたり勝手な思い込みで嫌ったりというのは、
知らず知らず、自分の体を不調にしてしまうことに
つながると思います。
「体調が悪い」という言葉が目に付きます。
前はそんなに体調が悪かったっけなあ???
というよりも、ほんのちょっと調子が悪いだけでも
すぐに自分に負けていただけだと思います。
まあ、確かに胃液の逆流はしばらくないし、
手荒れもだいぶ良くなって指紋が出てきたし、
肩こりも、毎年かかさず書いている「肩コリ改善
形代」のおかげか、あまり感じなくなりました。
それに、人に対する気持ちもだいぶ変化したなあと
思います。
以前よりさらに人に対する苦手意識が減っているのが
自分でわかります。
いちいち「この人はちょっと話しづらい」とか、
あの人はどうだとかああだとか考えなくなり、
誰彼かまわず話しかけるようになりました。
基本的にたいていの人のことを「好き」の部類に
入れることができてくると、話しかけることに
あまり抵抗を感じなくなるものなのですね。
今の私が、「昔は超人見知りだった」と言っても、
誰も信じてくれないかもしれません。
他人が私を受け入れてくれるかなあと、びくびく
おどおどしていたのですが、「受け入れてくれる
かなあ」ではなく、先に自分の方から受け入れて
しまえばいいんだなあと今は実感しています。
そうはいっても、私のことが気に入らないのか、
挨拶しても目を合わせてくれない人もいますが、
それはそれ。
相手が私を避けていても、こちらが相手を嫌いさえ
しなければ、心の平和は保たれます。
そもそも、全ての人に好かれるなんてことは
ありえないのですから。
でも、たいていの人は「あなたのことが好き」という私の
気持ちを素直に受け取ってくれるようで、どんどん
話しやすい人が増えていきます。
たとえ名前すら知らない人だとしても、
なにかちょっとした接点があれば話ができる
ものですね。そして、また顔を合わせれば話
すという間柄になれる。(未だに名前は知らないけど)
こんな心境になれたから体調がいいのかもしれません。
もしくは、自分に負けずにすむのかもしれません。
やはり、私の場合は特に「病は気から」という言葉が
ぴったり当てはまるのかもしれません。
明るく楽しく前向きな気持ちでいると、病ともあまり
縁がなくなっていくのでしょうね。
人を恨んだりねたんだり誤解したりやきもちを
やいたり勝手な思い込みで嫌ったりというのは、
知らず知らず、自分の体を不調にしてしまうことに
つながると思います。

